日 - みる会図書館


検索対象: 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ
84件見つかりました。

1. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

ーレよノ、、レ」、つ ないぶかんさっ ないし一よ、つ こふん うに、内視鏡 ( 古墳の内部や、食道や胃の内部を観察する器具 ) を使って、キツネ と、つじ しやしん すあな の巣穴の中をのぞいたり、写真にとったりすることができたでしよう。でも当時は、 み すあな キツネが使わなくなったのを見とどけたうえで、巣穴をこわして見る以外に、その ないふ 内部のつくりやようすを調べる方法がありませんでした。 ー刀 ひあ ふゅ その日会った「ケマ」は、冬のさなかに見かけたスマートな姿とは、うって変わ しゆっさん み って、ずんぐりと胴がふくらんでいました。キツネの出産は、身ごもってから五〇 おも す、つにち 数日と聞いていましたので、おそらく、あと数日で子を産むのだろうと思いました。 よ わたくし はんしゃてき 「ケマ」と呼ぶと、ほとんど反射的にチラッと私のほうをふりむいただけで、そ どろい すがたみ のまま小走りに、土囲のかげにかけこんだきり、その日は、ついに姿を見せること はありませんでした。 「ケマ」親子 力いこん もりばっさー こやしゅ、つい 四月も、そろそろ末になると、私たちの小屋の周囲は、開墾のための森の伐採が、 がっ すえ ないふ おやこ わたくし み すうじっ ひ すがた み つか し・刀し

2. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

いものの、生後わずか四か月で、おどろくほどり 0 ばな、野生のハンターに成長し ていたのです。 さり・ げんや 霧の原野 こんせんげんやほっかいとう とうぶ くしろ ねむろちほうひろ げんや 根釧原野 ( 北海道の東部、釧路と根室地方に広がる原野 ) の七月は、俗にガスと呼 去、り・ ミ一り・ ほんしゅ、っちほ、つ さんかん ばれる霧の季節です。この霧は、本州地方の山間で、秋のころよく見られる霧やも まいとしりゆ、つひょ、つ ながで うみあ やとはちが 0 て、毎年、流氷が流れ出る海明けのころ、はるか北太平洋からオホー はっせい おお おも いりゆ、つむ ック海にかけて発生する、つぶが大きくて重い移流霧といわれる海霧のことです。こ どかいじよ、つ はっせい れは、一度海上で発生すると、つぎからつぎへと、袵充されながら、風におされて ないりくふか しんにゆ、つ えんがん げんや 内陸深く進入し、たちまち、広大な沿岸の原野を、、つ 0 とうしく暗く冷たい低温の べールに、おしつつんでしまいます。 のうむ このあたりでは、こうした濃霧の日が、一年のうち % 以上もあります。ことに七月 ー刀し・カ の開花どきには、月のうち、晴れの日がほんの数日で、残りの二〇数日は、非情にも、 きせつ つき こうだい ねん すうじっ やせい

3. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

れんじつつか あな ノウサギといえば、この動物は、一度ねぐらにした穴を、二度も三度も、連日使っ どっか おも つか 日 てみたり、中一日おいて使ったり、そうかと思うと、一度使っただけで、そのまま、 日 ある かならず、歩いてき 活すててしまったりします。そして、そのねぐらにとまるときは、 いた方向とは、まったくちがった方向に、横っとびに身をひるがえしては、数メートル やす あな しやしん なかゆきあな もはなれた、ブッシュの中の雪穴 ( 別ページの写真のような穴 ) にとびこんで休みま れ まツてのシれ ま しネい地ちュ たのる点ー す し にや のい ボと Ut ぶそ住すっ むた ーさタ ンえーのであ あンあはたと りは は ままて ま たしき D と 森台れ たまのに す場ば月竃がな そ 所鬟のあ れそ にのそか明象りと で な理りしらる ら由うて出でい沢えは て夜支がな つは たま翌き なあか かだ日と E どり た のわのの よかタ粤場ばノ小をの うりぐ所ょウさで にまれにサなす せまむギ湿匕 遠んでかは地ち や じ 出でそっそのく かうとれくば けし動 3 かれ地ち なたからるが い夜支ずま た なに なにさ とど く ん がは プ見み も あ りキっ D ッら ほ、つ一」、つ なか どうぶつ ま、つ、」、つ よこ すう 101

4. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

こうざんしよくぶつ あたりのお ~ 世畑で、一日じゅう、高山植物の実を食べてくらします。そして、日ご やまお とに寒さがましてくるにつれて、どんどん山を降り、ヤマブドウや、コクワやドング たいりよう ひか ふゅあな リなどをあさりなから、冬の穴ごもりにそなえて、皮下に大量の脂肪をたくわえま あな おな また、このヒグマと同じように、穴ごもりする小さなシマリスやナキウサギたちも、 このころ、草の実や、木の実などを、その場で食べたり、巣にはこんだり、ためこん ふゅ だりして、さかんに動きまわります。そして、そんな冬じたくのために、いそがしく 山を登り降りする小さな動物たちを狩るために、たくさんのキタキツネが、とちゅう でまちぶせたり、追いかけたりして、一日じゅうかけまわります。 ひがし だいせつざん ちょうどそのころにはまた、大雪山から東へ二〇〇キロメ 1 トルもはなれた、 おこな どうぶつ おな 私たちの住む原野でも、ま 0 たく同じようなことが、動物たちによって行われて いました。 だいはんしよく その年は、エゾャチネズミという小さなノネズミか、、大繁殖をした年だ 0 たので、 はっせいちあっ それを目当てに、たくさんのキタキツネが、その発生地に集まってきていました。 どうぶつ

5. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

「ケマの子たちは、どれくらいに育ったか、見当がつく ? 」 「さあーーーこ ぜんご 「生まれたときは一〇〇グラム前後だけど、おそらくはもう、親からえさをもらっ て食べているころだから、五〇〇グラムくらいにはなっているだろうね。」 はや 「そんなに早く ? 」 「これからは、もっともっと、育ちが早くなる。まあ、かいつまんでいえば、一三 にちぜんご 日前後で目があき、二〇日くらいで、親のあたえるえものの肉を食べはじめ、動きが かつばっ 活発になり、体重も、そのころからめつきりふえつづける。四〇日ごろには、一キ そだ ログラムぐらいになる。クマもそうだが、 " 、 月さく産んで大きく育てよ ~ ということ わざは、そんなところから出たんだ。」 ほっかしと、つ A 」、つ凵 1 ノ、、ぶ ほ、つ、」 タイチーじいさんは、おもに、北海道の東北部から北部にかけて、野生動物の宝庫 げんやもり どうぶつ すがた といわれた原野や森で、動物たちの生きる姿を、もう何年にもわたって、つぶさに じゅ、つ しぜんなかある お見てきたのです。しかも自由に、自然の中を歩きつづけてきた男らしく、 どこでも、そうした生きものたちの社会のふしぎさを、こともなげに語れるのだと たいじゅう おや はや 。け・んレ」、つ ほくぶ なんねん おお おとこ おや やせいどうぶつ いつでも、

6. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

ひちか 旅立ちの日も近い子ギッネたち たびだ 84

7. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

わかもの 0 て、見るからに、つやつやと療 0 た若者ギッネに成長していました。五頭の子ギ とうめす とうおす ツネのうち、三頭が雄で、二頭が雌でした。 子わかれの日 すあな 巣穴をはなれはじめたころは、母ギッネにまつわりついていて、まずはどこへいく げんや おやこ にもいっしよという、はた目にもほほえましい親子づれでした。でも、この原野にそ なつおわ むらさきいろ ろそろ、うす紫色のヤマハギの花が咲きみだれる、夏の終りごろになると、私た かおあ ちと母ギッネの「ケマ」が顔を合わせることはあっても、もうそのときは、子ギッネ の姿がいっしよとはかぎりませんでした。 おやこ 「そうなっても、親子は、一日のうち三度や五度は、どこかでかならず会っている とろい しいました。といっても、モセウシナイの土囲 ものだよ。」と、タイチーじいさんは、 あそ すあな の巣穴や、そのまわりには、子ギッネたちがもどったようすもなく、遊んだあとさえ なくなっていました。 すがた せいちょう 」、つ わたくし

8. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

3 子わかれの季節 あし めん すがた ギッネたちが、まったく姿を消してしまった日から、ちょうど五日めの夕方、この さわ 沢のホームレンジから去っていきました。「ポン・フレチノ」は、五頭の兄弟ギッネ わたくし からたちい のうちでも、一ばん体が小さく、私たちの目には、いつも母ギッネの「ケマ」の はんめん あま 足に、しつこくまつわりついて、はなれない「甘えんほう」に見えました。その反面、 ひめい きようだい ほかの兄弟ギッネが、母ギッネにはげしくかまれて悲鳴をあげているときでも、ち れいせい やっかりとすわって、じっとそれを冷静にながめていられる、といったずうずうしい 面も、もっていました。 子ギッネたちは、どこへ : わたくし ところで、私たちは、「この子ギッネたちが、親ばなれしたあと、いったん、ど じふんりようち せいかつけん こをどのようにして、自分の領地とか、生活圏としてさがしていったか。」というこ 一よ、つみ とに、興味をもっていました。 はっしんき げんざい かがくぎじゅっすす 科学技術の進んだ現在なら、それぞれの子ギッネの首輪に、発信機をつけて放し、 おや くびわ と、つ きようだい ゅうがた

9. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

しす もう、何ごともなかったかのような、静けさにかえっているのでした。 だいそうげん こうした光景は、はるか南のサバンナ ( 大草原 ) で、命をおとしたレイヨウやガ そうげんそうじゃ ゼルに群らがる、ハゲワシやハイエナ、ジャッカルといった、草原の掃除屋を見るよ ゅうだち げんば うです。その現場は、とてもさわやかとはいえませんが、それにしても、タ立の去っ げんや たあとの風景のように、この北の原野も、さり気なく、さばさばと見えるのでした。 「ポ 1 ン」の足あと れっしやじこ 歹車事故の いったい何をしていたのでしよう。リ ところで、そのころ「ポーン」は、 すちく わたくし おなみちある ひまち あった、つぎの日、町から、いつも同じ道を歩いて、私たちの住む地区にやってく ゅうびんぶつ わたくし る郵便屋 ( 配達員 ) さんが、その日は、私のところに郵便物がなかったのに、寄っ てくれたのです。 ′、 4 つよ、つ 「いいニュースですよ。」と、かれは、さももったいぶった口調で、いってから、 すうけん うえある はや せんろ 「じつは今朝がた早く、線路の上を歩いてましたら、そこから二〇数間 ( およそ五〇 みなみ いのち

10. 生き生き動物の国 野山の名ハンター キツネ

1 キツネとの出会い ーも . り・ まいにちかよ 力いこんち よくじっ ぬれわらじ 、ます ) 。そして、その翌日から森の開墾地へ毎日通いながら、二 「濡草鞋」ともいし ひとす ほったてごや 〇日ほどかけて、やっと、掘立小屋ではありましたが、はじめて人の住める家を、こ 、も . り・ の森に建てました。 じぶん す じぶん みち やせいち 見よう見まねとはいえ、こうして、未知の野生地に、自分の住まいを自分でかまえ こころしゆっぱってん ・カ わたくし ることができたという、その誇りとゆとりか、私たち一家の心の出発点にもなり かんさっ せかい と、つじ わたくし ました。同時に、私にとって、それから、北の野生の生きものたちの世界を観察す おも る、よりどころにもなったと思っています。 私たち一家が、ここに落ち着いたのは、二月の下旬でしたから、そろそろ、この 北国にも、春のきざしが、見えはじめるころでした。 きたぐに 北国の春 こおり ほそさわがわ 力いこんごやのきした 開墾小屋の軒下を流れる、小さく細い沢川は、まだ、張りつめた氷こそ落ちては ひ みずおと いませんでしたが、その下を流れる水音は、日ごとに大きくなっていました。また一 わたくし はる はる み きたやせい がっ おお お