を聞いてみれば、みんなにはかしらの心持ちがよくわかりました。そこで弟子たちは、 こんどは子どもをさがしにいくことになりました。 ばうず 「わらじをはいた、かわいらしい、七つぐらいの男坊主なんですね。」 と、念をおして、四人の弟子はちっていきました。かしらも、もうじっとしておれな くて、子牛を引きながら、さがしにいきました。 月の明かりに、野いばらとうつぎの白い花がほのかに見えている村の夜を、五人の おとなの盗人が、一びきの子牛を引きながら、子どもをさがして行くのでありました。 かくれんぼのつづきで、まだあの子どもがどこかにかくれているかもしれないとい つじどうえん うので、盗人たちは、みみずの鳴いている辻堂の縁の下や、かきの木の上や、物置の しいにおいのするみかんの木のかげを、さがしてみたのでした。人に聞いても 中や、 みたのでした。 ひやくしよう しかし、ついにあの子どもは見あたりませんでした。百姓たちはちょうちんに火を いれてきて、子牛を照らしてみたのですが、こんな子牛はこのへんでは、見たことが ないというのでした。 ぬすびと
たずねて村役人の家へ行くと、あらわれたのは、鼻のさきに落ちかかるようにめが ぬすびと ねをかけた老人でしたので、盗人たちはまず安心しました。これなら、いざというと 、と思ったからであります。 きに、つきとばしてにげてしまえばいし かしらが、子どものことを話して、 「わしら、その子どもを見失ってこまっております。」 しいました。 老人は、五人の顔を見まわして、 「いっこう、このあたりで見うけぬ人。はかりだが、どちらからまいった。」 と聞きました。 えど 「わしら、江戸から西のほうへ行くものです。」 「まさか盗人ではあるまいの。」 しよくにん だいくじようまえや 「いや、とんでもない。わしらはみな旅の職人です。釜師や大工や錠前屋などです。」 と、かしらはあわてていいました。 「うん、いや、へんなことをいってすまなかった。おまえたちは盗人ではない。盗人 かまし
がものをかえすわけがないでの。盗人なら、ものをあずかれば、これさいわいとくす ねていってしまうはずだ。いや、せつかくよい心で、そうしてとどけにきたのを、ヘ やくめ んなことを申してすまなかった。いや、わしは役目がら、人をうたがうくせになって いるのじゃ。人を見ざえすれば、こいつ、かたりじゃないか、すりじゃないか、と思 うようなわけさ。ま、わるく思わないでくれ。」 と、老人はいいわけをしてあやまりました。そして、子牛をあずかっておくことにし げなん て、下男に、物置のほうへつれていかせました。 やかた 「旅で、みなさんおっかれじやろ。わしはいま、 い酒を一びん西の館の太郎どんか ししところへみな らもらったので、月を見ながら縁がわでやろうとしていたのじゃ。、、 さんこられた。ひとつつきあいなされ。」 ろうじん ひとのよい老人はそういって、五人の盜人を縁がわにつれていきました。 そこで酒をのみはじめましたが、五人の盗人とひとりの村役人は、すっかり、くっ ろいで、十年もまえからの知り合いのように、ゆかいに笑ったり話したりしたのであ りました。 えん ぬすびと むらやくにん
するとまた、盗人のかしらは、じぶんの目がなみたをこ。ほしていることに気がっき ました。それを見た老人の役人は、 じよう ) 」 「おまえさんは泣き上戸と見える。わしは笑い上戸で、泣いている人を見ると、よけ い笑えてくる。どうかわるく思わんでくだされや、笑うから。」 といって、ロをあけて笑うのでした。 「いや、このなみだというやつは、まことにとめどなく出るものだね。」 と、かしらは、目をしばたたきながらいいました。 それから五人の盗人は、お礼をいって村役人の家を出ました。 門を出て、かきの木のそ・はまでくると、なにか思いだしたように、かしらが立ちど まりました。 「かしら、なにか忘れものでもしましたか。」 かんなたろう と、鉋太郎が聞きました。 「うん。忘れもんがある。おまえらも、 っしょに , も一ついっぺんこ、 といって、かしらは弟子をつれて、また役人の家にはいっていきました。 ぬすびと
といいました。 かまし・じようまえやだいくかくべえじし つぎの朝、花のき村から、釜師と錠前屋と大工と角兵衛獅子とが、それそれべつの ほうへ出ていきました。四人はうつむきがちに、歩いていきました。かれらは、かし らのことを考えていました。よいかしらであったと思っておりました。よいかしらだ ぬすびと から、最後にかしらが、「盜人にはもう、けっしてなるな。」といったことばを、守ら なければならないと思っておりました。 ふえ 角兵衛は、川のふちの草の中から笛をひろって、ヒャラヒャラと鳴らしていきまし 四 かいしん 一」うして五人の盗人は、改心したのでしたが、そのもとになったあの子どもは、いっ なん たいだれだったのでしよう。花のき村の人びとは、村を盗人の難からすくってくれた、 その子どもをさがしてみたのですが、けつきよくわからなくて、ついには、こういう
