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検索対象: 現代日本の文学 Ⅱ― 2 永井 荷風 集

現代日本の文学 Ⅱ― 2 永井 荷風 集から 452件ヒットしました。

現代日本の文学 Ⅱ― 2 永井 荷風 集


加 っ し い み や げ 七 十 四 歳 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 一 一 l) 始 。 同 月 、 「 葛 飾 土 産 其 一 」 を 全 集 付 録 第 一 号 に の せ 、 五 月 、 「 心 づ く し 」 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 十 一 月 、 「 偏 奇 館 吟 草 」 ( 詩 集 ) を 筑 一 月 、 「 荷 風 戦 後 日 歴 」 ( 以 後 、 昭 一 一 八 ・ 四 、 七 、 一 〇 ) 、 三 月 、 「 漫 摩 書 房 か ら 刊 行 。 十 一 一 月 一 一 十 八 日 、 市 川 市 菅 野 一 一 一 一 四 番 地 に 家 を 談 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 五 月 、 丸 ビ ル の 中 央 公 論 社 画 廊 で 永 井 買 い 求 め て 移 っ た 。 こ の こ ろ よ り 、 日 課 の ご と く 浅 草 が よ い を 続 け 荷 風 個 展 が 催 さ れ 、 十 一 月 、 「 雑 話 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 七 十 五 歳 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) る 。 一 月 、 日 本 芸 術 院 会 員 に 選 ば れ る 。 一 一 月 、 「 裸 体 」 を 中 央 公 論 社 か ら 七 十 歳 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) あ づ ま 一 月 、 「 に ぎ り 館 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 四 月 、 「 停 電 の 夜 の 出 来 事 」 刊 行 。 三 月 、 「 吾 妻 橋 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 五 月 、 「 浅 草 交 響 ( 戯 曲 ) を 「 小 説 世 界 」 に 発 表 。 五 月 、 「 雑 草 園 」 を 中 央 公 論 社 か ら 曲 」 ( シ ナ リ オ 、 昭 一 三 ・ 六 作 ) を 「 サ ン デ ー 毎 日 」 新 緑 特 別 号 に 発 だ ん ち ょ う て い に ら じ よ う 刊 行 。 六 月 か ら 「 断 腸 亭 日 乗 」 を 「 中 央 公 論 」 に 連 載 ( 昭 一 一 四 ・ 六 表 。 六 月 、 「 日 曜 日 」 を 「 中 央 公 論 。 に 掲 載 。 十 一 月 、 「 腕 く ら べ 」 ー 一 二 昭 一 一 五 ・ 四 ー 五 ) 。 七 月 、 「 秋 の 女 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 、 「 春 ( 私 家 版 複 刻 限 定 五 百 部 ) を 荷 風 全 集 刊 行 会 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 「 荷 情 鳩 の 街 ー ( 戯 曲 ) を 「 小 説 世 界 」 に 発 表 。 十 月 、 「 人 妻 」 を 「 中 央 風 な い し ょ 話 」 ( 相 磯 勝 弥 と の 対 談 ) を 「 中 央 公 論 」 に 掲 載 。 七 十 六 歳 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 公 論 ー 文 芸 特 集 第 一 号 に 発 表 。 一 月 、 「 心 が わ り 」 、 三 月 、 「 だ そ が れ 時 」 、 五 月 、 「 う ら お も て 」 を 七 十 一 歳 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) 一 月 、 「 買 出 し 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 葛 飾 土 産 . ( 「 宮 城 環 景 ー を 含 「 中 央 公 論 、 に 発 表 。 七 月 、 「 荷 風 思 出 草 」 ( 対 談 ) を 毎 日 新 聞 社 か ら ま ま が わ む ) を 「 中 央 公 論 」 文 芸 特 集 第 一 一 号 に 、 「 真 間 川 の 記 、 ( 後 「 葛 飾 土 刊 行 。 八 月 、 「 捨 て 児 」 、 十 一 月 、 「 水 の な が れ 、 を 「 中 央 公 論 」 に 発 産 」 に 入 る ) を 「 屋 望 ー に 発 表 。 一 一 月 、 「 葛 飾 土 産 」 を 中 央 公 論 社 か 表 。 七 十 七 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) ら 刊 行 、 「 裸 体 ー を 「 小 説 世 界 」 に 発 表 。 六 月 、 「 渡 鳥 い っ か へ る 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 発 表 、 「 断 腸 亭 日 乗 . を 「 風 雪 , に 連 載 ( 八 月 一 月 、 「 袖 子 」 を 「 中 央 公 論 、 に 掲 載 、 「 永 井 荷 風 集 」 ( 「 現 代 日 本 文 学 全 集 ー 第 十 六 巻 、 Ü は 第 六 八 巻 と し て 昭 三 三 ・ 一 刊 ) を 筑 摩 書 房 ま で ) 。 七 月 、 「 老 人 」 を 「 オ ー ル 読 物 ー に 発 表 。 七 十 一 一 歳 か ら 、 「 澤 東 綺 譚 」 ( 私 家 版 複 刻 限 定 五 百 部 ) を 八 木 書 店 か ら 刊 行 。 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 一 月 、 「 永 井 荷 風 作 品 集 」 ( 創 元 社 、 全 九 巻 、 昭 一 一 六 ・ 五 完 結 ) の 配 三 月 一 一 十 四 日 か ら 四 月 一 一 十 三 日 ま で 、 「 葛 飾 こ よ み 」 を 「 毎 日 新 聞 」 譜 本 開 始 。 九 月 、 「 荷 風 の 日 記 」 ( 後 「 断 腸 亭 日 乗 」 ) を 「 中 央 公 論 」 文 夕 刊 に 連 載 。 四 月 、 浅 草 松 屋 で 毎 日 新 聞 社 主 催 の 永 井 荷 風 展 が 開 か れ 、 五 月 、 「 男 ご ゝ ろ 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 六 月 、 「 永 井 荷 風 選 芸 特 集 第 九 号 に 寄 稿 。 七 十 三 歳 集 」 ( 全 五 巻 、 昭 三 一 ・ 一 〇 完 結 、 東 都 書 房 ) の 配 本 開 始 。 八 月 、 「 葛 年 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 四 月 、 「 夢 」 ( 昭 五 ・ 一 一 一 作 ) を 「 中 央 公 論 . 春 季 文 芸 特 集 号 に 発 表 。 飾 こ よ み 」 を 毎 日 新 聞 社 か ら 刊 行 。 七 十 八 歳 紹 十 一 月 、 文 化 勲 章 を 受 け る 。 十 一 一 月 、 「 異 郷 の 恋 」 ( 初 版 「 ふ ら ん す 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 一 月 、 「 夏 の 夜 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 三 月 、 市 川 市 八 幡 町 四 丁 物 語 」 収 録 ) を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。

