る人々に対する価値や情報の提供者でもある」。 0 工コミュージアムの基本構造 工コミュージアムの姿形が見えないままに , 理念とか定義を先行して 述べてきた。その理由は姿や形は理念や定義の表現法であり , また理念 や定義に規制される面が多いからである。一例をあげておこう。 工コミュージアムにおいて住民参加の原則は理念ではあるが , それに は必然性がある。これから述べるサテライト・ ミュージアム (satellite museum) とよぶ衛星博物館は , その多くが地域社会に散在する住民が 所有する住宅であったり , 民間会社の工場であったりする場合が多い。 これらの施設をエコミュージアムの一部施設としてとり入れ工コミュー ジアムを構成する場合には , 住民参加は厭が応でも必然的なものになる のである。従来型の伝統的博物館界で喧伝されている博物館主催の行 イベント 事 , 催物参加という参加型博物館とは基本的に異なる運営参加を意味 し , 運営参加なしにはエコミュージアムは動くことができないところに 特性がある。 ( 1 ) テリトリ—(Territory) . 境界領域 生態学用語である動物のなわ張り , 占居範囲 , 生活圏を意味し , 人間 社会に置き換えた場合には文化圏 , 行動圏 , 生活圏などになろう。行政 圏とは必ずしも整合しない場合もある。工コミュージアムの場合は , 資 料は現地保存が原則となっているのでエコミュージアムが対象とする資 料 ( サテライト ) の分散範囲を境界領域と定め , その区域内をテリト リーとよんでいる。テリトリーの広がりには制限はなく , 一市町村内に 第 1 部概論 13
ら発 サ ス オ 1 - 見 セ フ る路 ト ヌ の 通解 自 工 然 路説 コ 観 沿板 い tn ユ 数 文寸 シ 象 2 ・ア 多 く と ム て た て , 木靴をつくるんです。それから風車が回っているという地域 特性があります。国境を越えてもそういうところには風車が回っ ていて , 木靴をつくって , いまはもうあまり履いている人はいま せんけれども , 木靴の工場がたくさんあります。どうしてあんな にあるのか。お土産品は多いでしようけれどもね。そういう生業 を営んでいるのは , テリトリーを決めるときの基準になってい る。俗に言えば文化圏だろう。どうも行政圏ではなさそうです。 まぎ第し一「 ・池田 日本でいろいろなことが行なわれる場合 , 結局 , 市町村とか都 道府県という行政単位になるけれど , 町村合併されていたり , 県 によっては旧幕藩体制がそのまま残っているように思えるところ があるからテリトリーの基準には向かないようです。そういう意 味ではいま言われた文化圏 , あるいは経済圏がテリトリーのイ メージとしてはいちばんわかりやすいですね。 ・新井 結果的には行政圏は無視できない基準になるでしようが , 始め から行政圏にしばられることなく , テリトリーの本来の意味に立 ち戻って多角的に考えた方がよいでしようね。 第 2 部座談会 87
哲学 , 概念の問題。精神的なものです。そちらから決めていく決 め方です。堅くなるけれども , たとえばいまの住民参加の問題と か , 住民参加にもいろいろありますから , 具体的に本当にどうい う参加をしているのか。チェックして , こういう参加であれば工 コミュージアムになり得るだろうとか , なり得ないだろうという 判断が , ソフトの面からできるだろうと思うんです。 もう 1 つはハードの面で , 工コミュージアムの組織や構造が , テリトリーがある。要するに縄張り , 領域がちゃんと用意されて いて , そのテリトリーのなかにコア・ミュージアムがあって , サ テライト・ミュージアムがあって , さらにコア・ミュージアムの なかの構造 , サテライトはどういうものからできているか , いろ いろなバラエティがあるのが望ましい。それも私はわからないけ れども , もし基準をつくると言えば , 少なくとも 3 種類以上のサ テライトを持つべきであるとかね。そうなれば非常に人工的なも のです。これはやはり行政がタッチしていかなければ , ちょっと 権威がないですから , 行政が入って , そういうものをつくってい けば , 工コミュージアムになり得る最低の構造になっているか , なっていないかの判断ができて , それをクリアしていればよろし いとか , 大きく見て哲学的というか , 理念的というか , そういう ソフト面からの条件が全部抜き出されて , こういう条件が合って
