中宮 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ばしめされたるかひもなく』など、あまた言ひつる。語り聞かせたてまつれと一私 ( 左中将 ) があなたに話して お聞かせ申しあげよというわけな ろだい なンめりかし。まゐりて見たまへ。あはれげなる所のさまかな。露台の前に植のでしようよ。 子 ニ「露台」は屋根のない台。白楽 から ばうたん く一′っ 草ゑられたりける牡丹の、唐めきをかしき事」などのたまふ。「いさ、人のにく天の「秋牡丹ノ叢ニ題ス」とした 「晩叢白露ノ夕、衰葉涼風ノ朝 : 枕 の詩によるとみる考えもある。 しと思ひたりしかば。また聞きにくくはべりしかば」といらへきこゅ。「おい 三私をにくく思っているという うわさを聞いて不愉快でございま らかにも」とて笑ひたまふ。 したから。 げにいかならむと思ひまゐらする御けしきにはあらで、候ふ人たちの、「左四おっとりと構えていらっしゃ 一説、おっとりしていますね。 かた 五いかにも中宮様がどうお思い ノ大殿の方の人知る筋にてあり」などささめき、さしつどひて物など言ふに、 かと懸念しなくてはならないよう なそんな御けしきではなくて。一 しもよりまゐるを見ては言ひやみ、放ち立てたるさまに、見ならはずにくけれ 説「思ひまゐらする」で切り、「御 ば、「まゐれーなどあるたびたびの仰せをも過ぐして、げに久しうなりにけるけしき」を御勘気とする。 六道長。長徳二年 ( 究六 ) 七月二 十日左大臣。道長側の人と知合筋 を、宮のへんには、ただあなたかなたになして、そら言なども出で来べし。 だ。作者への中傷。 ごと 例ならず仰せ言などもなくて、日ごろになれば、、い細くてうちながむるはどセのけものにし独りばっちにさ せておくようなありさまで。 おまへ ふみも ^ 中宮様のおそばあたり。 に、をさめ文を持て来たり。「御前より左京の君して、しのびて給はせたりつ 九敵、味方に分れたものにして。 ごと おさめ る」と言ひて、ここにてさへひきしのぶもあまりなり。人づての仰せ言にはあ一 0 長女。雑用をする下女の長。 = 中宮付き女房。伝不詳。 やまぶき らぬなンめりと、胸つぶれてあけたれば、紙には物も書かせたまはず、山吹の三人を介しての仰せ言ではなく まへ 六

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文八八ハー ) あかっき つばね おおきみ 暁には、早く局に下がろうなどと、自然急がれること 上に献上させたのだったが、「ともあきらの王」と書いて かずらき であるよ。中宮様が、「葛城の神だって、もうちょっとい あったのを、たいへんおもしろがりあそばされたのだった。 なさい」などと仰せになるので、「なんとかしてはすかい ふ 一八二宮にはじめてまゐりたるころ にでも御覧あそばすように」と思って、臥す姿勢でいるか とのもりづかさにようかん み・うし ′ ) てん ら、お部屋の御格子もお上げしない。主殿司の女官が参上 中宮様の御殿にはじめて参上したころ、何かと恥ずかし して、「これをお上げになってくださいまし」と一 = ロうのを、 いことが数知らずあって、涙も落ちてしまいそうなので、 よる みきちょう 毎日、夜出仕して、中宮様のおそばの三尺の御几帳の後ろ女房が聞いて上げるのを、「そうするな」と仰せになるの で、女官は笑って帰って行った。中宮様が何かとおたずね にひかえていると、中宮様は絵などをお取り出しになって になったり、仰せになったりするうちに、長い時間がた お見せあそばしてくださるのさえ、それに手も出せそうに もなく、わたしはむやみと困惑した気持でいる。「この絵てしまったので、中宮様は、「局へ下がってしまいたくな ってしまっているのだろう。では、早くお下がり」と言っ はこうこうだ、あの絵はかくかくだ」などと仰せになるの とも、しび - たかっき に、高坏におともし申しあげている御灯火なので、髪の筋て、「夜になったら早く来るように」と仰せになることよ。 しつ・一う わたしが膝行して、御前から隠れて局に退出するやいな なども、かえって昼よりははっきり見えて恥ずかしいけれ むぞうさ そで がまん や、局の格子を無造作に上げたところ、雪がたいへんおも ど、我慢して見などする。ひどく冷えるころなので、袖か しろい。「今日は、昼ごろ参上せよ。雪空で曇ってまる見 段らお出しあそばしていらっしやる御手がちらっと見えるの うすこうばい えでもあるまい」などと、中宮様が、たびたびお召しにな が、たいへんつやつやとしている薄紅梅色であるのは、こ あるじ のうえもなくすばらしくていらっしやると、こうした世界るので、この局の主の女房も、「そうばかり引きこもって 第 いらっしやろうとするのですか。あっけないほど簡単に、 を見知らない民間の人間の気持では、「どうしてかしら。 かた 町こうした方が、世にいらっしやったのだった」と、自然は御前に伺うことを許されたのは、中宮様にはそうお思いあ そばすわけがあるのでしよう。人の好意にそむくのはにく っとした気持になるまで、お見つめ申しあげる。