現代日本の文学 Ⅱ― 2 永井 荷風 集


目 一 一 三 八 番 地 に 移 居 。 九 月 、 「 冬 日 か げ 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 Ⅷ 十 月 、 「 東 」 を 「 太 陽 . に 掲 載 、 十 一 月 、 「 あ づ ま 橋 」 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 七 十 九 歳 一 月 、 「 十 年 昔 の 日 記 」 を 「 中 央 公 論 」 ( 以 後 、 昭 三 三 ・ 四 、 一 〇 掲 ば ん し や く 載 ) に 、 八 月 、 「 晩 酌 」 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 十 一 月 、 「 永 井 荷 風 日 記 」 ( 全 七 巻 、 昭 三 四 ・ 五 完 結 、 東 都 書 房 ) の 配 本 開 始 。 昭 和 三 十 四 年 ( 一 九 五 九 ) 一 月 、 「 向 島 ー を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 四 月 三 十 日 午 前 三 時 ご ろ 、 か い よ う 漬 瘍 の 吐 血 に よ る 心 臓 発 作 の た め 死 去 。 遺 体 は 、 朝 、 手 伝 い 婦 に よ っ て 発 見 さ れ た 。 行 年 、 満 七 十 九 歳 四 か 月 。 「 断 腸 亭 日 乗 」 の 絶 筆 は 「 四 月 廿 九 日 、 祭 日 。 陰 ー の 一 行 で あ っ た 。 五 月 一 一 日 、 自 宅 で 葬 ぞ う し 儀 が 行 な わ れ 、 遺 骨 は 東 京 都 豊 島 区 雑 司 ヶ 谷 の 永 井 家 の 墓 所 に 納 め ら れ た 。 そ の 跡 は 養 子 永 井 永 光 が 相 続 し た 。 ( 竹 盛 天 雄 編 )

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一 一 ・ 五 完 結 ) 。 よ り 刊 行 。 十 一 一 月 、 関 根 歌 と 縁 を 切 る 。 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 一 一 六 ) 四 十 七 歳 昭 和 七 年 ( 一 九 三 一 l) 五 十 三 歳 ぶ ん こ う 三 月 、 「 下 谷 叢 話 」 、 四 月 、 「 荷 風 文 稾 」 を 春 陽 堂 か ら 刊 行 。 同 月 、 五 月 、 「 正 宗 谷 崎 両 氏 の 批 評 に 答 ふ 」 を 佐 藤 春 夫 編 集 の 「 古 東 多 万 は く ち ょ う ま さ む ね 「 白 鳥 正 宗 氏 に 答 る の 書 ー を 「 女 性 」 に 発 表 」 、 七 月 、 「 貸 間 の 女 」 ( 卍 ) 」 に 掲 載 。 ( 続 稿 、 昭 二 ・ 七 ) を 「 苦 楽 」 に 発 表 。 こ の 年 の 夏 よ り 銀 座 タ イ ガ ー 昭 和 八 年 ( 一 九 一 一 三 D 五 十 四 歳 ふ み は ご に 立 ち 寄 る 。 四 月 、 「 文 反 古 」 ( 後 「 申 訳 」 ) を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 、 「 荷 風 随 筆 」 を 昭 和 ニ 年 ( 一 九 二 七 ) 四 十 八 歳 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 こ の 年 か ら 翌 年 へ か け て 、 私 娼 黒 沢 き み を 知 な る し ま り ゅ う ほ く る 。 四 月 、 「 成 嶋 柳 北 の 日 記 に つ き て 」 ( 後 「 成 嶋 柳 北 の 日 誌 」 ) 、 六 月 、 む こ う じ ま 「 荷 風 随 筆 ー 向 嶋 帝 国 劇 場 の オ ペ ラ 」 等 に 続 き 、 以 後 次 々 に 「 中 五 十 五 歳 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 央 公 論 」 に 随 筆 を 発 表 。 七 月 、 「 永 井 荷 風 篇 」 ( 明 治 大 正 文 学 全 集 第 八 月 、 「 ひ か げ の 花 」 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 三 一 巻 ) を 春 陽 堂 か ら 刊 行 。 「 荷 風 随 筆 ー 上 野 」 、 「 や ど り 」 ( 後 昭 和 十 年 ( 一 九 一 一 一 五 ) 五 十 六 歳 は え あ め し よ う し よ う 「 か し 間 の 女 」 ) を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 八 月 、 軽 井 沢 に 左 団 次 と と 四 月 、 「 冬 の 蠅 」 を 偏 奇 館 よ り 自 費 出 版 し 、 九 月 「 雨 瀟 瀟 」 を 野 田 書 も に 避 暑 に 行 く 。 九 月 、 「 永 井 荷 風 集 」 ( 現 代 日 本 文 学 全 集 第 一 = 一 房 か ら 三 百 部 限 定 で 刊 行 。 十 一 月 、 「 す み た 川 」 を 小 山 書 店 か ら 刊 行 。 す ず り ゅ う 巻 ) を 改 造 社 よ り 刊 行 。 三 番 町 の 妓 関 根 歌 ( 寿 々 屯 ) を 身 受 け し 、 五 十 七 歳 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 十 月 、 飯 倉 八 幡 町 に 囲 う 。 次 弟 鷲 津 貞 一 一 郎 死 去 。 満 四 十 四 歳 。 四 月 、 「 机 辺 之 記 」 ( 影 印 本 五 百 部 限 定 ) を 青 燈 社 よ り 刊 行 。 六 月 、 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 四 十 九 歳 「 残 春 雑 記 ー 鐘 の 声 放 水 路 玉 の 井 」 ( 後 「 玉 の 井 」 は 「 寺 じ ま の 三 月 、 「 新 選 永 井 荷 風 集 」 を 改 造 社 よ り 刊 行 。 四 月 、 関 根 歌 に 三 番 町 記 」 ) と し て 「 中 央 公 論 」 に 掲 載 。 こ の 年 、 五 月 ご ろ よ り し き り に 十 番 地 に て 待 合 幾 代 を 開 業 さ せ る 。 五 月 、 「 森 外 ・ 永 井 荷 風 ・ 小 山 瀏 東 の 地 に 遊 ぶ 。 内 薫 篇 」 ( 日 本 戯 曲 全 集 第 四 〇 巻 ) を 春 陽 堂 よ り 刊 行 。 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 五 十 八 歳 昭 和 四 年 ( 一 九 一 一 九 ) 五 十 歳 一 月 、 「 万 茶 亭 の タ ( 其 他 一 一 篇 ) 」 ( 後 〔 作 」 「 町 中 の 月 、 「 郊 一 一 月 、 「 か た お も ひ 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 外 」 ) を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 し 、 四 月 、 「 東 綺 譚 」 ( 烏 有 堂 、 私 家 版 ) 譜 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) 五 十 一 歳 を つ く り 、 十 六 日 よ り 六 月 十 五 日 ま で 「 涇 東 綺 譚 」 を 「 東 京 ( 大 阪 ) 十 二 月 、 「 夢 」 を 脱 稿 す る ( 昭 一 一 七 ・ 四 発 表 ) 。 朝 日 新 聞 」 に 連 載 ( 回 ) 。 八 月 、 「 澤 東 綺 譚 」 を 岩 波 書 店 か ら 刊 行 。 年 昭 和 六 年 ( 一 九 三 一 ) 五 十 一 一 歳 九 月 八 日 、 母 が 死 去 。 満 七 十 六 歳 。 義 絶 中 の 弟 威 一 一 一 郎 と 会 う の を あ じ さ 三 月 、 「 紫 陽 花 , ( 後 「 あ じ さ ゐ 」 ) 、 五 月 、 「 榎 物 語 」 を 「 中 央 公 論 」 忌 避 し 葬 儀 に 列 し な か っ た 。 浅 草 通 い が 激 し く な り 、 オ ペ ラ 館 な ど に 入 っ て 時 を 過 す 。 に 、 八 月 、 「 夜 の 車 、 を 「 三 田 文 学 」 に 、 十 月 、 「 つ ゆ の あ と さ き 」 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 し 、 十 一 月 、 「 つ ゆ の あ と さ き 」 を 中 央 公 論 社 昭 和 十 三 年 ( 一 九 三 八 ) 五 十 九 歳 な い か お る え の 、 し し よ う こ と だ ま

