パネレ們進化の背後には " 中立な。突然変異があるのか 中立突然変異についての理論は、いろいろなかたちで発展してきた。簡単に一一一一口えばこの理論は、突然変異の多 というこ くは有益でも有害でもなく、したがって自然淘汰によって選択されることも捨てさられることもない、 とである。そうであれば、それら中立な突然変異は、ある率で集団中を浮動していることになる。そしてその率 は計算できるはずである。そのような突然変異一個が次世代まで残る確率は約三分の二、一〇世代目まで存続す る確率は約七分の一、一〇〇世代目まで生き残る確率は約五〇分の一、一〇〇〇世代の間生き残る確率はわずか 一〇〇〇分の一となる蜀 しかしながら確率論がわれわれに教えるところによれば、ときおり偶然に、数多くのそのような突然変異が、 集団中に「固定」されることがある。しかもこれは、集団の規模が小さいほど起こりやすい。このことは、エル ンスト・マイヤーの言う、分布域の周辺の隔離された小集団で進化が起こるという考えによくあてはまる。「い くつかのすぐれた特性を持っということでそうした個体が毎世代選択されていくと、中立に近いものや若干有害 なものさえも含めて、それらの個体が持っ他の遺伝子も同時に自然淘汰によって選択されてしまう。そのような 選択がきわめて小さな遺伝子給源で起こると、偶然の要素が働いて、最適なものからかなりずれた遣伝子型 ( 個 体の遺伝的組成のこと ) が生き残ってしまうことがある。 こうした遺伝的浮動は、ショウジョウ・ハエの剛毛数とかはねの色の変異などといった、個体の生存には影響し いくつかの形質の発現にかかわりがあることがわかってきた。激しい論争の的にはなっているが、この説は、 次の章で論議する問題を「解く」ためにも使われてきた。その問題とは、関連のない数多くの有益な突然変異が、 一世代のうちにしかも同一個体で同時に起こることが必要らしい、ということである。その仮説によれば、それ
の「セントラルドグマ」を確立した。かれらの仕事は、近代科学のもっとも偉大な知的達成と呼んでよ いだろう。それによって、親の特徴が子へ受けつがれる方法が分子レベルで解明されたのだから。 それに劣らず重要なのが、遺伝子の全体像を明らかにした最初の人でノーベル賞を二回受賞した、ケ ンプリッジ大学のフレドリック・サンガーの仕事である。かれの研究によると、大部分の突然変異は Z< 中の「文字」列の文字が一個だけ変化したもので、そういう突然変異 ( 「点突然変異」と呼ばれる ) がタンパク質に観察可能な変化をもたらす。遺伝子からの指令が変更されたことによって、それまでと は異なる種類のタンパク質が作られるのである。したがって、突然変異が化学変化をもたらすという、 分子レ・ヘルでの原因と結果の証明がなされたことになる。 一九四三年初頭のアメリカ合衆国では、・・ルリアと・デル・フリュックによって画期的な実験 が行なわれた。その実験結果は、ネオ・ダーウイニストたちの大きなよりどころとなっている。細菌が 突然変異によってウイルスの攻撃に対する抵抗性を獲得することが示されたのである。すなわち、小進 化が分子レベルで起きることが明らかになったのだ。ロンドソ大学クイーン・エリザベス・カレッジの 生化学者ジェフリ 1 ・玉ラードによれば、「この実験によって、環境による淘汰が働く前に変異が生じ ることが決定的に証明され、ダーウイニズムは強固な分子的土台の上にすえられた。進化理論を遺伝 学的に強化する他の実験的証拠は、遺伝子の発現回路が「入」になったり「切」になったりすることが あるという発見によってもたらされた。この場合の一突然変異 ( あるいは、変更された指令 ) は、サン ガーによって示された「一個の文字」の変更よりもたぶん大きい効果を持っている。おそらくこれが、 変異の発生を加速し、大進化の基礎を提供するしくみなのだろう。⑩
