す。なんともふしぎな、わけのわからない話で。』 むちゅう ぼくがどれほど夢中になって、彼の話に耳をかたむけたか、きみにもわかるだろう、ウォト き力い スン。なにしろ、この数か月、何も仕事がないまま、待ちに待った機会が、いま目の前にあら せいこう しん われたのだからな。他人が失敗したことでも、ばくはかならず成功してみる、と、ひそかに信 き力い していたし、自分の力を試すその機会を、いま迎えたのだ。・ほくは思わず大きな声でいった。 『どうか、くわしい話を聞かせてください。』 レジナルド・マスグレイヴは、・ほくの向かいがわに坐って、・ほくのすすめたたばこに火をつ けた。 、、ールストーンでは、か 『まず、知っておいていただきたいのは、ぼくはまだ独身なのに なり大勢の召し使いをやとっておかなければならないということです。なにしろ、でたらめに りようきん やしき 建て増した、古い屋敷ですから、ひどく手がかかるのです。それに、ふだんは猟を禁しておい きせつ て、きじの季節には、数日、招待パ 1 ティーをやることにしていますから、人を減らすわけに もいきません。いま、全部で、女中八人、コックに、執事に、下男ふたり、給仕ひとり、それ うまや に、むろん、庭と厩舎には、べつに人をおいています。 このうち、いちばん長くっとめているのが、執事のブラントンです。若いころ、学校の教師 ひろ で、失業していたところを、ぼくのおやじに拾われたのですが、ひじような活動家で、それに しつぎよう おおい つか ため しつばい しようたい むか しつじ しつじ どくしん げなん わか きゅうじ きようし
かれむちゅう 、、。しかし、だれに頼めるだろう。あの女中は彼に夢中になっていた。男というものは、 いつだって、女にどれほどっらくあたっても、女のほうからあいそをつかすだろうとは、なか なか考えないものだ。そこで、ハウエルズにちょっと親切にして、仲なおりしておき、仕事を やくそく 手つだう約東をさせる。そうして、いっしょに、夜、地下室へやってくる。ふたりがかりなら、 かれ 石はもちあがるだろう。ここまでは、彼らの動きが、まるで手にとるようにわかった。 だが、ふたりがかりとはいっても、ひとりは女だから、石をもちあける仕事は、けっしてな まやさしいものではなかったろう。じっさい、大男のサセックスの警官と・ほくでさえ、これは たいへんなカ仕事だった。ふたりはどうやって力をおぎなったろう。たぶん、ぼくだって、同 じことをするはずだ。そこで、ばくは立ちあがり、床の上に散らばっているいろいろな棒きれ よそう を、たんねんに調べてみた。ばくの予想していたものは、すぐに見つかった。長さ一メートル 足らずの棒が一本、片はじがひどくつぶれていたし、そのほか、よほど重いものにつぶされた ように、ペちゃんこになっているものが五、六本あった。これはたしかに、ふたりがかりで石を もちあげたとき、何本かの棒きれをすき間にさしこんでいって、しまいに、もぐりこめるくら いにあいたとき、べつの一本をつつかえ棒にして、蓋がしまらないようにしたのだろう。石の ぼうせんたん 重みがぜんぶそれにかかって、床石のはじにあたった棒の先端が、こんなにつぶれたにちがい よ、 0 ここまでは、・ほくの想像に狂いはなかった。 かた たの ゆかいし くる ふた ゆか しんせつ けいかん なか
話しかけ、なるべく早く帰りますからといっているのを、馭者が聞いている。それから、モリ じよう となり わかじよせい スン嬢という、隣に住む若い女性をたずね、ふたりは連れだって、会へ行った。会合は四十分 じよ , パークレー夫人は通りすがりに、モリスン嬢と、その家の戸口で別れて、九時十五分 ですみ、 もど に家に戻った。 どうろ ラシーンには、昼間、家族の使う居間があって、この部屋は道路に面しており、両開きの大 しばふ しばふ きなガラス戸をあけると、芝生に出られるようになっている。