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文一五五ハー ) ついて人が言うことは、決してうそではない。それを拝見う少し明るくあらわであるのに、大納言様は、たいへんど したがさねきょ したあとでは、髪の毛の悪かろう人も、それにきっとかこ っしりとしていておうつくしげで、御下襲の裾がたいへん すだれ つけるであろう。あきれるほどおごそかにお立派で、やは長く、あたり狭しといった様子で、車の簾を引き上げて、 りどうしてこうした中宮様のようなお方に親しくお仕え申「早く」とおっしやる。かもじを入れて整えてあるわたし からぎめ しあげるのだろうと、わが身ももったいないと感じられる の髪も、唐衣の中でふくらんで、妙なかっこうになってし ので、御輿が前をお通り過ぎあそばす間、わたしたちの車まっているであろう、その髪の色の黒さ赤さまで見分けら ながえ の、榻にいっせいに轅をおろしてあった、それにまた牛どれてしまうに違いないほどの明るさであるのが、とてもや ーをーー - し、刀ナ′ . し もをかけて、中宮様の御輿の後ろにつづいて行く気持の、 りきれない感じなので、急にも降りるわナこま、 すばらしく興味のある様子は、言いようもない 「先に、後ろに乗っている人からこそ」などと言っている とう だいもん 積善寺にお着きあそばしたところが、大門のそばで、唐時に、その人もわたしと同じ気持なのであろうか、大納言 しよう こまいぬおど つづみ もったいのう 楽を奏して、獅子や狛犬が踊り舞い、笙の音や鼓の声に、 様に、「後ろへお離れあそばしてください じようき 上気して何もわからなくなってしまう。これま、、 ございます」などと言う。大納言様は「恥すかしがりなさ どこの仏の御国などに来てしまったのだったのかしらと思 るね」と笑って、お立ち離れなさった。やっとのことで降 われるほど、楽の音は空に響きのばるように感じられる。 りたところ、近寄っていらっしやって、「『むねたかなどに あげばり 門内に入ってしまうと、いろいろな色の錦の幄に、御簾を見せないで、隠して降ろせ』と中宮がおっしやるので、こ へいまん 段 たいへん青々と掛けわたし、屏幔などを引きまわしている うしてやって来ているのに、察しの悪いことだ」とおっし 様子は、すべて全くこの世のこととは感じられない。中宮 やって、わたしを引き降ろして、連れて中宮様の所に参上 さじき 第 様の御桟敷に車を差し寄せたところが、またこの御きよう なさる。「中宮様が大納一言様にそのようにきっと申しあげ あそばしているのであろう」と思うことが、もったいない 幻だいの殿方がお立ちになって、「早く降りよ」とおっしゃ る。乗った所でさえすでにそうだったのに、ここでは、も 中宮様の御前に参上すると、はじめに車から降りた女房 がく

