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検索対象: 忘れてしまった高校の世界史をマンガで復習する本

忘れてしまった高校の世界史をマンガで復習する本から 143件ヒットしました。

忘れてしまった高校の世界史をマンガで復習する本


④ 周 辺 諸 国 を 臣 属 化 す る 中 国 96 そ れ っ て つ ま り 世 界 征 服 ? ? て , フ ね で も 永 楽 帝 が 死 ぬ と 北 の モ ン ゴ ル 南 の 日 本 海 賊 に 苦 し め ら れ る 「 北 虜 南 倭 」 の 状 態 に 陥 る の 漢 民 族 の 文 化 つ ま り 「 華 」 が 世 界 の 中 心 で あ る と い う 「 中 華 」 思 想 を 体 現 す べ く 「 諸 侯 の 上 に 立 っ 王 朝 」 を め ざ し た の よ そ の 銀 が フ ィ リ ピ ン を 中 継 し て 明 に 流 れ 込 み 代 わ り に 明 で つ く ら れ た 絹 や 茶 陶 磁 器 が ヨ ー ロ ッ パ に 入 る ア カ プ ル コ 貿 易 ( ガ レ オ ン 貿 易 ) で 明 を 頂 点 と す る 国 際 貿 易 体 制 が 機 能 し て い た の 銀 を 採 掘 し て ス ペ イ ン の 実 践 部 だ っ た オ ラ ン ダ や ベ ル ギ ー に ス ト ッ ク 祐 世 紀 グ ロ ー ス ペ イ ン が 新 大 陸 の 植 民 地 メ キ シ コ や 南 米 で バ ル に 考 え て み る と * 1 こ れ が 、 の ち に オ ラ ン ダ が 商 業 帝 国 と し て 世 界 に 君 臨 す る 基 盤 と な っ た 。 * 2 メ キ シ コ 西 岸 の ア カ プ ル コ か ら 中 国 へ 、 ガ レ オ ン 船 で 積 み 荷 を 運 ん だ 貿 易 の こ と 。 こ の 貿 易 で 銀 が 中 国 に 集 中 し 、 税 も す べ て 銀 で 納 め さ せ る 制 度 が つ く ら れ る ほ ど 、 銀 が 中 国 の 都 市 や 農 村 に 浸 透 し た 。

忘れてしまった高校の世界史をマンガで復習する本


国 帝 制 ア ジ ア と 代 時 明 は 1616 年 大 満 州 族 の ヌ ル ハ チ が 章 建 国 し た 後 金 国 の ち の 第 清 王 朝 に 減 ば さ れ る 冖 イ こ A 」 に な る の 世 界 征 服 は 無 理 だ け ど 経 済 が 世 界 を ひ と つ に し た ん だ ね 後 金 国 ( 3 ノ ヌ ル ハ チ ( 1559 ~ 1626 年 ) 0 、 心 心 明 ( 1368 ~ 1644 年 ) 康 熙 帝 以 降 の 3 代 の 皇 帝 が 史 上 最 大 の 中 華 帝 国 を 築 い た の 清 は 第 4 代 皇 帝 康 熙 帝 の と き 中 国 全 土 を 制 圧 清 王 朝 が で き る こ ろ 地 中 海 東 海 岸 で は オ ス マ ン 帝 国 ( イ ス ラ ー ム 教 ス ン ナ 派 ) が 栄 え て い た ん だ け ど 両 国 と も 四 世 紀 に 入 る と 国 際 政 治 に 飲 み 込 ま れ て 衰 退 し て い っ た の よ な る ほ ど ね 6 で 大 航 海 時 代 の あ と は : 産 業 革 命 ね ! 次 は い よ い よ 近 代 ! 0 べ ん ば っ * 3 清 が 北 京 占 領 直 後 に 出 し た 支 配 政 策 が 、 辮 髪 で あ る 。 お で こ か ら 頭 頂 部 あ た り ま で の 髪 を そ り 、 頭 の 中 央 に 丸 く そ り 残 し た 髪 を 編 ん で う し ろ に 下 げ る 髪 型 だ 。 中 国 を 支 配 し た し る し に 、 満 州 族 の 習 慣 を 漢 民 族 に 強 制 さ せ た の で あ る 。