ハネル仙突然変異に何がてきるか 進化の唯一十分な原動力は突然変異による遺伝子の置き換わりである、という考えに対する最大の反対理由は、 突然変異はすべて実際上明らかに有害であり、その変異個体を有利にするどころか不利にしてしまう、という事 実である。突然変異を誘発するもっとも強力な原因は、 >< 線である。奇形や血液の病気のために幼くして死ぬ運 命を背負って生まれてきた広島の子供たちの悲劇を、思い出してもみよ。適者生存という規則が支配する生物界 での生存竸争を、 >< 線を浴びた個体の子孫が勝ち抜いていくことはありえないことが、十分了解できよう。 マックギル大学の生物学者 O ・・マーティンは、体の代謝機能に対する線の影響のしかたを、めちゃくち やになぐるけるされた人体にたとえた。かれが言うとおり、その後いくらか回復されることはあるにしても、 線が与えるものは損傷以外のなにものでもないのである。 「激しくこづきまわせば肩が脱臼することだってありうる。さらにこづきまわせば、脱臼したその肩がいくら かもとに戻ってしまうことだってありうる。」かれはさらにこれに続けて、「まともな人ならば、それを、人をこ づきまわしても害はないという例にあげたりはしないだろう。またそれが、こづきまわすと普通の人間よりも状 態をよくすることができる証拠だなどと言う人もいまい」と語った。 8 そこでかれは、突然変異は進化とは何の関係もない病理的過程であり、まれに有益であると証明されたもので 利 も、それは一般的な進化機構に組み入れられることのない孤立したまぐれ当りであった、と結論した。 セオドシウス・ドプジャンスキーでさえ、逆の結論を引き出してはいるものの、次のことは認めた。「実験室勢 形 内で生じたものにしろ自然集団中に保存されているものにしろ、突然変異の大半は、生存能力の低下や遣伝病、 奇形を生み出す。そのような変化は、とても進化の構築材とはなりえないであろう。」 3
集団遺伝学者に向けられてきた批判の一つは、生物界の基本単位として遺伝子、分子、細胞ばかりに 目を向けてきたために、自然がつくりあげてきた全体像に対する視野を欠いている、というものである。 。ヒーター ・ソーンダースとメイウオン・ホーの二人は、現代進化学のそうした取り組み方に不満を表 明する数多くの論文を、「ジャーナル・オブ・セオレティカル・く ノイオロジー ( 理論生物学雑誌 ) 』を中 7 章 , - ・ - ーー生物の規則性 現代の生物学者の中には、突然変異を目にするとすぐに進化を問題にする者がいる。それは、か れらが次のような論法を暗黙のうちに認めているからである。すなわち、突然変異は進化にかか わる唯一の変異源である。すべての生物は突然変異を起こす。ゆえにすべての生物は進化する。 しかしながら、こんな論法を受け入れるわけこよ、、 。。し力ない。なぜなら第一に、その前提は明白で もなければ一般化できるものでもないからである。第二に、その結論は事実と一致しないからで ある。突然変異がいかに多く起ころうと、 いかなる種類の進化も生じはしない。 。ヒエール・ポール・グラッセ著『生物の進化』より 212
までは動物の中で眠っていた複数の中立な突然変異が、一つの新しい突然変異によって「活性化」され、突如と して淘汰上有利になることがある。例のキリンの首の例は、次のように仮定することで説明できてしまうことに もなる。何千世代にもわたる間に、がんじような気管や筋肉や大きな心臓を生み出すのに必要な一連の突然変異 が蓄積した。さしあたりそれらに「必要性」はないのだが、それらはある確率で集団中に固定されてゆく。その 後、長い首を生じさせる突然変異が起こると、長い首を支えることのできるそうした機構が時機を得て活動を開 始する。これがはた目には、関連のない複数の突然変異が同一個体に同時に起こったように見えるのである。 中立な突然変異が起こる頻度やそれら複数のものが同時に起こる確率を明らかにするために、数学上の多大な 努力がはらわれてきた。この理論の問題点は、これは集団遺伝学全体にも一一一〔えることなのだが、数学を使ったゲ ームをやることで、そうしたいと思うことはほば何でも「証明」できてしまうことである。大英自然史博物館の コリン 。ハターソンは、これを次のようにうまくまとめた。 自然淘汰によるダーウイン流の進化に基づけば、すべての遣伝子が自然淘汰にさらされてきたし、現在もさ らされているために生物は現在のような姿や習性を持っている、ということになる。つまり、すべての遣伝子 が個体の生存や繁殖にとって有利かどうかということで除去されたり選択されてきた、と考える。 この考えに基づけば、現在の生物の諸形質はすべて生活上有利なものである。これは、検証可能であるから 科学的な理論である。一方、「非ダーウイソ流」の偶然的進化を唱える中立説の方は、生物の特性の一部は生 存に中立あるいはわずかに不利に働くため非適応的であると考える。そして、そのような特性をつかさどる遺 伝子は、集団中で偶然に支配される変動を続けているだけのものか、あるいは集団がかって大幅にその個体利 数を減少させたときに偶然に固定されたものである、と予測する。 形 この二つの理論が進化的変化の一般的説明として組み合わされると、それはもはや検証可能ではなくなる。 まず自然淘汰の理論について言えば、たとえいかに多くの例が自然淘汰の説明に合わなくても、その理論は何
