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検索対象: 日本の街道 6 夢誘う山陽山陰

日本の街道 6 夢誘う山陽山陰から 161件ヒットしました。

日本の街道 6 夢誘う山陽山陰


湖 山 池 ー ー ー 鳥 取 の 西 北 に あ る 潟 湖 て 、 湖 に は 青 島 ・ 猫 島 ・ 津 生 島 な ど 五 つ の 島 が あ り 、 西 岸 か ら 眺 め ら れ る 。 707 砂 丘 と 日 本 海 ー ー 鳥 耳 ヌ 砂 丘 は 東 西 16 キ ロ メ ー ト ル 、 南 北 2 キ ロ メ ー ト ル て 、 起 伏 に 富 み 、 風 紋 ・ 砂 簾 が 美 し い 。

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大 山 - ー ー ー 古 く か ら 伯 耆 富 士 ・ 出 雲 富 士 と 呼 は ・ れ る 中 国 地 方 の 最 高 峰 て 、 紅 葉 の こ ろ が 最 も 美 し く 気 高 い 。 高 原 の 蝶 噴 き 上 け て 草 い き れ 西 東 三 鬼 北 長 門 海 岸 ー ー 大 小 約 70 の 島 々 が 浮 か ぶ 須 佐 湾 や 、 無 数 の 奇 岩 ・ 洞 窟 が 連 な る 青 海 島 な ど 、 北 長 門 海 岸 は 男 性 的 風 景 が 多 い 。 ( 前 ペ ー ジ )

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け て 水 島 灘 を 横 切 り 福 山 湾 に 至 り 、 芦 田 川 を 溯 り 備 後 国 府 へ 至 る ル ー ト が 推 定 さ れ る 。 播 磨 灘 ー 吉 備 穴 海 ー 水 島 灘 ー 備 後 灘 へ 抜 け る 海 路 は 、 古 代 に お い て 備 讃 瀬 戸 を 縦 断 す る に は 最 も 安 全 な 航 路 で あ っ た 。 吉 備 の 東 南 端 に 位 置 し 、 播 磨 灘 に 面 す る 天 然 の 良 港 を 形 成 す る 牛 窓 湾 は 、 内 陸 部 か ら 東 へ 突 出 し た 牛 窓 半 島 と そ の 前 面 に 点 在 す る 黒 島 ・ 前 島 ・ 黄 島 ・ 青 島 に よ っ て 守 ら れ 、 古 代 以 来 近 世 に 至 る ま で 内 海 航 路 の 寄 航 地 と し て 栄 え た 。 こ の 牛 窓 湾 を め ぐ っ て 天 じ ん や ま か ぶ や ま は か や ま ふ た づ か 神 山 ・ 鹿 歩 山 ・ 黒 島 ・ 波 歌 山 ・ 双 塚 の 五 基 の 前 方 後 に 、 瀬 戸 内 に 面 す る 国 々 へ の 交 通 路 で も あ っ た 。 円 墳 が 点 在 し 、 古 墳 時 代 の 中 ご ろ 、 こ の 地 が 重 要 な 『 延 喜 式 』 に 記 さ れ た 吉 備 三 国 に 至 る 海 路 行 程 日 数 意 味 を も っ て い た こ と を う か が わ せ る 。 、 備 前 国 九 日 、 備 中 国 一 二 日 、 備 後 国 一 五 日 を 数 児 島 翁 鴕 は ) の 東 端 を か す め て 吉 備 穴 海 に 至 る え て い る 。 そ し て 『 延 喜 式 』 の 巻 二 三 に は 、 「 凡 山 と 、 そ こ は 吉 備 の 中 心 地 に 入 り こ ん だ ふ と こ ろ の よ 陽 、 南 海 、 西 海 道 等 府 国 、 新 任 官 人 赴 レ 任 者 、 皆 取 う な 入 り 海 で 、 南 を 吉 備 の 児 島 に よ っ て 守 ら れ て 海 路 一 」 と あ っ て 、 瀬 戸 内 沿 岸 の 国 司 の 赴 任 に は い る 。 吉 備 穴 海 に 浮 か ぶ 高 島 は 古 く か ら 島 全 体 が 神 き の つ ら ゆ き 海 路 が 利 用 さ れ た こ と が わ か る 。 紀 貫 之 が 『 土 佐 日 聖 な と こ ろ と さ れ 、 対 岸 の 宮 浦 に は 高 島 神 社 の 拝 殿 記 』 を 著 し た の も 、 国 司 の 任 を 終 え て 帰 国 す る 船 旅 の み が 建 て ら れ て い る 。 近 年 、 発 掘 調 査 が 実 施 さ い わ く ら の よ う す を 記 し た も の で あ っ た 。 れ 、 島 中 央 部 の 磐 座 周 辺 か ら は 古 墳 時 代 中 ご ろ の 遺 は り ま な だ と も あ れ 、 吉 備 三 国 に 至 る 海 上 の 道 は 、 播 磨 灘 か 物 が 多 数 発 見 さ れ 、 古 代 祭 祀 跡 で あ る こ と が 判 明 し う し ま ど こ じ ま あ な う み ら 牛 窓 ( 山 ) に 至 り 、 東 児 島 を 抜 け て 吉 備 穴 海 ( 現 た 。 