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77 第 4 章 十 字 軍 と モ ン ゴ ル 帝 国 日 本 に 攻 め て き た の は た し か フ ヒ ラ イ ・ ハ ン よ ね そ う 5 代 目 ね 大 理 国 ( 現 雲 南 省 ) 吐 藩 ( 現 チ ベ ッ ト ) ビ ル マ ( 現 ミ ャ ン マ ー ) を 征 服 し ヴ ェ ト ナ ム や ジ ャ ワ と は 朝 貢 関 係 に な っ た 、 ソ フ ら い 高 麗 ( 朝 鮮 ) を 属 国 に し て A 」 , っ レ 」 - つ 日 本 に も 侵 攻 都 を 大 都 ( 現 北 京 ) に 移 し て 国 号 を 「 元 」 と し 東 ア ジ ア の 統 一 を 達 成 ハ 17 ア マ : あ ン 年 ジ ル の に 間 ア コ 仕 フ を ・ え ビ 訪 ポ た ラ れ 一 の イ ロ も マ ル コ ・ ポ ー ロ よ ( 1254 ~ 1324 年 ) シ ル ク ロ ー ド の 海 路 も 制 覇 し て 「 ユ ー ラ シ ア 帝 国 」 の ネ ッ ト ワ ー ク を 築 い た の ね 品 物 や 情 報 が 東 西 を 行 き 来 し た ん だ ね そ う 陸 上 の 幹 線 道 路 に は 里 ( 約 キ ロ ) ご と に ジ ャ ム チ と 呼 ば れ る 駅 が 設 置 さ れ て 世 界 各 地 の 商 人 が 往 来 で き た の * 3 13 世 紀 、 各 文 化 圏 の 営 み に 直 接 、 あ る い は 間 接 的 に モ ン ゴ ル の 動 向 が 影 響 を 与 え て い た と い え る 。 モ ン ゴ ル の 都 で あ る 大 都 を 軸 に ア ジ ア か ら ヨ ー ロ ッ パ に ま た が る 一 大 ネ ッ ト ワ ー ク が 機 能 し た の だ 。 * 4 ヴ ェ ネ ッ ィ ア の 商 人 。 イ タ リ ア に 戻 り 、 「 東 方 見 聞 録 ( 世 界 の 記 述 ) 」 を 口 述 筆 記 し た 。 人 の 0

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タ る ハ 0 ド 0 0 第 6 章 大 航 海 時 代 と ア ジ ア の 専 制 帝 国 ① ル ネ サ ン ス / ② 宗 教 改 革 / ③ 大 航 海 時 代 / ④ 周 辺 諸 国 を 臣 属 化 す る 中 国 % / 目 8 各 地 域 が 連 動 す る グ ロ ー バ ル 世 界 の 成 立 第 6 章 産 業 革 命 と 近 代 社 会 の 成 立 ① ア メ リ カ 大 陸 が ヨ 1 ロ ッ パ を 変 え る 皿 / ② ア メ リ カ 独 立 戦 争 / ③ 産 業 革 命 四 / ④ フ ラ ン ス 革 命 か ら ナ ポ レ オ ン へ Ⅷ / 目 植 民 地 争 奪 戦 が 世 界 の 革 命 を 生 ん だ Ⅲ 第 ⑦ 章 帝 国 主 義 の 時 代 と 社 会 主 義 の 台 頭 ① 革 命 の 時 代 / ② 南 北 戦 争 と 各 国 の 混 乱 / ③ 日 清 ・ 日 露 戦 争 