もへい これは、わたしが小さいときに、村の茂平というおじいさんから聞いたお話です。 しろ 、小さなお城があって、 むかしは、わたしたちの村の近くの、中山というところに 中山さまというおとのさまが、おられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「ごんぎつね」というきつねがいました。 あな ごんは、ひとりぼっちの子ぎつねで、しだのいつばいしげつた森の中に、穴を掘って 住んでいました。そして、夜でも、昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかり なたね しました。畑へはいっていもを掘りちらしたり、菜種がらのほしてあるのに火をつけ ひやくしようや たり、百姓家のうらてにつるしてあるとんがらしをむしりとっていったり、いろんな ごんぎつね
さかだに した。それは今から四十年くらいまえ、村の一文あきない屋が、坂谷まで油菓子の仕 入れに行った帰り、ろづかん山のきつねにばかされて、まいごになったという事件で ありました。そのとき、村の人びとは、かねやたいこを鳴らして、山や谷をさがして いすみだに 歩き、ついに泉谷の泉の中で、ももひきを頭にかむってがつがっふるえながら、「これ はええ湯じゃ、ええかげんじゃ。」といっている一文あきない屋を見つけだすことがで とみてつ きたのでありました。富鉄じいさんはこの話をよく知っていて、こまかく説明しまし たが、それもそのはずで、きつねにばかされたのはじぶんのことだったのです。 富鉄さんの話を聞いてみれ。は、きつねにばかされるということも、ありそうに思え ました。ろっかん山では、今でもよく、きつねのちらりと走りすぎるのが見られます し、村の中たって、寒い冬の夜ふけには、むじなの声が聞けるのですから。また、た とい、きつねやむじなにばかされないにしても、よっている人間というものは、ばか されている人間とあまりちがわないというわけです。 なりもの そこでみんなは、鳴物を持ってきました。かねはお寺でかりてきました。おそうし じこく きの出る時刻を、知らせてまわるときにたたく、あのかねです。たいこは、夜番が「火 もん あぶらがし
やっとのこと、村へきました。村へはいると、すこしほっとしました。村では、ど このうちも、宵から戸をしめてしまうので、どっこも、しいーんとしています。その 中で、どこかのうちで、きぬたをうつ音が、とおくに聞こえます。 かまわず、どんどん行きましたが、ふと考えました。うしろからくるのは、犬では なくて、おばあさんがいった、あのきつねがつけてきたのではなかろうか。こう思う と、じぶんのうしろには、ずるいきつねの目が、やみの中に、らんらんと光っている じようねんばう ような気がします。気の小さな常念坊は、ぶるっと、身ぶるいをしました。 でも、うしろをふりむくのもこわいので、ぶきみななりに、ぐんぐん歩きました。 なんだかうしろでは、きつねがいつのまにか女にばけていて、今にも、きやっといっ て、とびついてきそうな気がします。 常念坊は、そのきつねのことを、忘れよう忘れようとするように、ちょうちんの明 かりばかりを、見つめて歩きました。
そのとき、ふと気がついてみますと、左手に持っていた、だんごの竹の皮づつみが、 いつのまにか、なくなっています。 「おや、しまった。うつかりして、落としたかな。それともきつねのやつが、そっと、 ぬすみとってにげたかな。ちょっ。」 じようねん ) 」ばう 常念御坊はいまいましそうに、おまんじゅうのつつみと、ちょうちんとを両手に持 ちわけて、うしろをむいてみました。 もう、何もおりません。やがて、寺の門の前にきました。立ちどまって、もう一ペ ん、うしろをよく見ますと、きつねらしいものが、のこのこつけてきています。 常念坊は門をはいると、 しようかん 「正観、正観。」 と、庫裏のほうへむかってどなりました。 しようろう と返事が聞こえて、正観が、ごそごそ鐘楼からおりてきました。 ほうきを。ほうきで追いまくれ 「おい。きつねだ、きつねだ。ほうきを持ってこい