芝生は幅三十メートル、上に鉄 どうろ ふじん の手すりがついた、低い塀で、道路との間を仕切ってあるだけだ。夫人は家に帰って、まずこ へや の部屋にはいった。夜はこの部屋をほとんど使わないから、ブラインドはおろしていなかった ふじん が、夫人は自分でラン。フをつけ、ベルを鳴らして、女中のジ = イン・ステワートを呼び、お 、つけた。こんなことは、いままでにまったくなかったそうだ。大佐 茶を持ってくるようにいし しよくどう つま は食堂にいたが、妻が帰ったのを聞きつけて、居間へ会いにやってきた。広間を横切って、部 かれすがた 屋へはいる彼の姿を、馭者が見ている。それが見おさめだった。 しいつけられたお茶をもってやってきたが、戸口に近づいたとき、はげし 女中は十分後に、 く言い争っている主人夫婦の声を聞いて、びつくりしてしまった。ノックをしたが、返事はな かのじよ かぎ く、ドアの取手をまわしてみても、なかから鍵のかかっているのがわかっただけだった。彼女 ぎよしゃ りようりばん が階段をかけおりて、料理番の女中に話したのも当体のことで、ふたりは馭者といっしょに広 かいだん あらそ ふじん ひくへい ぎよしゃ ぎよしゃ わか たいさ てつ
ら、そろそろここを失礼したほうがいし 、と思うようにさえなった。ところが、ぼくの帰る前の じけん じゅうだい 日に、ひとつの事件がおこり、それがあとになって、ひしように重大なことがわかったのだ。 しばふ にわいすすわ ばくたちが芝生の庭椅子に坐って、陽をあびながら、湖沼地方のながめを楽しんでいたとき、 女中が家から出てきて、ご主人に会いたいという人が玄関にきていますといった。 『名前は。』 と主人がたずねると、女中は、 『何もおっしゃいません。』 とい ) ) 0 『では、どんな用なのだ。』 だんな 『日一那さまの顔見知りだとおっしやって、ちょっと話をしたいだけだと。』 『ここへとおしなさい。』 そでぐち すぐに、ひからびたような小男が、ペこペこしながら、よろよろとはいってきた。袖口にタ もめん ールのしみをつけた、前あきのジャケッと、赤と黒の碁盤じまのシャツ、てんじく木綿のズボ ぐっ ン、それに、ひどくくたびれたドタ靴といういでたちだった。やせた、あさぐろい、ずるそう なその顔に、たえず笑みを浮かべ、黄いろい乱杭歯をのそかせていて、しわだらけの両手を、 ふなの かっこう 船乗りがよくやる、半握りの形にしていた。男が前かがみの格好で、芝生を横切ってやってき はんにぎ しつれい らんぐいば ごばん げんかん こしよう しばふ
こじんしょゅう てあるがーーそれにはいろいろと法律上のごたごたがあって、それを個人の所有にするために、 かれ かなり金もはらったという。・ ほくの名まえをいってくれれば、彼らはよろこんで見せてくれる けつきよく だろう。あの女中のことは、結局わからずじまいだが、きっとイギリスをあとにして、どこか 海の向うの国へ、罪の思い出といっしょに行ってしまったにちがいない。」 ほうりつじよう
ぎようじよあしあと り、あのかわいそうな狂女の足跡がそのふちでとぎれているのを見つけたときの・ほくたちの気 持は、きみにもきっとわかってもらえると思います。 さぎよう むろん、ぼくたちはすぐさまいかりを持ってきて、死体を引きあげる作業にかかりましたが、 それらしいものはまったく見あたりません。そのかわり、思いもかけぬものを水面に引きあげ ふくろ きんぞく ました。それはリンネルの袋でした。そうして、なかには、さびて変色した、古い金属のかた まりが一個、それに、さえない色をした、小石か、ガラスのかけらがいくつかはいっていまし みよう た。池のなかから見つかったのは、この妙なしろものただひとつで、きのうも全力をあけて探 したり、調べたりしましたが、レイチ = ル・、 / ウエルズ、リチャード・ブラントン、このふた ゆくえ しゅうけいさっとはう りの行方はまったくわからずじまいでした。