在 の 児 島 半 島 の 北 側 の 広 大 な 平 野 は 、 中 ・ 近 世 に お け る 新 吉 備 穴 海 の 西 端 、 源 平 合 戦 で 有 名 な 藤 戸 の 瀬 一 尸 を 田 開 発 に よ る も の で 、 か っ て こ の 地 域 は 海 で 、 古 代 に は 吉 抜 け 、 し ば ら く 行 く と 水 島 灘 に 入 る 。 水 島 灘 と 備 後 お お ひ じ ま 備 穴 海 と 呼 ば れ て い た ) に 入 り 、 旭 川 を 溯 り 備 前 国 府 灘 の 境 に 位 置 す る 大 飛 島 岡 ) は 、 備 後 灘 に 面 し た 孤 島 で 、 こ の 島 の 砂 州 の つ け 根 か ら 三 彩 の 小 壺 、 緑 へ 、 他 方 、 穴 海 か ら 足 守 川 を 溯 り 吉 備 の 津 ( 皿 周 ) に 至 り 、 備 中 国 府 へ 、 そ し て 児 島 の 北 端 を 抜 釉 片 、 銅 鏡 、 金 銅 の 鈴 、 須 恵 器 な ど の 貴 重 な 遺 物 が 大 廻 山 ・ 小 廻 山 の 水 門 石 組 み ー ー ー 江 戸 時 代 の 古 地 図 に 「 第 三 の 木 戸 」 と 記 さ れ て い る の が こ の 水 門 て あ る 。 牛 窓 の 津 と 黒 島 一 一 一 - 古 来 、 天 然 の 良 港 だ っ た 牛 窓 湾 に 浮 か ぶ 黒 島 に は 、 樹 林 に お お わ れ た 前 方 後 円 墳 が あ る 。 て ん

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ミ 一 第 三 次 の 古 い 町 並 み と 道 標 ー ー - 出 雲 ・ 石 見 と 瀬 戸 内 を 結 ぶ 要 衝 て 、 16 世 紀 末 に 三 吉 氏 の 城 下 町 と な り 、 鉄 ・ 紙 ・ 牛 馬 市 て 栄 え た 。 負 担 し た 。 常 連 大 名 と な り 、 清 末 ・ 唐 津 ・ 佐 賀 ・ 大 村 ・ 島 原 の 幻 五 藩 主 も 常 連 化 し た と い わ れ る 。 瀬 戸 内 の 海 駅 と 四 通 八 達 の 脇 往 来 瀬 戸 内 沿 岸 か ら 中 国 山 地 を 越 え て 山 陰 諸 国 へ ぬ け ほ う き だ い せ ん 古 代 の 「 大 路 」 山 陽 道 の 時 代 以 来 、 陸 路 と 併 行 し る 陰 陽 連 絡 路 と し て は 、 伯 耆 往 来 ・ 叫 気 往 来 ・ 大 山 と う じ よ う て 瀬 戸 内 海 路 に よ る 交 通 運 輸 は 栄 え て い た が 、 江 戸 道 ・ 東 城 往 来 ・ 路 ・ 長 門 路 、 そ の ほ か 幾 筋 も 数 え ら れ 、 と か く 東 西 性 の 優 位 な 中 国 地 方 の 交 通 網 こ 、 を 一 、 一 時 代 に は 」 0 そ う の 発 展 を み た 。 海 路 の う ち に は 、 海 岸 沿 い の い わ ゆ る 「 地 乗 り 」 に 、 小 道 ・ 枝 路 な が ら 南 北 性 の 存 在 意 味 と 役 割 を 示 と 、 や や 沖 合 い を ぬ け る 「 沖 乗 り 」 の 航 路 が あ っ し て い る 。 こ れ ら の 南 北 連 絡 路 は 、 山 陽 側 の 塩 ・ こ う ぞ た 。 地 乗 り 航 路 で は 、 兵 庫 ・ 室 ・ 牛 窓 ・ 下 津 井 ・ 玉 米 ・ 木 綿 、 山 陰 側 の 鉄 ・ 木 材 ・ 紙 楮 ・ 海 産 物 な ど 、 が ま か り 島 ・ 鞆 ・ 尾 道 ・ 蒲 刈 ・ 上 関 ・ 下 関 な ど の 港 町 が あ 諸 物 資 の 輸 送 に 大 き な 役 割 を 果 た し た が 、 と く に 石 み よ し じ よ う げ り 、 そ の な か に は 各 藩 か ら 海 駅 に 指 定 さ れ た も の も 見 か ら 三 次 を 経 て 尾 道 へ 、 あ る い は 上 下 ・ 府 中 を 経 あ っ た 。 幕 命 に よ る 物 資 輸 送 、 西 国 大 名 の 海 路 に よ て 笠 岡 に 達 す る 石 見 路 は 、 大 森 銀 山 の 諸 荷 物 を 輸 送 る 江 一 尸 参 勤 、 長 崎 奉 行 や 朝 鮮 信 使 の 往 来 な ど 、 公 用 す る 道 筋 と し て 重 要 視 さ れ て い た 。 ま た 、 岡 山 城 下 こ ん び ら 船 舶 の 利 用 に 備 え て 、 海 駅 に は 山 陽 道 宿 駅 な み の 本 よ り 児 島 沿 岸 に 至 る 金 毘 羅 往 来 の よ う に 、 さ ら に 海 ひ き た か 陣 ・ 継 船 ・ 曳 船 は も ち ろ ん 、 船 頭 ・ 水 夫 な ど も 常 備 路 を 讃 岐 丸 亀 へ 通 じ る 往 来 や 、 高 瀬 舟 で 知 ら れ る 高 か わ む ら ず い け ん か ん ぶ ん さ れ て い た 。 