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てお召しなのを聞きつけている気持、何かにぶつかるほど うな様子で伺候していることでしたよ。御簾のそばのあい しもつぼね 2 に大騒ぎするのも、とても気違いじみていて、下局にいる ている所からのぞき込んだところ、八、九人ほど座って、 きくちば せいりようでん しおんはぎ 女房たちがあわてて清涼殿に参上する様子こそ、何ともま黄朽葉の唐衣、薄紫色の裳、紫苑や萩など、うつくしく装 子 てんじようびと あ : : : 。人の従者や殿上人などが見ていようのも知らずに、 って並んで座っていたことでしたよ。中宮様の御前の草が 草 も とても高く茂っているので、わたしが『どうして、これは 裳を頭にかぶって参上するのをみなが笑うのも、道理であ る。 茂っているのですか。かき払わせればよろしいのに』と言 ったところ、『露を置かせて御覧あそばそうとて、わざわ さいしよう 一四六故殿などおはしまさで、世ノ中に事出 ざ』と、宰相の君の声で応答したのです。おもしろく感じ おんさとず で来 たことですよ。『あの方の御里住みは、とても情けないこ かんばくどの 故関白殿などがおいでにならないで、世の中に事件が起とです。こうした所にお住いあそばされよう折には、たと り、物騒がしくなって、中宮様はまた宮中にもお入りあそ い自分に非常に大事なことがあるとしても、必ず伺候すべ こいちじよう ばされず、小一条という所ーーー中宮様がおいでになるのだ きものと中宮様がお思いでいらっしやるかいもなく』など と、女房たちは大勢で言いました。わたしがそのことをあ そこは何ということもなくいやな気分だったので、 わたしは長い間里にじっとしていた。でも、中宮様の御前 なたに話してお聞かせ申しあげよというわけなのでしよう しみじみと のあたりが気がかりで、やはりこうしていることができそ よ。参上して御殿の様子を見てごらんなさい。 うもなかったのだった。 した感じに見える場所の様子ですよ。露台の前に植えられ きよう ばたん から 左中将がおいでになって物語をなさる。「今日は、中宮 ていた牡丹の、唐めいておもしろいこと」などとおっしゃ ′ ) てん の御殿に参上したところ、たいへん何となくしんみりとし る。「さあどうですか、人がわたしをに . くらしいと思って からめ いたので。わたしもまたそれが聞きづろうございましたの た感じがしてしまいました。女房の装束は、裳や唐衣など が季節に合って、たるむようなこともなくきちんとけっこ でーと御応答申しあげる。「おっとりとまあ構えていらっ ( 原文五三ハー )

