「いったい、何の話をしてるの ? あたしにはさつばりわかんないわ」とサリーが言った。「あちこ ち話題がーーー .. 一 「わからんかなあ。僕がいま、ニューヨークやなんかにいるのはおそらく、君がいればこそなんだ ぜ。もし君がいなかったら、僕はたぶん、どっか遠いとこへ行ってるよ。山の中とかどこかへね。僕 がここにいるのは、君がいるからこそなんだぜ、全く 「うれしいことを言ってくれるのね、あんた」彼女はそう言った。しかし、彼女が本当は話題を変 えたがってるのがはっきりわかるんだな。 「いっか、君、男の学校へ行ってみるといい」と、僕は言った。「そのうち、ためしにやってごらん よ。インチキ野郎でいつばいだから。やることといったら、将来キャデイラックが買えるような身分 になるために物をおばえようというんで勉強するだけなんだ。そうして、もしもフットボールのチー ムが負けたら、残念でたまらんというふりを見せなきゃなんない。やることといったら、一日しゅう、 女の子と酒とセックスの話、おまけにみんながいやったらしい仲間を作ってかたまってやがんだ。バ スケットのチームの奴らがかたまる。カトリックの連中がかたまる。知性派の連中がかたまる。プリ ッジをやる奴らがかたまる。月間推薦図書クラブに入ってる連中までが自分たちだけでかたまってや がんだ。少し物わかりのい 「ちょっと待って」とサリーが口をはさんだ。「そんなことだけしゃなくて、もっといろんなことを 3 学校生活から得ている男の子も大勢いてよ」
それで奴は、本当に頭に来ちゃったんだな。でつかいとんまな人さし指を僕の顔の前にふり立てて 「いいか、ホールデン、前もって警告しておくぞ。これが最後だ。もしもおまえが黙らなければ、お れは 「しゃべってなぜ悪い ? 」と、僕は言った 怒鳴ったといったほうがいいだろう。「そういうとこ が、おまえたち低能の困ったとこなんだ。何事によらず、話し合うということをしたがらない。それ で低能かどうかがわかるんだ。何事によらず、知的に話し合 とたんに奴は、本当に一発くわせやがったな。僕は、気がついてみると、また床の上に転がってた のさ。ほんとにのびちゃったのかどうか覚えてないけど、たぶんのびちゃったんしゃないだろう。人 間、そう簡単にのびるもんしゃないからな、映画の中では別だけど。しかし、鼻からはすごく血が流 れてたな。目を上げてみると、ストラドレーターの奴、僕の上に乗っかるみたい ( こして立ってやがっ た。例の洗面用具をこわきに抱えてね。「おれが黙れって言うのに、どうして黙らねえんだ ? 」奴は そう言うんだよ。少し心配そうな声だったな。僕がぶつ倒れたときに頭蓋骨にひびでも入りやしなか ったかと、びくびくしてたんしゃないかな。入ってなくて残念だったよ。「おまえの自業自得だぞ、 チキショウメー奴はそう言った。いやあ、心配そうな顔だったな。 僕は起き上がるのもめんどくさくって、そのまま、しばらく、床の上に転がっていた。そして奴の ことを、低能のろくでなしってどなりつづけていた。僕はすっかり頭に来てたんだ。わめいてたって 言うべきだろうな。
「いや。もう荷物の中にしまっちまった。押入れのてつべんにある」 「ちょっと出してくんねえかよ。ささくれんとこを切りてえんだ」 奴は、ひとが荷造りしてあろうがあるまいが、押入れのてつべんに入れてあろうがあるまいが、そ んなことはてんでかまわないんだからな。仕方がない、僕は鋏を出してやったさ。おまけに僕は、そ のおかげで、死にそうな目にあっちまった。押入れの戸をあけたとたんに、ストラドレーターのラケ トがーーー木のプレスやなんかをそっくりつけたまんまーーー頭の上へもろに落っこってきやがったん だよ。ゴッンとでつかい音をたてやがってさ、痛えのなんのって。ところがアクリーの野郎、死ぬほ ど喜んしまってさ。ばか高いキーキー声を出して笑いやがんの。僕がスーツケースをおろして、鋏を 取り出してやる間もずっと笑いづめなんだな。こんなことがあるとーーー誰かが頭に石やなんかをふつ けられたりするとだなーーアクリーの奴、ズボンがぬげそうなほどおかしがるんだ。