⑤図書室 ( 各サテライトに関連する図書・文献・ガイドブック等 ) ⑥実験・実習室 ( 地域住民の生活改善 , 生産技術振興等にかかわる 研究テーマが実験 , 実習できるような施設 ) ⑦保護センター ( 自然遺産 , 文化遺産 , 産業遺産等の保存科学的研 究とその実施及び環境保全と創造 , 復元等の研究と実施 ) ⑧講堂 , 映写室 , 教室 ( 50 ~ 100 人程度収容できる室でオリエンテー ション・ルームを兼ね利用者にオリエンテーション用の映像を時間 を決めて公開する ) ⑨会議室 ( 特定のテーマについて会議ができる 10 ~ 20 人収容できる 会議室を 2 ~ 3 室用意する ) ミュージアム・ショップ ( 土産品売店のことで市販品はなるべく 避け , 工コミュージアム独得の個性的なものを開発し利用者に提供 することが望ましい ) コア・ミュージアムは人工的に建造するのが原則であるから , 立地条 件の良い場所を選ぶことができる。工コミュージアムに来る交通の便の 良いところ , 工コミュージアムから各サテライトへの交通の便の良いと ころなどが主要な条件となるであろう。 ( 3 ) サテライト (SateIIite) , サテライト 衛星博物館 前述したテリトリーの中には当該地域を代表する地域持性としての遺 産があり , その遺産はテリトリー内に散在している。それらの遺産は現 地保存が原則となっているので , 移動させたり集中的に 1 カ所に集めた りすることはできない。それをやってしまうとエコミュージアムではな くなってしまうのである。文化財的民家や建造物を移設して 1 カ所に集 め展示している博物館 ( 例えば愛知県の明治村 , 川崎民家園 ) は全国各地 にあるが , あれはオープンエア・ミュージアム (open-air museum) とよび , ェコミュージアムと明確に区別している野外博物館なのであ る。テリトリー内で現地で保存している遺産のことをエコミュージアム ではサテライト (satellite) またはアンテナ (antenna) とよんでいる。 第 1 部概論 1 5 ・ニュージアム (Satellite Museum):
あるもの , 市町村をまるごとテリトリーと定めるもの , 数市町村にまた がるもの等さまざまである。スウェーデンのベルグスラーゲン・エコ ミュージアムのように , 東京都の 3 倍以上の面積 ( 7 , 500 扁 ) を有し 2 県にまたがるテリトリーを有するものまである。伝統的博物館の敷地に 該当するものであるが , 境界を示す塀とか壁とか柵などは設けていな テリトリーを設定する場合には柱となる地域特性を明確にしておく必 要がある。山とか川を核にした自然特性 , 文化とか建造物を核にした文 化特性 , 地場産業とか鉱山 , 工場跡を核にした産業遺産等であるが , 現 実的には核をとりまくその他の遺産が複合的にとり人れられることによ り多彩な色どりになるであろう。工コミュージアムの基本構想を立案す るときに十分検討されるべき課題である。 ( 2 ) コア ( Core ) , コア・ミュージアム ( Co 「 e Museum) 核 ( 中核博物館 ) ェコミュージアムの本部的機能の役目を果すものとしてはコア ( 核 ) またはコア・ミュージアム ( 中核博物館 ) がある。この施設は物的資料 の保存とか展示を中心とするものではなく , 後述するサテライト間の ネットワーク , コアを中心としたチームワークの活動の中心としての企 画や実施をつかさどるものであり , かっ工コミュージアム内外との情報 の交換や伝達の基地としての機能を果たすものと見ることができる。 