で の 日 本 の 勝 利 盟 / さ ま ざ ま な 「 自 由 」 を も と め る 戦 い 第 ⑧ 章 ふ た つ の 世 界 大 戦 の 時 代 ① 第 一 次 世 界 大 戦 0 て ? / ② 清 朝 崩 壊 / ③ 第 二 次 世 界 大 戦 Ⅷ / か る 戦 争 の 世 紀 Ⅷ エ ピ ロ ー グ 戦 後 か ら 幻 世 紀 の 世 界 へ 目 対 立 と 和 解 、 今 な お 続 く 問 題 構 成 ・ 本 文 デ ザ イ ン ・ e ュ ニ バ 1 サ ル ・ パ プ リ シ ン グ カ バ ー デ ザ イ ン ナ ル テ ィ ス 【 浜 崎 正 隆 目 各 国 の 思 惑 が ぶ つ 解 説 8 149 133 101 117

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四 大 文 明 と オ リ エ ン ト 統 = 万 年 前 ア フ リ カ で 人 類 が 誕 生 現 在 と 同 様 の 気 候 や 自 然 環 境 が 完 成 」 約 1 万 年 前 原 始 的 な 農 耕 が 始 ま る 前 LOOOO 年 エ ジ プ ト 文 明 、 黄 河 文 明 が 出 現 前 0000 年 ー メ ソ ボ タ ミ ア 南 部 に 都 市 国 家 が 出 現 前 QJOOO 年 イ ン ダ ス 文 明 が 出 現 前 1900 年 こ ろ バ ビ ロ 一 」 ア 王 国 が 成 立 ( 都 】 バ ビ ロ ン ) 前 —0000 年 イ ン ダ ス 文 明 が 滅 亡 。 原 因 は 謎 位 前 17925 ハ ン ム ラ ビ 王 が メ ソ ボ タ ミ ア 全 土 を 統 一 。 前 1750 年 」 『 ハ ン ム ラ ビ 法 典 』 . が 制 定 さ れ る 前 1670 年 こ ろ エ ジ プ ト に ヒ ク ソ ス が 侵 入 前 1600 年 こ ろ 殷 王 朝 が 出 現 八 ビ ロ 一 一 ア 王 国 が 滅 亡 。 ヒ ッ タ イ ト 人 に 前 1530 年 こ ろ 滅 ほ さ れ る カ デ シ ュ の 戦 い 8 エ ジ プ ト 第 博 王 朝 と ヒ ッ 前 1286 年 こ ろ タ イ ト 王 国 の 戦 い お も な 出 来 事 エ ジ プ ト と ヒ ッ タ イ ト の あ い だ で 世 界 史 前 1280 年 上 最 古 の 平 和 条 約 が 結 ば れ る 前 9 世 紀 こ ろ ) 史 上 初 の 帝 国 ア ッ シ リ ア 帝 国 が 誕 生 ア ッ シ ュ ル ・ バ 一 一 バ ル 王 が ア ッ シ リ ア 帝 前 7 世 紀 国 の 最 盛 期 を 築 く 前 612 年 ア ッ シ リ ア 帝 国 の 滅 亡 後 、 4 王 国 が 分 立 ア ケ メ ネ ス 朝 ベ ル シ ア が 成 立 ( 都 . ス サ 、 前 550 年 建 国 者 〕 キ ュ ロ ス 2 世 ) エ ジ プ ト 文 明 が 滅 亡 。 ア ケ メ ネ ス 朝 ベ ル 前 525 年 シ ア に 征 服 さ れ る = 位 前 5225 ダ レ イ オ ス 1 世 が ア ケ メ ネ ス 朝 ベ ル シ ア 前 486 年 の 最 盛 期 を 築 く 前 5005 2 ル シ ア 戦 争 。 ア ケ メ ネ ス 朝 ベ ル シ ア が ギ リ シ ア 諸 ポ ー 、 丿 ス と 衝 突 前 449 年 ィ ッ ソ ス の 戦 い 。 マ ケ ド 一 一 ア 王 国 に ア ケ 前 333 年 メ ネ ス 朝 ベ ル シ ア が 敗 れ 、 滅 亡 す る 第 「 お も な 出 来 事

