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アジア小農業の再発見

第 2 章利権としての食糧援助 一一ッポン型食糧援助の構造を検証する 第 1 節アメリカの食糧援助 学校給食の思い出 自らの食生活に色濃く影響を与えているものに学校給食のパンがある。一九六〇年代後半から 一九七〇年代はじめにかけての小学校での学校給食では米食は用いられなかった。毎日、毎日、ぼ そぼそのコッペパンか、かさかさの食パンが主食として出され、どんな種類の副食、たとえばうど んが副食であっても、主食は変わることがなかった。当時は自家製の焼き立てパンを売る店なんか はほとんどなかったが、 大手製パン業者の袋入り食パンに比べてもとても食味は劣り、どうしてこ れほど食べにくい ( まずい ) 食パンが給食に出されるのか不思議で仕方なかった。食の細かった私に とって、給食のパンを出されただけ食べるというのは拷問にも等しく、牛乳で流し込んだり、脱脂 粉乳の時には食べきれずにランドセルの片隅に隠して食べたふりをしていた。 神田浩史

ちいさいなかま 2016年09月号

白井三香子 / 作 渡辺あきお / 絵 金の星社 1 991 年初版 1200 円十税 歳児の子どもたちが大好きな絵 2 本の一つが『ゴリラのノヾンやさ 体が大きくて、一見こわそうに見え るゴリラ。でもこの絵本のゴリラはと ってもやさしく強く、すてきで、子ど もたちはそんなゴリラさんがとっても 大好きです。 いはりんばうのキツネがノヾンを買い にくる場面があります。キツネが乱暴 なことはを言いながら、順番を守らす 並んでいる人を抜かし、さらに指人形 の頭をポカリとたたくのです。みん なが心の中で「あっ ! ? キツネさん・・ たたいちゃった・司と真剣に見てい ます。読み終えると、「キツネさん、 たたいたらあかん ! 順番抜かしあか ん ! 」と興奮したようすでお話しして くれる、かわいい子どもたちです。き っと日ごろの自分たちの生活と重なっ て見えているのでしようね。 最後には、キツネさんとみんなが仲 よくなっていっしょにあそんでいる姿 が見られて、「キツネさんと仲よくな ってよかったね ) 」とひと安心する子 どもたちです。 絵本の中のおいしそうなノヾンを見て いると、みんなでパン作りに挑戦して みたくなり、生地作りからクッキンク を楽しみました。混せたり、こねたり しながら「くるまパン、ケーキパン、 かたつむりパン・司とどんどんイメー ジがわいてきます。焼いてみると、ふ っくらふくらんで、すてきなパンので きあがり ! おやつの時間、自分で焼 いたパンをとってもうれしそうに「お いしい ! ! 」と笑顔で食べた子ともたち でした。 、つ 絵本のもかん 兵庫・ポッポ保育園 河村智美 ゴリラの パンやさん 53

アジア小農業の再発見

毎日、みんなが楽しく遊んでいても、掃除が始まっても、居残りで食べさせられていたので、あ る時、思い余って、どうして学校給食ではパンを主食にするのか、年配の教師に聞いたことがあっ 敗戦後の窮乏期を経験していただろうその教師は、戦後の食糧不足の際にアメリカ合州国が小麦 を援助して助けてくれたこと、援助物資は学校給食に優先的に振り向けられたこと、子どもの生育 にはパンと牛乳 ( 脱脂粉乳 ) の方がコメよりも優れているとされていること、などと教えてくれ、し たがって感謝していただかなければならないと説教された。 こういったエピソードをあれから三十年近く経った今でも覚えているというのは、恐らく得心が いかなかったからだと思う。なぜ、得心がいかなかったのか。それは、なぜ日本に援助が必要だっ たのかわからない、 とか、本当にコメよりもパンの方が子どもの生育にとって優れているのか、と 助 いうような理詰めの問題ではなく、それほどまでに学校給食のパンがまずかったということだろう。 援 食現在のようにパンの選択肢が増えても、自分でパンが焼ける状況になっても、パンが好きになれ てないのは、学校給食の悪印象が影響している。ただし、こういった唐変木は数少ない例外である。 し と日本は韓国と並んで、アメリカ合州国の食糧援助の典型的な「成功例」といわれている。受取国の 食生活、農業生産に大きな影響を及ぼし、自国の農産物の輸出先を開拓し、政治的、軍事的に操作 嶂するための道具としてのアメリカ合州国の食糧援助。今日の日本社会でのパン食の定着とアメリカ 第 合州国への小麦依存の高さは、まさにその成功の証である。

小公女 (岩波少年文庫)

