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物語ビルマの歴史 : 王朝時代から現代まで

五つ目の特徴は、外来の社会主義思想を積極的に取り入れ、それをタキン党発足時以来のビ ルマ民族・ビルマ文化中心主義と融合させたことに見られる。ビルマでは一九二〇年代から英 文・英訳の社会主義文献が流入していた。一九三〇年代には世界恐慌の影響がビルマにも深刻 に及んできたこともあって、そうした恐慌を生みだす資本主義への懐疑心の高まりとともに、 社会主義思想に関心を持っビルマ人中間層に属する若手インテリや学生、政治活動家、また中 間層には含まれない労働者が増えはじめた。タキン党員たちも、マルクス主義をはじめフェビ アン主義からナチスの民族社会主義までさまざまな種類の社会主義思想に関心を抱き、一九三 頭七年にはそれらを結党時からのビルマ民族・ビルマ文化中心主義に溶け込ませて「コウミー のン・コウチーン思想」という名で表現し、党憲章に党是として明記するに至っている。 ム 「コウミーン・コウチーン思想」とは、英国を帝国主義国家と断定し、その帝国主義が資本主 ズ 義から派生していることを強調したうえで、英国による支配体制を打倒するだけでなく、帝国 シ主義を生みだす資本主義をも拒絶する社会主義国家ビルマの独立を目指すことを宣言したもの ナ である。ただし、タキン党はこれによって単なる社会主義政党に変化したわけではなく、その マ 根本には常にビルマ民族・ビルマ文化中心主義が存在した。「コウミーン・コウチーン」とい う言葉も直訳では「我が王・我が種族、を意味し、それは「社会主義」「反帝国主義 , の置き 章 換え用語としてではなく、資本主義や帝国主義に対置するイメージをふんだんに含んだビルマ 第 独特の情念を伴うナショナリズム用語として使用された。この社会主義思想のとりこみは、ビ 147

「ドイツ帝国」が世界を破滅させる : 日本人への警告

しかし今日、経済問題の討議がわれわれの周辺に欠落しています。ォルタナテイプはな この道しかない と吹聴されています。あり得る解決策に対するこのような否定の態 度は、我らが旧大陸のメンタルな化石化を露見させるものです。エキスパートたちが、老 人コーラスさながらに声も枯れんばかりに歌っている。「そんなことは不可能だ ! 」とね。 このありさまは本当に、生命、現実、歴史、物事をじわりと動かす人間の能力などの否 定を押しつける全体主義的言説さながらにおぞましい。われわれはかって、ナチズムとい うかたちで人種への服従を経験しました。人民民主主義というかたちで自称社会主義の教 義への服従を経験しました。 今は、緊縮財政プランへの服従の時代になっています。そのプランは自動的に不況を招 来してしまうのに。 す以上に述べたところが、かって全体主義へと行き着いた精神病理にも匹敵する、現代の 陥精神病理です。全体主義は、若さがまだリソースであり続けていた社会に依拠していまし ロた。高齢化の今日、われわれはそれの耄碌バージョンを産み出しているのです。ューロ ュ ( の通貨的意味における ) 全体主義といえましよう ! 219

物語ビルマの歴史 : 王朝時代から現代まで

第 9 章軍事政権とアウンサンスーチー 国軍冫よる統治② サンスーチー率いる国民民主連盟は「地上」で自分たちの政策を「破壊、する分子に映るのだと いう解釈である。 「無政府主義は民主主義とは逆の道」 軍政にとって、アウンサンスーチーらの目指す民主主義は国を崩壊に導く「無政府主義」と変 こわらなかった。それを端的に象徴したスローガンがこれである。民主主義はかまわないが、国軍 が監視しないとそれは「無政府」状態に陥るというのが彼らの信念だった。ビルマ語で「無政府 一主義」は「王のいない状態」という表現を使うが、王のような強い指導者 ( 国軍の指導力 ) がビ ルマには必要なのだと主張しているかのようである。 す「国力は国内にのみ存在する」 アウンサンスーチー率いるは軍政から見て米国や英国に操縦される「新植民地主義者」 でもあった。国民に対し「国内の力にだけ頼れ」と訴えるこのスローガンは、国軍だけに頼りな さいと主張しているに等しいが、ビルマの友人たちは当時、「経済力はビルマにはなく外国にあ る。外国に頼らないでビルマが発展できるはすがない」と皮肉なことを言っていた。 355