州警察も途方にくれているしまつで、ばくがこう さいご してやってきたのは、きみが最後のたのみだからなのです。』 きみようじけん きみにもわかるだろう、ウォトスン。このひとつづきの奇妙な事件を、・ほくがどれほど熱中 いっしよう むす して聞き、これを一生けんめいつなぎあわせて、それを結ぶ一本の糸を見つけようとしたか。 しつじすがた すがた 執事が姿を消した。女中も姿を消した。女中は執事を愛していたが、その後、彼を憎むよう じようねってき ゆく になった。女はウェールズ人の血をひいて、かっと燃える、情熱的なところがあった。男が行 えふめい みよう ふくろ 方不明になってすぐ、女はひどく興奮していた。そうして、妙なものがはいっている袋を池の なかに投けこんだ。こういうことはみんな、考えにいれておかなければならないのだが、とい こうふん しつじ へんしよく かれにく さが
ゆくえふめい 、こらしい跡さ わず、屋根裏といわず、しらみつぶしに探しましたが、行方不明のこの男の、しオ すがた えありませんでした。自分の持ちものをそっくり置いたまま姿を消すなんて、・ほくにはどうし けいさっ しん ても信じられないのです。そうして、いったいどこにいるというのでしよう。土地の警察にも ばん しばふ 来てもらいましたが、まったくむだでした。前の晩は雨が降り、ぼくたちは家のまわりの芝生 じじよう や小道をのこらず調べましたが、これもだめでした。さて、事情がこんな風であったところへ さいしよしっそ ) もってきて、またあらたに事件がもちあがり、最初の失踪さわぎどころではなくなってきたの です。 きようらんじようたい 女中のレイチェル・、 / ウエルズは、二日ほど、時どきうわごとをいったり、狂乱状態になっ じゅうしよう かんごふ たりして、かなり重症でしたから、看護婦をやとって、寝ずの番のつきそいをたのみました。 しっそうご ばんかんごふ ところが、・フラントンの失踪後三日目の晩、看護婦は病人がよく眠っているのをみて、自分も よくちょう 肘かけ椅子にもたれてうたたねをし、翌朝早く目をさましてみると、べッドはからつばになっ まどあ すがた ており、窓は開けつばなしで、病人の姿は見えないのです。ぼくはすぐにおこされ、ふたりの さが かのじよあしあと まどした げなん 下男といっしょに、さっそく姿を消した女中を探しにでかけました。彼女の足跡は、窓下から しばふ はじまって、芝生を横ぎり、池のふちまでついていて、それをたどるのはなんでもないことで あしあと したから、彼女のむかった方角もすぐにわかりました。足跡はそこでぶつつりと消え、池のむ しきち じゃりみち こうは、うちの敷地から外へ通じる砂利道になっています。その池は深さが二メートル半もあ ひじ ゃねうら かのじよ じけん すがた さが ねむ ふう あと
〈いや、一週間だ。それでもずいぶん寛大な扱いだと考えてほしいな。〉 しず かれ 彼はまるで打ちのめされたように、くびうなだれて、静かに出て行き、わたしはあかりを消 して、自分の部屋にもどりました。 それから二日間というもの、・フラントンはじつによく働きました。わたしは、すんだことに ふめいよ こうきしん は何も触れず、ただどうやって自分の不名誉をごまかしていくか、好奇心もあって、じっと見 ちょうしよく ていました。しかし、三日目の朝、いつも朝食のあと、その日一日の仕事について、ぼくの指 しよくど ) すがた 図を受けにくるはずの彼が、ついに姿を見せないのです。食堂を出るとき、女中のレイチ = ル , ハウエルズと会いました。さっきもお話ししたように、彼女はまだ病気がなおったばかりで、 まっさおな顔をしていましたから、・ほくは、仕事をしてはだめじゃないかといいました。 もど 〈まだ寝ていなくてはいけない。もっと丈夫になってから、仕事に戻るのだ。〉 かのじよ みようかお 彼女が、そのとき、ひどく妙な頭をして、・ほくのほうを見たものですから、この女はてつき かのじよ り頭がおかしくなったのではないかという気がしはじめました。彼女はこういいました。 〈あたしはもうすっかりよろしいのです、マスグレイヴさま。 ) 〈医者がなんていうかな。さあ、仕事はやめて、ただ、下へいったら、・フラントンにぼくが 会いたいといっていたと伝えてくれ。〉 しつじ 〈執事さんは出て行きました。〉 かれ った かんだい じようぶ あっか はたら かのじよ
