吾輩は猫である - みる会図書館


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1. 吾輩は猫である

とも元の所にとまって上からくちばしをそろえて吾輩の顏を見おろしている。図太いやった。にら っこうぎかない。背を丸くして、少々うなったがますますためた。俗人に霊妙 めつけてやったがい なる象徴詩がわからぬごとく、吾輩が彼らに向かって示す怒りの記号もなんらの反応を呈出しない。 考えてみると無理のないところた。吾輩は今まで彼らを猫として取り扱っていた。それが悪い。猶 ならこのくらいやればたしかにこたえるのたがあいにく相手は烏た。烏の勘公とあってみればいた さいぎよう くしや しかた ; よい。実業家が主人苦沙弥先生を圧倒しようとあせるごとく、西行に銀製の吾輩を進呈す 、 0 い 1 : フ 4 」か可り・ るがごとく、西郷隆盛君の銅像に勘公が糞をひるようなものである。機を見るに敏なる吾輩はとう ていだめとみてとったから、きれいさつばりと縁側へ引き上げた。もう晩飯の時刻た。運動もい ぐたぐたの感がある。のみ が度を過ごすといかぬもので、からだ全体がなんとなくしまりがない、 ならすまた秋の取り付きで運動中に照りつけられた毛ごろもは、西日を思う存分吸収したとみえて、 あふら ほてってたまらない。毛穴からしみ出す汗が、流れればと思うのに毛の根に膏のようにねばりつく。 背中がむずむすする。汗でむすむすするのと蚤がはってむすむすするのは判然と区別ができる。ロ せきすい の届く所ならかむこともできる、足の達する領分は引っかくことも心得にあるが、脊髄の縦に通う こういう時には人間を見かけてやたらにこすりつけるか あまん中と来たら自力の及ぶ限りでない。 まさつじゅっ 猫松の木の皮で十分摩擦術を行なうか、二者その一を選ばんと不愉快で安眠もできかねる。人間は愚 なものであるから、猫なで声でーー猫なで声は人間の吾輩に対して出す声た。吾輩を目安にして考 えれば猫なで声ではない、なでられ声である , ー , 、よろしい、とにかく人間は愚なものであるからな でられ声でひざのそばへ寄 0 て行くと、たいていの場合において彼もしくは彼女を愛するものと誤 解して、わがなすままに任せるのみかおりおりは頭さえなでてくれるものた。しかるに近来吾輩の

2. 吾輩は猫である

吾輩は猫である 『吾輩は猫である』文献抄 目次 描画 中村不折 橋ロ五葉 四七三 山本健吉咒四

3. 吾輩は猫である

あるのに少しも悟 0 た様子もなくことしは正露の第二年目だからおおかた熊の絵たろうなどと気の 知れぬ一、とを言「てすましているのでもわかる。 吾輩が主人のひざの上で目をねむりながらかく考えていると、やがて下女が第二の絵はがきを 「て来た。見ると活版で拊の猫が四、五匹すらりと行列してペンを握「たり書物を開いたり勉強 をしている、その内の一匹は席を離れて机の角で西洋の猫じゃ猫じやを踊「ている。その上に日本 の墨で「吾輩は猫である」と黒々と書いて、右のわきに書を読むやおどるや猫の春一日という俳句 さえしたためられてある。これは主人の旧門下生より来たのでたれが見た 0 て一見して意味がわか るはすであるのに、迂な主人はま、た悟らないとみえて不思議そうに言をひね「て、はてなことし は猫の年かなとひとり言を言「た。吾輩がこれほど有名にな 0 たのをまた気がっかずにいるとみえ きようがし人ね・ヘ 恭賀新年と書いて、 ところ〈下女がまた第三のはがきを持 0 て来る。今度は絵はがきではない。 そろ かたわらに恐縮ながらかの猫〈もよろしく御伝声願い上げ奉り候とある。いかに迂遠な主人でもこ うあからさまに書いてあればわかるものとみえてようやく気がついたようにフンと言いながら吾輩 の顏を見た。その目つきが今までとは違「て多少尊敬の意を含んでいるように思われた。今まで世 間から存在を認められなか 0 た主人が急に一個の新面目を施したのも、全く吾輩のおかげだと思え ばこのくらいの目つきは至当たろうと考える。 リリリリンと鳴る。おおかた来客であろう。来客なら下 おりから門の格子がチリン、チリン、チ ・つめこら・ 女が取り次ぎに出る。吾輩はさかな屋の梅公が来る時のほかは出ないことにきめているのたから、 平気で、もとのごとく主人のひざにすわ 0 てお ( - た。すると主人は高利貸しにでも飛び込まれたよ