しようかん 正観はとんでいって、ほうきを持って、門のほうへかけつけました。 「おや。きつねが何か、くわえていますよ。」 「ああ、だんごだ。とりあけろよ。」 下へおけ。 だんごは、とりかえしましたが、きつねはすわったきり、に けません。」 「だから、ほうきで追っぱらえというのに。」 「ちきしよう。にけんか。しつ、しつ、しつ。」 と、正観はほうきで追いまくりました。 「ほうい、ちきしよう。こらつ。」 と正観は、そっちこっち追いかけて、とうとう外へにがしてしまいました。 「にげたか。」 「にげました。」 「正観。」
「おれがきつねなそに、ばかされてたまるかい。」 「きつねですか、あれは。」 「犬みたいだったがな。そのしようこに、正観はそばへよっても、ちっとも、こわく はなかったがなあ。」 じようねん′」ばう 常念御坊は、はしをおいて、考えこんでいました。あんどんの明かりが、そのくる くる頭へ赤くさしています。 しばらくして、常念御坊は、 「正観。」 と、すこし、きまりわるそうにいし 「そのちょうちんを、つけよ。」 ほんどう 「わしは、ちょっと行って、さがしてくるでな。おまえは、本堂のえんの下へ、わら をどっさり、入れといてくれ。」 、ました。 しようかん
「おや、もう、どっかへ行ったな。」 と、ひとりごとをいいました。 「おつれさまですかね。」 どこかの犬が、のこのこついてきて、はなれなかったんだよ。」 「きつねじゃありませんか。あなたの通っていらっしやった、あのさきのやぶのとこ ろに、よくきつねが出て、人をばかすといいますよ。」 「おもしろくもないことを、 いいなさんな。ほい、おあしをここへおくよ。」 じようねんばうかたて 常念坊は片手におまんじゅうのつつみと、ちょうちんをさけ、片手にだんごのつつ とうげ一 みを持って、峠にかかりました。その峠をおりて、たん・ほ道を十町ばかり行くと、じ ぶんの寺です。 もう、あのいやな犬もついてこないので、安心して、てくてくあがっていきますと、 やがてうしろのほうで、クンクンという声がします。 「おや、また、あの犬めがきたな。」 と、常念坊は思いました。 ちょう
「そりや、えにしだの花だ。えにしだは、このへんにやめ 0 たにない。まアず、南の ほうへ四里ばかり行くと、ろっかん山のてつべんに、このえにしだのむらがってさく ところがあるげな。そして、ろっかん山のきつねは、月のいい晩なんかそのかげで、 胡弓をひくまねなんかしとるげなが。」 うえきしよくにんやす と、植木職人の安さんがいいました。 和太郎さんはしかたがないので、 「面目ないけンが、どうやら、そこへも行 0 たらしいて。ばかにり 0 ばな座敷があ 0 てのう、それが、たたみもふすまも天じようも、みんな黄色かったてや。そういえ。は、 たゆう 耳のびんと立った太夫がひとりござって、胡弓をじようずにひいて聞かしてくれたて ゃ。じゃ、あれが、きつねだったのかイ。」 「それにしても、どうして、あんなきゅうな山のてつべんへ、牛車がのぼ 0 たもんだ ろう。」 と、村びとはふしぎがりました。 「なにしろ申しわけねえだな、牛もおれもよっておったで。」 こきゅう めんもく ばん
「何をさがしに ? 」 「あの犬を、つれてくるんだ。」 「きつねでしよう、あれは。」 「かわいそうに。犬なら、のら犬だ。食いものも、ろくに食わんとみえて、ひどくや せこけていた。はるばる、となり村から、わしについてきたのだから、あったかくし て、とめてやろうよ。」 それに、わしの落としただんごまで、ちゃんと、くわえてきてくれたんだもの。お じようねん ) 」ばう れがわるいよと、これだけは心のなかでいって、常念御坊は、ちょうちんを持って、 出ていきました。 ( 一九三二年作 )
「そうたとも。だから、毎日、神さまにお礼をいうがいしょ 「うん。」 ごんは、「へえ、こいつはつまらないな。」と思いました。 「おれが、くりやまったけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、 神さまにお礼をいうんじゃ、おれは、ひきあわないなあ。」 へいじゅう そのあくる日も、ごんは、くりを持って、兵十の家へ出かけました。兵十は物置 で、なわをなっていました。それで、ごんは、家のうら口から、こっそり中へはいり ました。 そのとき兵十は、ふと顔をあげました。と、きつねが家の中へはいったではありま せんか。こないだ、うなぎをぬすみやがったあのごんぎつねめが、またいたずらをし に」こ 「ようし。」 ものおき