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 312 もない。 りぬべきかな もしも届け場所をまちがえて持って来などしたの ( 口に出して申しあげるのも恐れ多い「神」ー御下賜の であるのなら、自然とまたきっと言いに来ることだろう。 「紙」のおかげによりまして、鶴のように千年も生きられそ中宮様のあたりに内情を問いに人を参上させたいけれど、 うでございますよ ) やはりだれがいいかげんにこうしたことはするだろうか ) 一んじよう おおげさ あまり大袈裟でございましようかと言上なさってくださ中宮様の御命令なのだろうと、ひどくおもしろい だいばんどころぞうし い」と書いて、差しあげた。台盤所の雑仕を御使いとして 二日ばかり、これについて何の音沙汰もないので、疑い さきよう・ ひとえ 御便りが来ているのだ。禄として青い単衣などを与えて。 もなくて、中宮様からの御品だと思って、左京の君のもと そうし ほんとうに、この紙を、草子に作って騒いでいると、わ に、「こうこうい , っことがあるのです。そうしたことにつ ずらわしいこともまぎれるような気持がして、おもしろく いてそれらしい様子を御覧になりましたか。こっそりそち 心の中も感じられる。 らの様子をわたしにおっしやってくださって、もしそうし 二日ほどたって、赤い着物を着た男が、畳を持って来て、 たことが見えないのなら、わたくしがこうあなたにお話し 「これを」と言う。「あれはだれだ。無遠慮なこと」などと、 申しあげたとも、どうか他人にはお洩らしにならないでく 取っつき悪く言うので、男は畳を置いて立ち去る。「どこ ださい」と言いに、使いを送ったところ、返事に「中宮様 からなのか」とたずねると、「帰ってしまいました」と言 がひどくお隠しあそばされたことなのです。決して決して ごぎ って、取り入れたところ、特別に , 御座という畳のようになわたしがこうあなたに申しあげたと、あとでもおっしやら こうらいべり っていて、高麗縁などがきれいだ。心の中では、中宮様で ないで」とあるので、やはりそうだったよと、思ったとお 。オしかと田む , つので・ーーーしかしやはりはっきりしないから りで、おもしろくて、手紙を書いて、またひそかに中宮様 - 一うらん さが 人々を出して探させたところ、その使いの男は消え失の御前の高欄に置かせたところが、その手紙は、使いの者 があわててまごまごしていたうちに、そのまま下にかき落 せてしまったのだった。妙なことだといぶかしがって笑う みはし けれど、使いの男がいないのだから、言ってもどうしよう して、御階の下に落ちてしまったのだった。

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

谷ッ 一 0 ・ 0X00 0 一 0- 0 ( 0 本書一三八段に相当する。中 ~ 呂定 子は、長徳元年 ( 発五 ) 九月十日故 関白道隆供養の法会を職の御曹司 において行われた。ここは供養の 後の酒宴の場面である全体はは ェックス ば x 形に区切られ明央な構図とい えよう。裳・唐衣姿で控える女房 たちに向い、束帯姿の四人の殿上 人が居並んでいる。酒杯を手にし た殿上人の前には、職の武官と思 われる人物が、片ロの銚子を持っ て対するのも見える左上の屏風 で囲われた部分が中宮の御座所で あろ、つか、そこに中宮の姿はな 中宮は障子を開いて左端の女 房の方にわすかに顔をのぞかせて

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 322 しやる中宮様の御様子は、たいへん明るく晴れ晴れしてい たちが、見物できそうな端の所に、八人ほど出てちゃんと きわだ なげし 座っていたのだった。一尺余り、二尺ぐらいの高さの長押るこんな場所では、ふだんよりもう少し際立ってお立派で、 ひたいがみ の上に、中宮様はおいであそばす。大納一言様が「私が立っ御額髪をお上げあそばしていらっしやったのだった釵子の みぐし ために、御分け目の御髪が、少し片寄ってくつきりとお見 て隠して、連れて参上いたしました」と申しあげなさると、 きちょう えあそばしていらっしやるのなどまでが : 。三尺の御几 中宮様は、「どうだったか」とおっしやって、几帳のこち いっそう からめ ら側にお出あそばしていらっしやる。まだ御唐衣もお召し帳一双をたがいちがいに立てて、こちらの女房たちの座と き↓っト - 、つ よこながヘり くれない になったままでおいであそばすのが、すばらしい。紅の御の隔てにして、その几帳の後ろには、畳一枚を横長に縁を なげし からあややなぎがさねうちきえび うちぎめ 打衣が並一通りであろうか。中に唐綾の柳襲の御袿、葡萄出して、長押の上に敷いて、中納言の君というのは、関白 うひょうえかみただきみ じずり うわぎ ぞめ いっえ 染の五重がさねの御表着に、赤色の御唐衣、地摺の唐の薄様の御叔父の右兵衛の督忠君と申しあげたお方の御娘、宰 しよう とみのこうじ おんも ぞうがん 絹に象眼を重ねてある御裳などをお召しになっている。そ相の君というのは、富小路の左大臣様の御孫、それらの二 うしたお召物の色は、全くすべてそれに似るべき様子のも人の女房が、長押の上に座って、お見えになっていらっし やる。中宮様はあたりをお見わたしあそばされて、「宰相 のはない てんじようびと はあちらで座って、殿上人の仲間の座っている所を、行っ 「わたしをどう見るか」と中宮様は仰せになる。「すばら て見よ」と仰せになるので、宰相の君は、それと察して、 しゅうございました」などとも、言葉に出しては、世間あ 「ここで三人、きっととてもよく見られますでございまし りきたりである。「長いこと待ったのかしら。そのわけは、 だいぶ によういん よう」と申しあげると、中宮様は「それでは」とおっしゃ 大夫が、女院の御供の折に着て、人に一度見られてしまっ したがさね って、わたしを長押の上にお召し寄せあそばすので、長押 たその同じ下襲のままで中宮の御供にいようのは、よくな う ひとり の下に座っている女房たちは、一人が「殿上を許される内 いと人がきっと思うだろうとて、ほかの下襲をお縫わせに どねり なったその間、おそくなったのだった。ひどく風流心がお舎人がいるようだ」と笑うと、また一人が「コソアラセム と思っていることよ」と一一 = ロうと、さらにもう一人が「ムマ ありなことよ」とおっしやって、お笑いあそばしていらっ けんぶつ さいし ふた

