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検索対象: 日本共産党研究ー絶対に誤りを認めない政党

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日本共産党研究ー絶対に誤りを認めない政党


第 四 章 国 民 連 合 政 府 は 革 命 の 一 里 塚

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年 近 く 前 か ら 同 じ こ と を 言 い 続 け て き て い る わ け だ 。 ま 生 き て い る ニ 段 階 革 命 論 , 共 産 党 の 最 新 の 綱 領 は 年 1 月 の 第 回 党 大 会 で 改 定 し た も の だ 。 党 ホ 1 ム ペ 1 ジ に は 、 年 に 明 ら か に な っ た 「 綱 領 改 定 案 」 に つ い て 不 破 発 言 な ど を 基 に 解 説 す る べ 1 ジ が 今 も 残 っ て い る 。 「 い ま 日 本 が 必 要 と し て い る の は 民 主 主 義 革 命 」 と 題 し 、 民 主 連 合 政 府 に つ い て は 、 次 の よ う に 説 明 し て い る 。 《 こ れ ま で の 綱 領 で は 、 「 民 主 連 合 政 府 」 と い う の は 、 革 命 に す す ん で ゆ く 過 程 の 中 間 段 階 の 政 府 で あ っ て 、 民 主 主 義 革 命 の 任 務 を 遂 行 す る 政 府 は 、 「 民 族 民 主 統 一 戦 線 の 政 府 」 で あ り 、 こ の 政 府 が 、 権 力 を に ぎ っ て 「 革 命 の 政 府 」 に 成 長 ・ 発 展 す る の だ 、 と 説 明 さ れ て い ま し た 》 つ ま り 「 民 主 連 合 政 府 」 を 「 中 間 段 階 」 と 位 置 付 け 、 本 当 の 革 命 は 次 の 段 階 と し て い た わ け だ が 、 《 今 回 の 綱 領 改 定 案 で は 、 こ の 区 別 を な く し て 、 民 主 連 合 政 府 こ そ が 、 日 本 社 会 が 必 要 と す る 民 主 的 改 革 を 実 行 す る 政 府 で あ り 、 こ の 政 府 が 実 行 す る 民 主 的 改 革 が 、 民 139 第 四 章 国 民 連 合 政 府 は 革 命 の 一 里 塚

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主 主 義 革 命 の 内 容 を な す も の だ と い う よ う に 、 問 題 の 発 展 的 な 整 理 を お こ な い ま し た 》 《 こ の 政 府 が 安 保 条 約 を な く し 、 経 済 改 革 を 実 現 し て い け ば 、 そ れ が ま さ に わ れ わ れ が め ざ し て い る 民 主 主 義 革 命 を 実 行 す る こ と に な る ん だ 、 そ う い う 関 係 を 、 新 し い 綱 領 改 定 案 で は は っ き り さ せ た わ け で す 》 と し て い る 。 そ も そ も 共 産 党 の 祖 で あ る マ ル ク ス と エ ン ゲ ル ス は 18 4 8 年 の 「 共 産 党 宣 言 」 で 、 革 命 と は 、 プ ル ジ ョ ア ( 中 産 階 級 の 資 本 家 ) が 最 初 に 封 建 的 な 秩 序 や 政 治 体 制 を 壊 し 、 プ ロ レ タ リ ア ( 労 働 者 階 級 ) と と も に 新 た な プ ル ジ ョ ア 民 主 主 義 を 立 ち 上 げ た 後 、 次 の 段 階 で 、 プ ロ レ タ リ ア 自 ら が 組 織 し て 資 本 主 義 を 転 覆 し 、 社 会 主 義 の 建 設 に 向 か う と 定 義 し て 日 本 共 産 党 も 戦 前 は 、 「 絶 対 主 義 的 天 皇 制 を 打 倒 し 、 大 地 主 や 財 閥 の 支 配 を 解 体 す る 」 プ ル ジ ョ ア 民 主 主 義 革 命 を 起 こ し た 後 、 社 会 主 義 革 命 に 転 化 す る と い う 「 二 段 階 革 命 論 」 を 主 張 し て お り 、 戦 後 も 、 前 段 が 「 ア メ リ カ 帝 国 主 義 と 日 本 独 占 資 本 の 打 破 」 に 変 わ っ た だ け で 、 そ の 後 社 会 主 義 革 命 に 至 る と い う 考 え 方 は 大 き く 変 わ っ て い な か っ た 。 し か し 東 西 冷 戦 が 終 結 す る こ と に な っ た 1989 年 新 春 の 「 赤 旗 」 で 当 時 の 議 長 、 宮 本 顕 治 が 「 資 本 主 義 の 枠 内 で の 改 革 」 を 明 言 。 以 降 、 「 人 民 の 民 主 主 義 革 命 」 と 「 社 会 主 義 革 命 」 の 連 続 性 は あ ま り 強 調 し な く な っ て は い る が 、 最 新 の 党 綱 領 に も 《 社 会 主 義 ・ 共 産 140