核施設内には次のような施設や設備が必要であると言われている。 ①本部事務局 ( 企画 , 財政 , 事業 , 会議 , 委員会 , 普及 , 管理 , 運 営等を担当 ) ②研究室 ( 住民生活の向上 , 地域環境特性 , 産業開発等 ) ③資料情報センター ( 伝承情報 , 災害史情報 , 文化史情報 , 民俗史 情報 , 歴史情報 , 地場産業情報等 ) 等記憶 , 記録資料の収集と発信 ④展示 ( 実物展示は各サテライトで実施しているので , こでは各 サテライトを紹介するインフォメーション展示程度とし , 訪問者の 便宜をはかってやる各サテライトの概要と交通案内に重点を置く展 示とする )
住民はエコミュージアムのような地域特性をベースにした地域振興策を 渇望するムードがただよっていたこと。時のポンピドゥ政権 ( 1960 年 代 ) の環境大臣ロべール・プージャッド氏は進歩的思想の持ち主で , 中央と地方の経済格差の是正策として全国に 25 カ所の地方自然公園を設 置してエコミュージアムの導入を促した。この地方分権制度がエコ ミュージアムの壮大な実験を成功させたとみることができる。現在 , フ ランス国内には 50 カ所程のエコミュージアムがあるが現在のフランス政 府 ( 再び中央集権の色彩が濃い ) が認めているものは 31 カ所と言われてお り , その大部分は地方自然公園 (régional nature park) を中心とした テリトリーを持っ工コミュージアムであることをみても , フランスの工 コミュージアムの性格を知ることができる。このようなエコミュージア ムを自然公園型工コミュージアムとよんでいるが , 自然現象とか自然史 の遺産のみをサテライトにしているものは皆無で , ロゼール山国立公園 内にあるエコミュージアムでさえ , 人間と自然とのかかわりあいの証拠 や遺産を大切に保存し展示している。 フランス北西部 , 大西洋上に浮かぶウェッサン島・エコミュージアム (Ecomusée de I' ile d' Ouessant) はアーモリック地方自然公園 (Parc Naturel régional d' Armorique) 内にできた ( 1968 ) 工コミュージア ム第 1 号である。彼の有名なグランド・ランド・エコミュージアム (Ecomusée de la Grande Lande) はポルドウ市の南 90km の広大な松 林からなるガスコニュ地方自然公園 (Parc NatureI régional des Landes de Gascogne) の中にある 19 世紀末の農家集落と当時の住民 の生活様式を今に伝えるものである。 セーヌ川の河口近くにあるバスーセーヌ・エコミュージアム ( 1974 設 立 ) (Ecomusée de la Basse-Seine) はプロトン地方自然公園 (Parc Naturel régional de Brotonne) を中心として展開しており , テリト リーの広がりは 55 市町村におよんでいる。サテライトとしては地方博物 車 , パン焼きの家 , 工テラン城 , 歴史の小径 , 養魚地の小谷 , 発見の小 の家 , 木靴作りの家 , 鍛冶屋 , リンゴの家 , 亜麻 ( リンネル ) の家 , 風 館 , 海洋博物館等この地方に既にあった施設も包含し , それに , 手工業 第 1 部概論 21
スウェーアン スウェーデンにエコミュージアムの概念が人ったのは 1970 年代に入っ てからで , 1972 年ポルドウで開かれた「博物館と環境」の国際会議での 採択事項が基盤概念になっている。そして 1975 年にエコミュージアムの 第 1 号と言える , バスターポーテン・ミュージアム (Västerbotten Mu- seum) がラップランドのヨックモック (Jokkmokk) に設置された。 の博物館はラップランドという自然環境 ( 国立公園 ) と , そこに住む サーメ人 (Same) の生活を中心としたエコミュージアムのモデルと言 われているが , 館名としてはエコミュージアムという表現はしていない ようである。 