すぐ隣の部屋の男なんだ。僕たちの棟には、二つの部屋の間にみんなシャワー・ルームがあるんだが、 アクリーの野郎は日に八十五回くらいも僕のとこへとびこんで来るんだな。寮全体で、この日、競技 場へ行かなかったのは、僕をのぞけば、おそらくアクリー だけだったろう。アクリ って奴はどこへ だってほとんど行ったためしがない。 ヘンシーにま とにかく変わってやがんだよ。四年生なんだが、。 るまる四年もいるっていうのに、誰も奴を《アクリー》としか呼ばないんだからな。同室のハ ト ) とは呼ばないし、《アック》とさえも言わないんだから。もしもあい ゲールでさえ、《ボブ》愛称 よ。苗皆で、おっそろ つが結婚したら、自分の女房からまで《アクリー》って呼ばれるんじゃないかオーゴ しく背の高い奴でねーーー六フィート四インチぐらいあつなーーそれで歯がきたねえんだ。部屋が隣合 こナ わせであった間に、一度だって僕は、奴が歯を磨くのを見たことがなかったな。まるででも生えて るみたいな、すげえ歯をしてるんだ。こいつが食堂で、マッシュ・ポテトに豆とかなんとか、そんな のを口いつばいにむしやむしややってるのを見ると、胸が悪くなって吐きそうになったもんだ。おま あご けに奴は、ニキビだらけなんだ。たいていの子みたいに、額や顎だけしゃないんだ、顔しゅうべた一 面だからな。それはかししゃない、性格だってひでえもんよ。ちょっとイヤラシイとこもある奴でね、 どうも僕は好きになれなかったな、本当を言うと。 す このアクリ ーが、僕の椅子のまうしろにあたるシャワー・ルームの敷居に立って、部屋にストラド レーターがいるかどうか偵察してるのが、僕には気配でわかったんだ。奴はストラドレーターの腹の すわったとこが苦手でね、ストラドレーターがいると、絶対に入って来ないんだよ。ストラドレータ
つばいなんだよ。 「ああ。あのな、もしもおまえに、特にどこって行く予定がなかったらだな、あのおまえのツィー ドのジャケットを貸してくれないか ? 」 「試合はどっちが勝った ? 僕はそう言った。 「まだ半分だ。おれたちは抜け出すんだよ」とストラドレーターは言った。「ましめなはなし、おま え、あのツィードのジャケット、今夜使うのか使わんのか ? おれのあのグレーのフラノの奴は、き たねえものをこばしちゃったんだよ」 「使わんけど、おまえの肩ゃなんかつつこまれると、のびちまうからいやだな」僕はそう言った。 僕たちは、背はほば同じなんだが、 目方は奴のほうが二倍もあるんだな。肩幅がすごく広いんだよ。 「のばしやしないよ」彼は大急ぎで押し入れのとこへ行った。「こんちは、アクリー奴はアクリー に向かってそう言った。愛想だけよよ、よ、 ( オカオカいいんだよ、ストラドレーターってのは。インチキみた いな愛想のとこもあるんだけど、でもアクリーだろうが誰だろうが、きま 0 て挨はするんだ。 アクリーも「こんちは」と言うには言ったが、ロの中でごまかすみたいな言い方なのさ。ほんとは 返事なんかしたくなかったんだけど、ロの中でごまかすにしても、ぜんぜんしないだけの度胸はなか ったんだな。それからアクリーの奴、僕に向かって言ったんだ。「おれ、そろそろ帰るぜ。後でまた 「ああ」と、僕は言った。べつに部屋へ帰られたからって、こっちががっかりするような相手しゃ
