日本第一号のウ トナイ湖バード・ サンクチュアリ に建てられたネ イチャー・セン しぜん せつきよくてき 自然というものをもういちど見つめ , 学習しようという積極的な自 ごうんどう せんほ 然保護運動なのです。 アメリカには , 国立のサンクチュアリが 380 カ所もあるといいま すが , 日本ではこれが初めてです。ウトナイ湖がサンクチュアリ第 しゆるい 1 号に選ばれた理由は , いろいろあります。ます , 年間約 200 種類も かんさつ さつばろ の野鳥が観察できること。近くに札幌 , 苫小牧などの都市をひかえ , しせん ちとせくうこう 自然をもとめる市民が利用できること。千歳空港のすぐ近くにあり , 本屮 hl からの交通の便もよいこと。それにもうひとつ重要なことは , しゅうへんいったい しぜん ウトナイ湖をふくめた周辺一帯の自然が , 開発の波におしつぶされ とま なぜ 200 種類にもふくれあがったのでしようか。それは , これほどたくさんの種類の野鳥は見られませんでした。 やちょう しゆるい 地であることは , すでにお話ししました。しかし , かってのウトナ ウトナイ湖がハクチョウをはしめ , 数多くの渡り鳥の大切な中継 ちゅうけい どり わた ようとしており , それに歯どめをかけることなどです。 は イ湖では , それが今 , 28 しゆるい
北限のアオサギを守る 北限のアすサギを守る 0 ウネナイ湖サンクチュアリに舞う の塰うし 子ども図書館 = 大日本図書 松田忠徳丈と写真 子ども新図書館 8345 ー 216564 ー 4398 大日本図書 定価 960 円 ■ウトナイ湖サンクチュアリに舞う 松田忠徳文と 除籍処理済 板橋区立図書館 リサイクル資料 4 8 図書ー
オオハクチョウは半数ぐらいがこのウ のつけわん トナイ湖をはしめ , 風蓮湖や野付湾な えっとう ど , 北海道の各地で越冬します。 えっとう ウトナイ湖はオオハクチョウの越冬 地であると同時に , 本リ、トに南下するオ オハクチョウ , コハクチョウ , あるい らゆうけいち わた はガン , カモ類の大切な渡りの中継地 でもあるのです。つまり , シベリア方 タぐれのウトナイ湖にいこうハクチョウ面から南下してきたハクチョウをはし めとする水鳥たちが , ここでひと休みしてから , さらに本屮へ南下 ぎやく らゆうじゅん じようじゅん していくのです。逆に 3 月中旬から 4 月上旬になると , 本り、各地で みずうみ 冬を越した水鳥たちがこの湖に寄り , 長い旅にそなえて最後の体力 をやしない , ふたたびシベリアへと北上していきます。 ちとせむろらん さつばろ 札幌 , 苫小牧 , 千歳 , 室蘭などの都市をひ ウトナイ湖は近くに みずうみ かえていて , 文字通り「ハクチョウの湖」として , おおぜいの人び とに親しまれています。わたしもそんなハクチョウファンのひとり でした。 4 年前の冬も , わたしはハクチョウを見に , 湖畔のホテル に泊まりがけできていたのでした。 朝 , 部屋の窓の外を見ると , 冬のおそい太陽の光が , 低くたれこ なまりいろ くもま めた鉛色の雲間からこは、れ落ちていました 1 羽 , 2 羽 , 3 羽・・ 30 羽ほどのオオハクチョウが一列に円をえがいたようにならび , 長 ふうれん とま はん
しぜん はかい まわりの自然が破壊され , 行き場をうしなった鳥たちがウトナイ湖 みずうみ やらよう に集中してきたためなのです。この湖が「野鳥の宝庫」として全国 げんじっ に知られるようになった裏には , このような悲しむべき現実があっ たのでした。この最後の「とりで」となったウトナイ湖を , いつま しぜん でも守ろうという願いをこめて , 野鳥とかけがえのない自然を愛す ーこにサンクチュアリをつくったのです。 る人たちが , ところで , このウトナイ湖サンクチュアリのシンボル・マークに アオサギが選ばれています。アオサギが四季を通してウトナイ湖で 見られることがそのおもな理由ですが , わたしには , アオサギの絶 めっ 滅をすくうことがウトナイ湖サンクチュアリに課せられた大きな使 めい 命のひとつでもあると思えるのです。 