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し て 高 句 麗 を 打 倒 し ま し た が 、 則 天 方 、 、 ノ は 傾 き ま す 。 楊 貴 妃 の 親 戚 の 楊 国 忠 が 宰 相 と な っ て 専 横 を お 9 世 紀 に は ウ ア イ キ ン グ ( 入 江 の 民 と も 呼 ば れ る バ ル ト 海 こ な っ た た め 、 節 度 使 の 安 山 ( 7055757 年 ) と 武 将 し し め い の 史 思 明 ( ? 5761 年 ) が 挙 兵 し ま し た 。 こ の 安 史 の 乱 〕 域 の ノ ル マ ン 人 ) が 新 し い 動 き を 見 せ ま す 。 862 年 、 指 導 ( 7555763 年 ) で 玄 宗 は 退 位 し 、 楊 貴 妃 は 殺 害 さ れ ま す 。 者 リ ュ ー リ ク の 下 で ノ ヴ ゴ ロ ド 国 が 建 国 さ れ 、 続 け て キ エ フ よ う え ん 780 年 、 宰 相 の 楊 炎 は 財 政 の 立 て 直 し を 図 り ま す 。 租 一 公 国 も 建 国 さ れ ま す 。 ま た 西 フ ラ ン ク 王 国 の 北 部 に 上 陸 し た よ う 一 群 は 、 911 年 に ノ ル マ ン デ イ 「 公 国 を 建 て ま す 。 イ ン グ 一 ( 畑 作 穀 物 ご 庸 ( 労 働 力 了 調 ' ( 布 と い う 税 を 徴 収 す る 均 ラ ン ド で は デ ン マ 1 ク を 支 配 し た カ ヌ 1 ト が 一 大 勢 力 を 築 き 、 田 制 が 反 乱 に よ っ て 崩 壊 し た た め 、 耕 地 面 積 に 応 じ て 課 税 す 彼 の 死 後 は ノ ル マ ン デ ィ ー 公 国 の ウ ィ リ ア ム 1 世 が イ ギ リ ス る 両 税 法 を 施 行 し た の で す 。 塩 の 専 売 制 度 も 強 化 し た の で す が 、 そ れ が 原 因 で 塩 の 密 売 商 人 の 反 政 府 闘 争 が 起 き て し ま い を 支 配 し ま し た 。 こ れ を ノ ル マ ン 征 服 王 朝 と い い ま す 。 地 中 こ う そ う 海 で は ノ ル マ ン の 騎 士 の グ ル ー プ が イ ス ラ 1 ム 勢 力 を 退 け 、 ま す 。 黄 巣 の 乱 ( 8 7 5 5 8 8 4 年 ) で は 藩 鎮 も 決 起 し 、 し ゅ ぜ ん ち ゅ う 両 シ チ リ ア 王 国 を 建 国 し ま し た 。 907 年 、 乱 の 指 導 者 の 朱 全 忠 ( 8525912 年 ) に よ っ ち な み に 、 東 ロ ー マ の ビ ザ ン ツ 帝 国 ( 3 9 5 514 5 3 て 唐 は 滅 亡 し ま す 。 そ の 後 、 中 国 を 再 統 一 し た 宋 王 朝 ( 北 宋 、 96051127 年 ) は 節 度 使 を 廃 止 し 、 官 職 か ら 軍 人 を 排 年 ) は 、 ユ ス 一 プ イ = ア ヌ ス 世 ( 4835565 年 ) の 時 代 に 最 盛 期 を む か え 、 地 中 海 帝 国 を 一 時 再 興 す る ほ ど の 繁 栄 を 除 し た 文 治 独 裁 主 義 を し き ま し た 。 誇 り ま す 。 