今 - みる会図書館


検索対象: 吾輩は猫である
509件見つかりました。

1. 吾輩は猫である

「そら、そういう人が現にここにいるからたしかなものだ。だからぼくのさつぎ述べた文明の未 しよう力し れんしゅう 恥来記を聞いて冗談たなどと笑う者は、六十回でいい月賦を生涯払って正当たと考える連中た。こと に寒月君や、東風君のような経験の乏しい青年諸君は、よくぼくらの言うことを聞いてたまされな 、ようにしなくちゃいけない 「かしこまりました。月賦は必す六十回限りのことにいたします」 「いや冗談のようたが、じっさい参考になる話ですよ、寒月君」と独仙君は寒月君に向かいたし 「たとえばですね。今苦沙弥君か迷亭君が、君が無断で結婚をしたのが穏当でないから、金田 とかいう人に謝罪しろと忠告したら君どうです。謝罪する了見ですかー 「謝罪は御容赦にあすかりたいですね。向こうがあやまるなら特別、私のほうではそんな欲はあ りません」 「警察が君にあやまれと命したらどうです 「なおなお御免こうむります」 「大臣とか華族ならどうです」 「いよいよもって御免こうむります」 「それみたまえ。昔と今とは人間がそれたけ変わってる。昔はお上の御威光ならなんでもできた 時代です。その大にはお上の御威光でもできないものができてくる時代です。今の世はいかに殿下 でも閣下でも、ある程度以上に個人の人格の上にのしかかることができない世の中です。はげしく いえば先方に権力があればあるほど、のしかかられる者のほうでは不快を感して反抗する世の中 です。だから今の世は昔と違って、お上の御威光たからでぎないのたという新現象のあらわれる時 こ 0 かみ

2. 吾輩は猫である

442 人間の行為一一一一〔動が人工的にコセつくばかり、自分で窮屈になるばかり、世の中が苦しくなるばかり、 しようよう ゅうゆう ちょうど見合いをする若い男女の心持ちで朝から晩までくらさなければならない。悠々とか従容と きんだい 力いう字は画があって意味のない言葉になってしまう。この点において今代の人は探偵的である。 泥捧的である。探偵は人の目をかすめて自分だけうまいことをしようという商売たから、勢い自覚 心が強くならなくてはできん。泥捧もっかまるか、見つかるかという心配が念頭を離れることがな いから、勢い自覚心が強くならざるをえない。今の人はどうしたらおのれの利になるか、損になる かと寝てもさめても考えつづけたから、勢い探偵泥捧と同じく自覚心が強くならざるをえない。二 六時中キョトキョト、コソコソして墓に人るまで一刻の安むも得ないのは今の人の心た。文明の咒 そ ロ黛こ 0 、よ、ギ ( 、 1 ) 「なるほどおもしろい解釈た」と独仙君が言い出した。こんな間題になると独仙君はなかなか引 っ込ん・でいない男である。「苦沙弥君の説明はよくわが意を得ている。昔の人はおのれを忘れろと 教えたものだ。今の人はおのれを忘れるなと教えるからまるで違う。二六時中おのれという意識を しようねっ もって充満している。それだから二六時中太平の時はない。い つでも焦熱地獄た。天下に何が薬た さんこうけつかむが といっておのれを忘れるより薬なことはない。三更月下無我に入るとはこの至境を詠じたものさ。 今の人は親切をしても自然をかいている。イギリスのナイスなどと自慢する行為も存外自覚心が張 り切れそうになっている、英国の天子がインドへ遊びに行って、インドの王族と食卓を共にした時 に、その王族が天子の前とも心づかずに、つい自国の我流を出してじゃがいもを手づかみで皿へと って、あとからまっかになってはじ人ったら、天子は知らん顔をしてやはり二本指でじゃがいもを 皿へとったそうた・・・・ : 」

