ギ = ーもする散歩服を買ってやれるとは思えませんからね。ぼくはストレイカー夫人に、それと なく服のことをきいて見ました。やはり思ったとおり、夫人のところへはとどいていないのです。 じゅうしょ しやしん そこで婦人服店の住所を書きとめておきました。ストレイカーの写真をもって、そこへ出かけて かくう ゆけば、ダービシアという架空の人物は、すぐにばけの皮がはがれると思ったからです。 はんじ この時から、万事すらすらとわかって来ました。ストレイカーは、あかりをつけてもほかから 見えないようなくぼみの中へ、馬をひいてゆきました。シンプソンは逃げるとき、ネクタイをお としていったのを、ストレイカーが何かに使うつもりで、ひろっておいたのですー・ーーたぶん、馬 のあしでもしばろうと思っていたのかも知れません。 くぼみへおりるとすぐ、ストレイカーは馬のうしろへまわって、マッチをすりました。ところ はんのう くわ が馬は、きゅうに明るくなったのにおどろいたのと、動物のふしぎな本能で、なにか危害を加え られるなと感じて、あがきはじめたのでしよう。ストレイカーはちょうどひたいのところをけら がいとう れたのです。雨がふってはいましたが、こまかい仕事をするために、前もって外套はぬいであり ました。そうして倒れるときに、手のナイフで自分のももをさしてしまったのですね。いかがで , す。これでおわかりになりましたか。」 「すごいなあ ! おどろきましたねえ ! まるでその場にいあわせたようじありませんか。」 大佐はさけびました。 さんぼみく たお じんぶつ かわ ふじん 一 0
、っていうまで、何も言わないよ。」 「君がいし もんだい ころ リ題こくらべれば、こっ 「そりやむろん、ジョン・ストレイカーを殺した犯人はだれかというに冫 ちはまるでつまらないことなんだがね。」 「今度はそのほうへかかりきろうというんだろう。」 「とんでもない。君もぼくも、夜の汽車でロンドンへ帰るのさ。 私はホウムズのこのことばに、まったくびつくりしてしまいました。デヴォンシャーに来てか ら、また二、三時間にしかならないうえに、これほど花々しくはじめたばかりの調査をうちきると うのは、何としても私にはのみこめないことでした。しかし、ストレイカーの家へもどって来 いじよう るまで、ホウムズからはもうそれ以上、一こともきくことはできませんでした。 きやくま けいぶ 大佐と警部は客間で、私たちを待っていました。 「私たちはふたりとも、夜の汽車でロンドンへ帰ります。ダートムアのきれいな空気をしばら く吸うことができて、たいへんいい気もちでした。」 ふう 警部は目をまるくするし、大佐はそれみたことかという風に、ロをゆがめて、 = ャリと笑いま した。 ごろ 「では、ストレイカー殺しの犯人をつかまえるのは、あきらめたというわけですな。」 ホウムズは肩をそびやかして、 はんにん はんにん はなはな ちょうさ 290
ばろく ( 2 ) いくつもりで、馬を連れ出した。馬勒が見えなくなっているのも、シンプソンが馬につけていっ たからにちがいない。そうして、戸をあけつばなしにしたまま、原つばへ馬を連れてゆき、そこ よ ~ 、し」よノ でストレイカーに出会うか、追いっかれるかした。そこで格闘がはじまるのはあたりまえだろう。 11 しんよう シンプソンは重いステッキでストレイカーの頭を打ったがストレイカーの護身用にもっていた小 さなナイフでは、切られずにすんだ。その後、馬は、この男がどこか秘密のかくし場所へひつば っていったか、それとも格闘をしている間に逃げ出して、荒野原を今でもさまよっているか、ど 、っちかだとね。 けいさっ 警察の考えはまずこんなところだよ。どうもほんとうだとは思えないが、といってほかにどう げんば いじよう てん 喜つめい 説明して見ても、やはりそれ以上におかしな点があってね。まあ、現場へついたら、すぐにいろ いろ調べて見ることにしよう。それまでは、現状から一歩もふみ出すことはできそうもないんだ 私たちがタヴィストックという小さな町へつくころは、もうすっかりタがたになってしまって いました。この町は、ちょうど楯をつかむとってのように、ダートムアの広い土地の真中にあり ・ました。 かみ ひとりは髪の毛もひけもライオン 鵈場にはふたりの紳士が出むかえていてくれました。 みよう のように生やした、背の高い、色白の人で、妙にするどい、空色の目をしていました。もうひと しら たて あれのはら ひみつ まんなか 269