れから、しばらくすると、奴は電燈を消しやがった。あたりを見回して、僕がどこにいるかをたしか めようともしないんだぜ。 表の通りは気が滅入りそうな感じだった。自動車の音さえ、もう聞こえないんだ。あんまり寂しく てやりきれなくなったんで、アクリーを起こしてやれという気になったくらいなのさ。 「おい、アクリー」僕は、シャワーのカーテンの向こうにいるストラドレーターに聞こえないよう 小さな声でそう言った。 ところがアク リーには聞こえないんだな。 「おい、アクリー ! 」 それでも奴には聞こえない。石みたいに眠ってやがんだよ。 「おい、アクリ 今度は聞こえたようだった。 「いったいどうしたっていうんだ ? 」と奴は言ったね。「おれは寝てたんだぞ」 「あのな。修道院に入るにはどうしたらいいんだ ? 」そう僕は言った。僕は修道院に入ることをな んとなく考えてみてたんだよ。「カ トリックやなんかにならなきゃいけないのか ? 」 「きまってるしゃないか、カトリックにならなきやだめさ。馬鹿野郎、おれを起こしたのはそんな くだらねえことをきく 「わかった、わかった、さあ寝ろよ。とにかくおれは入りやしない。 とかく運には恵まれねえおれ
なが ・ヘイズっていう女の子の写真を眺めてやがんだよ。奴は、僕がその写真をもらってから、少 なくとも五千回は手にとって眺めてやがるはずなんだ。それに、見てしまうと、必ず、前あったとこ とは違う場所に戻しやがんだな。わざとそうするんだよ。それはちゃんとわかるんだ。 「どっちも勝ちゃしねえって ? そりやどういうわけだ ? 「おれが、剣ゃなんかを、地下鉄の中に忘れたからさ」僕はそう言ったが、それでもまだ、顔は上 、十・ゞな、かっ 4 」 0 「地下鉄の中へだと ! しゃあ、なくしたってわけか ? 」 「地下鉄の線を間違えたんだ。おかげでおれは、しよっちゅう立って行って、壁の地図を見なきや ならなかったんでね 奴は、僕のそばへ歩いて来ると、明かり先に立ちゃがった。「おい。おまえが入って来てから、お れは、同し文章を二十ペんも読み返してんだぜ」僕はそう言ってやった。 やっこ アクリー以外の人間だったら、誰だって、こう言われれば。ヒンとわかるはずなんだが、奴さんはだ めなんだな。「学校しやおまえに弁償させると思うかい ? ーなんて、そんなことを言いやがんだよ。 「どうだかな。どうだっていいや、おれは。おまえ、坐るかどうかしたらどうだ、アクリー坊や ? おれの明かり先に立ってやがんだぜー奴は、ひとから《アクリー坊や》って言われるのがきらいなん 僕が十六で、奴が十八なもんだから、奴はいつも、僕のことを、子供だ、子供だっていいやがん だが、それで僕から《アクリー坊や》って言われると、頭に来ちゃうんだな。
そのうちにスイッチが見つかったんで、僕はひねって電燈をつけた。アクリーの野郎、まぶしそう に手をかざして、明かりをさえぎりやがったね。 「わあっ ! 」と彼は言った。「それはいったいどうしたんだ ? 」奴は血ゃなんかのことを言ってんだ なぐ 「ストラドレーターとちょいと撲り合いをやったんでな」と僕は言った。そして床の上に坐りこん だんだ。こいつの部屋には椅子のあったためしがないんだよ。椅子をいったいどうしちまったのか、 僕には見当もっかないね。「おい」と僕は言った。「ちょいとキャナスタをやらんか ? 」奴はキャナス タ気違いなんだよ。 「まだ血が出てるしゃないか。何かつけたほうがいいぜ」 しっちょう、キャナスタをやらんか、どうだ ? 」 「いまにとまるよ。おい。おまえ、 「キャナスタだと ? おまえ、今が何時か知ってんのか ? 」 「まだおそくはないさ。やっと十一時か、十一時半ぐらいだろう」 「やっとだと ? 」とアクリーは言った。「いいか。おれはな、明日の朝、起きてミサへ行かなくちゃ けんか っ ならないんだ。おまえたちは夜の夜中にどなったり喧嘩したりしやがるけどーーーそれにしても、 たい、なんで喧嘩したんだ ? 」 おまえのためを思って 「話せば長くなるからな。おまえを退屈させるにしのびないよ、アクリー 言ってんだぞー僕はそう言った。僕はこいっと一身上のことなんか一度も話したことがない。第一、