それは、土橋のたもとにむかしからある小さい地蔵さんだ ことにきまりました。 ろう。わらじをはいていたというのがしようこである。な・せなら、どういうわけか、 この地蔵さんには村人たちがよくわらじをあげるので、ちょうどその日も、あたらし 小さいわらじが、地蔵さんの足もとにあげられてあったのであるーーーというのでし 地蔵さんがわらじをはいて歩いたというのはふしぎなことですが、世の中には、こ れくらいのふしぎはあってもよいと思われます。それに、これはもうむかしのことな のですから、どうだっていいわけです。でも、これがもしほんとうだ 0 たとすれば、 ぬすびと 花のき村の人びとがみな心のよい人びとだ 0 たので、地蔵さんが盗人からすく 0 てく れたのです。そうなら。は、また、村というものは、心のよい人びとが住まねばならぬ ということにもなるのであります。 ( 一九四二年作 ) どばし じぞう
こうぎよう 村々を興行して歩くサーカス団がありました。十人そこそこの軽業師と、年をと「 ぶたい た黒くまと馬二とうだけの小さな団です。馬は舞台に出るほかに、つぎの土地〈うつ 0 ていくとき、赤いラシャの毛布などをきて、荷車を引くやくめをもしていました。 ざいん ある村〈つきました。座員たちは、みんなで手わけして、たばこ屋の板かべや、お ゅや 湯屋のかべに、赤や黄色です 0 た、きれいなビラをは 0 て歩きました。村のおとなも 子どもも、つよいインキのにおいのするそのビラをとりまいて、お祭りのようによろ こびさわぎました。 テントばりの小屋がかか「てから、三日めのお昼すぎのことでした。見物席から、 しよ、つば、つ 正坊とクロ もうふ だん
かんせい わあっという歓声といっしょに、ばちばちと拍手の音がひびいてきました。すると、 ちょ ぶたい ダンスをおわったお千代さんが、うすもも色のスカートをひらひらさせて、舞台うら へひきさがってきました。つぎは、くまのクロが出る番になっていました。くまっか うわぎ いの五郎が、ようかん色になったビロード の上着をつけ、長ぐっをはいて、シッ シュッとむちをならしながら、おりのそばへ行きました。 こうでばん 「さあ、クロ公、出番だ。しつかりたのむよ。」 と、わらいながらとびらをあけましたが、、 とうしたのか、クロはいつものように立ち あがってくるようすが見えません。おやと思って、五郎がこごんでみますと、クロは は からたじゅうあせだくになって、目をつむり、歯をくいしばって、ふとい息をついて いるのです。 だんちょう 「たいへんだ、団長さん。クロがはらいたをおこしたらしいです。」 ざいん 団長もほかの座員も、ドカドカとあつまってきました。五郎は団長とふたりがかり かわ で、竹の皮でくるんだ、黒い丸薬をのませようとしましたが、クロはくいしばったロ からフウフウあわをふきふき、首をふりうごかして、どうしても口をひらきません。 がんやく はくしゅ
しばらくして、。ヒリ。ヒリッとおなかのあたりが波をうったと思いますと、クロは四つ んばいになって、おりの中をこまのようにくるいまわりました。それから、わらのと こにドタリとたおれて、ふうッと大きく息をふいて、目をショポショポさせています。 けんぶっせき 見物席のほうからは、つぎのだしものをさいそくする拍手の音が、。 ( チパチひびい どうけやく さきち ぶたい てきます。そこでとうとう、道化役の佐吉さんが、クロにかわって、舞台に出ること にしました。そのとき、だれかが、 しようばう 「正坊がいたら、薬をのむがなあ。」 と、ため息をつくようこ、 冫しいました。団長は、 「そうだ。お千代、正坊をつれてこい と、ふといだみ声でめいじました。お千代は馬を一とうひきだして、ダンスすがたの まま、ひらりとまたがると、白いたん・ほ道を、となり村へむかってかけていきました。 正坊は初日のはしごのりで、足をひねってすじをつらせ、となり村の病院にはいっ しょにち だんちょう はくしゅ
ラロ、ラロ、ラ しようばう 正坊は、白い鳥のはねのついたぼうしをかぶり、金ピカのおもちゃのけんをこしに しようぐん つるして、将軍になりすまして、クロのせなかにのつかりました。クロはラッパの音 ほちト、つ ぶたい に歩調をあわせて、元気よく舞台へ出ていきました。 「あらわれましたのは、ソコヌケ将軍と、愛馬クロにござーい。」 こうじよう とめ 留じいさんが口上をのべますと、正坊はクロのせなかから、コロリところげ落ちて けんぶつにん みせました。見物人はどっとわらって、手をたたきました。 とうぞく 「将軍はただいまから、盗賊たいじに出発のところでござーい。」 クロが、ああんと赤い口をあけました。将軍の正坊は、クロのせなかにまたがった まま、ポケットからビスケットをつかみだして、ロの中へいれてやりました。クロは 正坊の手首までくわえてしまいました。正坊は目をパチクリさせて、またクロのせな かから、おっこちてみせて、見物人をよろこばせました。 おおだち やがて賊にふんした団長が、銀紙をはったキラキラした大太刀をひつつかんで出て きました。正坊のソコヌケ将軍は、それを見ると、おどろいて、ブルブルふるえなが ぞく 0 だんちょう ぎんがみ しゆっぱっ 100