それから、いく日かすぎた日のことでした。 栗野岳の主は、その一家をひきつれて、まき山で、好物のドングリの実を食べて ちよくせつにく おりました。。、 ハリとかみくだく、その一つ一つが直接肉になっていくようなう まさでした。 ことに食いしんぼうの「うりぼう」どもは、食べることにむちゅうで、あっちこっ ちにひろがって、さかんにばくついておりました。 くりのだけぬし 栗野岳の主は、ドングリの実をリッとかみかけて、きゅうに、せなかの毛をさ か立てました。 きけん いまふいてきた風が「たいへんだそ。えらい危険がせまってきているぜ。」とささ それは、栗野岳の主でした。 しようり 幸運にも、かれはこの戦いに勝利をしめたのでした。 くりのだけぬし こう、つん くりのだけぬし たたか み こうぶつ み くりのだけぬし 栗野岳の主 231
ばあい それは、どうにもならぬという場合に、のるかそるか最後の手段として、まっし ぐらにあいてにぶつかっていくというやりかたでありました。 かりゅうど しゅんかん せんはう 狩人が、ちょっとためらった瞬間、かれはその戦法をこころみました。 かりゅうど 黒煙をたてて、みじんになれと、狩人にぶつかっていきました。 ひ 狩人は、ちょうど、心にすきのできているときであったので、引き金をひくよゅ うもありません。 とさけんで、そばの木のかげにころげこみました。 よせい 栗野岳の主は、その余勢で、谷の中にとびこんでしまいました。 かりゅうど そして、あっけにとられている狩人と犬とをあとにして、もうれつないきおい ふかたにそこ で、土けむりをたてて、深い谷底めがけて、ころげおちていくのでした。 けれど、栗野岳の主は、どこまでも強いイノシシでした。 くりのだけぬし こくえん くりのだけぬし しゆだん がね くりのだけぬし 239 栗野岳の主
に栗野岳の主をみとめると、歯を食いし。はって、じりじりじりと、引き金にかけた ゅび 指に力をいれていきました。 げんしりん くりのだけぬし 栗野岳の主は、むちゃくちゃに気がたちました。そして、むりやりに原始林のほ うににけだそうと、大のかたまりの中にとびこみました。 犬どもは、ひとかたまりになって、かれにむしゃぶりついていきました。 栗野岳の主は、まるで、犬どもの中にうすまってしまいました。 が、やがて、かれは、犬どもをふりとばして起きあがりました。けれど、一びき あかいぬ の赤犬はかれに馬乗りになって、首ねっこに、かみついたまま、はなれようともし ませんでした。 なにが、さいわいになるかわからぬものです。 うまの このイノシシに馬乗りになった赤犬がしやまになって、引き金をひこうとした かりゅうど 狩人は、ちょっと、ためらいました。 ゅうかんせんばう イノシシには、まことに勇敢な戦法があります。 くりのだけぬし くりのだけぬし う の くび がね ひがね 238
いったい、あの五ひきの犬どもは、どうしたというのでしよう。 かた この犬どもについて語るには、あの栗野岳の主のほうに話をもっていかねばなり ません。 ふか あな イノシシの巣は、密林の中にあって、深さ一メートルほどの穴をほり、きばでス スキやカヤの穂をとってきてその底にしきつめ、雨や雪をふせぐためには、その上 にやねまでちゃんとっくってあるのです。 くりのだけぬし す 栗野岳の主の巣も、やつばりおなじようにできていました。 す ぐろ そのすぐそばにもおなじような巣があって、せなかにうす黒いたてじまのあるこ かりゅうど とし生まれのあかん・ほうのイノシシ ( 狩人たちはこのしまのあるのを「うり・ほう」 さくねん とよんでいます。 ) が四ひきと、もうしまの消えてしまった昨年うまれの子どもが三 びき、おかあさんイノシシを中心にして、からだをくつつけあってねむっていました。 す みつりん そこ くりのだけぬし くりのだけし 227 栗野岳の主
くりのだけぬし 栗野岳の主と母イノシシとが、ひっしになっておいたてるにかかわらず、あっち 主 にとびだし、こっちにとびだしたりして、ドングリの実をひろっては食べるのでし の野 い栗 こんなふうなので、かれらの退去は、なかなかはかどりませんでした。 そのうえ、ことし生まれの、せなかにたてじまをもった「うり・ほう」どもは、 らいらするほど足がのろいのです。 犬どものにおいは、えらい早さで、どんどん近づいてきます。 たいきやく ふもとのほうからも、北のほうからも、かれらの退却していく、山の上のほうか らも、犬のにおいはにおってくるのでした。 ただ、においのしてこないのは、南のほうたけでした。 きけんほ、つこ、つ くりのだけぬし しかし栗野岳の主は、犬のにおいのない南のほうこそ、もっとも危険な方向だ、 しよ、っち け・いけ , ん ということを、長いあいだの経験によって、ちゃんと承知していました。 その南のほうには、大きな深い谷が口をあいていて、その崖ぶちの、あそこ、こ あし たいきょ ちか 233
