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現代の哲学

現代の哲学

木田元の最終講義 : 反哲学としての哲学

田元の最終講 哲学として哲学目次

現代の哲学

現代の哲学 木田元 講談社学術文庫

現代の哲学

現代の哲学 木田元 講談社学術文庫

木田元の最終講義 : 反哲学としての哲学

木田元の最終講義 反哲学としての哲学 木田元 角川文庫巧巧 8

木田元の最終講義 : 反哲学としての哲学

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現代の哲学

立ちもどることだ、ということになるだろう。それというのも、この生きられる世界にお いてこそ、われわれは客観的世界の権利もその諸限界も、了解することができるであろう からだ。また、最初の哲学的行為は事物にはその具体的表情を、有機体には世界に対処す るその固有の仕方を、主観性にはその歴史的内属を返すことだ、ということになるだろ 「事象そのもの〈、 zu den sachen selbst という現象学。の方鴃論格 , ( 、実はすべての現 代哲学や現代諸科学の方法論的態度の要約にほかならない、と言ってもよいであろう。 造 構 世界内存在曰ーー物理的構造と有機的構造 礎 基 の 在客観的世界の想定を打ち破って立ちかえった〈生活世界〉 ないし生きた世界経験 間において見えてくるのは、それでは、ゝ しったいどのような光景であろうか。この世界が、即 自的な ( それ自体で完結した ) 事物の総体、つまりわれわれの前にくり拡けられた対象的な 耡理的世界でな・い・ご・ば、もはや明らかであろう。それは、われわれによって知覚され、働 きかけられ、生きられている場面、物理的過程には還元されえない、あの〈ゲシタルト〉の

4時間でやり直す 理科の法則と定理100

団ロロ 物理の時間 学 昔 学 昔の哲学者は 自然哲学として 「天体物理学」 「力学」などの いわゆる

UP 2016年08月号

今月の新刊 人びとは精神障害にどう向き合ってきたのかーーその哲学的な基礎を探究する 精神医学の哲学【全 3 巻】刊行開始 <0 判・平均ニ五六頁 / 各巻定価 ( 本体四八〇〇円 + 税 ) ■内容見本呈 ・精神障害への対応について、精神医学、哲学、歴史、 定工精神医学の科学と哲学 予 長人類学、社会学などから多角的に考察 石原孝一一・信原幸弘・糸川昌成編 ( 8 月 ) の・精神科医と患者だけでなく、患者家族や地域の役割 ②精神医学の歴史と人類学 にはも、圧目 成 鈴木晃仁・北中淳子編 ( 9 月予定 ) ゾ・精神医学の歴史と哲学に関する欧米の議論を踏まえ剳 3 精神医す A 」ョ事者 ながら、日本独自の歴史や問題にも光をあてる 石原孝一一・河野哲也・向谷地生良編ⅱ月完結予定 ) 精神障害の分類と診断が難しいなか、哲学や精神医学は精神障害とどのように向き合 一石原孝一一 ( 東京大学大学院総合文化研究科准教授 ) うのか。思考吹入や妄想についての哲学的考察に加え、現象学的精神病理学や精神分 のぶはらゆきひろ 析の現状、そして現代の精神医学のさまざまなアプローチの到達点を総観する 一一「ロ原幸弘 ( 東京大学大学院総合文化研究科教授 ) - 粡 〈主要目次〉 東京都医学総合研究所病院等連携研究センター長 糸川昌成 ( 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授 第 1 章総論ーー精神医学の科学と哲学 ( 石原孝一 I) 第 1 部精神医学と哲学 第 2 章思考吹入と所有者性 ( 信原幸弘 ) / 第 3 章妄想の形成と維持 一一要因理論と予測エラ 1 理論 ( 宮園健吾 ) / 第 4 章現象学と精神病理学 ( ト 精神医学の哲学① ーマス・フックス / 田中彰吾訳 ) / 第 5 章精神分析の実践と思想 ( 立木康 介 ) 第 2 部精神医学の科学論第 6 章症候群としての統合失調症ーー生物 精神医学の科学と哲学 学的研究からの再検討 ( 糸川昌成 ) / 第 7 章ポストモノアミン時代の精神 シ一一シズムを超えて ( 黒木俊秀 ) / 第 8 章認知行動療法の基礎 薬理学ーー <0 判・ニ四〇頁 / 定価 ( 本体四八〇〇円 + 税 ) と展開 ( 石短琢麿 ) / 第 9 章生物・心理・社会モデルの折衷主義を超えて ガミーの多元主義とヤスパースの方法論的自覚 ( 村井俊哉 ) 一 SBN978 ー 4 ー 1 3 ー 014181 ー 9

武器としての決断思考

るという決断をしてもいいのです。 「自分の幸福ーと「母親の不幸」を天秤にかけなければならなくなった場合、どちらを重 いと考えるかは、その人の生き方・哲学にもかかわってくる問題です 「なんだよ。結局、最後は主観で判断するのか」「主観で判断するなんて、ぜんぜん論理的 じゃないーと思われるかもしれませんが、そもそも 100 % 客観的で論理的な判断など、 人間にはできるはずがありません。 ディベート思考とは、客観を経て、主観で決断する方法です 最初から主観的にものごとを決めるのではなく、一度、客観的に考えてみてから、最後 は主観をもって決める。 そう、最後の最後は、みなさんが自分の頭で考えなければならないのです。 そこまでの筋道はつけてあげることができますが、価値観や哲学の問題には、自分自身 で決着をつけるしかありません どんなメリット、デメリットがあるのか ? それは実際のところ、どれくらいの質と量 で、確率的に起こりそうなことなのか、起こりそうにないことなのか ? 23 / 7 時間目「決断する」ということ