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共 産 党 は 当 時 の 暴 力 的 な 事 件 に つ い て 「 分 裂 し た 一 方 が 行 っ た こ と 」 と し て 党 の 関 与 を 否 定 し て い る が 、 当 時 の 共 産 党 が 武 装 闘 争 を 掲 げ て 、 さ ま ざ ま な 問 題 を 起 こ し た こ と は 消 せ な い 歴 史 的 事 実 と な っ て い る 。 武 装 闘 争 路 線 は 国 民 の 恐 怖 と 嫌 悪 の 対 象 で も あ っ た 。 終 戦 後 に 合 法 化 し た 共 産 党 は 、 現 行 憲 法 下 で 初 め て 行 わ れ た 年 1 月 の 衆 院 選 で 、 い き な り 肪 議 席 を 獲 得 し た 。 と こ ろ が 、 武 装 闘 争 が 激 化 し た 後 の 年 川 月 に 行 わ れ た 次 の 衆 院 選 で は 、 10 7 人 の 立 候 補 に 対 し て 一 気 に 当 選 ゼ ロ と い う 大 惨 敗 に 終 わ っ た 。 共 産 党 は 方 針 を 転 換 し 、 年 に 「 引 年 綱 領 」 を 廃 止 。 引 年 に 民 主 主 義 革 命 か ら 社 会 主 義 革 命 に 至 る 「 二 段 階 革 命 」 を 規 定 し た 綱 領 を 採 択 し た 。 だ が 、 こ の こ ろ 、 革 命 が 「 平 和 的 と な る か 非 平 和 的 と な る か は 結 局 敵 の 出 方 に よ る 」 と の 「 敵 の 出 方 論 」 が 登 場 。 二 段 階 革 命 論 の 表 記 は 現 在 の 綱 領 で は 消 え て い る が 、 政 府 と し て は 、 共 産 党 の 「 暴 力 革 命 の 方 針 」 は 依 然 と し て 変 わ ら な い と い う 見 方 な の だ 。 241 第 八 章 な せ 彼 ら は 監 視 対 象 な の か

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第 四 章 マ 国 民 連 合 政 府 は 革 命 の 一 里 塚 第 三 章 マ 党 財 政 を 直 撃 す る 赤 旗 部 数 衝 撃 の 万 部 割 れ 円 値 上 げ で 大 号 令 市 役 所 内 で 行 わ れ る 勧 誘 活 動 強 ま る 「 赤 旗 包 囲 網 」 購 読 料 こ そ が 政 党 助 成 金 赤 旗 に 登 場 し た 自 民 党 元 重 鎮 「 保 守 も 反 対 し て い る 」 と い う 論 法 一 緒 に 飛 び 降 り ま し よ う 現 状 維 持 は あ り 得 な い 連 合 政 府 と い う 名 の 亡 霊 二 段 階 革 命 論 は 生 き て い る 136 1 10 123

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第 四 章 マ 国 民 連 合 政 府 は 革 命 の 一 里 塚 第 三 章 マ 党 財 政 を 直 撃 す る 赤 旗 部 数 衝 撃 の 万 部 割 れ 円 値 上 げ で 大 号 令 市 役 所 内 で 行 わ れ る 勧 誘 活 動 強 ま る 「 赤 旗 包 囲 網 」 購 読 料 こ そ が 政 党 助 成 金 赤 旗 に 登 場 し た 自 民 党 元 重 鎮 「 保 守 も 反 対 し て い る 」 と い う 論 法 一 緒 に 飛 び 降 り ま し よ う 現 状 維 持 は あ り 得 な い 連 合 政 府 と い う 名 の 亡 霊 二 段 階 革 命 論 は 生 き て い る 136 1 10 123