反・幸福論 (新潮新書)

もしかしたら、民主党が大化けして政治の質を変えるなどということが起きたかもし れません。しかし、そんなわけのわからない期待で民主党を支持するわけにはいかない。 だから、私が言うのは、いわば理論的というか、原則的な話なのです。現実に民主党が 機能不全だということではなく、原理的に民主党はうまく機能しない、ということなの です。 理由は簡単です。民主党のほとん。一の存在理由反自民、反官僚だったからです。 力いまの日本を動かしているのは自民党と官僚組織である。だから彼らから権力を奪取す レる、という「権力への野望」が民主党を動かしたわけです。 立政治家が権力を求めるのは当然といえば当然です。ところが、彼らはこの野望に「民 ' 黽主義の実現〕という正義の装いを施した。これを積極に・司い、のタ」」、政権交代と の 政治主導による民 主る」という正義の本当の意味は、「従来の権力中枢であった自民党と官僚組織から権力 民 を奪取する」ということだったのです。 九だから、特にやりたいことがあるわけではない。何とも奇妙なことに、民主党の場合 5 には、政権を取ること自体が「正義」であり、、正当な目的になってしまった。なぜなら、

物語ビルマの歴史 : 王朝時代から現代まで

院 ) の二院から成り、下院議員には一九四七年四月の選挙で選ばれた制憲議会議員がそのまま 横滑りした。その構成は戦前の植民地議会 ( 下院 ) 議員との連続性をほとんど有さず、タキン 党出身者が中心を成す与党パサバラが総議席の七割近くを占めた。ゥー・ヌ首相も元タキン党 員だった。ビルマ連邦は対外的に中立を宣言し、冷戦下の東西どちらの陣営にも加わらない非 同盟の外交政策をとった。 内乱の勃発 ・ヌ首相は、議会をはじめさまざまな場所で「社会主義国家ー ( ないしは「左翼国家」 ) の建設を宣言した。それは議会制民主主義に基づき、有権者の同意を得ながら段階的に経済面 での社会主義化を目指す国づくりを意味した。社会主義への志向は彼が戦前に属したタキン党 の思想的影響を反映したものだった。ビルマ・ナショナリズムを推進したビルマ人中間層のう ち、特に一九〇一年以降に生まれた世代に支えられたタキン党は、帝国主義を生みだした資本 主義ではなく、社会主義こそ自国の近代化と富の公平な分配を同時に実現させる理想的なシス テムとして理解していた。ウ ー・ヌもその流れを汲んでいた。 ただし、独立時の憲法 ( 一九四七年憲法 ) は、社会民主主義的色彩の強いものではあったが、 条文のなかに「社会主義という用語は一つも使われていなかった。この憲法は、複数政党制 に基づく議会制民主主義を維持する限り、資本主義体制でも社会主義体制でも活用できる「中 278

正義の偽装

共同体の「始まり」のもっ神的なものがもはや支配の正当性をもたなくなった時に、 「人民主権」の民主主義が始まるのです。 私は、ここに民主主義の本質があると同時に、民主政治のもっとも根本的な困難さが あるように思います。 「人民の人民による人民のための政治」というリンカーンの言葉こそが民主主義の偉大 さを典型的にいい表したものだとされます。また、民主政治とは「国民による国民のた めの政治だ」と誰もがいう。どんなあくどい面構えをした政治家でも、ともかくも「国 民のため」という。 しかし、「国民」というまとまったものがなく、「国民」が、実は、己にのみ関心をも った「エゴ」の寄せ集めに過ぎないならば、「国民による政治」とは、無数に散在した 利益をめざす党派のカの争いであり、「国民のための政治」とは、この多様な党派の利 益誘導にしかならないでしよう。 これはいかなる政策をうってもそうです。デフレで得をする者もおれば損をする者も いる。インフレで得をする者も損をする者もいる。公共事業で得をする者もいれば、緊 縮財政で得をする者もいる。でも得をする者も損する者もいる。何をしてもかな 166

