抽象的思考ーー「わからない」の考え 南半球の若者たち② 取材をつづけていくうちに、なるほど聞きしにまさるほどこのオーストラリアという国は。フラ グマティックだ、と感しだした。それはプラグマティズムという言葉を知らないほどプラグマテ ィックなのである。 われわれをエスコートしてくれたローズリンというかわいいお嬢さんは、日本語がすばらしく よく話せた。彼女の日常会話は日本語で全く不自由感がない。日本とオーストラリアの交換留学 生として、日本に一年留学しているためか、日本の事情にもよく通じていた。エスコートとして は申し分のないお嬢さんだった。ところが非常に面白いことに彼女は哲学という言葉を知らなか 僕は同じ日本の二十一歳ごろの若者を思い出した。オーストラリアに来る前、オーストラリア から日本の若者を取材に日本にやってきた新聞記者がいた。 僕はその新聞記者の依頼に応じて、英語の話せそうな大学生五人をつれていった。彼らは英文 科であったり、英会話の練習にいったりしていた。 141

のようにまでらん熟したアメリカの本である。アメリカにおいてどうしたらしあわせになれるか というような人生論の本に書かれてあることが、これから無限の発展の可能性をもち、アウトバ ックというフロンティアをもっオーストラリアの若者にもあてはまることに二十世紀の世界の若 者の特徴があるのかもしれない。 僕はこうした若者のなかにある共通性がオーストラリアという環境のなかにあって、日本や ノ 0 、、 , あるいはアメリカとどう異なったあらわれ方をするのかということに、これからの 取材の関心をいだいた。 どこの国が好き ? 「そうねー、アメリカよりヨーロ、 どうして さ 「アメリカより静かで落着いているでしよ」 前 、いかにも日本の大学生たち、つまり若き知識人と同じになって この言葉だけ書いてしまうと た しまう。だが日本の大学生たちのある部分がアメリカという時の軽べつの語感は彼女にはない。 いかにもサラリとしている。だいたい皆同じである。 外国に対して日本人のように複雑な反応の仕方を彼らはしない。日本がいいか、アメリカカし < 0 いか、と日本人に聞けば、日本がいいという人のほうが多い。もちろんアメリカでなくても、日 とにかく日本と外国のうち一カ国をとって、どちらがよいかと聞くと、 本とイギリスでもよい 日本をえらぶ人のほうが多い。しかし、正直とか、ウソつきとか、道徳心があるとか、公衆道徳 ( がいいわ。一番好きなのはスイスだわ」

こら、しばらくして、 「マネーだ」といった。 つまりマネーに悩みがくるということは、マネーによって悩みが解決できるということである。 「オーストラリア人の性格はシンプルです。グッド・マテリアル・ライフを望んでいるのです」 そのほかにも悩みはあるでしょ ? 「大学が大きすぎることかな」 しかしクイーンズランド大学は学生一万八千人の大学である。日本から考えれば夢のようだ。 ィー ( 画一 しかしなおも問いつめていくと、ようやくアパシー ( 無関心 ) とかコンフォーミテ 性 ) という言葉がでてきた。 「すべて画一化されていくことですね」 画一化はオーストラリアだけの悩みではない。すべての先進国の悩みです。何かオーストラ リア特有の悩みはないですか ? たとえば、日本の受験地獄とか、大学生の五月危機とかのようⅡ び っ 「画一化ということ以外に、別にないですねー」 僕が日本の大学生の五月危機の話をすると、「何かをやることです」という。 「その何かが日本の大学生にはわからないのです」というと、″わからないれ 「そんなことで悩む人は一人もいません」その学生はノーボディーという言葉を使ったのである。刃 彼にとっていかに日本の学生の実存的フラストレーションが不可解であったかを示しているよう という顔をした。 ノ、ツヒ

昔うたごえ喫茶今パプ・ 日本の女性は酒を飲まないから、日本の社会は不健全なのだと王張している男が僕の知人にい る。つまり彼によると、女性が気楽に酒に付きあわないから、酒を飲む場所に特殊な女性がいる というような世界に珍しい現象が日本にはあるのだ、というのである。 たしかにこれには一理あるようだ。 だしたい、ドイツなどで、夜おそくまで男だけで飲みにいくなどというと逆に変な目でみられ る。あいつらおかしな関係じゃないだろうか、と思われるくらいである。 ところが日本ではまあーーー普通一般にいえば夜おそくなる時は男だけであるほうが圧倒的に多 そういうことをいうと、ドイツ人のなかには夜おそくまで男だけで酒を飲むなど考えられない とし、つ 僕など時々は女子学生の母親からおかしな電話をもらう。つまり、 「昨日はいろいろお世話になりました」

それだけ転々としてまだ幻歳である。 「大学はこれからだ」と彼はいった。 日本ではなかなかこれだけ転々とできない。日本のサラリーマンの能力というものは、かたち にあらわれたものでなく微妙な人間関係のようなものがあり、そのなかで情報が流れ流される。 「いや、オーストラリアではひとつの会社でつけた能力は、ほかの会社でもそのまま役に立ちま すよ」 日本で会社をかわって同じ能力を発揮できるのは、今までの人間関係がそのまま生きるような かわり方であろう。 あなたの会社への忠誠心はどうなっているの ? 「そこで働いているうちは、そこに忠誠心をもちますよ」 その他若いサラリーマンに将来について聞いてみると、ほとんど同じ答えがかえってくる。 「将来がぎめられている ? そんなことないですよ。ほかの仕事をしたくなったらかわりますか らね」 その時、今までの会社で身につけた君の能力は ? 「ほかの会社で生かせますから」 たとえば日本の出版社の場合、著者との個人的な関係はその人の大変な実力である。もし彼が 商社にいったらどうなるか。 156

