実行する愚かしさは、猿マネの最たるものであろう。 この「屋内禁煙」の大原則はむろん劇場等では徹底されている。 まく亠のい コンサートでもミュージカルでも、幕間には一服したい。そこで観客は、一幕が終われば 一斉に戸外に出てタバコを喫い始める。カ 1 ネギー・ホ 1 ルやプロードウェイの劇場の前 で、幕間の客が真黒な塊りになってもうもうと煙を立ち昇らせる様子は、壮観といおうか異 様といおうか、モラルにル繚された人間たちの悲しい営みを感じさせる。いずれにせよ、こ うした姿もやはり格好の良いものではない。 思うに、アメリカは健康と引きかえに都市の美観と人間の体面とを犠牲にしているのでは あるまいか 私は喫煙による肉体的弊害は百も承知なので、それがたいそうな文化だなどとは思わな しヤ」う 。むしろ小心で一〕木的な人間の嗜好であるとすら考えている。ただし、その種の嗜好品を て 特殊な趣味として排斥するほど、人間は高等な生き物ではない。 っ 屋内禁煙の原則により、ニューヨークの街路が喫いガラで汚れ、ニューヨーカーたちが集 団路上喫煙の醜態を晒しているのは事実である。そもそも健康な肉体は神の造り給うたもの 的 であり、都市の美観や人間のいずまいたたずまいは、人間の知性が積み上げたものであると 知 考えれば、アメリカ人のヒステリカルな方法はただの知的退行ではあるまいか。 ところで、ここで問題となるのは、アメリカのモラルがはたして人類のモラルとなりうる さら
171 ニュヨークについて ある朝フト見めてみると、眼下に地平まで続くかと思われる若葉の森が拡がっていた。 真青な空の裾は鴇色の帯を解いた朝焼けで、緑の森の左右の縁には古く優雅な摩天楼がっ らなっている。 ベキン 真四角の巨大なべッドの上で、ああ俺は黄砂の降る北京から新緑のニューヨークへと瞬間 的にワ 1 プしたのだな、と思った。 ニューヨーク ! 一私はべッドからはね起きた。何だかよくはわからんが、ともかくニューヨ 1 クにいるので ある。時刻はまだ朝の七だというのに、車の騒音がホテルの窓にまで駆け上がってく る。セントラル・ヾ ークの繁みを縫ってジョギングをする人の姿が見える。 そもそも、ディープかっレアな中国東北旅行から中十日の連投でニューヨーク、というス ニューヨークについて
173 ニュヨークについて ーヨーク」になっているのではなかろうか。私はそこに生まれ、そこに育ったのである。ニ ューヨークの第一印象は、「背の高い里邑「パワフルでダイナミックな藜只」であった。 もうひとつの親和感の原因は、言葉であろう。むろん私は英語など満足にはしゃべれない けれども、ともかく子供のころからずっと学校教育は受けてきたので、何とかカタコトでも 意思は通じる。また、レストランやカフェに入っても、メニューが理解できる。ひとり歩き をしていても看板が読めるから、迷子になる心配がない。これは安心である。英国を除くョ 1 ロッパでは、この安心感を味わうことはまずできない。 われわれ日本人、ことに戦後教育を受けた世代の日本人は、実は「ニューヨーク文化圏」 の中に生まれ育ったのである。 ニューヨークー ひるがえ では翻って思うに、現代の日本人とアメリカ人とではいったいどこが違うのかという と、これは一言で言える。アメリカ人はともかくわかりやすい 一たとえば私の宿泊先であるエセックス・ハウスの並びに、かの有名なプラザ・ホテルがあ る。ニーヨ 1 クの中の華麗なるヨーロッパとわれるそのホテルは、。、 ノリ . のリツッとクリ ョンを縦に積み重ねたような代物で、これはすごい ちなみにの『ティファニーで朝食を』でヘップバーンがパトロン探しに熱中したのはここ
