からびりびりとふるえ上がるに相違ない。 このふるえ上がる時に病気はきれいに落らるたろうと思 。それでも落ちなければそれまでのことさ。 いつばん 、こゞよかでも病気でも主人に変わりはない。一飯君恩を重んすという詩人もあることたから猫 。たって主本の身の上を思わないことはあるまい。、気の毒たという念が胸いつばいになったため、つ ゅふね いそちらに気が取られて、流しの方の観察を怠っていると、突然白い湯槽の方面に向かって口々に ざくろぐち ののしる声が聞こえる。ここにもけんかが起こったのかと振り向くと、狭い柘榴口に一寸の余地も ないくらいに化け物が取りついて、毛のある脛と、毛のない股と入り乱れて動いている。おりから はっさき 初秋の日は暮るるになんなんとして流しの上は天井まで一面の湯けが立てこめる。かの化け物のひ もうろう しめくさまがその間から朦朧と見える。熱い熱いと言う声が吾輩の耳を貫ぬいて左右へ抜けるよう に頭の中で乱れ合う。その声には黄なのも、青いのも、赤いのも、黒いのもあるが互いにかさなり かかって一種名状すべからざる音響を浴場内にみなぎらす。ただ混雑と迷乱とを形容するに適した ぼデせん 声というのみで、ほかにはなんの役にも立たない声である。吾輩は茫然としてこの光景に魅入られ たばかり立ちすくんでいた。やがてわーわーという声が混乱の極度に達して、これよりはもう一歩 あも進めぬという点まで張り詰められた時、突然むちゃくちゃに押し寄せ押し返している群れの中か ら一大長漢がぬっと立ち上がった。彼の身の丈を見るとほかの先生がたよりはたしかに三寸ぐらい は高い。のみならす顔からがはえているのか髯の中に顔が同居しているのかわからない赤つらを そり返して、日盛りに割れ鐘をつくような声を出して「うめろうめろ、熱い熱い」と叫ぶ。この声 とこの願ばかりは、かの紛々ともつれ合う群衆の上に高く傑出して、その瞬間には浴場全体がこの 男一人になったと思わるるほどである。超人だ。ニーチェのいわゆる超人だ。魔中の大王た。化け
ねえ」 下女は大いに感動している。 「風邪をひくとい 0 てもあまり出歩きもしないようだ 0 たに : ろは悪い友たちができましてね」 おねこ 下女は国事の秘、でも語る時のように大得意である。 「悪い友たち ? 」「ええあの表通りの教師の所にいる薄ぎたない雄猫でございますよ。「教師とい うのは、あの毎朝無作法な声を出す人かえ」「ええ顔を洗うたんびに鵝鳥が絞め殺されるような声 を出す人でござんす」 鵝島が絞め殺されるような声はうまい形容である。吾輩の主人は毎朝風呂場でうがいをやる時、 枝で咽喉を 0 0 突いて妙な声を無遠慮に出す癖がある。きげんの悪い時はやけにがあがあやる、 きげんのいい時は元気づいてなおがあがあやる。つまりきげんのいい時も悪い時も休みなく勢いよ くがあがあやる。細君の話ではここ〈引き越す前まではこんな癖はなか 0 たそうたが、ある時ふと 。ちょっと厄介な癖であるが、なぜこん やり出してからきようまで一日もやめたことがないという るなことを根気よく続けているのか我ら猫などにはとうてい想像も 0 かん。それもますよいとして 「薄ぎたない猫」とはすいぶん酷評をやるものたとなお耳を立ててあとを聞く。 「あんな声を出してなんのまじないになるかしらん。御新前は中間でも草履取りでも相応の作 法は心得たもので、屋敷町などで、あんな顔の洗い方をするものは一人もおらなか 0 たよ , 「そうで ございましようともねえ」 下女はむやみに感服しては、むやみにねえを使用する。 ・ : 」「いえね、あなた、それが近ご