しかし、もし著者も出版社も完全にビジネスとしてわりきっていれば、日本の社会からもかた ちにあらわれない実力は消えていくのかもしれない。 このことについて、もう消えてきていると いう意見も、民族のかわりがたい個性だという意見もある。今ここでその議論はしないが、どう やらオーストラリアでは転職は日本よりかんたんなようだ。 シドニー市内のマンリー海岸というところで、ブラブラしている二人連れの女の子に聞いてみ 「十八歳」 毎日楽しい 「楽しいわ 。ハツ。ヒーよ」 どうして ? 「どうしてって、私たち水泳が好きでしよ。ダンスが好きでしよ、キャンプだって好きでしょ いかにも変なことを聞く人だというふうに僕のことを見た。 じゃー人生は生きがいあるっていうわけね。 「ヒッビーだって生きがいあるわよ : : : 」 といいだした。ついでにことわっておくが、生きがいという言葉は、翻訳語ではなく日本固有 の言葉である。だいたいにおいて思想用語は日本の場合たいていは翻訳されたものだが、この生 と、 巧 7 生きがいは ? 「フレンドリーよ」

日本は「酒と女」という具合に結びついてしまう。しかも「女」とカッコつきで。 そういうことをいうと、いや、ドイツのハンプルクのレー ーンにだって、フランスのパ リのビガールだって、酒と女だという人がいるかもしれない。しかしあれは外人目当てであり、 その国の通常の形式ではない。日本のは通常の形式が酒と女なのである。 外国通をもって任じる人は、ウィーンを歩けばそれらしきチラシをくれるところだってある、 というかもしれない。しかし、そのチラシはドイツ語のほかに、ちゃんと英語もついている。や はりその国の通常の形式ではないのだ。 篠原一氏はたしか『日本の政治風土』のなかで、日本の政治家は何人かの女をもっても、それ によって落選することはないというようなことを書いていた。確かにそのとおりである。しかし、 たとえばアメリカであったらそうよ、 、ーし、刀子′し アメリカはよくパ 1 ティ 1 をやって騒ぐが、夜の女を自分のものとしておいたらやはり社交界一 ではまずい。つまりここでも通常の形はやはり男と女が一緒に騒ぐのである。 したがって日本の男性は奇妙なダブルモラルを形成している。オレは水商売の女にしか手をだ今 茶 さない、素人には手をださないということが、社会的にも道徳的として認められていた。 え あるテレビの性についての討論会のあと、母親からテレビ局に電話があった。昔のように性の 処理を自由にできるところをつくってほしい、でないと自分の娘が危険だというのである。 とにかくそうしたダブルモラルのある奇妙な近代国家なのである。

「嫉妬ぶかいイスラ = ルの神」である金を人々は現在の「神」と仰いでいる。それを実際口にす るか、ロにしないだけの話であろう。南隆一、小林富美子、井上良一 ( いずれも一一十歳 ) の若い三 人は ( ッキリ口にしているだけの話である。金が神なら、商売は「儀式」である。 スはまことにカラフルにかざられ この三人が現代の「儀式」を行なう場所であるプレイ・リー ている。 「今までの金融機関のイメ 1 ジとはガラッとちがうんです」 たしかに日本の金融機関は重々しく人を威圧するようなふんいきがある。そしてそれによって 人々はそこを信用する。世界中の銀行を歩いたわけではない。しかしわれわれ一般人が出入りし ている銀行のふんいきを、日本とドイツでくらべれば、日本のほうがやはグ威圧的ふんいきであ る。 今までの日本において大切なのは「らしく」みえるということだ。お金持らしく見えることです あり、学問があるように見えることであり、えらそうに見えることである。したがって実際のそ 分 の内容よりも、人々はその立居振舞いを大切にした。大物には大物にふさわしいしぐさがある。 気 て っ そのしぐさを大切にするのである。実際の業績よりも、その立場にふさわしい身のこなし方が大 し 切になってくる。内よりもその外側の整備がなされなければならない。わが日本においては、し貸 1 の指摘をまつまでもなく儒教の影響であろ たがって貫禄が必要になってくる。これはウェー う。天下人には天下人にふさわしい行動様式がある。

オーストラリアに着いてはじめてのインタビューはメルポルン大学だった。 大学の図書館で、すでに主婦となっている大学生に″あなたの人生の目的は ? 〃と聞いてみた。 高校を卒業して、会社の秘書をやって、結婚して子供ができて、さらにそれから大学へ。 しかもその時、メルボルン大学は冬休み、休みにもかかわらず図書館に出てくる。日本だった ら何やら悲壮感がただよう。 しかしそのご婦人、明るくて素直で、とても生活に疲れている、などというところはどこにも 人生の目的 ? と聞かれて、何やらよく理解できなかったようだ。 「つまり、僕の聞きたいのは : : : 」という具合にいろいろ説明すると、やっとわかった。すると、 あっさり答えた。 ところが二時間近いインタビューのうちに、一人が「サムタイムズ」と英語をいっただけであ とは全然しゃべらなかった。 それにくらべてローズリンは思わず「あっ、電話かけるのを忘れた」という日本語がでてくる くらい、日本語がうまかった。しかし一方日本の大学生でフイロソフィーという英語を知らない 人は、この五人のなかで一人もいるはずがない。 この日本とオーストラリアの若者の違いは、同じようなかたちであらゆるところにあらわれて くる。 142

べタベタすることが愛情と錯覚している女性、そして自分の弱さを売物に男にしなだれかかってくる女 性、そしてそうした女性の味方をする日本の社会。もう少し日本の社会はきびしくなる必要があるのでは