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

ことばについて、仮に会話文に限って考えてみても、現代 語のように主として語尾の、たとえば「だよ」 ( 男性 ) 「よ」 ( 女性 ) 、といった男女差はかならずしも明瞭ではなく、む しろ「語彙」の「かたより」としてしか把握しにくいため に実態はさほど明らかではない。清少納言は、この点につ いて言えば、 ・をと - こをんな ことことなるもの法師のことば。男女のことば。下 す 衆のことまこ、、 し。力ならす文字あましたる。 ( 本書など能 因本 4 段。三巻本「おなじことなれどきき耳ことなるもの」 ) 永井和子 と記し、男性女性の言語表現の差に対する数少ない言及者 中宮定子のことばは会話文として『枕草子』の中にしばである。これとても具体的に語彙・語法なのか、聴覚的な 5 しば記されている。中宮の、女房に対する発言部分は、い ことか、よくわからないのではあるけれど、少なくとも差 ったい現在のことばにどのように訳したら一番よいのであがあることを認めていたと考えることはさしつかえなかろ ろうか。言い換えれば、中宮という高い位にある年若い女う。 性として、仕えるものに対する、如何なることばが現代語 中宮は公的に言えば絶対的に身分の高い方である。それ に存在し得るだろうか、という素朴な疑問を私は抱いてい は単に外的な位として他から与えられた后としての高貴さ る。 や権威ばかりではなく、定子という人間自体が自立して持 りん 平安時代のいわゆる女性語についてはさまざまの論があっ凜とした品位でもあった。それと共に、一人の年若い女 るところである。女流文学の言語表現自体がある限定され性としては、誠に頭の回転の早い知的な面と、細やかなや た社会の女性のことばであるし、個々の作品はまたそれなさしさと、茶目っ気とを併せ持つ、生き生きとした方であ りのことばの世界を持つ。作品内部に記された男性女性のったらしい 走井餅老舗 ( 一の鳥居前 -0 ー九八一ー 0 一五四 ) 大津の走井餅か ら分家した店。走井餅、抹茶、アイスクリームなど。 鳩茶屋 ( 三の鳥居近く ) 文久年間創業。そば、うどんなどの 軽食がある。 中宮様のことば