3. 吾輩は猫である

「もう五十円になりますー 「いったいあなたの月給はどのくらいなの」これも細君の質間である。 「三十円ですたい。その内を毎月五円すっ会社のほうで預かって積んでおいて、いざという時に そとにりせん 1 やります。 , ー。。・奥さんこづかい銭で外濠線の株を少し買いなさらんか、今から三、四か月すると倍 になります。ほんに少し金さえあれば、すぐ二倍にでも三倍にでもなります」 「そんなお金があれば泥棒にあったって困りやしないわー 「それたから実業家に限るというんです。先生も法科でもやって会社か銀行へでも出なされば、 , ーー先生あの鈴本藤 今ごろは月に三、四百円の収入はありますのに、惜しいことでござんしたな。 十郎という工学士を知ってなさるか」 「うんきのう来た」 「そうでござんすか、せんたってある宴会で会いました時先生のお話をしたら、そうか君は苦沙 ぼくも苦沙弥君とは昔小石川の寺でいっしょに自炊をしておった 弥君の所の書生をしていたのか、 ことがある、今度行ったらよろしく言うてくれ、ぼくもそのうち尋ねるからと言っていました」 る 「近ごろ東京へ来たそうたな」 あ で 「ええ今まで九州の坑におりましたが、こないだ東京詰めになりました。なかなかうまいです。 先生あの男がいくらもらってると思いなさる」 物わたしなぞにでも朋友のように話します。 「知らん」 「月給が二百五十円で盆暮れに配当がっきますから、なんでも平均四、五百円になりますばい。 こきゅう 2 あげな男が、よかしこ取っておるのに、先生はリーダー専門で十年一狐裘じやばかげておりますな

4. 吾輩は猫である

「その声が遠く反響を起こして満山の秋のこずえを、野分とともに渡 0 たと思「たら、は 0 と こ帚っこ・ 「やっと安心した」と迷亭君が胸をなでおろすまねをする。 「大死一番乾坤新たなり」と独仙君は目くばせをする。寒月君にはち 0 とも通じない。 「それから、我に帰 0 てあたりを見回すと庚申山一面はしんとして、雨たれほどの音もしない。 はてな今の音はなんだろうと考えた。人の声にしては鋭すぎるし、鳥の声にしては大き過ぎるし、 この ( んによもや猿はおるまい。なんたろう ? なんたろうという間題が頭の 猿の声にしては 中に起こると、これを解釈しようというので今まで静まり返 0 ていたやからが紛然雑然糅然として 、のたかも「ンノート殿下歓迎の当時における都人士狂乱の態度をも 0 て悩裏をかけ回る。そのうち 沈着などと号す に総身の毛穴が急にあいて、焼酎を吹きかけた毛脛のように、勇気、胆力、分別、 るお客鼓がすうすうと蒸発してゆく。心臓が肋骨のドでステテ = を踊り出す。両足が紙鳶のうなり のように震動をはじめる。これはたまらん。いきなり、毛布を頭からかぶ「て、ヴ , イオリンを小 わきにかい込んでひょろひょろと一枚岩を飛びおりて、いちもくさんに山道八丁をふもとの方〈か あけおりて、宿〈帰 0 て布団〈くるま 0 て寝てしま 0 た。今考えてもあんな気味の悪か 0 たことはな で いよ、東風君」 「それから」 輩 「それでおしまいさ」 「ヴァイオリンはひかないのかい」 「ひきたく 0 ても、ひかれないじゃないか。ギャーだもの。君た 0 てき 0 とひかれないよ」

5. 吾輩は猫である

て思 0 ておらん。しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人に描き出されつつあるような妙な 姿とは、どうしても思われない。第一色が違う。吾輩はベルシア産の猫のごとく寅を含める淡火色 に漆のごとき斑入りの反膚を有している。一、れたけはたれが見ても疑うべからざる事実と思う。し かるに今主人の彩色を見ると、黄でもなければ黒でもない。灰色でもなければ褐でもない、され ばとてこれらを交ぜた色でもない。ただ一種の色であるというよりほかに評し方のない色である。 その上不思議なことは目がない。も 0 ともこれは寝ているところを写生したのだから無理もないが 目らしい所さえ見えないから盲猫たか寝ている猫だか判然しないのである。吾輩は心中ひそかにい くらアンドレア・デル・サルトでもこれではしようがないと思 0 た。しかしその熱心には感服せさ るをえない。なるべくなら動かすにお 0 てやりたいと思 0 たが、さ「きから小便が催している。身 内の筋肉はなすむすする。もはや一分も猶予ができぬ仕儀とな 0 たから、やむをえず失敬して両足 を前〈存分のして、言を低く押し出してあーあと大なるあくびをした。さてこうなてみると、も とうせ主人の予定はぶちこわしたのだから、ついでに裏〈 うおとなしくしていてもしかたがない。。 行 0 て角を足そうと思 0 てのそのそはい出した。すると主人は失望と怒りをかぎませたような声を るして、座敷の中から「このばかやろう」とどな 0 た。この主人は人をののしる時は必すばかやろう でというのが癖である。ほかに悪口の言いようを知らないのだからしかたがないが、今まで辛抱した 人の気も知らないで、むやみにばかやろう呼ばわりは失敬たと思う。それも平生吾輩が彼の背中〈 まん 吾乗る時に少しはいい顔でもするならこの漫財も甘んじて受けるが、こ「ちの便利になることは何 っ快くしてくれたこともないのに、小便に立 0 たのをばかやろうとはひどい。元来人聞というもの は自己の力量に慢じてみんな増長している。少し人間より強いものが出て来ていじめてや・らなくて

