デレク - みる会図書館


検索対象: アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1
15件見つかりました。

1. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

クインといいます。」 わたしはクイン 「おかけなさい、クインさん。」イヴシャムはいった。「こちらはリチャードⅱコンウェイ し きよう 卿、サタースウェイト氏、ポータル氏。わたしはイヴシャムです。」 しようかい 紹介がすむと、クイン氏は、イヴシャムが気をきかせて前によせてやったいすにすわっ こし ち よこいちもんじかげ た。腰をおろした位置のかげんか、ちょっとした炎の反射がその顔に横一文字の影を投げ いんしよう いっしゅん かけ、それが一瞬、黒い仮面をつけているような印象をあたえた。 まるた イヴシャムがさらに丸太を二、三本くべたした。 「一杯どうです ? 」 「ありがとう。 いただきます。」 イヴシャムはグラスを客のところへもってゆき、それをわたしながらきいた。 「このへんにはおくわしいんですか、クインさん ? 「何年かまえにもきたことがあります。」 「ほう、ほんとうですか ? 「ええ。そのころは、ここはケイベルというひとの家でした。」 「そう、そのとおりです。ーイヴシャムはいった。「気のどくなデレクⅱケイベル。あの男 きやく し かめん ほのおはんしゃ 120

2. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

ふじんほうてい プルトン夫人は法廷にひきだされた。けつきよくは放免されたが、それは絶対的な無実の しようこ しようこふじゅうぶん 証拠があったためじゃなく、たんに証拠不十分というにすぎなかったんだ。いいかえれ うん しやくほう ば、運がよかったのさ。彼女がやったということはまずまちがいない。釈放されたあと、 どうなったんだったかな ? 」 「なんでもカナダにいったそうだ。いや、オーストラリアだったかな ? いずれにせよ、 おじき じじよう そこに伯父貴かなにかがいて、ひきとられたらしい。まあ事情が事青だから、それがいち ばんよかったんじゃないかな。」 し サタースウェイト氏は、グラスをにぎっているアレックポータルの右手に目をとめた。 なんとまあ、かたくにぎりしめているんだろうー ( 気をつけないと、そのうちそれをにぎりつぶしてしまうそ、きみ ) と、サタースウェイ ト氏は思った。 ( それにしても、こうも話がおもしろくなってくるとは。 ) イヴシャムが立ちあがって、自分のグラスに酒をついだ。 じさっ 「けつきよくのところ、気のどくなデレクⅱケイベルがなぜ自殺したのか、そこのところ きゅうめい の究明はあまりすすまなかったわけだ。彼はいった。「そうでしよう、クインさん、この しんもん 審問は、さほどの成果をあげなかったようですな ? ほうめん ぜったいてきむじっ 140

3. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

あれはデレク日ケイベルのことをいっているのだろうか、それともそれにかこつけて、 自分のことをいっているのだろうか ? 彼を観察していたサタースウェイト氏は、どうも あとのほうらしいと思わずにはいられなかった。そうだ、それがまさにアレック日ポータ やくわり うんめいちょうせん そうぞうりよく ルの演じている役割なのだ。ーー・運命に挑戦する男。酒のせいでにごっていた想像力が、い きようめい そう まとっぜん、この会話のなかのひびきと共鳴しあい、それまでひそかにあたためていた想 ねん 念をよびさましたのだ。 彼女はまだそここ サタースウェイト氏は、ちらと上を見た。 , 冫いた。見まもり、耳をそば しにん だてているーーーあいかわらず凍りついたようにうごかず、死人のように身じろぎもせず。 、こうふん 「まったくそのとおりだ」と、コンウェイがいった。「ケイベルはたしかに興奮していた あっとうてき 異様なほど、といっても、 しい。いうなれば、大きな賭けをした男が、圧倒的なハンディ をくつがえして勝った、とでもいったところかな。」 「でなければ、なにかやろうと心にきめたことがあって、それにたいして勇気をふるいお こそうとしていたのかもしれない。」 ポータルがほのめかした。そして、まるで自分のことばに触発されたかのように、席を ても 立っと、またしてもお手盛りで自分のグラスをみたした。 えん こお かんさっ しよくはっ ゅうき せき 130

4. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

じよせい 女性が人妻かなにかのように聞こえるじゃないかーーーっまりさ、亭主が死んだばかりだと りこん てつづちゅう か、でなくば離婚の手続き中だとか。」 じじよう 「そうだな、たしかに。」イヴシャムはあいづちをうった。「そういう事情なら、すぐには こんやく はっぴょう 婚約を発表できんというのはよくわかる。それにね、いま考えてみると、あのころは、さ ほど親しくマージョリーとっきあっていたわけでもなさそうだ。二人が親しかったのは、 なか そのまえの年のことで、どうもちかごろは二人の仲は冷えてきてるんじゃないか、そう 思ったのをお・ほえているよ。 「ふしぎですな。」クイン氏がいった。 「さようーーーまるでだれかが割りこんできたという感じだった。」 「ほかの女か。」コンウェイがいって、考えこんだ。 「とにかくだ、お・ほえているだろうーーーあの晩デレクのやっ、いささか不謹慎なほどはン こうふく しゃぎまわっていたじゃないか。いわば幸福に酔っているというかっこうだった。それで みよう せつめい いて、なにかこう うまく説明できないんだがーーー妙につつかかってくるような、挑一 せんてき 戦的なところもあった。」 うんめいちょうせん 「まるで運命に挑戦する男のようにねーと、アレック日ポータルがだみ声でいった。 した ひとづま ていしゅ ふきんしん ちょう 129

5. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

ちばし ポータルが前にとびだした。声はしわがれ、目は血走っていた。 わ 「だったらなぜ彼女はデキャンターを割ったんだ ? なぜ割ったんです ? それを聞かせ てください。」 その夜はじめて、クイン氏はサタースウェイト氏にむきなおり、話しかけた。 ゆた じんせいけいけん 「あなたは豊かな人生経験をおもちだ。それをみなさんに話してあげてくださいますか ? 」 でばん サタースウ = イト氏の声はわずかにふるえた。やっと出番がきたのだ。彼はこの芝居の じゅうようせりふ ようせい はいゅ、つ かんきやく もっとも重要な台詞を述べるように要請されている。いまや彼は俳優なのだーーー観客で はないのだ。 サタースウェイト氏はひかえめにいっこ。 「わたしの見たところ、彼女はデレクⅡケイベルに・ーー好意をもっていた。たぶん、貞淑 おっとな な女性だったのでしよう だから彼を遠ざけた。だが、まもなく夫が亡くなると、彼女 ふりしよ、つこ は真相に気づいた。そこで、すこしでも愛する男をかばうため、彼に不利な証拠をけそう こんきょ うたが なっとく けっこん とした。その後、彼は、その疑いは根拠のないものだということを納得させ、彼女は結婚 しようだく を承諾した。しかし、 いったん承諾してからも、まだためらっていたーーー女性の直感はす るどいといいますからな。」 じよせい しんそう し の し ちょっかん ていしゆく 144

6. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

まど リチャード日コンウェイ卿のお話によると、窓のカーテンはひいてなかったということで まど くるままわ すし、窓ごしに車回しを見おろせるわけです。彼はなにを見たのでしよう ? そこで見た じさっ どんなものが、彼を自殺に追いやったのでしよう ? 「というと ? なにを見たのです ? けいかん 「わたしはこう思います。ークイン氏はいった。「彼は警官を見たのだと。犬のことでやっ けいかんすがた てきた警官の姿を見たのです。ですがデレク日ケイベルには、そういう用事できたという けいかん ことはわからなかった ただ警官がやってくるのが見えただけです。」 りかい かんぜん 長い沈黙があったーーーさながら、その意味するところを完全に理解するには、しばらく かかるとでもいうようだった。 「なんてこった。」ややあって、ようやくイヴシャムがかすれた声でいった。「まさかそん事 なことが ? ケイベルがあのアプルトンを ? しかし、アプルトンが死んだとき、ケ ろうじんさいくん イベルはそこにはいなかったんだ。老人は細君と二人きりだったんだ いたんじゃありませんか ? ストリキニーネは、塩酸塩の状 「しかし、一週間まえには、 たい ようかい 態でないと、かなり溶解しにくい物質です。ポートワインに入れた場合、大部分はびんの 最後の一杯にとけこむでしよう。おそらくは彼が去って一週間後ぐらいにね。 ちんもく きよう ぶっしつ だいぶぶん えんさんえんじよう 143

7. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

きんちょう せいしんてき 精神的な緊張のために、深くそれが心に焼きつけられてしまったからなんですな。それ かべがみもよう も、ごくとりとめのない、ちつ。ほけなこと たとえば壁紙の模様とかーーーそれでいて、 けっしてわすれることはないのです。」 「あなたの口からそういう話がでるとは、おどろきましたな、クインさん」と、コンウェ イがいった。「というのも、いまあなたが話しているうちに、ふいにわたしは、またデレ し クケイベルの部屋にもどったような気がしてきたんです。デレクが床にたおれて死んで かげ いるーーー窓の外には、はっきりと大きな木が見えるーー・そしてその木の影が、戸外の雪の 上にうつっている。そう、月光だ、それに雪、木の影ー・ー・いまでもありありと目にうかん できますよ。絵に描こうと思えば描けるくらいだ。だがそのくせそのときは、それを見て いしき いるなんてことは、ぜんぜん意識していないんです。」 し げんかん まうえ 「そのケイベル氏の部屋というのは、玄関の真上の大きな部屋でしたな ? 」クイン氏がた ずねた。 「さよう。そしてその木というのは、あのぶなの大木ですーーーちょうど車回しの曲がり角 にあるやつです。」 し まんぞく きみよう クイン氏は満足げにうなずいた。それを見たサタースウェイト氏は、奇妙なおののきを まど げつこう や たいぼく かげ ゆか くるままわ こがい ま し かど 136

8. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

をごそんじでしたか ? 「ええ、知っていました。」 たいど へんか イヴシャムの態度がわずかに変化した。イギリス人というものの気質を研究したことの ないひとだったら、まず気づかなかったろう。それまでは、どことなくよそよそしさが あったのだが、いまではそれがすっかり消えてしまっている。クイン氏はデレクⅱケイベ ルを知っていた。したがってイヴシャムの友だちの友だちであり、それだけで全面的に人 ほしよう しんらい 物を保証され、信頼できる男ということになるのだ。 ちょうし じけん 「じっさいおどろくべき事件でしたよ、あれはと、イヴシャムはうちとけた調子で話し だした。「ちょうどいま、そのことを話していたところなんです。そりやね、わたしも正直 てきとう なところ、この屋敷を買うのは気がすすみませんでしたよ。ほかに適当なところがあれば事 ばんの じさっ よかったんですが、それがなくってね。ごそんじかどうか知らんが、あの男が自殺した晩、 わたしはこの家にいたんですーーーここにいるコンウェイもそうですが。そんなわけで、わ ば、つれい たしはいつも思っているんですよ いまにあの男の亡霊がでてきやせんかとね。」 くちょ、つ ようじん じけん ふかかい 「ひじように不可解な事件でしたな」と、クイン氏はゆっくりした用心ぶかい口調でいう せりふ と、ちょっと間をおいた。そのようすにはどこか、だいじなきっかけの台詞をいいおえた ぶつ やしき きしつけんきゅう ぜんめんてきじん しよ、つじき 121

9. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

じけんちよくぜん 「そうだ、そのとおりだよ。」コンウェイが叫んだ。「あれは、アプルトン事件の直前だっ ちよく′」 「直後じゃなかったかい ? 」 「ちがう、ちがう、おぼえていないか ? ケイベルはアプルトン夫妻と知りあいだった ろうじん まえの年の春、ア。フルトン家に滞在していたんだーーー老人の死ぬ一週間まえだそうだ ふゆかい ばんろうじん がね。ある晩、老人のことを話してたことがあるーーーじつに不愉快なおいぼれだ、アプル うつく トン夫人のような若くて美しい女性が、あんなじじいにしばられていたんでは、さそっら かったことだろう、ってね。そのときはまだ、彼女が夫をかたづけたんじゃないかというよ うな、そういう疑いはでてきていなかったんだ。」 しんぶん したいはつくつきよか 「そうだよ、思いだした。その日の新聞で、死体発掘許可がおりたという記事を見たお・ほ事 えがある。あれはおなじ日だったーーー半分うわのそらでそれを見たのをお・ほえている。む ろんあとの半分は、二階で死んでるかわいそうなデレクのことを考えていたんだがね。 げんしよう 「よくあることですが、きわめてふしぎな現象ですな、それは」と、クイン氏がいった。 じゅうよう きんちょう ことがらしゅうちゅう 「ひじように緊張しているときに、心がほかの、さして重要でない事柄に集中している。 しかもずっとあとになってから、それをまざまざと思いだす。いわばそれは、そのときの ふじん うたが わか じよせい たいざい おっと ふさい 135

10. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

とですよ。」 「しかしね、きみ ! 事件当時なにもでてこなかったものが、いまになってでてくるはず はないじゃないか もう十年もたっているんだよ。」 し クイン氏はおだやかに首をふった。 いけん どうい れきし しようめい 「わたしはそのご意見には同意しかねますな。そうでないことは歴史が証明しています。 どうじだい れきしか こうせい もんだい 同時代の歴史家は、後世の歴史家ほど正確な歴史は書けないものです。問題は、事実を正 ちかんけい しい位置関係において見られるか、正しいつりあいをもって見とおせるかということでし てね。なんならそれは、他のすべてのものとおなじように、相対性の問題だといってもい しでしよう。」 簿 くのう アレックポータルがひざをのりだした。その顔は、なぜか苦悩に耐えているようにび事 の ン くびくひきつっていた。 イ 「あなたのいうとおりだ、クインさん」と、彼はいった。「たしかにあなたのいうとおり = もんだい ていじ だ。時は問題を解決しはしない ただ、新たなかたちでそれを提示するだけなんだ。」 びしよう イヴシャムが寛大な微笑をうかべた。 いけん 「すると、クインさん、あんたのご意見では、今晩われわれがここで、いわば、デレク日ケ かいけっ かんだい じけんとうじ た せいかく あら こんばん そうたいせい もんだい た じじっ 123