ストレイカーは何かわけがあって、馬を朝の運動につれていったのだろうと、四人ともまだそ あれのはら んなのぞみをかけていたが、あたりの荒野原がすっかり見はらせる近くの丘にのぼって見ても、 馬のすがたはまったく見えないで、かえって、何かわるいことがあったのじゃないかと思わせる ものを見つけてしまった。 うまやから四分の一マイルほどのところにあるハリエ = シグのしげみから、ジョン・ストレイ カーの外套がひらひらしていたのだ。そのすぐ先の原つばにわんの形をしたくぼみがあって、そ の底に、ストレイカーのむざんな死が見つか 0 た。頭は何か重いものでひどく打たれたらしく、 骨がくだけていたし、ももにも長い切りきずがあって、このほうはたしかに何かよく切れる刃も のでやられたものと思われた。しかし、ストレイカ 1 も相手にたいして、かなりはげしく手むか ったことはよくわかる。右手には、つかまで血のこびりついている、小さなナイフをにぎりしめ きぬ ていたし、左手には赤と黒のもようの絹ネクタイをつかんでいた。このネクタイは、ゆうべうま けよちゅう やヘやって来た変な男がしめていたものだと、女中はみとめている。 もちぬし ハンターもやっとわれにかえって、同じように、そのネクタイの持主はあの男だとはっきり言 りようり まど った。そうしてやはりあの男が窓のところに立っている間に、羊肉のカレ 1 料理の中へねむり薬 じゅう を入れて、うまやの番人の自分をねむらせ、うまやの中へ自由にはいれるようにしたにちがいな いと言うのだ。 がいとう はんにん ようにく おか 5
「つかまえて下さいましたか。見つけて下さいましたか。」 と一「ロいました。 え、まだなんですよ、ストレイカーさん。しかしここにおられるホウムズさんが、わざ おうえん わざ。ンドンから応援に来てくれましたので、みんなでひとつ、できるだけのことをや 0 て見る つもりです。」 ホウムズは、 「あなたとは、たしか、ついこのあいだプリマスで、園遊会のときにお目にかかりましたね、 ストレイカーさん。」 え、何かのおまちがいでございましよう。」 「そうかな。いや、たしかにまちがいじゃありませんよ。ほら、あなたはダチ ' ウの羽かざり きぬ のついた、ノ 、ト色の、絹の着物を着ていらっしやったじゃありませんか。」 「私、そんな服を一も持っておりませんわ。」 「ああ、そうですか。それですっかりわかりました。 ホウムズはおわびを言って、警部のあとから外へ出ました。野原をすこし歩いてゆくうちに、 したい がいとう もう死体のあった、くほみの所へ出ました。そのふちのところには、外套のかかっていた、ハリ がら、 いろ えんゅうかい
ゅめ 「失礼しました。昼間から夢を見ているなんて、どうも。」 ホウムズは、ちょっとおどろいたように、自分をみつめているロス大佐のほうを向いて、こう たいど こうふん 言いました。その目には、あるかがやきがあり、態度にも興奮をおさえているところがあって、 ホウムズのいつものくせをよく知っている私には、手がかりをつかんだということがよくわかり ました。もっとも、どこでその手がかりを見つけたのか、そこまではわかりませんでしたが。 さつじんげんは 「すぐ殺人の現場のほうへいらっしやるおつもりでしような、ホウムズさん。」 と警部が言いました。 「ちょっとここにいて、その間に、こまかいことを一つ二つおたすねしたいと思います。スト したい レイカーの死体はここへもって来てあるのでしようね。」 けんし あナ 「ええ、二階にねかせてあります。検屍が明日ありますので。」 「ストレイカーは何年もあなたのところで働いていたんですね、ロスさん。」 かんしん 「ええ、 いつも感心なやつだと思っていました。」 ころ しな いちらんひょう 「警部さん。ストレイカーが殺されたとき、ポケットの中にあった品が一覧表になってできて いると思いますが。」 「見たいとおっしやるなら、ぜんぶそのまま居間のほうにおいてありますよ。」 「それはありがたい。」 しつれい たいさ 275
「ジョン・ストレイカーが、どうして原つばのほうへ、馬を連れ出そうとしたかということも げんき わかります。何しろ元気のいい馬のことですから、ナイフでちくりとやられようものなら、どん な眠りのふかいものでも目をさますほど、大さわぎをやるにちがいありません。だからどうして ひつよう ・も、そとでやる必要があったわけでした。」 大佐はまたも大きな声で、 いりよう なるほど、そのために、ろうそくが入用だったし、マッチをすった 「ああ、私はめくらだ ! りしたんですね。」 しら あくじ 「そうなんですよ。しかしぼくは、あの男の持ちものを調べているうちに、この悪事のやり方 がわかったばかりではなくて、なぜこんなことをするようになったかということまでわかって来 ・ました。 かんじようがき ロスさん、あなたは世なれていらっしやるから、おわかりでしよう。ひとの勘定書をポケット に入れて歩くものはありますま い。だれでも自分のはらいをするだけでぎりぎりなんですから。 ぼくはすぐに、ストレイカーが家を二つ持ち、女を持っていたんだなと断定しました。勘定書を 見れば、この事件には女がいて、しかもその女は、ひじように派手ずきだということがわかりま す。 あなたがいくら下男たちにいい給料をはらっておいでになっても、まさか自分の細君に、二十 ねむ たいさ じけん けなん よ きゅうりよう っ だんてい さいくん 304
