をつくっていたのでありました。 かくべえ 「いいか、角兵衛。」 「へえ。」 と、まだ少年の角兵衛が答えました。これは越後からきた角兵衛獅子で、きのうまで は、家々のしきいの外で、さか立ちしたり、とん・ほがえりをうったりして、一文二文 の銭をもらっていたのでありました。 かんなたろう 「いいか、鉋太郎。」 「へえ。」 しょこく だいくむすこ と、鉋太郎が答えました。これは、江戸からきた大工の息子で、きのうまでは、諸国 じんじゃ しゅ一よう のお寺や神社の門などのつくりを見てまわり、大工の修業をしていたのでありまし おやかた 「さあ、みんな、行け。わしは親方だから、ここで、一服すいながら待っている。」 ぬすびとでし かまえもんかまし えびのじようじようまえや そこで盗人の弟子たちが、釜右衛門は釜師のふりをし、海老之丞は錠前屋のふりを ししま し、角兵衛は獅子舞いのように笛をヒャラヒャラ鳴らし、鉋太郎は大工のふりをして、 ぜに ふえ えち′」 もん
と、海老之丞は、感心しながら、また村にはいっていきました。 つぎに帰 0 てきたのは、少年の角兵衛でありました。角兵衛は、笛をふきながらき たので、またやぶのむこうですがたの見えないうちから、わかりました。 「いつまで、ヒャラヒャラと鳴らしておるのか。盗人は、なるべく音をたてぬように しておるものだ。」 と、かしらはしかりました。角兵衛はふくのをやめました。 「それで、きさまは何を見てきたのか。」 「川についてどんどん行きましたら、はなしようぶを庭いちめんにさかせた、小さし 家がありました。」 「うん、それから ? 」 まゆげ 「その家の軒下に、頭の毛も眉毛もあごひげも、ま 0 白なじいさんがいました。」 、のはいった壺でも、縁の下にかくしていそうなようす 「うん、そのじいさんが、月、 4 に 4 」カ」 「そのおじいさんが竹笛をふいておりました。ちょ 0 とした、つまらない竹笛だが、 えびのじよう かくべえ つば ぬすびと えん ふえ
し、角兵衛は角兵衛でまた、足駄ばきでとびこえられる塀を五つ見てきました。かし ら、おれたちをほめていただきとうございます。」 き かんなたろう と、鉋太郎が意気ごんでいいました。しかしかしらは、それに答えないで、 「わしはこの子牛をあずけられたのだ。ところが、いまだに、取りにこないので弱っ ているところだ。すまねえが、おまえら、手わけして、あずけていった子どもをさが してくれねえか。」 「かしら、あずかった子牛をかえすのですか。」 と、釜右衛門が、のみこめないような顔でいいました。 「そうだ。」 「盗人でも、そんなことをするのでごぜえますか。」 「それにはわけがあるのた。これだけはかえすのだ。 こんじよう 「かしら、もっとしつかり盗人根性になってくだせえよ。」 と、鉋太郎がいいました。 かしらはにが笑いしながら、弟子たちにわけをこまかく話して聞かせました。わけ ぬすびと かまえも , 化 かくべえ あしだ
「それがわからんのだよ。おれの知らんうちに、おいていくんだ。」 ごんは、ふたりのあとをつけていきました。 「ほんとかい ? 」 「ほんとだとも、うそと思うなら、あした見にこいよ。そのくりを見せてやるよ。」 「へえ、へんなこともあるもんだなあ。」 それなり、ふたりはたまって歩いていきました。 かすけ 加助がひょいと、うしろを見ました。ごんはびくっとして、小さくなって立ちどま きちべえ りました。加助は、ごんには気がっかないで、そのままさっさと歩きました。吉兵衛 ひやくしよう というお百姓の家までくると、ふたりはそこへはいっていきました。 : ホンポンポンポ しようじ ンと木魚の音がしています。窓の障子に明かりがさしていて、大きなぼうず頭がうつつ て、動いていました。。 こんは、 ねんぶつ 「お念仏があるんだな。」 ど と思いながら、井戸のそばにしやがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、 人がつれだって、吉兵衛の家にはいっていきました。 もく一よ
といいました。 かまし・じようまえやだいくかくべえじし つぎの朝、花のき村から、釜師と錠前屋と大工と角兵衛獅子とが、それそれべつの ほうへ出ていきました。四人はうつむきがちに、歩いていきました。かれらは、かし らのことを考えていました。よいかしらであったと思っておりました。よいかしらだ ぬすびと から、最後にかしらが、「盜人にはもう、けっしてなるな。」といったことばを、守ら なければならないと思っておりました。 ふえ 角兵衛は、川のふちの草の中から笛をひろって、ヒャラヒャラと鳴らしていきまし 四 かいしん 一」うして五人の盗人は、改心したのでしたが、そのもとになったあの子どもは、いっ なん たいだれだったのでしよう。花のき村の人びとは、村を盗人の難からすくってくれた、 その子どもをさがしてみたのですが、けつきよくわからなくて、ついには、こういう
ひやくしよう 十日ほどたって、ごんが、弥助というお百姓の家のうらを通りかかりますと、そこ しん の、いちじくの木のかげで、弥助の家内が、おはぐろをつけていました。かじゃの新 こんは、 兵衛の家のうらを通ると、新兵衛の家内が髪をすいていました。。 「ふふん、村に何かあるんだな。」 と、思いました。 あきまっ 「なんだろう、秋祭りかな。祭りなら、たいこやふえの音がしそうなものだ。それに たいいち、お宮にの・ほりが立つはずだが。」 ど こんなことを考えながらやってきますと、いつのまにか、おもてに赤い井戸のある、 へいじゅう 兵十の家の前へきました。その小さな、こわれかけた家の中には、おおぜいの人があ つまっていました。 よそ行きの着物をきて、腰に手ぬぐいをさげたりした女たちが、おもてのかまどで 火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐず煮えていました。 そうしき 「ああ葬式だ。と、ごんは思いました。「兵十の家のだれが死んだんだろう。」 ろくじぞう お昼がすぎると、ごんは、村の墓地へ行って、六地蔵さんのかげにかくれていまし やすけ かない かみ に
