きんじよひと でも、おそうしきがすんで、しんるいや近所の人がもどってしもうと、こ らえきれんように、うらのあきちへとんでいった。〈一郎〉の木にとりすが り、かたいみきにほおすりしながら、 いちろう 「一郎、一郎、さそっらかったろうね。たまにあたって、どんなにかいたか たろうね、死にたくなかったろうね。」 というて、泣きなさったそうな。 いちろうせんし まいあさ そればかりではない。 一郎が戦死してからというもの、毎朝、キリの木に はなしかけるおかあさんの一、とばは、すっかりかわっていった。 まえには、ひきようなまねはせんと、おくにのためにてがらをたてておく れや : : : そう いいなさっておったのが、 しちろう 「二郎も、三郎も、四郎もな、一良冫し にこ、さんみたいに死んだらいけん。てが じろ、つ いちろう さぶろう しろ、つ いちろう
おお すこしむかしのことだけど あるところに、ひとりのおかあさんがおって、そのおかあさんには、七人 のむすこがおったそうな。 昭和十二年という年、中国とのせんそうがおこって、なかなかやまんで、 とうとう世界しゅうをあいてにするような大せんそうへひろがってしもうた。 りくぐん いちろう 大きくなったむす「たちは、いちばんうえの一郎からじゅんしゅんに、陸軍 かいぐん 、ことられていった。 だの、海軍たのへ、 そのとき、おかあさんは、なんとおもいなさってだろう。 、ことられるたんびに、うらのあきちへ、キリの木の むすこたちがへいたし じろ、つ しちろ、つ なえを一。ほんすつうえて、〈一郎〉〈二郎〉〈三郎〉と、なまえもつけた。毎 しよ、つわ せかい ねん としちゅうごく さぶろう き
あさ き みす 朝、その木に水をやるやら、ささえをたててやるやらしては、 「一郎、おはよう。」 「二郎、おはよう。」 せんち 「三郎、おまえも戦地でげんきかいな。ひきようなまねはせんと、おくにの ために、てがらをたてておくれや。」 いいなさったそうな。 まだ家におった末のむすこたちは、おかあさん、そんなことして、子ども みたいたと、わろうた。どうせうえるなら、葉っぱ。はかりの木よりか、実が よ、と , もい、った。 なってたべられる木のほうがいし それでもなんでも、おかあさんは、わたしのすきですることだからといし き なさり、だいじに、だし こ、じに、むすこたちのキリの木をそだてた。そして、 じろ、つ だれのいたすらだやら、〈二郎〉の葉がむしられておるのをみては、 さぶろう いちろう じろ、つ すえ き き み
なにひとっしりなさらん。しまいには日本がまける、せんそうだということ もしりなさらん。 せんし たた戦死した一郎が、かわいそうでならなくて、ほかのむすこたちが、あ んじられてならなくて、そうねがっただけじゃっこ。 ひと それから、おかあさんは、ちかくの人がへいたし冫 、ことられれ。は、行ってぶ こっかえ っしょに位きなさるしした。 じをいのるし、だれかの遺骨が帰ってくれ。は、 じろう しろ、つ かえ さぶろう また、二郎や、三郎や、四郎が、げんきで帰ってくるときのことをおもうて、 せっせこ畑をたがやし、イモやら、キビやら、マメやらを、たくさんにつく りなさった。 けれど、せんそうはやむど一、ろか、ますますひどくなった。 うらのあきちには、いつやら七ほんのキリの木がならんで、すっくら、すっ くらとのびたが、あべこべに、おかあさんのこしは、す一、しすつまがっていっ しちろ、つ につばん
A 」 いいなさったそうな。 そのおぶつだんには、きいろやむらさきの盆花がそなえてあったし、よこ ちゃ しやしん のかべには、七人のむすこたちの写真が、もう、茶いろくなってはってあっ ・ : 日本軍がぜんめっした南の島で死んでしもうた。 ふね : 船といっしょに、ふかい海のそ一、ヘしすんでしもうた。 三郎は : せんし ビルマのジャングルでゆくえし ガダルカナルで戦死し、五郎は、、 四郎は、、 れすになったという。 し ろくろ、つ 六郎は、おきなわへいって死に、七郎は、とくべつ「うげき隊のひこうき てきふね で、はくたんをたいたまま、敵の船へぶつかっていったという。 ぶじでいるようなむす一、は、だれひとりおらんかった。 まいにち それでもなんでも、おかあさんは毎日まいにち、「ひとりでいいに、ひとり さぶろう じろ、つ しろ、つ につばんぐん みなみしま しちろう ごろう うみ ばんばな し たい