現代日本の文学 Ⅱ― 2 永井 荷風 集


フ ラ ン ス 一 一 月 、 「 お も か げ 」 を 「 中 央 公 論 , に 掲 載 、 三 月 、 「 仏 蘭 西 近 代 抒 情 方 に 避 難 し た 。 四 月 十 五 日 、 東 中 野 文 化 ア ・ ( ー ト に 移 り 、 五 月 一 一 十 こ ま ま し せ ん さ ん ご 詩 撰 珊 瑚 集 」 を 第 一 書 房 か ら 刊 行 。 四 月 、 「 女 中 の は な し 」 を 「 中 央 五 日 、 再 度 罹 災 し て 、 駒 場 に 避 難 す る 。 六 月 一 一 日 、 東 京 を 脱 出 し 、 公 論 」 に 発 表 、 五 月 、 「 な 飾 情 話 」 ( 歌 劇 脚 本 ) を 「 新 喜 劇 ー に 発 表 、 明 石 を 経 て 岡 山 に 行 き 、 同 月 一 一 十 八 日 、 岡 山 空 襲 で 罹 災 、 八 月 十 三 同 月 、 菅 原 明 朗 の 作 曲 で 浅 草 オ ペ ラ 館 に て 上 演 さ れ た 。 七 月 、 「 お 日 、 勝 山 に 疎 開 中 の 谷 崎 潤 一 郎 を 訪 い 、 十 五 日 再 会 を 約 し て 別 れ 、 あ た み も か げ 」 を 岩 波 書 店 か ら 刊 行 。 岡 山 に 帰 り め て 敗 戦 を 知 る 。 九 月 、 杵 屋 五 叟 の 疎 開 先 の 熱 海 和 田 六 十 歳 浜 木 戸 方 に 寄 寓 。 十 一 月 、 「 冬 の 」 を 扶 桑 書 房 か ら 刊 行 。 十 一 一 月 、 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) し た や そ う わ 「 亜 米 利 加 の 思 出 ー を 「 新 生 」 に 寄 稿 。 十 一 月 、 「 改 訂 下 谷 叢 話 」 を 冨 山 房 か ら 刊 行 。 六 十 七 歳 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 六 十 一 歳 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 一 一 月 、 左 団 次 死 去 。 荷 風 は 追 憶 座 談 会 に 紙 上 参 加 の 形 で 、 三 月 一 一 十 一 月 、 杵 屋 五 叟 が 市 川 市 菅 野 に 移 居 し た の で と も に 転 じ て そ こ に 寄 六 、 一 一 十 七 、 一 一 十 八 日 、 「 谷 中 の 隠 家 浮 世 絵 漁 り 古 も の 趣 味 ー 寓 。 「 踊 子 」 を 「 展 望 」 に 、 「 勲 章 」 を 「 新 生 」 に 発 表 し 、 「 浮 沈 」 を 「 中 央 公 論 」 に 連 載 開 始 ( 六 月 ま で ) 。 一 一 月 、 「 冬 日 の 窓 」 を 「 新 生 」 ( 後 「 市 川 左 団 次 追 憶 座 談 会 」 ) を 「 都 新 聞 」 に 寄 稿 。 に 「 為 永 春 水 」 を 「 人 間 」 に 発 表 。 三 月 か ら 六 月 ま で 「 戦 災 日 録 ー 六 十 一 一 歳 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 左 団 次 と の 交 友 を 偲 ん で 、 四 、 五 月 、 「 杏 花 余 香 , ( 日 記 ) を 「 中 央 ( 後 「 罹 災 日 録 」 ) を 「 新 生 」 に 連 載 し 、 六 月 、 「 腕 く ら べ 」 ( 増 補 版 ) た め な が し ゅ ん す い 公 論 」 に 寄 せ た 。 七 月 、 「 為 永 春 水 」 を 執 筆 し 、 十 二 月 八 日 、 「 浮 沈 」 を 新 生 社 か ら 刊 行 。 七 月 、 「 問 は ず が た り 」 を 「 展 望 . に の せ 、 「 問 は ず が た り 」 を 扶 桑 書 房 か ら 刊 行 。 八 月 か ら 十 一 一 月 ま で 「 昭 和 十 六 を 起 稿 す る 。 六 十 三 歳 年 の 日 記 」 を 「 新 生 」 に 連 載 し 、 九 月 、 「 来 訪 者 」 を 筑 摩 書 房 、 「 ひ 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 三 月 十 九 日 、 「 浮 沈 」 脱 稿 。 十 一 一 月 、 「 冬 の 夜 が た り 」 「 勲 章 」 執 筆 。 か げ の 花 」 を 中 央 公 論 社 か ら 刊 行 。 十 一 一 月 、 「 草 紅 葉 」 を 「 中 央 公 六 十 四 歳 論 ー に 掲 載 。 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) へ ん 、 か ん ぎ ん そ う 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 六 十 八 歳 十 月 、 詩 篇 を 整 理 し て 「 偏 奇 館 吟 草 」 を 編 集 し 、 十 一 月 、 「 枯 葉 の 一 月 、 市 川 市 菅 野 小 西 茂 也 方 に 寄 寓 、 「 罹 災 日 録 」 を 扶 桑 書 房 よ り 刊 記 」 そ の 他 を 執 筆 。 六 十 五 歳 行 し 、 「 浮 沈 」 ( 非 売 品 、 限 定 一 一 百 部 ) を 中 央 公 論 社 、 三 月 、 「 夏 姿 」 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 一 月 、 「 枯 葉 の 記 」 、 一 一 月 、 「 雪 の 日 」 ( 前 半 ) を と も に 「 不 易 」 に 発 を 扶 桑 書 房 、 五 月 、 「 浮 沈 」 を 中 央 公 論 社 、 「 勲 章 」 を 扶 桑 書 房 、 六 、 ね や 0 そ う 表 。 「 踊 子 」 を 脱 稿 。 三 月 、 杵 屋 五 叟 ( 大 島 一 雄 ) の 次 男 大 島 永 光 を 月 、 「 荷 風 日 歴 」 上 下 一 一 巻 を 扶 桑 書 房 か ら 刊 行 。 十 月 、 「 木 犀 の 花 」 、 さ さ め ゆ き も う ひ ょ う 養 子 に す る 。 四 月 、 「 来 訪 者 」 を 脱 稿 。 十 月 、 「 ひ と り ご と 」 初 稿 、 十 一 月 、 「 細 雪 妄 評 」 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 六 十 九 歳 十 一 月 、 「 ひ と り ご と 」 続 篇 を 脱 稿 。 六 十 六 歳 二 月 、 「 荷 風 句 集 」 を 細 川 書 店 か ら 刊 行 。 三 月 、 中 央 公 論 社 版 「 荷 風 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 三 月 十 日 、 早 朝 四 時 東 京 大 空 襲 の た め 偏 奇 館 炎 上 。 原 宿 の 杵 屋 五 叟 全 集 」 ( 全 一 一 四 巻 、 昭 一 一 八 ・ 四 完 結 ) の 第 一 回 配 本 ( 第 五 巻 ) を 開 し の じ よ じ よ う も く せ

