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あぶない一神教


Dangers in Monotheism HASHIZUME, Daisaburo & SATO, Masaru Shogakukan Publ. CO. T0kyo. 2015 : 10

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橋 爪 大 三 郎 は し づ め だ い さ ぶ ろ う 1948 年 神 奈 川 県 生 ま れ 。 社 ■ 会 学 者 。 東 京 大 学 大 学 院 社 会 学 研 究 科 博 士 課 程 単 位 取 得 退 学 。 東 京 工 業 大 学 名 誉 教 授 。 著 書 に 『 は じ め て の 構 造 主 義 』 ( 講 談 社 現 代 新 書 ) 、 共 著 に 『 ふ し ぎ な ■ キ リ ス ト 教 』 ( 同 ) な ど 。 佐 藤 優 さ と 、 つ ま さ る 1960 年 東 京 都 生 ま れ 。 作 家 、 ■ 元 外 務 省 主 任 分 析 官 。 同 志 社 大 ■ 学 大 学 院 神 学 研 究 科 修 了 。 著 書 に 『 国 家 の 罠 』 ( 新 潮 文 庫 ) 、 『 自 壊 す る 帝 国 』 ( 同 ) 、 「 神 学 の 思 考 』 ( 平 凡 社 ) 、 共 著 に 『 新 ・ 戦 争 論 』 ■ ( 文 春 新 書 ) な ど 。 小 学 館 新 書 256 あ ぶ な い 一 神 教 二 〇 一 五 年 十 月 六 日 二 〇 一 五 年 十 月 一 一 十 一 日 著 者 橋 爪 大 三 郎 佐 藤 優 発 行 人 飯 田 昌 宏 発 行 所 株 式 会 社 小 学 館 〒 一 〇 一 ー 八 〇 〇 一 東 京 都 千 代 田 区 一 ッ 橋 二 ー 三 ー 電 話 編 集 〕 〇 三 ー 三 二 三 〇 ー 五 八 〇 一 販 売 〕 〇 三 ー 五 二 八 一 ー 三 五 五 五 装 幀 お お う ち お さ む 印 刷 ・ 製 本 中 央 精 版 印 刷 株 式 会 社 ODaisaburo Hashizume / Masaru Sat0 2015 Printed in Japan ISBN 978 , 4 ・ 0 を 825256 ・ 5 造 本 に は 十 分 注 意 し て お り ま す が 、 印 刷 、 製 本 な ど 製 造 上 の 不 備 が ご ざ い ま し た ら 「 制 作 局 コ ー ル セ ン タ ー 」 ( フ リ ー ダ イ ヤ ル 0120 ー 336 ー 340 ) に ご 連 絡 く だ さ い 。 ( 電 話 受 付 は 、 上 ・ 日 ・ 祝 休 日 を 除 く 9 〕 に ) 本 書 の 無 断 で の 複 写 ( コ ピ ー ) 、 上 演 、 放 送 等 の 二 次 利 用 、 翻 案 等 は 、 著 作 権 法 上 の 例 外 を 除 き 禁 じ ら れ て い ま す 。 本 書 の 電 子 デ ー タ 化 な ど の 無 断 複 製 は 著 作 権 法 上 の 例 外 を 除 き 禁 じ ら れ て い ま す 。 代 行 業 者 等 の 第 三 者 に よ る 本 書 の 電 子 的 複 製 も 認 め ら れ て お り ま せ ん 。 初 版 第 一 刷 発 行 第 二 刷 発 行

