をとげることです。 ごんぎつねと兵十の心のすれちがいを考えますと、つぎのようになります。 ごんぎつねのちょっとしたいたずらのため、兵十のおっかあは、うなぎを食べることができ ないままに死んでしまいます。ごんぎつねは、今は自分とおなじひとり・ほっちの兵十に、その つぐないをしようと思います。 ど ねんぶつ きちべえ かすけ ごんぎつねは、兵十と加助のあとをつけて吉兵衛の家へ行き、井戸のそばにしやがんで念仏 の終わるまで待っています。そのとき、ごんぎつねはどんなことを考えたでしようか。 きよ、つ ポンポンという木魚の音、お経の声が聞こえてくると、きっとごんぎつねは、兵十のおっか あの心を思い、兵十のつらかった気持ちを考え、自分のいたずらを深く反省し、おっかあの霊 に手を合わせたと思います。 しかし、ごんぎつねの心を兵十は知らす、これまでにごんぎつねのはこんだくりやまったけ ぜん を、神様のおめぐみだと思います。ごんぎつねの善意はつうじないのです。ごんぎつねは、「お れは、ひきあわないなあ」と思います。気持ちのすれちがいは、このようにして最後までつづ きます。 兵十は、ごんぎつねを火なわ銃でうったあとではじめて、くりやまったけの贈り主がごんぎ へいじゅう もく」よ はんせい おくぬし 193
なや 兵十は立ちあがって、納屋にかけてある火なわ銃をとって、火薬をつめました。そ して、足音をしのばせて近よって、今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちまし た。ごんは、ばたりとたおれました。 どま 兵十はかけよってきました。家の中を見ると、土間にくりがかためておいてあるの が、目につきました。 「おや。」 と、兵十は、びつくりして、ごんに目をおとしました。 「ごん、おまえだったのか、いつも、くりをくれたのは。」 ごんは、ぐったり目をつぶったまま、うなずきました。 兵十は火なわ銃を、ばたりと、とりおとしました。青いけむりが、まだ、つつぐち からほそく出ていました。 ( 一九三二年作 ) じゅう かやく
ごんは、その、いせいのいい声のするほうへ走っていきました。と、弥助のおかみ とぐち さんが、うら戸口から、 「いわしをおくれ。」 しいました。いわし売りは、いわしのかごをつんだ車を道ばたにおいて、びかび こんは、そ か光るいわしを、両手でつかんで、弥助の家の中へ持ってはいりました。。 のすきに、かごの中から五ー六びきのいわしをつかみだして、もときたほうへかけた あな へいじゅう しました。そして兵十の家のうら口から家の中へいわしを投げこんで、穴へむかって かけもどりました。とちゅうの坂の上でふりかえってみますと、兵十がまだ、井戸の むぎ ところで麦をといでいるのが小さく見えました。 いことをしたと思いました。 ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、 つぎの日には、ごんは山で、くりをどっさりひろって、それをかかえて、兵十の家 へ行きました。 うら口からのそいてみますと、兵十は、昼めしを食べかけて、茶わんを持ったまま、 ぼんやりと考えこんでいました。へんなことには、兵十のほっぺたに、かすりきずが やすけ
へいじゅう なぎをとってきてしまった。だから兵十は、おっかあにうなぎを食べさせることがで きなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べ 、うなぎが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらを しなければよかった。」 むぎ 兵十が、赤い井戸のところで麦をといでいました。 兵十は今まで、おっかあとふたりきりで、まずしい暮らしをしていたもので、おっ かあが死んでしまっては、もうひとり・ほっちでした。 「おれとおなじ、ひとり・ほっちの兵十か。 ものおき こちらの物置のうしろから見ていたごんは、そう思いました。 ごんは物置のそばをはなれて、むこうへ行きかけますと、どこかで、いわしを売る 声がします。 「いわし、安売りだあい。、 いわしだあい。」 しきのいし
しき つねだと知るのです。兵十のことばに、「ごんは、ぐったり目をつぶったままうなずき」ます。 ごんは死ぬとき、やっと自分の気持ちのつうじたことを知るのです。 ころ つぎに、兵十は、ごんぎつねを殺したことを、これからどうつぐなうのでしようか。「兵十は きず じゅう 火なわ銃を、ばたりと、とりおとしました」の「ばたり」は、兵十のこれからの心の傷の大き さをあらわしています。そして、「青いけむりが、まだ、つつぐちからほそく出ていました」か ゅめ げんじっすがた こんを殺したの らは、兵十がやりきれない現実の姿を見せつけられて、これは夢でないのた、。 は自分だと、深く心をせめられている様子がうかがわれます。 みんわどう ひじよう 「ごんぎつね」はこのように、非常にざんこくな物語です。しかし、南吉は、多くの民話や童 そう 話とちがった悲しさや、心のすれちがいの現実をはっきりと書いています。おっかあの死や葬 ふつう だいざし 式などという題材は、あまり取りあげられないのが普通です。しかし、このようなつめたい題 材ですが、南吉は、その場の様子を、音や色をまじえて、つぎのように、くわしく書いていま 「ひがん花が、赤い布のように咲きつづいていました。と、村のほうから、カ , ーン、カーン、 と、鐘が鳴ってきました」と、南の国のあかるい村の自然を、まるで絵のようにえがいていま かね ぬの へいじゅう 194
