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検索対象: 吾輩は猫である
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1. 吾輩は猫である

412 「そうだろう麻裏草履がない土地にヴァイオリンがあるはすがない」 「いえ、あることはあるんです。金も前から用意してためたからさしつかえないのですが、どう も買えないのです」 「なぜ 「狭い土地たから、買っておればすぐ見つかります。見つかれば、すぐ生意気たというので制裁 を加えられます」 「天才は昔から迫害を加えられるものだからねーと東風君は大いに同情を表した。 「また天才か、どうか天才呼ばわりだけは御免こうむりたいね。それでね毎日散歩をしてヴァイ オリンのある店先を通るたびにあれが買えたらよかろう、あれを手にかかえた心持ちはどんなたろ ああほしい、ああほしいと思わない日は一日もなかったのですー 「もっともた」と評したのは迷亭で、「妙に凝ったものだね」と解しかねたのが主人で、「やはり ひげねん 君、天才だよ」と敬服したのは東風君である。ただ独仙君ばかりは超然として髯を撚している。 「そんな所にどうしてヴァイオリンがあるかが第一御不審かもしれないですが、これは考えてみ るとあたりまえのことです。なぜというとこの地方でも女学校があって、女学校の生徒は課業とし て毎日ヴァイオリンをけいこしなければならないのですから、あるはすです。むろんいいのはあり ません。たたヴァイオリンという名がかろうじてつくくらいのものであります。だから店でもあま ちょう り重きを置いていないので、二、三梃いっしょに店頭へつるしておくのです。それがね、時々散歩 をして前を通る時に風が吹きつけたり、小僧の手がさわったりして、そら音を出すことがあります。 その音を聞くと急に心臓が破裂しそうな心持ちで、いても立ってもいられなくなるんです」 いちんち

2. 吾輩は猫である

ないことである。吹き払い、 吹き通し、抜け裏、通行御免天下情れてのあき地である。あるという とうそをつくようでよろしくない。じつをいうとあったのである。しかし話は過去へさかのぼらん と原因がわからない。原因がわからないと、医者でも処方に迷惑する。たからここへ引き越して来 た当時からゆっくりと話し始める。吹き通しも夏はせいせいして心持ちがいいものた、不用心たっ らんぐい て金のない所に盗難のあるはすはない。だから主人の家に、あらゆる、垣、ないしは乱杭、逆茂 木のに全く不要である。しかしながらこれはあき地の向こうに住居する人間もしくは動物の種類 いかんによって決せらるる間題であろうと思う。したがってこの間題を決するためには勢い向こう 側に陣取っている君子の性質を明らかにせんければならん。人間たか動物たかわからない先に君子 りようじよう と称するのははなはだ早計のようではあるがたいてい君子で間違いはない。梁上の君子などといっ やっかい どろぼう て泥棒さえ君子という世の中である。ただしこの場合における君子はけっして警察の厄介になるよ うな君子ではない。一 警察の厄介にならない代わりに、数で一、なしたものとみえてたくさんいる。う らくうんかん じゃうじゃいる。落雲館と称する私立の中学校 , ーー八百の君子をいやが上に君子に養成するために まいっき 毎月二円の月謝を徴集する学校である。名前が落雲館たから風流な君子ばかりかと思うと、それが あそもそもの間違いになる。その信用すべからざることは群鶴館に鶴のおりざるごとく、臥竜窟に猫 猫がいるようなものである。学士とか教師とか号するものに主人苦沙弥君のごとき気違いのあること を知った以上は落雲館の君子が風流漢ばかりでないということがわかるわけだ。それがわからんと 主張するならます三日ばかり主人のうちへ泊まりに来てみるがいし 前申すごとく、ここへ引っ越しの当時は、例のあき地に垣がないので、落雲館の君子は車屋の黒 ま 1 さ きりまたけ のごとく、のそのそと桐娜にはいり込んできて、話をする、弁当を食う、笹の上に寝ころぶ くんし