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ま え が き ( 講 談 社 現 代 新 書 ) は 、 例 外 的 に キ リ ス ト 教 の 本 質 で あ る 救 済 の 問 題 に ま で 踏 み 込 ん だ 構 成 に な っ て い る 。 こ の 本 を 読 ん で か ら 、 私 は 橋 爪 大 三 郎 氏 と い う 傑 出 し た 知 性 に 畏 敬 の 念 を 抱 く と と も に 特 別 の 関 心 を 持 つ よ う に な っ た 。 こ の 作 品 は 、 ト 学 館 サ ピ オ 編 集 部 の 柏 原 航 輔 氏 の 熱 意 と 忍 耐 な く し て は 生 ま れ ま せ ん で し た 。 こ の 場 を 借 り て 深 甚 な る 感 謝 の 気 持 ち を 表 明 し ま す 。 2015 年 8 月 幻 日 、 曙 橋 ( 東 京 都 新 宿 区 ) の 仕 事 場 に て 、 佐 藤 優

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5 7 0 年 頃 6 2 2 年 6 3 2 年 6 3 4 年 644 年 65 1 年 頃 6 5 6 年 66 1 年 7 50 年 1 2 9 9 年 1 4 5 3 年 1 5 2 6 年 1 7 4 5 年 1 7 9 8 年 1858 年 1 8 6 7 年 1 8 7 7 年 1906 年 1 9 1 2 年 1 9 1 4 年 1 9 1 6 年 1 9 2 5 年 1 9 3 8 年 1 9 4 5 年 1 9 4 8 年 1 9 5 8 年 1 9 6 2 年 1 9 6 9 年 1 9 7 9 年 1980 年 1990 年 2 0 01 年 2003 年 2 0 1 3 年 イ ス ラ ム 教 関 係 年 表 ム ハ ン マ ド 誕 生 ム ハ ン マ ド と 信 徒 一 行 が メ ッ カ か ら メ デ ィ ナ に 移 住 イ ス ラ ム 暦 紀 元 元 年 ム ハ ン マ ド 死 去 。 初 代 カ リ フ に ア プ ー ・ バ ク ル が 就 任 ム ガ ル 帝 国 滅 亡 、 イ ギ リ ス が イ ン ド を 統 治 ナ ポ レ オ ン ( フ ラ ン ス 軍 ) が エ ジ プ ト 占 領 ア ラ ビ ア 半 島 に ワ ッ ハ ー プ 王 国 建 国 ム ガ ル 帝 国 が 建 国 東 ロ ー マ 帝 国 滅 亡 オ ス マ ン 朝 が コ ン ス タ ン テ ィ ノ ー プ ル ( イ ス タ ン プ ー ル ) を 征 服 、 オ ス マ ン 朝 が 起 こ る ウ マ イ ヤ 朝 滅 亡 、 ア ッ パ ー ス 朝 成 立 ウ マ イ ヤ 朝 成 立 ア リ ー 暗 殺 。 後 継 を 巡 る 対 立 が 発 生 。 ス ン ナ 派 と シ ー ア 派 に 分 裂 ウ ス マ ー ン 暗 殺 。 四 代 目 カ リ フ に ア リ ー が 就 く ク ル ア ー ン 成 立 ウ マ ル 暗 殺 。 三 代 目 カ リ フ に ウ ス マ ー ン が 就 く 二 代 目 カ リ フ に ウ マ ル が 就 く 「 イ ス ラ ム 国 」 誕 生 イ ラ ク 戦 争 勃 発 ア ル カ イ ダ の 司 令 官 ビ ン ラ デ ィ ン が 主 導 し た 「 9.11 テ ロ 」 勃 発 イ ラ ク 軍 が ク ウ ェ ー ト に 侵 攻 し 、 湾 岸 戦 争 勃 発 イ ラ ン ・ イ ラ ク 戦 争 勃 発 イ ラ ン 革 命 で 王 制 が 廃 さ れ 、 イ ラ ン ・ イ ス ラ ム 共 和 国 成 立 リ ビ ア で カ ダ フ ィ ら の ク ー デ タ ー で 王 制 打 倒 イ ラ ン で 近 代 化 を 提 唱 す る 「 白 色 革 命 」 が 起 こ る イ ラ ク で 王 制 廃 止 イ ス ラ エ ル 独 立 宣 言 。 第 一 次 中 東 戦 争 第 二 次 世 界 大 戦 終 結 。 ア ラ ブ 連 盟 成 立 日 本 に 大 日 本 回 教 協 会 設 立 イ ラ ン に パ ー レ ビ 朝 成 立 オ ス マ ン 朝 の 領 上 を 分 割 す る 秘 密 協 定 「 サ イ ク ス ・ ピ コ 協 定 」 締 結 オ ス マ ン 朝 が 第 一 次 世 界 大 戦 に 参 戦 第 一 次 バ ル カ ン 戦 争 勃 発 イ ラ ン で 立 憲 革 命 オ ス マ ン 朝 と ロ シ ア が 戦 争 ロ シ ア が 中 央 ア ジ ア に 進 出 。 ト ル キ ス タ ン 省 を 作 る

