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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 2 二〇〇舞は 一九六野は するがまい もとめ 1 ) たいへいらく 舞は駿河舞。求子がおもしろい。太平楽は、かっこう 野は娃峨野はよいことは言うまでもない。いなび野。 とぶひ たち かたの あわづ は悪いけれど、とてもおもしろい。太刀などいやな感じだ 交野。こま野。粟津野。飛火野。しめし野。これらがよい。 は ば おもむき もろこし そうけ野こそ、何やらむしようにおもしろい。どうしてそ けれど、とても明るく晴れ晴れとした趣がある。唐土で、 みやぎ かすが う名をつけているのであろうか。あべ野。宮城野。春日野。敵と連れ立って舞ったというのなど聞くと。 むらさき ばとう 紫野。これらがよい 鳥の舞。抜頭は、頭の髪を振りかけている目つきなどが がくね らくそん ふたり 恐ろしいけれど、楽の音もとても恐ろしい。落蹲の、二人 一九七陀羅尼は暁 で膝を踏んで舞っているの。こまがたもおもしろい あかっきどきよう 陀羅尼は暁。読経は夕暮がよい。 二〇一弾き物は ひ びわ ふこうぢようおうしきぢようそごう 一九八遊びは夜 弾くものは琵琶。その調子は風香調。黄鐘調。蘇合 きゅううぐいす 一と そう 音楽を奏するのは夜、人の顔の見えないころがおもし の急。鶯のさえずりという調子もおもしろい。箏の琴も、 そうふれん たいへんすばらしい。その調子は想夫恋がおもしろい 二〇二笛は 一九九遊びわざはさまあしけれど よこぶえ 遊戯はかっこうは悪いけれども、鞠がおもしろい 笛は横笛がたいへんおもしろい。遠くから聞えて来る ゆみいんふた 弓。韻塞ぎ。碁。女の遊戯としては、扁つきがとてもおも音が、だんだん近くなって行くのも、とてもおもしろい しろい 今まで近かった声が、はるか遠くに聞えて、とてもかすか であるのも、とてもおもしろい。車の中でも、徒歩でも、 ( 原文一〇四ハー ) だらに さがの まり へん ふえ ひぎ

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てんじようわらわ おりでもなかったのこそおもしろいものだ。男の車で、だ もったいぶって乗っている後ろの方に、殿上童を乗せてい れが乗っているとも知らないのが、あとにつづいて来るの るのもおもしろい も、普通の時よりはおもしろいと見えるのに、道を別々に 行列が通り終ってしまったあとには、どうしてそんなに もあわてているのだろうか、われもわれもと、あぶなく恐別れる所で、その車の男がこちらに向って、「峰にわかる あいさっ る」と挨拶の言葉を言っているのもおもしろい ろしく思われるまでに、先に立とうと急ぐのを、「そんな に急いでくれるな。ゆっくりと進ませよ」と、扇を差し出 二〇四五月ばかり山里にありく して止めるけれど、供の者は聞入れもしないので、どうし 五月のころ山里に出歩くのは、たいへんおもしろい。沢 ようもなくて、少し広い所に、車を無理に止めさせて立て の水も、いかにも、ひたすら真っ青に一面に見えているの ているのを、供の者はじれったくにくらしいと思っている。 、表面はさりげなくて、草が生い茂っている所を、長々 はやく進もうと競争をしかけるほかの車どもを離れた位置 と、まっすぐに行くと、下は一通りではなかった澄んだ水 から見やっているのこそおもしろい。少し通れるようにな る程度にほかの車を遠くにやり過して、それから自分の車が、深くはないけれど、人が徒歩で行くのにつれて、ほと ふぜい を進ませると、道が山里めいて、しみじみとした風情があばしりを上げているのは、とてもおもしろい 左右にある垣根に、その枝などに、車が行きかかって、 る所に、うつぎ垣根というもので、たいへん荒つばく、び やかた つくりさせるような感じに差し出ている枝々などが多いの車の屋形に枝がはいるのを、急いでつかまえて折ろうと思 よもぎ 段 うのに、すっとはずれて行き過ぎてしまうのも残念だ。蓬 に、花はまだすっかりも開き終らす、まだつばみのままで の、車に押しひしがれているのが、車輪が回って上にあが 2 あるのが多いように見えるのを折らせて、車のあちらこち 第 っている時に、身近にひっかかっているのも、香りが匂っ らなどに挿してあるのも、昨日からかけてあるかつらなど てきているのも、とてもおもしろい がしばんでいるのが残念なので、これはおもしろく感じら れる。行く先の方を、だんだん近づいて行くと、思ったと かお