「そこであたっておいで。」おかみさんはこういって、小さなおくのへやの火のそばをさし ました。「いい力い、おまえさん。パンのきれつばしも、もらえないようなときがあったら、 ここへきて、わたしにそういうんだよ。わたしは、あのかたのために、かならず、おまえさん にパンをあげることにするからね。」 あま セーラは、のこりの甘パンで、どうやら自分をなぐさめました。なんといっても、そのパン は、あたたかかったのですし、それに、なんにもないよりは、ましでした。道を歩きながら、 セーラよ、ヾ ノンを小さくちぎって、なるべくいつまでもあるように、ゆっくりとたべました。 まほ・フ ひとくち 「これが魔法のパンだとして、」セーラはいいました。「一口たべると、ちゃんとした食事と おなしくら、 ししつ。いになるのだったら。そしたら、こんなにたべては、おなかをこわして しまうわ。」 そと 学校のある町かどまできたころは、外は、もう、くらくなっていました。どの家にも、あか まど りがついていました。いつも「大きいおうち」の人たちがみえるヘやの窓には、まだ、よろい 戸がおりていませんでした。そのころには、セーラが、モンモランシーさんとよんでいる紳士 が、大きないすにこしかけて、まわりに子どもたちがおおぜいあつまっているのが、よくみえ ました。子どもたちは、、 しすの両ひしや、おとうさんのひざの上にのつかったり、よりかかっ しんし 257

アジア小農業の再発見

営農業を推進しているサクーン村も訪問した。もともと、田んぼに小さな池を一つ掘って利用して いたパンは、池の重要な役割に注目し、以後、数年かかって自分の農地に六つの池を掘り、乾季に も水を確保して農業が行なえるようにして、コメだけに頼らないようにした。 一九九一年、パンはと出会った。と出会ってからは、国内外の篤農家と交流するこ とができ、さらに新しい考え方や技術を習得することができた。 現在パンは、コメに加え、果樹、薬樹・薬草、山菜、野菜、薪炭樹、養蚕用の桑、ラタンなど、 約九〇種類の植物を栽培している。何種類かある山菜は、森がなくなった今では珍味となり、遠く まで出荷しなくても、村の中や近隣の町だけで、高値で売れる。グアバなどの果物もよく売れる。 また、桑を餌とする蚕は年六回飼うことができ、糸を繰ってそのままで売ったり、布に織ってから 売ったりしている。畦に植えた木を切って焼き、炭も作っている。 一九九三年にはナマズ、コイなど、数千匹の魚の養殖をはじめた。最初、餌は市場で買っていた が、現在では、誘蛾灯で池に落ちる虫や、繁殖させた白蟻、カタッムリ、そして米糠など、自家製 の餌を与えている。一九九五年まで、農地の中で約三〇羽の鶏を放し飼いにしていたが、農作物を 食べたり、せつかくほどこしたマルチを鶏がついばんで崩したりするので、今ではやめている。 楽器を手作りするほど器用なパンは、土地利用もうまくて芸術的でさえある。池を掘った土を盛 り上げて太くした畦には、野菜、薬草、果樹など、奥になるほど丈を高くして何層にも植えている。 生け垣は若芽を摘んで食べられる木でつくっている。細い畦にも紐を作る材料となるケナフを植え 152

今日もていねいに。

マカロン・コミュニケーション 照れくささをごくりと飲み込んで、一歩だけ前に出る。すると世界は変わります。 一線を越えたコミュニケーションが芽生えた日、人はあたたかく過ごせます。 心のなかにふわりとやさしさが生まれ、それが人から人へと伝わっていく。このよ ろこびは、はんのすこしの勇気で手に入るものなのです。 ハン屋さんで、軽食をとろうとしていました。 その日、僕はおいしい 赤いひさしが目印のお店は、香ばしいフランスパン、甘いデニッシュバン、バター たっぷりのクロワッサンの香りでいつばいです。 カフェになっている二階席でパンとコーヒーを注文すると、六、七種類ものジャム とハチミツが運ばれてきました。お店の女の子がこう言います。 「ジャムは好きなだけお召しあがりください。ただし、絶対にジャムのスプーンを直 接。ハンにつけないでくださいねー いったんお皿にとってからパンにつけて 僕はすこし困りました。衛生面を考慮し、 第 2 章とびきりのランチ

小公女 (岩波少年文庫)

カつがっした声を聞くと、おそろしいようでした。 その子のしわがれた、。、 「この子は、あたしよりも、ひもしいのよ、うえ死にしそうなのだわ。」とひとりごとをい いましたが、四つめのパンをのせてやったときには、セーラの手は、ふるえていました。「あ セーラは、五つめをのせてやりました。 たしはまだ、うえ死にはしないわ。」そういって、 がつがっしたロンドンのこしきむすめは、セーラが、そこをたち去るときも、まだパンをひ むちゅう っさらうようにしては、夢中でロにつめこんでいました。たべるのに夢中で、お礼をいうこと れいぎ わす さえ、忘れていました。たとえ、礼儀をおそわっていたとしても、そうだったのでしよう。ま してこのむすめは、そんなものをおそわってはいませんでした。あわれな、けだものの子にそ つくりでした。 、ました。みちのむこうがわにいったとき、ふりかえって 「さようなら。」と、セーラはい、 あま みると、女の子は、両手に一つずつ甘パンをもっていましたが、たべかけのパンをそのままに して、しっとセーラのほうをみていました。セーラは、かるく頭をさげました。すると女の子 しいつまでも、みていましたがーーーセーラのお おかしいくら、 は、・も、つ一ど、しいっと、 しぎにこたえるように、もしやもしゃの頭を、びよこんとさげました。そして、セーラのすが たがすっかりみえなくなるまで、たべかけの。ハンさえ、たべようとはしませんでした。 まど そのとき、。ハン屋のおかみさんが、店の窓から、そとをのぞきました。

