ファーガスン寮二一五番室 九月一一十四日 カレジ みなし児を大学へ入学させてくだすったご親切な評議員さん とうとう来ました ! きのうは四時間汽車旅行をいたしました。妙な気持ちがするものですね。 あたし生まれて初めて汽車に乗りましたの。 大学は、とても大きな、まごまごする所ですーーーあたしお部屋を出るたびに迷ってしまいます の。いずれ頭がはっきりした時に、詳しい説明を申し上げます。そのとき学課についてもお知ら せいたします。授業は月曜の朝にならないと始まりません。今土曜の晩でございます。でも、ま ずお近づきに一本差し上げたいと思いますの。 自分の知らない方に手紙を書くのは、変なものですわ。一体手紙を書くということからして、 あたしには変ですのーーーあたしはこれまで手紙はまだ三本か四本しか書いたことがないんですも の。ですから、あたしの手紙が模範的なものでなくとも、どうぞ大目に見てくださいませ。 きのうの朝、出発前に、リペットさんとたいへん大切な問題についてお話をいたしました。リ ペットさんはあたしのこれから取るべき態度について、いろいろとおっしやってくださいました。
ャーの冒険。などの著作で有名なマーク・トウ = ーンは、ウ = プスターの母方の伯父でした。父 のチャールズ・ルーサー・ウ = プスターは、マーク・トウ = ーンも関係したことのある出版会社 の社員でした。作者ウ = プスターは、土地の小学校からビンガムトン市の女学校を一八九六年に 卒業して、ヴァッサー大学に入学、英文学と経済学を専攻し、一九〇一年に卒業しました。大学 時代から新聞や学内の雑誌に寄稿して、文才をあらわしていました。経済学の研究のために、少 年犯罪者や貧困児童の救済施設を、たびたび見学したことは、のちに創作生活の上に非常に役た っことになりました。学生時代に書いた「パッティ、大学へ行った頃 _("WhenPatty 「 Wentto c 主 eg 第 ) の創作出版 ( 一九〇三年 ) によって作家として立ち、それから、つぎつぎに特異な作品 を発表し、多忙な作家生活のかたわら、孤児院および刑務所改善の特別委員としても活動しまし た。彼女は旅行が大好きで、広く各国を漫遊しました。もし彼女が健康だったら、日本へも来た にちがいありません。彼女の作品に断片ながら、日本への関心を示しているからであります。 ウ = プスターは一九一五年九月、弁護士グレン・フォード・マッキイ氏と結婚し、幸福な生活 に入りましたが、翌年六月、女児を生むと、二日たたないうちに世を去ってしまいました。 ウ = プスターの作品は他に、たくさんありますが、「あしながおじさん」の続編と見なされてい る「愛する敵」 ( 原題 "Dear Enemy") は、「あしながおじさん」に、まさるとも劣らぬ傑作であり ます。中のさし絵は、、 しずれもみな作者自身が描いたものであります。
十一月十七日 あしながおじさん あたしが創作家としてのびてゆく上に、たいへん意気を沮喪させるようなことが起こりました。 あなたにお知らせしていいのか悪いのかわからないのですけど、あたし同情していたたきたいん ですの。どうぞ黙ってお心の中で同情してください。今度のお手紙にこれに触れたことをお書き になったりして、あたしの心の傷を疼かせないようにしてくださいませ。 あたし去年の冬じゅう毎晩と、それからことしの夏じゅうあの頭の悪いお嬢さんたちにラテン 語を教えない時は、いつも小説を書いておりました。ちょうど大学が始まる前に書きおえて、そ ふたっき れを出版社に送っておきました。出版社はそれを二月の間預かっていました。だからあたしは、 引き請けてくれるものと信じていました。ところがきのうの朝、速達便の小包が届いて、 ( 三十セ ント郵税先払いで ) あけてみると、あたしの原稿が、たいへん親切な父親みたいな手紙ーーでも 随分無遠慮よーーと一緒に送り返されて来たのです。出版社の手紙には、あなたの所書きから察 するところ、まだ大学に在学中だということがわかった。それであしからず思っていただきたい が、あなたはご自分の精力全部を学課に傾注し、そうして小説を書き始めるのは、卒業してし そそう カレジ
「ええ、そうするっておっしやるんだよ。ものになるやらならないやら、それは先に行ってわ かるでしよう。月々ふんだんな仕送りをしてくださろうというんだよ。お金というものを持った 経験のない娘には、あんまりふんだん過ぎるほどたけど、万事あの方がおきめになったのに、わ たしがとやこう言うのもどうかと思って控えていましたがね。あんた、この夏はここで暮らすん だよ。プリチャードさんがご好意であんたの入学準備のお世話をしてくださるそうだからね。寄 カレジ 宿料と授業料はあの方から直接大学へ支払い、そのほかに月に三十五ドルのお小づかいをあんた が大学にいる四年間送ってくたさるそうだ。これだけあれば、あんたはほかの学生たちと対等で やって行かれるはすです。そのお金は月に一回あの方の秘書の手からあんたのもとまで送ってく ださる。