母上 - みる会図書館


検索対象: 即興詩人 上巻
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1. 即興詩人 上巻

き。きのふ祭見にゆきし曜衣のままにて、きの裡に臥し給〈り。我は合せたる掌に接吻す と , もね ひつぎにな しろぎぬ ! うした るに、人々共音に泣きぬ。寺門には柩を擔ふ人立てり。送りゆく付は白衣着て、幗を垂れ面を覆 らふそく ばんか へり。柩は人の肩に上りぬ。「カップチノ」曾は燭に火をうっして挽歌をうたひ始めたり。司 かたへ 〔ゅふひ〕おほ ひっき リウチアは我を牽きて柩の旁に隨へり。斜日は蓋はざる棺を射て、母上のおん顏は生けるが如く・ わが しよくるゐ 見えぬ。知らぬ子供あまたおもしろげに我めぐりをせ廻りて、燭涙の地に墜ちて凝りたるを拾 ねぢ よぎ ちまた ひ、反古を捩りて作りたる筒に入れたり。我等が行くは、きのふ祭の行列の過りし街なり。木葉 さいはひとも も草花も猶地上にあり。されど當時織り成したる華紋は、吾少時の福と供に、きのふの祭の樂と 〔つかあな〕きゅうりゅうふさ おろ 供に、今や跡なくなりぬ。幽堂の穹窿を塞ぎたる大石を推し退け、柩を下ししに、底なる他の柩 あひ ひびき ひざまづ と相觸れて、かすかなる響をなせり。等の去りしあとにて、マリウチアは我を石上に跪かせ、 われらがためにいのれ 「オオラブロオノオビス」 ( 疇爲我等 ) を唱へしめき。 ジェンツアノを立ちしは月あかき夜なりき。フェデリゴと知らぬ人ふたりと我を伴ひゆく。濃き いただきめぐ わ 雲はアレく / , ノの巓を繞れり。我がカム。 ( ニアの野を飛びゆく輕き霧を眺むる間、人々はもの言ふ マドンナ こと少かりき。幾もあらぬに、我は車の中にて眠り、聖母を夢み、花を夢み、母上を夢みき。母 なほ 上は角生きて、我にものいひ、我顏を見てほほ笑み給へり。 ひ ら 〔ほか〕 〔このは〕 たのしみ おは」

2. 即興詩人 上巻

のおの古風を存したる打扮したれば、その入り亂れたるを見るときは、餘所の國にはあるまじき てんがい 〔はでやか〕 ころも 奇觀なるべし。花を飾りたる天蓋の下に、華美なる式の衣を着けて歩み來たるは、・「カルヂナア らふそく レ」なり。さまざまの宗派に屬する付は、燃ゆる蝋燭を取りてこれに隨へり。行列のことごとく 寺を離るるとき、群衆はその後に跟いて動きはじめき。我等もこの間にありしが、母上はしかと あゆみ 我肩を按へて、人に押し隔てられじとし給へり。我等は人に揉まれつつ歩を移せり。我目に見ゅ 〔もろごゑ〕 あなた るは、唯だ頭上の靑空のみ。忽ち我等がめぐりに、人々の諸聲に叫ぶを聞きつ。我等は彼方へお もど や 「ちゃうめ〕 わづか し遣られ又此方へおし戻されき。こは一二頭の仗馬の物に怯ちてけ出したるなり。われは纔に かうべ 〔たき〕 この事を聞きたる時、騒ぎ立ちたる人々に推し倒されぬ。目の前は黑くなりて、頭の上には瀑布 みなぎ の水漲り落つる如くなりき。 あはれ おも ふや あはれ、神の母よ、哀なる事なりき。われは今に至るまで、その時の事を憶ふごとに、身うち震 や びざ ひて止まず。我にかへりしとき、マリウチアは泣き叫びつつ、我頭を膝の上に載せ居たり。側に よこたは たふ ~ は母上地に横り居給ふ。これを圍みたるは、見もしらぬ人々なり。馬は車を引きたる儘にて、 〔わだち〕 れたる母上の上を過ぎ、轍は胸を碎きしなり。母上のロよりは血流れたり。母上は早や事きれ給・ 〔ねむ〕 たなそこ あたたか 人々は母上の目を瞑らせ、その掌を合せたり。この掌の温きをば今まで我肩に覺えしものを。遣 わが 0 〔おさ〕 : なた 〔いでたち〕 たちま よそ