4. 吾輩は猫である

502 「吾輩は猫である」自序 上編 「吾輩は猫である」は雑誌ホトトギスに連載した続き物である。もとより纏った話の筋を読ませ る者通の小説ではないから、どこで刧って一冊としても興味の上においてさしたる影響のあろうは ずがない。しかし自分の考ではもう少し書いたうえでと思っていたが、書肆がしきりに催促をする のと、多忙で意のごとく稿を続ぐ余暇がないので、さしあたりこれたけを出版することにした。 おおやけ 自分がすでに雑誌へ出したものを再び単行本の体裁として公にする以上は、これを公にするたけ 、はたしてそれたけの価 の価値があるという意味に解釈されるかもしれぬ。「吾輩は猫であるーが 値がもるかないかは著者の分として言うべき限りでないと思う。たた自分の書いたものが自分の思 うような体裁で世の中へ出るのは、内容の価値いかんにかかわらす、自分たけは嬉しい感じがする 9 自分に対してはこの事実が出版を促がすに十分な動機である。 この書を公けにするについて中村不折氏は数棄の括画をかいてくれた。橋ロ五葉氏は表紙その他 『吾輩は猫である』文献抄 まとま

5. 吾輩は猫である

代わりに・ ・ : 」「あの教師の所ののらが死ぬとおあつらえどおりにまいったんでございますがねえ」 おあつらえどおりになっては、ちと困る。死ぬということはどんなものか、また経験したことが ないから好きともきらいとも言えないが、先日あまり寒いので火消し壷の中へもぐり込んでいたら、 下女が吾輩がいるのも知らんで上からふたをしたことがあった。その時の苦しさは考えても恐ろし くなるほどであった。白君の説明によるとあの苦しみが今少し続くと死ぬのであるそうだ。三毛子 の身代わりになるのなら苦情もないが、あの苦しみを受けなくては死ぬことができないのなら、た れのためでも死にたくはない。 「しかし猫でも坊さんのお経を読んでもらったり、磁名をこしらえてもらったのだから心残りは あるまい」「そうでございますとも、全く果報者でございますよ。ただ欲を言うとあの坊さんのお 経があまり軽少だったようでございますね , 「少し短か過ぎたようだったから、たいへんお早うご げつけいじ ざいますねとお尋ねをしたら、月桂寺さんは、ええききめのあるところをちょいとやっておきまし た、なに猫たからあのくらいで十分浄土へゆかれますとおっしやったよー「あらまあ : : : しかしあ ののらなんかは : : : 」 吾輩は名前はないとしばしば断わっておくのに、 この下女はのらのらと吾輩を呼ぶ。失敬なやっ 「罪が深いんですから、いくらありがたいお経たって浮かばれることはございませんよ」 吾輩はその後のらが何百ペん繰り返されたかを知らぬ。吾輩はこの際限なき談話を中途で聞き捨 てて、布団をすべり落ちて縁側から飛びおりた時、八万八千八百八十本の毛髪を一度に立てて身震 いをした。その後二弦琴のお師匠さんの近所へは寄りついたことがない。今ごろはお師匠さん自身 かほうもの か、みよ・う

6. 吾輩は猫である

139 吾輩は猫である ねこだいみようじん 、こ人の見ていぬ場所でも に鎮座まします猫大明神をいかんともすることができぬのである。いカ冫 猫と座席争いをしたとあ 0 てはいざさか人間の威厳に第する。まじめに猫を相手にして曲直を争う 、こもおとなけない。滑物である。この不名誉を避けるためには多少の不便は忍ばねばなら のよ、 ぬ。しかし忍ばねばならぬたけそれたけ猫に対する憎悪の念は増すわけであるから、鈴木君は時々 吾輩のを見ては苦い顔をする。吾輩は鈴木君の不平な顏を拝見するのがおもしろいから滑稽の念 をおさえてなるべく何食わぬ顔をしている。 かくのごとき無言劇が行なわれつつある間に主人は衣紋をつくろ 0 て 吾輩と鈴木君のあいたに、 後架かあ出て来て「やあ」と席に着いたが、手に持 0 ていた名刺の影さえ見えぬと一、ろをも 0 てみ ると、鈴木藤十郎君の名前は臭い所〈無期徒刑に処せられたものとみえる。名刺こそとんた厄運に 際会したものたと思う間もなく、主人はこのやろうと吾輩の襟がみをつかんでえいとばかりに縁川 へたたきつけた。 「さあ敷ぎたまえ。珍しいな。いっ東京〈出て来た」と主人は旧友に向か 0 て布団を勧める。鈴 木君はちょ 0 とこれを裏返した上で、それへすわる。 「「いまた忙しいものだから報知もしなか 0 たが、じつはこのあいだから東京の本社のほう〈帰 るようになってね : : : 」 なか しふ長く会わなか 0 たな。君が舎〈行 0 てから、はじめてじゃないか」 「それは結冓ド ) 、ど : 「うん、もデ十年近くになるね。なにその後時々東京〈は出て来ることもあるんだが、つい用事 が多いもんたから、いつでも失敬するようなわけさ。悪く思てくれたもうな。会社のほうは君の 設とは違ってすいぶんにしいんたから」