こ の こ と は 、 河 村 瑞 賢 が 寛 文 十 二 年 梁 ( 松 山 ) 川 の 舟 運 な ど も 注 目 さ れ て よ か ろ う 。 山 陽 道 は 明 治 以 後 い よ い よ 性 格 を 一 変 す る 。 明 治 七 l)) 、 西 廻 り 航 路 を 開 い て か ら 栄 え た 沖 乗 り 航 路 に つ い て も ほ ば 同 様 で あ る 。 三 十 四 年 の 山 陽 本 線 の 全 通 、 昭 和 十 七 年 の 関 門 ト ン 幕 府 御 用 ・ 参 勤 大 名 な ど 特 権 通 行 の 推 移 を み る ネ ル の 開 通 、 さ ら に 戦 後 の 臨 海 工 業 地 帯 の 造 成 、 五 え ん ぼ う と 、 寛 永 ー 延 宝 期 (L 一 四 ) は 、 陸 路 通 行 は 失 費 も 十 年 三 月 、 山 陽 新 幹 線 の 博 多 ま で の 開 通 、 中 国 縦 貫 多 く 、 徒 歩 長 旅 の 苦 痛 も あ っ て か 、 内 海 通 行 が 圧 倒 自 動 車 道 の 建 設 、 旧 山 陽 道 に 沿 う 山 陽 自 動 車 道 の 建 ほ 、 つ へ い し よ う と く 的 多 数 を 占 め て お り 、 宝 永 ー 正 徳 期 (I 七 四 ) に 入 設 計 画 な ど は 、 す べ て 東 西 交 通 網 の 飛 躍 的 な 発 展 で る と 、 正 徳 一 一 年 (l\) に 新 井 白 石 の 献 策 で 、 幕 府 が あ る 。 し か し 、 こ れ に 対 し 、 新 し い 陰 陽 横 断 道 の 企 ほ ん し 施 行 し た 駅 制 の 整 備 に よ る も の か 、 陸 路 通 行 が や や 画 、 現 在 着 工 中 の 本 四 連 絡 橋 に よ る 南 北 交 通 、 ひ い 増 加 の 傾 向 を 示 し 、 以 後 、 浜 田 ・ 津 和 野 ・ 広 島 ・ 長 て は 東 西 線 へ の 波 及 効 果 な ど を 考 え 合 わ せ れ ば 、 今 ・ 福 岡 ・ 久 留 米 ・ 薩 摩 の 七 藩 主 が 、 山 陽 道 通 行 の や 瀬 戸 内 交 通 の 夢 は 現 実 化 し つ つ あ る と い え よ う 。 4

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向 岸 寺 ( 左 ) と 鯨 墓 ( 右 ) 通 ( か よ い ) の 高 台 の 向 岸 寺 に は 、 鯨 の 位 牌 の 過 去 帳 が 保 存 さ れ 、 船 着 場 近 く の 清 月 庵 に は 、 鯨 の 胎 児 を 葬 っ た 鯨 墓 が あ る 。 い 凵 ロ い 口 い ・ 三 三 ・ ま 三 ま ッ 鬻 イ ゞ ー : 三 ウ ェ ー 式 捕 鯨 法 に よ る 近 代 捕 鯨 発 祥 の 地 で あ っ た 。 れ だ け に 訪 れ る 人 に 強 い 追 憶 の 情 を 催 さ せ る 。 こ の し ゅ う ほ う ど う 萩 の 玉 江 浦 に は 漁 業 技 術 を 習 得 さ せ る た め 四 つ の 萩 か ら バ ス で 南 へ 約 四 〇 分 の と こ ろ に 、 秋 芳 洞 ・ あ き よ し だ い 「 青 年 宿 」 が あ り 、 昔 の 若 者 宿 の 風 習 が 今 も み ら れ 秋 吉 台 が あ る 。 幻 想 を 誘 う そ の 景 観 は 、 北 浦 観 光 ル ー ト で は 欠 か せ な い 見 ど こ ろ で あ る 。 る 。 こ こ か ら フ グ を 追 っ て 、 東 シ ナ 海 や 黄 海 ま で も い わ み き ん ち ゃ く 長 門 北 浦 か ら 石 見 に か け て 、 山 陰 本 線 は ず っ と 日 出 漁 す る 。 石 見 に 近 い 江 崎 港 は 巾 着 網 の 基 地 で 、 四 国 宇 和 海 か ら の 漁 船 も 来 て お り 、 仙 崎 沖 か ら 浜 田 本 海 に 沿 っ て 走 る 。 国 道 一 九 一 号 線 は 益 田 で 九 号 線 沖 に か け て の 海 上 で 操 業 す る と い う 。 に 合 し 、 こ れ も ま た 海 岸 線 に 沿 っ て 延 び て い る 。 こ の よ う に 、 石 見 に は 平 地 が 少 な い 。 た だ 、 益 田 ・ 浜 一 方 、 北 浦 の 湾 内 で は 、 真 珠 ・ ハ マ チ ・ 鯛 ・ ワ カ メ な ど の 養 殖 ・ 栽 培 漁 業 も 順 調 で 、 好 収 益 を あ げ て 田 ・ 大 田 の 、 い わ ゆ る 「 石 見 三 田 」 の 近 辺 に わ ず か に 平 地 が み ら れ る に す ぎ な い 。 