「そうたとも。だから、毎日、神さまにお礼をいうがいしょ 「うん。」 ごんは、「へえ、こいつはつまらないな。」と思いました。 「おれが、くりやまったけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、 神さまにお礼をいうんじゃ、おれは、ひきあわないなあ。」 へいじゅう そのあくる日も、ごんは、くりを持って、兵十の家へ出かけました。兵十は物置 で、なわをなっていました。それで、ごんは、家のうら口から、こっそり中へはいり ました。 そのとき兵十は、ふと顔をあげました。と、きつねが家の中へはいったではありま せんか。こないだ、うなぎをぬすみやがったあのごんぎつねめが、またいたずらをし に」こ 「ようし。」 ものおき
しろ オしいお天気で、遠くむこうには、お城のやねがわらが光っています。墓地には、 ひがん花が、赤い布のように咲きつづいていました。と、村のほうから、カーン、カー そ、つしき ン、と、鐘が鳴ってきました。葬式の出るあいずです。 きもの そうれつ やがて、白い着物をきた葬列のものたちがやってくるのが、ちらちら見えはじめま した。話し声も近くなりました。葬列は墓地へはいってきました。人びとが通ったあ とは、ひがん花がふみ折られていました。 へいじゅう ごんはのびあがって見ました。兵十が、白いかみしもをつけて、位牌をささげてい ます。いつもは、赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、きようはなんだかしおれ ていました。 「ははん、死んだのは兵十のおっかあだ。」 ごんはそう思いながら、頭をひっこめました。 あな その晩、ごんは、ほら穴の中で考えました。 「兵十のおっかあは、床についていて、うなぎが食べたいといったにちがいない。そ れで兵十が、はりきりあみを持ちだしたんだ。ところが、おれがいたずらをして、う ぬの とこ
した。はちまきをした顔のよこっちょに、まるいはぎの葉が一まい、大きなほくろみ ナいにへばりついていました。 しばらくすると兵十は、はりきりあみのいちばんうしろの、ふくろのようになった ところを、水の中から持ちあげました。その中には、しばの根や、草の葉や、くさっ た木ぎれなどが、、 こちやごちやはいっていましたが、でも、ところどころ、白いもの がちらちら光っています。それは、太いうなぎの腹や、大きなふなの腹でした。兵十 はびくの中へ、そのうなぎやふなを、ごみといっしょにぶちこみました。そして、ま た、ふくろのロをしばって、水の中へいれました。 兵十はそれから、びくを持って川からあがり、びくを土手においといて、何をさが しにか、川上のほうへかけていきました。 兵十がいなくなると、ごんは、びよいと草の中からとびだして、びくのそばへかけ つけました。ちょいと、 いたずらがしたくなったのです。ごんは、びくの中のさかな をつかみだしては、はりきりあみのかかっているところよりしもての、川の中をめが けて、。ほん。ほん投げこみました。どのさかなも「と・ほん」と音をたてながら、にごっ かわかみ へいじゅう ふと
ついています。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとりごとをい いました。 「いったい、だれが、いわしなんか、おれのうちへほうりこんでいったんだろう。お かげでおれは、ぬすっとと思われて、いわし屋のやつに、ひどいめにあわされた。」 と、ぶつぶついっています。 ごんは、これはしまったと思いました。かわいそうに兵十はいわし屋にぶんなぐら れて、あんなきずまでつけられたのか。 ごんはこう思いながら、そっと物置のほうへまわって、その入口に、くりをおいて 帰りました。 つぎの日も、そのつぎの日も、ごんは、くりをひろっては、兵十の家へ持っていっ てやりました。 そのつぎの日には、 くりばかりでなく、まったけも二ー三本、持っていきました。 四 ものおき へいじゅう
お経をよむ声が聞こえてきました。 五 ねんぶつ へいじゅうかすけ ごんは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしやがんでいました。兵十と加助は、ま たいっしょに帰っていきます。ごんはふたりの話を聞こうと思って、ついていきまし た。兵十のかげぼうしをふみふみ行きました。 お城の前まできたとき、加助がいいだしました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだ。 と、兵十はびつくりして、加助の顔を見ました。 「おれは、あれからずっと考えていたが、、 とうも、そりや、人間じゃない、神さまた。 神さまが、おまえがたったひとりになったのを、あわれに思わっしやって、いろんな ものをめぐんでくたさるんだよ。」 「そうかなあ。」 きよう しろ