中将 - みる会図書館


検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
57件見つかりました。

1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 272 に、夜も寝ていると、古い建物なので、むかでという物が、れないでそれを心得て応答するのは、おもしろいことであ 一日中落ちかかってきたり、蜂の巣の大きくて、それに蜂るその中でも、女房などこそはそのような物忘れはしない ものだけれど、男はそうでもない。自分が詠んだ歌をさえ がくつついて集っているのなどが、なんともひどく恐ろし てんじようびと いいかげんに覚えているのが普通なのに、斉信の君の物覚 、。殿上人が毎日参上し、夜もここに座ったままで明かし、 えのいい御返事はほんとうにおもしろい。御簾の中にいる わたしたち女房と話をするのを聞いて、「秋ばかりにや、 ぎん だいじゃうくわん 太政官の地の、今やカヰにならむ事を」と声に出して吟女房たちも、外にいる男がたも、何のことか意味がわから し・よう・ ないと思っているのこそ、もっともなことであるよ。 誦していた人こそおもしろかった。 てん ほそどの というのは、この三月の三十日、細殿の第一の戸口に殿 秋になっているけれど、秋のくるという片方の道も涼し じようびと くはない風の、場所柄で、ここはあるようである。それで上人がたくさん立っていたのだが、だんだん静かに退出し とう くろうど もやはり、虫の声などは聞えている。八日に中宮様はお帰などして、ただ頭の中将、源中将、それに六位の蔵人一人 たなばたまつり が残って、いろいろの事を話し、経を読み歌をうたいなど りあそばされたので、七夕祭などの催しで、いつもよりは するのに、「夜もすっかり明けてしまったようだ。帰ろう」 庭が近く見えるのは、場所が狭いからなのであるようだ。 わか と言って、「露は別れの涙なるべし」ということを、頭の げん 一六六宰相中将斉信、宣方の中将と 中将が吟じ出しなさっているので、源中将も一緒に、とて ぎんしよう たなばた さいしよう ただのぶ のぶかた もおもしろく吟誦している時に、「気の早い七夕ですこと」 宰相の中将斉信が、宣方の中将と参上していらっしやる あかっき とわたしが言うのを、ひどくくやしがって、「暁の別れと ので、女房たちが端に出てお話などしている時に、わたし おもむき がだしぬけに、「あしたはどのような詩を」と言うと、斉 いった趣が、ふっと頭に浮んできてしまったままに言って、 みじめなことになったな」と、「万事このあたりでは、こ 信の君は少し思案して、つかえることもなく、「『人間の四 うしたことをよく気をつけないで言うのは、くやしい目に 月』をこそ吟じよう」と応答なさっているのは、とてもお としつき もしろかったことよ。年月の過ぎたことであるけれど、忘あいますね」などと言って、あたりがあまり明るくなって ( 原文七三ハー ) はち げん

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

かずらき しまったので、「葛城の神は、今はお手あげだ」と言って、 ほど、なるほど」と笑うのは、上等とはいえない。 逃げておいでになってしまったのだが、七夕の折に、この 人と話をすることを、碁にたとえて、親しく話し込みな ことを言い出したいものだと思ったけれど、「斉信様も参どしたのは、「置き手を許してしまったのだった」「けちを 議におなりになったので、必ずしもどうして、ちょうどう さしてしまった」などと言い、男の側からは、「手を受け まくその七夕びったりの時に見つけなどしようか。手紙を よう」などということを、他人には知らせないで、この斉 とのもづかさ なん 書いて、主殿司などに託して届けよう」などと思ったころ信の君とお互いに心得て言うのを、「いったい何のことだ、 に、ちょうど七日に参上なさっていたので、うれしくて、 何のことだ」と源中将はわたしにくつついてたすねるけれ ど、わたしが言わないので、源中将は斉信の君に、「やは 「もしあの夜のことなどを言い出すなら、具合が悪いこと ふたり りこのわけをおっしゃい」とお恨みになって、お二人は仲 には、きっとお気づきになる。何ということもなしにふい と言ったならば、『いったい何のことだ』などと首をおか がよい間柄なので聞かせてしまったのだった。 しげになるだろう。そうしたらそれに応じて、あの時にあ とてもあっけなく、話をする間もなく近しくなってしま くず ったことを言おう」と思っているのに、少しもまごっかずったのは、「石を崩すあたりまで行っている」などと言う におあしらいになっていたので、ほんとうにひどくおもし のに、源中将は自分もわかってしまったのだと、いっか早 く知らせたいものだというわけで、わざわざわたしを呼び ろかった。何か月もいっその時が来るか早く来てほしいと 思っていたのでさえ、自分の心ながら物好きだと感じられ出して、「碁盤はございますか。わたしも碁を打とうと思 段 うのはどうでしよう。『手はお許しになる』でしようか たのに、どうしてそんなに、とはいえ、予期していたかの とう ようにおっしやったのだろう。あの時一緒にくやしがって碁は頭の中将と『同等』なのです。どうかわけ隔てをなさ 第 らないでください」と言うので、「だれにでもそんなこと 言った中将は、まるで気がっきもしないで座っているのに、 ばかりしていたら、『定め』がないことになるでしようか」 「あの時の暁のことをば、とがめられているのがわからな とあしらって答えたのを、源中将があの斉信の君にお話し いのか」と宰相の中将がおっしやるのではじめて、「なる さだ