人も犬も月もなんにも見えません。その時に私はこの『夜』の中に巻ぎ込まれて、あの声の出る所 へ行ぎたいという気がむらむらと起こったのです。〇〇子の声がまた苦しそうに、訴えるように、 救いを求めるように私の耳を刺し通したので、今度は『今すぐに行きます』と答えて欄干から半身 を出して黒い水をながめました。どうも私を呼ぶ声が波の下から無理にもれてくるように思われま してね。一、の水の下たなと思いながら私はとうとう爛干の上に乗りましたよ。今度呼んたら飛び込 もうと決心して流れを見つめているとまた哀れな声が糸のように浮いてくる。ここだと思って力を 込めていったん飛び上がっておいて、そして小石かなんぞのように未練なく落ちてしまいました」 「とうとう飛び込んたのかい」と主人が目をばちつかせて間う。 「そこまでゆこうとは思わなかった」と迷亭が自分の鼻の頭をちょいとつまむ。 「飛び込んたあとは気が遠くなって、しばらくは夢中でした。やがて目がさめてみると寒くはあ るが、ど一、もぬれた所も何もない、水を飲んたような感じもしない。たしかに飛び込んたはずたが じつに不思議た。こりや変たと気がついてそこいらを見渡すと驚ぎましたね。水の中へ飛び込んた い間違って橋のまん中へ飛びおりたので、その時はじつに残念でした。 つもりでいたところが、つ る 前と後ろの間違いだけであの声の出る所へ行くことができなか 0 たのです」寒月はにやにや笑いな にやっかい にがら例のごとく羽織のひもを荷厄介にしている。 一 , ハハこれはおもしろい。ぼくの経験とよく似ているところが奇だ。やはりゼームス教授の ・ : そしてその〇〇 材料になるね。人間の感応という題で写生文にしたらき 0 と文壇を驚かすよ。 子さんの病気はどうなったかね , と迷亭先生が追窮する。 ちまえ 「二、三日前年始に行きましたら、門の内で下女と羽根をついていましたから病気は全快したも
さんが : : : 」 「ちょ 0 と失敬たが待 0 てくれたまえ。さ 0 きから伺 0 ていると〇〇子さんというのが二〈んば かり聞こえるようだが、もしさしつかえがなければ承りたいね、君」と主人を顧みると、主人も 「うむ」と生返事をする。 「いやそれたけは当人の迷惑になるかもしれませんからよしましよう」 あいあい妊ん まいまいせん 「すべて曖々然として昧々然たるかたでゆくつもりかね」 「冷笑なさ 0 てはいけません、ごくまじめな話なんですから = ・ = ・とにかくあの婦人が急にそんな そうしん 病気にな 0 たことを考えると、じつに飛花落葉の感慨で胸がい つばいにな 0 て、総身の活気が一度 にストライキを起こしたように元気がにわかにめい 0 てしまいまして、たた蹌々として踉々とい ) 形で吾妻橋〈来かか 0 たのです。欄十に倚 0 て下を見ると満潮か干潮かわかりませんが、黒い水が かたま 0 てただ動いているように見えます。花川戸の方から人力車が一台駆けて来て橋の上を通り ました。その提灯の火を見送 0 ていると、たんたん小さくな 0 て札幗ビールの所で消えました。私 ・はまた水を見る。するとはるかの川上の方で私の名を呼ぶ声が聞一、えるのです。はてな今時分人に 呼ばれるわけよよ ーオいがだれだろうと水の面をすかして見ましたが暗くてなんにもわかりません。気 のせいに違いない早々帰ろうと思 0 て一足二足歩きだすと、またかすかな声で遠くから私の名を呼 ぶのです。私はまた立ちどま 0 て耳を立てて聞きました。三度目に呼ばれた時には物十につかま 0 ていながら籐ががくがくふるえ出したのです。その声は遠くの方か、川の底から出るようですが 紛れもない〇〇子の声なんでしよう。私は覚えす『はーい』と返事をしたのです。その返事が大き か 0 たものですから静かな水に響いて、自分で自分の声に驚かされて、は 0 と周囲を見渡しました。