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1 2 5 0 年 頃 紀 1095 年 兀 前 9 9 7 年 頃 5 9 7 年 頃 6 年 30 年 頃 48 年 64 年 66 年 70 年 100 年 頃 1 3 2 年 3 1 3 年 38 1 年 392 年 3 9 5 年 4 7 6 年 6 3 7 年 1054 年 眄 1096 年 1 4 1 5 年 " 藤 1453 年 1492 年 1 5 1 7 年 1536 年 1549 年 1620 年 1649 年 1 8 9 7 年 1904 年 1948 年 1 9 3 4 年 1 9 2 9 年 1923 年 1 9 1 7 年 1 9 1 4 年 キ リ ス ト 教 ・ ユ ダ ヤ 教 関 係 年 表 モ ー セ ー 行 が エ ジ プ ト 脱 出 イ ス ラ エ ル 王 国 建 国 イ ス ラ エ ル 建 国 バ ル ト の 草 案 に よ る 「 バ ル メ ン 宣 言 」 発 表 ヴ ァ チ カ ン 市 国 が 成 立 日 本 基 督 教 連 盟 成 立 英 国 外 相 が ユ ダ ヤ 民 族 の パ レ ス チ ナ 復 帰 を 支 持 す る 「 パ ル フ ォ ア 宣 言 」 発 表 第 一 次 世 界 大 戦 勃 発 。 カ ー ル ・ バ ル ト は 抗 議 の 意 を 表 明 マ ッ ク ス ・ ウ ェ ー パ ー が 「 プ ロ テ ス タ ン テ ィ ズ ム の 倫 理 と 資 本 主 義 の 精 神 」 執 筆 第 一 回 世 界 シ オ ニ ス ト 会 議 清 教 徒 革 命 勃 発 し 、 チ ャ ー ル ズ ー 世 ( イ ン グ ラ ン ド 王 ) が 処 刑 さ れ る 清 教 徒 が 信 教 の 自 由 を 求 め ア メ リ カ に 到 着 カ ト リ ッ ク 教 会 の イ エ ズ ス 会 の ザ ビ エ ル が 日 本 に 上 陸 カ ル ヴ ァ ン の 宗 教 改 革 ル タ ー の 宗 教 改 革 。 後 の プ ロ テ ス タ ン ト 誕 生 の 契 機 に コ ロ ン プ ス が ア メ リ カ を 発 見 東 ロ ー マ 帝 国 が 滅 亡 す る フ ス が 火 刑 に 処 さ れ る ェ ル サ レ ム 奪 還 の た め 、 十 字 軍 を 派 遣 ( ~ 1270 年 ) 教 義 を 巡 る 対 立 で キ リ ス ト 教 会 が 東 西 に 分 裂 す る イ ス ラ ム 軍 が エ ル サ レ ム 占 領 西 口 一 マ 帝 国 が 滅 亡 す る ロ ー マ 帝 国 が 東 西 に 分 裂 ロ ー マ 帝 国 の 国 教 に キ リ ス ト 教 が 採 用 第 一 回 コ ン ス タ ン テ ィ ノ ー プ ル 公 会 議 が 開 か れ 、 三 位 一 体 説 が 確 立 ロ ー マ 帝 国 の コ ン ス タ ン テ イ ヌ ス 帝 が キ リ ス ト 教 を 公 認 第 二 次 ユ ダ ヤ 戦 争 「 ヨ ハ ネ 福 音 書 」 成 立 工 ル サ レ ム 滅 亡 ユ ダ ヤ 戦 争 。 ロ ー マ の 支 配 に 対 す る ユ ダ ヤ 人 の 反 乱 ペ テ ロ 、 パ ウ ロ が ロ ー マ で 殉 教 パ ウ ロ が ユ ダ ヤ 人 以 外 を 対 象 に 伝 道 の 旅 へ イ エ ス が 十 字 架 刑 に 処 さ れ る イ エ ス ・ キ リ ス ト 誕 生 。 同 時 期 、 洗 礼 者 ヨ ハ ネ も 生 ま れ る ユ ダ ヤ 人 が パ ビ ロ ニ ア 地 方 に 連 行 さ れ る ( バ ピ ロ ン 捕 囚 ) 工 ル サ レ ム 遷 都