現代日本の文学 Ⅱ― 2 永井 荷風 集


ル チ ェ ー 、 ラ タ ン の 一 夜 」 ( 後 「 お も か げ 」 ) を 「 太 陽 」 に 、 「 悪 感 」 一 月 、 ニ ュ ー ヨ ー ク 西 区 八 十 九 丁 目 の フ ラ ン ス 婦 人 の 家 に 移 り 、 フ シ ン ポ ー ル ば ん さ ん ラ ン ス 語 会 話 の 練 習 を す る 。 一 一 月 、 「 強 弱 」 ( 後 「 牧 場 の 道 」 ) を 「 太 ( 後 「 新 嘉 坡 の 数 時 間 」 ) を 「 秀 才 文 壇 」 に 、 「 晩 餐 の 後 」 ( 後 「 晩 餐 」 ) パ ッ サ ン の 扁 陽 」 に 、 三 月 「 夏 の 海 , を 「 新 小 説 」 に 発 表 。 九 月 中 旬 か ら 十 月 上 を 「 趣 味 」 に 、 「 モ ゥ パ ッ サ ン の 旅 行 日 記 」 ( 後 「 モ ー 旬 ま で 病 床 に あ っ た ( 腸 チ フ ス の 疑 い ) 。 十 月 、 「 長 髪 」 を 「 文 芸 供 舟 紀 行 」 ) を 「 早 稲 田 文 学 」 に 発 表 。 一 一 月 、 「 深 川 の 唄 」 を 「 趣 味 」 ど ん て ん に 、 三 月 、 「 曇 天 」 を 「 帝 国 文 学 」 に 「 監 獄 署 の 裏 ー を 「 早 稲 田 文 楽 部 」 に 、 「 夜 半 の 酒 場 」 を 「 太 陽 」 に 発 表 。 一 一 十 八 歳 学 に 発 表 。 同 月 、 「 ふ ら ん す 物 語 」 を 博 文 館 よ り 刊 行 し た が 、 届 出 と 明 治 四 十 年 ( 一 九 〇 七 ) し ゆ く は い 一 月 、 ふ た た び フ ラ ン ス 老 婦 人 の 一 室 に 移 り フ ラ ン ス 語 に は げ ん 同 時 に 発 禁 と な る 。 五 月 、 「 祝 盃 」 を 「 中 央 公 論 , に 、 「 春 の お と づ だ 。 五 月 、 「 雪 の や ど り 」 を 「 文 章 世 界 」 に 、 「 旧 恨 」 を 「 太 陽 」 に 発 れ 」 を 「 新 潮 」 に 、 七 月 、 「 歓 楽 」 を 「 新 小 説 」 に 、 「 牡 丹 の 客 」 を 「 中 央 公 論 ー に 、 八 月 、 「 花 よ り 雨 に 」 を 「 秀 才 文 壇 ー に 発 表 し 、 九 表 。 六 月 、 ニ ュ ー ヨ ー ク 湾 内 の ス タ ト ン 島 に 過 ご し 、 そ こ で ロ ザ リ ン と い う 中 流 家 庭 の 娘 を 知 る 。 「 オ ペ ラ の 「 フ ァ ウ ス ト ヒ ( 後 「 歌 月 、 京 都 に 遊 ん だ 。 「 歓 楽 」 を 易 風 社 か ら 刊 行 し た が 発 禁 処 分 と な あ っ せ ん 劇 フ ォ ー ス ト を 聴 く の 記 」 ) を 「 新 小 説 ー に 発 表 。 父 の 斡 旋 で 正 金 銀 る 。 十 月 、 「 帰 朝 者 の 日 記 」 ( 後 「 新 帰 朝 者 日 記 」 ) を 「 中 央 公 論 」 に の せ 、 「 荷 風 集 」 を 易 風 社 か ら 刊 行 。 十 一 一 月 、 「 す み だ 川 ー を 「 新 行 フ ラ ン ス リ ョ ン 支 店 に 転 勤 す る こ と に な り 、 七 月 十 八 日 、 プ ル タ 小 説 」 に 発 表 し 、 夏 目 漱 石 の 求 め に よ り 、 「 冷 笑 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に ン ユ 号 に て フ ラ ン ス へ 向 っ た 。 二 月 八 日 、 パ リ に 着 き 、 三 十 日 、 リ ョ ン に 至 り 、 同 市 の 正 金 銀 行 支 店 職 員 と な る 。 十 月 、 「 春 と 秋 ー を 十 三 日 か ら 翌 年 一 一 月 一 一 十 八 日 ま で 連 載 ( 回 ) 。 こ の 年 、 ポ ー ド レ ー い わ や さ ぎ な み ル ら フ ラ ン ス 象 徴 詩 派 を 中 心 と す る 訳 詩 が 多 い 。 正 月 以 来 、 浜 町 不 「 太 陽 」 に 発 表 。 十 一 月 、 「 あ め り か 物 語 」 草 稿 を 巌 谷 小 波 に 送 る 。 一 一 十 九 歳 動 新 道 の 蔵 田 よ し と 馴 染 ん だ が 、 夏 、 新 橋 ・ 板 新 道 の 新 翁 家 の 妓 富 明 治 四 十 一 年 ( 一 九 〇 八 ) 三 月 、 正 金 銀 行 を 辞 し 、 ・ ハ リ に 行 く 。 四 月 、 コ ン セ ー ル ・ ル ー ジ ュ 松 ( 吉 野 コ ウ ) を 知 る 。 リ を 去 り 、 ロ ン ド ン 明 治 四 十 三 年 ( 一 九 一 〇 ) 三 十 一 歳 に て 、 初 め て 上 田 敏 に 会 う 。 五 月 一 一 十 八 日 、 ・ ハ き ぬ ー に 着 き 、 三 十 日 、 讃 岐 丸 に て 帰 国 の 途 に 上 る 。 七 月 十 五 日 、 神 戸 一 月 、 「 見 果 て ぬ 夢 」 を 「 中 央 公 論 , に 発 表 。 一 一 月 、 慶 応 義 塾 大 学 お う が い に 着 い た 。 八 月 、 「 あ め り か 物 語 」 を 博 文 館 よ り 刊 行 。 九 月 、 「 ひ 文 科 革 新 の 事 に あ ず か り 、 森 外 ・ 上 田 敏 の 推 薦 を 受 け て 文 科 の 教 と り 旅 」 を 「 中 学 世 界 」 に 、 十 月 、 「 ADIEU ( わ か れ ) 」 ( 後 「 巴 授 と な る 。 五 月 、 「 三 田 文 学 」 を 主 宰 し て 創 刊 し 、 反 自 然 主 義 陣 営 の 里 の わ か れ 」 ) を 「 新 潮 」 に 、 十 一 月 、 「 蛇 つ か い 」 を 「 早 稲 田 文 有 力 拠 点 と な っ た 。 同 誌 に 随 筆 「 紅 茶 の 後 , の 連 載 を 始 め る 。 「 冷 た そ が れ 学 」 に 、 「 黄 昏 の 地 中 海 」 を 「 新 潮 」 に 、 十 一 一 月 、 「 成 功 の 限 み 」 笑 」 を 左 久 良 書 房 よ り 刊 行 。 八 月 、 「 伝 通 院 」 を 「 三 田 文 学 」 に 発 ( 後 「 再 会 」 ) を 「 新 小 説 」 に 発 表 。 こ の 年 、 柳 橋 の 芸 妓 鈴 木 か つ を 表 。 九 月 、 「 平 維 盛 」 ( 戯 曲 ) を 「 三 田 文 学 」 に 掲 載 、 同 月 、 市 川 左 だ ん じ 団 次 ら に よ っ て 明 治 座 で 上 演 さ れ る 。 こ の 年 「 三 田 文 学 」 「 ス ・ ハ ル 」 知 る 。 三 十 歳 等 に 訳 詩 を 数 多 く 発 表 。 秋 、 富 松 が 金 持 ち に よ っ て 落 籍 さ れ て 身 を 明 治 四 十 ニ 年 ( 一 九 〇 九 ) と も え や や え じ ・ つ ね 一 月 、 「 狐 」 を 「 中 学 世 界 」 に 、 「 祭 の 夜 が た り , を 「 新 潮 」 に 、 「 カ 隠 し た の で 落 胆 し た が 、 新 橋 の 芸 妓 巴 家 八 重 次 ( 後 の 藤 蔭 静 枝 ) と こ れ ー り り そ う せ 、 す い せ ん う た ぼ た ん と み