「その声が遠く反響を起こして満山の秋のこずえを、野分とともに渡 0 たと思「たら、は 0 と こ帚っこ・ 「やっと安心した」と迷亭君が胸をなでおろすまねをする。 「大死一番乾坤新たなり」と独仙君は目くばせをする。寒月君にはち 0 とも通じない。 「それから、我に帰 0 てあたりを見回すと庚申山一面はしんとして、雨たれほどの音もしない。 はてな今の音はなんだろうと考えた。人の声にしては鋭すぎるし、鳥の声にしては大き過ぎるし、 この ( んによもや猿はおるまい。なんたろう ? なんたろうという間題が頭の 猿の声にしては 中に起こると、これを解釈しようというので今まで静まり返 0 ていたやからが紛然雑然糅然として 、のたかも「ンノート殿下歓迎の当時における都人士狂乱の態度をも 0 て悩裏をかけ回る。そのうち 沈着などと号す に総身の毛穴が急にあいて、焼酎を吹きかけた毛脛のように、勇気、胆力、分別、 るお客鼓がすうすうと蒸発してゆく。心臓が肋骨のドでステテ = を踊り出す。両足が紙鳶のうなり のように震動をはじめる。これはたまらん。いきなり、毛布を頭からかぶ「て、ヴ , イオリンを小 わきにかい込んでひょろひょろと一枚岩を飛びおりて、いちもくさんに山道八丁をふもとの方〈か あけおりて、宿〈帰 0 て布団〈くるま 0 て寝てしま 0 た。今考えてもあんな気味の悪か 0 たことはな で いよ、東風君」 「それから」 輩 「それでおしまいさ」 「ヴァイオリンはひかないのかい」 「ひきたく 0 ても、ひかれないじゃないか。ギャーだもの。君た 0 てき 0 とひかれないよ」
122 さんしやく ワイスマン諸家の説を参酌して考えてみますと、先天的形体の遣伝はなろんのこと許さねばなりま せん。またこの形体に遭隘して起一、る心意的状况は、たとい後天性は遣伝するものにあらすとの有 力なる説あるにも関せす、ある程度までは必然の結果と認めねばなりません。したがってかくのご とく身分に不似合いなる鼻の持ち主の生んた子には、その鼻にも何か異状があることと察せられま す。奴月君などは、また年がお若いから金円令嬢の鼻の構造において特別の異状を認められんかも しれませんが、かかる遣伝は潛伏期の長いものでありますから、いつなんどき気候の激変とともに、 - 下うちょう 急に発達して御母堂のそれのごとく、咄嗟の間に膨脹するかもしれません、それゆえにこの御婚儀 は、迷亭の学理的論証によりますと、今のうち御断念になったほうが安全かと思われます、これに ねこまたどの は当家の御主人はむろんのこと、そこに寝ておらるる猫又殿にも御異存はなかろうと存じます」主 人はようよう起き返って「そりやむろんさ。あんな者の娘をたれがもらうものか。寒月君もらっ . ち ゃいかんよ」とたいへん熱心に主張する。吾輩もいささか賛成の意を表するためににやーにやーと 二声ばかり鳴いてみせる。寒月君はべったんいだ様子もなく「先生がたの御意向がそうなら、私 は断念してもいいんですが、もし当人がそれを気にして病気にでもなったら罪ですから。ーー」「 ( えんざい ( ( ( ハ艶罪というわけだ」主人たけは大いにむきになって「そんなばかがあるものか、あいつの 娘ならろくな者でないにぎまってらあ。はじめて人のうちへ来ておれをやりこめにかかったやつだ。 い」うまん ノ / / ノノ」と 傲慢なやつだ」とひとりで。ふんぶんする。するとまた垣根のそばで三、四人が「ワ、 とうへんほく いう声がする。一人が「高慢ちきな唐変木だ」と言うと一人が「もっと大きな家へはいりてえだろ かげ・ヘんけい くらいばったって陰弁慶た , と大きな声をする。主人 ・う」と言う。また一人が「お気の毒たが、い は縁側へ出て負けないような声で「やかましい、なんだわざわざそんな塀の下へ来て」とどなるつ