20世紀とは何だったのか : 西洋の没落とグローバリズム

は民間貨客船も含めた無制限攻撃を宣言します。このことがアメリカ参戦の直接的 な理由です。 そもそも攻められてもいない非当事国が参戦すること自体、考えてみれば奇妙な ことです。日本の場合には日英同盟に基づく参戦ですから、当然といえば当然です が、アメリカの参戦は異例なのです。 結局、アメリカの場合には、ドイツによる民間人へ向けた無制限攻撃に対抗する との理由ですが、さらに興味深いのは、議会へ向けたウイルソン大統領の参戦理由 です。ウイルソンはアメリカ人の権利を守るためとしながらも、これは世界の民主 主義のための戦いである、世界の民主主義を守るためにアメリカは参戦すると宣一一一一口 へしたのです。このような言いまわしが戦争の理由とされたのははじめてであり、そ 現れが国民に訴えるものをもっていた。これは象徴的なことというべきでしよう。 代 もともとウイルソンという人は政治学者であり理想主義者で、二十世紀に入って 近 すぐに「民主主義は世界化されるべきである」といったようなことを述べています 章 剏か、それが実際に、アメリカの世界への関与を正当化し、また、現実に歴史を動か すようになったわけですね。ウイルソンの登場によって、ヨーロッパの内紛はもは

20世紀とは何だったのか : 西洋の没落とグローバリズム

260 自由や民主主義を守るはずのアメリカが、それらを形式化してしまう逆説 アメリカは世界に対して自由や民主主義を守る責任があるーーー一一十世紀に入ると そのような言説が顔を出します。その場合、自由や民主主義の主体は、あくまで一 人の人格的な個人から出発しています。文化や宗教とは別に、それを自覚的に選び 取る主体としての個人が問題となる。この抽象的な個人は普遍的であるとみなしま す。 ところが、アメリカ国内で実際に自由や民主主義がもたらしたものは、多文化主 義のなかで、人々が、それぞれの属する集団独自の民族性や文化を非常に重要なも のと考える姿勢です。そこに自分たちのアイデンティティがあると考える。アメリ カ合衆国というひとつの国にアイデンティティを求めるよりも、自分の属している 民族、文化にアイデンティティを求める。人は、個人である以前に、まずはどこか の集団に帰属して生まれるというのです。 こうして、アメリカの政治哲学上の理念としての自由や民主主義と、それぞれの 文化を重視する考え方の間には大きな溝ができてしまいます。普遍的な文明の理念

植民地残酷物語 : 白人優越意識を解き明かす

ー第四章ー他国に類例を見ない日本の統治形態 日本の国体ー徳をもって治める 日本の天皇は、その成立背景、存在意義、権力構造、民との関係など、どれをとっても日本 あまた 固有のものであり、世界に数多存在する他の国の元首とは異なっている。 ョ 1 ロッパの絶対君主制に反対して起きたのが民主主義である。近代に入ると世界では君主 から権力を取り上げ、国民がこれを手にするための戦いが繰り広げられてきた。君主主義と民 主主義は対立する概念だった。 ところが日本においては将軍や藩主などの権力者と民衆が対立したことはあっても、古来、 天皇と民衆は対立関係になく、君主主義と民主主義は対立する概念ではない。天皇は将軍など の権力者を超越した存在であり、政治的、軍事的な権力者もその正統性の淵源は天皇に発して きたのである。 天皇の住居は京都御所に見られるように、濠も石垣もない、全く無防備な造りになっている いうこと自体は極めて大切なことであり、今こそ「国体明徴」が求められていると言わざるを 日寸な、 241

アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家

ノカ誕生する」からである。 すでに一九四六年三月、アデナウアーはラジオ放送で「そう遠くない将来、ドイツも属す るヨーロツ。、 ノ合衆国が創り出されることをわたしは望んでいます , と述べた。チャーチル前 英首相がチューリヒで有名な「ヨーロツ。、 ノ合衆国ー演説をするのは、この六カ月後のことで 間ある。 四 の 後キリスト教民主主義へ 大以上の信条の実践が、アデナウアーにとっての「キリスト教民主主義」である。 世キリスト教民主主義は、個人の尊厳と自由を実現する民主主義であると同時に、ヨーロッ 第パ統合をも実現に導くものである。彼は言う。「なぜわれわれはキリスト教民主主義と名乗 るのでしようか。〔・ : 〕それは、キリスト教的・西洋的な世界観とキリスト教的な自然法、 フォルク 分そしてキリスト教倫理の諸原則に根差した民主主義のみが、ドイツ人民に課された巨大な教 領育的責務を果たし、再興を可能にすると、深く確信しているからです」。 占 こうした理念の担い手とされたのが、 ~ 「月・・日お可盟・・・ ( 望の ) ーレ」いう「国民政党、 Ⅱであった。