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女帝の古代史


倭 王 「 武 」 ( 大 王 ・ 雄 略 ) の あ と の 政 治 的 空 白 / こ の 時 代 の 女 性 の 地 位 / 伝 承 上 の 女 王 ・ 飯 豊 王 / 未 婚 か 既 婚 か が あ い ま い な 飯 豊 王 世 俗 的 統 治 能 力 に 優 れ た 女 性 王 族 六 、 七 世 紀 の 女 性 王 族 / 手 白 香 王 女 / 春 日 山 田 王 女 / 堅 塩 媛 / 額 田 部 王 女 / 宝 王 女 / 倭 姫 王 推 古 女 王 廐 戸 王 子 は 若 く し て 「 皇 太 子 」 と な っ た の か / 推 古 即 位 前 の 重 要 な 役 割 / 六 、 七 世 紀 の 王 位 継 承 ル ー ル / 推 古 女 王 の 即 位 / 推 古 女 王 の 事 績 / 推 古 女 王 の 評 価 皇 極 ( 斉 明 ) 女 王 皇 極 女 王 の 即 位 事 情 / 上 宮 王 家 滅 亡 事 件 に つ い て の 『 書 紀 』 記 載 の 不 自 然 さ / 上 宮 王 家 滅 亡 事 件 の 真 相 Ⅱ 皇 極 即 位 の 背 景 / 皇 極 女 王 の 事 績 / 斉 明 女 王 の 即 位 事 情 / 斉 明 女 王 の 事 績 / 皇 極 ( 斉 明 ) 女 王 の 評 価 101

女帝の古代史


手 白 香 王 女 手 白 香 王 女 は 記 紀 に よ る と 、 仁 賢 の 娘 て あ り 、 継 体 の 「 皇 后 」 と な り 、 大 王 ・ 欽 明 を 生 ん だ 女 性 て あ る 。 あ る 意 味 て は 前 代 ま て の 王 統 と 継 体 を 接 続 す る 役 割 を に な っ た 人 物 と い え 、 そ の 子 の 欽 明 は 『 書 紀 』 て は 「 嫡 子 」 と 記 さ れ る 。 春 日 山 田 王 女 安 閑 宣 化 石 姫 系 図 2 手 白 香 王 女 継 体 欽 明 ・ 小 姉 君 推 古 堅 塩 媛 用 明 ー ー ・ 廐 戸 王 子 崇 峻 穴 穂 部 王 子 敏 達 孝 徳 押 坂 彦 人 大 兄 王 子 舒 明 ー ー ー 古 人 大 兄 王 子 ー ー 倭 姫 王 中 大 兄 王 子 皇 極 ( 天 智 ) ( 斉 明 ) 大 海 人 王 子 7 天 武 ) 山 背 大 兄 王 子 竹 田 王 子 △ ( 皇 極 ) ・ 数 字 は 王 位 継 承 の 順 序 を 示 す ・ 波 線 を つ け た 人 物 は 表 に ま と め た 6 名 の 女 性 、 七 世 紀 日 本 占 代 の 女 王 た ち

「クリスとカエルのライル王子」


ク リ ス そ , ぎ ル の ラ 王 子

女帝の古代史


4 一 図 系 ひ つ ぎ し ろ し め 天 皇 位 す 」 ( 皇 極 即 位 前 紀 ー 元 年 正 月 条 ) と 記 す の み て あ る 。 や ま し ろ の お お え 夫 の 田 村 王 子 は 推 古 の 没 後 、 山 背 大 兄 王 子 と 大 王 位 を 争 い 、 蘇 我 氏 の 内 紛 を 巻 き 込 ん だ ふ る ひ と の お お え の ち 、 蘇 我 馬 子 の 娘 と の 間 に 古 人 大 兄 王 子 を も う け て い た ゆ え に 、 よ う や く そ の 支 持 を 得 て 即 位 し 大 王 ・ 舒 明 と な る 。 こ れ に 対 し て 、 山 背 大 兄 王 子 は 蘇 我 氏 出 身 の 女 性 と の 婚 姻 関 係 は 確 認 て き な い 。 大 王 ・ 舒 明 の 死 後 に 皇 極 は 即 位 す る の だ が 、 こ の 時 点 て は 山 背 大 兄 王 明 推 5 崇 4 用 3 敏 2 古 峻 明 達 押 坂 彦 人 大 兄 王 子 廐 戸 王 子 茅 渟 王 舒 明 。 背 大 兄 王 子 孝 徳 ( 斉 明 ) 皇 極 中 大 兄 王 子 ( 天 智 ) 大 海 人 王 子 ( 天 武 ) ( を お 子 有 間 王 子 ・ 数 字 は 王 位 継 承 の 順 序 を 示 す ・ ゴ チ ッ ク で 示 し た 人 物 が 女 王 102