6. 吾輩は猫である

もいい、食えさえすれば、という気になるのも境遇のしからしむると一、ろであろう。たから今雑煮 が食いたくなったのもけっしてぜいたくの結果ではない、なんでも食える時に食ってお・一、うとい ) 考えから、主人の食いあました雑煮がもしや台所に残っていはすまいかと思い出したからである。 ・ : 台所へ回ってみる。 こうちゃく けさ見たとおりの餅が、けさ見たとおりの色で椀の底に膠着している。白状するが餅というもの は今まで一ペんも口に入れたことがない。見るとうまそうにもあるし、また少しは気味が悪くもあ 、りごわか・わ る。前足で上にかかっていめ菜つばをかき寄せる。爪を見ると餅の上皮が引きかかってねばねばす る。かいでみると釜の底の飯をお櫃へ移す時のようなにおいがする。食おうかな、やめようかな、 とあたりを見回す。幸か不幸かたれもいない。おさんは暮れも春も同じような顏をして羽根をつい ている。子供は奥座敷で「なんとおっしやるうさぎさん」を歌っている。食うとすれば今た。もし この機をはすすと来年までは餅というものの味を知らすに暮らしてしまわねばならぬ。吾輩はこの 刹那に猫ながら一の真理を感得した。「得難き機会はすべての動物をして、好まざることをもあえ わんてい てせしむ」吾輩はじつをいうとそんなに雑煮を食いたくはないのである。否椀底の様子を熟視すれ きび ・ばするほど気味が悪くなって、食うのがいやになったのである。この時もしおさんでも勝手口をあ けたなら、奥の子供の足音がこちらへ近づくのを聞きえたなら、吾輩は惜しげもなく椀を見捨てた ちゅう ろう、しかも雑煮のことは来年まで念頭に浮かばなかったろう。ところがたれも来ない、 いくら一 さいそく 躇していてもたれも来ない。早く食わぬか食わぬかと催促されるような心持ちがする。吾輩は椀の 中をのぞきこみながら、早くだれか来てくれれば いいと念じた。やはりだれも来てくれない。吾輩 はとうとう雑煮を食わなければならぬ。最後にからた全体の重量を椀の底へ落とすようにして、あ

7. 吾輩は猫である

178 「いやそりや、どうもこうもならん。早々捨てなさい。わたしがもら 0 て行って煮て食おうかし らん」 「あら、多々良さんは猫を食べるのー 「食いました。猫はうもうござります」 「ずいぶん豪傑ね」 下等な書生のうちには猫を食うような野蛮人がある由はかねて伝聞したが、吾輩が平生眷傾をか たしけのうする多々良君その人もまたこの同類ならんとは今が今まで夢にも知らなかった。いわん や同君はすでに書生ではない、卒業の日は浅きにもかかわらす堂々たる一個の法学士で、六つ井物 きようが ~ 、 産会社の役員であるのたから吾載の驚愕もまた一通りではない。人を見たら泥棒と思えという格言 は寒月第二世の行為によ 0 てすでに証拠立てられたが、人を見たら猫食いと思えとは吾輩も多々良 君のおかげによ 0 てはしめて感得した真理である。世に住めば事を知る、事を知るはうれしいが日 こうかっ に日に危険が多くて、日に日に油断がならなくなる。狡猾になるのも卑劣になるのも表裏二枚合わ せの護身服を着けるのも皆事を知るの結果であって、事を知るのは年を取るの罪であゑ老人にろ くな者がいないのはこの理たな、吾輩などもあるいは今のうちに多々良君の鍋の中で玉ねぎととも じようふつ に成仏するほうが得策かもしれんと考えてすみの方に小さくなっていると、最前細君、とけんかをし てい「たん書斎へ引き上げた主人は、多々良君の声を聞きつけて、のそのそ茶の間へ出てくる。 - へきとう 「先生泥棒にあいなさったそうですな。なんちゅ愚なことです」と劈頭一番にやりこめる。 「はいるやつが愚なんだ」と主人はどこまでも賢人をもって自任している。 「はいるほうも愚たばってんが、取られたほうもあまり賢くはなかごたる」 そうそう