『おやじはあの男を園丁にした。それから、それでも気にいらぬというので、執事に昇進さ せた。そうなると、家のなかはもうあいつの思いのままで、あちこち歩きまわっては、勝手な げひんことば ことをやるようになった。女中たちはあいつの酒ぐせのわるさと、下品な言葉をこ。ほし、おや きゅうりよ ) じはそのめいわくのつぐないに、みんなの給料をあけてやったりした。あいつはポートを漕ぎ しゆりよ ) せいたくな狩猟パ 1 ティーを開くこともある。 だしては、おやじのいちばんいい銃をもって、。 そんなことを、あの、あざ笑うような、意地のわるい、おうへいな顔でやるのだから、あいっ たお がもしばくと同じ年ごろだったら、なぐり倒してやりたいと思ったことが、何十ペんあったか しれないくらいだ。ねえ、ホウムズ君。・ほくはこのところずっと、けんめいにがまんしつづけ けんめい てきた。だが、こうなってみると、もうすこし思いどおりやっていたほうが賢明だったのじゃ ないだろうか。 じたい さて、事態はますますわるくなるいつにうだった。あのけだもの、ハドスンのやつは、し いよ出しやばるようになり、ついに、ある日、。ほくの前で、おやじにおうへいな返事をしたも かた のだから、ばくはあいつの肩をひつつかんで、部屋からつまみだしてやった。あいつはまっさ うら ことば おな顔をして、こそこそ逃げていったが、その恨みをこめた両の目は、どんな言葉よりももっ とおそろしいおどしを物語っていた。そのあと、おやじとあいつの間にどんなやりとりがあっ たか知らないが、つぎの日、おやじはぼくのところへやってきて、ハドスンにあやまってくれ えんてい わら じゅう りよう しつじ しようしん かって こ
この家には欠くことのできないものになりま 人間がしつかりしているものですから、すぐに、 こうだんし した。りつばなからだっきの、好男子で、ひたいは広く、二十年もいっしょにいるのに、まだ 四十にもなっていません。からだもよし、数か国語をしゃべり、楽器はなんでもこなすなど、 さいのう まんぞく 人なみすぐれた才能の持ち主なのに、執事というような仕事に、なぜこんなに長い間満足して いごこち いられたのか、それがふしぎでならないのですが、思うに、それだけ居心地がよく、ほかの仕 しつじ 事にかわるだけの気力がなかったのかもしれません。だから、ハールストーンの執事といえば、 わす うちへやってくる客にとって、忘れられない人間になっていました。 もはんてき しかし、この模範的な男にも、欠点がひとつありました。女性にだらしがないのです。こん しず かれ な静かないなかにいては、彼のような男が羽根をのばすのは、それほどむずかしいことではあ りません。 けっこん 結婚しているうちはまだよかったのですが、細君が死んでからは、・ほくたちも、彼のごたご こん なや かれ たに悩まされつづけました。やっと二、三か月前、彼が二番女中のレイチェル・ハウエルズと婚 やく りようばんしゅにんむすめ 約して、これで落ち着いてくれるかと思ったところ、その後、この女をすてて、猟番主任の娘、 むすめ ジャネット・トレジ = リスと仲よくなってしまいました。レイチ = ルはたいへんいい娘ですが、 きしよう のう きしつ なにしろ気性のはけしい、ウェールズ気質です。すっかり脳をやられ、いまではーーすくなく おとろ とも、きのうまではーーー見るかげもなく衰えて、うちのまわりをうろっくありさまなのです。 ぬし なか けってん しつじ さいくん じよせい がっき かれ