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 330 かたの ひさしま ようのが、すばらしかろうそ。いかにも、交野の少将を非 に、ただ「あらずとも」と書いてあるのを、廂の間に差し 難した落窪の少将などは、雨夜に女を訪うて、足を洗って入れてあるのを、月の光に当てて見たのこそおもしろかっ いるのは、不愉快だ。汚いことだった。交野は馬のムクル た。雨が降るような折には、そんなふうにはできようか ニもおもしろい。しかしそれも、昨夜、一昨夜、つづけて 二七二常に文おこする人 通って来ていたのだからこそおもしろいのだった。そうで きぬぎぬ なん ちぎ なくては、雨の夜が何だっておもしろかろう。 いつも後朝の手紙をよこす人が、「何であなたと契りを あれもよう 風などが吹いて、荒模様の夜に、男が通って来ているの かわしたのだろう。今はもう言ってもどうしようもない おとさた は、頼りになる感じで、きっとおもしろくもあろう。 今はもう」などと言って帰って、翌日音沙汰もないので、 のうし めしつかい 雪の夜こそすばらしい。直衣などは言うまでもなく、狩とは言いながら、夜がすっかり明けてみると、召使の差し ぎめ、、、くろうど 衣やウへノ蔵人の青色の袍が、とても冷たく濡れていよう出す手紙の見えないことこそ物足りない感じがすることだ、 けじめ のは、たいへんおもしろ、こ違、よ、 しし、しオし。たとい六位の着る と思って、「それにしてもまあ、きつばりと区別のついた ろうそう 緑衫の袍であっても、雪にさえ濡れてしまうなら、不愉快あの人の心だったことよ」などと言って、日をおくってし なものではあるまい。昔の蔵人などが、女のもとなどに青まった。 ひなか 色の袍を着て、雨に濡れて来て、それをしばりなどしたと その翌日、雨がひどく降る日中まで音沙汰もないので、 かという話だ。今は昼でさえ着ないようである。ただ緑衫 「あの人はすっかり思いきってしまったのだった」などと えふ はしぢか かさ わらわ をばかりこそ引っかぶっているようだ。 , 衛府の役人などの 言って、端近の所に座っていたタ暮に、傘をさしている童 着ているのは、ましてとてもおもしろかったものだのに。 が手紙を持って来ているのを、いつもよりも急いであけて 雨の夜にやって来るのを、こうわたしが非難するのを聞見ると、「水増す雨の」と書いてあるよ。たいへんたくさ いたからとて、雨の夜に歩かない男があろうはすはなかろ ん何首も何首も詠んだ歌よりは、おもしろい くれないぞめ う。だが、月のとても明るい夜、紅染の紙の非常に赤いの かよ おちくば と