る小僧といえどもとうていできる気づかいはないから乱入のおそれはけ 0 してないと速定してしま 0 たのである。なるほど彼らが猫でない限りはこの四角の目をぬけてくることはしまい、したくて もでぎまいが、乗りこえること、飛び越えることはなんのこともない。かえ 0 て運動にな 0 ておも しろいくらいである。 垣ができた翌日から、垣のできぬ前と同様に彼らは北側のあき地〈ぽかりぽかりと飛び込む。た たし座敷の正面までは深入りをしない。もし追いかけられたら逃げるのに、少《ひまがいるから、 あらかじめ逃ける時間を勘定に入れて、捕えらるる危険のない所で遊弋をしている。彼らが何をし ているか東の離れにいる主人にはむろん目に入らない。北側のあき地に彼らが遊弋している状態は、 木戸をあけて反対の方角からかぎの手に曲が 0 て見るか、または後架の窓から垣根越しにながめる よりほかにしかたがない。窓からながめる時はどこに何がいるか、一目瞭に見渡すことがでぎる が、よしゃ敵を幾人見いだしたからとい 0 て捕えるわけにはゆかぬ。ただ窓の格子の中からしかり つけるばかりである。もし木戸から迂して敵地を突こうとすれば、足音を聞ぎつけて、ぽかりぼ かりと捉まる前に向こう側〈おりてしまう。オトセイがひなたぼ 0 こをしている所〈密猟船が向 といって木戸を開いて、 か 0 たようなものだ。主人はむろん後架で張り番をしているわけではない。 猫音がしたらすぐ飛び出す用意もない。もしそんなことをやる日には教師を辞職して、そのほう専門 にならなければ追 0 「かない。主人方の不利をいうと書斎からは敵の声だけ聞こえて姿が見えない のと、窓からは姿が見えるだけで手が出せないことである。この不利を破したる敵はこんな軍略 を講じた。主人が書斎に立てこも 0 ていると探儼した時には、なるべく大きな声を出してわあわあ 言う。その中には主人をひやかすようなことを聞こえよがしに述べる。しかもその声の出所をきわ
316 けたか ふいちょう はなんだか気高い心持ちが起こるものた。それだから俗人はわからぬことをわかったように吹聴す るにもかかわらす、学者はわがったことをわからぬように講釈する。大学の講義でもわからんこと をしゃべる人は評判がよくってわかることを説明する者は人望がないのでもよく知れる。主人がこ の手紙に敬服したのも意義が明瞭であるからではない。その主旨が那辺に存するかほとんど捕えが なまこ たいからである。急に海鼠が出て来たり、せつな糞が出てくるからである。だから主人がこの文章 どうとくき誕う 1 えきぎよう んけ りんざいろく を敬服する唯一の理由は、道家で道徳経を尊敬し、儒家で易経を尊敬し、禅家で臨済録を尊敬する と一般で全くわからんからである。ただし全然わからんでは気がすまんからかってな注釈をつけて わかった顏たけはする。わからんものをわかったつもりで尊敬するのは昔から愉快なものである。 まつぶんたい 主人はうやうやしく穴分体の名筆を巻ぎ納めて、これを机上に置いたままふところ手をして冥 そう 想に沈んでいる。 ところへ「頼む頼む」と玄関から大きな声で案内をこう者がある。声は迷亭のようだが、迷亭に 似合わすしきりに案内を頼んでいる。主人は先から書斎のうちでその声を聞いているのだがふとこ ろ手のままごうも動こうとしない。取り次ぎに出るのは主人の役目でないという主義か、この主人 はけっして書斎から挨拶をしたことがない。下女はさっきせんたくシャポンを買いに出た。細君は 産りである。すると取り大ぎに出べきものは吾輩だけになる。吾輩た 0 て出るのはいやた。すると くっぬぎ しきだい 客人は沓脱から敷台へ飛び上がって障子をあけ放ってつかっか上がり込んで来た。主人も主人たが ふすま も客だ。座嗷の方へ行ったなと思うと襖を二、三度あけたりたてたりして、今度は書斎の方へや って来る。 「おい冗談じゃない。何をしているんだ、お客さんたよ」 めいりよう なへん