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

「雲の上も暮らしかねける春の日を所がらともながめ というふうに見えたことだった。 けるかな そのころ、また、同じ物忌をするために、そうした所に ( 中宮様が、雲の上でもお暮しかねあそばしたのだった春の 退出していたところが、二日目という日の昼ごろ、ひどく しょざい わたくし 日を、私は、私の今居りますさびしい場所のせいで暮しかね 所在なさがつのってきて、たった今にも参上してしまいた るのだと思って物思いにふけっていたことでございました いような気持がする、ちょうどその時だったものだから、 よ ) たいへんうれしくて、それを見る。それは浅緑色の紙に、 こんや さいーに画う おおごと 私信として申しあげることは、今夜のうちにも、ひょっと 宰相の君が、中宮様の仰せ言を、とても筆跡うつくしくお したら少将になろうとすることでございましようか」と宰 書きになうていらっしやる。 「いかにして過ぎにし方を過ごしけむ暮らしわづらふ相の君に御返事の手紙を書いて、夜明け方に参上したとこ きのふけふ ろが、中宮様が「昨日の返歌の、『暮らしかねける』は、 昨日今日かな ひどい。たいへんにくらしい。ひどくみなが悪口を言っ ( いったいどういうふうにして過去の月日を過して来たので あろう。そなたが退出してから、日を暮すのに苦労する昨日 た」と仰せになるのが、とても情けなく、ほんとうに、そ , つい , っこともあろ , つ。 今日であるよ ) ししん と、中宮様はおっしゃいます。私信として申しあげること 二八一清水に籠りたるころ 段は、今日一日がすでに千年を過す気持がするので、この明 ひぐらし きよみずこも 清水に籠っているころ、蜩が盛んに鳴くのを、しみじみ け方には、早く参内なさるように」とある。この宰相の君 と身にしみて聞く折に、中宮様からわざわざ御使いをもっ のおっしやろうことさえおもしろいはずなのに、まして中 第 宮様の仰せ言の様子では、おろそかにはできない気持がすて仰せあそばされていたそのお手紙は、唐の紙の赤らんで そうがな いるのに、草仮名で、 3 るけれど、申しあげようことは頭に浮んでこないのこそ情 いりあひ けないことだ。 「山近き入相のかねの声ごとに恋ふる心のかすは知る さんだい から

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

175 第 279 ~ 280 段 とだ、の趣。『千載集』にも見える。 さかしらに柳のまゆのひろごりて春のおもてを伏する宿かな 一六と、中宮様はおっしゃいます。 宅私信 ( 公信に対する ) としては。 とこそ見えしか 宰相の君の言。 そのころ、また、同じ物忌しに、さやうの所に出でたるに、二日といふ昼っ一 ^ 「暮るるまは千年を過ぐすこ こちして待つはまことに久しかり けり」 ( 後拾遺・恋一一藤原隆方 ) に カオいとどっれづれまさりて、ただいまもまゐりぬべき心地するほどにしも 類した発想。 一いしゃう あさみどり 一九宰相の君。 あれば、し 、とうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君いとをかしく書きたまへ ニ 0 うまいご返事が浮んでこない のこそ情けないことだ。下文にこ の歌が中宮の気に入らなかったこ とが見える。 ニ一「雲の上」は中宮のおられる内 あかっき 裏をさす。「所がらとも」は自分の となむ。わたくしには、今日しも千年の心地するを、暁にだにとく」とあり。 いる寂しい場所のせいと思って。 ごと 一九 この君ののたまはむだにをかしかるべきを、まして仰せ言のさまには、おろか一三作者から宰相の君への私信。 ニ三何の少将か不明。一説に小町 のもとへ通う深草少将というが後 ならぬ心地すれど、啓せむ事はおばえぬこそ。 世の説話と考えられるので従えな ニ四中宮の歌をそのまま受けとめ あかっき わたくしには、今宵のほども、少将にゃなりはべらむずらむ」とて、暁にまゐて、中宮が暮しかねていらっしゃ るのだった、と詠んだのが、少納 きのふ りたれば、「昨日の返し、暮らしかねけるこそ。いとにくし。いみじうそしり言の自信過剰でひどすぎる、の意 とみる。 一宝下に「あらむ」など省略。 き」と仰せらるる、いとわびし , つ、まことにさる事も。 「雲の上も暮らしかねける春の日を所がらともながめけるかな こよひ きのふけふ 「いかにして過ぎにし方を過ごしけむ暮らしわづらふ昨日今日かな ちとせ ニ四 ここち