3. 即興詩人 上巻

母上は隣家の女子の前にて、わがいかに罪なき子なるかを繰り返して語り給ひぬ。われはこれを さき 聞きしが、この物語はいたくわが心に協ひたり。わが罪なきことは固よりこれがために前には及 ざうくわ こころ ばずなりぬ。人の意を迎へて自ら喜ぶ性の種は、この時始めて日光を吸ひ込みたりしなり。造化 は我におとなしく軟なる心を授けたりき。さるを母上はつねに我がこころのおとなしきを我に告 げ、わがまことに持てる長處と母上のわが持てりと思ひ給へる長處とを我にさし示して、小兒の けもの 罪なさはかの醜き「、、ハジリスコ」の獸におなじきをおもひ給はざりき。かれもこれもおのが姿を 見るときは死なでかなはぬ者なるを。 かの〔カップチョオ〕 彼尖帽宗の寺の僧にフラア・マルチノといへるあり。こは母上の懺悔を聞く人なりき。かの信に よ いのり 母上はわがおとなしさを告げ給ひき。祈のこころをばわれ知らざりしかど、祈の詞をばわれ善く も そらん 諳じて洩らすことなかりき。は我をかはゆきものにおもひて、あるとき我に一枚の圖をおくり 〔マドンナ〕 界しことあり。圖の中なる聖母のこぼし給ふおほいなる涙の露は地獄の餤の上におちかかれり。亡 境 したた の者は爭ひてかの露の滴りおつるを承けむとせり。曾は又一たびわれを伴ひてその信舍にかへりぬ。 ばれいしよばたけ 〔けた〕 當時わが目にとまりしは、方なる形に作りたる圓柱の廊なりき。廊に圍まれたるは小き馬鈴藷圃 〔リモネ〕 にて、そこにはいとすぎ ( チ。フレッソオ ) の木二株、檸檬の木一株立てりき。開け放ちたる廊には 世を逝りし信どもの像をならべ懸けたり。部屋といふ部屋の戸には獻身者の傳記より撰び出した をな・こ やはらか さが ざんげ ほのは 〔あ〕

4. 即興詩人 上巻

花 體をば、信たち寺に舁き入れぬ。マリウチアは手に淺痍負ひたる我を件ひて、さきの酒店に歸り 〔かひな〕まくら ぬ。きのふは此酒店にて、樂しき事のみおもひつつ、花を編み、母上の腕を枕にして眠りしもの をさな みなしご を。當時わがいよいよまことの孤になりしをば、まだ熟くも思ひ得ざりしかど、わが穉き心にも、 すか 〔もてあそびもの〕 唯だ何となく物悲しかりき。人々は我に果子、くだもの、玩具など與へて、なだめ賺し、おん マドンナもと 身が母は今聖母の許にいませば、日ごとに花祭ありて、めでたき事のみなりといふ。又あすは今 ひとたび 一度母上に逢はせんと慰めつ。人々は我にはかく言ふのみなれど、互にささやぎあひて、きのふ あらかじ おうな の鷙鳥の事、怪しき媼の事、母上の夢の事など語り、誰も誰も母上の死をば豫め知りたりと誇れ よはひ 〔あれうま〕まち 暴馬は街はづれにて、立木に突きあたりて止まりぬ。車中よりは、人々齡四十の上を一つ二つ うしな あてびとぎゃうふ この貴人 踰えたる貴人の驚怖のあまりに氣を喪はんとしたるを助けだしき。人の噂を聞くに、 その おほい * うから はポルゲエゼの族にて、アル。 ( ノとフラスカアチとの間に、大なる別墅を構へ、そこの苑にはめ おきな たのしみ づらしき草花を植ゑて樂とせりとなり。世にはこの翁もあやしき薬草を知ること、かのフルキア しもべ〔たてぎん〕 といふ媼に劣らずなど云ふものありとそ。此貴人の使なりとて、「リフレア , 着たる僕盾銀 ( ス おく ふくろ クヂイ ) 二十枚入りたる嚢を我に貽りぬ。 あくるひゅふペ 翌日の夕まだ「アヱマリア」の鐘鳴らぬほどに、人々我を伴ひて寺にゆき、母上に暇乞せしめ この 〔くわし〕 あさで つかひ 〔よ〕 べっしよかま オステリア いとまごひ