3. 吾輩は猫である

声で、こんな観察を述べられた。「このごろの女は学校の行き帰りや、合奏会や、慈善会や、園遊 会で「ち ' ( いと買 0 てち = うだいな、あらおいや ? などと自分で自分を売りに歩いていますから、 そんな八百屋のお余勺を雇 0 て、女の子はよしか、なんて下品な依託販売をやる必要はないですよ。 人間に独立心が発達してくると自然こんなふうになるものです。老人なんそはいらぬ取り越し苦労 をしてなんとかかとか言いますが、実際を言うとこれが文明の趨勢ですから、私などは大いに喜ば しい現象。たと、ひそかに慶賀の意を表しているのです。買うほうだ 0 て頭をたたいて品物は確かか なんて開くような野暮は一人もいないんですからその〈んは安心なものでさあ。またこの複雑な世 の中に、そんな手数をする日にゃあ、際限がありませんからね。五十にな 0 た 0 て六十にな 0 た 0 て亭主を持っことも嫁にゆくこともできやしません」寒月君は二十世紀の青年たけあ 0 て、大いに 当世流の考えを開陳しておいて、敷島の煙をふうーと迷亭先生の顔の方〈吹きつけた。迷亭は敷島 の煙ぐらいで辟易する男ではない。「仰せのとおり方今の女生徒、令嬢などは自尊自信の念から骨 。こ。ぼくの近所の女学校の も肉も及までできていて、なんでも男子に負けないところが敬服の至りナ 生徒などときたらえらいものたぜ。筒袖をはいて鉄棒〈ぶらさがるから感心た。ぼくは二階の窓か あら彼らの体操を目撃するたんびに古代ギリシアの婦人を追懐するよ」「またギリシアか、と主人が 猫冷笑するように言い放っと「どうも美な感じのするものはたいていギリシアから源を発しているか ことにあの色の黒い女学 物らしかたがない。美学者とギリシアとはとうてい離れられないやね。 生が一心不乱に体操をしているところを拝見すると、ぼくはいつでも A 。三。。の逸話を思い出 すのさ」と物知り顔にしゃべりたてる。「またむずかしい名前が出て来ましたね。と寒月君は依然 としてにやにやする。「 A = 。。三。。はえらい女たよ、ぼくはしつに感心したね。当時アテンの法律

4. 吾輩は猫である

「そりや、どうでもいいがどういうふうに独習したのかちょ 0 と聞かしたまえ。参考にしたい 「話してもいい。先生話しましようかね」 「ああ話したまえ」 「今では若い人がヴ ' イオリンの箱をさげて、よく往来などを歩いておりますが、その時分は高 等学校生で西洋の音楽などをや 0 た者はほとんどなか 0 たのです。ことに私のお 0 た学校は田舎の 円舎で麻裏草履さえないというくらいな質朴な所でしたから、学校の生徒でヴ ' イオリンなどをひ く者はもちろん一人もありません。 「なんたかおもしろい話が向一、うで始ま 0 たようだ。独仙君いいかげんに切り上けようじゃない 「また片づかない所が二、三か所ある」 、よ万よら、君に進上するー 「あってもいしナし力しュ / 一尸オ 「そう言ったって、もらうわけにはゆかない」 ーー、寒月君なん あ「禅学者にも似合わんきちょうめんな男た。それじや一気呵成にや 0 ちまおう。 あの高等学校たろう、生徒がはだしで登校するのは : : : 」 猫たかよ 0 ぽどおもしろそうだね。 「そんなことはありませんー 「でも、みんなはだしで兵式体操をして、回れ右をやるんで足の皮がたい〈ん厚くな 0 てるとい う話だぜ。 「まさか。たれがそんなことを言いました」 いっきかせい

5. 吾輩は猫である

102 鼻子はようやく納得してそろそろ質間を呈出する。一時荒立てた言葉づかいも迷亭に対してはま たもとのごとく丁寧になる、「寒月さんも理学士だそうですが、ぜんたいどんなことを専門にしてい るのでございます , 「大学院では地球の磁気の研究をやっています」と主人がまじめに答える。不 幸にしてその意味が鼻子にはわからんものだから「へえー , とは言ったがけげんな顏をしている。 「それを勉強すると博士になれましよう、 カーと聞く。「博士にならなければやれないとおっしゃ るんですか」と主人は不愉快そうに尋ねる。「ええ。ただの学士じゃね、 いくらでもありますから ね」と鼻子は平気で答える。主人は迷亭を見ていよいよいやな顏をする。「博士になるかならんか はぼくらも保証することができんから、ほかのことを聞いていただくことにしよう」と迷亭もあま りいいきげんではない。 「近ごろでもその地球の , ーー。何かを勉強しているんでございましようか」 ちまえ 三、三日前は ~ 目くくりの力学という研究の結果を理学協会で演説しました」と主人はなんの気も つかずに言う。「おやいやだ、首 くくりだなんて、よっぽど変人ですねえ。そんな百くくりや何か やってたんじゃ、とても博士にはなれますまいね」「本人が首をくくっちゃあむずかしいですが、百 くくりの力学からなれないとも限らんです」「そうでしようか」と今度は主人の方を見て顔色をう かがう。悲しいことに力学という意味がわからんので落ち付きかねている 0 しかしこれしきのこと めんもく はつけ を尋ねては金田夫人の面目に関すると思ってか、ただ相手の顔色で八卦を立ててみる。主人の顏は 渋い。「そのほかになにか、わかりやすい・ものを勉強しておりますまいか」「そうですな、せんだっ てどんぐりのスタビリチーを論じてあわせて天体の運行に及ぶという論文を書いたことがありま しろうと す」「どんぐりなんぞでも大学校で勉強するものでしようか」「さあぼくも素人たからよくわからん が、なにしろ、寒月君がやるくらいなんだから、研究する価値があるとみえますな」と迷亭はすま はかせ