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

289 第 187 ~ 195 段 せんじゅきようふ 経は法華経は言うまでもなくありがたい。千手経。普 だいじゅ げんじゅうがんずいぐきようそんしようだらこ 一八八島は 賢十願。随求経。尊勝陀羅尼。阿弥陀の大呪。千手陀羅 みずしま うきしまやそしま 島は浮島。八十島。たわれ島。水島。松が浦島。籬の尼。 島。豊浦の島。なと島。これらがおもしろい 一九三文は はくしもんじゅうもんぜん 一八九浜は 漢文の書は白氏文集。文選。それに博士の書いた申文。 ふきあげ 浜はそと浜。吹上の浜。長浜。打出の浜。もみよせの 一九四仏は 浜。これらがおもしろい。千里の浜は、ひろびろとしてい によいりんかんのん 仏は如意輪観音は人の心を御心配くださって、頬杖を ると想像される。 たぐい ついていらっしやるのは、世に類を知らないほどしみじみ せんじゅ 一九〇浦は とありがたく、気おくれをおばえる。千手観音、それだけ ふどうそんやくしぶっしやか みろくふげん なだか でなく六観音全部。不動尊。薬師仏。釈迦。弥勒。普賢。 浦はおふの浦。塩釜の浦。志賀の浦。名高の浦。こり もんじゅ 地蔵。文殊。これらがありがたい。 ずまの浦。和歌の浦。これらがおもしろい 一九五物語は 一九一寺は との かたの こうや すみよしうつばるい つばさかかさぎほうりん 物語は住吉。宇津保の類。殿うつり。月待っ女。交野 寺は壺坂。笠置。法輪。これらがおもしろい。高野は、 え くにゆずりうもれぎどうしん すみか の少将。梅壺の少将。国譲。埋木。道心すすむる。松が枝。 弘法大師の御住処であるのがしみじみと心にしみておばえ かわばりおうぎ こかわ これらがおもしろい。こま野の物語は、古い蝙蝠扇を差し るのだ。石山。粉河。志賀。これらもおもしろい 出しても去ったのがおもしろいのだ。 一九二経は とよら しおがま ちさと うちで まがき あみだ ほおづえ もうしぶみ

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文一六六 つらゆき が更けて、子の時など、どうしておいであそばすかとふと 「秋にはあへず」と、貫之の歌が思い出されて、しみじみ くろうど と自然長い間車がそこに立ちどまっていたことだった。みお思い申しあげている折に、ちょうど蔵人の男たちをお呼 び寄せになるのこそ、たいへんおもしろい夜中のころに、 こもりの神は、とてもおもしろい また、御笛が聞えているのは、とてもすばらしい 二六七崎は 一き からさき 二七一成信中将は、入道兵部卿宮の御子にて 崎は唐崎。いかが崎。みほが崎がおもしろい ようばう なりのぶ 成信の中将は、入道兵部卿の宮の御子で、容貌がとても うつくしく見えて、気性もとてもおもしろくていらっしゃ かみかねすけ る。伊予の守兼資の娘が、この中将に忘れられて、伊予へ 建物はまろ屋。あずま屋がおもしろい 親が連れくだった折、どんなにしみじみとした感じだった あかっき 二六九時奏するいみじうをかし ろうとこそ思われたことだ。暁に京を立って伊予に行くと ありあけ いうことで、その前の晩、お別れにおいでになって、有明 時を奏するのは、たいへんおもしろい。ひどく寒い折に のうしすがた くっす 夜中のころなどに、こほこほと音を立てて、沓を摺って歩の月の中をお帰りになったであろう中将の直衣姿などこそ ときうしみ つるう いて来て、弦打ちなどして、「何家のだれそれ。時、丑三 おと 当時はいつもこちらの御所に座り込んで、話をし、人の 段つ、子四つ」などと、時の杭をさす音など、たいへんおも ねここの ことなど、劣っているのは劣っているなどと、はっきりお しろい。「子九つ、丑八つ」などとこそ、民間の人は言う っしやったのに : けれど、すべて杭をさすのは四つだけだったのだ。 ものいみ 第 物忌などを神妙にする者で、名前を姓として持っている たいら 二七〇日のうらうらとある昼つかた 女房がいる。その女房がほかの人の養子になって、「平」 日ざしがうらうらと照っている昼ごろ、またたいへん夜などというけれど、ただそのもとの姓を、若い女房たちは や うしゃ や ふ 0