日本の街道 5 京への道


か 。 鎌 倉 幕 府 に 敵 対 し た 後 鳥 羽 上 皇 も 、 ま っ た く 同 度 ) も 熊 野 へ 参 詣 さ れ た と い う 。 後 白 河 法 皇 ()L ← じ 考 え の も と に 、 二 七 度 に も 及 ぶ 御 幸 を 敢 行 さ れ た ) の 三 三 度 と と も に 、 実 に 驚 異 的 な 回 数 で あ る 。 「 ~ ・ に 「 多 く の お 供 を 連 れ 、 か り に 仕 つ ら え た 王 子 の 宿 所 と 思 わ れ る 。 そ れ は 信 仰 と 遊 興 と 政 略 を 兼 ね る 旅 で で 、 は で な 遊 び を さ れ る 旅 行 に は 、 莫 大 な 費 用 を 要 あ っ た 。 そ の 目 的 は 達 せ ら れ た か も 知 れ な い が 、 や が て 熊 野 三 山 を 衰 退 に 導 く 遠 因 と も な っ た 。 し た に 違 い な い 。 そ れ ほ ど 熊 野 三 山 へ 対 す る 信 仰 が ゝ 、 ヒ こ い せ ん だ っ 涙 さ そ う 有 間 皇 子 の 最 期 っ 山 伏 の 集 団 が お り ( 御 幸 の 先 達 を つ と め た の も 彼 ら で 人 成 に 宮 よ う 上 聖 こ 本 る あ る が ) 、 同 時 に 強 力 な 水 軍 も 擁 し て い た 。 平 家 の 藤 白 神 社 の 境 内 か ら 、 旧 道 を 少 し 登 っ た と こ ろ を 遍 る こ 野 さ い め い 一 れ わ の の れ 横 暴 を 抑 圧 し よ う と し た 後 白 河 法 皇 が 、 熊 野 の 神 へ 藤 白 坂 と い う 。 斉 明 天 皇 一 四 の 四 年 十 一 月 、 も 代 か と ね む ほ ん あ り ま の み こ 絵 と だ 時 描 六 四 〇 は 、 側 近 の 舎 祈 願 す る の は 当 然 の こ と で あ っ た が 、 ほ ん と う の 目 謀 叛 の 罪 に 問 わ れ た 有 間 皇 子 (— 五 八 ) 聖 子 ん 倉 く 遍 弟 編 鎌 よ 的 は 、 山 伏 と 水 軍 を 味 方 に つ け る た め で は な か っ た 人 と と も に こ こ で 殺 さ れ た 。 一 の の は が 家 に あ れ ば 笥 に 盛 る 飯 を 草 枕 旅 に し あ れ ば 椎 の 葉 に 盛 る と 、 万 葉 集 ( 巻 (l) に あ る の は 、 皇 子 が 死 出 の 旅 路 に お も む く 途 中 詠 ん だ 歌 で 、 望 郷 の 切 な い 想 い に む ろ あ ふ れ て い る 。 そ れ は 斉 明 天 皇 が 、 紀 州 の 牟 婁 の 湯 ( 現 勉 白 ) に 滞 在 さ れ た 間 の 出 来 事 で 、 皇 子 は 一 旦 天 皇 の と こ ろ へ 釈 明 に 行 き 、 そ の 帰 り が け に 絞 殺 さ れ た の で あ る 。 峠 道 の 落 葉 に 埋 も れ た 石 仏 や 石 塔 の は 、 薄 命 の 皇 子 の 死 を 傷 ん で 、 熊 野 詣 の 人 び と が 後 に 建 て た の で あ ろ う か 。 峠 の 上 の 眺 望 の よ い と こ ろ る に 、 最 近 造 っ た ら し い 歌 碑 が 見 出 だ さ れ る の も 、 そ ぞ ろ に 私 た ち の 涙 を さ そ う 。 こ こ か ら 旧 道 を 南 下 す る と 、 田 ん ば の 中 や 森 の 木 瓦 蔭 に 、 点 点 と 王 子 の 跡 が 見 出 だ さ れ る 。 今 そ の 一 つ 3 3 一 つ に つ い て 書 い て い る ひ ま は な い が 、 旧 道 は ( 最 0 熊 野 九 十 九 王 子 跡 京 し 大 阪 兵 乖 京 都 . 津 王 子 ・ 、 、 住 吉 社 大 鳥 王 子 田 王 子 胡 木 王 子 田 王 子 根 王 子 、 - ー ノ ・ 中 山 王 子 和 歌 山 0 井 口 王 子 日 前 国 懸 社 ナ ク チ 王 子 藤 白 王 子 カ プ ラ 坂 下 王 子 湯 浅 井 関 王 子 十 阪 近 」 、 瀬 岩 水 伏 祓 沓 掛 王 子 条 本 ・ 広 川 神 呑 拝 ー 八 鮎 滝 王 王 王 王 王 王 王 塩 屋 王 子 上 川 泯 子 子 子 子 ・ 子 玉 、 御 拶 王 王 王 宮 大 社 子 子 子 切 目 ( 切 部 ) 王 路 ー , ) 取 越 岩 代 王 湯 猪 発 曜 \ 南 部 ( 三 鍋 ) 王 子 高 大 比 継 中 川 ノ 心 王 新 宮 大 社 寝 熊 王 王 野 子 季 子 子 子 子 取 越 市 至 子 神 智 野 子 社 0 奈 良 ( . 、 ( 、 ー 吠 台 ヶ 原 良 吉 野 山 あ っ や ま ぶ し 釈 迦 ヶ 岳 野 0 滝 尻 王 子 ~ 一 」 の 瀬 王 子 稲 葉 根 王 子 三 栖 王 子 方 呂 王 子 秋 津 王 子 出 立 王 子 芳 養 王 子