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そ れ は 、 な ぜ か 。 理 由 を 探 る 前 に 、 ア メ リ カ の 歴 史 を 振 り 返 り ま し よ う 。 ア メ リ カ 合 州 国 が つ く ら れ た 発 端 は 、 宗 教 改 革 か ら 始 ま っ た 、 カ ト リ ッ ク と プ ロ テ ス タ ン ト の 戦 争 で す 。 キ リ ス ト 教 会 が 分 裂 し た 結 果 、 信 仰 が 政 治 問 題 と 直 結 し た 。 キ リ ス ト 教 徒 は 異 な る 教 会 か ら 異 端 扱 い さ れ る よ う に な る 。 そ ん な 状 況 で 、 ど こ か に 安 心 し て 、 自 由 な 信 仰 の 生 活 を 送 れ る 場 所 は な い か 、 と い う 願 望 が 生 ま れ た 。 佐 藤 ア メ リ カ は 宗 教 に よ っ て つ く ら れ た 国 で す 。 民 主 主 義 や 資 本 主 義 の 実 現 が 動 機 で は な か っ た 。 ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ド に 入 植 し た ピ ル グ リ ム ・ フ ァ ー ザ ー ズ た ち は 、 「 ま す ー リ タ ン は プ 最 初 に 教 会 を つ く れ 」 と 言 っ た ほ ど で す 。 ち な み に ア メ リ カ に 渡 っ た ピ ュ ロ テ ス タ ン ト で 、 カ ル ヴ ァ ン 派 の 教 え を 信 じ て い た 。 橋 爪 宗 教 革 命 で 生 ま れ た カ ル ヴ ァ ン 派 で は 、 神 は 誰 を 救 済 す る か 、 人 間 に は 一 切 発 言 権 が な い と 考 え ま す 。 も ち ろ ん お 金 を 払 っ て 免 罪 符 を 買 う か ら 救 わ れ る 、 わ け で は な い 。 誰 を 救 済 す る か 決 め る の は 、 神 で あ る 。 し か も そ れ は 、 あ ら か じ め 決 ま っ て い る と い う 、 救 済 予 定 説 に 立 ち ま す 。 こ の 考 え は 、 ア メ リ カ の 性 格 を 、 か た ち づ く り ま す 。 1 10

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第 ニ 章 当 迷 え る イ ス ラ ム 教 ま す は 徹 底 し た 個 人 主 義 。 家 族 も 教 会 も 、 会 社 の 上 司 も 、 自 分 が 救 済 さ れ る か ど う か に 影 響 を 与 え る こ と が で き な い 。 最 後 の 審 判 で も 一 人 ひ と り 、 別 々 に 審 判 が 下 り ま す 。 大 切 な の は 、 神 と 自 分 の 関 係 だ け だ 、 と 。 佐 藤 そ し て 神 に 対 す る 信 頼 の 裏 返 し で 、 人 間 不 信 社 会 が で き あ が っ た 。 ど ん な に 俗 世 で 尊 敬 さ れ る 人 物 も 、 神 に 救 わ れ な い 邪 悪 な 存 在 か も し れ な い か ら で す 。 橋 爪 そ う で す 。 で は 、 こ ん な 性 格 を 前 提 に 、 現 在 の ア メ リ カ を マ ン ガ 的 に 描 い て み ま す 。 ア メ リ カ と い う 世 俗 的 な 国 家 が あ る 。 そ れ は 二 〇 〇 年 以 上 の 歴 史 を 持 つ 、 確 固 た る 統 治 権 力 で あ る 。 