それに対して、あんたの方でも月に一回お礼の手紙を書くーー , ・・お金のお礼を書くのじゃ ありません、あの方はお金のことを言われたくないんですからーー・あんたの学課の進歩とか毎日 とう の生活などについて詳しい報告を手紙に書くのですよー、・・ー生きていなすったら、あんたがお父さ かあ んやお母さんにあげるような手紙でよいのです。そして、あて名はジョン・スこス様にして、秘 きつけ 書の気付にして出すのです。あの方のお名は本当はジョン・スこスさんじゃないんだけど、名前 はかくしておきたいとおっしやるんでね。ともかくあんたには、ジョン・スこスさんなんだよ。 手紙を送れとおっしやるわけはね、文筆の才を伸ばすには、手紙を書くのが一番ためになるから というあの方のご意見なの。あんたには手紙をやりとりする家族がないんだから、今言ったよう カレジ
遠藤寿子 「あしながおじさん」は、アメリカの女流作家アリス・ジーン・ウ = プスター (Alice Jean We デ ( (r) の作で、原題は「ダッディ・ロング・レッグズ」 ("DaddY-Long-Legs") といいます。 一九一二年に出版されました。この小説は、孤児院で生いたったジルーシャという娘が、作文が、 じようずなので、ある金持の紳士にみとめられて大学へ入れられ、入学の日から卒業するまでの 生活や、学業、その他のできごとにつけて、その紳士に手紙で報告する形式になっています。し かし、この手紙には一貫した筋があって、いろいろ事件の進展があります。みなし児といえば、 とかく暗い陰がっきまとうものですが、このジルーシャは、生まれつき快活で無邪気、ひょうき んで、聡明、物ごとの善悪の判断ができ、そのうえ、独立心のつよい、しつかりした娘でありま した。ジルーシャは周囲のみんなから愛されました。そして、おしまいに、どうなったでしよう。 それを、わたくしが、ここでお話ししてしまうと興味がうすらぎますから、みなさんが、この 「あしながおじさん」をお読みになって、知っていただくことにしましよう。 昔から手紙の形式を用いた小説は、ほかにいくつもありますが、この作品のように手紙を書く あとがき
222 八月十九日 あしながおじさん あたしのお部屋の窓は、水と岩ばっかりの実に実に美しい風景をーーーむしろ海景と言った方が 当たってるわーーー見晴らしています。 夏は過ぎ去ろうとしています。あたしは、午前中をラテン語と英語と代数と、それから頭の悪 いあたしの生徒一一人と一緒に暮らしています。あたしマリオンさんは、こんなで大学へはいれる かしらと心配してますの。またはいれたにしても、あと続いて在学できるか疑問ですわ。それか らフロレンスさんはどうかと言うと、このひとは到底見込みがありませんのーーーだけど ! 随分 美しい娘よ。あたしあのお嬢さんたちが、頭が悪くったって、ばかだって、美しいんだから、ち はなし っともかまわないと思いますわ。でも、あのひとたちのお談話は、どんなに夫になる人を退屈が らせるだろうと思わないではいられませんわ。幸いにして頭の悪い男を夫に持ったらとにかくで すけど。でも持たないとは限りませんわね。世の中にはばかな男がいつばいいるんですもの。あ たしこの夏、おおぜいそういう人に会いました。 午後には、断崖を散歩したり、潮が順調ならば、泳ぎに出かけます。あたしはとても楽に鹹水 カレジ かんすい
247 の馬車に乗「て、クリスタルさんに大学まで送「てもらいますの。あたしたちは七時に大学 ~ 帰 ることにな「てますけど、今夜は時間を延ばして八時に帰るつもりです。 さらばこれにてお暇申し上げまする。 あなた様の忠義、誠忠、信実、従順なる家来たることを光栄に存じ奉る。 ・アポット
九月二十五日 あしながおじさん いよいよ二年生よ ! 先週の金曜日に大学へ帰りました。ロック・ウイローを立つのは心残り でしたけど、また校庭を見るのがうれしゅうございます。なんだか居慣れた場所へ帰るのは、い カレジ い気持ちがするものですね。このごろあたしは大学にいても気が楽になってきました。そうして 大学生活に自由がきくようになりました。実際、あたしは世の中にいても気が楽になってきまし ひとり たのー・ーなんだかほんとにあたしがこの世の中の一人として生まれて来たような気持ちがします わ。お情けでもって、こそこそ世の中へお仲間入りしたんじゃないって気持ちになりました。 あたしの今言ってることは、何を言ってるのやら、あなたにちっともおわかりにならないで しようね。評議員ともあるお偉い方が、取るにも足らない捨て子風情の気持ちがおわかりになる わけはありませんものね。 さて今度は、おじさん、こういう事です ? ーーあたしが今、だれとお部屋が一緒だとお思いに なって ? サ リー・マックプライドにジューリア・ラットレッジ・ペンドルトン。ほんとのこと なのよ。あたしたちは勉強部屋を一つと、小さな寝室を三つ持っていますーー・ほらこのとおり !