7. 吾輩は猫である

ふと えうちに見違えるように肥れるぜ」 「お 0 てそう願うことにしよう。しかし家は教師のほうが車屋より大きいのに住んでいるように 思われる。 「べらぼうめ、家なんかいくら大きくた 0 て腹の足しになるもんか。 彼は大いにかんしやくにさわ 0 た様子で、寒竹をそいたような耳をしきりとびくつかせてあらら かに立ち去 0 た。吾輩が車屋の黒と知己にな 0 たのはこれからである。 その後吾輩はたびたび黒と邂逅する。邂逅するごとに彼は車屋相当の気炎を吐く。先に吾輩が耳 にしたという不徳事件もじつは黒から聞いたのである。 ある日例のごとく吾輩と黒は暖かい茶畑の中で寝ころびながらいろいろ雑談をしていると、彼は いつもの自漫話をさも新しそうに繰り返したあとで、吾輩に向か 0 て下のごとく質間した。「おめ えは今までに鼠を何匹と 0 たことがある」知識は黒よりもよほど発達しているつもりだが腕力と勇 気とに至 0 てはとうてい黒の比較にはならないと覚悟はしていたものの、この 目いに接したる時は、 さすがにきまりがよくはなか 0 た。けれども事実は事実で偽るわけにはゆかないから、吾輩は「じ つはとろうとろうと思てまたとらない」と答えた。黒は彼の鼻の先からびんとっ 0 ば 0 ている長 い髭をびりびりと震わせて非常に笑 0 た。元来黒は自漫をするたけにどこか足りないところがあ 0 て、彼の気炎を感心したように喉をころころ鳴らして謹聴していればはなはた御しやすい猫であ , る。吾輩は彼と近づきにな 0 てからすぐにこの呼吸を歙み込んたからこの場合にもなまじいおのれ を弁護してますます形勢を悪くするのも愚である、 いっそのこと彼に自分の手がら話をしゃべらし てお茶を濁すにしくはないと思案を定めた。そこでおとれしく「君などは年が年であるからたいふ かんちく

8. 吾輩は猫である

「またたますのたろう , ・「いえこれだけはたしかだよ。じっさい奇警な語じゃないか、ダ・ヴィンチ でも言いそ ( うなことだあね」「なるほど奇警には相違ないな , と主人は半分降参をした。しかし彼は また雪隠で写生はせぬようた。 車屋の黒はその後びつこになった彼の光沢ある毛はたんだん色がさめて抜けてくる。吾輩が琥 つばいたまっている。ことに著しく吾輩の注意をひ 珀よりも美しいと評した彼の目には目やにがい いたのは彼の元気の消沈とその体格の悪くなったことである。吾輩が例の茶園で彼に会った最後の てんびんぼう 日、どうたと言って尋ねたら「いたちの最後っ屁とさかな屋の天秤棒にはこりごりた」と言った。 こう こ、つト一・つ 赤松のあいたに二、三段の紅をつづった紅葉は昔の夢のごとく散ってつくばいに近くかわるがわ さざんか る花びらをこぼした紅白の山茶花も残りなく落ち尽くした。三間半の南向きの縁側に冬の日あしが 早く傾いて木枯らしの吹かない日はほとんどまれになってから吾輩の昼寝の時間もせばめられたよ うな気がする。 主人は毎日学校へ行く。帰ると書斎へ立てこもる。人が来ると、教師がいやたいやたと言う。水 彩画もめったにかかオし タカジャスターゼも効能がないといってやめてしまった。子供は感心に る休まないで幼稚園へかよう。帰ると唱歌を歌って、まりをついて、時々吾輩をしっぽでぶらさげる。 で 吾輩はごちそうも食わないからべったん肥りもしないが、まずまず健康でびつこにもならすにそ わすみ の日その日を暮らしている。鼠はけっしてとらない。おさんはいまたにきらいである。名前はまた しよう力し 吾つけてくれないが、欲をいっても際限がないから生涯この教師の家で無名の猫で終わるつもりた。