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ふえ せい・一う 来などするはずがあろうか。しかし、生まじめな性向の人時などは、ましてたいへんおもしろい。客が笛などを吹い て帰って行ってしまったのに、自分は、急にも寝られず、 は、「夜が更けてしまった。御門も不用心のようです」と 言って帰って行く人もある。ほんとうにこちらに対する志人のうわさ話などもし、歌など話したり聞いたりするまま に、寝入ってしまうのこそおもしろい が特別な人は、「早くお帰りください」などと何度も追い 払われると、それでもやはり座ったままで夜を明かすので、 一七九雪のいと高くはあらで 門番はたびたび見てまわるのに、夜が明けてしまいそうな 雪がたいして深くはなくて、うっすらと降っているのな 様子を、異常なことに思って、「たいへん大事な御門を、 どは、たいへんおもしろい 今晩はライサウとあけひろげて」と客のお耳にはいるよう いまキ一ら また、雪がとても深く降り積っているタ暮時から、部屋 に申しあげて、今更そうしてもはじまらないことながら ひおけ はしぢか あかっき の端近な所で、気の合った人が二、三人ぐらい、火桶を中 暁になってからしめるようである。その態度はどんなに にすえて、話などをするうちに、暗くなってしまったので、 にくらしいことか。でも、親が一緒に住んでいる人の場合 こちらには火もともさないのに、あたりいったい雪の光が、 は、やはりこういうふうなものなのだ。まして、ほんとう ひばしはい かよ とても白く見えているなかで、火箸で灰などをわけもなく の親でない人は、女のもとに通って来る男の客のことをど おとこきようだい んなに思っているだろうとまで遠慮されて。男兄弟の家な掻きながら、しんみりした事もおもしろい事も、話し合う のこそおもしろい 段ども、愛想がない間柄の場合では、同様であろう。 宵も過ぎてしまっているだろうと思うころに、沓の音が 夜中、暁を問わず、門はたいして気をつけてきびしくし めるというのでもなく、何の宮様、宮中、あるいは殿たち近く聞えるので、変だなと思って外を見ていると、時々、 やしき 第 こうした折に、思いがけなく現れる人なのだった。「今日 のお邸にお仕えする女房たちが応対に出て、格子なども上 なん げたままで、冬の夜を座り明かして、客が退出したあとも、の雪をどう御覧になるかとお思い申しあげながら、何とい さまた ありあけ うこともないことで、お伺いすることが妨げられて、その 部屋の中から見送っているのこそおもしろい。有明の月の ふ くっ

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

と笛を合せて歩み出しているのは、たいへんおもしろい 馬上でも、笛を持っているとは見えなくて、これくらいお もしろい物はない。まして自分の聞き知っている調子など まくら あかっきがた 二〇三見るものは は、たいへんすばらしい。暁方に、男が置き忘れて枕もと ぎようこう 見るものとしては行幸。賀茂祭の帰りの行列。御賀茂 にあったのを見つけたのも、やはりおもしろい。男のもと - も、つ・ から取りに人をよこした笛を、紙におし包んで届けるのも、詣で。臨時の祭。 がいけん この臨時の祭の日は、空が曇って、見た目も寒々として ただ手紙のような外見をしている。 まいびとぺいじゅう かざし そう いるのに、雪が少し散って、使いや舞人・陪従などの挿頭 笙の笛は、月の明るい折に、自分の乗っている車の中な あおずりほう どで聞えているのは、たいへんおもしろい。だが、この楽の花や、青摺の袍などにかかっているのは、何とも言われ さや おおがら ないほどおもしろい。舞人の太刀の鞘が、くつきりと黒く 器は大柄で所狭いまでに仰々しい形で、扱いにくく見える。 びかびかして、反射光で白く広く見えているのに、半臂の これを吹く顔は、どんなだろうか。それは横笛も同じこと すりばかま みが ひちりき 緒が、磨いてあるように光ってかかっているのや、摺袴の で、吹きよう次第であるはずだ。篳篥は、ひどく不快で、 きめた くれないしたばかま 中から氷かとびつくりするくらいな紅の下袴の、砧で打っ 秋の虫を例にとるなら、くつわ虫などといったところで、 もう少し行列を通 た光沢の具合など、万事がすばらしい 不愉快で身近に聞きたくはない。まして下手に吹いている らせたいのに、祭の使いは、必ず、にくらしげな者もある のは、とてもにくらしいのに、臨時の祭の日に、まだみな みかど 段が帝の御前には出おわらないで、物陰で、横笛をひどくす場合は、目もひかれることがないよ。しかし、それも藤の ばらしく吹き立てているのを、ああおもしろいと無我夢中花に顔が隠されているところは、おもしろい やはり今行列の過ぎて行ってしまった方向が自然と見送 で聞いているうちに、なかばぐらいから、急に篳篥を吹き かイ、し ゃなぎがさね 第 上げている折こそは、ひたすら、とてもきちんと整った髪られるのに、陪従の気品がない者は、柳襲に、挿頭の山吹 さかだ が、あっかましいように見えるけれども、アフヒをとても を持っていよう人も、みなその髪が逆立ってしまうに違い やしろ なさそうな、すばらしい気持がする。そのうちしだいに琴高くうち鳴らして、「賀茂の社のゆふだすき」とうたって へた たち