染色体の跳躍 これまでゴールドンユ ミットの考えに向けられてきたおもな反論は、突然変異によって作り出された というものである。つまり、たとえその 一個体の怪物が集団全体に影響をおよばしうるとは思えない、 個体が兄弟姉妹よりも「適者」だったにしても、それがもっ特性は集団全体の中でうすめられてしまい、 集団そのものは以前と少しも変わらないことが予想されるのである。そうならずにそういった特性が集 団中に存続する機構はいろいろと提案されているが、それについてはあとでふれることにする。しかし そのことは別にしても、進化上の大変化はわずかな「改良」の蓄積によってではなく大規模な跳躍によ って起こるのだということと、そうした変化が起こる可能性がもっとも高いのは胚発生の時期であるこ とを見抜いていた点で、ゴールドシュミットの評価は高まりつつある。 アメリカの遺伝学者たちの研究により、重要なのは点突然変異 ( 遺伝暗号中の一文字の変化のことで、 これが加算されて最終的に新しい種類の生物が生じるとされている ) だとのネオ・ダーウイニストの主 張には合わない、むしろゴールドシュミットの考えの方にあてはまる事実が見つけられてきている。な かでもカリフォルニア大学・ハークレー校のアレン・ウイルソンは、ネオ・ダーウイニズムにもっとも強 烈な打撃を与えると思われる事実を明らかにしている。統計的に見て点突然変異と大進化は互いに何の 関連もなさそうなのである。 異 地 点突然変異の蓄積速度は、調べられたどのグループの生物でも同じなんですよ。これは、この調変 査結果が受け人れられるまで少なくとも一〇年ぐらいはかかりそうな、それほど衝撃的な発見でし た。点突然変異はそのように着実に蓄積していくのですが、形態上の変化の方は生物の種類によっ
いことを見抜いていた。かれも種内の漸進的、連続的変化に関する限りは総合説に異を唱えはしなかっ た。しかし、鳥のつばさとか哺乳類の眼などの進化はそれでは説明できないと考え、そのような例を数 多くあげた ( パネル ) 。 かれは次のような意見を述べ、それによって正統派進化論者の怒りをかった。かれが言うには、つば わいしよう さや眼などをはじめとする大進化は、双頭のヒッジとか矮小なウサギといった見せ物に出せるような 「怪物」をつくりだす突然変異によって突然生じたのだという。そのような突然変異体のほとんどは生 き残れなかったろうということは、かれも認めていた。だが成功する怪物もごくまれにはいたはずで、 そうやって新しい種が生じることになったのではないかと、かれは考えたのである。そのようにして新 しく登場する突然変異体のことを、かれは「前途有望な怪物」と呼んだ。 ゴールドシュミットは、実際に語ったことだけでなく語りもしなかったことに対してまで攻撃された。 今日でも、一般的な教科書にかれを評価することばがのることはほとんどない。しかし、進化はネオ・ ダーウイニストが考えているように小さな変異が徐々に蓄積して起こるのではなく、もっと急速に起こ るのではないかと考えている研究者たちは、ゴールドシュミットの著作の中に賞賛すべき多くの点を見 いだし始めている。「ゴールドシュ、 トの″前途有望な怪物″とは、たった一回の遺伝的な変化で新し い生態的地位の占有と繁殖隔離の発達とを同時に実現する突然変異のことなのだが、まったく受け入れ異 変 ・、たい概念とはもはや思えない」と、テキサス大学のガイ・ブッシュは一九七五年に書いている。 天 ゴールドンユ ミットの主著『進化の素材』の中心テーマは、胚発生期に生じる小さいが重大な遺伝的 変化は成体になるころには大きな変化となって現われることがある、というものである。ゴ 1 ルドシ = 新