そ の ほ か は 海 岸 砂 丘 や 荒 磯 の 海 村 で あ る 。 萩 か ら 石 見 へ 、 砂 丘 と 荒 磯 に 沿 っ て し た が っ て 、 石 見 海 岸 の 村 々 は 漁 業 に た よ る こ と と こ ろ で 、 夏 蜜 柑 と 萩 焼 で 知 ら れ る 萩 の 町 は 、 毛 が 強 く 、 漁 業 戸 数 は 同 じ 島 根 県 の 出 雲 部 よ り も 多 利 氏 時 代 の 市 街 図 が そ の ま ま 通 用 す る と い わ れ 、 そ 。 漁 港 は 益 田 市 の 飯 浦 か ら 大 田 市 の 波 根 ま で の 間 に 大 小 二 〇 余 が 数 え ら れ 、 な か で も 浜 田 漁 港 は 日 本 に ま 海 屈 指 の 漁 業 基 地 で 、 つ い で 温 泉 津 ・ 仁 万 が あ げ ら れ る 。 日 本 海 漁 業 の 主 力 は 沖 合 底 引 網 と イ カ 釣 り 漁 で 、 イ カ 釣 り 漁 船 は 、 俗 に い う 九 九 型 ー ー ー 九 九 ト ン を 標 準 船 型 と す る 。 浜 田 は こ う し た 船 団 の 根 拠 地 で 年 間 約 一 〇 万 ト ン の 水 揚 げ が あ り 、 一 部 を 加 工 し 、 京 阪 ・ 山 陽 方 面 に 鮮 魚 輸 送 も す る 。 温 泉 津 は 江 戸 時 代 に は 大 森 銀 山 の 積 出 港 と し て 賑 わ っ た と こ ろ 。 イ カ 釣 り 漁 も 盛 ん で 、 湾 奥 の 温 泉 は 子 宝 の 湯 と し て 名 高 海 。 そ の ほ か 、 沿 岸 漁 村 の 漁 獲 の 多 く は 、 毎 朝 一 番 列 車 を 利 用 す る 浜 の 女 性 た ち に よ っ て 、 農 山 村 に 向 イ 、 を

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Q 郷 鹿 加 美 日 御 碕 大 : 賀 境 弓 ケ 河 都 田 。 皆 - 羽 東 海 .- 浦 碧 浜 余 、 - 津 多 須 江 益 ま 津 津 造 郷 坂 蔀 = 。 竹 居 伎 島 仙 を 崎 。 0 野 山 - , ノ Ä. ゴ ・ 入 ー っ 鳥 取 ( 香 城 0 ー 住 崎 0 豊 岡 → 手 俵 山 0 0 湯 本 萩 0 出 石 鑿 堪 秋 吉 台 ・ ・ ・ 岡 山 兵 庫 隠 岐 諸 島 「 海 の 国 」 の 幸 ゆ た か な 道 山 陰 の 海 浜 を め ぐ る 下 関 か ら 北 へ 、 山 陰 本 線 と か ら み 合 い な が ら 、 海 き ろ ・ ら 豊 饒 の 山 陰 海 岸 沿 い に 延 び る 国 道 一 九 一 号 線 の 道 筋 は 、 古 く は 北 浦 山 陰 地 方 は 、 か っ て は 「 山 か げ の 国 」 と い わ れ 街 道 と い わ れ 、 こ の 街 道 筋 に あ た る 山 口 県 の 日 本 海 た 。 し か し 、 こ の 地 方 の 産 米 や 砂 鉄 ・ 銀 ・ 和 紙 ・ 木 側 の 地 域 は 、 古 く か ら ひ と 口 に 「 北 浦 」 と 呼 ば れ て い る 。 こ の 北 浦 は 、 萩 市 付 近 の ほ か は 平 地 に 乏 し 綿 ・ 鑞 ・ 焼 物 な ど の 特 産 を 積 み 出 す た め 、 江 戸 時 代 く 、 岩 石 海 岸 が 連 な り 、 海 辺 部 は 昔 か ら 水 産 業 の 盛 に は じ ま っ た 西 廻 り 海 運 の 発 達 に よ っ て 、 山 陰 沿 岸 の 港 は 繁 盛 し た 。 そ し て 今 、 こ の 地 方 が 第 一 次 産 業 ん な 土 地 柄 で あ る 。 か よ い ひ び き な だ 響 灘 で は 、 矢 玉 ・ 特 牛 ・ 肥 中 、 日 本 海 側 で は 通 ・ を 主 軸 と す る な か で 、 こ と に 水 産 業 が 刮 目 さ れ 、 長 い 沿 岸 に は 数 多 く の 漁 村 が 点 在 し 、 そ の 代 表 的 漁 港 仙 崎 ・ 玉 江 ・ 越 ケ 浜 ・ 奈 古 ・ 須 佐 ・ 江 崎 な ど 、 よ い か す み さ か い み な と で あ る 香 住 ・ 境 港 ・ 浜 田 ・ 仙 崎 な ど は 豊 富 な 漁 獲 漁 港 が あ り 、 沿 岸 漁 業 や 沖 合 漁 業 が 盛 ん で 、 仙 崎 ・ か 。 ま ぼ 」 で よ く 知 ら れ て い る 。 こ れ か ら す る と 、 山 陰 地 方 は 玉 江 は 遠 洋 漁 業 の 基 地 で も あ り 、 蒲 鉾 ・ ウ ニ な ど の 水 産 加 工 業 が 発 達 し 、 下 関 と 同 じ く 阪 神 や 京 浜 方 面 ま た 「 海 の 国 」 と も い え る 。 