現代日本の文学 Ⅱ― 2 永井 荷風 集


よ り な ど に 特 色 が あ り 、 そ の 方 面 に 読 者 が 多 か っ た 。 と 、 わ づ 190 小 稲 半 兵 衛 小 稲 と 半 兵 衛 の 道 行 を 扱 っ た 、 常 磐 津 「 千 種 野 天 0 檜 物 町 日 本 橋 檜 物 町 ( 中 央 区 八 重 洲 三 丁 目 ) 、 六 世 常 磐 津 ふ た み ら 文 字 太 夫 が 住 ん で い た 。 恋 の 両 道 」 の こ と 。 な が う た し ゃ P0 道 行 こ こ で は 、 浄 瑠 璃 や 歌 舞 伎 狂 言 に お け る 舞 踊 に よ る 旅 一 〈 0 植 木 店 日 本 橋 植 木 店 ( 中 央 区 日 本 橋 一 丁 目 ) 、 長 唄 三 き ね や ろ く ざ え も ん み せ ん 味 線 の 十 三 世 杵 屋 六 左 衛 門 が 住 ん で い た 。 行 場 面 。 相 愛 の 男 女 が 駆 落 ち 、 情 死 な ど の た め に 連 れ 立 つ 。 し よ う 天 0 吉 原 解 放 明 治 五 年 十 月 、 各 地 の 年 季 娼 妓 を 解 放 し て 自 由 に 190 白 鼠 の 番 頭 主 人 思 い の 忠 義 な 番 頭 の こ と 。 し ん じ ゅ う う き な の さ め ぎ や す る 旨 の 太 政 官 達 が 出 た 。 一 と お 妻 八 郎 兵 衛 常 磐 津 「 心 中 浮 名 鮫 鞘 」 の こ と 。 一 公 一 吾 妻 コ オ ト コ ー ト の 旧 名 。 明 治 三 十 年 頃 よ り 女 子 も 和 服 に 市 区 改 正 東 京 を 近 代 的 都 市 に す る た め に 行 な わ れ た 道 路 ・ 外 出 防 寒 用 に コ ー ト を 使 う よ う に な っ た 。 河 川 ・ 公 園 ・ 墓 地 な ど の 整 理 や 改 革 。 明 治 一 一 十 一 年 八 月 、 東 京 ま き か ど 一 三 嵯 峨 や お 室 の 花 ざ か り 常 磐 津 「 将 門 」 の 一 節 。 市 区 改 正 条 例 を 公 布 し 、 委 員 会 を 設 置 し て 事 業 に 着 手 し た 。 石 一 葭 町 へ 出 る 「 葭 町 」 は 中 央 区 日 本 橋 の 町 名 で あ る が 、 花 柳 一 五 、 浄 瑠 璃 外 題 梅 柳 中 宵 月 清 元 節 の 曲 名 の 一 つ 。 通 称 「 十 六 せ い し ん 」 ま た は 「 清 心 」 で 知 ら れ る 。 河 竹 黙 阿 弥 作 。 界 と し て 有 名 。 芸 者 に な る こ と 。 た ら ま わ 蓍 一 ホ ー カ イ 節 の 男 女 が 一 一 人 法 界 節 を 唄 っ て 流 し て 歩 く 男 女 の 一 暗 闘 ダ ン マ リ 。 歌 舞 使 の 特 殊 演 出 の 一 つ 。 闇 の 中 で の 立 廻 一 組 。 法 界 節 の 「 ホ ー カ イ 」 は 、 江 戸 末 期 か ら 流 行 し た 明 清 楽 一 公 江 戸 一 の 梶 田 楼 吉 原 江 戸 町 一 丁 目 の 梶 田 楼 の こ と 。 の 「 九 連 環 」 の ( ヤ シ 「 不 開 」 ( ホ ー カ イ ) に 発 し た も の で 、 長 崎 か ら 流 行 し た の で 長 崎 節 と も い う が 、 明 治 中 期 に 東 京 を は 一 〈 〈 廻 り の 拍 子 木 こ の 辺 の 拍 子 木 の 説 明 な ど の 芝 居 説 明 は 、 荷 風 自 身 、 明 治 三 十 三 年 六 月 か ら 、 三 十 五 年 四 月 頃 ま で 歌 舞 伎 座 じ め 各 地 に お こ な わ れ た 。 に 勤 め 、 拍 子 木 を 打 っ こ と か ら 修 業 し た 経 験 が 反 映 し て い る 。 一 茜 三 社 祭 浅 草 神 社 の 祭 礼 で 、 江 戸 三 大 祭 の 一 つ 。 せ ん ぞ く ま ら 一 九 四 為 永 春 水 の 「 梅 暦 、 春 水 は 寛 政 一 一 年 ー 天 保 十 四 年 。 江 戸 後 一 品 宮 戸 座 東 京 浅 草 千 束 町 ( 浅 草 三 丁 目 ) 、 公 園 裏 に あ っ た 小 し ゅ ん し よ く う め ご よ み 期 の 人 情 本 作 者 。 「 春 色 梅 暦 」 は そ の 代 表 作 。 荷 風 は 青 年 時 劇 場 。 歌 舞 伎 上 演 を も っ て 知 ら れ る 。 代 か ら 春 水 の フ ァ ン で 、 「 新 梅 ご よ み 」 ( 明 ~ 未 完 ) と い う 石 五 御 神 燈 花 柳 界 な ど で 家 の 前 に つ る し た 神 燈 の こ と 。 作 品 も あ り 、 評 論 「 為 永 春 水 」 ( 昭 幻 ) な ど の 一 文 が あ る 。 解 一 ジ ン ゲ ル s 一 nge 「 ( ド イ ツ 語 ) 。 本 来 は 「 歌 手 」 の 意 味 で あ こ こ に は 、 一 一 突 人 情 本 の 作 者 が ロ 絵 の 意 匠 で も 考 え る よ う に る が 、 書 生 用 語 で 芸 者 の こ と 。 つ の 型 で と ら え る 荷 風 文 学 の 発 想 法 が う か が わ れ る 。 注 一 メ レ ン ス メ リ ン ス の こ と 。 メ レ ン ス は 関 西 で 使 用 さ れ た も と う ら り め ん の と も 言 う 。 モ ス リ ン の 一 種 で 薄 く 柔 か い 毛 織 物 。 唐 縮 緬 。 日 和 下 駄 一 〈 0 凡 そ 世 の 中 で : : : 機 械 体 操 こ の 辺 の 長 吉 の 体 操 嫌 い の 性 格 4 は 、 作 者 荷 風 の 柔 道 な ど が 苦 手 だ っ た 経 歴 と 関 連 が あ る よ う 一 九 七 米 刃 堂 主 人 籾 山 書 店 の 主 人 籾 山 仁 三 郎 、 俳 号 庭 後 ・ 梓 月 の か け お ら ぐ さ の の べ も み や ま し げ つ