「子供つばいまねはよせよ」 僕は、盲のように「目の前をあちこち手探りしたが、椅子から立ち上がったりなんかはしなかった。 そして「ママ、どうして手をかしてくれないの ? ーを繰り返してた。もちろん、ふざけてただけなん だが、ときどき、こんなまねがすごくおもしろくなることがあるんだな。それに、アクリーの奴がす ごくいらいらするのがわかってたしね。アクリーを見ると、きまって、僕の中にサディスト的なもの が生まれて来るんだな。奴に対してサディスト的になることが僕にはよくあるんだよ。でも、しまい にやめたけどさ。帽子のひさしをまた後ろに回して、ぐったり椅子にもたれたんだ。 「こいつは誰んだい ? 」とアクリーが言った。見ると、同室のストラドレーターの膝あてを手にも ってるんだ。このアクー 丿ーって奴はなんだって手にとるんだから。ひとのサルマタやなんかだって手 にとるんだ。僕はそれはストラドレーターのだと言ってやった。すると、奴さん、そいつをストラド たんす レーターのヘ ' ッドの上に放りやがった。」 前にはストラドレーターの簟笥の上にあったんだ。それを今 の上に放りやがったってわけさ。 度はべッド 奴は、ストラドレーターの椅子のとこへやって来ると、そのアームの上に坐りやがった。椅子のシ ートに坐ったことはないんだな。いつだってアームなんだ。「おめえ、どこでその帽子手に入れた ? 奴はそう言った。 「ニューヨークだよ 「いくらで ? 」 やっこ
こいつはストラドレーターよりももっと間抜けなんだから。アクリーのそばへ持っていけば、ストラ ドレーターなんか天才さ。「おいーと僕は言った。「今晩、おれ、エ 1 、いたろ ? のべッドに寝ても、 あいつは明日の晩まで戻って来ないんしゃないか ? 」エリーが戻って来ないことは、僕もよく知って たんだ。あいつは、だいたい、週末のたんびにうちへ帰るんだから。 「エリーがいっ戻るか、おれは知らんよ」アクリーはそう言った。 チキショウメ、これには僕もおこったね。「どういうんだ、あいつがいっ戻るか、知らんというの は ? エリーは日曜の夜より前に戻ったことなどいっぺんもないだろうが」 「そりやそうだけど、しかし、あいつのべッドだもの、他の奴に、寝たいなら寝て、 しいって、おれ の口からは言えないよ たた これには僕も参ったね。僕は、床に坐ったまま腕をのばして、軽くあいつの肩を叩きながら「おま えは王子様だよ、アクリー坊や」と言ってやった。「知ってるか、自分で ? 」 「いや、真面目に言ってるんだーー・・・おれの口からは言えないしゃないか、誰かがあいつのべッ 「おまえはほんとの王子様だ。紳士であり、学者であるよ、坊や」僕はそう言った。事実またそう なんだからな。「ところでおまえ、煙草を持ってるか ? 《ない》と言え。《ある》なんて言われ たら、こっちがぶつ倒れて死んしまうからな」 けんか 「うん、ないよ、実際に。それにしてもおまえ、 いったいなんで喧嘩したんだ ? 」
「おまえのすてきな人生の話でも聞かしてくれよ、アクリー坊やー僕は、そう言った。 あす 「明かりを消したらどうなんだ ? おれは明日の朝、ミサに起きなきゃならないんだぜ」 僕は、アクリーのしあわせを願いながら、起きて行って明かりを消した。それから、また、エリ べッドこ横に、なっこ。 「おまえ、どうするつもりなんだー・ーエリ た。チキショウメ、全く申し分のないご主人さまなんだよ。 「寝るかもしれん。寝ないかもしれん。ま、心配するな」 「心配なんかしてやしないよ。ただ、おれはすごくいやなんだ、もしもエリーが不意に戻って来て、 = 口かが自分のべ、 「安心しろよ。おれはここに寝やしない。おまえの親切を裏切るようなまねはせんよ ーンやなんかのことを考えたんだ。 , 彼女とストラドレーターが、どこかに停めた、あの太っちょのエ ハンキーの車の中にいたのかと思うと、僕はほんとにもう、すっかり頭に来ちまったんだ。