5. 即興詩人 上巻

語るを聞きて、いとおもしろき事におもひ做し、強ひて我に接吻せむとしたり。就中「リウチア たはぶれ しばしま といふ娘は、この戲にて我を泣かすること暖記りき。リウチアは活なる少女なりき。農家の - ひながたむすめ 子なれど、裁縫店にて雛形娘をつとむるゆゑ、華靡やかなる色の衣をよそひて、幅廣き白き麻布 もて髮を卷けり。この少女フ = デリゴが畫の雛形をもっとめ、又母上のところにも遊びに來て、 その度ごとに自らわがいひなづけの妻なりといひ、我を小き夫なりといひて、迫りて接吻せむと うべな したり。われ諾はねば、この少女しばしば武を用ゐき。或る日われまた脅されて泣き出ししに、 なほをさなご ちぶさふく さては猶穉兒なりけり、乳房啣ませずては、啼き止むまじ、とて我を掻き抱かむとす。われ慌て て逃ぐるを、少女はすかさず追ひすがりて、兩膝にて我身をしかと拠み、いやがりて振り向かむ かうべ とする頭を、やうやう胸の方〈引き寄せたり。われは少女が插したる銀の矢を拔きたるに、豐な あらよ る髮は波打ちて、我身をも、露れたる少女が肩をも掩はむとす。母上は室の隅に立ちて、笑みつ つリウチアがなすわざを勸め勵まし給〈り。この時フ = デリゴは戸の片蔭にかくれて、竊に此 しゃうがい ち 群をゑがきぬ。われは母上にいふやう。われは生涯妻といふものをば持たざるべし。われはフラ 逾ア・マルチノの君のやうなる信とこそならめといひき。 ゅふべ こと ! タごとにわが怪しく何の詞むなく坐したるを、母上は出家せしむるにたよりよきなりとおもひ 給ひき。われはかかる時、いつも人となりたる後、金あまた得たらむには、、、 力なる寺、いかな たび かた びざ

6. 即興詩人 上巻

しぎものにおもひて、をりをり果をわれに取らせ、又わがために兵卒、馬、家などの形をゑがき なかよ あたへしことあり。われと畫工とは幾時も立たぬに中善くなりぬ。われは畫工を愛しき。母上も のたま ゅふべ をりをりかれは善き人なりと宣ひき。さるほどにわれはとあるタ母上とフラア・マルチノとの話 を聞きしが、これを聞きてよりわがかの技藝家の少年の上をおもふ心あやしく動かされぬ。かの お ことくにびと 異國人は地獄に墜ちて永く浮ぶ瀬あらざるべきかと母上問ひ給ひぬ。そはひとりかの男の上のみ 〔ともがら〕 にはあらじ。異國人のうちにはかの男の如く惡しき事をば一たびもせざるもの多し。かの輩は あやま おひめ 貧き人に逢ふときは物取らせて吝むことなし。かの輩は債あるときは期を愆たず額をたがヘずし しか わがはうじん て拂ふなり。然のみならず、かの輩は吾邦人のうちなる多人數の作る如き罪をば作らざるやうに おもはる。母上の問はおほよそ此の如くなりき。 フラア・マルチノの答へけるやう。さなり。まことにいはるる如き事あり。かの輩のうちには善 よのなか き人少からず。されどおん身は何故に然るかを知り給ふか。見給へ。世中をめぐりありく惡魔は、 邪宗の人の所詮おのが手に落つべきを知りたるゆゑ、強ひてこれを誘はむとすることなし。この かの 一こと 1 〔まなご〕 〔カトリコオ〕 ゅゑに彼輩は何の苦もなく善行をなし、罪惡をのがる。善き加特カ敎徒はこれと殊にて神の愛子 ら おとしい てだて あた なり、これを陷れむには惡魔はさまざまの手立を用ゐざること能はず。惡魔はわれ等を誘ふなり 9 われ等は弱きものなればその手の中に落つること多し。されど邪宗の人は肉體にも惡魔にも誘は しよせん なにゆゑ このみ あ し