そ し て 、 ア メ リ カ 人 と い う ア イ デ ン テ ィ テ ィ が あ る 。 ア メ リ カ は 移 民 の 国 で あ り 、 多 様 な 民 族 が 併 存 し 、 そ れ ぞ れ に エ ス ニ ッ ク ・ ア イ デ ン テ ィ テ ィ が あ る * ピ ル グ リ ム ・ フ ァ ー ザ ー ズ 一 六 二 〇 年 、 メ イ フ ラ ワ ー 号 で ア メ リ カ 大 陸 に 移 住 し た イ ギ リ ス 清 教 徒 た ち 。 ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ド に 最 初 の 植 民 地 を 開 い た

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橋 爪 そ う な ん で す 。 ジ ャ ー ナ リ ズ ム も ア カ デ ミ ズ ム も 、 超 越 が な け れ ば 機 能 し ま せ ん 。 そ れ な り に 売 れ れ ば い い や と 空 気 を 読 ん だ り 、 内 輪 の 評 判 だ け を 気 に し て い た り す る 限 り 、 ジ ャ ー ナ リ ズ ム や ア カ デ ミ ズ ム は 大 し た こ と が で き な い 。 だ か ら 日 本 で は 、 本 当 の 意 味 で の ク リ エ イ テ イ プ な 仕 事 が 、 出 て き に く い 。 佐 藤 日 本 で は 内 輪 の 評 判 を 気 に し な い 学 者 は ど ん な に 優 秀 で も ア カ デ ミ ズ ム の サ ー ク ル か ら 弾 か れ て し ま い ま す か ら ね 。 た と え ば 、 四 十 代 後 半 の 学 者 で き ち っ と し た 紀 要 論 文 を 何 本 も 書 い て い る の に 、 ま で ど こ の 大 学 に も 採 用 さ れ て い な け れ ば 、 人 間 性 に 問 題 が あ る ん じ ゃ な い か 、 と い う 訳 の わ か ら な い 理 由 で 採 用 を 見 送 ら れ る 。 逆 に 博 士 号 を 持 っ て い な く て も 世 渡 り が う ま け れ ば 、 東 大 の 先 生 に な れ て し ま う 。 ま た 東 大 に は 東 大 教 授 に な る こ と だ け を 人 生 の 目 的 に し て い る 学 者 が た く さ ん い ま す 。 だ か ら 東 大 教 授 に な っ て し ま う と 、 人 生 の 目 標 を 達 成 し た こ と に な る の で 学 問 へ の 意 欲 を な く し て し ま 、 つ 。 橋 爪 ア カ デ ミ ズ ム に 対 し て は じ め か ら 間 違 っ た 意 欲 を 持 っ て い る 人 び と で す 。 そ も そ 246

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ち な み に 私 は 、 1960 年 生 ま れ で 、 同 世 代 の 学 者 や 評 論 家 に は 社 会 学 的 な 訓 練 を 受 け た 人 が 多 い 。 私 の 学 生 時 代 は 、 マ ル ク ス 主 義 の 影 響 を 強 く 受 け た 社 会 科 学 に 軸 足 を お く 学 生 と 、 価 値 中 立 性 を 標 榜 す る 社 会 学 を 重 視 す る 学 生 が い た 。 私 は 社 会 科 学 派 だ っ た 。 私 は 1985 年 4 月 に 外 務 省 に 入 省 し 、 1 年 3 カ 月 の 東 京 で の 研 修 を 終 え 、 新 年 7 月 か ら 年 3 月 ま で 英 国 、 ロ シ ア ( ソ 連 ) に 通 算 8 年 9 カ 月 間 勤 務 し た 。 