その ことを思うたんびに、窓から飛び下りたくなったな。君はストラドレーターを知らないけど、僕は知 っている、問題はそこなんだよ。ペンシーのたいていの奴らは、女の子と性的交渉を持ったなんてし よっちゅう言うけど、それは言うだけなんだ たとえば、アクリーみたいにさ ところが、スト ラドレーターの奴は、実際にやるんだから。僕は、あいつがやった女の子を、少なくとも二人は直接 知ってるんだ。本当なんだ。 のべッドに寝るつもりなのか ? 」と、アクー 丿ーが一一一口っ
のこった、入ってみたら、うまの合わねえ修道僧ばっかしだった、てなことになりかねないからな。 とんまな下司野郎ばっかしでさ。あるいはただの下司野郎か」 僕がそう言うと、アクリーの奴、べッ トの上にがばと起き上がったね。そして「おい」と言うんだ な。「おれやなんかのことなら、なんと言われようとかまやしないが、しかし、おれの宗教のことを ッペコペ言いやがったら 「気にしない、気にしない、誰もおまえの宗教なんかッペコペ言いやしないよ , 僕はそう言って、 丿ーのべッドから下りたんだ。そしてドアのほうへ歩きだしたんだ。それ以上そこの間抜けな空気 にひたっておれなくなったんだな。でも、途中で足をとめると、アクリーの手をとって、盛大にイン チキな握手をしてやった。奴は握られた手を抜きとって「どういうことだ、これは ? と、そう言い やがったね。 「べつにどってことないさ。おまえがすてきな王子様なんで、感謝の意を表したいと思っただけさ そう僕は言った。それを僕は実に誠意のある声で言ったんだ。「おまえはまさにエースだよ、アクリ ー坊や。おまえ、自分で知ってるか ? 」 「キイタふうなことを言うな。そのうち誰かにその 僕は耳をかさなかった。そのままドアをしめて廊下に出ちまったんだ。 誰も彼も、寝てるか外出してるか、あるいは週末を過ごしにうちへ帰ってるかしてたんで、廊下は しーんと静まり返って、気が滅入りこむような空気だった。リーイとホフマンの部屋のドアの外に、
いうとだな、千ドルかけても、 しいけど、日曜日に大勢の生徒の親たちが学校へやって来るからなんだ。 みんなのおふくろが、愛するせがれに向かって、ゆうべはお食事に何をいただいたの、ってきくだろ う。するとせがれは「ステーキーって答えるーー・サーマーの野郎はそこを狙ったにちがいない。下司 な根性しゃないか。そのステーキなるものを見せてやりたいよ。ちっちゃくて堅くて汁気がなくて、 ろくに切れもしないんだぜ。ステーキの夜には、きまって、つぶつぶだらけのマッシュ・ポテトが出 るんだ。そしてデザートはプラウン・べティの ) なんだが、こいつは誰も食わなかったな。あ れを食うのはただ、そんなものしか知らない下級学校のちっちゃい奴ぐらいなもんだろう , ーー・それか らアクリーみたいな野郎か。これはまたなんだって食うんだから。 食堂を出たときには、でも、気持よかったな。地面の上に、雪が三インチばかし積もってさ、しか もまだ、気違いみたいに降ってくるんだ。すごくきれいだったよ。僕たちはみんな、雪投げをやった り、メチャクチャにふざけちらしたんだ。てんで子供つばいんだけどさ、でも、みんなほんとに喜ん でたな。 ・プロ 僕にはデートする相手やなんかいなかったので、僕と、それから、レスリングの選手のマル ッサードっていう友達とで、バスに乗ってエージャーズタウンへ行こうということになった。ハンバ ーガーを食って、もしかしたら映画でも見てやるかっていうんだ。どっちも、一晩しゅう、だまって 坐ってるのはかなわんと思ったんだ。僕はマルにアクリーを引っ張ってってもかまわんかってきいて みた。それを言ったわけはだな、アクリーの奴、土曜の夜には、なんにもしないで、ただ部屋にとし わら