みこは、 いつも ねっしん ご熱心 ですな。 ところで、みこ。 わたしは、 もののべのもりや 物部守屋の やり・カナ ( ー 腹がたちます。 あの男は、 み仏の道に すべて反対して きました。 この前も・ こころ まとけ ええ、み仏を おがむと、 心があらわれ るよ , フな、 気がします。 おとこ みち はんた、 ノー 0 えき病がはやったときに、 , それをみ仏のせいにして、塔を やきはらってしまったのです。 ま父ちこ つのれ たうは 同要たわ じ仕した で打うし すちの と 0 そればかりカ みこ、 やつは、尼たちをみ仏の みちひろ とらえて、むちで道を広 うったりしたの めることは、 です。 わが国をゆた かな、よい国 にす・るこし J に もなります。 あま なんと ひどい ことを みち み仏の道を しんじる者は、 ちからあ 力を合わせなければ なりませぬぞ : みこには、 よくおわか りのはず。 もの 0 ( 50 )
六〇六、鳥 ( 止利 ) 広師によってつくられ た仏像ガ「 ( の寺にあさ められました。 * さんぞん " 亠っ この三尊仏のうち釈 一邇姐来は、参されて、 一も「 k 」として 親しまれていまヴ。高第一 さは約三メートルでヴ。 ちゅうし 4 * 三尊仏 : ・中しになる仏像と両わきの仏像。 されぞんぶつ この中に、 み仏が おわすのか。 亠のり・かナし ことじゃ。
み仏の教えは、 ふか まことに深いもの と聞いておる。 ( 2 わが国でも、 まつるべき ・ころ , っカ 外国では 早くから、み仏を うやまっております。 わが国でもぜひ : はや 0 0 きんめいてんのう 欽明天皇 わたしも 反対。 うむ。 もののべ では、物部の * おおむらじかんい 大連の考えを 聞こ , フ。 またれい′ そが * おおおみ 蘇我の大臣 わしは反対じゃ。 石 やまとちょ・フて、 もっとちから * 大臣、大連・ : ともに、大和朝廷が最も力のある豪族にあたえた地俺の各。ペ し、しかし わか国には、 むかし ンフ 吐日から この りつばな 神ご - っしい お姿を 神がみが ) あるでは 見られよ。 ないカ これ これ P おおおみおおりし 今さら、仏など まつれば、 わが国の神がみ のおいかりを まねき ましょ , フぞ かみ かみ まし」 , イ 3 0- 0 - フ - フむ 0 み はつはつは、 にれュう ただの人形 ではないか。 ごの、、 くそ ) : さんしよう ージ参照。 4 ( 46 )
。 0 ) み仏に おいのり しましょ - つ。 わたしは、 はし」け み仏をしん じよ、フと 田 , つか・ そちたちの 意見を 聞きたい。 よし」け うむ さんせい 賛成′ 反対′ 絶対に なりま せぬ / まこ AJ に , つれしい おことば / そのとおり でござい ます。 ええと、 ( 0 ~ わしは 賛成 さんせい おおきみ 大王が、 おなく なり・ . に . なられた。 ええっ′ . かさ争 : い らはい では、 おだやかに すみそうも オしオ 馬子どのは、 はっせべのおうじ 泊瀬部皇子 かんが さまを考えて るよ , フ・こ・ もちろん、 もりや 守屋どのは それに反対。 すると、 次の大王 つぎおおきみ ( 52 )
Ⅷ聞 llil 川 おきさきの かしわ一・のおおいらつめ 膳大郎女さまも おたおれに なられたそうで 望うさ どちらのご病気 も、たいへん重 、 AJ カ 六一 = 一、一目みこさまの びようき しょ・つとく′、 ご病気が、 聖徳太子ま、の とこにプきましを。一日も早く おなおりに なります・よ , フに。 はや ど , フカ まとけ み仏の おすくいを その翌日—「 みこさま、 お気を しつかり。 よくじっ 世間虚仮 ゆいぶつゼしん 唯仏是真 せけんこけ