6. 吾輩は猫である

吾輩は猫である 417 ぎう たとみえて言い出した。 「やめちゃなお困ります。これからがいよいよ隹境に入るところですから」 「それじゃ聞くから、早く日が暮れたことにしたらよかろう」 「では、少し御無理な御主文ですが、先生のことですから、まげて、ここは日が暮れたことにい こしましよう 「それは好都合だ , と独仙君がすまして述べられたので一同は思わずど 0 とふぎ出した。 しようらい くらかけむら 1 「いよいよ夜に入 0 たので、まず安心とほ 0 と一息ついて鞍懸村の下宿を出ました。私は性来騷 じんせき 騒しい所がきらいですから、わざと便利な市内を避けて、人迹のまれな寒村の百姓家にしばらく蝸 牛の庵を結んでいたのです : : : 」 「人迹のまれなはあんまり大けさだね」と主人が抗議を申し込むと「蝸牛の庵もぎようさんたよ。 床の間なしの四畳半ぐらいにしておくほうが写生的でおもしろい」と迷亭君も苦情を持ち出した。 東風君だけは「事実は、どうでも言語が詩的で感じがいい」とほめた。独仙君はましめな顏で「そん な所に住んでいては学校へ通うのがたいへんたろう。何里ぐらいあるんですか」と聞いた。 「学校まではたった四、五丁です。元来学校からして寒村にあるんですから : : : 」 「それじや学生はそのへんにたいふ宿をと 0 てるんでしよう」と独仙君はなかなか承知しない。 「ええ、たいていな百姓家には一人や二人は必すいます」 「それで人迹まれなんですか , と正面攻撃を食らわせる。 : で当夜の服装というと、手織りもめんの 「ええ学校がなかったら、全く人迹はまれですよ。 入れの上〈金ボタンの制服外套を着て、外套の頭巾をすぼりとかぶ 0 てなるべく人の目につかな 力いしっ すきん

7. 吾輩は猫である

「そりやまたとんでもないばかをしたもんだ。それで文明中学二年生古井武右衛門とでも書いた のかい」 しいえ、学校の名なんか書きやしません」 「学校の名を書かないたけまあよかった。これで学校の名が出てみるがいい の名誉に関する」 「どうでしよう退校になるでしようか」 「そうさな」 「先生、ぼくのおやじさんはたいへんやかましい人で、それにおっかさんが継母ですから、もし 退校にでもなろうもんなら、ぽかあ困っちまうです。ほんとうに退校になるでしよう か」 「たからめったなまねをしないがいい」 「する気でもなかったんですが、ついやってしまったんです。退校にならないようにでぎないで しようか」と武右衛門君は泣きたしそうな声をしてしきりに哀願に及んでいる。襖の陰では最前か ら細君と雪江さんがくすくす笑っている。主人はあくまでももったいぶって「そうさな」を繰り返 あしている。なかなかおもしろい 猫吾輩がおもしろいというと、何がそんなにおもしろいと聞く人があるかもしれない。聞くのはも しようかい 認っともた。人間にせよ、動物にせよ、おのれを知るのは生涯のたいじである。おのれを知ることが できさえすれば人間も人間として猫より尊敬を受けてよろしい。その時は吾輩もこんないたすらを 書くのは気の毒たからすぐさまやめてしまうつもりである。しかし自分で自分の鼻の高さがわから けいべっ ないと同じように、自己の何物かはなかなか見当がっきにくいとみえて、平生から軽蔑している猫 ふんめい 。それこそ文明中学