空には、ブドウ色の星がかがやいていました。 くりのだけかごしまけん ど げんしりん しかし栗野岳 ( 鹿児島県にある山 ) の原始林の中は、井戸の底みたいに、まっ暗で ありました。 そのやみの中に、ほんのりと光をふくんたところがありました。それは水たまり で、木のあいだから、かすかにもれる星の光をうっしているのでした。 けれど、森は目をさましておりました。 秋風がわたっていくと、たがいを こうでをからみあわした木のえだは、ギイギイと と うめき声をたてました。フクロウは音もなく、そのえだのあいだをかすめて飛び、 くりのだけぬし 栗野岳の主 くりのだけれし 221 栗野岳の主
けれど、そのさきは小石がおおくて、人間の目では、はっきりと見わけることはで きませんでした。 ここまで、あとをつけてくれば、もうたいじようぶです。 くんれん かれらには、よく訓練された五ひきの犬どもがついています。 かりゅうど 狩人たちは、うなずきあって、犬どもをはなしてやりました。 かりゅうど こうした場合、きようまで、犬どもはまちがいなく、狩人の思うとおりに、イノ シシをおいだしてきたのでした。 それに、この五人の狩人は、長いあいだ、この栗野岳の主をつけねらっていただ じしん けあって、うでにもじゅうぶんの自信がありました。 ほ、つ、」う 五人は五つの方向にわかれて、おのおの見とおしのきく場所につきました。 たいようちゅうてん ひる 太陽は中天にの・ほって、昼ちかくなりました。けれど、犬どもも帰ってこなけれ ごえ ば、その鳴き声も聞こえてきませんでした。 にんたい かりゅうど が、狩人たちは、忍耐ということをよく知っていました。そのうえ、じぶんたち くりのだけぬし ( りのだけし 栗野岳の主 225
せんでした。 矼主 の 犬どもは、十メートルちかくまでせまりました。 岳 そして、しりそいたと思えば進み、進んだと思えばしりそいて、ワンワンとはげ しくほえたてました。 ふつうのイノシシでしたら、このやかましいほえ声にいらいらして、にげだすと くりのだけぬし すうねん かりゅうど ころでありました。 ; 、 カ栗野岳の主は、この十数年のあいだ、何十回となく、狩人 と犬とをむこうにまわして戦ってきたふるつわものでありました。だから、かれら こころえ のやり口をちゃんと心得ていました。 こんな場合、にげだしたら、もうおしまいです。 おわれるものの弱味で、かならず犬どものために、狩人のほうにおいたてられて かぞく しまうのです。しかも、いまのようにたくさんの家族をひきつれている場合は、ヘ いっかぜんめつ たににげだせば、それこそ、一家全滅してしまわねばなりません。 かれは、じっとがまんして、時のくるのを待っておりました。 よわみ たたか とき 229
かれにむかってきました。 とお かれは犬どもをしたがえて、しだいしたいに家族たちから遠ざかっていきました。 そして、もうだいじようぶと思われるほど家族から遠ざかったとき、かれはきゅう げんしりん に方向をてんじて、原始林のほうにかけだしました。 くんれん かりいぬ しかし、犬どもも、訓練された狩犬でした。そうやすやす、かれの計略にはかか りませんでした。 すきをみては、かれの後ろから横からかみついていきました。それに、このまえ お の折りとはちがって、きようは、十五ひきの犬どもをあいてにしなければならぬの くりのだけぬし でした。さすがに、栗野岳の主も、あぶなく見えました。 かれはし、、こ、しど、 しに、あの崖ぶちのほうにおいつめられていくのでした。 かん と、そのとき、かれはなによりもきらいな、鉄のにおいを感じました。そして、主 の ぜんばう 岳 前方に、ちらりと人間のすがたをみとめました。 野 かりゅうどま そうです、そこには狩人が待ちかまえていたのでした。狩人は、じぶんのまん前 はうこ、つ がけ てつ かぞく くりのだけぬし 236
昨夜は里の畑に出て、サツマイモをはらいつばいつめこんでいるし、秋の日は、 こ、つふく いっか 巣の底まで、ぬくぬくとあたためてくれるので、イノシシ一家は、まったく幸福な きも 気持ちにひたって、うつらうつらしているのでした。 と、とっぜん、栗野岳の主は、耳を立てて、かっと目を開きました。 そよそよとふいてきた風が、いやなにおいをはこんできたのでした。 それは、犬のにおいでした。 いや、ずっとすっとむかしの、はるかな祖先の時代から、 かれの親の代から きけんてき 犬どもはかれらの危険な敵でありました。 くりのだけぬし いかりのあまり、カチカチときばをうちならしました。 栗野岳の主は、 そのきばの音を聞くと、おかあさんイノシシは、なんということもなく、むちゃ くちゃにこうふんして、せなかの毛をいちどきにさか立てました。 犬のにおいは、ぐんぐん近づいてきました。 す けれど、イノシシ一家は、しっとその巣の中にひそんだまま動くようすも見せま さくやさと おやだい くりのだけぬし ひら う′」 じだい そせん 228