今やその答はかなりはっきりとした形をとってきた。要点ごとにネオ・ダーウイニズムと対比させて 示すのがおそらくもっともよいだろう。 新しい生物学 物理化学の法則が生物の形態形成を支配して いるのであって、偶然に左右されることはな 動植物界に見られる形態の類似性と共通の構 造を調べることが、進化を理解するうえの基 本となる。 数学によって導かれる理論によれば、進化上 の大規模な変化は突然起こりうる。 胚発生の研究によって、形態形成と形態変化 の基本法則が明らかになるだろう。 生物とその環境は分かちがたく結びついてい る。環境がおよばす効果 ( たとえば母性効果 進化は徐々に進行する過程であり、有益な遣 伝子突然変異が累積することによって起こる。 進化を説明するには、集団内の成体に見られ る変異を研究すれば十分である。 遺伝子は不可侵の存在であり、この遺伝子に 生ずる突然変異に働く自然淘汰が、進化上の ネオ・ダーウイニズム 形態は遺伝子によって決定されているのであ って、変異の源は偶然生じる突然変異以外に 求める必要はない。 生物間の差異を測定することによって、それ らの起源と類縁を探ることができる。 241 生物の規則性
ここでダーウインの理論にとって重要なことは、生殖細胞中の遣伝子が世代から世代へと受けつがれ るということである。生殖のさい、ある個体の遺伝情報は同種の他個体の遺伝情報と混ざり、それそれ の半分ずつが子供に伝えられることになる。したがって、一遺伝子と一表現型という一対一の対応関係 を想定した点でメンデルは問題を単純化しすぎてしまってはいたが、基本的な点では正しかったのであ る。遣伝子や遣伝子複合体は、そのまま親から子へと受けつがれる。これが、子供がその両親に似てい る理由である。 一九〇〇年にメンデルの研究が再発見されるにおよんで、ダーウインの理論は突如として再びその根 拠を得たかに見えた。しかもその後、遣伝子はまったく偶発的に何回かに一回は複製ミスをおかすこと が発見された ( 今では、約一千万回の細胞分裂に一回の割であることがわかっている ) 。このミスは突 然変異という名で知られており、そのほとんどは有害である。病弱だ 0 たり奇形の動物や植物ができて しまうのだ。そういった個体は、自然淘汰によって除去されてしまうため、その種の中で生きのびるこ とはない。だが突然変異の中には、ごくまれだが有利なものもある。 ダーウインの追随者は、進化に関与するのはそうしたごくまれに生じる有利な突然変異である、と信 ずるにいたった。かれらに言わせると、そのような有益な突然変異と有性生殖による遣伝子の混合 ( 。 ( 制 ネル 5 参照 ) とで、地球上に現存するおそろしく多様な生物のすべてがいかにして共通の遣伝源から生 じてきたかを説明することができるという。偶然生じた有利な突然変異が、自然淘汰によって選択され然 ることによって集団中に徐々に広がり、地質学的な時間の経過の中で新種が形成される、というのがそ の理論の大要である。ダ 1 ウインが考えたことを支持するしくみを、遣伝学が提供したのである。
強度と頻度で線照射された結果、突然変異率はときに通常の一五〇倍にもなった。そうした中で、体 ゃあしが長くなったり短くなった ( 工、はねが奇怪によじれた ( 工、眼のかわりにあしがついてしまっ たハエなどが顕徴鏡下で確認されてきた。 やそのがおさまっている染色体についての知識ということで言えば、このような研究か ら得られたものは計り知れなかった。だが、進化論への適用ということになると、前記の選抜育種の場 合と同じく、この結果にも多くの不満が残る。 ともかく、突然変異率はおそろしく増大したにもかかわらず、ショウジョウ。ハエは依然としてショウ ジョウスエのままなのである。それに加えて、何百万もの突然変異のうち親の系統よりも「適者」と判 定されるものはわずか二種類だけで、それにしたところでその判定には多くの疑問がある ( 。 ( ネル 6 ) 。 小規模な遺伝子の置き換わりによって進化が起こると確信しているエルンスト・マイヤーは、ショウ ジョウ工を使ってある興味深い研究を行った。だが、皮肉なことに、それはかれの確信とは逆とも思 える結果を生み出してしまった。かれは、通常は平均三六本あるショウジョウ。ハエの剛毛の数を増加あ るいは減少させようとして、剛毛数の多い ( 工どうし、少ないハエどうしでの交配を繰り返した。そし て、三〇世代後に下限の二五本に達し、二〇世代後に上限の五六本に達した。ところがその後、ショウ ジョウバエは急に死に始めてしまった。そこでマイヤーは、選択的な交配をやめ、ハエのなすがままに しておいた。すると五年もたたないうちに、剛毛数はほばもとの平均数に戻ってしまったのである。 ホメオスタシス こうした変化への抵抗性には、「遣伝的恒常性」の名が与えられ、ほかの文献中にはもっと不可解な 例さえのっている。⑥ある注目すべき一連の実験では、突然変異個体どうしを対にすることによって、 67 自然の制約