小公女 (岩波少年文庫)

「まあ、ほんとにお金だわ ! ほんとだったわ ! ーとセーラは、息をはずませました。 するとまた、みなさん、うそではありません、すぐ目のまえに店があったのです。しかもパ ン屋の店です。顔があかくて、ふとって、元気そうなおかみさんが、かまからだしたての、 あま ま焼きあがったおいしそうな甘パンをおばんにのせて、ウインドーにならべているところでし た。それは、大きくって、よくふくらんで、つやのある甘パンで、干ブドウまで、はいってい ました。 思いがけないことで、びつくりしたところへ、甘。ハンをみたり、パン屋の地下室から、おい しそうに焼けるパンのにおいがただよってきたりしたので、セーラは、ちょっとのあいだ、ふ らふらとたおれそうになりました。 セーラは、そのお金をつかってもかまわないことは知っていました。ながいこと、どろのな ひとなみ かにおちていたのですし、それに、おとし主だって、一日しゅう、おしあいへしあいの人波に まきこまれて、さがせるはずもありません。 「でも、あたし、。ハン屋のおかみさんのところへいって、なにか、おとさなかったか、聞い てみよう。」と、セーラは、カなくひとりごとをいいました。それで、しき石をわたって、ぬ れた足を入口のふみだんにかけました。そのとき、なにか目にとまり、セーラは、思わず足を とめました。 247

小公女 (岩波少年文庫)

はいて、長くてあつい外とうをきて、上等の靴下をはいて、やぶけていないかさをさしている のよ。そして、 それからーーーやきたての甘パンを売ってるパン屋さんのまえまでくると、 そこに六ペンスおちているのーー・そのお金は、だれのでもないの。もしも、ほんとにおちてい たら、あたしはお店にはいっていって、熱くてもてないような甘パンを六つ買って、ひといき にたべてしまいましよう。」 この世のなかには、ずいぶん、ふしぎなことがおこることもあるものです。 そのとき、セーラにも、ほんとにふしぎなことがおこりました。こんなひとりごとを、 ながら、むこうがわの道へわたろうとしているときでした。そこは、ひどいぬかるみで、まる で、川でもわたっていくような気がしました。なるべくい いところをえらんで、歩くようにし ましたけれども、なかなか思うように歩けませんでした。よさそうなところをみつけるために、 ただ下をむいて、足もとと、ぬかるみに気をつけるよりほかはなかったのです。そうやって下 げすい を見ながら、やっと、むこうがわのしき石にたどりついたときです、下水のなかに、なにか光 ぎんか るものがおちていました。それは、まぎれもなく銀貨でした。 おおぜいの人にふまれた小 さな銀貨でしたが、それでも、まだ光をうしなってはいなかったのです。六ペンスでこそあり ませんでしたが、そのつぎの、四ペンス銀貨でした。 セーラは、むらさき色にかしかんだ手で、すぐ、それをひろいあげました。 力し あ くっした あま 246

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用でございましようか ? 」 さむ それからセーラは、カウンターによりかかって、寒い日に、やどなしの子どもがきたら、あ あま たたかい甘パンをやってくれるように、ということをたのんでみました。 おかみさんは、ましましとセーラの顔を見ながら、びつくりしたような顔をして、しっと聞 いていました。 「まあ、それはそれは ! 」聞きおわると、おかみさんは、もう一ど、そうい いました。「そ んなことをさせていただけましたら、どんなに、うれしいことでございましよう。わたしは、 みうえ 自分でも、はたらいているような身の上でございますから、自分のカでは、たいしたこともで こま きませんが、困っているひとは、そこらしゅうにいるのでございますよ。しかし、こんなこと をお耳にいれて失礼でございますが、あの、 いっかの雨の日からこっち、わたしは、おしよう さまのことを思いだしては、すこしずつですが、ノ、 、 / をめぐんでやってるんでございますよ。 あなたさまは、すっかりおぬれになって、お寒そうでございました。おなかも、ずいぶん すいておいでのようでした。それなのに、あなたさまは、まるで王女さまみたいに、あたたか あま い甘パンをやっておしまいになりました。」 しんし これを聞くと、インドの紳士は、思わず、につこりしました。セーラも、ちょっと、ほほえ みました。あのがつがっしていた子どもの、ばろほろのひざの上に、甘パンをのせてやったと しつれい 393