ロ ー マ 教 会 と 分 か れ た 東 方 教 会 は ギ リ シ ア 正 教 と こ の 時 代 、 万 里 の 長 城 を 越 え て 漢 民 族 世 界 に ま で 広 が っ て な っ て 皇 帝 の 支 配 下 に お か れ ま し た 。 し か し 、 ン ハ ー ド や 十 い た 遼 を 女 真 族 の 金 が 打 倒 し 、 さ ら に 宋 に 侵 攻 し ま し た ( 靖 こ う 字 軍 遠 征 、 オ ス マ ン 帝 国 の 侵 攻 な ど の 危 機 に 直 面 し 、 ビ ザ ン 康 の 変 、 112651127 年 ) 。 宋 は 南 で 南 床 を 築 き 、 華 ッ 帝 国 は 終 焉 へ の 道 を 歩 ん で い き ま し た 。 北 は 金 が 支 配 し ま す が 、 ど ち ら も モ ン ゴ ル に 制 圧 さ れ ま す 。 ち ょ う マ ン カ 未 出 の 世 界 史

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終 戦 間 際 の 8 月 9 日 か ら 参 戦 し 満 州 を 攻 め 落 と し た ソ 連 が 戦 後 日 本 の 占 領 か ら 解 放 さ れ た 朝 鮮 を 単 独 で 占 領 し よ う と し た ん だ け ど ア メ リ カ が 横 や り を 入 れ た の 分 立 し た 朝 鮮 は そ し て 北 緯 度 線 で 南 北 に 分 断 し て 米 ソ で 当 然 へ 分 割 支 配 す る こ と に な り 、 ◆ ◆ 統 一 に 向 か - フ 機 連 が 高 ま り 1948 年 8 月 に ア メ リ カ が 占 領 し た 南 に イ ス ン マ ン ピ 李 承 晩 を 大 統 領 と す る 大 韓 民 国 が キ ム イ ル ソ ン 9 月 に ソ 連 が 占 領 し た 北 に 金 日 成 を 首 相 と す る 朝 鮮 民 主 主 義 人 民 共 和 国 ( 北 朝 鮮 ) が 分 立 し た の 1949 年 月 世 界 最 大 の 人 口 を も つ 中 国 で 共 産 党 政 権 が 誕 生 中 華 人 民 共 和 国 の 成 立 ね 1950 年 6 月 日 朝 鮮 戦 争 が 始 ま り 北 朝 鮮 が 度 線 を 越 え の ま た 中 国 は 国 民 党 と 共 産 党 の 内 戦 で 敗 れ た 国 民 党 の 蒋 介 石 が 台 湾 に 政 府 を 移 し 依 然 正 統 な 中 国 だ と 主 張 し て い る わ よ ね 石 一 そ の 後 ソ 連 が 国 連 に 復 帰 し 1953 年 7 月 板 門 店 で 休 戦 条 約 を 結 ぶ の こ の 戦 争 の 軍 事 物 資 の 調 達 で 日 本 経 済 は 一 挙 に 息 を 吹 き 返 し 高 度 経 済 成 長 の 基 礎 を 築 く の ね 国 ソ 当 連 連 初 軍 勢 が カ 服 介 を し メ の * 2 分 割 位 置 を 北 緯 38 度 線 と し た の は 、 ア メ リ カ が 首 都 ソ ウ ル を 押 さ え た か っ た か ら 。 * 3 1950 年 1 月 、 ア メ リ カ が 発 表 し た 「 対 ソ 戦 略 構 想 」 に は 台 湾 と 韓 国 が 入 っ て い な か っ た 。 北 朝 鮮 は こ の 2 カ 所 に ソ 連 の よ う な 支 配 体 制 が で き て も ア メ リ カ は 介 入 し な い と 解 釈 し 、 開 戦 を 決 意 し た の だ 。 朝 鮮 戦 争 っ て そ の 後 の 世 界 の あ り 方 に 大 き く 影 響 を 与 え た の ね