まいし まち 苫小牧市は古くから紙・パルプの街として知られ , 北海道では数 こうぎようとし だいきば こうぎようきちか 少ない工業都市のひとつです。そして現在 , 大規模な工業基地化が とまとうかいはつれきし すいたい れきし 進められています。苫東開発の歴史は , アオサキ、衰退の歴史でもあ まいとうぶだいきばこうぎようきち るとまでいわれています。「苫東」とは , 苫小牧東部大規模工業基地 かいはつけいかく ゆうふつげんや だいきばこうぎようきち 開発計画のことで , 日本最後の大規模工業基地として , 勇払原野約 1 万 1000 ヘクタールを開発しようというものなのです。このため , しぜん はかい てんちそう 現在 , いたるところで自然の破壊がおし進められています。天地創 造の神が , 小さな生きものたちのためにつくってくれた , 本来は人 げんししつげん 間が住むにはてきしていない原始湿原までをも , カづくで人間の土 地にかえようとしているのです。 し か とま とまとう とま ほんらい 29
ばくおん ちとせくうこう される煙と , すぐ近くの千歳空港から飛び立つジェット機の爆音を みずうみ , 湖で羽根をやすめているのです。あのアオサギたちは , 年 むごん 年 , せばめられていく自分たちの住みかのことを , 無言でわたしに うったえかけていたのでしようか。 コロニーのにぎわい その後 , わたしは少しすっ資料を集め , アオサギについての知識 あけの をふやしていきました。まもなく , 苫小牧とウトナイ湖の間の明野 はんしよくち 地区に , アオサギの繁殖地があることをしりました。わたしが冬の ウトナイ湖で見たアオサギは , きっとそこで育ったアオサギにちが いありません。 わたしの住んでいる町は , ウトナイ湖から 130 キロはど離れた有 とうや すざん 珠山のふもとの洞爺湖畔です。ここまで来るのに , 車で片道 2 時間 半はかかります。通うにはかなり遠いのですが , 1 年間 , 自分の目 かんさつ でアオサギの生活を観察してみようと思いたちました。昭和 56 年 3 明野地区にある アオサギのコロ けむり コ匕 ーレ一二ロ とま はん かよ ー ( 4 月 )
大日 , います。 きゅう ゆうふつげんやいったい ウトナイ湖をふくめた勇払原野一帯は海だったとい かいたい かいりゅう それが , 海退や海流によって運ばれてくる砂に って , 砂 ゆうふつげんや じんこうかせん だいしっげん ま だいしつげん っくったのだそうです。この大湿原に人工河川をつくり , 水を , ぬきーみ あるいはうめ立てをし , つぎつぎと工場用地がつくられ、ます。 けっか その結果 , ウトナイの水位か 40 センチ以上も低下し , はうは、ナで一 しっげんか第をう しぜんへんか ぬま 沼が干上がっています。自然の変化では 1000 年もかかる湿原の 化が , 人間のカでわすか 20 年にして , 強力に進められてき ひあ か だいしっげん かっての大湿原はまさに砂漠と化しつつあるといっ さばく う。そんな中にあってウトナイ湖は , 文字通り砂漠 なのです。 すべての生きもののために さばく でしょ のオアシス しせんかい 食べるものと , 食べられるものでなり立っている自然界のバラン スについては , すでにお話ししましたが , もういちどここでアオサキ、 を例に考えてみたいと思います。アオサキ、を保護するためには , ピ ラミッドの底辺にあたるありふれた動植物を保護することが必要に しぜんかんきよう せいそく なります。ということは , ありふれた動植物が生息できる自然環境 すがたかたら を守るということです。たしかにアオサギは , ドジョウより姿形は よく , 目立った生きものにはちがいありません。けれども , アオサ てんねんきねんぶつ ギにせよ , あるいは天然記念物のもっとめすらしい動物にせよ , そ 30