8. 吾輩は猫である

336 「聞かないさ。君は口先ばかりで泥棒だ泥棒たと言ってるたけで、その泥がはいるところを見 届けたわけじゃないんたから。ただそう思ってひとりで強情を張ってるんた」 さいど 迷亭もここにおいてとうてい済度すべからざる男と断念したものとみえて、例に似す黙ってしま った。主人は久しぶりで迷亭をへこましたと思って大得意である。迷亭から見ると主人の価値は強 情を張ったたけ下落したつもりであるが、主人から言うと強信を張っただけ迷亭よりえらくなった とんちんかん のである。世の中にはこんな頓珍漢なことはままある。強情さえ張り通せば勝った気でいるうちに、 当人の人物としての相場ははるかに下落してしまう。不思議なことに頑固の本人は死ぬまで自分は 面目を施したつもりかなにかで〔その時以後人が軽蔑して相手にしてくれないのたとは夢にも悟り えない。幸福なものである。こんな幸福を豚的幸福と名づけるの、たそうた。 「ともかくもあした行くつもりかい」 「行くとも、九時までに来いというから、八時から出て行く」 「学校はどうする」 「休むさ。学校なんか」とたたきつけるように言ったのはさかんなものたった。 「えらい勢いたね。休んでもいいのかい」 「いいともぼくの学校、は月給たから、さし引かれる気づかいはない、大丈夫た」とまっすぐに白 状してしまった。ずるいこともするいが、単純なことも単純なものた。 「君、行くのま、 こしいが道を知ってるかい」 「知るものか。車に乗って行けばわけはないだろう」と。ふん。ふんしている。 とうきようつう 「静岡の伯父に譲らざる東京通なるには恐れ入る」

9. 吾輩は猫である

たいわんせいばん 中にうじゃうじゃ、があがあ騒いでいる人間はことごとく裸体である。台湾の生審である。二十世 紀のアダムである。そもそも衣装の歴史をひもとけばーーー長いことたからこれはトイフ = ルスドレ ック君に譲 0 て、ひもとくたけはやめてやるが、ー、 - 。人間は全ぐ服装で持 0 てるのだ。十八世紀の ころ大英国バスの温泉場においてポー・ナッシが厳重な規則を制定した時などは浴場内で男女とも 肩から足まで着物でかくしたくらいである。今を去ること六十年前これも英国のさる都で図案学校 を設立したことがある。図案学校のことであるから、裸体画、裸体像の模写、模型を買い込んで、 ここ、かしこに陳列したのはよか 0 たが、いざ開校式を挙行する一段にな 0 て当局者をはじめ学校 の職員が大困却をした一、とがある。開校式をやるとすれば、市の淑女を招待しなければならん。と ころが当時の貴婦人がたの考えによると人間は服装の動物である。皮を着た猿の子分ではないと思 0 ていた。人間として着物をつけないのは象の鼻なきがげとく、学校の生徒なきがごとく、兵隊の 勇気なきがごとく全くその本体を失している。いやしくも本体を失している以上は人間としては通 用しない、獣類である。たとい模写模型にせよ獣類の人間と伍するのは貴女の品位を害するわけで しよう ある。でありますから妾らは出席お断わり申すと言われた。そこで職員どもは話せない連中たとは あ思 0 たが、何しろ女は東西両国を通じて一種の装飾品である。米つきにもなれん志願兵にもなれな 、ロ。、は屋へ行っ 猫しが、開校式には欠くべからざる化粧道具である。というところからしかたがないしル て黒布を三十五反八分の七買 0 て来て例の獣類の人間にことごとく着物を着せた。失礼があっては ならんと念に念を入れて顏まで着物を着せた。かようにしてようやくのこと滞りなく式をすました という話がある。そのくらい衣服は人間にと 0 て大刧なものである。近ごろは裸体画々々々とい てしきりに裸体を主張する先生もあるがあれはあやま 0 ている。生まれてから今日に至るまで一日

10. 吾輩は猫である

361 吾輩は猫である 「ほんとうに心配ね。なせあんななんでしよう、ここへいらっしやるかただって、叔父さんのよ うなのは一人もいないわね」 「いるものですか。無類ですよ」 「ちっと鈴木さんにでも頼んで意見でもしてもらうといいんですよ。ああいう穏やかな人だとよ っぽど楽ですがねえ」 「ところが鈴木さんは、うちじゃ評判が悪いのよ」 「みんな逆なのね。それじゃあのかたはいいでしよう 「八木さん ? 」 「ええ」 わるくち 「八木さんにはたいぶ閉ロしているんですがね。きのう迷亭さんが来て悪口を言ったものだから、・ 思ったほどきかないかもしれない」 おうよう 「たっていいゃありませんか。あんなふうに鷹揚に落ち付いていれば、 こないた学校で演 . 説をなナったわー 「八木さんが ? 」 「ええ」 「八木さんは雪江さんの学校の先生なの」 しいえ、先生じゃないけれども、淑徳婦人会の時に招待して演説をしていただいたの」 「おもしろかって ? 」 「そうね、そんなにおもしろくもなかったわ。だけども、あの先生が、あんな長い顔なんでしょ・ ほああの落ち付いてるーーー」