特訓は続けられ , とうとう家のだれでもが , 「おい」と呼びかけ , カーテン・レールを指さすだけで , かけあがってミルク坊主をしゃ ぶるようになりました。何というかしこい子ねこだったことでしょ う。娘もわたしたちも大満足でした。しもの始末は押入れの砂場で させるようにしつけました。昼間には何度か , カーテンのばりをし なくてはならないので運動もたりるし , 夜はだれかのふとんに入っ てのびのび休めるし一一 - で , 、、おい " は外へ出ることなど考えもし ないようでした。、、おい " は , このかくれんばがお気に入りのよう で , 次にはわたしたちのだれかが帰ってきたと分かっていても , 面 白半分にカーテンにかけあがりました。 そんな、、おい " のことが自慢でしたが , だれにも言えません。と ぶようにカーテンをかけあがる、、おい " のかわいさに娘はシンデレ ラもどきにトンデレラと呼びたがりましたが , もしものときを案じ て , それもできませんでした。けれど , ねこを飼ったことで , わた したちはとにかくごきげんでした ' 。キげんのあまり , 子ねこがい つか子ねこでなくなることを忘れていました。 それは春のある宵に , 突然やってきました。窓の外からの優しい 呼び声に , 、、おい " は雷に打たれたように立ちすくみ , カーテンに かけあがりかけおり , またかけあがりかけおりたとき , ガラスのす ぐむこうにべつのねこを見つけたのでした。 わたしが「おい」と呼びかけたとたん , 。おい " はカーテンをか けのばり , いつのまに見つけておいたのか , 煙突穴のすきまにもぐ りこみ , 身をよじらせて通り抜け , 外へとびだしました。ほんとに とんでいました。 それきり , 、、おい " は帰ってこず , それきりわたしたちも , ねこを 飼っていません。
とぶね ' 今江祥智 ひとり暮らしのころから , 世帯をもち , やがて娘が生まれるまで , わたしには , ねこがついていませんでした。 5 回 , 家をかわりまし たが , 大家さんはそろいもそろって , 大のねこ嫌いでした。わたし もかみさんも , 子どものころから家にねこをたやしたことがなかっ たもので , ねこを飼えないことは , ちょっとした苦痛でした。けれ ど何とかがまんしました。ねこのかわりに , おたがい長いことつき あっている「相手」がいたから , もっていたのでしよう。 けれど , 娘にはそれががまんできませんでした。友だちの家で初 めて生きたねこをだかせてもらい , そのあまりのかわいらしさに , ほれこんでしまったらしい。帰ってくるなり , 小声で , お願いがあ るの・・・・・・ときりだしました。内気なもので , めったにねだらない子 で , こちらは物足りないくらいだったので , 何でもきいてやるぞと , ひざをのりだしました。 けれど , そいつだけは無理なことでした。 娘はびしょぬれになったねこみたいにしょんばりしてしまい , タ ごはんもたべずに寝てしまいました。寝顔まであんまりさびしそう なので , こちらはどうすれは隠れてでも飼うことができるかと , い し、ざと ろいろ相談しました。アリスにでてくる笑いねこみたいに なると , にやにや笑いだけ残して消えてしまうようなのでないかぎ り , できない相談でした。ふたりとも疲れはててあきらめて , もう 休もうかというとき , 娘が澄んだ声で , ねーこたん , こっちこっち′ と寝言をいうのが聞こえました。ふたりはまた相談し直すしかあ りませんでした。そしてかみさんが , とうとうある方法を提案し , 何とかそれでやってみることにきめました。 子ねこはとびきりのが手に入りました。できたての食パンみたい
にまっ白でふかふかのやつ。家までそっと運びこむのは簡単でした。 しかし , そいつを人目から隠すのは大事です。その方法が , かみさ んの提案なのです。 ねこをしこむのよ , とかみさんは言うのです。カーテンをかけの ばらせるの。はら , いつか『独裁者』って映画で , ヒトラーみたい なちよびひげ男に扮したチャップリンが , カーテンにつかまりよじ のばったでしよ。それで思いついたの。人間でもあれだけ軽々とで きるんだもの , 子ねこなら軽い軽い。 子ねこには、、おい ' ' という名をつけました。人がきたら , おい と呼んでカーテンにかけのばらせる。白いレースのカーテンにまっ 白い子ねこ。ちょっとやそっとでは見つからない というのが , かみさんの意見でした。それに , おいーーでは , わたしがかみさん を呼んだみたいだから安心です。 特訓が始まりました。子ねこは動くものに目がありませんから , リポンで始めました。チョウのように見えるのでしようか。たちま ち目を輝かせ , ひげをびんと張り尻をもちあげ , しつばをまわし , お尻をひこひこ動かしてとびつきます。リポンはとびあがり , カー テンにとまります。逃がすものか。、、おい " もとびつきます。レー スのカーテンはつめがかけやすい。 " おい " は , 逃げるリポンのチ ョウを追ってどんどんかけあがります。すぐにカーテン・レールの終 点につきます。こんどはそこにとまらせておかねばなりません。そ こでかみさんは , カーテン・レールにしばりつけた柔らかなガーゼ をてるてる坊主みたいな形につくり , その頭にたつぶりとミルクを しみこませました。 、、おい " は鼻がききましたから , すぐにミルク坊主を見つけました。 すいっき , かかえこんでしゃぶり始めました。大成功です。 おおごと