ら、剣をほうりだして、クロの首っ玉にしがみつきました。見物の子どもたちが、ま たどっと声をあげてわらいました。 「こらつ。」 だんちょう 団長はつけひげをつけた、ひげだらけの顔に、するどくとがった目をむいて、身が まえをしました。クロはちらっと、団長のそのおそろしい顔を見ました。それは団長 しようばう が、いつも正坊をおこりつけるときの顔でした。そこでクロはてつきり、団長がいっ かたな ものように、ほんとにおこって、正坊を竹の刀でなぐりつけるのだと思いました。 「こらつ。」 団長はまた、刀をふりかぶりました。と、クロは、ウオウッとひと声ほえるといっ しょに、正坊のからだをかるがるとくわえて、あっといううちに、見物人の中をかけ ぬけて、テントの外へとびだしてしまいました。これには見物人も団長も、留じいさ んもあっけにとられてしまいました。正坊もびつくりしてしまいました。 やがて、テントの外の原つばにおろされると、正坊は、クロの頭やせなかをやさし ぶたい くなでまわして、なだめすかしました。そしてやっと、舞台へつれてかえると、まず けんぶつ とめ 101
けんぶっせき ぞく だんちょう 見物席にむかっておわびをいし 、賊のすがたの団長にあやまりました。見物人はか ぶたい えって、やんやとはしゃぎさわいでよろこびました。団長は舞台のうしろで、にがわ らいをしていました。 四 小さなサーカスは、村々をねっしんにうってまわりましたが、みいりはほんの、み んなが、かっかったべていけるだけの、わずかなものでした。 びよ、つき そのうちに、一とうの馬が病気で死んでしまいました。「おしいことをしたなあ。」 だんちょう ちょ しようばう と、団長をはじめ、留じいさんもお千代さんも、正坊も五郎も、馬の死がいをとりま いてなげきました。 それからひと月もたったある朝、目をさましてみると、団長とお千代さんと、正坊 かるわざし の三人きりをのこして、ほかの軽業師は、みんな小屋をにげだしていました。これで こう」よう はいよいよ、興行することができなくなりました。団長もしかたなく、わかれわかれ になることに話をきめました。 とめ 102
ク〔はおりにいれられたまま、車にゆられて、町の動物園に売られていきました。 しようばう 正坊とお千代さんは、のこ 0 た一とうの馬と、テントやテーブルやいすなそを売り はらって、できたお金をもらいました。 だんちょう 「団長さんはなんにもなくなって、どうするの。」 と、正坊がたずねますと、団長はさびしそうにわらって、 「なんにもなく 0 て家を出たんだから、なんにもなく 0 て家〈帰るんだよ。」 けいさっ といいました。団長は、町の警察にたのんで、正坊とお千代さんを、メリャス工場〈 住みこませてもらいました。 五 ク 0 は町の動物園にかわれるようにな 0 てからは、まい日、カのない目で、青い空 のほうばかり見あげていました。正坊やお千代さんはどうしているんだろうなあ、も ういちどあ 0 て、あの「ゆうかんなる水兵」の曲が聞きたいなあと、そんなことを思 いつづけてでもいるようなかっこうでした。 きよく どうぶつえん 103
かんせい わあっという歓声といっしょに、ばちばちと拍手の音がひびいてきました。すると、 ちょ ぶたい ダンスをおわったお千代さんが、うすもも色のスカートをひらひらさせて、舞台うら へひきさがってきました。つぎは、くまのクロが出る番になっていました。くまっか うわぎ いの五郎が、ようかん色になったビロード の上着をつけ、長ぐっをはいて、シッ シュッとむちをならしながら、おりのそばへ行きました。 こうでばん 「さあ、クロ公、出番だ。しつかりたのむよ。」 と、わらいながらとびらをあけましたが、、 とうしたのか、クロはいつものように立ち あがってくるようすが見えません。おやと思って、五郎がこごんでみますと、クロは は からたじゅうあせだくになって、目をつむり、歯をくいしばって、ふとい息をついて いるのです。 だんちょう 「たいへんだ、団長さん。クロがはらいたをおこしたらしいです。」 ざいん 団長もほかの座員も、ドカドカとあつまってきました。五郎は団長とふたりがかり かわ で、竹の皮でくるんだ、黒い丸薬をのませようとしましたが、クロはくいしばったロ からフウフウあわをふきふき、首をふりうごかして、どうしても口をひらきません。 がんやく はくしゅ
