217 アイドルについて そういう結果になった。 だが私の説明が説得力に欠けていることは一一一一口うまでもない。小説を書いているだの、・ョ は小説家になりたいだのなどという話は、ロがさけても一一一一口えなかったし、仮に言ったところ で真に受ける仲間は誰もいなかっただろう。 Z は憮然として言った。 「要するにおまえも、ヤキが回っちまったってことだな」 「まあ、そういうこった」 私たちの商談は決裂した。メシでも食って帰ろうとべンツに乗り、当然のようにテレサ・ テンのカセットを入れた。 「だからお願い、そばに置いてね : : : か」 こうりよう べンツは荒寥とした造成地を去った。何となく振り返ると「リラの丘」のシンポルになる はずだったライラックの巨木が、紫色の花をたわわに咲かせていた。 テレサ・テンが死んだ。 彼女は私たち悪いやつらにとって、まさしくもうひとりのマザ 1 ・テレサ、そしてもうひ とりの鄧だった。
女が日本デビューをしたのはおよそ二十年前で、ちょうど同じころ私たちもオイル・ショッ クの荒波の中にあてどもなく船を漕ぎ出した。 テレサ・テンが同世代のアイドル歌手たちと比べていかにも異質であったのは、彼女が異 彼女は決して青春のラブ・ソングを唄わなかった。ふつ 国人であったせいばかりではない。 , うの若者たちの感覚とは遠くかけ離れた、「男につくす女の歌」ばかりを唄い続けた。それ がまた、温かでやさしい風貌や、とらえどころのない藩とした雰囲気や、透明な歌声に良 く似合った。私たちはキャンディーズに黄色い声援を送ることもなく、山口百恵に血道をあ げることもなく、どこかふつうではないテレサ・テンの歌をこよなく愛した。 たぶん彼女の魅力は、悪いやつでなければわかるまい。たとえて一一 = ロうのなら、若い時分に さんざおもちゃにしてどこぞの裏路地にほっぱらかしてきた女。少し年が行ってからは、ズ バリ別れた女房。 て すったもんだの一日をおえて、きようも何とか無事だったと車に乗りこみ、カセットを入 にれる。そんな時の彼女の透明な歌声は、ひとしお身にしみた。テレサ・テンは私たちにとっ て、決して口には出せぬ「良心」そのものだった。 イ 「へえ : : : 死んじまったか」 ア Z はしみじみと呟いた。まるで別れた女房の死を聞いたように、 Z はうなだれた。 「時の流れに身をまかせ、あなたの色に染められ : : : か」
214 か金に換えようと私を訪ねてきたのであろう。それにしてもいったいどういうつもりかは知 らんが、夢の跡に誘い出しての商談とは、あまりに悲しい。 造成地の中央に、忘れ去られたようなライラックの巨木が立っており、薄紫色のみごとな 花を咲かせていた。販売のあかっきには「リラの丘」という名を付けようと思っていたのだ と、 Z は笑いながら言った。 べンツのラジオから、テレサ・テンの訃報が流れたのはその時であった。 へえ、と私たちはボンネットにもたれて煙草をくわえたまま同時に呟き、しばらく押し黙 ってしまった。 出身地の台湾や中国本土では、国民的大歌手であるらしい。だが日本では、さほど大スタ ーというわけではない。 なぜ私たちが彼女の死を聞いてしばし呆然とするほどの衝撃を受けたのかというと、つま り彼女は私たちのようなある特定の男たちの間で、熱烈な支持を得ていたのである。 特定の男たちとは、広義では団塊世代のことである。より特定的に一一一一口うのなら、たとえば 年齢不相応のべンツに乗ったり、借金まみれで土地ころがしをやったり、夜な夜な銀座に出 没して大散財をくり返したりした男どものことである。彼らはほとんど例外なく、べンツの ダッシュポードにテレサ・テンのカセットテープを隠し持っていた。 享年四十一一隲私たちから見るとつれあいの年齢、もしくはすぐ下の妹の年齢である。彼
