「神さま、この病気を、子どもにうっさないでくださいませ。」 と、手をあわせました。また、お父さんは、 「かわいい子どもたちのお母さんに、けんこうをお返しください。」 と、おいのりしました。 ねえ ある時、マーニヤの姉さんが、お父さんに聞きました。 「お父さまは、神さまに、なんといっておいのりしているの。」 あたま すると、お父さんは、子どもたちの頭をやさしくなでながら、うつかり、 「お母さんのけんこうを、お返しくださいといのっているよ。」 しいました。姉さんのゾーシャは、びつくりして、 びようにん 「まあ、それじゃ、お母さんが病人みたいね。」 と、顔いろをかえました。お父さんは、はっとして、 すこ しそかしいからだろうか、少しつかれているように 「近ごろ、お母さんは、ゝ と、 ちか かみ かえ
げんき 夫になったりして、さわぎまわっている、元気なマーニヤの生まれたのは、 がっか ねん 一八六七年の十一月七日でした。 ねん 今から、かぞえて百十年あまり、前のことです。 くに マーニヤの住んでいるみやこ、ワルシャワのあるポーランドという国は、 レ J 、つほ′、 ヨーロッパですが、ずっと東北よりです。 りくち 北はバルト海にのぞんでいて、陸地は、ロシアとドイツとに、はさまれて います。 ロシアの王さまは、 「もう、ポーランドなんていう国はない。」 くび と、いばりますが、ポーランド人は首をふります。 「いや、いや、どういたしまして。くどいように、なんべんもくり返します とち が、せんりようされていようともこの土地は、わたしたちが神さまからい きた おう 力し かみ
たのです。 子どもたちの顔が、お母さんに近づくと、あわててお母さんが、顔をそむ おも けたのも、病気のいきを、子どもがすいこんだら、たいへんだと思ったから でした。 おな マーニヤは、よその子どもと同じように、お母さんにキスしてもらったり、 ほおずりしてもらいたいと思いました。 そして、それをしてもらえないのを、かなしく思いました。 けれど、マ 1 ニヤのお母さんも、かなしかったのです。病気のために、子 どもたちを思いきりかわいがることができないのは、お母さんとしては、身 を切られるようなかなしみでありました。 ・カいヤ」 ~ 、 ゅうがた 外国では、夕方、イエスさま ( 神さま ) においのりします。 そのおいのりの時にも、お母さんは、 かみ ちか み
ノート一さつ、ありません。 きようかしょ 「みなさんは、教科書もノートも持ってこないのですか。」 と、役人はききました。 かおいろ すると、先生は、顔色もかえずに、 きようは、さいほうを教える日です。」 「はい、 こた と、答えます。せいとたちは、机の下に手をおいてだまっています。 しました。 役人は、先生にいゝ ひとりた 「だれか、せいとを一人、立たせてください。しつもんします。 せいとは、それを聞くと、はっとして心の中で、神さまにいのりました。 「神さま、どうぞわたしが立たせられませんように、おねがいします。 先生は、きのどくそうに、まどから三れつめにすわっているマーニヤの顔 をながめ、ごめんねという、ひょうじようで、 おし ひ かみ かお
「わたしも、いっしょにいきたい。 と、つ と、なみだぐむマーニヤのかたに手をおいて、お父さんは、 かあ 「お母さんは、元気になって、すぐ、かえってくるよ。さみしいけれどまっ ていようね。 しいました。 と、やさしく ) 一年たって、お母さんは、かえってきましたが、めつきりやせおとろえて いしやみ いました。医者に見はなされて、かえってきたのでした。 お父さんは、お母さんが、元気になってかえってくるのをねがっていたの です。マーニヤも、お父さんと同じ心でした。そのねがいを神さまが、聞き とどけてくださらなかったというわけです。 まいにちゅうがた 子どもたちが、お父さんといっしょに、毎日、夕方のおいのりの時、 かえ 「神さま、お母さんのけんこうを、お返しください。」 ねん かみ
