みじか あかちゃんのように、両足をなげだしてすわっていました。そして、短い木のきれ じめん はしをもって、地面を。ヒタ。ヒタとたたいてあそんでいるのです。 どうさ かお それはけものというより、 いたすら そのむじやきな顔つきといい、動作といし しオカっこうでした。 ぼうす . と、つこゝ あんまり、そのようすがかわいらしいので、わたしはじっと立って、ながめてい あらき ました。すると、後ろから荒木が、 とおやまがわ 「だんなさあ、ことによると、わたしどもも、遠山川の谷の中で、こんなやつに、 ひょっと出あうかもしれませんに : というのでした。 ところが、このことが、ほんとになってしまったのでした。 とおやまがわじようりゅう 十日分の食糧をもって、わたしたちは、遠山川の上流ふかく、 ぶんしよくりよう りようあし はいりこみまし 152
とおやまがわ あかいしさんみやく ながのけんしずおかけん 遠山川は、赤石山脈 ( 長野県と静岡県とのさかいをはしる山脈 ) のふもとを流れる たにがわ 谷川であります。 ながのけん いまから十年ほどまえ、わたしがまだ長野県にいたころのことでした。荒木とい とおやまがわ う、もと人力車夫をしていた男とい 0 しょに、遠山川にイワナつりに出かけました。 ひとばん とちゅう、「満島」というところで、一晩とまりました。 そこの宿屋に、犬のようにくさりでつないで、一びきの子グマが飼 0 てありまし ちょうど、わたしたちが着いたときには、子グ「は庭のカキの木につながれて、 月の輪グマ つきわ やどや じんりきしゃふ みつしま 月の輪グマ 151
あらき と、荒木はいうのでした。 とおやまがわ わたしも、そうあってくれるように、むにいのりながら、遠山川をあとにしたの でした。 170
母グマは立ちあがりましたが、すぐにこしがへなへなとくすれて、たおれてしま マ いました。こんなことを、二ー三度くりかえして、最後にしつかりと、立ちあがり ました。 母グマが立ちあがると、子グマは、クルミの木からすべりおりてきて、母グマに からたをすりつけ、クンクンクンと鳴くのでした。 やがて、母グマは、わりあいにしつかりした足どりで、子グマをつれて、歩きさっ ていってしまいました。 しんばい とおやまがわ わたしたちは、あの母グマのことが、心配でした。それで遠山川にいるあいだじゅ う、その後の親子グマのようすを、たすねてみました。しかし、もう親子のクマは、 ど 二度とふたたび、わたしたちの目の前に、すがたをあらわしませんでした。 「なあに、あんなにしつかりした足どりだったから、やつはきっと、たっしやでお りまする。」 おやこ 169