212 テレサ・テンが死んだ。 フランス人の恋人と休暇を過ごしていたチェンマイのホテルで、気管支喘息の発作を起こ したのだそうだ。まさしく歌姫にふさわしい、ドラマチックで神秘的な最期である。 私が彼女の突然の訃報に接したのは、バブル崩壊で凍結された郊外の造成地であった。石 垣と階段と地下駐車場だけが造りつけられた広大な宅地には一軒の家も建っておらず、繁る 一」うや にまかせた雑草が見渡す限りの曠野のように、春の風にそよいでいた。 旧友の Z とともに、彼の没落の最大の原因となったその造成地を訪れた。 z は私より一一つ 年長の、さるバブル景気の折には飛ぶ鳥を落とす勢いの事業家であったが、今では悲しき破 産者である。女房子供にも去られ、執拗な者の追跡に怯えながら、年の離れた女のアパ ートに身を寄せているという。もちろんその造成地も、今は人手に渡っている。 アイドルについて
200 私は小説家であると同時に競馬予相である。 今のところ収入はほば拮抗しているので、どっちが本業でどっちが副業かと聞かれても困 る。幸い出版関係者はあまり競馬をやらないから、「浅田さんは競馬が好きらしい」と考え ており、一方の競馬関係者はあまりマジメな本を読まないので、「浅田さんは小説なんかも 書いているらしい」、と思っている。都合のよいことである。 自分で一三ロうのも何だが、、 カキの頃からたいそう勤勉であり、長じてからも一日平均十六時 間程度の労働はこなしてきたので、この二つの仕事について両テンビンをかけているという 意識はもうとうない。これからもそれぞれ一人分の質量はちゃんとしつつ、双方をこな して行こうと思っている。 そんな私にとって、今年も地獄の季節がめぐってきた。さる桜花賞を皮切りに宝塚記念ま テラ銭について
ちんどうちゅう 五木寛之珍道中 / 逆 ( ンぐれん隊生島治郎浪漫疾風録池波正太郎剣法一羽流 五木寛之怒れ′逆 ( ンぐれん隊生島治郎星になれるか池波正太郎若き獅子 五木寛之さらば , 逆 ( ンぐれん隊池波正太郎忍びの女池波正太郎 ~ 1978 ・ 2 ー 1984 ・リ 井上ひさしモッキンポット師の ~ 木池波正太郎近藤勇白書池波正太郎きままな絵筆 わが母のきロ 井上ひさしプラウン監獄の四季池波正太郎殺しの四人井上靖 ー丨ー花の下・月の光・雪の面 井上ひさし歌麿の世界池波正太郎梅安蟻地獄井上靖楊貴妃伝 井上ひさし喜劇役者たち池波正太郎梅安最合傘井上靖本覚坊遺文 録井上ひさしモ〉キンポ〉ト師ふたたび池波正太郎梅安針供養伊藤桂一静かなノモン ( ン 目井上ひさしナイ ン池波正太郎梅安乱れ雲伊藤桂一秘剣やませみ 庫井上ひさしたそがれやくざプルース池波正太郎梅安影法師 石川英輔大江戸神仙伝 〈仕掛人・藤枝梅安〉 社井上ひさし闇に咲く花池波正太郎梅安冬時雨石川英輔大江戸仙境録 談井上ひさし四千万歩の男全五冊池波正太郎まばろしの城石川英輔未来妙法蓮華経 井上ひさし百年戦争池波正太郎私の歳月石川英輔大江戸えわるぎー事情 計。繩→「日印法読《直す池波正太郎殺しの掟石川英輔大江戸遊仙記 井上ひさし 国家・宗教・日本人池波正太郎よい匂いのする一夜石川英輔大江戸テクノロジー事情 司馬遼太郎 生島治郎死ぬときは独り池波正太郎梅安料理ごよみ石川英輔三国志 生島治郎総 統奪取池波正太郎田園の微風石川英輔大江戸仙界紀 生島治郎幕末ガンマン池波正太郎新私の歳月石川英輔大江戸生活事情 生島治郎世紀末の殺人池波正太郎抜討ち半九郎石川英輔大江戸泉光院旅日記
ラマのような結婚をし、その子らもわが子として育ててもよいと考えていたであろう彼が、 本米粗暴な人間であろうはずはない。 それでも私は彼を、鬼畜と呼ぶほかはない。小さな体を精いつばい伸ばして、大人の世界 に立ち入ってきた少女の言葉は、男にとって前後の判断も失わせるほど衝撃的だったのであ ろう。男は長いこと少女の言葉を思いつめたあげく、少女を東名高速の道路橋から捨てた。 もし男と女の立場が逆であったなら、道路橋から生きながら捨てられる子供がわが子であ ったかもしれないことに、はたして男は気付いていたであろうか。 いずれにせよ男は、わかりすぎるほどわかる少女の告白に、対抗する言葉を持たなかっ た。良心をげ捨てた男は、やはり鬼畜である。 大の大人でもそうそう首を突っこむことのできぬ男女の愛憎のただなかに、思いもかけぬ アンファン・テリプル 言葉をつき入れてきた少女は、男にとってまさしく怖るべき子供であった。そして少女は、 住み慣れたアパ 1 トを引越さねばならぬほど執拗に母を求める男に対し、少くとも五歳、 や・十亠成分は背伸びをして、アンファン・テリプルになるほかはなかった。 「もう、お母さんと交際しないで」 十成の少女がこれを口にすることは、人間が空を飛ぶのと同じぐらい難しかったはずだ。 そしてその勇気の代償として、少女は二メートルのフェンスに担ぎ上げられ、無数のに小 さな体をばろばろに轢き潰されて死んだ。