「おまえは実に 優秀なユーモアのセンスを持ってるな、アクリー坊やー僕はそう言っ工やった。「知ってるかい、自 分で ? 」そう言いながら、僕は、鋏を渡してやった。「おれをおまえのマネージャーにしろよ。きっ リーはでつかい角みた とラジオに出してみせるぜ」僕はまた自分の椅子に腰を下ろした。そしてアク つめ いな爪を切りだした。「テープルの上やなんかで切ったらどうだ ? ーと僕は言った。「テープルの上で はだし 切ってくれよ。今晩、裸足で歩いて、おまえのきたねえ爪なんかふんづけるのはごめんだからな」と ころが、奴は、平気で相も変わらず床の上で切りやがんだな。下司な野郎ったらありやしないよ、全 つの
後は君を学校へ連れて行くのはやめて、いっしょに散歩することにしたら、そんな馬鹿な真似はやめ るかい ? 」 それでも彼女は返事をしない。それで僕は同しことをもう一度言ったんだ。「今日の午後は学校を いことにするから、そんな馬鹿な真似はやめてくれるだろう ? 明 さばって、ちょっと散歩してもい 日からは、またいい子になって、学校へ行ってくれるよね ? 」 「行くかもしれないし、行かないかもしれない」彼女はそう言った。そして、通りを向こう側へい ちもくさんに、自動車が来るか見てみもしないで、駆けて行っちまった。彼女はときどき気違いみた いになっちゃうんだな。 彼女のほうで僕の後からついて来ることがわかってたからね。それ でも、僕は後を追わなかった。 , で僕は、その通りの公園側を、動物園をめざして、ダウンタウンのほうへ歩きだしたんだ。すると彼 女も、向こう側の歩道をダウンタウンのほうへ向かって歩きだした。僕のほうへぜんぜん顔を向けな かったけど、おそらく、目のはしつこから、僕がどこへ行くか、注意して見てるにきまってるんだ。 とにかく、僕たちは、そんな格好で、動物園までずっと歩いて行ったのさ。ただひとっ弱ったのは、 二階建てのバスがやって来た時で、通りの向こうが見えず、彼女がどこにいるやらもわかんなくなっ 僕は動物園 た。でも、動物園のとこに来たときに、僕は大きな声でどなったんだ。「フィービー に入るよ ! 君もおいで ! 彼女は僕のほうを見ようとしなかったけど、僕の声が聞こえたことはわ かってたんで、動物園に入る階段を下りかけながら振り返ってみると、フィービーは、通りを横切っ 324
とを考えることができたんだからね。おもしろいよ。先生に向かって話をするときにはだな、あんま り考える必要ないんだな。ところがだよ、スペンサー先生、僕がよたをとばしてるとこへ、いきなり 口を人れてきやがった。この先生は、人が話してると、きまって口を入れやがんだ。 「こういうことになって、いま君は、どういう気持でいるのかね、坊や ? わたしはそれが知りた ひとつ、聞かせてくれないかねー 「今度のことってつまり、ペンシーからおつばり出されたことやなんかですね ? 」そう言いながら、 僕は、先生が洗濯板みたいなその胸をかくしてくれないかなあ、なんて思ってたんだ。あんまりきれ なが いな眺めしゃないからな。 「わたしの誤りでなければ、たしか君は、フートン・スクールでも、それからエルクトン・ヒルズ いささかきた でも、問題があったと思うがー先生はそう言ったけど、これはいやみなだけしゃない、 ないよ、これは。 「エルクトン・ヒルズしやたいした問題もなかったんですー僕はそう言った。「おつばり出されたと かなんとか、そういうんしゃないんですよ。まあ、こっちからやめたようなもんです 「どうしてかね ? 「どうしてっていうんですか ? そりや、話せば長いことになるんですがね。つまりその、かなり こみ入ってるんですよー僕は、先生を相手に、一部始終を説明する気にはなれなかった。やってみた って、先生にはわかりつこないんだし、それにだいたい、 先生には関係ないことなんだからな。僕が つん