しようば、つ こんなことがあってから、正坊とクロは、まえよりもまたいっそう、はなれられな だんにんきもの いなかよしになり、見物人からも、団の人気者にされました。 こう」よう これも、やはり、ある村で興行していたときでした。いつも正坊やクロといっしょ さきち どうけやく に出て、喜劇をする道化役の佐吉さんが、一座からぬけて、にげだしてしまったので、 だんちょう そのかわりを、ふとった団長がっとめることになりました。 「クロ、出る番だよ。」 正坊はクロをおりの中からだすと、れいによ . って鼻のうえをなでさすりながら、ク ロの大すきなビスケットを、ロの中へいれてやりました。 ぶたい とめ 舞台では留じいさんが「ゆうかんなる水」のラ〉。 ( を、鳴らしはじめました。 ラロララ、ラララ ラロ、ラロ、ラ ラロララ、ラロラ ラロ、ラロラ ラロ、ラロ、ラロラ ん けんぶつにん
しばらくして、。ヒリ。ヒリッとおなかのあたりが波をうったと思いますと、クロは四つ んばいになって、おりの中をこまのようにくるいまわりました。それから、わらのと こにドタリとたおれて、ふうッと大きく息をふいて、目をショポショポさせています。 けんぶっせき 見物席のほうからは、つぎのだしものをさいそくする拍手の音が、。 ( チパチひびい どうけやく さきち ぶたい てきます。そこでとうとう、道化役の佐吉さんが、クロにかわって、舞台に出ること にしました。そのとき、だれかが、 しようばう 「正坊がいたら、薬をのむがなあ。」 と、ため息をつくようこ、 冫しいました。団長は、 「そうだ。お千代、正坊をつれてこい と、ふといだみ声でめいじました。お千代は馬を一とうひきだして、ダンスすがたの まま、ひらりとまたがると、白いたん・ほ道を、となり村へむかってかけていきました。 正坊は初日のはしごのりで、足をひねってすじをつらせ、となり村の病院にはいっ しょにち だんちょう はくしゅ
ラロ、ラロ、ラ しようばう 正坊は、白い鳥のはねのついたぼうしをかぶり、金ピカのおもちゃのけんをこしに しようぐん つるして、将軍になりすまして、クロのせなかにのつかりました。クロはラッパの音 ほちト、つ ぶたい に歩調をあわせて、元気よく舞台へ出ていきました。 「あらわれましたのは、ソコヌケ将軍と、愛馬クロにござーい。」 こうじよう とめ 留じいさんが口上をのべますと、正坊はクロのせなかから、コロリところげ落ちて けんぶつにん みせました。見物人はどっとわらって、手をたたきました。 とうぞく 「将軍はただいまから、盗賊たいじに出発のところでござーい。」 クロが、ああんと赤い口をあけました。将軍の正坊は、クロのせなかにまたがった まま、ポケットからビスケットをつかみだして、ロの中へいれてやりました。クロは 正坊の手首までくわえてしまいました。正坊は目をパチクリさせて、またクロのせな かから、おっこちてみせて、見物人をよろこばせました。 おおだち やがて賊にふんした団長が、銀紙をはったキラキラした大太刀をひつつかんで出て きました。正坊のソコヌケ将軍は、それを見ると、おどろいて、ブルブルふるえなが ぞく 0 だんちょう ぎんがみ しゆっぱっ 100
けれど和太郎さんのおかあさんは、じぶんの考えをいつまでも、 こんま さんもとうとう根負けがしてしまって、 「よし、それでは、捜索することにしよう。」 といいました。 おうえん じけん せいねんだんちゅうざいじゅんさ いつも事件が起こったときには、村の青年団が駐在巡査の応援をすることになって いましたので、芝田さんは青年団の人びとにあつまってもらいました。まもなく青年 せいふく 団員は制服を着てゲートルをまいて、棒きれを持ってよってきました。青年団員ばか りでなく、ほかのおとなや、腰のまがりかかったおじいさんまで、やってきました。 じつは、このような、夜中に人が消えたというような事件は、この村には、もう何 十年も、なかったのでした。このまえ、青年団が芝田さんの応援をしたのは、西山の ふもとのわら小屋に草焼きの火がうつったときのことで、事件はたいそうかんたんで した。しかし、こんどの事件は、これはなかなかむすかしいのです。いっこい、どう そうさく して捜索をはじめたらいいのでしよう。 とみてつ 、ことを思いだしてくれま すると、富鉄さんという、大きい鼻のおじいさんが、いし そうさく しいはるので、芝田 しばた