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東 西 文 化 の 交 流 第 4 回 十 字 軍 の こ ろ 、 群 雄 割 拠 の 状 態 に あ っ た モ ン ゴ ル の 諸 部 族 が チ ン ギ ス , ハ ン に よ っ て ま と め 上 げ ら れ ま し た 。 モ ン ゴ ル 軍 は 、 モ ン ゴ ル 高 原 5 南 ロ シ ア 5 ヨ ー ロ ッ パ を つ な ぐ 「 草 原 の 道 」 と 中 央 ア ジ ア を 経 由 す る 「 オ ア シ ス の 道 」 、 そ し て 「 海 上 の 道 」 と い う 3 つ の シ ル ク ロ ー ド の 完 全 制 覇 を 目 標 に 、 征 服 運 動 を 推 し 進 め ま し た 。 ロ シ ア 全 域 を 征 服 し た 将 軍 バ ト ウ の 活 躍 を 知 っ た ヨ ー ロ ッ パ は 、 モ ン ゴ ル 帝 国 と 同 盟 を 結 ん で イ ス ラ ー ム と の 戦 い 授 れ ス ス っ ル を 有 利 に 進 め よ う と し ま す 。 で ら イ ウ 知 コ 国 く が リ を 教 皇 は プ ラ / 」 ( カ ル ビ ニ 中 っ ( 盤 ト と テ る た が 針 ス こ ン じ 国 ( 118 2 512 5 2 年 ) っ , 羅 ネ る モ 命 帝 わ 一 や 端 い 師 を を 、 フ ラ ン ス 王 ル イ 9 世 は 伝 ダ 薬 異 て 教 教 ゴ が ン 火 る の つ 宣 布 ル ブ ル ッ ク ( 1220 こ ろ と 文 カ れ 伝 ト 広 が ヘ 字 ム 確 明 荊 リ , 教 中 一 正 発 世 キ 教 マ に ヨ ー ロ ッ パ に 戻 り ま す 。 世 紀 の カ ペ ー 朝 フ ラ ン ス で は 国 十 や 視 察 の 目 的 で モ ン ゴ ル へ で ム で 景 一 ノ ス 暦 「 国 一 国 ( ロ イ 王 の 権 力 が 強 ま り 、 1303 年 ア ナ ー ニ 事 件 が 起 こ り ま す 。 成 果 は あ 第 派 遣 し ま し た が 、 イ 時 る 中 ラ 中 派 た ヴ 聖 職 叙 任 権 を 行 使 し た り 、 教 会 に 課 税 し た り し た フ ラ ン ス 国 り ま せ ん で し た 。 を 祐 ペ 1 ジ の 補 足 そ の 後 、 東 ア ジ ア 世 界 を 統 一 し た フ ビ ラ イ ・ ハ ン の 死 後 、 モ ン ゴ ル 帝 国 は 衰 退 し て 分 裂 、 4 つ の ハ ン 国 が 成 立 し ま す 。 帝 国 本 土 の 元 王 朝 ( 127151368 年 ) が 滅 亡 す る と 、 中 央 ア ジ ア で テ イ ム ー ル 帝 国 が 、 イ ン ド 北 部 で ム ガ ル 帝 国 が 建 国 さ れ ま す 。 ど ち ら も ト ル コ 系 民 族 に よ る イ ス ラ ー ム 文 化 の 国 で す 。 両 国 の 建 国 者 で あ る テ イ ム ー ル や バ ー プ ル が 「 チ ン ギ ス ・ ハ ン の 末 裔 ー と 称 し た の は 、 モ ン ゴ ル 帝 国 の 正 統 性 を く ん で い る こ と を 主 張 す る た め で し た 。 ム ガ ル 帝 国 の 第 3 代 ア ク バ ル 帝 は 、 少 数 の イ ス ラ ー ム 勢 力 が 多 数 の ヒ ン ド ウ ー 文 化 圏 を 支 配 す る こ と を 考 慮 し 、 イ ス ラ ー ム 教 へ の 改 宗 を 強 制 せ ず 、 イ ス ラ ー ム 教 徒 以 外 か ら 人 頭 税 を 徴 収 す る こ と も や め 、 支 配 の 安 定 化 を 図 り ま し た 。 四 ペ ー シ の 補 足