そんなことを言っちゃ、僕たちをひどくおびやかしたもんだよ、あの野郎。僕なんかは、そのうちに ホモゃなんかになるんしゃないかと思って観念してたね。ところでこのルースにおかしなことがある んだが、僕は、ルース自身が、ある意味で、少々ホモつほいんしゃないかと思うんだ。だってね、廊 しり 下を歩いてるとね、「このサイズで合うかどうかためしてみねえか ? , って言ってね、ひとの尻に指 を突っこむまねをするんだよ。それから、便所に入っても、あいつはドアをあけっ放しにしておいて、 こっちが洗面所で歯を磨いたりなんかしてるのに話をしかけてくるんだ。こういうのは少々ホモつば いからな。ほんとなんだ。僕は、学校やなんかで、本物のホモをずいぶん知ってるけど、そいつらは いつもそんなまねをするんだから。僕がかねがねルースのことをあやしいと思ったのも、それだから なんだ。でも、頭はなかなかいい奴だったね。それはほんとなんだ。 奴は人に会っても、ヤアともなんとも言わない男でね、腰を下ろして真先に言ったのが、二分ぐら いしかいられないよって、こうなんだな。デートの約束があるって言うんだ。それから、ドライ・マ ーティニを注文しやがった。そしてバーテンダーに、うんとドライにしてくれ、オリーヴを入れない で、って言ってやがった。 「おい、君のためにホモを一匹用意しといてやったぜ , 僕はそう言った。「バーの向こう端にいるよ。 まだ見ちゃだめだ。君のためにとっといてやったんだから 「ばかを言うな」と、彼は言った。「相変わらずのコールフィールドしゃないか、いつになったら大 人になるんだ ? 」 おと
忠告を与えてくれもした。それから、前に話したジェームズ・キャスルという生徒が死んだときに、 死体のそはヘ行ったのもあの先生ただ一人だけだったしゃないか。そんなようなことを考えたわけさ。 そして、考えれば考えるほど、気が滅入って来た。つまり、先生の家へ引き返すべきしゃなかったの かと、そんな気がしてきたんだよ。ひょっとしたら先生は、別になんの意味もなく、ただ僕の頭を撫 こんとん でていただけなのかもしれない。でも、考えれば考えるほどますます気が沈んで、頭は混沌となって いった。その上なお悪いことに、目までがひどく痛んできちゃってさ。寝が足りないもんだから、目 がまるで焼けるように痛いんだ。おまけに、風邪までひいてるみたいだったけと 。、ハンケチ一枚持っ てない。旅行カバンには何枚か入ってるんだけど、わざわざ金庫からとり出して、ひと前であけたり なんかするのはいやだったしね。 すぐ隣のべンチに、誰かが忘れて行った雑誌があったんで、僕はそいつを読みだした。雑誌でも読 んでれば、しばらくの間でも、アントリーニ先生やその他のいろんなことを考えなくてすむと思った んだ。ところが、僕の読みだした記事は、ますます僕の気持を滅入らせるのに役立ったようなものだ ったな。ホルモンのことしか書いてないんだよ。ホルモンの具合がよいと、顔から目からなにから、 全体がどんなようすになるか、それがくわしく書いてあるんだが、僕のようすはぜんぜんそれと違う んだな。ちょうど、その記事に書いてある、ホルモンの調子が悪いほうの人間とそっくりなんだ。そ こで今度は自分のホルモンのことが心配になりだしたね。それから別の記事を読んでみたら、そこに がん は、癌があるかないかを見わける方法が書いてあった。ロの中に、簡単になおらないただれがあった
のこった、入ってみたら、うまの合わねえ修道僧ばっかしだった、てなことになりかねないからな。 とんまな下司野郎ばっかしでさ。あるいはただの下司野郎か」 僕がそう言うと、アクリーの奴、べッ トの上にがばと起き上がったね。そして「おい」と言うんだ な。「おれやなんかのことなら、なんと言われようとかまやしないが、しかし、おれの宗教のことを ッペコペ言いやがったら 「気にしない、気にしない、誰もおまえの宗教なんかッペコペ言いやしないよ , 僕はそう言って、 丿ーのべッドから下りたんだ。そしてドアのほうへ歩きだしたんだ。それ以上そこの間抜けな空気 にひたっておれなくなったんだな。でも、途中で足をとめると、アクリーの手をとって、盛大にイン チキな握手をしてやった。奴は握られた手を抜きとって「どういうことだ、これは ? と、そう言い やがったね。 「べつにどってことないさ。おまえがすてきな王子様なんで、感謝の意を表したいと思っただけさ そう僕は言った。それを僕は実に誠意のある声で言ったんだ。「おまえはまさにエースだよ、アクリ ー坊や。おまえ、自分で知ってるか ? 」 「キイタふうなことを言うな。そのうち誰かにその 僕は耳をかさなかった。そのままドアをしめて廊下に出ちまったんだ。 誰も彼も、寝てるか外出してるか、あるいは週末を過ごしにうちへ帰ってるかしてたんで、廊下は しーんと静まり返って、気が滅入りこむような空気だった。リーイとホフマンの部屋のドアの外に、