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ち る や な ま ど の ゆ う ば え 知 り 初 め 、 交 情 が 深 ま っ た 。 十 一 一 月 ( カ ) 慶 応 義 塾 に 通 う 途 中 、 大 月 、 「 作 者 の 死 」 ( 後 「 散 柳 窓 タ 栄 」 ) を コ 一 一 田 文 学 」 に 発 表 。 さ ん ご ー や く 四 月 、 「 珊 瑚 集 」 を 仭 山 書 店 か ら 刊 行 。 五 、 六 月 、 「 父 の 恩 」 ( 以 下 大 逆 事 件 の 被 告 を 護 送 す る 馬 車 に 出 会 っ て 、 深 い 衝 撃 を 受 け る 。 八 ・ 八 「 新 小 説 , 未 完 ) 、 七 月 、 「 浮 世 絵 の 山 水 画 と 江 戸 名 所 」 を 「 三 三 十 一 一 歳 明 治 四 十 四 年 ( 一 九 一 一 ) れ い び よ う 一 月 、 「 秋 の 別 れ 」 ( 戯 曲 ) 、 一 一 月 、 「 下 谷 の 家 」 、 三 月 、 「 霊 廟 」 な ど 田 文 学 」 に 発 表 。 八 月 、 慶 応 義 塾 大 阪 講 演 会 の た め 西 下 し 、 京 都 に に く さ い で ん う た ま ろ も み や ま を 「 三 田 文 学 」 に 発 表 。 「 す み た 川 」 を 籾 山 書 店 か ら 刊 行 。 五 月 、 遊 ぶ 。 九 月 、 「 ゴ ン ク ウ ル の 歌 麿 伝 並 に 北 斎 伝 」 を 「 三 田 文 学 」 に 「 ビ ヱ ー ル ・ ロ チ イ と 日 本 の 風 景 」 を コ 一 一 田 文 学 」 に 発 表 。 七 月 、 発 表 。 ば た ん 三 十 五 歳 「 牡 丹 の 客 」 ( 「 荷 風 集 」 改 題 ) を 籾 山 書 店 か ら 刊 行 。 八 月 、 船 で 神 大 正 三 年 ( 一 九 一 四 ) は る の ぶ に し 、 え 戸 、 門 司 を 経 て 長 崎 に 遊 ぶ 。 同 月 、 「 眠 ら れ ぬ 夜 の 対 話 」 ( 後 「 短 一 月 、 「 浮 世 絵 の 鑑 賞 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 鈴 木 春 信 の 錦 絵 」 を 「 三 じ ゅ ん い ち ろ う 夜 」 ) 、 十 一 月 、 「 谷 崎 潤 一 郎 氏 の 作 品 」 を 「 三 田 文 学 」 に 発 表 。 同 田 文 学 」 に 掲 け 、 以 後 江 戸 芸 術 の 論 を 次 々 に 発 表 。 三 月 、 「 散 柳 窓 タ み つ が し わ こ ず え の よ あ ら し さ い お ん じ き ん も ら 月 、 「 紅 茶 の 後 」 を 籾 山 書 店 か ら 刊 行 。 十 七 日 夕 、 西 園 寺 公 望 の 主 催 栄 」 を 籾 山 書 店 か ら 刊 行 し 、 「 三 柏 葉 樹 頭 夜 嵐 」 ( 戯 曲 ) を 「 三 田 文 学 」 に 発 表 。 五 月 、 食 あ た り の た め 苦 し む 。 八 月 三 十 日 、 市 川 左 団 す る 第 六 回 雨 声 会 に 招 か れ る 。 ば い し や く 三 十 三 歳 次 夫 妻 の 媒 妁 で 巴 家 八 重 次 こ と 金 子 ャ イ と の 結 婚 披 露 を し た 。 同 月 明 治 四 十 五 年 ・ 大 正 元 年 ( 一 九 一 一 l) び よ り げ た 一 月 、 「 暴 君 ー ( 戯 曲 、 後 「 煙 」 ) を 「 中 央 公 論 ー に 、 「 わ く ら 葉 」 ( 戯 よ り 「 日 和 下 駄 ー 一 名 東 京 散 策 記 」 を 「 三 田 文 学 」 に 連 載 ( 大 四 ・ し よ う た く 曲 ) を 「 三 田 文 学 」 に 発 表 。 一 一 月 、 「 妾 宅 」 ( 一 ー 四 、 以 下 は 五 月 六 ま で ) 。 八 重 次 の こ と が 原 因 と な り 、 こ の 年 か ら 弟 威 三 郎 と の 間 し ん せ ー ぎ ん ー あ が 気 ま ず く な り 、 親 戚 縁 者 か ら も み ず か ら 遠 ざ か る 。 「 三 田 文 学 」 ) を 「 朱 興 」 に 、 「 掛 取 り 」 を 「 三 田 文 学 ー に 発 表 。 三 月 、 だ ん な 三 十 六 歳 「 若 旦 那 ー ( 後 「 色 男 」 ) を 「 三 田 文 学 」 に 、 四 月 、 「 風 邪 ご ゝ ち 」 を 大 正 四 年 ( 一 九 一 五 ) 「 中 央 公 論 . に 、 「 浅 瀬 ー を 「 三 田 文 学 」 に 発 表 。 五 月 、 「 昼 す ぎ 」 を 一 月 、 「 夏 姿 」 を 籾 山 書 店 か ら 書 き 下 ろ し と し て 刊 行 、 発 禁 処 分 を 受 「 三 田 文 学 」 に 掲 載 。 六 月 、 「 名 花 」 、 七 月 、 「 松 葉 巴 」 、 九 月 、 「 五 月 け る 。 一 一 月 、 妻 ャ イ と 離 婚 。 五 月 、 京 橋 区 築 地 一 丁 目 に 移 居 。 「 荷 し よ う 闇 」 を 「 三 田 文 学 」 に 掲 載 。 九 月 一 一 十 八 日 、 本 郷 湯 島 四 丁 目 材 木 商 風 傑 作 鈔 」 を 籾 山 書 店 か ら 刊 行 。 九 月 、 宿 痾 ( 胃 腸 病 ) 再 発 。 十 月 、 斎 藤 政 吉 の 次 女 ヨ ネ と 結 婚 。 十 一 月 、 「 新 橋 夜 話 」 を 扨 山 書 店 か ら 刊 宗 十 郎 町 の 妓 家 に 隠 れ 住 み 、 「 日 和 下 駄 」 を 籾 山 書 店 か ら 刊 行 。 三 十 七 歳 行 。 十 一 一 月 下 旬 八 重 次 と 箱 根 に 遊 び 、 帰 京 後 も 妓 家 ( 巴 家 ) に 暮 ら 大 正 五 年 ( 一 九 一 六 ) は た ご の う い つ け っ 一 月 、 浅 草 旅 籠 町 一 丁 目 一 三 番 地 米 田 方 に 転 居 。 一 、 一 一 月 、 「 花 瓶 」 譜 し て 家 に 帰 ら な か っ た 。 三 十 日 、 父 久 一 郎 が 脳 溢 血 で た お れ た が 、 つ 、 じ ぐ さ 荷 風 の 所 在 は 不 明 で あ っ た 。 こ の 年 、 「 三 田 文 学 」 の 編 集 、 内 容 等 に を 「 三 田 文 学 」 、 「 築 地 草 」 を 「 娯 楽 世 界 」 に 発 表 。 一 一 月 限 り 慶 応 義 も み や ま て い ご 塾 大 学 教 授 、 「 三 田 文 学 」 編 集 を 辞 す 。 四 月 、 籾 山 庭 後 、 井 上 唖 々 年 つ い て 、 慶 応 義 塾 当 局 の 非 難 や 干 渉 が 強 ま る 。 三 十 四 歳 ら と 雑 誌 「 文 明 」 を 創 刊 。 同 月 十 八 日 夕 、 雨 声 会 に 出 席 。 同 月 、 大 正 ニ 年 ( 一 九 一 lll) や た て 一 月 二 日 、 父 久 一 郎 が 死 去 。 満 六 十 歳 。 一 一 月 、 こ れ を 機 会 に 妻 ヨ ネ 「 け ふ こ の ご ろ 」 ( 後 「 矢 立 の ち び 筆 」 ) 、 四 、 五 、 六 月 、 「 矢 は ず ぐ 三 、 四 さ 」 、 八 月 よ り 大 正 六 年 十 月 ま で 「 腕 く ら べ 」 等 を 次 々 に 「 文 明 」 に と 離 婚 し 、 巴 家 八 重 次 を 四 谷 荒 木 町 に 囲 い 外 妾 と し た 。 一 、 し ゆ く あ

