八月一一十五日 さておじさん。「ジャーヴィー坊っちゃん」がいらっしゃいました。そうしてあたしたちはほ んとにほんとに楽しい日を送っていますの ! 少なくともあたしはそうなのよ。あの方もそうだ ろうと思いますーーー・もう十日もここに泊まっていらっしゃいますの。そうしてちっともお帰りに なる様子がありません。センプルさんの奥さんがあの方を好き放題に甘やかして喜んでる様子っ たら実にみつともないのよ。もし奥さんが「ジャーヴィー坊っちゃん」が赤ちゃんだった時に、 今のように甘やかしていたとすると、どうしてあんなに立派な人になったか不思議なくらいよ。 「ジャーヴィー坊っちゃん」とあたしは、横手の玄関に据えられた小さなテープルでお食事を しますの。時々木の下でいただくこともありますし、また、雨が降ったり寒い日には、一番よい お客間でいただきますの。あそこで食べたいって、「ジャーヴィー坊っちゃん」が場所をきめると、 キャリーがテープルをかかえて、てくてくあの方のあとからついてゆきます。そんな時、恐ろし さら く手数がかかったり、随分遠くまでお皿を運ばなければならなかったりすると、キャリーはお砂 糖壷の下にきっと一ドルの心付けを発見するんです。 「ジャーヴィー坊っちゃん」はとても人好きのする方ですの。ひょいと会ったのでは、そんな
151 六月九日 一筆申し上げます。 本月七日付けのお手紙落手いたしました。あなたの秘書からのおさしずに従。て、私はロッ ク・ウイローでこの夏を過ごすため、来たる金曜日に出立いたします。 ( ミス ) ジルーシャ・アポット ジョン・スミス様
昭昭昭 和和和 五四 年年年 八九八 月月月 〇ハ 日日日 第第第 刷刷刷 改 発版発 発 行行行 0 あしながおじさん ☆☆☆ 定価三〇〇円 訳 遠藤寿子 東京都千代田区一ッ橋二丁目五番五号 発行者 岩波雄二郎 東京都板橋区高島平九丁目一三番七号 印刷者 山 田 発行所嚥一般岩波書店 落丁本・乱丁本はお取替いたします えん どう 三陽社印制・桂Ⅲ製本
「憂鬱な水曜日ー 毎月の第一水曜日は本当におそろしい日であった , ーーびくびくしながら待っていなければなら ない、勇気を出して堪えなければならない、そして大急ぎで忘れてしまわなければならない日で きれ あった。どこの床もすみからすみまで清潔にして、椅子という椅子は塵一つないように、べッド というべッドは小じわ一つ寄っていないようにして置かなければならない。始終手足をもがき動 のり ちっ みなしご かしている小ちゃな九十七人の孤児たちの顔や手をごしごし洗。て、髪を梳いて、糊のついた新 しいギンガムの服を着せてやって、それからその九十七人の子供たちにむかって、お行儀をよく そんざいな口をきかないで、「はい、そう するんですよ、評議員さんたちが何かおっしやったら、 ' でございます」とか「いいえ、そうじやございません」とご返事をするんですよ、と一々言って 聞かせなければならない。 全くや「かいな日であった。それにジルーシャ・アポットは、孤児のうちでも一番年嵩だった ので、自分でその衝に当たらなければならなかった。が、この特別な第一水曜日も、毎月の第一 5 水曜日と同じように、ようようの思いで、日暮れに近づいた。ジルーシャはそれまで食料室で、 ゆか しよう こら す ちり としかさ
124 三月一一十四日 ( 二十五日かもしれません ) あしながおじさん あたしは天国へ行けそうもありませんーー・この世はあたしこ、、 ーししことだらけですもの、死んで からも、そんなことがあったら、不公平ですわ。おききください、こういうことがありました。 ジルーシャ・アポットは、校友会雑誌「マンスリー」が毎年募集する懸賞短編小説 ( 賞金一一十れ ドル ) に人選しました。しかも彼女は一一年生なのよ ! 競争者は、ほとんど四年生ばっかりなん です。あたしは貼りだされた自分の名を見た時、ほんとに信ずることができませんでした。やっ ばりあたしは作家になってゆくんでしようね。あたしリペットさんが、こんなばかげた名前をつ けてくれなきやよかったと思いますわーーー・ジルーシキ・アポットなんて、だれが見たって女の作 家に思いますわね、そうじゃなくって ? アズ・ユー それからまた、あたしはこの春の大学劇に選ばれて出ることになりました・ーー野外で「お気に ライク・イット 召すまま」を演りますの。あたしはロザリンドの従姉シーリアになりますの。 それから最後に、こういうお知らせーー・ジ、ーリアとサリーとあたしは、今度の金曜日に、春 のしたくの買い物に = 、ーヨークへ行って、一晩泊まって、次の日「ジャーヴィー坊っちゃん」 とこ