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ほそたに ななせ のだ。細谷川。七瀬川。玉星河。天の川、この下界にもあ すばらしい物ではある。はるか遠い国にいる人が、たいへ ん気がかりで、安否はどうだろうかと思うのに、手紙を見るのだそうだ。「七ダつめに宿からむ」と、業平が詠んだ というのも、ましておもしろい ると、現在さし向っているように感じられるのは、すばら 子 しいことであるよ。自分の思うことを書いて送ってしまう 草 二二三むまやは と、あちらまでも行き着かないでいるであろうけれど、満 なしはら うまやは梨原。日暮れのうまや。つきのうまや。のぐ 足した気持がすることだ。手紙ということが仮にないのだ ちのうまや。山のうまや、これはしみじみと身にしみて感 ったら、どんなに気が結ばおれて、心が暗くふさがるよう じられることを聞いておいたのに、さらにまたしみじみと レしろいろのことを思いつづけ な気持がすることだろうこ。、 した事があったので、やはりあれこれ取りあつめてしみじ て、その人の所へ細々と書きおきおおせた時には、気がか りな思いをも晴す気持がするのに、まして返事を見てしまみとした感じが深いのだ。 いのち えば、命を延ばすにちがいないようであるのも、なるほど 二二四岡は もっともなことであるよ。 ふなおかともおか 岡は船岡。鞆岡は、笹が生えているのがおもしろいこ 一三二河は とだ。かたらいの岡。人見の岡もおもしろい あすか ふちせ 河は飛鳥川。淵瀬が一定しなくて、はかないことであ みみと 一三五社は ろうと、たいへんしみじみとした感じだ。耳敏川、これは、 やしろふる 社は布留の社。竜田の社。花ふちの社。みくりの社。 また何をそんなにもさかしく聞きとったのだろうと、おも みやしろこうけん しろい。音無河、音が無いと思いがけない名であることな杉の御社、効験があるだろうとおもしろい。ことのままの みようじん みなせ なの どが、おもしろいのだろう。大井川。泉河。水無瀬川。勿明神は、たいへん頼りになる感じだ。「さのみ聞きけむー りそ ー願い事を聞いてばかりいた」とも言われなさってほしい 告川。名取川も、どんな評判を取っているのか聞きたいも なとり 第一ま 1 」ま たった