「やれやれ、なんという罪のねえ盗人だ。そういう人ごみの中では、人のふところや たもとに気をつけるものだ。とんまめが。もうい「ペんきさまもやりなおしてこい。 その笛はここへおいていけ。」 角兵衛はしかられて、笛を草の中〈おき、また村にはい 0 ていきました。 かんなたろう おしまいに帰ってきたのは鉋太郎でした。 「きさまも、ろくなものは見てこなかったろう。」 と、聞かないさきから、かしらがいいました。 「いや、金持ちがありました。金持ちが。」 と、鉋太郎は声をはずませていいました。金持ちと聞いて、かしらはにこにことしま した。 「おお、金持ちか。」 「金持ちです。金持ちです。すばらしいりつばな家でした。」 「うん。」 「そのざしきの天じようときたら、さつま杉の一まい板なんで、こんなのを見たら、 ふえ つみ ぬすびと
をとげることです。 ごんぎつねと兵十の心のすれちがいを考えますと、つぎのようになります。 ごんぎつねのちょっとしたいたずらのため、兵十のおっかあは、うなぎを食べることができ ないままに死んでしまいます。ごんぎつねは、今は自分とおなじひとり・ほっちの兵十に、その つぐないをしようと思います。 ど ねんぶつ きちべえ かすけ ごんぎつねは、兵十と加助のあとをつけて吉兵衛の家へ行き、井戸のそばにしやがんで念仏 の終わるまで待っています。そのとき、ごんぎつねはどんなことを考えたでしようか。 きよ、つ ポンポンという木魚の音、お経の声が聞こえてくると、きっとごんぎつねは、兵十のおっか あの心を思い、兵十のつらかった気持ちを考え、自分のいたずらを深く反省し、おっかあの霊 に手を合わせたと思います。 しかし、ごんぎつねの心を兵十は知らす、これまでにごんぎつねのはこんだくりやまったけ ぜん を、神様のおめぐみだと思います。ごんぎつねの善意はつうじないのです。ごんぎつねは、「お れは、ひきあわないなあ」と思います。気持ちのすれちがいは、このようにして最後までつづ きます。 兵十は、ごんぎつねを火なわ銃でうったあとではじめて、くりやまったけの贈り主がごんぎ へいじゅう もく」よ はんせい おくぬし 193
いしたろう うな石太郎が、こんなにはっきり、ちくしようっという日本語を使ったこともふしぎ ふかかい だったし、こんなにすばしこい動作ができるということも不可解な気がした。 それはともかく、そのとき春吉君は、藤井先生が、このかたいなかの、学問のでき やひ げれつ ない、下劣で野卑な生徒たちに、しごく適した先生になられたことを感じたのである。 といって、べつだん失望したわけでもない。けつきよく、親しみをお・ほえて、それが よかったのだ。 じんたろう 藤井先生は、石太郎ととらえたあのいたちを、ヘびつかみの甚太郎に、二円三十銭 で売った。その金で、小使いのおじさんと一ばいやったという話を、二ー三日して春 どくしん 吉君は、みんなからただおもしろく聞いた。先生はまだ独身で、小使室のとなりの宿 ねお ちよくしつ 直室で寝起きしていられたのである。 げんごべえ 教室でも先生が変化したことは、おなじことだった。坂市君や、源五兵衛君や、照 とくほん じろう 次郎君などが、知らない文字をうのみにして読本を読んでいっても、最初のころのよ ゅうび うに、え、え、と、優美にとがめるようなことはされなくなった。年よりの、ぜんそ いしぐろ くもちの石黒先生とおなじように、知らんふりしてズボンのポケットに両手をつつこ しつばう どうさ てき さかいち こづかいしつ しゆく て 120
いっぴん そしてついに、こんどこそはと思われる逸品ができあがりつつあった。春吉君は、細 しんちゅうい 心の注意をはらって、竹べらをぬらしては、茶わんのはらの凹凸をならしていった。 すっかり茶わんに心をうばわれ、ほかのいっさいのことをわすれていたが、ふとわ れにかえった春吉君は、「しまった。」と思った。朝からすこし腹ぐあいがわるく、な したはら にか重いものが下腹いっこ、 しにつまっている感じで、ときどき、ぶっぷっと豆のにえ るような音もしていたので、ゆだんすると屁をするそと、心をいましめていたのだが、 ねっちゅう ついに、しごとに熱中していて、今その屁を音もたてずにしてしまったのである。お しゅうき かげで腹がかるくなったが、腹のかるくなるほどの屁というものは、はげしい臭気を ともなっているはすだと、春吉君は思った。 うまくだれも気づかずにいてくれればよいがと、春吉君はひそかに願った。ならび げんごべえ の席にいる源五兵衛君は、鼻じるをすすりながら、ぶかっこうに大きな動物ーーーたぶ どりよく ん、かめだろうと思われるが、ともかく四足動物の四本めの足をくつつけようと努力 てるじろう よねん よのすけ せいさく している。うしろの照次郎君も、与之助君も、それそれの制作に余念がない。 とお すこし時間がたった。春吉君はたすかったと思った。と、そのせつな、古手屋の遠 せき へ おうとっ ふるてや 124