って言うだろう。すると盗んだ相手は、狐にでもつままれたみたいな格好をして「手袋って、なんの ことだ ? 」ってきくにきまってる。すると僕はどうするかというとだな、奴の押入れに入って、どっ シューズかなんかの中に隠してあった奴をさ。そ かから、手袋を見つけてくる。たとえば、オーバ いつを取り出して、相手に見せながら、僕は言うだろう「こいつはおまえの手袋なんだろうな ? 」っ づら てね。すると相手は、何も知らんといったインチキ面をしやがって「そんな手袋は始めて見るぞ。お まえのだったら持って行けよ。そんなもの、おれは用はねえやーって言うんしゃないか。それから僕 五分間ばかしもそこに黙って立っている。手袋を手にしつかと持ったぐらいにしてんだけど、腹 あご こいつの顎を砕いてやるべきとこだ、 の中しや、こいつの顎に一発くらわすかどうかすべきとこだ なんて思ってんだな。ただ、そいつをやるだけの度胸がないってわけだ。黙ってそこに突っ立って、 しんらっ すごんで見せるのが関の山。すごく辛辣できたないことを言って、相手のむかっ腹を立てさせるぐら いはやるかもしれないーーー顎に一発くらわすことができない埋め合わせにさ。とにかく、もし僕が何 ルフ か辛辣できたないことを言えば、相手はおそらく立ち上がって僕の前へやって来て「おい、コー ぬすっと ィールド。おまえ、おれを盗人呼ばわりするつもりか ? 」って言うだろう。そう言われて、僕はどう 答えるかーーー「その通りだ、この、きたならしいゲジゲジ野郎め ! 」とでも言うべきとこだが、そう は言わずに、こんな具合にでも答えるんしゃないかな「おれが言ってるのはただ、おれの手袋がおま えのオー ーシ = ーズに入ってたって、それだけのことさ」ってね。すると、とたんに相手は、僕が なぐ 奴を撲りはしないことを見てとって「おい。このかたをつけようしゃねえか ? おまえ、おれを泥棒
りません。うまく説明できないんですー僕はそう言った。説明しようという気もあまりなかったんだ。 一つには、急にひどい頭痛がしてきたしね。それに、先生の奥さんがコーヒーを持って入って来てく れないだろうかと、待ち遠しい気持でもあったんだ。こういうことが僕にはひどくいらいらするんだ ロではコーヒーの用意ができたと言っておきながら、実際にはできてなかったりすることがさ。 「ホールデン : : : ひとつ、簡単な、多少しかつめらしい、教師根性まる出しの質問をするけどね。 すべてのものには時と場合がある、とは思わないか ? もしも、はしめに父親の農場のことを話しだ ふくぼ・、 したのならば、あくまで要旨を貫いて、それから次に、おしさんの副木の話に移る、と、そうやるべ きだとは思わないかね ? もしくはだ、おしさんの副木のことがそんなに興味をそそる題目なのなら ばだよ、最初からそっちを題目に選ぶべきしゃなかったのかなーー。農場しゃなくて」 僕は、考えたり答えたりなんかする気には、どうもなれなかった。頭は痛いし、気分も悪かったん だ。実をいうと、腹まで少し痛かったんだよ。 「そうですね , ・ーーそうかもしれない。たぶん、そうでしよう。たぶん、農場ではなく、おしさんの ほうを題目に取り上げるべきだったんでしよう、それが一番興味のあることだったらですね。でも、 僕が言いたいのはですね、たいていの場合は、たいして興味のないようなことを話しだしてみて、は しめて、何に一番興味があるかがわかるってことなんです。これはもう、どうしてもそうなっちゃう ことがときどきありますよね。だから、相手の言ってることが、少なくとも、おもしろくはあるんだ 7 し、相手がすっかり興奮して話してるんだとしたら、それはそのまま話さしてやるのがほんとうだと