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8 さ れ た 高 度 な 都 市 遺 跡 が 発 見 さ れ て い ま す が 、 イ ン ダ ス 文 明 は l-ooo 年 で 霧 の な か に 消 え 入 る よ う に 滅 び ま し た 。 高 い 技 古 代 オ リ エ ン ト を 統 一 し た 史 上 初 の 帝 国 ア ッ シ リ ア は 、 強 術 を 得 た 経 緯 も 滅 ん だ 理 由 も 不 明 な 、 謎 の 文 明 で す 。 力 な 専 制 支 配 が 原 因 で 反 乱 が 起 き 、 前 612 年 に 4 王 国 が 分 黄 河 文 明 は 、 19 21 年 ス ウ ェ ー デ ン 人 の ア ン ダ ー ソ ン が 立 し ま す 。 そ の 分 立 状 態 を ひ っ く り 返 し た キ ュ ロ ス 2 世 は 、 ク ト リ ア 彩 陶 を 発 掘 し た こ と で 存 在 が 明 ら か に な り ま し た 。 ゴ ビ 砂 漠 自 分 た ち を 支 配 し て い た メ デ ィ ア 王 国 を 倒 す と 、 の 栄 養 た つ ぶ り の 黄 土 が 偏 西 風 で 大 量 に 運 ば れ 、 黄 河 の 豊 富 な ど 中 央 ア ジ ア の 国 を お さ え 、 新 バ ビ ロ ニ ア 王 国 を 征 服 し て な 水 と 合 わ さ っ て 肥 沃 な 耕 地 を 生 み 出 し ま し た 。 前 ア ケ メ ネ ス 朝 ベ ル シ ア を 建 国 し ま し た 。 そ の 後 、 エ ジ プ ト も ゅ う 年 こ ろ に 邑 と 呼 ば れ る 都 市 が 成 立 し ま す 。 東 ア ジ ア の 場 合 、 編 入 し 、 第 3 代 ダ レ イ オ ス 1 世 ( 位 前 5225 前 486 都 市 国 家 と い う よ り 「 巨 大 な 集 落 ー と い う ほ う が ふ さ わ し い 年 ) の 時 代 に は 最 盛 期 を 迎 え 、 王 都 ベ ル セ ポ リ ス を 建 設 し 、 で し よ 、 つ 。 サ ト ラ ッ プ 制 と い う 中 央 集 権 体 制 を 敷 き ま す 。 全 土 を 幻 州 に し ば せ ん 中 国 の 歴 史 家 、 司 馬 遷 が 書 い た 『 史 記 』 に は 、 最 初 の 支 配 分 け 、 直 任 の 地 方 長 官 サ ト ラ ッ プ を 派 遣 す る の で す 。 さ ら に 、 者 、 黄 帝 に 始 ま る 五 帝 時 代 か ら 夏 、 殷 の 2 王 朝 が 続 い た と あ サ ト ラ ッ プ を 監 視 す る 巡 察 使 、 王 の 目 ・ 王 の 耳 も 送 り 込 み ま か な ん し よ う あ ん よ う け ん え き て い り ま す 。 こ れ ら は 伝 説 と 思 わ れ て い ま し た が 、 河 南 省 安 陽 県 し た 。 広 大 な 領 土 は 駅 逓 ( 駅 伝 ) 制 で 結 ば れ て い ま し た 。 し よ う と ん む ら し か し 、 ギ リ シ ア 諸 ポ リ ス と 全 面 衝 突 し た ベ ル シ ア 戦 争 小 屯 村 付 近 で 殷 王 朝 の 都 、 殷 墟 が 見 つ か り 、 殷 の 存 在 が 史 実 で あ る こ と が 明 ら か に な っ た の で す 。 