は、「どうぞ、神さま、お母さんのけんこうを、お返しください。」でありま した。 だのに、神さまは、お母さんをもとどおりの、じようぶな体に、返してく ねん ださいませんでした。そればかりか、その二年まえに、だいじな、だいじな、 ゾーシャ姉さんまで、つれていってしまったのです。 じゅうじ てら マーニヤはかなしくて、ノートル・ダムのお寺へおまいりして、十字を切っ ても、今までのように、すなおな気持ちにはなれませんでした。くちびるを かみ、なみだをながすのでした。 そこで、お父さんは、やさしく、四人の子どもたちにさとしました。 おも 「かなしいことを、くよくよ思いだすのは、としよりです。子どもは、ちゃ んと、前をむきなさい。そして、たのしくうたいなさい。十才のおばあさ んなんて、おかしいよ、マーニヤ。 かみ かあ かえ
おも 思えるからだよ。」 と、つけたしました。 「そういえば、そうね。 と、ゾーシャは、かしこそうな目をふせました。 しん 子どもたちには、お母さんが、病気だとは信じられませんでした。けれど、 お父さんのおいのりは、なにか、わけがあるようにも思えました。 ゅうがた それからは、夕方のおいのりには、子どもたちも、小さな手で、十字をき 「お母さんのけんこうを、お返しください。」 っしんに、やさしく、神さまにおねがいするのでした。
ような気がして、むねをしめつけられるのでした。 おも マーニヤは、なみだをながしながら、思わず、両手を、むねにひしとくみ あわせて、 「神さま、おねがいです。」 と、お母さんが、天にのばっていかないように、ひっしになっておねがいす るのでした。 こうしたかなしい日がつづいているとき、またその上にも、かなしいこと おも がおこりました。思いがけないことです。 お母さんに、つきっきりで、かんごしていたゾーシャ姉さんが、お母さん れいはいどう あし よりも、一足さきに、ノートル・ダムの礼拝堂のかねの音にのって、天にの ばってしまったのです。 ◆ひょ , つき お母さんの病気が、うつったのではありません。 かみ てん りようて うえ
と、ながいあいだ、おいのりをつづけてきたのに、どうしても聞きとどけて くださらないのです。 がわ びようき よいよおもくなると、子どもたちはビスツーラー お母さんの病気が、い れいはいどう のほとりにある、ノートル・ダムの礼拝堂へ、おいのりにいきました。 なだかふる たてもの てら せかい このお寺は、いつぶうかわった建物で、世界でも名高い古いお寺です。四 はんどう と、つ あか かくの塔も、赤い石でくみたてられた、かいだん式の本堂も、みようにゆが あおそゞ んで、青い空にそそりたっています。 高い塔の上で、カラン、コロンとかねがなりました。 おと そのかねの音を聞いていると、マーニヤはなみだがあふれてきてなりませ んでした。 神さまが、天からおりてきて、お母さんをたすけてくださるのではなくて、 あのかねの音にのって、お母さんのたましいが、今にも、天にのばっていく かみ てん こ てん
「わたしたちをおさめられた、さいきんの王さまの名を、あげてごらんなさ 「はい、 カトリーヌ二世、ポール一世、アレクサンドル一世、ニコラス一世、 アレクサンドル二世 : : : 」 役人は、うなずきました。 「わたしたちをおさめてくださる、今の王さまの名は、なんとゝ マーニヤは、ちょっとまよいます。 とち ポ 1 ランドは、ロシア、ドイツ、オ 1 ストリアなどに、土地をわけどりさ れていて、このみやこ、ワルシャワは、今はロシアにせんりようされている から、おさめている王さまは、ロシアの王さまにちがいありません。 けれど、ポーランド人にとっては、ロシアの王さまの名をあげるのは、身 おな を切られるよりもつらいのです。この気持ちは、おとなも、子どもも同じこ おう しいます。」