9. 吾輩は猫である

恨むらくは少しく古今の書籍を読んで、やや事物の真相を解しえたる主人までが、浅薄なる三平君 ・ねこなべ に一も二もなく同意して、猫鍋に故障をさしはさむけしきのないことである。しかし一歩退いて考 えてみると、かくまでに彼らが吾輩を軽蔑するのも、あながち無理ではない。大颪は俚耳に人らす、 陽春白雪の詩には和するもの少なしのたとえも古い昔からあることた。形体以外の活動を見るあた まぐろ わざる者に向かって己霊の光輝を見よとうるは、坊主に髪を結えと迫るがごとく、鮪に演説をし てみろと言うがごとく、電鉄に脱線を要求するがごとく、主人に辞職を勧告するごとく、三平に金 ひっきよう のことを考えるなと言うがげときものである。畢竟無理な注文にすぎん。しかしながら猫といえど も社会的動物である。社会的動物である以上はいかに高くみすから標置するとも、ある程度までは 社会と調和してゆかねばならん。 . 主人や細君ゃないしおさん、三平づれが吾輩を吾輩相当に評価し しやみせんや てくれんのは残念ながらいたし方がないとして、不明の結果皮をはいで三味線屋に売り飛ばし、肉 を刻んで多々良君の膳に上すような無分別をやられてはゆゅしき大事である。吾輩は頭をもって活 しやば 動すべき天命を受けてこの沙婆に出現したほどの古今来の猫であれば、非常にたいじなからたであ どうすい ことわざ ちうまいそう る。千金の子は堂陲に坐せすとの諺もあることなれば、好んで超邁を宗として、いたすらにわが身 わざわ もうこ あの危険を求むるのはたんに自己の災るのみならす、また大いに天意にそむくわけである。猛虎も ふんとん すうけいまないた 猫動物園に入れば糞豚の隣りに居を占め、鴻雁も鳥屋にいけどらるれば雛鶏と俎を同じゅうす。庸人 ようびよう 物と相互する以上は下って庸猫と化せざるべからす。庸猫たらんとすれば鼠をとらざるべからす。 ー吾輩はとうとう鼠をとることにきめた。 せんだってじゅうから日本はロシアと大戦争をしているそうだ。吾輩は日本の猫たからむろん日 こんせいねこりよだん 本びいきである。できうべくんば混成猫旅団を組織してロシア兵を引っかいてやりたいと思うくら けいべっ こうがん ここんらい

10. 吾輩は猫である

い、たた性情の近きところに向か「て一身の安きを置くは勢いのしからしむるところで、これを変 心とか、軽薄とか、裏切りとか評せられてはちと迷惑する。かような言語を弄して人を詈するも びんぼうしよう のに限「て融通のきかぬ貧乏性の男が多いようた。こう猫の習を脱化してみると三毛子や黒のこ にやっかい きぐら、 とばかり荷厄介にしているわけにはゆかん。やはり人間同等の気位で彼らの思想、言行を評町した くなる。これも無理はあるまい。ただそのくらいな見識を有している吾輩もやはり一般猫児の毛の いちどん - あいさっ はえたものぐらいに思「て、主人が吾輩に一言の挨拶もなく、吉備団子をわが物顔に食い尽くした のは残念の次第である。写真もまた撮「て送らぬ様子た。一、れも不平といえば不平たが、主人は主 人、吾輩は吾輩で、相互の見解が自然異なるのはいたし方もあるまい。吾輩はどこまでも人間にな りすましているのたから、交際をせぬ猫の動作は、どうしてもちょいと筆に上りにく、 。迷亭、 月諸先生の評判たけで御免こうむることにいたそう。 ふですすり きようは上天気の日曜なので、主人はのそのそ書斎から出て来て、吾輩のそばへ筆硯と原稿用紙 おろじよびら を並べて腹ばいにな「て、しきりに何かうな「ている。おおかた草稿を書き卸す序開きとして妙な こういっしゅ 2 声を発するのだろうと注目していると、ややしばらくして筆太に「杳一雇」と一、し / 譬、こ。よてな詩に なるか、俳句になるか、香一雇とは、主人にしては少ししゃれ過ぎているがと思う間もなく、彼は てんねんこじ 3 香一を書き放しにして、新たに行を改めて「さ「きから天然居士の事を書こうと考えている」と 筆を圭らせた。筆はそれだけではたと留ま 0 たぎり動かない。主人は筆を持「て首をひね「たがべ つだん名案もないものとみえて筆の穂をなめだした。くちびるがま「黒にな「たとみていると、今 度はその下へちょいと丸をかいた。丸の中〈点を二つう「て目をつける。まん中へ小鼻の開いた鼻 をかいて、真一文字に口を横へ引「ば「た、これでは文章でも俳句でもない。主人も自分で愛想が