北限のアオサギを守る 0 ウトナイ湖サンクチュアリに舞う 松田忠徳 / 文と写真 写真協力斎藤ただし
でいたアオサキ、の子孫であることを知って , 新たな感動がこみあげ なかま てきました。じつは , アオサギの仲間は現在いる鳥の中では , ガン なかま やカモの仲間についで古い鳥なのです。約 9000 万年もの昔に , すで に地球に住んでいたと考えられているのです。人間の祖先が地球に あらわれたのが約 100 万年前といわれていますから , アオサギはわ たしたち人間よりもすっと先に , この地球に住んでいたことになり ます。 4 年前の冬に見た数羽のアオサギのすがたが , いつまでも妙に頭 にやきついてはなれません。あのアオサギたちのすがたに , なにか かなし気なものを見てしまったような気がしてならなかったのです。 だいせんばい わたしの思いすごしでしようか。ですが , わたしたち人間の大先輩 で , 9000 万年もの昔からこの地球に住んでいた鳥というふうにはと ても思えませんでした。 えんとつ ウトナイのむこう岸には , もくもくと煙をはき出す工場の煙突 が立ちならんでいます。 , 、クチョウもアオサギも , 工場からはき出 そせん けむり ウトナイ湖のほ とりの工場群
しつげんぬま って , 近くの湿原や沼にちってい きます。このころからウトナイ湖 から です。 9 月になると , コロニ 出したようにもどってくるくらい ときどき , 数羽のアオサギが思い と , 明野のコロニーは静かになり , あけの れるようになります。 8 月になる にも若いアオサギのすがたが見ら しげ けいかいしん わた 水面をうかがっています。アオサギは魚とりの名人なのです。左右 ているアオサキ、がいます。よく見ると , 片足で立ちながら , しっと 湖の中に生えているヨシの繁みの中に , さきほどからしっと立っ みずうみ の超望遠レンズでのぞいても , ようやく見えるほどです。 らようほ・うえん 警戒心の強いアオサギの観察は , なかなかたいへんです。 800 ミリ かんさつ ウトナイ湖にもどってきたアオサギ 南の方へ渡っていったのでしよう すっかり空になってしまいます。 うの頸骨に段があり , だん せいかく の視界がとても広く , しかい 25 ロばしをつき出すこともできるのです。ですから , アオサギの首は かま首をもちあげたヘビのように , えものをめがけて , まっすぐに S 字型に首をまげることができます。しかも 工スしがた のまで正確に見さだめることができます。そして , 長い首のとちゅ そのうえ長い口ばしの先近くにいる小さなも
つめ が首をすくめて , からだをまるくしながら立っています。冷たい川 の中に 1 本足でじっと立ち , 魚をねらっているアオサギもいます。 しつげん みずうみこお 湖は凍っていますが , 湿原の中のわき水が川となって流れてくるこ のトキサタマップ川は , あたたかいのか , 冬でも凍ることがありま せん。もちろんあたたかいといっても , 北海道の冬の川のことです。 1 分たりとも流れに手をつけていることはできません。 そうがんきよう わたしは双眼鏡でのぞきながら , 水辺にいるアオサギの数を数え てみました。ぜんぶで 14 羽でした。アオサギはふつう秋になると , わた あたたかい土地へ渡っていくといわれています。北海道で冬を越し ているこのめすらしいアオサキ、とわたしとの初めての出会いは , ち せ ようど 4 年前の , 年の瀬もおしせまった 12 月 30 日のことでした。 ひらいち 、クチョウの飛来地として全国的に有名なここウトナイ湖は , 北 海道の代表的な工業都市 , 苫小牧市の東 , 約 10 キロのところにあり ます。毎年 , 秋の終わりになると遠 くシベリア方面から , オオハクチョ ウやコハクチョウの群れが , 日本列 島で冬を越すため南下してきます。 ひらい 日本に飛来するハクチョウの数は 2 万羽前後といわれていますが , コハ えっとう クチョウはほとんどが本州で越冬し , 3 まいし とま む 支笏湖 洞爺 千歳空港つ ウトナイ 苫小牧 室 函館