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検索対象: 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩
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1. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

紅葉賀六 = ( 三七一 ) 世に経れば憂さこそまされみ吉野の岩の懸道踏みならしてむ 賢木一七 0 ( 三八七 ) 語世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ 物 賢木一五九 ( 三全 ) ・ 氏 蓬生 3 一四九 ( 三六七 ) ・初音団 = 0 三 ( 四三一 ) ・若菜上圈一一 ll( 三九六 ) ・ 源 同夭 ( 三究 ) ・柏木一一 ( 一一一会 ) ・橋姫九 = ( 四七七 ) ・手習囮一七九 ( 四三九 ) 世の中にあらぬ所も得てしがな年経りにたるかたち隠さむ 東屋 3 一兊 ( 三八一 ) ・手習一六九 ( 四三八 ) 世の中にあらましかばと思ふ人なきが多くもなりにけるかな 玉鬘一四九 ( 四 = 五 ) 世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もとなげく人の子のため タ顔田一一一一 ( 四四五 ) ・松風一八 ( 四一 0 ) 世の中の憂きたびごとに身を投げば深き谷こそ浅くなりなめ タ顔田一四三 ( 四四七 ) ・タ霧第一六三 ( 一 = 究 ) ・蜻蛉囮一一五 ( 四一 = 五 ) 世の中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをそ宿とさだむる タ顔田一一 0 ( 四四四 ) 世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋も果てしなければ 総角一一四一 ( 四九五 ) 世の中は何か常なる明日香川昨日の淵ぞ今日は瀬になる 少女団九三 ( 四 = 一 l) 世の中は昔よりやは憂かりけむわが身ひとつのためになれるか 蓬生 3 一哭 ( 三六七 ) ・東屋一六一 ( 三耄 ) 世の中は夢のわたりの浮橋かうち渡りつつ物をこそ思へ 薄雲 3 四六 ( 四一四 ) 世の中をうしと言ひてもいづこにか身をば隠さむ山なしの花 総角一九四 ( 哭 0 世の中を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねっ鳥にしあらねば 末摘花三一 ( 一 = 六九 ) 世の中をかく言ひ言ひてはてはてはいかにやいかにならむとすらむ 竹河大 ( 四七六 ) 世の中を何にたとへむ朝ばらけ漕ぎゅく舟のあとの白波 総角 3 一三一一 ( 四九 0 ) 世の人の心々にありければ思ふはつらし憂きは頼まる 総角 3 = 一九 ( 四九 0 ) 世のほかのいはほの中もはかなくて峰の煙といかでなりけむ タ霧一三五 ( 三九七 ) 夜もすがらなづさはりつる妹が袖なごり恋しく思ほゆるかな 総角一八八 ( 哭七 ) 世やは憂き人やはつらき海人の刈る藻に住む虫のわれからぞ憂き 宿木七五 ( 三七一 D よりあはせて泣くなる声を糸にしてわが涙をば玉にぬかなむ 柏木四七 ( 三兊 ) ・総角 3 一七五 ( 哭五 ) 夜はさめ昼はながめに暮らされて春はこのめもいとなかりける 空蝉田一 0 一 ( 四四四 ) よろづよ 万代をまつにそ君を祝ひつる千年のかげに住まむと思へば 初音団一九六 ( 四 = 九 ) 世を厭ひ木の下ごとに立ち寄りてうつぶし染めの麻の衣なり 蜻蛉二六 ( 四三五 ) る 類よりもひとり離れて飛ぶ雁の友に後るるわが身悲しも

2. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

をみなへし ・・ 6 ここにしも何にほふらむ女郎花人のもの言ひさ 都にいる私の思う人は、無事に過しているのか、どうかと。 ( 拾遺・雑秋・一 0 九八僧正遍照 ) 4- 東下りの名高い章段。隅田川あたりで都鳥と呼ばれている こんな場所にどうしてこんなに美しい女郎花が咲きほこって 鳥 ( ゆりかもめ ) を見て、都恋しさを詠んだ歌。物語では、 語 いるのだろうーどうして美しい女たちが集ってきたのだろう。 浮舟が、自分の周囲には都の人らしい人とていないと嘆く うわさ 人の噂のうるさい世の中だもの、どんな噂を立てられるか、 氏叙述。都の人というべきところを、この歌によって「都 分ったものでない 源鳥」とした。浮舟の、帰るべき故郷を喪失したような思い 「女郎花」に「女」を言いこめた表現。詞書には、女たち もこめられていよう。 せんざい が、僧房の前栽を見にやってきたので、とある。物語では、 ・・ 3 世の中にあらぬ所も得てしがな年経りにたるか ( 拾遺・雑上・五 0 六読人しらず ) 庭先の女郎花を手折った中将が、この歌によって「何にほ たち隠さむ ふらん」と口ずさむ。尼たちの住む僧庵なのに、そこに不 世の中にありえないような、もう一つの場所がほしいものだ。 似合いな若く美しい女がいるとあやしんだ表現である。こ そうすれば、そこに年老いた後の姿を隠そうと思う。 前出 ( ↓東屋三八一ハー上段 ) 。物語では、前項の引歌表現の中将の言葉を受けて、老人たちが「人のもの言ひを・ : 」 「昔見し都鳥に似たることなし」ともひびきあって、小野と応ずる言葉も、この歌の下の句によっている。 まっち をみなへし ・・ 6 誰をかも待乳の山の女郎花秋と契れる人そある の山里を「世の中にあらぬところ」とする。これも浮舟の ( 小町集 ) 落ち着くべき居場所を喪ったような気持を表現している。 やまと やまがっ 誰かを待っているという待乳山の女郎花のように、あなたは あな恋し今も見てしが山賤の垣ほに咲ける大和 なでしこ 私に飽きて、他に約束を交した人がいるのだろう。 ( 古今・恋四・六九五読人しらず ) 撫子 ああ恋しい、今も見ていたい。あの山人の垣根に咲いている「待乳の山」は大和国の歌枕で、奈良県五条市と和歌山県 橋本市との境にある山。それに「待っ」を掛けた表現。 大和撫子を。 「秋」に「飽き」をひびかす。物語では、中将から浮舟に 前出 ( ↓葵三八四ハー上段など ) 。物語では、小野の山里に、 ふ 妺尼の婿であった中将が訪れる場面。秋の七草の盛りの風ついて問われた妺尼が、「待乳の山のとなん見たまふる」 と応ずる言葉。浮舟には誰か知らぬが思う人があるらしい 情が設定されているが、とりわけこの歌によって、男女の とほのめかした。また後文で、中将が「秋を契れるは、す 交渉にふさわしい雰囲気がかもし出されている。 ふ

3. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

^ 0 ワ ありと見て頼むそかたきかげろふのいっとも知 ももとせひととせ らぬ身とは知る知る ( 古今六帖・第一「かげろふ」 ) ・・ 4 百年に一年たらぬつくも髪われを恋ふらしおも ここに生きているのだと思って頼みにはしがたい、そのかげ かげに見ゅ ( 伊勢物語・六十三段 ) ろ , つのよ , つに、、 しつどうなるとも分らぬわが身であることを、 ひどく年老いた婆さんが私を恋い慕っているらしい。その姿 よくよく知ってはいることだ。 が目の前に浮んでくる。 ふゅう たと 「かげろふ」は、蜉蝣目の昆虫。はかないものの喩えであ 「百年に一年たらぬ」は九十九歳、老齢を誇張した表現で る。物語では、薫の「ありと見て手にはとられず・ : 」の独 ある。「つくも髪」は老人の白髪のこと。物語では、、 詠歌が、これをふまえている。 の山里で蘇生した浮舟の周囲には老女が多いとする叙述。 6 ・たとへてもはかなきものは世の中のあるかなき この誇張した表現で、浮舟の若さを際だててもいる。 みくづ かの身にこそありけれ ( 源氏釈 ) 7 3 流れゆく我は水屑となり果てぬ君しがらみとな たとえて言ってみると、はかなく無常なものは、この世の中 りてとどめよ ( 大鏡 ) にあるかないかのようなわが身ではあったのだ。 遠隔の地に流れていく私は、今は水中の屑のようなはかない 出典未詳。物語では、薫の独詠歌「ありと見て : ・」に続い 身となってしまった。どうか、あなたがしがらみとなって、 て、「あるかなきかの」と引かれている。ただし、この歌 流されて行くこの私をとどめてくださるように。 以外に、次の歌を掲げる注釈書も多い。「あはれとも憂し左遷される菅原道真が、宇多上皇に詠み贈った歌。「しが ともいはじかげろふのあるかなきかに消ぬる世なれば」 らみ」は水の流れを堰きとめる具、「流れ」「水屑」が縁語。 覧 ( 後撰・雑一一・一一九 = 読人しらず ) 、「世の中といひつるものはか物語では、浮舟の「身を投げし・ : 」の歌に、この歌意を裏 一げろふのあるかなきかのほどにぞありける」 ( 後撰・雑四・一 = 返して引き、死のうとした自分なのに誰がしがらみをかけ 六五読人しらず ) など。むしろ、これらを複合的に引用して て引きとめたのかと、死にきれなかった恨みを訴えている。 いるともいえようか。これらの「かげろふのあるかなき ・・ 2 名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はあ か」は、馴致した類型的な表現になっている。 りゃなしやと ( 伊勢物語・九段 ) 都という名を持っているのなら、さあ尋ねてみよう。都鳥よ、 せ

4. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

いかだ 語 ところで、物語の大尾と密接な関係のある巻名「夢浮橋ーの意味するものは何か。「浮橋」は、小舟や筏 つな 氏を繋ぎ集めてその上に板を渡して橋の代用とするものであり、『後撰集』ごろから歌語として用いられ、も 源つばら男女の愛の危機、「中絶え」の不安を託するものであった。たとえば『後撰集』にはこんな歌が見え 男の、女の文を隠しけるを見て、もとのめ ( 本妻 ) の書き付けはべりける四条御息所女 うきはし へだてける人の心の浮橋をあやふきまでもふみ ( 文・踏み ) みつるかな 宇治十帖では、この語とともに「宇治橋ーの語も男女の「中絶え」を暗示する語として用いられているが、 その意味するところは深い。『河海抄』は一説として「夢浮橋」の巻名は、古歌の、 世の中は夢の渡りの浮橋かうちわたしつつ物をこそ思へ に拠ると言っている。「世の中」とは男女の仲の意である。この歌はすこし形を変えながらも薄雲巻や若菜 上巻に引歌として用いられていることは、つとに藤原定家も『奥入』に指摘していることであって、男女の 仲の危うさを浮橋にたとえることは、紫式部の習性でもあった。また定家には、周知のとおり、 春の夜の夢の浮橋とだえして峰に分かるる横雲の空 ( 『新古今和歌集』春上 ) の名歌がある。『源氏物語』末巻は幽艶の美を誇りながら、しかも不安に満ちた男女の愛の世界であること を、彼は知っていたのであった。 しかし問題は残っている。『源氏物語』は、それでは人間の営みのすべてをむなしいものと観じ去ったの ふみ

5. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

んではなさらぬ性分なので、今はなおさらのこと、親しく りあいのない思いになって、「こういう気持の深かった人 筋を立てて話し合える相手もいないのだから、思案にあま だったからこそ、かりそめの返事をもはじめからさし控え すずり る折は、ただ硯にむかって手習歌のすさび書きばかりを精て、この自分をかまいつけないのだった。それにしてもな 語 ふぜい 物いつばいの仕事にしていらっしやる。 んとあっけないことか。ほんとに美しく見えた髪の風情を 氏 「亡きものに身をも人をも思ひつつ棄ててし世をそさ もっとよく見せてほしいと、先夜も頼み込んだところ、し 源 らに棄てつる かるべき折に、と少将の尼が返事をしてくれたものを」と、 ( 自分自身をも、また思いを寄せた人をも、もうこの世にな まったく残念でならず、すぐ折り返し、「何とも申しあげ いものとあきらめて、一度捨ててしまった世の中を、今出家ようのないことですが、 してさらにまたまた捨ててしまったことよ ) 岸とほく漕ぎはなるらむあま舟にのりおくれじといそ がるるかな 今はこうして、すべておしまいにしてしまった」と書いて みるにつけても、やはりご自身ではまことに悲しくせつな ( 彼岸を目ざして俗世から遠く離れようとなさるあなたにお い思いで、それをごらんになる。 くれをとるまいと、この私も出家を急がせられることで 限りそと思ひなりにし世の中をかへすがヘすもそむき す ) 」 ぬるかな 女君は、いつになくこの度は手にとってごらんになる。し ( かってもうこれでおしまいだと、あきらめてしまった世の みじみうら悲しい思いにひたっている折とて、これですべ 中を、また繰り返して捨ててしまったことよ ) ておしまいになったという感慨がもよおされるものの、な 同じ向きのことを、あれこれとすさび書きしていらっし んと思われたものか、ほんのちょっとした紙の端に、 やるところへ、中将のお手紙が寄せられる。突然の出来事 心こそうき世の岸をはなるれど行く方も知らぬあまの ばうぜん に一同が立ち騒ぎ、茫然としているところなので、しかじ うき木を ( 心だけは厭わしい俗世を離れておりますものの、これから かのしだいで、と返事をしたのだった。中将はまったくは す へ

6. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

しみるようであるが、門田の稲を刈り取るというので、下けなく思われるので、手習に たれ 身を投げし涙の川のはやき瀬をしがらみかけて誰かと 働きの若い女たちが、この山里住いにふさわしく田夫のま ひた どめし ねをしては歌をうたい興じている。引板を引き鳴らす音も 語 ( 涙にくれて身を投げた川の早瀬に、誰がわざわざしがらみ 物おもしろく聞えてくる。昔暮していた東国の日々なども思 をかけてこの自分をひきとめ救ってくれたのだろう ) し出さずにはいられなくて : 源 みやすどころ 心外にも助けられたことが情けないので、これから先もど ここは、あのタ霧の御息所がいらっしやった山里よりは うなることかと心もとなく、我とわが身に愛想の尽きるよ もう少し奥にはいって、片方は山にさしかけて造った家で うな思いにさえならずにはいられない あるから、松の木陰が深く、風の音もまことに心細く感ぜ っとめ 月の明るい夜々、年老いた尼たちは浮き浮きした気分で られるので、人々は所在なくただお勤行に精を出しては、 歌を詠み、昔の暮しを思い出してはあれこれの話などをす いっということもなくひっそりと静かに暮している。 きん 尼君は、月などの明るい夜には琴をお弾きになったりするが、女君は相手のしようもないので、ひとりばんやり物 うつ びわ る。少将の尼君などという人は、琵琶を弾いたりしては興思いに虚けて、 われかくてうき世の中にめぐるとも誰かは知らむ月の じている。「あなたはこうした遊び事はなさらないのです みやこに か。所在なくお寂しいでしように」などと尼君が勧める。 ( この自分がこうして厭わしいこの世の中に生き長らえてい 女君は、昔も普通ではない不運な身の上だったので、落ち ても、都の人たちの誰がこのことを知っているだろうか ) 着いてそのような芸事をならうゆとりもなかったのだから、 これを限りと死を決心したときには、恋しく思う人が多か 何ひとっとして風流の嗜みを身につけることもなく育った ったけれど、今はほかの人たちのことはそれほど思い出さ ものよと、こうして年配の人たちが気晴らしをしているよ うな折々につけて過往のことを思い出すのである。やはりれることもなく、ただ、母君がどんなにお嘆きであったか、 めのと 嘆かわしくとりえのない身の上だったのだと、我ながら情乳母も、何かにつけてこのわたしのことをどうかして世間 たしな たぶ

7. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

( 現代語訳三六一 ふたり かなどと、並はすれてみじめな境 にかけても見えず。ただ、侍従、こもきとて、尼君のわが人にしたる二人をの 遇を想像するにちがいないとする。 みぞ、この御方に言ひわきたる、みめも心ざまも、昔見し都鳥に似たることな一四「侍従」は女房、「こもき」は童 女。その二人を浮舟づきとした。 し。何ごとにつけても、世の中にあらぬところはこれにゃあらんとそ、かつは五一一人の容貌も人柄も。 一六都の女房に比べ。「名にし負 はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人 思ひなされける。かくのみ、人に知られじと忍びたまへば、まことにわづらは はありゃなしやと」 ( 伊勢物語九 しかるべきゅゑある人にもものしたまふらんとて、くはしきこと、ある人々に段 ) 。 宅「世の中にあらぬ所も得てし がな年経りにたるかたち隠さむ」 も知らせず。 ( 拾遺・雑上読人しらず ) 。 尼君の昔の婿の君、今は中将にてものしたまひける、弟の天昔に比べてわびしいが、一方 〔三〕妹尼の婿中将訪れ ではわが身を隠す仙境と諦める。 そうづ やま′ ) も る浮舟を見て心動く 禅師の君、僧都の御もとにものしたまひける、山籠りした一九妺尼は浮舟についての詳細を。 ニ 0 近衛中将。従四位下相当。 よかは るをとぶらひに、はらからの君たち常に登りけり。横川に通ふ道のたよりによ「今は・ : たまひけるは挿入句。 ないぐぶ ニ四 ニ一宮中に奉仕する内供奉禅師か。 さき せて、中将、ここにおはしたり。前駆うち追ひて、あてやかなる男の入り来る貴人の子弟の任命が多い。 一三「僧都の : ・たまひける」は挿入 習を見出だして、忍びやかにておはせし人の御さまけはひそさやかに思ひ出でら句で、禅師の君の説明。 ニ三古くから、長谷出から横高山 るる。これもいと心細き住まひのつれづれなれど、住みつきたる人々は、ものを経て横川に至る道があった。 手 ニ四中将には四人の随身がつく。 ニ六 をみなへしききゃう きょげにをかしうしなして、垣ほに植ゑたる撫子もおもしろく、女郎花、桔梗ニ五かっての薫をありありと回想。 ニ六↓葵一二六ハー注一 0 の歌。 など咲きはじめたるこ、、 ししろいろの狩衣姿の男どもの若きあまたして、君も同毛狩衣は色が定まっていない。 ぜんじ ニ七 かりぎぬすがたをのこ なでしこ 一九 をと - 一 ふ

8. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

かしたまふにこそありけれ」 ( 一七八ハー七行 ) と妹尼に訴え残しながら、演奏をやめて出て行く中将に、妹尼が「など、 るのも、この妹尼の引歌表現を受けての物言いである。 あたら夜を御覧じさしつる」と言って、彼を引きとめよう 00 11 山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴く音に目 とする一言葉となっている。 ・一とね をさましつつ ( 古今・秋上・ = 一四壬生忠岑 ) ・川・ 9 琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをより調 山里は秋こそ格別にもの寂しいもの。鹿の鳴く声にしばしば べそめけむ ( 拾遺・雑上・四五一徽子女王 ) 目を覚しては、物思いに屈することだ。 琴の音色に、峰の松を吹く風が通じているらしい。琴のどの 前出 ( ↓タ霧三九八ハー上段 ) 。物語では、中将が妹尼と対 緒から、またどこの峰で、その音色を掻き鳴らしはじめたの だろうか 面する場で、笛を吹き鳴らして「鹿の鳴く音に」と独誦す な ひ る。亡き妻を追慕しつつ、それゆえに浮舟に心惹かれる気前出 ( ↓賢木三八五ハー下段など ) 。物語では、小野の山里の、 持を、妹尼に訴える前提にもなっている。 秋の風情のなかで松籟とひびきあう合奏をいう。 たけふ 00 世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそ ・・ 9 道のロ武生の国府に我はありと親に申し もののべのよしな みちのくち ほだしなりけれ ( 古今・雑下・空五物部吉名 ) たべ心あひの風やさきむだちゃ ( 催馬楽「道ロ」 ) 世の中のつらさにあわすにすむ山の中に入ろうとすると、捨前出 ( ↓四三〇ハー下段 ) 。物語では、ト野の山里の合奏で、 てがたく思う人が修行の妨げになるものだった。 老齢の母尼が「たけふ、ちちりちちり、たりたんな」など ひな 前出 ( ↓賢木三八七ハー上段など ) 。物語では、中将の、妹尼と謡う。老齢の尼の謡う鄙びた古謡だけに、やや異様な雰 への訴えの言葉。浮舟が自分に関心を寄せてくれそうもな囲気がかもし出される。 いので、尼たちの住むこの山里を、世の中のつらさのない ・・ 1 秋風の吹くにつけても訪はぬかな荻の葉ならば なかっかさ 覧山中とは思えぬ、と恨んでみせた。 音はしてまし ( 後撰・恋四・八四七中務 ) ・ 1 あたら夜の月と花とを同じくは心知れらむ人に 秋風が吹くようになったが、私のことを飽きたのか、訪れて 歌 見せばや ( 後撰・春下・一 0 三源信明 ) はくれないのだ。人を招くという荻の葉ならば、風に音をた この惜しむべき夜の月と花を、どうせ同じことなら、情理を てて、音信ぐらいありそうなものなのに。 わきまえているような人に見せたいものだ。 詞書によれば、平かねきとの仲がしだいに疎遠になったこ 前出 ( ↓明石 3 三六〇ハー下段など ) 。物語では、浮舟に恨みを ろ詠んでやった歌。「秋」に「飽き」をひびかす。「荻」は 439

9. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

1 = ロ けふけふあ 今日今日と我が待っ君は石川の貝に交じりてありといはすやも 真木柱 3 一夭 ( 四 0 五 ) 蜻蛉二七 ( 四三五 ) ことならば思はずとやは言ひはてぬなぞ世の中の玉だすきなる 今日過ぎば死なましものを夢にてもいづこをはかと君が問はまし 末摘花孟 ( 三六 0 浮舟囮公一 ( 四三四 ) 琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをより調べそめけむ 物今日だにも初音きかせよ鶯の音せぬ里はあるかひもなし 賢木一哭 ( 三会 ) ・松風団一一 0 ( 四一 0 ) ・ 初音団一九七 ( 四三 0 ) 常夏 3 四 = ( 三九 0 ・橋姫一 = 三 ( 四七九 ) ・手習 2 一八一 ( 四三九 ) 源 今日のみと春を思はぬときだにも立っことやすき花のかげかは 琴の音を聞き知る人のありければ今そたち出でて緒をもすぐべき 若菜上六四 ( 四 00 ) ・若菜下圈一 = = ( 四 0 四 ) 末摘花一四 ( 三六八 ) この殿はむべもむべも富みけり三枝のあはれ三枝のは れ三枝の三つば四つばの中に殿づくりせりや殿づくりせり ここにしも何にほふらむ女郎花人のもの言ひさがにくき世に や初音団一一 0 一 l( 四三一 ) ・竹河 3 五五 ( 四七四 ) ・同七七 ( 四七六 ) ・早蕨一一六 ( 三六七 ) 手習一七三 ( 四三 0 木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり 九重のうちだに明き月影に荒れたる宿を思ひやるかな タ顔田一一九 ( 四四六 ) ・須磨 3 四 0 ( 三五五 ) ・若菜下一公一 ( 四 00 桐壺田 = 八 ( 四三九 ) 恋しきも心づからのわざなれば置きどころなくもてそわづらふ 心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花 朝顔団八一一 ( 四一一 0 ) タ顔田一一三 ( 四四五 ) 恋しきを何につけてか慰めむ夢だに見えず寝る夜なければ 心から浮きたる舟に乗りそめて一日も波に濡れぬ日そなき 帚木田八七 ( 四四三 ) 早蕨一一三 ( 三六六 ) 恋しくは来ても見よかしちはやぶる神のいさむる道ならなくに 心には下行く水のわきかへり言はで思ふぞ言ふにまされる 浮舟一一一 ( 四一一五 ) 末摘花一一六 ( 三六 0 ・ 恋しくは来てもみよかし人づてにいはせの森の呼子鳥かも 横笛六五 ( 三九一 ) ・東屋一天 ( 三八 0 ) ・浮舟囮四一 ( 四一一六 ) 早蕨 3 一五 ( 三六四 ) 、いには千重に思へど人に言はぬわが恋妻を見むよしもがな 恋しさの限りだにある世なりせば年へてものは思はざらまし タ霧第一一一一 ( 三九六 ) 横笛六四 ( 三九一 ) ・宿木 3 九三 ( 三七四 ) 試みに他の月をもみてしがなわが宿からのあはれなるかと 恋しともまだ見ぬ人の言ひ難み心にもののむつかしきかな 鈴虫第八八 ( 三九三 ) 明石 3 八 0 ( 三六 0 ) こち 東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな 恋ひ死なば誰が名は立たじ世の中の常なきものと言ひはなすとも ここのヘ こ

10. 完訳 日本の古典 第二十三巻 源氏物語 ㈩

巻名本文中に「夢浮橋」の語はないが、「夢」の語は数回用いられている。薄雲巻に引かれる出典不明の古歌「世の中は 夢のわたりの浮橋かうち渡りつつ物をこそ思へ」との関係が考えられている。 よかわそうず 梗概横川に僧都を訪ねた薫は事のあらましを聞き、思わず落涙した。その薫の様子を見て、僧都は浮舟を出家させたこと を後悔もするが、小野の里への案内を希望する薫の懇請には、自らの僧としての立場からも、応じることはできない。わ ずかに浮舟への手紙を薫に伴った小君 ( 浮舟の弟 ) に託しただけであった。 たいまっ その夜、初夏の闇の中を横川から下山する薫一行の松明の光は、小野の山荘からも遥かに望まれた。浮舟は思い出を振 り捨てて、一心に阿弥陀仏を念じ続けるのであった。 薫は人目をはばかって小野に立ち寄ることはやめ、翌日あらためて小君を使者に立てた。僧都の手紙には、薫の愛執の 罪の消えるようにしてさしあげなさい、とあった。小君の姿を目のあたりに見る浮舟は、母のことなども無性に懐かしく、 すぐにも身を乗り出したいと思いながらも厳しく自省し、懸命な妹尼のとりなしにもかかわらす、小君との対面も拒み、 薫の手紙にも、人違いとして返事を書こうともしなかった。むなしく帰京した小君から話を聞いた薫は、あらぬ疑いさえ 抱くのであった。 〈薫二十八歳〉 やみ