に 多 く 輸 送 さ れ て い る 。 し か も 、 国 立 ・ 国 定 ・ 県 立 公 園 な ど に 指 定 さ れ て き の さ き そ れ に 仙 崎 以 西 の 浦 浜 の 女 性 た ち が 、 カ ン カ ン い る 海 景 の す ば ら し さ に 加 え て 、 城 崎 を は じ め 浜 は わ い か い け た ま っ く り ( 魚 箱 ) を 背 負 っ て 早 朝 一 番 列 車 で 下 関 や 北 九 州 に 坂 ・ 岩 井 ・ 鳥 取 ・ 浜 村 ・ 羽 合 ・ 東 郷 ・ 皆 生 ・ 玉 造 ・ た わ ら や ま か わ た な ゅ の つ あ り ふ く ゆ め ん 温 泉 津 ・ 有 福 ・ 湯 免 ・ 湯 本 ・ 俵 山 ・ 川 棚 な ど の 温 向 か う 、 俗 に い う 「 カ ン カ ン 部 隊 」 の 鮮 魚 行 商 も 大 ほ う じ よ う 泉 地 を ひ か え て お り 、 豊 饒 な 海 の 観 光 地 帯 で も あ 勢 み ら れ る 。 お お み お お し き あ み 矢 玉 は 大 敷 網 発 祥 の 地 。 青 海 島 の 通 は 、 か っ て 鯨 る 。 と は い え 、 冬 に な る と 、 北 西 の 強 い 季 節 風 が 吹 組 に よ る 捕 鯨 の 漁 村 で 、 浦 の 向 岸 寺 に は 鯨 の 胎 児 を き つ け て 海 は 荒 れ に 荒 れ 、 み ぞ れ や 雪 が 降 る 中 に じ 葬 っ た と い う 鯨 墓 が あ る 。 そ の 対 岸 の 仙 崎 港 は ノ ル っ と 春 を 待 っ 湊 江 の 町 や 村 々 で あ る 。 5 こ っ と い 松 岡 利 夫 ひ じ ゅ う 山 口 大 学 名 誉 教 授 ノ 30

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図 稼 業 期 間 の 厳 守 ③ 鉄 穴 場 の 無 届 け 移 動 の 禁 止 な 玉 島 付 近 一 帯 は 、 干 拓 地 の 通 例 と し て ク リ ー ク が ど を 訴 え た も の で 、 理 由 と し て 上 流 か ら の 濁 水 に よ 四 通 八 達 し 、 要 所 要 所 に 分 水 と 塩 水 の 逆 流 を 防 止 す る 田 畑 の 被 害 、 土 砂 の 堆 積 に よ る 河 床 上 昇 か ら く る る た め の 水 門 が 置 か れ て い る 。 こ れ ら の 用 水 路 の 一 洪 水 の 心 配 な ど が 挙 げ ら れ て い た 。 訴 訟 は 和 解 で 落 つ に 「 高 瀬 通 し 」 と 呼 ば れ て い る も の が あ る 。 こ れ 着 し た も の の 、 期 間 内 の 稼 業 の い っ そ う の 活 発 化 を は 一 七 世 紀 中 ご ろ 松 山 藩 主 水 谷 氏 三 代 が 工 事 を 起 こ 招 き 、 被 害 は い っ こ う に 軽 減 さ れ な か っ た 。 し た も の で 、 玉 島 港 か ら 延 長 九 ・ 一 キ ロ メ ー ト ル の ふ な ほ こ の よ う に し て 採 取 さ れ た 砂 鉄 は 、 「 た た ら 」 と 運 河 で 、 船 穂 に 設 け た 「 一 の 樋 」 を 取 水 口 と し て 高 う ま で も な く 、 こ れ は 新 田 用 呼 ぶ 溶 鉱 炉 で 精 錬 す る 。 土 で 築 い た 炉 に 、 砂 鉄 と 木 梁 川 に 通 じ て い た 。 い て ん び ん 炭 を 入 れ 、 天 秤 ふ い ご で 火 力 を 上 げ る 。 だ か ら 、 た 水 を 兼 ね て 高 梁 川 を 上 下 す る 高 瀬 舟 を 港 に 安 全 に み た ら 師 た ち が 仕 事 を し た 跡 は 、 製 炭 用 の 山 林 伐 採 ち び く た め の 運 河 で 、 港 の 内 側 に は 水 門 と 舟 溜 り を 設 け て 滞 船 と 海 水 の 逆 流 防 止 を は か っ て い る 。 さ ら で 、 全 山 丸 坊 主 に な っ た と 伝 え ら れ て い る 。 に 興 味 を ひ か れ る の は 、 「 一 の 樋 」 の 下 流 数 百 メ ー 鉄 は 舟 に よ っ て 川 を 下 っ た 。 そ の 鉄 が 、 古 代 に お い て は 吉 備 国 の 力 と 文 化 の 源 泉 と な り 、 中 世 で は 備 ト ル の 位 置 に 「 二 の 樋 」 を 作 り 、 こ れ を 高 梁 川 と 運 中 刀 や 備 中 鍬 と な り 、 あ る い は 備 中 を し て 戦 国 群 雄 河 内 の 水 位 を 調 整 す る 閘 門 と し て い る 点 で あ る 。 