8. 吾輩は猫である

176 ず吹き出したが、あまりわずらわしくて話も何もできぬので「さあさあお前さんたちは少しお庭へ 出てお遊びなさい。今におかあさまがいいお菓子をあげるから . 、と細君はようやく子供を追いやっ て 「多々良さんの頭はどうしたの , とまじめに聞いてみる。 「虫が食いました。なかなかなおりません。奥さんもあんなさるか」 まけ 「やたわ、虫が食うなんて、そりや髷で釣る所は女だから少しははげますさ」 「はげはみんなバクテリヤですばい」 「わたしのは ' ハクテリヤじゃありません」 「そりや奥さん意地張りたい」 「なんでも・ハクテリヤじゃ・ありません。しかし英語ではげのことをなんとかいうでしよう」 「はけはポールドとか言います」 、え、それじゃないの、もっと長い名があるでしよう」 「先生に聞いたら、すぐわかりましよう」 「先生はどうしても教えてくたさらないから、あなたに聞くんです」 「わたしはポールドより知りませんが。長かって、どけんですか」 「オタンチン・ ハレオロガスと言うんです。オタンチンというのがはげという字で、。ハレオロガ スが頭なんでしよう」 「そうかもしれませんたい。今に先生の書斎へ行ってウェブスターを引いて調べてあげましよう。 しかし先生もよほど変わっていなさいますな。この天気のいいのに、うちにじっとしてーーー奥さん、

9. 吾輩は猫である

ろいろな病気だのを直すことができると書いてあったですが、ほんとうでしようか」と聞く。 「ええ、そういう療法もあります」 「今でもやるんですか」 「ええ」 「催眠術をかけるのはむずかしいものでしようか」 「なにわけはありません。わたしなどもよくかけます」 「先生もやるんですか」 「ええ、一つやってみましようか。だれでもかからなければならん理窟のものです。あなたさえ よければかけてみましよう 「そいつはおもしろい、一つかけてくたさい。わたしもとうからかかってみたいと思ったんです 9 しかしかかりきりで目がさめないと困るな」 「なに大丈夫です。それじややりましよう」 相談はたちまち一決して、主人はいよいよ催眠術をかけらるることになった。吾輩は今、まで一、ん なことを見たことがないから心ひそかに喜んでその結果を座敷のすみから拝見する。先生はます、 猫主人の目からかけ始めた。その方法を見ていると、両眼の上瞼を上から下へとなでて、主人がすで に目を眠っているにもかかわらず、しきりに同じ方向へくせをつけたがっている。しばらくすると 先生は主人に向かって「こうやって、瞼をなでていると、だんだん目が重たくなるでしよう」と聞 9 いた。主人は「なるほど重くなりますな」と答える。先生はなお同じようになでおろし、なでおろ し「だんたん重くなりますよ、ようござんすか」と言う。主人もその気になったものか、なんとも・ うわまぶた

10. 吾輩は猫である

365 吾輩は猫である こら、動かんとそのほうのためにならんぞ、警察で棄てておかんぞといばってみせたんですとさ。 こわいろ 今の世に警察の声色なんか使ったってたれも聞きやしないわね」 「ほんとうね、それで地蔵様は動いたの ? 」 「動くもんですか、叔父さんですもの」 「でも叔父さんは警察にはたいへん恐れ入っているのよ」 「あらそう、あんな顔をして ? それじゃ、そんなにこわいことはないわね。けれども地蔵様は 動かないんですって、平気でいるんですとさ。それで法螺吹きはたいへんおこって、巡査の服を脱 いで、付け髯を紙くず籠へほうり込んで、今度は大金持ちの服装をして出て来たそうです。今の世 いわさきだんしやく でいうと岩崎男爵のような顔をするんですとさ。おかしいわねー 「岩崎のような顏ってどんな顔なの ? 」 「たた大きな顏をするんでしよう。そうして何もしないで、また何も言わないで地蔵のまわりを、 大きな巻煙草をふかしながら歩いているんですとさー 「それがなんになるの ? 」 けむ 「地蔵様を煙に巻くんです」 「まるで噺し家のしゃれのようね。首尾よく煙に巻いたの ? でんかさま 「ためですわ、相手が石ですもの。ごまかしもたいていにすればいいのに、今度は殿下様に化け て来たんたって。ばかね」 「へえ、その時分にも殿下様があるの ? 」 「あるんでしよう。、 ノ木先生はそうおっしやってよ。たしかに殿下様に化けたんたって、恐れ多 しゅび けむ