殷 墟 か ら 出 土 し た 亀 甲 ( 前 前 449 年 ) に 敗 北 す る と 、 今 度 は マ ケ ド ニ ア や 牛 骨 に は 、 漢 字 の 原 型 で あ る 甲 骨 文 字 が 刻 ま れ て お り 、 占 王 ア レ ク サ ン ド ロ ス 3 世 が 侵 入 し 、 前 333 年 ィ ッ ソ ス の 戦 い に 使 わ れ て い ま し た 。 占 い は 政 策 決 定 に も 使 わ れ 、 殷 は 祭 い で も 敗 北 。 ギ リ シ ア 側 に 領 土 を 明 け 渡 し 、 オ リ エ ン ト 世 界 は 終 焉 を 迎 え た の で す 。 政 一 致 の 神 権 政 治 だ っ た と 特 徴 づ け る こ と が で き ま す 。 ⅱ ペ ー ジ の 補 足

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147 第 8 章 ふ た つ の 世 界 大 戦 の 時 代 乱 水 1 “ 月 第 一 次 世 界 大 戦 の 関 連 都 市 ベ ト ロ グ ラ ー ド タ ン ネ ン ベ ル ク の 戦 い ( 1914 年 8 月 、 ド イ ツ 軍 が ロ シ ア 軍 を 撃 破 ) ・ ブ レ ス ト ・ リ ト フ ス ク 条 約 ( 1918 年 3 月 、 ソ ヴ ィ エ ト と ド イ ツ 側 と の 講 和 条 約 ) マ ル ヌ の 戦 い ( 1914 年 9 月 、 西 部 戦 線 で の 初 の 独 仏 戦 ) コ ン ビ エ ー 休 戦 条 約 ( 1918 年 1 1 月 ) ュ パ リ サ ラ イ エ ヴ ォ 事 件 ( 1914 年 6 月 28 日 ) 第 一 次 世 界 大 戦 の あ と 、 1925 年 ロ カ ル ノ 会 議 で ラ イ ン ラ ン ト 非 武 装 化 と ド イ ツ の 国 際 連 盟 加 入 が 決 ま り ま し た 。 ま た 、 1928 年 ア メ リ カ 国 務 長 官 ケ ロ ッ グ と フ ラ ン ス 外 相 プ リ ア ン の 会 談 で 合 意 し た 米 仏 協 定 は 、 世 界 に 発 信 さ れ る 不 戦 条 約 に 発 展 し 、 カ 国 が 調 印 し ま し た 。 第 二 次 世 界 大 戦 の 前 夜 、 世 界 恐 慌 が 起 き 、 植 民 地 を も っ 列 強 は プ ロ ッ ク 経 済 で 対 応 し ま し た 。 ま た 、 失 業 対 策 と し て 各 国 で 再 軍 備 が お こ な わ れ 、 プ ロ ッ ク 経 済 が お こ な え な い 国 ほ ど 軍 備 拡 張 の 動 き が 顕 著 で し た 。 ア メ リ カ で は フ ラ ン ク リ 日 本 は 日 清 ・ 日 露 戦 争 で 台 湾 や 遼 東 、 南 満 州 、 韓 国 併 合 で 朝 鮮 半 島 、 第 一 次 世 界 大 戦 で 山 東 権 益 や 赤 道 以 北 の 南 洋 諸 島 を 手 に 入 れ ま し た 。 北 太 平 洋 に 勢 力 圏 を も つ ア メ リ カ に と っ て 、 日 本 の 勢 力 は 邪 魔 で し か あ り ま せ ん で し た 。 日 本 は 中 国 の 山 東 権 益 を 返 還 し 、 海 軍 力 も 米 英 よ り 低 く お さ え ら れ ま し た 。 こ れ を ワ シ ン ト ン 体 制 と い い ま す 。 140 ペ ー ジ の 補 足