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会 が 開 催 さ れ ま し た 。 そ し て 、 同 大 会 で 「 現 在 、 日 本 を 基 本 的 に 支 配 し て い る の は 、 ア メ リ カ 帝 国 主 義 と そ れ に 従 属 的 に 同 盟 し て い る 日 本 の 独 占 資 本 で あ る 」 と す る 現 状 規 定 や 、 民 主 主 義 革 命 か ら 引 き 続 き 社 会 主 義 革 命 に 至 る と い う 「 二 段 階 革 命 」 方 式 等 を 規 定 し た 現 綱 領 を 採 択 し ま し た 。 ま た 、 両 党 大 会 や 綱 領 論 争 の 過 程 に お け る 党 中 央 を 代 表 し て 行 わ れ た 様 々 な 報 告 の 中 で 、 革 命 が 「 平 和 的 と な る か 非 平 和 的 と な る か は 結 局 敵 の 出 方 に よ る 」 と す る い わ ゆ る 「 敵 の 出 方 」 論 に よ る 暴 力 革 命 の 方 針 が 示 さ れ ま し た 》 疑 念 は 消 え ず 2013 年 月 5 日 付 の 赤 旗 は 、 公 安 調 査 庁 を 《 テ ロ リ ス ト な ど の 治 安 情 報 を 収 集 す る こ と を 口 実 に 活 動 し て い る 》 と 指 弾 し 、 《 過 去 に 組 織 的 犯 罪 を し た 団 体 に 限 ら ず 、 合 法 的 に 活 動 し て い て も 政 府 に 批 判 的 な 政 党 や 労 働 組 合 、 市 民 団 体 な ど を 対 象 に 違 法 な 諜 報 活 動 を し て い ま す 》 と 反 論 し て い る 。 田 年 Ⅱ 月 円 日 付 の 赤 旗 で は 、 読 者 の 質 問 に 答 え る 形 で 「 破 壊 活 動 防 止 法 は 治 安 維 持 法 の 255 第 八 章 な ぜ 彼 ら は 監 視 対 象 な の か

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コ ミ ン テ ル ン 日 本 支 部 と し て 誕 生 彼 ら は 、 な ぜ そ こ ま で 警 戒 さ れ る の か 。 歴 史 を ひ も 解 け ば 、 そ の 理 由 は す ぐ に わ か る 。 そ も そ も 日 本 共 産 党 は 1922 ( 大 正 リ 年 、 旧 ソ 連 の モ ス ク ワ に 本 部 を 置 く 「 共 産 主 義 イ ン タ 1 ナ シ ョ ナ ル 」 ( コ ミ ン テ ル ン ) の 日 本 支 部 と し て 誕 生 し た 。 結 成 当 初 の メ ン バ ー は 堺 利 彦 、 山 川 均 、 野 坂 参 三 、 徳 田 球 一 ら で あ る 。 ロ シ ア 革 命 ( 1917 年 ) 後 の 年 、 レ 1 ニ ン に よ っ て つ く ら れ た コ ミ ン テ ル ン は 、 共 産 主 義 の 思 想 を 各 国 に 「 輸 出 」 し 、 全 世 界 を 「 ソ ビ エ ト 化 」 っ ま り 、 共 産 主 義 化 す る こ と が 目 的 の 組 織 だ っ た 。 当 時 誕 生 し た ば か り の ソ 連 は 、 一 国 だ け の 革 命 政 権 が 、 い ず れ は 他 の 資 本 主 義 諸 国 か ら 包 囲 さ れ て し ま う こ と を 恐 れ 、 諸 外 国 に も 同 様 の 革 命 組 織 が 必 要 だ と 考 え た の で あ る 。 こ の た め 、 各 国 支 部 の 共 産 主 義 者 た ち は 、 コ ミ ン テ ル ン に よ る モ ス ク ワ か ら の 指 令 と 資 金 提 供 を 受 け て 、 ソ 連 の た め の 工 作 や ス パ イ 活 動 は も ち ろ ん 、 自 国 の 政 治 体 制 を 内 部 か ら 混 乱 さ せ て 、 い ず れ は 自 国 で も 革 命 を 起 こ そ う と 考 え て い た の だ 。 公 式 的 な 指 令 は 「 テ ー ゼ 」 と 呼 ば れ 、 日 本 共 産 党 に も 結 党 時 の 「 年 テ ー ゼ 」 や 、 そ の 158