202 ズ」や「サックス」といったデパ 1 トは近年プランド・ショップのショウ・ル 1 ムの観があ り、きわめて危険である。ちなみに私は、愚かしくも「サックス」一軒でアメックスのゴー ルド・カ 1 ドをパンクさせたという人物を知っている。 だが、上には上がある。 私の経験上、欲求不満のビジネスマンや O*-Äが、非常な確半でカ 1 ド破産の悲劇に見舞わ れるであろうと確信する場所は、香港である。 この町は小さい。しかしこの小ささが怖い。 たとえばペニンシュラ・ホテルのショッピング・ア 1 ケ 1 ドを例に挙げると、狭い地下通 路のぐるりに整然と、実にぬかりなく、有々 4 ノティックが収まっているのである。というこ とは、ニューヨークのデパートと同じ理屈で、ここに嵌まれば最小限の体力と知力で、最大 限の爆発が可能となる。 ではなにゆえ香港がニューヨークより危険なのであろうか。この点については知るだに怖 ろしい罠が隠されている。 いくらニューヨ 1 クでもローマでも、両手に持ち切れなくなったら買物はやめる。しかし 香港の場ム只町が狭い分ホテルがすぐそこいらにあるものだから、爆発状態のまま荷物が持 ち切れなくなれば、いったん部屋に戻ってすぐに手ぶらで戦線に復帰できるのである。かく て人々は思辛靆止のリピーターと化し、まさに毒食らわば皿まで、という心境にづてホテ
およそ七一万五〇〇〇円。 なお、このプレジデンシャル・スイートをご利用になられたお客様にかぎり、「ご要望に より国旗を掲ける」とのことである。 値段はともかく、この「ご要望」には勇気が要る。つまり、この勇気のなさ、自分の存在 を誇ることの北」そが、日本人なのであろう。 「あの、浅田さん。とりあえず最終日に予約入れちゃいましたけど、い ) しですか」 と、編月 「・ : : ・して、支払いは ? 「ハハッ、冗談は顔だけにして下さい。もちろん自腹でお願いします」 「ほう : これより編の首を絞め、エセックス・ハウスの窓からっき落とそうと思う。 それにしても、セントラル・パ ークの暮の目にしみる青さよ。 ディス・イズ・ニューヨークー
噂によればアメリカは喫煙について極めてヒステリカルな状況にあるというので、相当の 覚悟を決めて出かけたのであるが、さしたる不自由はなかった。 ホテルの部屋にはむろん灰皿が置かれていたし、ロビーも通路を隔てて半分ずつ分煙され ていた。レストランやコ 1 ヒー・ショップは禁煙だがバーは喫煙可で、どこのホテルもおお て むねそのようであるらしい っ ということは、最もヒステリカルな西海岸はどうか知らぬが、少なくともニューヨークに おいてはと大して違わんのである。 的 違うところと一一一一口えば、原則的にビル内のオフィスが全面禁煙ということであろう。このた 知 めマンハッタンのビルの入口には、どこも大勢のビジネスマンやが入れかわり立ちかわ りでタバコをっていた。 知的退行について
て っ 幻先週号掲載の「ジャパニーズ・ドリームについて」の原稿を送ったあと、ニューヨーク取 材に同行した埼玉県川越市出身の編隹杢名君から、断固たる抗議のファックスが届いた。 〈冠省玉稿たいへん面白く拝読いたしました。ところで、アトランティック・シティの一 一夜についてのエッセイは、これだけでしようか。作品を大切になさろうとする先生のお立 場、また各社文芸担当編隹杢からの圧力等、ご事情はいろいろとおありでしようが、できう ジればあの夜の出米爭は今すこし詳細に、虚飾なくお書き願えればと思う次第であります。不 び 肖、一介の週刊誌編集者ではありますが、本稿『勇気凜凜ルリの色』は、直木賞受賞作 た『欽〕にまさるとも劣らぬ傑作であると信ずるがゆえ、あえて文芸編集者の方々に比冐 する愚を承知でご助言させていただきます。つきましては、次回のタイトルは『ふたたびジ ャパニーズ・ドリ 1 ムについて』ということで、よろしく。・拝〉 ふたたびジャパニーズ・ドリームについて