七月一一十四日 おなっかしいあしながおじさん 仕事をするのは愉快なものですわねえーーーそれともあなたは仕事をなさることなんそないので しようか ? ことに仕事の種類が自分がこの世の中で一番したいと望んでいるものならば、なお さら愉快です。この夏あたしは毎日毎日ペンが動く限りせっせと書いていました。そうしてあた しやく しが自分の生活に対して癪にさわることと言えば、あたしが今頭の中で考えている美しい、有益 な、そしてひとをよろこばせるようないろんな思想を残らず書くだけに十分日が長くないことな んです。 例の小説の二回目の下書きはでき上がりました。そして三回目をあしたの朝七時半から始める つもりです。今度のは、今までにないとてもおもしろい作ですのーーーほんとにおもしろいのよ。 あたしはこの事ばっかり考えていますの。朝起きて、仕事にかかる前に寝巻を着かえて朝飯をい ただく間がもどかしくってしようがありません。朝飯が済むと、ぐんぐん書きつづけて、おしま いにはどっと疲れが来てからだじゅうぐったりとなります。それからコリン ( 今度飼った羊の番 犬です ) を連れて戸外へ出かけて、野を散歩したり、次の日のために、新しい考えを仕入れたりし
231 しよう ! けさ目がさめたら、すばらしい、新しい小説の筋がふ「と頭に浮かびました。それで あたしはき = う一日なんとも言えないうれしい気持ちで作中の人物をいろいろ考えながら暮らし ていましたの。あたしはまちが 0 ても厭世家だなんて言われ。こないわ。かりに、あたしが夫や おおぜいの子供を一日のうちに地震でみんな呑まれてしま「ても、あくる朝には、にこにこしな がらはね起きて、夫と子供を別に一組さがし始めると思いますよ。 さよなら
へ送りました。ですからあなたはあたしが作家になろうと一所懸命にな 0 てるのがおわかりでし よう。あたし仕事部屋を屋根部屋のすみつこにきめました。ここはもと「ジャーヴィー坊。ちゃ ん」が雨降りの日の遊び場に使 0 ていらしたんです。て。明り窓が二つあ。て、風がそよそよは もみじ りす い。てくる涼しいすみ「こですの。そして空洞の中に赤い栗鼠の家族が住んでいる一本の紅葉の 木の陰になっています。 あたしまた二、三日中に、も「とおもしろい手紙を書いて農場のことを詳しくお知らせいたし ましよう。一雨ほしくなりました。 さよなら
ロック・ウイローにて 四月四日 おじさん ィースタ 消印をごらんにな「て ? サリーとあたしは復活祭の休暇中ロック・ウイローへ来て、ここを 美しくにぎわしています。十日の休暇を最も有効に暮らすには、静かな所へ行くのがよいという ことにな 0 たんです。あたしたちの神経は、あんまりいらいらして、もうとてもフアガスンで食 事をするのに堪えられませんでした。四百人の学生と一緒にな「て一つお部屋で食事をするなん そうぞう て、疲れた時は一つの苦難です。それは騷々しく 0 て、食卓に向かい合。てるひとの言うことも、 そのひとたちが手でメガホンっくって叫ばないと聞き取れないんです。 サリーとあたしは毎日丘を越えて散歩に出かけたり、読書をしたり、書いたりして、楽しい平 和な日を送「ております。けさあたしたちは、いっかあたしが「ジャーヴィー坊 0 ちゃん」とお 夕飯をこしらえた、あのスカイ・ヒルの頂上までのぼりましたーーあれがほとんど二年前のこと だなんて、うそのようですわ。二人が焚火をした煙で岩がま 0 黒にな「た所が、今でも残「てい 蹴ますの。ある場所とある人たちとが関連していて、またその場所を訪れると、その時のことを思 ふたりたきび へ・や
れたんですって , ー・・・ポーンと音を立てて , ーーですからその方、きっとあなたよりも肥った評議員 さんでしよう。 あなたは、ジョン・グリーア孤児院の洗濯場の窓のわきが、格子のはまったくぼみになってい るのを覚えていらして ? 毎年春になってヒキガエルが出る季節になると、あたしたちはとキガ エルを集めて、それをあそこの窓のわきの穴へしまっておいたものでした。するとそのヒキガ工 ルが時々洗濯場へころげ落ちて来るものですから、洗濯日には、それはそれは愉快な騷ぎが持ち 上がりました。あたしたちは盛んにヒキガエルの蒐集を始めました。そうしてそのためきびし い罰を受けました。でも、いろいろに妨げられても、ヒキガエルの方で集まりたがるんです。 ところがある日・ー・ - ・ーそうそう、詳しいことを書いて、あなたをうるさがらすんじゃありません でした , ーーとにかく、どうしたことか、とても大きな、とても肥った、水つばいヒキガエルが、 評議員室の大きな皮張りの肘掛け子にはいりこんでいました。そうしてその日の午後に評議員 へや 会の席でーーーでもあなたはあの室にいらしたのですからあとはお思い出しになるでしよう ? 時がたって、当時の感情を離れてあの時のことを思い出して見ると、あのきびしい懲罰は当然 の事でした。そして適切なものでしたーー・、あたしの記憶が正しいなら。 あたしはなぜこんな追想にふけるのでしよう。もっとも、春になってヒキガエルがまた出て来 しゅ 5 しゅ , ると、あのころの蒐集欲は呼びさまされますけど。あたしが蒐集を始める気にならないのは、 ひじか せんたくば コレクッョン こうし ふと