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国 軍 総 司 令 部 の 占 領 下 で も 平 和 的 に 革 命 が 達 成 で き る と す る 「 平 和 革 命 論 」 を 唱 え て い た 日 本 共 産 党 を 批 判 し た の で あ る 。 こ れ を 機 に 、 「 所 感 派 」 と 呼 ば れ 、 ス タ 1 リ ン が 求 め る 武 力 闘 争 路 線 に 従 っ た 幹 部 の 徳 田 や 野 坂 ら と 、 「 国 際 派 」 と 呼 ば れ た 宮 本 顕 治 ら と の 党 内 対 立 が 激 化 し 、 日 本 共 産 党 は 分 裂 状 態 に 陥 っ た 。 所 感 派 が 地 下 に 潜 行 、 あ る い は 中 国 に 亡 命 し 、 国 内 各 地 で 火 炎 瓶 な ど を 使 っ た 暴 力 事 件 を 展 開 す る 中 、 コ ミ ン フ ォ ル ム は 翌 田 年 に 再 び 日 本 共 産 党 に 武 装 闘 争 を 求 め る 論 文 を 発 表 。 日 本 共 産 党 は 同 年 川 月 の 第 5 回 全 国 協 議 会 ( 5 全 協 ) で 受 け 人 れ を 決 定 し 、 武 装 闘 争 路 線 を 柱 と し た 「 引 年 綱 領 」 が 確 立 し た 。 だ が 、 年 の 日 本 の 主 権 回 復 や 、 暴 力 を 繰 り 返 す 日 本 共 産 党 へ の 国 民 の 嫌 気 も あ っ て 党 勢 は 低 迷 し た 。 こ れ を 受 け て 所 感 、 国 際 両 派 は 年 に 和 解 し 、 ソ 連 と 距 離 を 置 い て き た 宮 本 ら が 主 導 権 を 握 っ た 。 田 年 に 書 記 長 と な っ た 宮 本 は 引 年 の 第 8 回 党 大 会 で 、 民 主 主 義 革 命 か ら 社 会 主 義 革 命 を 目 指 す 「 二 段 階 革 命 論 」 を 規 定 し た 綱 領 ( 宮 本 綱 領 ) を 決 定 。 着 々 と 党 内 基 盤 を 強 化 す る 中 、 年 に ソ 連 が 米 国 な ど と 部 分 的 核 実 験 停 止 条 約 に 調 印 し た こ と で 、 以 降 の ソ 連 と の 対 立 は 決 定 的 と な っ た 。 こ の と き 、 日 本 共 産 党 は 「 社 会 主 義 国 の 核 は 、 ア メ リ カ な ど の 侵 略 164

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確 定 し た 事 件 ま で 、 「 な か っ た こ と 」 に は で き な い 。 警 察 庁 の 広 報 誌 は さ ら に こ う 続 け る 。 《 【 「 引 年 綱 領 」 の 廃 止 と 現 綱 領 の 採 択 ( 昭 和 年 代 ) 】 1 ) 訂 年 綱 領 」 の 廃 止 日 本 共 産 党 は 、 昭 和 ( 1955 ) 年 7 月 の 第 6 回 全 国 協 議 会 ( 6 全 協 ) で 、 年 代 後 半 に 行 っ た 武 装 闘 争 を 「 誤 り の う ち も っ と も 大 き な も の は 極 左 冒 険 主 義 で あ る 」 ( Ⅱ 革 命 情 勢 が な い の に 武 装 蜂 起 し た ) な ど と 自 己 批 判 し ま し た 。 そ し て 、 ( ) 〔 08 ) 年 7 月 の 第 7 回 党 大 会 で 、 暴 力 革 命 唯 一 論 の 立 場 に 立 っ た 「 田 年 綱 領 」 を 「 一 つ の 重 要 な 歴 史 的 な 役 割 を 果 た し た 」 と 評 価 し た 上 で 廃 止 し ま し た 。 ( 2 ) 現 綱 領 の 採 択 同 大 会 で は 、 「 引 年 綱 領 」 に 代 わ る 党 の 新 綱 領 が 「 党 章 草 案 」 ( 綱 領 と 規 約 を 一 つ に し た も の ) と し て 示 さ れ ま し た が 、 現 状 規 定 や 革 命 の 性 格 等 に つ い て 反 対 意 見 が 多 く 、 党 内 の 意 思 統 一 を 図 る こ と が で き ま せ ん で し た 。 ( 中 略 ) そ の 後 、 宮 本 顕 治 書 記 長 ( 当 時 ) の 指 導 の 下 、 3 年 間 に わ た る 党 を 挙 げ て の 綱 領 論 争 と 、 い わ ゆ る 反 党 章 派 の 幹 部 の 除 名 等 を 経 て 、 昭 和 ( 1961 ) 年 7 月 、 第 8 回 党 大 254