そ の 間 、 短 期 出 張 と 病 気 療 養 を 除 い て 帰 国 す る こ と は な か っ た 。 そ の た め 2 つ の 出 来 事 を 私 は 皮 膚 感 覚 で 理 解 す る こ と が で き な い 。 第 1 は 、 バ ブ ル 経 済 で 、 第 2 が ポ ス ト モ ダ ン 田 5 想 の 流 行 だ 。 1995 年 4 月 に 東 京 に 戻 る と 、 か っ て あ れ だ け 影 響 の あ っ た 社 会 科 学 は ど こ か に 消 え て し ま い 、 社 会 学 だ け が 大 手 を 振 っ て 歩 い て い る よ う に な っ た 。 率 直 に 言 う が 、 社 会 学 者 が キ リ ス ト 教 や 仏 教 を 宗 教 社 会 学 の 枠 組 み で 扱 っ て い る 研 究 を い く つ か 読 ん だ が 、 私 は 違 和 感 を 覚 え た 。 キ リ ス ト 教 も 仏 教 も 人 間 の 救 済 を 求 め る 救 済 宗 教 で あ る こ と へ の 関 心 が 欠 如 し て い る か ら だ 。 し か し 、 ベ ス ト セ ラ ー に な っ た 橋 爪 大 三 郎 氏 と 大 澤 真 幸 氏 の 『 ふ し ぎ な キ リ ス ト 教 』

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カ リ フ を 巡 っ て 宗 派 が 分 裂 ム ハ ン マ ド ( ~ 632 ) 初 代 カ リ フ ( 632 ~ 634 ) 第 2 代 カ リ フ ( 634 ~ 644 ) 第 3 代 カ リ フ ( 644 ~ 656 ) 第 4 代 カ リ フ ( 656 ~ 661 ) ア プ ー ・ バ ク ル ウ マ ル ウ ス マ ー ン ム ハ ン マ ド は 後 継 を 指 名 し な か っ た 。 第 4 代 カ リ フ ・ ア リ ー が 暗 殺 さ れ る と 、 そ の 後 継 を 巡 り 、 争 い が 起 こ る 。 シ ー ア 派 ス ン ナ 派 ム ハ ン マ ド が 伝 え た 慣 習 を 「 ス ン ナ 」 と 第 ] ~ 3 代 カ リ フ を 認 め ず 、 ム ハ ン マ 呼 ぶ 。 ム ハ ン マ ド の 死 後 、 合 議 で 選 ば れ ド の 娘 で あ る フ ァ ー テ ィ マ の 夫 に な っ た ア リ ー と そ の 子 孫 こ そ カ リ フ た 4 代 の カ リ フ を 「 正 統 カ リ フ 」 と 考 え と 考 え る 。 全 イ ス ラ ム 教 徒 の 1 割 の 少 る 人 々 。 世 界 の 9 割 を し め る イ ス ラ ム 数 派 だ が 、 イ ラ ン で は 国 教 で あ る 。 教 徒 の 多 数 派 。 派 ほ 数 孫 で 習 分 と 派 選 と Ⅱ 乎 か ス だ を と ン 派 ス 方 け 根 ン ら 地 ん は 、 び で し ナ 出 の 位 ど す ま だ 孑 処 て ン ア 派 す ス を に も て は た ナ と 兄 イ 代 ン 継 で 派 - 主 真 も 大 ま ナ 承 ア は に ス 々 ク ) き す 従 派 す 後 の 取 を し と リ の フ 青 意 継 も ス ム カ っ は て ン 原 リ 者 の 指 味 者 ム ム い き 子 導 ナ 理 、 ハ フ を ・ す ノ 、 の 派 主 ま 孫 を 意 : 者 ン る ン 法 の 義 正 マ す が を ア マ ン や 統 ハ し ド 代 ァ だ ま イ ア フ が 1 ン ビ す 伝 目 マ ロ と と 近 ノ ヾ 分 リ で ア そ し 、 1 動 る ム か 0 ム た ロ ロ の の 多 代 議 慣 れ で 子 そ 子 0 0 0 92