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

はねば、かの君に「なはこれのたまへ」とうらみられて、よき仲なれば聞かせ一「うらみられ」の「られ」を受身 とみれば「かの君」は源中将である け「り % が、直前に斉信を「この君」という 子 点からみて疑わしい。仮に斉信と みて「られ」は源中将に対する軽い いとあへなく、言ふほどもなく近うなりぬるをば、「おしこばちのほどぞ」 尊敬と考えておく。 など言ふに、われも知りにけると、いっしか知らせむとて、わざと呼び出でて、ニ対局が終って石を崩すこと。 終局に近づいた。 とうの 「碁盤侍りや。まろも打たむと思ふはいかが。手はゆるしたまはむや。頭中将三源中将は、実は自分も知って 六 しまったということを私に早く知 さだ らせたいと思って。 と『ひとし』なり。なおばしわきそ」と言ふに、「さのみあらば、『定め』なく 四先の碁の言葉の応用。 や」といらへしを、かの君に語りきこえければ、「うれしく言ひたる」とよろ五「同等」なのです。 六「定め」の「め」に碁の「目」をか けたもの。「定めなし」は無節操。 こびたまひし。なほ過ぎたる事忘れぬ人は、いとをかし。 九 セ「し」は自分の経験した過去に さいしゃう 宰相になりたまひしを、うへの御前にて、「詩をいとをかしう誦んじはべりついて用いる「き」の感動表現 〈斉信についての感想。 せうくわいけいこべう しを。『蕭会稽の古廟をも過ぎにし』なども、たれか言ひはべらむとする。し九宰相になると頭中将の時と異 なって清涼殿への出入りは少なく き一ぶら なる。以下は作者が天皇の御前で ばしならでも候へかし。くちをしきに」など申ししかば、いみじう笑はせたま 半ば女房との会話という形をとっ て申しあげた言葉であろう。 ひて、「さなむ言ふとて、なさじかし」など仰せられしもをかし。されど、な せうくわいナ、 一 0 「蕭会稽ノ古廟ヲ過グルヤ、 りたまひにしかば、まことにさうざうしかりしに、源中将、おとらずと思ひて、託ケテ異代ノ交ヲ締ビ : ・」 ( 和漢朗 詠集・交友 ) をさす。 さいしゃうの うへ ゅゑだちありくに、宰相中将の御上を言ひ出でて、「『いまだ三十の期におよ = 参議にならすにお仕えすれば ごばん 七 八 ず め

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

が、小さきを、奉りて、『これに綱通して給はらむ。この国にみなしはべる事 じゃうずふよう かんだちめ この句、前とのつながりが悪 なり』とて、奉りたるに、いみじからむ物の上手不用ならむ。そこらの上達部一 。これではどんなに立派な細工 子 の名人でも役に立たないことだろ よりはじめて、ありとある人『知らず』と言ふに、また行きて、『かくなむ』 草 う、の意の地の文とみる。 枕と言へば、『大きなる蟻を二つとらへて、腰にはそき糸をつけむ。また、それ = 親のところに行。て、中将は。 三「つけむは「つけよ」というべ ふと みつめ えんきよく きものの婉曲表現とみる。 がいますこし太きをつけて、あなたのロに蜜を塗りてみよ』と言ひければ、さ 四「それ」は糸。「いますこし太 き ( 糸 ) を」の意。 申して、蟻を入れたりけるに、蜜の香をかぎて、まことにいととう、穴のあな 五知恵をためしてみるようなこ つらめ のち たのロに出でにけり。さて、その糸の貫かれたるをつかはしたりける後になむ、と。 ひのもと のちのち五 日本はかしこかりけりとて、後々さる事もせギ、りける。 この中将をいみじき人におばしめして、『何事をして、いかなる位をか給は六「給はる」は中古語としては 「いただく」の意。三巻本「給ふべ つか、 ちちはは るべき』と仰せられければ、『さらに官位も給はらじ。ただ老いたる父母のか セ下文に「よろづの親 : ・」とある く失せてはべるをたづねて、都に住まする事をゆるさせたまへ』と申しければ、ので、ここは中将の親のみではな く人々の親についての許しを願っ 『いみじうやすき事』とて、ゆるされにければ、よろづの親生きてよろこぶ事ているものとみられる。 いみじかりけり。中将は、大臣になさせたまひてなむありける。 まう みやうじん さてその人の神になりたるにゃあらむ、この明神のもとへ詣でたりける人に、 おほ あり つなとほ お くらゐ 六 ^ 中将の老父。一説、中将。