の 争 奪 の 場 た ら し め る 一 原 因 と も な っ た の で あ る 。 ナ マ 運 河 の 先 駆 と ま で い う の は い さ さ か オ ー 気 も す る が 、 海 面 下 の オ ラ ン ダ ほ ど で は な い に し て 高 瀬 通 し で 玉 島 港 へ い う な れ ば 干 拓 地 は 水 と の 戦 い の 生 活 だ っ た の 河 井 継 之 助 が 「 両 岸 山 に て 川 岸 の み 行 く 」 と 記 録 で あ る 。 明 治 初 期 の お 雇 い 外 国 人 の 一 人 だ っ た オ ラ ン ダ の し た よ う に 、 山 あ い を 流 れ た 高 梁 川 は 、 総 社 市 街 地 の ぞ を 眺 む あ た り か ら 備 南 の 平 野 部 を ゆ く 大 河 と な る 。 ム ル ド ル 技 師 は 、 こ の 地 方 の 干 拓 を 調 査 し て 、 河 川 れ 2 流 右 岸 下 流 の 船 穂 ・ 長 尾 ・ 玉 島 一 帯 は 近 世 初 頭 の 干 拓 上 流 か ら 流 れ 出 る 大 量 の 土 砂 と 、 海 水 の 干 満 に よ る の 久 新 田 で 、 か っ て 海 岸 や 島 だ っ た 丘 陵 や 微 高 地 に は 果 そ れ ら の 堆 積 か ら 自 然 に 干 潟 が 形 成 さ れ る 過 程 を 重 攸 5 樹 園 が 多 い 。 現 在 の 河 口 よ り 西 方 に 当 た っ て 、 こ れ 視 し て い る 。 下 流 域 農 民 を 悩 ま せ た 上 流 の 鉄 穴 流 し 語 を ま た 江 戸 初 期 の 干 拓 に よ り 市 街 地 化 さ れ た 玉 島 港 が は 、 期 せ ず し て 干 拓 新 田 の 造 成 に 役 立 っ て い た の で 史 あ り 、 こ こ が 近 世 を 通 じ て 、 備 中 の 諸 物 産 を 積 み 出 あ る 。 高 梁 川 は 、 過 疎 の 上 流 か ら 人 口 密 集 地 帯 の 県 6 す 要 港 な の で あ っ た 。 南 へ 向 か っ て 、 今 日 も ま た 悠 久 に 流 れ て い る 。 高 瀬 通 し と 水 門 ー ー 一 一 手 前 の 「 二 の 樋 」 を 閘 門 と し て 、 高 梁 川 と 海 面 と の 水 位 を 調 整 し た 。 遠 く に 見 え る 「 - の 樋 」 水 門 が こ の 運 河 の 起 点 て あ る 。 ぐ わ 」 よ ノ も ん

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中 国 山 地 の 山 裾 に ひ ろ が る 特 産 の 梨 栽 培 と と も 活 気 に あ ふ れ て い る 。 に 、 因 幡 ・ 伯 耆 は 、 ま た 砂 丘 地 農 業 に 生 き る 進 取 の 松 葉 ガ ニ と い え ば 、 忘 れ ら れ な い 山 陰 の 味 覚 の 一 気 風 盛 ん な と こ ろ で あ る 。 つ で あ る 。 冬 の 城 崎 温 泉 街 の 風 物 詩 と な っ て い る カ ニ 売 り は 、 朝 早 く 津 居 山 港 か ら く る 女 性 た ち で あ る リ ア ス 式 海 岸 を た ど っ て 城 崎 へ が 、 い っ た い に 漁 村 の 女 性 た ち は 辛 抱 強 い と こ ろ が 山 陰 海 岸 国 立 公 園 ( 毆 般 懿 ) の な か で あ る 。 但 馬 の 海 産 の 干 カ レ イ ・ ス ル メ ・ 干 ワ カ メ な た じ ま も 、 も っ と も す ぐ れ た 海 岸 美 は 但 馬 海 岸 に み ら れ ど の 加 工 生 産 は す べ て 漁 場 の 女 性 の 働 き に よ る の で 港 帯 地 な が る 。 そ の 美 し さ は 、 山 が 海 に 迫 り 、 海 蝕 崖 が 発 達 し あ る 。 坂 一 勝 門 勝 浜 く 景 洞 奇 づ の 天 る た 景 観 に あ る 。 こ う し た リ ア ス 式 海 岸 の 海 べ り に 赤 と こ ろ で 、 前 に も ふ れ た よ う に 、 日 本 海 漁 業 の 主 っ 浦 通 よ 瓦 の 家 が ひ っ そ り と 、 と こ ろ に よ っ て は 段 丘 に ま で カ は 沖 合 底 引 網 と イ カ 釣 り 漁 で あ る が 、 但 馬 に も イ 火 住 御 門 蝕 し 御 香 馬 洞 海 ら 馬 ら 但 鐘 の ば ぎ っ し り 立 ち 並 ん で い る と い う の が 、 但 馬 の 海 村 風 力 釣 り 漁 船 が 多 い 。 九 九 型 漁 船 で 、 強 力 な 自 家 発 電 旦 か は 釣 ど す 景 で あ る 。 