現代日本の文学 Ⅱ― 2 永井 荷風 集


岩 波 書 店 版 「 荷 風 全 集 」 を 底 本 に し て 、 新 字 体 、 新 か な づ か い に 改 め た 。 但 し 「 罹 災 日 録 」 は 中 央 公 論 社 版 「 日 本 の 文 学 ・ 永 井 荷 風 」 所 収 の も の を 使 用 し た 。 「 飾 土 産 」 は 他 の も の を 使 用 し た 。

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あ ざ ぶ い ち べ え ち ょ う か ど う か は 知 る よ し も な い 。 た だ 、 あ と で 仲 間 の 友 人 た ち に こ の 話 を す る と 、 そ れ は き っ と 荷 風 だ ろ 、 つ 、 そ 、 つ に ち 力 い な い と い 、 つ こ と に な っ た 。 そ の 頃 、 私 た ち は 荷 風 に 熱 中 し て い た 。 い や 、 こ れ は 私 た ち だ け で は な い 。 当 時 、 荷 風 は 何 も 発 表 し て お ら ず 、 事 実 上 執 筆 禁 止 の よ う な 状 態 で あ っ た が 、 「 津 東 き だ ん 観 綺 譚 」 の 私 家 版 や 「 ふ ら ん す 物 語 」 の 初 版 は 古 本 と し て 伝 説 的 な 高 値 を 呼 ん で い た し 、 岩 波 版 の 「 澤 東 綺 譚 」 も ま だ 版 を 重 ね て 出 て い る 頃 か ら 初 版 本 は ま る で 稀 覯 野 口 冨 士 男 氏 の 「 わ が 荷 風 」 布 本 の よ う に な っ て い た 。 に よ れ ば 、 岩 波 文 庫 の 重 版 だ け で も 、 昭 和 十 五 年 七 月 ゆ き ど ' に は 訳 詩 集 「 珊 瑚 集 」 一 一 千 部 、 短 篇 集 「 雪 鯏 」 が 二 千 ざ さ 部 、 同 年 八 月 に は 「 お か め 笹 」 三 千 部 、 「 腕 く ら べ 」 三 千 部 、 十 月 に は 「 腕 く ら べ 」 五 千 部 、 「 お か め 笹 」 八 千 部 、 「 雪 解 」 六 千 部 。 そ し て 翌 十 六 年 の 二 月 に は 、 ま た 「 雪 解 」 が 六 千 部 、 三 月 に は 「 珊 瑚 集 」 が 六 千 部 、 七 月 に は 「 腕 く ら べ 」 が 七 千 五 百 部 、 と い っ た 状 態 で あ る 。 前 同 し 頃 、 中 央 公 論 、 弘 文 堂 、 岩 波 書 店 の 三 社 か ら 個 人 木 全 集 出 版 の 申 し 込 み も う け て い る 。 こ れ な ど に も 、 当 時 の 永 井 荷 風 の 人 気 が 異 常 な は ど 高 か っ た こ と が わ か る だ ろ 、 つ 。 こ の 荷 風 の 人 気 は 、 逆 に そ の 頃 の 私 た ち の 生 活 が い か に 味 け な く 、 言 論 思 想 統 制 下 の 小 説 だ の 戯 曲 だ の が