さく但し書を添えた。 「犯罪活動、はしない。しかし「性行為ーを行わぬかどうかは保証の限りではない。問題は どこまでが「不道徳」かどうか : 「スパイ行為」「サポタージュ」「テロリスト活動」「集団虐殺」は小説家の仕事である。 また一九三三年から一九四五年の間にドイツ・ナチ政府とかかわったわけはないけれど、 「同盟関係諸国」と言われれば、たぶん亡きオヤジは迫害に参茄したと思う。 結局、自信を持って「いし ) え」と言えたのはとだけであった。についてはしばらく どういう意味かと考えたが、要するに「子供を誘拐したことがあるか」ということなのであ ろう。 何ともはや、こういう圭日類をいちいち書かせるアメリカという国は、バカバカしいほどわ て かりやすい。 にそうこうしているうちに今しがた、私の密命を受けた編隹杢名が、ウンザリとした顔でプラ 一ザ・ホテルから帰ってきた。 ョ ここで、わが国の健全なる青少年育成のために、私財を抛って「一旗上げてやる」とお考 ュ えの方に、プラザ・ホテルの正面に日章旗を蝿けるお値段をご報告しておこう。 ニューヨーク・プラザ・ホテル、最上階 ( 十八ペントハウス、プレジデンシャル・ス ィートのルーム・チャージは、四月十九日現在の季節料金で一泊五五〇〇ドル。邦貨にして
180 煙のごとく消えたのであった。 「こういうことをェッセイなんかに書くと、のちのちタメになりませんからね」 と税理士は一 = ロっていたが、この際わが身を省みずに書くことにする。 六五パーセントという最高税率は、ひどいと思う。むごいと思う。グローバル・スタンダ ードなどという理屈は言わない。汗水流して、座椅子に寝起きし、過労性貧血でしばしば救 急車の世話になってまで稼いだお金が六五パーセントも税金として召し上げられるのはひど 。ひどすぎる。 江尸時代の封建制度下ですら、年貢には「五公五民」という原則があって、これが崩れれ ば一揆が起こったのである。一生縣叩に働くことそのものにペナルティーを科すような税制 は、ちっとも公平ではないと私は思う。 あえてグロー ハルな見地から一言えば、アメリカの最高税率はニューヨーク州の場合で四 六・四五パーセント、イギリスの場合は四〇パーセントで、しかも地方税がない。六五パー セントの税率はおそらく、ぶっちぎりの世界一であろう。 小説家になりたいがために、若い時分から犠牲にしてきたものは計り知れない。まさしく 身〈糶旧しまず、人と別れ、物を捨て、筆一本でジャパニーズ・ドリームをわが未来に実現さ せようと努力してきた結果がこれだと思えば、文化も文学もくそくらえ、という気分にな る。
常識的判断からすれば、かように秘れたパンツはビニール袋にくるんで捨てるべきであろ しかしそのパンツは、先日ニューヨークはマデイソン街で購入した、カルバン・クライン であった。値段も高かったけれど、なにせカルバン・クラインの本店で買ったのである。そ こいらで買ったその他のパンツとは、そもそも出自がちがう。たかだかクソに汚れたくらい でゴミ箱に捨てるのは、あまりに忍びがたかった。 しかもそのパンツは、ダ 1 ク・グレ 1 の同色のシャッと対になっており、。ハンツだけが 消えればシャツは気の毒な後家となる。私は常にシャッとパンツのメーカ 1 は同一でなけ れば気が済まぬ。だとすると、罪もないシャッまで、パンツとともにゴミ箱に捨てねばな らない。ましてやお気に入りのカルバン・クラインがセットで消えたとなれば、家人はいち 早くそれに気付き、多分に怪しむであろう。 どこに置いてきたのと問いつめられて、まさかうんこを洩らしたのでゴミ箱に捨てまし て た、とは一一 = ロえない。口がさけても一一一一口えない。さる事盾により捨てたなどと一一 = ロえば、よけいに っ 蚤し ) 。 相汚れたパンツをぶら下げたまま、私は風呂場でしばし懾した。 次善の策としては、わが手で洗濯をし、乾燥機にかけ、そのまましらばっくれることであ ろう。しかし本稿の締切時間は刻々と迫っており、おもらしパンツを洗っている時間はなか