機 と 自 動 イ カ 釣 り 機 械 、 そ れ に 冷 凍 装 置 を も っ と い や ま と た い 山 陰 の 名 湯 城 崎 温 泉 の 東 を ゆ る や か に 流 れ る 円 山 う 、 日 本 海 の 大 和 堆 (E 駄 啝 が 醗 し に 近 年 現 れ た イ が わ 川 の 河 口 に あ る 津 居 山 港 は 、 か っ て は 但 馬 路 き っ て カ 釣 り 専 用 漁 船 で あ る 。 そ の 大 和 堆 出 漁 の 最 初 の 根 い ず し の 船 泊 ま り 港 で 、 豊 岡 藩 や 出 石 藩 の 物 産 を 積 み 出 す 拠 地 は 、 こ こ 但 馬 の 香 住 港 で あ っ た 。 し か し 、 そ の の で 栄 え た と こ ろ で あ る 。 後 は こ う し た 漁 船 は 全 国 的 に 増 加 し 、 漁 場 も 沿 海 州 こ の 津 居 山 か ら 西 へ 但 馬 海 岸 有 料 道 路 を 行 く と 、 沖 か ら 朝 鮮 半 島 沿 岸 ま で の 広 い 海 域 に わ た っ て い 一 、 、 一 一 狭 」 れ 谷 や 海 蝕 崖 の 下 、 あ る 」 は 入 り こ ん だ 湾 奥 る 。 た く ひ よ ろ い あ ま る べ に 、 田 久 日 ・ 宇 日 ・ 竹 野 ・ 柴 山 ・ 香 住 ・ 鎧 ・ 余 部 ・ と に か く い ま 、 京 阪 神 の 海 の 奥 庭 と も い わ れ る 但 ご 一 4 一 浜 坂 ・ 諸 寄 ・ 釜 屋 ・ 神 組 な ど の 漁 村 や 漁 港 が あ る 。 馬 海 岸 は 、 豪 快 な 夏 の 海 の 観 光 と 沖 合 漁 業 で と み に 田 久 日 ・ 宇 日 は 平 家 の 落 人 伝 説 の あ る ひ な び た た 賑 わ い を み せ て い る 。 ゅ た ず ま い の 町 で あ る が 、 竹 野 は 漁 業 を 主 と す る も の こ う し て 海 に 生 き る 人 び と は 、 「 板 子 一 枚 下 は 地 幸 の の 、 海 水 浴 で 賑 わ う 夏 に は ほ と ん ど の 家 が 民 宿 に な 獄 」 の 境 遇 を 同 じ く す る と こ ろ か ら 、 自 然 に 共 同 体 国 る と い う 観 光 の 町 で も あ る 。 柴 山 ・ 諸 寄 に も 民 宿 が 意 識 が 強 く 、 た と え ば 葬 儀 合 力 の 組 織 を 超 え て 、 集 海 一 多 い 。 香 住 と 浜 坂 は 沖 合 底 引 網 の 根 拠 地 で 、 カ レ 落 の 全 員 が 葬 列 に 加 わ る と い う 習 わ し の と こ ろ も あ 3 イ ・ ハ タ ハ タ ・ 松 葉 ガ ニ の 水 揚 げ 港 と し て 知 ら れ 、 る 。 海 浜 の 人 び と は 皆 、 純 朴 な の で あ る 。 2 つ い や ま ま る や ま

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但 馬 浦 富 海 岸 / 甫 富 湾 の 西 海 岸 は 山 陰 松 島 と 呼 ば れ 、 千 貫 松 島 ・ 菜 種 島 な ど 変 化 に 富 ん だ 景 勝 の 地 て あ る 。 中 で 野 ど ニ た 央 合 を の 万 。 但 た を ・ 冫 ノ ル ) 甬 ド 車 六 泉 ー 馬 ま し っ 屋 千 都 は 冫 ノ ル れ た て ・ ・ 石 力 、 城 の ら 都 る 豆 豊 下 園 松 カ 円 山 岡 岡 町 部 平 ら 川 は を 、 氏 丹 冫 ル 京 経 朽 ー , 五 波 域 極 崎 ま て 木 き 万 を は 氏 に 但 氏 石 経 豊 ー 向 馬 三 の る か 万 か に 万 亀 山 な 五 う 入 ニ 山 陰 農 千 道 る 千 岡 現 業 石 と 石 市 . の 地 の は 姫 の 亀 入 帯 陣 路 福 で 屋 和 か 知 小 口 あ 町 田 ら 山 出 だ で 山 生 な 氏 つ る っ 焼 の 地 城 氏 出 た な 生 と 崎 三 石 。 ど 活 し は 万 は は は て 漁 石 、 厳 知 業 の 古 ら も 城 事 国 く れ 盛 下 記 農 、 る ん 町 家 豊 が で で の 岡 、 あ ″ 見 副 の し つ イ 旦 業 杞 か た 馬 る と 柳 し の ほ し 細 、 ま 小 ど 工 山 京 歴 た て 生 ・ 々 、 都 史 ま , の 但 み 重 馬 と 古 れ な た い く も の わ る の 出 但 飼 れ 仙 だ 石 馬 育 た 石 708

日本の街道 6 夢誘う山陽山陰