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四 十 一 一 歳 発 表 。 こ の 年 五 月 は じ め 、 旅 籠 町 の 住 居 を 引 き 払 っ て 、 大 久 保 余 丁 大 正 十 年 ( 一 九 二 一 ) よ る の あ み た れ と し ら う お 町 本 邸 に 帰 り 、 玄 関 の 六 畳 を 断 腸 亭 ど 命 名 、 そ こ に 起 居 す る 。 九 一 月 、 「 夜 網 誰 白 魚 」 ( 戯 曲 ) を 左 団 次 の た め に 執 筆 ( 三 月 、 明 治 座 で 上 演 ) 。 三 月 、 「 雨 瀟 瀟 」 を 「 新 小 説 」 に 発 表 し 、 七 月 、 「 三 柏 葉 樹 月 、 再 び 浅 草 旅 籠 町 に 住 ん だ が 、 一 か 月 余 り で 余 丁 町 に 帰 っ た 。 大 正 六 年 ( 一 九 一 七 ) = 八 歳 頭 夜 嵐 」 ( 戯 曲 集 ) を 春 陽 堂 か ら 刊 行 。 ぎ つ ね 四 十 三 歳 大 正 十 一 年 ( 一 九 一 一 一 l) 一 月 、 「 懸 想 狐 」 ( 戯 曲 、 後 に 「 旅 姿 思 掛 稲 」 ) 、 一 一 月 、 「 初 硯 」 、 五 月 、 「 飛 花 落 葉 」 ( 後 「 草 」 ) 等 を 「 文 明 」 に 発 表 。 九 月 、 木 挽 町 九 丁 目 一 一 月 、 「 早 春 」 ( 戯 曲 ) を 「 明 星 」 に 掲 載 、 三 月 、 「 秋 の わ か れ 」 ( 戯 む よ う あ ん に 住 み 、 家 を 無 用 庵 と 名 づ け る 。 十 一 一 月 、 「 腕 く ら べ 」 を 私 家 版 五 曲 集 ) を 春 陽 堂 よ り 刊 行 。 三 、 四 月 、 「 雪 解 」 、 五 月 、 「 春 雨 の 夜 」 を 十 部 限 定 と し て 印 刷 、 知 友 に 配 る ( 日 付 は 「 十 一 一 月 排 印 」 、 実 際 は 「 明 星 」 に 掲 載 、 六 月 よ り 大 正 十 一 一 年 一 月 ま で コ 一 人 妻 」 を 「 明 星 」 に 連 載 。 七 月 、 「 雨 瀟 瀟 」 を 春 陽 堂 よ り 刊 行 。 九 月 末 か ら 十 月 初 め 、 大 七 ・ 一 の こ と ) 。 こ の 月 、 籾 山 庭 後 と 意 見 の 相 違 が 決 定 的 と な り 、 市 川 左 団 次 一 行 と と も に 京 都 へ 行 く 。 十 一 一 月 、 「 隠 居 の こ ご と し ( 後 「 文 明 」 よ り 手 を 引 く 。 三 十 九 歳 「 隠 居 の こ ゞ と 」 ) を 「 明 星 ー に 発 表 。 ぎ つ 大 正 七 年 ( 冖 仇 一 八 ) 四 十 四 歳 一 月 、 「 お か め 笹 , ( 一 ー 九 ) を 「 中 央 公 論 , に 発 表 し 、 「 断 腸 亭 雑 大 正 十 ニ 年 ( 一 九 一 llll) こ う 稾 」 を 籾 山 書 店 か ら 刊 行 。 一 一 月 、 「 腕 く ら べ 」 ( 十 里 香 館 刊 ・ 新 橋 堂 三 月 よ り 大 正 十 三 年 一 月 ま で 「 耳 無 ( 後 「 隠 居 の こ ゞ と 」 に 統 一 さ れ る ) を 「 女 性 」 に 掲 載 、 六 月 、 「 一 一 人 妻 」 を 東 光 閣 よ り 刊 行 。 発 売 ) を 市 販 し 、 三 月 、 「 書 か で も の 記 」 ( 後 「 花 月 」 大 七 ・ 五 、 六 、 十 ) を 「 三 田 文 学 」 に 掲 載 。 五 月 、 井 上 唖 々 ・ 久 米 秀 治 ら と 雑 誌 「 花 同 月 、 「 寐 顔 」 を 「 女 性 」 に 発 表 。 九 月 一 日 、 関 東 大 震 災 に あ う が 、 お ・ つ か い 月 ー を 創 刊 、 同 月 よ り 十 一 月 ま で 「 お か め 笹 」 続 稿 を 掲 載 。 七 月 、 偏 奇 館 被 害 な し 。 十 月 、 「 梅 雨 晴 」 を 「 女 性 」 に 発 表 。 こ の 年 、 外 ち ん ざ ん . わ し づ 、 ど う ば ・ 、 ー ) よ 「 狂 歌 を 論 ず 」 、 「 夏 ご ろ も ー ( 「 夏 ご ろ も 」 「 来 青 花 」 「 曝 書 ー に 分 立 ) 史 伝 の 刺 激 に よ り 、 大 沼 枕 山 、 鷲 津 毅 堂 ら の 事 跡 に 興 趣 を 持 ち 、 史 等 を 「 花 月 」 に 発 表 。 十 一 月 「 花 月 ー を 廃 刊 ( 雑 誌 は 十 一 一 月 ま で ) 。 料 探 究 は じ ま る 。 四 十 五 歳 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) 十 一 一 月 、 余 丁 町 の 邸 宅 を 売 り 、 築 地 一 一 丁 目 三 十 番 地 に 移 る 。 一 月 、 「 十 日 の 菊 」 、 一 一 月 よ り 七 月 ま で 「 下 谷 の は な し 」 ( 後 「 下 谷 叢 春 陽 堂 元 版 「 荷 風 全 集 」 の 配 本 開 始 ( 全 六 巻 、 大 一 〇 ・ 七 完 結 ) 。 わ い だ ん 四 十 歳 話 」 ) を 「 女 性 ー に 、 四 、 五 月 、 「 猥 談 」 ( 後 「 桑 中 喜 語 」 ) を 「 苦 楽 」 大 正 八 年 ( 一 九 一 九 ) ー へ ん あ ぎ ぶ ぎ つ 、 十 一 一 月 、 「 花 火 」 を 「 改 造 」 に 発 表 。 こ の 年 、 玄 文 社 「 新 演 芸 」 の に 発 表 。 九 月 、 「 麻 布 襍 記 」 を 春 陽 堂 よ り 刊 行 。 十 一 月 、 「 机 辺 の 記 」 ( 後 「 几 辺 の 記 」 ) を 「 女 性 ー に 掲 載 。 芝 居 合 評 会 の 常 連 と し て 勤 勉 に 出 席 す る 。 四 十 六 歳 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 四 十 一 歳 大 正 九 年 ( 一 九 一 一 〇 ) び よ う が 一 月 、 感 冒 に よ り 三 月 ま で 病 臥 。 三 月 、 「 江 戸 芸 術 論 」 、 四 月 、 「 お か 一 月 、 「 七 月 九 日 の 記 」 を 「 女 性 」 に 、 一 一 月 、 「 葷 菴 漫 筆 ー ( 後 「 葷 斎 め 笹 」 を 春 陽 堂 よ り 刊 行 。 四 月 、 「 小 説 作 法 , を 「 新 小 説 」 に 発 表 。 漫 筆 」 ) を 「 苦 楽 」 ( 以 後 は 「 女 性 」 の 同 年 四 月 よ り 十 月 ま で 連 載 。 あ ざ ぶ い ち ペ え 五 月 、 麻 布 市 兵 衛 町 一 丁 目 六 番 地 に 偏 奇 館 を 完 成 、 こ れ に 移 居 す る 。 六 月 、 春 陽 堂 重 印 「 荷 風 全 集 」 ( 第 五 巻 ) を 配 本 開 始 ( 全 六 巻 、 昭 だ ん ち ょ う て 、 へ ん 、 か ん こ び わ ね が お く ん あ ん い ん 、 よ く ん さ い そ う