7. 即興詩人 上巻

つくゑ 母上、マリウチア、我の三人のみかは。わがありあふ卓の上に登りて、一たびさらへ聞かせたる その を聞きし、畫エフデリゴもこ一よなうめでたがりぬ。さて其日になりければ、寺のうちなる卓の わがや たが 〔かも〕おは 上に押しあげられぬ。我家のとは違ひて、この卓には毯を被ひたり。われはよその子供の如く、 そらん〕 マドンナ〔むね〕 をさなキリスト 諳じたるままの設敎をなしき。聖母の心より血汐でたる、穉き基督のめでたさなど、設敎の もろひと をど たねなりき。我順番になりて、衆人に仰ぎ見られしとき、我胸の跳りしは、恐ろしさゆゑにはあ まで もっと らで、喜ばしさのためなりき。これ迄の小兒の中にて、尤も人々の氣に入りしもの、印ぢ我なる こと疑なかりき。さるをわが後に、卓の上に立たせられたるは、小き女の子なるが、その言ふべ しらべ 〔こわね〕 からず優しき姿、驚くべきまでしほらしき顏つき、調淸き樂に似たる聲音に、人々これそ神のみ まさ つかひなるべき、とささやきぬ。母上は、我子に優る子はあらじ、といはまほしう思ひ給ひけむ こわだか にヘづくゑゑが が、これさへ聲高く、あの女の子の贄卓に畫ける訷のみつかひに似たることよ、とのたまひき。 をなご 〔からすば〕 詩母上は我に向ひて、かの女子の怪しく濃き目の色、鴉靑いろの髮、をさなくて又怜悧けなる顏、 もみち ねた 美しき紅葉のやうなる手などを、繰りかへして譽め給ふに、わが心には妬ましきゃうなる情起り たと ぬ。母上は我上をも神のみつかひに譬へ給ひしかども。 〔さうび〕 〔ついは〕 しゃう 鶯の歌あり。まだ集ごもり居て、薔薇の枝の綠の葉を蹶めども、今生ぜむとする蕾をば見ざり ふたっきみつぎ き。二月三月の後、薔薇の花は開きぬ。今は鶯これにのみ鳴きて聞かせ、つひには刺の間に飛び みたり こ 〔はり〕

8. 即興詩人 上巻

また 童の歌ふは、目の前に見え、耳のほとりに聞ゆるが儘なりき。母上も我も亦曲中の人となりぬ。 〔たへ〕 〔そら〕 ( ふすま〕 さるに其歌には韻脚あり、其調はいと妙なり。童の歌ひけるやう。靑き空を衾として、白き石を まくら よ 【ね〕 【ふえふき〕 枕としたる寢ごころの好さよ。かくて笛手二人の曲をこそ聞け。童は期く歌ひて、「トリイトン」 ゅびさ すゐくわ ひとむら の石像を指したり。童の又歌ひけるやう。ここに西瓜の血汐を酌める、百姓の一群は、皆戀人の 〔サン〕 上安かれと祈るなり。その戀人は今は寢て、聖ビエトロの寺の塔、その法皇の都にゆきし、人の 上をも夢みるらむ。人々の戀人の上安かれと祈りて飲まむ。又世の中にあらむ限の、箭の手開か をとめ ぬ少女が上をも、皆安かれと祈りて飮まむ。 ( 箭の手開かぬ少女とは、髮に插す箭をいへるにて、 わき〔ひね〕 處女の箭には握りたる手あり、嫁ぎたる女の箭には開きたる手あり。 ) かくて童は、母上の脇を招 ひげ〔お〕 りて、さて母御の上をも、又その童の鬚生ふるやうになりて、迎へむ少女の上をも、と歌ひぬ。 よ 〔うま〕 母上善くそ歌ひしと讚め給へば、農夫どももジャコモが旨さよ、と手打ち鳴してさざめきぬ。こ し つきあかり 詩の時ふと小き寺の石級の上を見しに、ここには識る人ひとりあり。そは鉛筆取りて、この月明の 中なる群を、寫さむとしたる晝エフェデリゴなりき。歸途には畫工と母上と、かの歌うたひし童 の上につきて、語り戲れき。その時晝工は、かの童を印興詩人とそいひける。 美 フェデリゴの我にいふやう。アントニオ聞け。そなたも印興の詩を作れ。そなたは固より詩人な われはじ り。ただ例の設敎を韻語にして歌へ。これを聞きて、我初めて詩人といふことをあきらかにさと わらに むれ その いしだん たはぶ しらべ 〔とっ〕 〔ね〕