いきなり節操のないタイトルで恐縮である。 カタカナで書けばほば確実にボツであろうが、漢字ならばぎりぎりと信じ、あえてこ 一つ圭日く。 私の主観によれば、 = 一〔語表現は婉曲であればあるほど猥褻であり ( 例・イチモッ・陽物・ 、んのう ふぐり等 ) 、法的医学的用語はさらに猥褻であり ( 例・陰部・陰嚢・睾丸等 ) 、伏せ字に至っ て ては誠に救いがたい ( 例・キン〇マ ) ので、ここに堂々と「金玉」と称する。 っ 改めて字面を眺めて欲しい。すばらしい = 一〔葉である。考案者が和漢いずれであるかは知ら 金ぬが、漢字史上の傑作と言えよう。すわりが良く、雅味とに溢れ、男子の尊厳を良く表 し、おまけに音韻がかわゆい。おそらくこれほど実物の形状と本質を的確に表現した一 = 〕葉 は、他に類を見ないであろう。 金玉について えんきよく わいせつ
211 忘却について ち絶版の「北京風俗図譜」全二巻をついに発見し、あまりの嬉しさに雀躍と帰宅した。家の 則まできてうんざりとした。ガレージに車がない。つまり私は、すずらん通りのパーキン グ・メーターに車を忘れたまま、地下鉄に乗って帰ってきてしまったのであった。すぐにと しやく って返すのもアホらしいし、家人にバレて笑いものになるのも癪なので、とりあえず泰然と 夕飯を食い、パチンコに行くとか嘘をついて神保町に戻った。当然のことであるが半日の時 を経たわが愛車にはべットリと駐車違反の貼り紙がついていた。 たいそうくやしく、また盾けなかった。さらにくやしいことには、一日じゅう行方不明の 車の謎をめぐって、家族の間ではあれこれと憶測がなされており、真実は正確に解明されち まっていたのであった。家族は爆笑し、言いわけのしようもない私は笑ってごまかすしかな かった。 家人を青葉台のコーヒーショップに忘れてきたあの晩、私はしみじみと考えさせられた。 一文にもならぬ小説を書き続けてきた長い間、路上に忘れたまま永久に思い出せぬ人や物 はさぞ多かろう。そう考えれば、忘却も笑いごとではない。
もしそうした計算の上に出版されたものであるとしたら、まさに不倶のインモラル本で あろうと考えた。 ともあれ人生の悲哀をいくらかでも味わってきた者ならば、この書物は興味をそそられる よず より先に、まず怒りを覚えた筈である。私も職業柄、ひととおり目を通したが、。 ヘージを繰 る ) 」とにかって睡眠薬をって死んだ女や、車に排気ガスを引きこんで一家心中した男や、 頭を撃ち抜いて死んだ知人のことが思い出されて、たまらない気分になった。 著者も編集スタッフも、たぶんずっと食うに困らなかった、上流階級の住人だろうと思 う。すでに売れてしまったものはいたしかたないが、売れさえすれば何でも良いという無節 操な姿勢だけは、どうか自省して欲しいものである。少くとも読者を勇気づけることは、い やしくも言葉で飯を食う者の使命であろう。 ふほう ところで、この種の訃報に接するたび、人間の生命力について考えさせられる。「ふしぎ と生きている」私からすると、彼らの死ぬ理由がどれもたわいのないものに思えてしまうか らである。 もちろん他人の苦悩を無責任に推量してはなるまい。死ぬべき理由は死んだ本人にしかわ からないのだから。ただ、人間にはたとえば植物の自然に対する耐性のような、原始的な生 命力が、誰にも生れついて備わっていると思うのである。 これは肉体の頑健さとか気の強さとはちがう。なぜなら、自殺者はたいてい「飢寒、こもご