を浴びる者がある。水を浴びる音ばかりではない、おりおり大きな声で相の手を入れている。「い や結構」「どうもいい心持ちだ」「もう一杯」などと家じゅうに響き渡るような声を出す。主人のう ちへ来てこんな大きな声と、こんな無作法なまねをやる者はほかにはない。迷亭にきまっている。 いよいよ来たな、これできよう半日はつぶせると思っていると、先生汗をふいて肩を人れて例の ごとく座敷まですかすか上がって来て「奥さん、苦沙弥君はどうしました」と呼ばわりながら帽子 を畳の上へほうり出す。細君は隣座敷で針箱のそばへ突っぷしていい心持ちに寝ている最中にワン ワンとなんたか鼓膜へこたえるほどの響きがしたのではっと驚いて、さめぬ目をわざとみはって座 さつまじようふ 敷へ出て来ると迷亭が薩摩上布を着てかってな所へ陣取ってしきりに扇使いをしている。 ろうば、 「おやいらしゃいまし」と言ったが少々狼狽の気味で「ちっとも存じませんでした」と鼻の頭へ 汗をかいたままお辞儀をする。「いえ、今来たばかりなんですよ。今風呂場でおさんに水をかけて りようさんち もらってね。ようやく生きかえったところで・ー・ーどうも暑いじゃありませんか . 「この両一二日は、 でもお変わりも たたじっとしておりましても汗が出るくらいで、たいへんお暑うございます。 「え、ありがとう。なに暑いぐらいでそ ございませんで」と細君は依然として鼻の汗をとらない。 べつもの あんなに変わりやしませんや。しかしこの暑さは別物ですよ。どうもからたがたるくってね」「わた 」「やりま 猫しなども、ついに昼寝などをいたしたことがないんでございますが、一、う暑いとつい してすよ。昼寝られて、夜寝られりや、こんな結構なことはないでさあ」と相変わらす のんきなことを並べてみたがそれたけでは不足とみえて「わたしなんざ、寝たくない、たちでね。 苦沙弥君などのように来るたんびに寝ている人を見るとうらやましいですよ。もっとも胃弱にこの 暑さはこたえるからね。丈夫な人でもきようなんかは首を肩の上に載せてるのが退儀でさあ。され
りかしらん。あるいは敵の不意にいでて、ちょっと逃け出す余裕を作るための方便かしらん。そう するとはの墨を吐き、べランメーの刺物を見せ、主人がラテン語を弄するたぐいと同じ綱目に入・ せみがくじよう るべき事項となる。これも岬学上ゆるかせにすべからざる間題である。十分研究すればこれたけで たしかに博士論文の価値はある。それは会事だから、そのくらいにしてまた本題に帰る。蠅の最も ちんぶ 岬の最 注がおかしければ集合たが、集曾は陳腐たからやはり集注にする。 集注するのは あおぎり も集注するのは青桐である。漢名を梧桐と号するそうた。ところがこの青桐は葉が非常に多い、し うちわ かもその葉はみな団扇ぐらいな大きさであるから、彼らが生い重なると枝がまるで見えないくらい 茂っている。これがはなはた騨取り運動の妨害になる。声はすれども姿は見えずという俗謡はとく に吾輩のために作ったものではなかろうかと怪しまれるくらいである。吾輩はしかたがないからた だ声を知るべに行く。下から一間ばかりのところで梧桐は注文どおり二またになっているから、こ こで一休みして葉裏から蝿の所在地を探偵する。もっともここまで来るうちに、がさがさと音を立 てて、飛び出す気早な連中がいる。一羽飛ぶともういけない。まねをする点において蠅は人間に劣 せき らぬくらいばかである。あとから続々飛び出す。ようよう二またに到着する時分には満樹寂として へんせい 片声をとどめざることがある。かってここまで登って来て、どこをどう見回しても、耳をどう振っ ても気ないので、出直すのもめんどうたからしばらく休息しようと、叉の上に陣取って第二の こくてんきようり 3 機会を待ち合わせていたら、いつのまにか眠くなって、つい黒甜郷裡に遊んた。おやと思って目が さめたら、二またの黒甜郷裡から庭の敷石の上へどたりと落ちていた。しかし大概は登るたびに一 つは取って来る。たた興味の薄いことには木の上でロにくわえてしまわなくてはならん。だから下 へ持って来て吐き出す時はおおかた死んでいる。いくらしやらしても引っかいても確然たる手ごた はかせ ほりもの