古代の皇位継承 天武系皇統は実在したか


次 目 3 天 武 系 皇 統 は 実 在 し た か ー プ ロ ロ ー グ ・ : 「 天 智 系 」 と 「 天 武 系 」 の 対 立 と い う 見 方 / 「 天 智 系 」 皇 統 説 の 登 場 / 泉 涌 寺 の 歴 史 か ら 考 え る / 中 世 の 「 正 統 」 理 念 か ら 考 え る 七 世 紀 の 王 位 継 承 天 智 以 前 の 王 位 継 承 起 点 ー 推 古 大 王 の 遺 詔 / 舒 明 大 王 か ら 皇 極 大 王 へ / 乙 巳 の 変 ー 皇 極 大 王 か ら 孝 徳 大 王 へ / 孝 徳 大 王 か ら 斉 明 大 王 へ 称 制 ー 天 智 の 即 位 事 情 : 斉 明 大 王 の 急 死 と 称 制 / 斉 明 大 王 の 遺 業 継 承 / 王 位 継 承 の 改 造 計 画 壬 申 の 乱 ー 天 武 の 即 位 事 情 : ・ 天 智 後 継 は 大 友 王 子 / 大 海 人 王 子 の 立 場 / 内 乱 の 共 同 謀 議 / 天 皇 の 誕 生 目 次 、 6 2 3

古代の皇位継承 天武系皇統は実在したか


次 目 3 天 武 系 皇 統 は 実 在 し た か ー プ ロ ロ ー グ ・ : 「 天 智 系 」 と 「 天 武 系 」 の 対 立 と い う 見 方 / 「 天 智 系 」 皇 統 説 の 登 場 / 泉 涌 寺 の 歴 史 か ら 考 え る / 中 世 の 「 正 統 」 理 念 か ら 考 え る 七 世 紀 の 王 位 継 承 天 智 以 前 の 王 位 継 承 起 点 ー 推 古 大 王 の 遺 詔 / 舒 明 大 王 か ら 皇 極 大 王 へ / 乙 巳 の 変 ー 皇 極 大 王 か ら 孝 徳 大 王 へ / 孝 徳 大 王 か ら 斉 明 大 王 へ 称 制 ー 天 智 の 即 位 事 情 : 斉 明 大 王 の 急 死 と 称 制 / 斉 明 大 王 の 遺 業 継 承 / 王 位 継 承 の 改 造 計 画 壬 申 の 乱 ー 天 武 の 即 位 事 情 : ・ 天 智 後 継 は 大 友 王 子 / 大 海 人 王 子 の 立 場 / 内 乱 の 共 同 謀 議 / 天 皇 の 誕 生 目 次 、 6 2 3