幻 8 ちゃん」のお名刺を持ってはいって来ましたの。あの方もこの夏は外国へいらっしやるんですっ て。ジーリアやジ = ーリアのお家の方とご一緒じゃなくって、全然ご自身だけでいらっしやる んですって。あたし「ジャーヴィー坊っちゃん」に、あなたがあたしに、若い娘たちの監督につ いて行くある婦人の方と一緒に外国へ行きなさいって勧めてくだすったことをお話ししましたの。 おじさん、「ジャーヴィー坊っちゃんーはあなたのことをご存じよ。つまり、あの方はあたしの お父さんもお母さんも死んでしまったことや、親切な紳士があたしを大学へ入学させてくだすっ たことなどをご存じです。あたし「ジャーヴィー坊っちゃん」に、ジョン・グリーア孤児院のこ とや、そのほかまだいろんなことをお話しするなんて勇気は、とてもありませんでした。あの方 は、あなたがあたしの保護者で、そうして昔からあたしの家の人たちとちゃんとお知り合いの間 がらだと思っていらっしやるんですの。ですから、あなたを知らないなんて、あたし決して言い ませんでしたーーー随分変に思われますものー とにかく、「ジャーヴィー坊っちゃん」はあたしのヨーロツ。ハ行きを、とてもしつこく勧めまし りよ , た。ヨーロツ。ハへ行くことは、教育上あなたに必要な一課目だ、それを行かないなんて断わる料 簡ではいけないっておっしゃいました。それからまた、自分もあなたたちと同じ時にパリへ着く シャベロン から、そうしたらあなたたちは時々付添人から逃げて来て、僕と一緒に、すてきな、楽しいパリ の料理店へ行ってご飯を食べようなんてこともおっしゃいました。
十月一日 あしながおじさん あたし大学が大好きです。そしてあたしを大学へ入れてくだすったあなたが大好きですーー・あ たしは本当に本当に幸福よ。もううれしくってうれしくって、ほとんど眠れませんの。どんなに ここがジョン・グリーア孤児院と違うか、とてもあなたにはご想像できないでしよう。世の中に こんな所があるなんて、あたしは夢にも知りませんでした。女の子に生まれなかったために、こ こにはいることができなかったすべての人を、あたしは気の毒に思います。きっとあなたがお若 カレジ いころにおはいりになった大学は、こんなにいい所じゃなかったでしよう。 あたしのお部屋は塔の階上になってます。この塔は、新病舎ができる前は伝染病室だったので めがね す。この同じ階上に、あたしのほかに、三人おりますーー眼鏡を掛けて、そうしてあたしたちに、 ひとり もう少し静かにしてちょうだい、もう少し静かにしてちょうだいと始終言ってる四年生が一人と、 サリー・マックプライドっていうのと、ジ、ーリア・ラットレッジ・。ヘンドルトンという一年生 ふたり ばな が二人。サリーは赤い髪をして、反りつ鼻で、そしてたいへん親切です。ジーリアは一 : ーヨ ーク第一流の家柄の娘なんですって。あたしなぞにはまだ目もくれませんわ。サリーとジ、ーリ