西 郷 港 ー ー ー 隠 岐 第 一 の 港 町 。 島 の 行 政 ・ 経 済 ・ 文 化 の 中 心 地 て 、 隠 岐 、 、 霹 、 第 、 。 観 光 の 中 心 と も な り 、 あ ま : 島 と は 思 え な い ほ ど の の 集 落 全 体 が 仕 事 を 休 み 、 共 同 作 業 や 相 互 扶 助 の 慣 め だ っ て 増 え て き て い る の が 注 目 さ れ る 。 行 も 昔 な が ら に み ら れ る の で あ る 。 習 俗 は 、 出 雲 の そ れ に 似 て い る が 、 絶 海 の 孤 島 な た き 大 社 湾 か ら 南 へ 多 伎 町 ま で は 白 砂 長 汀 の 砂 浜 海 岸 の で 、 な お い っ そ う 古 習 を と ど め る 。 本 家 ご と に で 、 夏 に は 観 光 地 曳 網 が 賑 わ い 、 そ の 内 側 で は 野 菜 「 地 主 神 」 、 家 々 の 寝 間 に 「 ト シ ト コ さ ん 」 と い う 神 ぶ ど う や 果 樹 栽 培 が 盛 ん で 、 「 大 社 葡 萄 」 の 名 は 高 い 。 様 を 祀 る な ど 本 土 と は 違 っ た も の が み ら れ 、 島 独 特 の 「 牛 突 き 」 や 盆 の 「 シ ャ ー ラ 船 流 し 」 は 、 情 緒 こ 古 習 を と ど め る 隠 岐 の 漁 村 ま や か な 民 謡 「 し げ さ 節 」 と と も に 、 忘 れ ら れ な い お き の し ま 隠 岐 島 は 山 勝 ち で 、 有 名 な 「 牧 畑 」 耕 作 や 放 牧 に 隠 岐 の 印 象 と し て 残 る も の が あ る 。 よ る 牛 の 飼 育 も み ら れ る が 、 多 く は 段 々 畑 で の 甘 貝 殻 節 の 哀 調 と 砂 丘 の 近 代 化 薯 ・ 麦 の 耕 作 に よ る し か な く 、 し た が っ て 漁 業 が 主 い な ば ほ う き と な る の で 海 辺 に 集 落 が 多 い 。 実 に 全 島 民 ( 三 万 人 東 西 に 延 び る 因 幡 ・ 伯 耆 の 海 辺 に は 、 砂 丘 や 砂 浜 余 ) の 約 五 〇 パ ー セ ン ト が 漁 業 者 で あ り 、 漁 獲 高 は が 長 く つ づ き 、 あ る い は 岩 山 が 海 中 に ま で 突 出 し た 全 島 根 県 の 三 分 の 一 に も 達 す る と い う 。 り 、 冬 に は 北 西 の 季 節 風 が 高 波 を う ち つ け る の で 、 う ら ど め あ じ ろ が 島 の 表 玄 関 西 郷 港 は 、 古 く は 日 本 と 朝 鮮 半 島 の 交 良 い 港 が 少 な い 。 わ ず か に 浦 富 の 網 代 港 、 鳥 取 の 賀 通 の 要 地 で 、 江 戸 時 代 に は 西 廻 り 航 路 の 風 待 ・ 避 難 露 港 、 そ し て 弓 ケ 浜 の 先 端 中 江 の 瀬 戸 を 港 と す る 境 港 と し て 栄 え た と こ ろ 、 今 は 浦 郷 と と も に 近 海 お よ 港 ぐ ら い で あ る 。 び 遠 洋 漁 業 の 根 拠 地 で 、 大 型 漁 船 に よ っ て 対 馬 沖 や も っ と も 、 境 港 は 江 戸 時 代 か ら 千 石 船 が 九 州 ・ 朝 鮮 沖 に も 出 漁 す る が 、 こ と に イ カ 釣 り 漁 が 最 大 の 「 蝦 夷 」 へ と 往 来 し て 栄 え た 港 で 、 現 在 で も 木 材 の 漁 獲 高 を 占 め 、 良 質 の 「 隠 岐 ス ル メ 」 が 特 産 と な っ 輸 出 入 港 と し て 知 ら れ 、 ま た 沖 合 漁 業 の 根 拠 地 で ア ジ ・ サ バ ・ イ ワ シ ・ カ レ イ な ど の 水 揚 げ 高 は 山 陰 屈 道 箱 眼 鏡 で 海 中 を の ぞ き 、 魚 指 の 繁 盛 に あ る 。 賀 露 港 は 鳥 取 藩 の 外 港 と し て 栄 え ま た 、 昔 な が ら の カ ナ ギ 漁 ( や 貝 を 突 い て 捕 え る 漁 法 ま つ ば も 盛 ん で 、 サ ザ エ ・ ア ワ ビ ・ ワ カ メ な ど の 漁 獲 が 多 た と こ ろ で 、 今 は 松 葉 ガ ニ の 水 揚 げ 港 と し て 知 ら れ 幸 か い し よ く が い の 五 、 六 月 に は サ ヨ リ の 手 づ か み と い う 、 あ ま り る 。 網 代 港 は 海 蝕 崖 や 造 形 的 な 岩 石 美 の 浦 富 海 岸 国 の 探 勝 の 基 地 で 、 ま た イ カ 釣 り 漁 や 松 葉 ガ ニ の 水 揚 げ 海 類 の な い 珍 し い 漁 法 も 行 わ れ る 。 し か し 、 近 年 は 観 光 の 島 と し て 年 間 二 〇 万 余 の 人 港 で も あ る 。 さ て 、 山 陰 を 旅 す る 人 は た い て い 鳥 取 砂 丘 を 訪 れ が 訪 れ る の で 、 浦 浜 に は サ ー ビ ス 業 関 係 の 就 業 者 が ま 強 」 た