ナいそく 「じつを言いますと、一ばんおしまいにやったぼくの推測は、あたるかどうかわからないよう れんしゅう な、めくらうちだったんです。ストレイカーのようなぬけ目のない男が、何も練習しないで、 しゅじゅっ ・きなりこんな手のこんだけんの手術をするはずはあるまいと思っていました。とすれば、何で練 しゅう ひつじ 習をしたでしよう。ぼくはふと、羊のいるのに気がついたので、きいてみると、推測がみごとに あた 当っているじゃありませんか。あのときは、自分でもびつくりしたくらいです。」 「これですっかりわかりましたよ、ホウムズさん。 「ロンドンへ帰ると、ほくは例の婦人服店へいって見ました。やはりストレイカーは、ダービ シアという名まえのいいおとくいで、ぜいたくな服が何より好きだという、おしゃれな奥さんが しやっきん あることまでわかりました。一一一口うまでもなく、この女のためにすっかり借金もできて、こんなみ じめなことをたくらむようになったのでしよう。」 たいさ 大佐は、 「すっかりお話をうかがいましたが、ひとつだけわからないところがあります。馬はいったい →とここ 冫いたのですか。」 きんド ) よ 「ああ、馬は逃けていって、近所の人に飼われていました。ここのところは、まあ、とがめだ てをしないでおきましよう。 えき どうやら、クラ。ハムの乗りかえ駅へ来たようですね。ヴィクトリア駅までは、あと十分もかか れん 306
0 と考えられませんねえ。だから、シ一プソンはこの事件に関はあるまいということになり、 りようり ゅうしよくようにく ・あの晩、夕食を羊肉のカレ 1 料理ときめることができたふたりの人間、つまりストレイカー夫婦 女ゅうい へ、いやでもわれわれの注意がむけられていくではありませんか。 わか ぶん あの料理が、うまや番の若いものの分としてべつにわけられてから、アヘンがいれられました。 れんじゅう じよちゅう ほかの連中が同じ夕食をたべて、何ともなかったんですから。では、女中に見つからないように、 あの皿へ近づくことができたのは、ふたりのうち、どっちの人間だったでしようか。 もんだい この問題をかたづける前に、あの晩、犬がほえなかったということに、重大な意味があるのを おこな すいり ほくはさとりました。一つの推理がまちがいなく行われると、かならす次の推理もできるもので ・すからね。シン。フソン事件がおこったので、うまやに犬のかってあることはわかりましたが、だ ゃねうら れかうまやにはいりこんで、馬を連れていったものがあるのに、屋根裏にねていたふたりの若い よなか ものが目をさますほど、犬はほえなかった。して見れば、夜中にしのびこんだものは、たしかに 大のよく知っている人間だったということになります。 まよなか ぼくは、ジョン・ストレイカーが真夜中にうまやヘいって、馬を連れ出したのだということを かくしん しん 確信するようになりました。だ、たいそう信じてまちがいないと思ったのです。だが、何のため てした だったのでしよう。むろん、よくないことを考えたからです。さもなければ、自分の手下の若い ・ものに、どうしてアヘンなどをたべさせたりするでしようか。 さら じけんかんけ じゅうだいい 302
レイカーにはそれがどれほど重大なことかわからなかったらしいが、ともかくその話をきいてす こうふん つかり興奮してしまった。しかしそのあと、いつまでも何となく落ちつかなかったものと見え、 ふじんよなか ストレイカー夫人が夜中の一時に眼をさますと、服をきかえているところだった。何をしている の、ときくと、馬のことが気がかりでねられないし、何も変りがないかどうか、うまやまで見に へんじ いって来るという返事なのだ。夫人はそのとき、雨がばらばらと窓を打っ音がきこえたので、家 ぼうすいがいとう にいて下さいとしきりにとめたが、夫人のたのみをふりきって、大きな防水外套をきると、その まま出ていってしまった。 おっと ストレイカー夫人は朝七時に目をさまして、夫がまだ帰って来ていないのに気がついた。そこ じよちゅう でさっそく服をきて、女中に声をかけてから、うまやヘいって見た。うまやの戸はあけつばなし になっている。うちの中では、ハンターが椅子にうずくまって、すっかり気をうしなっているう から ちょうばし えに、シルヴァ ・ブレイズのうまやは空になっていて、調馬師のすがたはどこにも見えないの かいじよう はぐべや わか だ。馬具部屋の階上はわらをきざむ場所になっているが、そこでねていたふたりの若いものはす ぐにたたき起された。ふたりともぐっすりねるほうだから、夜中には何の物音もきいていないと くすり いう。ハンクーはたしかに何かつよい薬をのまされていて、まるでわけがわからなくなっていた から、さめるまでそのままねかせておくことにした。そうして、若いものふたりと女ふたりとで、・ すがたの見えない調馬師と馬をさがしにかけ出していった。 204