名実共にエコミュージアムが誕生したのは 1991 年ストックホルムの 西 , バストマンランド県とダーラナ県にまたがるべルグスラーゲン・エ コミュージアム (Bergslagen Ekomuseum) である。このエコミュー ジアムは世界最大級のテリトリーを持つもので長さ約 150km ・幅約 50 km, その面積は 7 , 500 扁に達する。地域特性と博物館の顔に当たる主要 テーマは 800 年の歴史を持っ鉄鉱山と製鉄産業と , それらの物資を輸送 した運河である。それらの産業に関連したサテライトは現在 52 施設であ るがテリトリー全域に分散しているので , 車を使って回っても全部のサ テライトを見るにはかなりの日数が必要である。筆者は 2 泊 3 日の日程 で車による視察を行ったが 10 カ所のサテライトを見学したのみであった から , 全部のサテライトを見るためには 2 週間以上の日数が必要にな る。 スウェーデンのエコミュージアムを語るとき , 忘れてはならないもの に , ストックホルム市郊外のスカンセン・オープンエア・ミュージアム (Skansen Open-air Museum) がある。この博物館はエコミュージアム に先立っこと約 100 年 , 1891 年に設置された資料収集型の野外博物館で あるが , 世界のオープンエア・ミュージアムの元祖であると同時に , リ ヴィエールが発想したエコミュージアムの着想の原点にあったものでも ある。スウェーデンには収集展示型の野外博物館のモデル ( スカンセン )
資料 7 伝統的博物館園とエコミュージアムの比較図 伝統的博物館 劇ー■ ! 新一■ー第翦■ー 1 ■■ 1 ■Ⅱ■ ll ・ ・建物 伝統的博物館園 ( 資料収集・保存・展示型博物館園 ) 専門 研究者 見学者 見学者 野外博物館 ( Open-air Museum ) 動物園 (Zoo) 見学者 ( c ごノー ) ー ) 工コミュージアム (Ecomuseum) エコミュージアム ( 現地保存型野外博物館 ) ・い核博物館 (Core) 来訪者 テリトリー ( 無柵境 ) 138
・新井 テリトリーというのは本来 , 生態学の用語である特定の種の生 活圏 ( 縄張り ) のことですから自然発生的にできるものなんで す。動物の場合は家族単位で棲み分けている場合が多いようです ね。 ・池田 地形なのか , それとも行政区画なのか。 ・新井 一般的に言えるのは , 生活圏とか , 文化圏だと言われていま す。要するに同じ生活 , 同じような職業を持って , 同じような利 益集団になっているような集落。それから同じような方言を使っ ている。同じような習慣 , 年中行事も仕事も内容も。フランスは 農業国ですから , 農業のなかでもたとえばサクランポを非常によ くっくる。バスーセーヌの付近はサクランポがものすごくよくで きるところでしてね。そのサクランポ地帯がエコミュージアムに カバーされている。 あとベルギーからオランダから , ずっとドー ー海峡に沿っ
・新井 ェコミュージアムは本質的に地域社会 ( テリトリー ) に根ざし ておりますので , 地域特性が最も重視されます。地域特性は名の 示すとおり場所によって千差万別ですから , 形態の上では世界 中 , 同じものはありません。したがってエコミュージアムも同じ ものができるはずはありません。町により村によって個性のある 工コミュージアムができることになります。問題はエコミュージ アムのコンセプトです。ェコミュージアムは人間の博物館とも言 われておりますし , 地域住民の心を映す鏡であるとも言われてお ります。この辺は従来型の伝統的博物館とは根本的に異なります ので , さきほど来申し上げましたエコミュージアムの定義とか基 準等を十分理解して , プロジェクトを組む必要があると思いま す。さらに大事なことは設置の進め方ですが , 行政と住民が一体 となることは日本ではかなりむずかしい作業になりますので , 中 心になる方々が十分に配慮をして進めていただきたいと思いま す。 ( 終 ) 第 2 部座談会 1 25