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てあの人のように吟誦しないでは」などとおっしやる。 申しあげたところ、「うれしくも言ってくれた」とお喜び 「『三十の期』という所が、何から何までとても魅力的でし になったことだ。やはり過ぎ去った昔の事を忘れない人は、 た」などと言うので、いまいましがって笑って歩きまわる とてもおもしろい 子 しゅじよう のに、斉信の君が近衛の陣に着座しておいでだった折に 頭の中将が参議におなりになったのを、わたしが主上の 草 ぎんしよう 御前で、「あの方は詩をたいへんおもしろく吟誦いたしまわざわざ呼び出して、「少納言がこう言います。やはりそ せうくわいけいこべう こを教えてください」と言ったので、笑って源中将に教え したものを。『蕭会稽の古廟をも過ぎにし』などの詩も、 つばね たのだったこともわたしは知らないのに、局のそばで、ひ 他のだれが吟じようといたすことでございましようか。し どく斉信の君にうまく似せてこの詩を吟じるので、変だと ばらくの間、参議にならないで、お仕え申しあげればよい 残念ですもの」などと申しあげたところ、主上はたいへん思って、「いったいこれは、だれですか」とたずねると、 にやにやした声になって、「たいへんおもしろいことを申 お笑いあそばされて、「それではそなたがそう言うからと しあげよう。これこれしかじか、きのう陣に着座していた いって、参議にはしまいよ」などと仰せになったのもおも 時に、聞いてきて、それでわたしはここにちゃんと立って しろい。けれども、参議におなりになってしまったので、 るようです。『だれですか』と、やさしい調子でおたず ほんとうにさびしくて物足りない感じでいたところ、源中い 将が自分は斉信の君に負けないと思って、風流ぶって歩きねになっていらっしやるのだから」と言う。その、わざわ さいしトっ ざそうしてお習いになったと聞くことがおもしろいので、 まわるので、わたしが宰相の中将のおうわさを口に出して それ以来、源中将がただこの詩を吟ずる声をさえ聞くと、 言って、「『いまだ三十の期におよばず』という詩を、他の さい。しっ・ 人とは似つきもしないほどおもしろく誦んじなさる」などわたしは出て行って話などするのを、「宰相の中将のおか おが げをこうむることだ。四方に向って拝まなければならな と一言 , っと、「ど , っしてそれに負けよ , つか。きっともっと , っ ごぜん い」などと言う。局に下がっていながら「御前に伺ってい まくやろう」と言って吟誦する。「全くの下手というわけ しもづか ますなどと、下仕えの者に言わせるのに、源中将がこの でもありませんーと言うと、「情けないことだな。どうし へた このえ