聖徳太子と法隆寺の謎ー交差する飛鳥時代と奈良時代


王 法 子 皇 ② 諸 病 訳 臣 の 抱 食 き 王 后 ③ と 病 冫 も を 「 釈 迦 三 尊 像 光 背 銘 文 』 ( 法 隆 寺 蔵 ) た 年 宝 わ る 十 を 仰 を ぎ 以 月 て 鬼 王 身 な 太 丈 ら 后 ① び の 寸 ず に . 床 日 の 像 着 く 月 を 時 十 る 此 日 の 王 願 后 ④ 上 カ 、 宮 目 リ

女帝の古代史


皇 極 女 王 の 即 位 事 情 次 に 、 記 紀 て は 女 王 と し て 二 番 目 に 登 場 し た 皇 極 女 王 を 検 討 し て い く こ と と す る ( 次 ペ ー ジ 系 図 4 参 照 ) 。 お し さ か ひ こ ひ と の お お え の み こ ち ぬ の お お き み 皇 極 は 押 坂 彦 人 大 兄 王 子 の 孫 、 茅 渟 王 ( 彼 女 の 夫 て あ る 大 王 ・ 舒 明 の 兄 弟 ) の 子 と し て 誕 生 た か む く の お お き み あ や の み こ し た や や 傍 流 の 女 陸 王 族 て 、 は じ め は 大 王 ・ 用 明 の 孫 の 高 向 王 と の 間 に 漢 王 子 を も う け か ず ら き の み こ な か の お お え て い た 。 そ の 後 、 田 村 王 子 ( の ち の 大 王 ・ 舒 明 ) と の 間 に 葛 城 王 子 ( 中 大 兄 王 子 と も い う 。 の ち お お し あ ま の み こ の 天 智 ) 、 大 海 人 王 子 ( の ち の 天 武 ) の 兄 弟 な ど を も う け た 。 そ れ ゆ え に 、 そ の 出 自 か ら は 即 位 の 可 能 生 は ほ と ん ど な く 、 舒 明 の 大 后 の 経 験 者 ゆ え に 即 位 に 至 っ た と 考 え ら れ る 。 っ ま り 、 婚 姻 を 通 し て 夫 に な ら ぶ 形 ( 男 王 に 従 属 す る 形 ) て 即 位 し た 女 王 の 典 型 と と ら え ら れ る て は 、 そ の 即 位 に 至 る 経 緯 に 関 し て だ が 、 『 書 紀 』 は 何 も 語 ら ず 、 た だ 「 十 三 年 の 十 月 お き な が た ら し ひ ひ ろ ぬ か の す め ら み こ と か む あ が は じ め の と し に 、 息 長 足 日 広 額 天 皇 崩 り ま し ぬ 。 元 年 の 春 正 月 の 丁 巳 の 朔 辛 未 に 、 皇 后 、 即 0 4 皇 極 ( 斉 明 ) 女 王 あ ま っ 日 本 占 代 の 女 王 た ち 、 七 川 : 紀 101

女帝の古代史


系 図 7 天 智 天 武 高 市 皇 子 大 津 皇 子 草 壁 皇 子 穂 積 親 王 舎 人 親 王 新 田 部 親 王 志 貴 王 子 ( 施 基 ) 藤 原 不 比 等 文 武 淳 仁 道 祖 王 長 屋 王 光 明 子 武 智 麻 呂 房 前 字 合 麻 呂 県 大 養 広 刀 自 聖 武 安 積 親 王 基 王 孝 謙 ( 称 徳 ) 仲 麻 呂 永 手 光 仁 井 上 内 親 王 他 戸 親 王 八 世 紀 165 律 令 制 下 の 女 帝 た ち