それでもなんでも、また秋がきて、キリの葉がハタリホタリとおちはじめ ると、 じろ、つ 「一、の大きいのは、二郎の葉 : このあっ・ほったいのは、三郎の葉 : しろう さきのとがって、ほそながいのが、四郎の葉 : これは五郎、すばし一、くて、まけんきで、たまになどあたる子でなかった と、つぶやきつぶやき、ひろいなさったのだそうな。 そんなある日、はがき一まいこなんだが、やぶけたふくをき、右足をひき ある きしゃ ある すったへいたいが、汽車からおりた。歩いてはやすみ、やすんでは歩きして、 おかあさんの家のほうへやってきた。 とぐち やっとこ、戸口へたどりつくと、へいたいは、なっかしそうに顔をあげ、 おお ) 」ろう あき さぶろう かお
かえ だけでいいに、どうそかえしてくだされや」といのって、帰りをまった。 あき やがて、秋がきて、うらのあきちのキリの葉が、 ( タリホタリとちりはじ めた。すると、おかあさんは、ちりおちた葉を、一まい一まい じろ、つ 「この大きいのは、二郎の葉 : このあっ・ほったいのは、三郎の葉 : しろ、つ さきがとがって、ほそながいのが、四郎の葉 : これは五郎、すばしこくて、まけんきで、たまになどあたる子でなかった ろくろう これは六郎、きようだいのなかで、いちばんやさしい子じゃったが : そして、この小さいのが七郎の葉。」 と、つぶやきつぶやき、ひろいなさった。それから、ふかいいきをして、こ ずえのほうをみあげながら、 おお ′」ろう さぶろう しちろう
とうさんはくたびれ、波をかぶって体がしずみかける。 やぐるま なにくそ、ここであきらめてなるもんかと、また矢車のようにうでをふり まわし、抜手をきって行く。 ふじさん 「一郎、一郎、もうじき富士山がみえてくる。浜へついたら、とうさんは足 ある がなくて歩けないんた。かあさんといっしょに、むかえにきてくれ。リヤ かえ カ , ーがいいな。リャカ , ーに乗せてもらって帰ろう。それから、一郎、おま ぐんたい えは大きくなったって、けっして兵隊にはならないんだそ。軍隊も、戦場 も、おそろしくつらいさびしいところだ。おまえは、兵隊さんのゆめなん かみるなよ。」 こえ かた とうさんはむちゅうで語りかける。その声は、ふしぎにやさしかったが、 したいに弱よわしくなっていった。 とお 、 0 ここらで、休んで行くとしよう。おまえの、だい 「ああ、ほんとに、遠し いちろう おお ぬきて よわ いちろう なみ からだ やす はま へいたい いちろう せんじよう 105
こえ はないかなと、声をかけなさっておった。 ところが、ある日、その木はなんのかわりもなかったに、役場の人があら 、ちろ、っちゅうごくたいりく たまってやってきて、一郎が中国大陸で、 メイヨノセンシヲトゲラレタ という、知らせをくれた。 おかあさんは、むねもつぶれんばかり、たいそうおどろきなさったけれど、 じっとこらえて、手をついて、 「ごくろうさまでござんした。あの子が、おくにのおやくにたてて、うれしゅ うおもいます。」 いいなさった。 かえ しらき こっ いちろう やがて、一郎の遺骨が、白木のはこにいれられ、白いきれにつつまれて帰っ ひと てきた。そのときも、おかあさんは、人まえでは、なみだひとっこ。ほさんかっ と、 て しろ やくばひと
あか いっしよう だして、かすかなあかりで一生けんめいみた。うまれてまもない赤んぼう けっこん と、妻がうつっている。結婚してわずか三月で兵隊にとられてきたから、と しやしん うさんは写真でしか子どもを知らない。 ある いちろう 「一郎、一郎、いまごろは大きくなったろうな。よちょち歩いているかもし おれは、おまえをこのうででだきたい。待っておれ、 れん。一どでいし かえ きっと、おまえのと一、ろへ帰って行くそ。」 わかいとうさんの目から、なみだがこぼれ落ちた。 おも そして、歯をくいしばったと思うと、胸をそりかえらせ、むしろのはじを り、つ つかんで腹ばいになった。つぎには両ひじをつつばって、ずりすりと動きだ した。くるしそうに息をつきながら、す一、しずつ、すこしずつ : すなはま やせんびよういん いつのまにか、とうさんはどうくつの野戦病院をぬけだし、砂浜へはいお こころ ぐん きりつ りていた。軍の規律にそむくということなど、もうむになかっこ。 いちろう つま おお むね つきへいたい うご 102