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てあの人のように吟誦しないでは」などとおっしやる。 申しあげたところ、「うれしくも言ってくれた」とお喜び 「『三十の期』という所が、何から何までとても魅力的でし になったことだ。やはり過ぎ去った昔の事を忘れない人は、 た」などと言うので、いまいましがって笑って歩きまわる とてもおもしろい 子 しゅじよう のに、斉信の君が近衛の陣に着座しておいでだった折に 頭の中将が参議におなりになったのを、わたしが主上の 草 ぎんしよう 御前で、「あの方は詩をたいへんおもしろく吟誦いたしまわざわざ呼び出して、「少納言がこう言います。やはりそ せうくわいけいこべう こを教えてください」と言ったので、笑って源中将に教え したものを。『蕭会稽の古廟をも過ぎにし』などの詩も、 つばね たのだったこともわたしは知らないのに、局のそばで、ひ 他のだれが吟じようといたすことでございましようか。し どく斉信の君にうまく似せてこの詩を吟じるので、変だと ばらくの間、参議にならないで、お仕え申しあげればよい 残念ですもの」などと申しあげたところ、主上はたいへん思って、「いったいこれは、だれですか」とたずねると、 にやにやした声になって、「たいへんおもしろいことを申 お笑いあそばされて、「それではそなたがそう言うからと しあげよう。これこれしかじか、きのう陣に着座していた いって、参議にはしまいよ」などと仰せになったのもおも 時に、聞いてきて、それでわたしはここにちゃんと立って しろい。けれども、参議におなりになってしまったので、 るようです。『だれですか』と、やさしい調子でおたず ほんとうにさびしくて物足りない感じでいたところ、源中い 将が自分は斉信の君に負けないと思って、風流ぶって歩きねになっていらっしやるのだから」と言う。その、わざわ さいしトっ ざそうしてお習いになったと聞くことがおもしろいので、 まわるので、わたしが宰相の中将のおうわさを口に出して それ以来、源中将がただこの詩を吟ずる声をさえ聞くと、 言って、「『いまだ三十の期におよばず』という詩を、他の さい。しっ・ 人とは似つきもしないほどおもしろく誦んじなさる」などわたしは出て行って話などするのを、「宰相の中将のおか おが げをこうむることだ。四方に向って拝まなければならな と一言 , っと、「ど , っしてそれに負けよ , つか。きっともっと , っ ごぜん い」などと言う。局に下がっていながら「御前に伺ってい まくやろう」と言って吟誦する。「全くの下手というわけ しもづか ますなどと、下仕えの者に言わせるのに、源中将がこの でもありませんーと言うと、「情けないことだな。どうし へた このえ

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

二七三ただ朝は、さしもあらざりつる空の、 いと暗うかき曇りて ただ朝は、そんなふうでもなかったのだった空が、ひど く暗くかき曇って、雪があたりを暗くして降るのも、たい へん心細い心持で外を見ている間もなく、たちまち白く積 って、ひきつづいてやはりひどく降る時に、随身めいて、 ほっそりとはなやかな男が、からかさをさして、そばのほ うにある家の戸から入って、手紙を差し入れている様子こ そおもしろい。ましてその男がにつこりとするのは、たい へんおもしろい 二七四きらきらしきもの きらきらとして威儀正しいもの近衛の大将の御先払い くじゃくきようみどきようずほう 段宮中での孔雀経の御読経。修法は五大尊の修法がきらきら くろうどしきぶじよう あおうませちえ 万しい蔵人の式部の丞が、白馬の節会の日に、大路を練り ごさいえ えもんすけ 歩いているの。御斎会。左右の衛門の佐が、スリキヌャリ しじようこうみずほう 第 タル。宮中での季の御読経。宮中での熾盛光の御修法。 っ 0 二七五神のいたく鳴るをりに ずいじん 雷がひどく鳴る時に、雷の陣こそ、非常に恐ろしい せいりようでんみこうし 左右の近衛の大将、中・少将などが、清涼殿の御格子のそ ばに伺候なさるのが、一段と、見た目にもおもしろい感じ おおとの である。雷が鳴り終った折に、大将が、「大殿に昇ってい る者おりよ」とおっしやることであろう。 二七六坤元録の御屏風こそ、をかしうおばゅ る名なれ こんげんろく びようぶ 坤元録の御屏風こそ、おもしろく感じられる名である。 カムナンキウの御屏風は、耳遠くてはっきりしない。月次 の御屏風も、おもしろい 二七七方違へなどして、夜深く帰る 方違えなどして、夜がまだ明けないうちに帰るのは、寒 いことがはなはだしくて、あごなどもみな落ちてしまいそ ひおけ うなのを、やっとのことで家に帰り着いて、火桶を引き寄 せたところが、火が大きくて、少しの黒くなっている所も なくすばらしいのを、こまかい灰の中から掘りおこしてい るのこそ、ひどくうれしいものだ。 話などをして、火が消えているであろうのも知らないで かみなり かたたが し、一う つきなみ