9. 即興詩人 上巻

53 蹇丐 蹇丐 羅馬なる母上の住み給ひし家に歸りし後、人々は我をいかにせんかと議するが中に、フラア・マ たてぎん ルチノはカムパニアの野に羊飼へる、マリウチアが父母にあづけんといふ。盾銀二十は、牧者が えやす 上にては得易からぬ寶なれば、この兄を家におきて養ふはいふもさらなり、又心のうちに喜びて 迎ふるならん。さはあれ、この兄は既に半ば出家したるものなり。カムパニアの野にゆきては、 ひさ 香爐を提けて寺中の職をなさんやうなし。かくマルチノの心たゆたふと共に、フェデリゴも云ふ ゃう。われは此兒をカムパニアにやりて、百姓にせんこと惜しければ、この羅馬市中にて、然る し べき人を見立て、これにあづくるに若かずといふ。マルチノ思ひ定めかねて、信たちと謀らんと て去る折柄、ペッポのをちは例の木履を手に穿きていざり來ぬ。をちは母上のみまかり給ひしを 〔くやみ〕 〔なりゆき〕 聞き、又人の我に盾銀二十を貽りしを聞き、母上の追悼よりは、かの金の發落のこころづかひの みなしごうから ために、ここには訪れ來ぬるなり。をちは聲振り立てていふやう。この孤の族にて世にあるもの このや は、今われひとりなり。孤をばわれ引き取りて世話すべし。その代りには、此家に殘りたる物 ことごと たてぎん もちろん おくめん 悉くわが方へ受け收むべし。かの盾銀二十は勿論なりといふ。マリウチアは臆面せぬ女なれば、 〔いぬ〕をりから かた けん この 〔おとづ〕 きぐっ 〔は〕

10. 即興詩人 上巻

つま しに、例の絲を撮み得たり。ここにこそ、と我呼びしに、畫工は我手を摎りて、物狂ほしきまで よろこびぬ。あはれ、われ等二人の命はこの絲にそ繋き留められける。 あたたか そらあを われ等の再び外に歩み出でたるときは、日の暖に照りたる、天の蒼く睛れたる、木々の梢のうる きぬ はしく綠なる、皆常にも增してよろこばしかりき。フェデリゴは又我に接吻して、衣のかくしょ いだ そち しろかね〔とけい〕 り美しき銀のを取り出し、これをば汝に取らせむ、といひて與へき。われはあまりの嬉しさ こと・こと に、けふの恐ろしかりし事共、はや悉く忘れ果てたり。されど此事を得忘れ給はざるは、始終の 事を聞き給ひし母上なりき。フェデリゴはこれより後、我を伴ひて出づることを許されざりき。 またマドンナ フラア・マルチノもいふやう。かの時二人の命を助かりしは、全く聖母のおほん惠にて、邪宗の フェデリゴが手には援け給はざる絲を、善きに仕ふる、やさしき子の手には與へ給ひしなり。 を されば聖母の恩をば、身を終ふるまで、ゆめ忘るること勿れといひき。 ことま しるひとたはぶれ フラア・マルチノがこの詞ど、或る知人の戲に、アントニオはあやしき子なるかな、うみの母を のち ば愛するやうなれど、外の女をばことごとく嫌ふと見ゆれば、あれをば、人となりて後曾にこそ すべきなれ、といひしことあるとによりて、母上はわれに出家せしめむとおもひ給ひき。まこと に我は奈何なる故とも知らねど、女といふ女は佩に來らるるだに冊はしう覺えき。母上のところ をさなことば に來る婦人は、人の妻ともいはず、處女ともいはず、我が穉き詞にて、このあやしき好憎の心を ら あ よ わが なか この 、と と ものぐる