物 0 凱物、退物可 数日後 みこさまの 最後の おことばを、 おったえに まいりまし 、、 0 2 イ / イみ : 冫 0 歳△ - フ , フむ 世間は むなしい、 ほとけ みム、ごナゞ まこし J だし J な是え唯 ; 虚世せな り真え、仮ゖ間んに 仏なは のり みこさまは、、 しつも このことば」、ロに されておられました。 そ - フ、 わたくし このししゅうは、「天赧羅 繼帳」といいまヴ。 みこさまの いらっしやる み仏の国を、 ししゅ , フに あらわしたい おも と思います。 まレ」け ( 70 )
みようは・フれんげ、エう きさってん ー・ , 、、よ・ 1 ( つきょ・つ 一りやく * 決経 : ・仏教の経典の一つ。妙法蓮華経の略。 太子みすガらも仏の教えを ときました。 政治をみる なたわらで、 しょ - っとくたいし 聖徳太子は べん、まう ぶつきよう 仏教の勉強 にもはげみました。 ヴぐれた 僧について一 ) び : △フ日は 法華経について お話をします。 : 」い - つのか ひと 人びとをおすく なる、み仏の おことばです。 ほんし J , つに あり・かナ、 教えですわ。 子は 難みと 飜なして、 れきれしし上 歴史書をつ くりはじめ ました。 そして、 を書いたといわれて います。 もっと、 深く学び ナし・ わしのことも よく書いて ましいものだ。 ええ、 たいへん けっこ - フな ことです。 てんのう 大臣、これで天皇 のことや、わが きろく れきし 国の歴史を記録 にのこせます。 おおおみ ( 68 )
「。のころの豪族は、 のつなガりのある 者主で、集団を つくっていました。 これを「氏」と しいます。ガな 「氏」は、朝廷での 地矼によって、臣、 みやっこ 、、造といった 称号をあたえられてい ました。これを「姓」 大連物部氏 といいます。 こうした政治のし < みを、「氏姓制度」とい大臣蘇我氏 いまヴ。 宿禧〇〇氏 蘇我氏 経済や、 力い・ : っ 4 」・れし」 - フ 外交担当。 めいてき 明的。 ふん、 ー」あい ~ ま 石頭′・ 軽はずみ の、新し がりやめ′ おおらじ おおおみ ものの・ヘし 造〇 x 氏 既田と物 は、それはつ。 それ大臣、大ありかたい 連という、最ことです。 高の位にあり、 一あたがいの利 系で、た こいりつ びたび対立し ていました。ちつ。 もののべし 物部氏 軍事や、 担当 よしゅてき 保守的。 おおおみ おお , つ、つむ・ 稲目、そちに このみ仏を あずけよう。 こころみに、そち がまつってくれ。 よレ」け ありがたや、 ) ありがたや ひわリ 光かがやいて、 、らっしやる すばらしい は、広を分の 冢でまつりました。 まに、近くにあった家をき よめて寺としました。 日本ではじめての寺でヴ。 ょにし J ( て・ 仏さま : ( 47 )
ー寺 物身いさう 部夐くすう ーださがむ だひえひ / くつけ * してんのう 四天王の お姿を きざんで います。 * 四天工 : ・仏教で、東西南北の四方をまもる神。 かてるよ , フ、 このみ仏に おいのりを するのです。 みこ、何を お作りになって いるのです。 してんのうぶつきよう すかた うむ、それは りつばな心がけ ですな。 かみ こころ 0 ー 0 ( 54 )
七世紀のはじめ、 大和 ( 奈良見 ) の里ーー i 翦明聾当甎 やまと と なんと おごそかな、 お寺なんで しょ , っ * いかるてら いよいよ、 斑鳩寺の かんせい 完成も まちカ 間近いな 法弩 寺し の と ほ′ルし J , つに、 太子さまに ふさわしい お寺ですわ。 し りつよ、ご なあ′・ 0 9 どうだね・ ほとけおし み仏の教えを 広めるのに、 ま一」 J に理飆 0 的だろう。 あなた、 さぞ ご満足で しようね。 まんぞく ( 44 )