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

てその木を川に投げ入れた時に、先にして流れて行く方に 細い糸をつけよう。また、糸のもう少し太いのを細い糸に みつ しるしをつけておっかわしになったところ、ほんとうにそっないで、あちらのロに蜜を塗ってみよ』と言ったので、 うなのだった。 中将は帝にそのように申しあげて、蟻を入れたところ、蜜 子 へび また、五尺ぐらいの蛇の、ただ同じようなのを、『どち の匂いをかいで、ほんとうに、とても早く、穴の向こうの 草 おす めす もろこし みかど らが、雄か、雌か』といって唐土から帝に奉った。これも 口に出てしまったのだった。そうして、その糸がおのずと また、全然知ることができない。い つものように中将が親向こうに通っているのをおっかわしになったそのあとでは ひき わかえだ の所に行って問うと、『二匹を並べて、尾の方に細い若枝じめて、日本は賢い国だということがわかったということ のちのち をさし寄せる時に、尾を動かすならそれを、雌と識別せ で、その後々は唐土の帝はそういうこともしなかったのだ だいり よ』と言ったので、そのままそれは、内裏の中でそのよう にしたところ、ほんとうに一匹は動かず、一匹は動かした 帝はこの中将をすばらしい人とお思いあそばされて、 ので、また、しるしをつけておっかわしになったのだった。 『この恩賞にはわたしはお前に、どういうことをして、ど ななまが 唐土の帝は、その後久しくたってから、七曲りにくねく んな位をお前は賜ったらよいのか』と仰せになったので、 かんつう つかさ ねと曲っている玉の、中は貫通していて、左右にロがあい 『いっこうに官も位もいただきますま い。ただ年とってい しっそう ているので、小さいのを、奉って、『これに綱を通して、 る父母がこうして失踪してどこかにおりますのを探し出し それをちょうだいしましよう。こちらの国では、みなして て、都に住わせることをお許しあそばしてくださいまし』 おりますことです』と言って、奉ったのに、これではどん と申しあげたので、『たいへんたやすいことだ』というこ さいく なに立派な細工の名人でも役に立たないことだろう。多く とで、許されたので、たくさんの親が生きて喜ぶことは非 かんだちめ の上達部をはじめとして、ありとあらゆる人が『わからな常なものだった。帝は中将をば、大臣におさせなさってい らっしやるのだった。 い』と一言うのに、中将はまた親の所に行って、『こうこう あり です』と言うと、『大きな蟻を二匹つかまえて、その腰に そういうことがあって、その後、その老父が神になって ほそ にお さが

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

129 第 235 ~ 239 段 宅参議で近衛中将を兼ねた者。 一 ^ 中将は従四位下であるが特に 二三六君達は 三位となったもの。 ニ七 一九東宮坊の定員外の長官。 とうぐうのすけくら くらうどのべんニ六 しゐの きんだちとうのべんとうの 君達は頭弁。頭中将。権中将。四位少将。蔵人弁。蔵人少納言。春宮亮。蔵 = 0 参議で侍従を兼ねた者。 ニ一摂関、大臣家の子弟。 くろうどのとう うどのひやうゑのすけ 一三太政官の弁官で蔵人頭兼任。 人兵衛佐。 ニ三近衛中将で蔵人頭兼任。 ニ四特に四位に任ぜられた少将。 一宝五位蔵人で弁官である者。 二三七法師は ニ六五位蔵人で少納言兼任。 毛東宮職次官。 ニ〈五位蔵人で兵衛府次官兼任。 法師は律師。内供。 ニ九僧正、僧都に次ぐ僧官。 だいごく 三 0 宮中の内道場に供奉し、大極 さいえ でん 殿の御斎会の読師、夜居の僧など 二三八女は っとめる。 ないしの 三一内侍所の二等官。長官の尚 かみ 侍が御寝に奉仕するようになった 女は内侍のすけ。内侍。 ないしのすけ ので、事実上典侍が最上官とも いえる。 三ニ内侍所の三等官。 二三九宮仕へ所は いつばんのみや 三三后宮にお生れの姫宮で一品宮、 三三 とみる。一品宮は内親王の最高位。 うちきさいのみや いつほん みやづかどころ 宮仕へ所は内。后宮。その御腹の姫宮、一品の宮。斎院は罪深けれど、を三四神に仕えるので仏法上罪深い 三五当時の斎王は選子内親王。 三五 三六東宮の御母なら重々しい かし。ましてこのごろはめでたし。春宮の御母女御。 ニ九 三 0 ごんの ニ四 三六 三四 さいゐん

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

あす 一だしぬけに私が「あしたはど しき、さか思ひめぐらし、 ついでもなく、「明日はいかなる詩をか」と言ふに、、 のような詩を吟詠なさいますか」 ニ一一口 , っと。 とどこほりもなく、「人間の四月をこそは」といらへたまへる、いみじうをか 子 ニ「思ひめぐらし」は下の「なく」 なか 草しきこそ。過ぎたる事なれど、心得て言ふは、をかしき中にも、女房などこそで否定されるとみることもできる。 三「人間ノ四月芳菲尽キ、山寺 さやうの物忘れはせね、男はさもあらず。よみたる歌をだになまおばえなるを、ノ桃花始メテ盛ニ開ク : ・」 ( 白氏文 集・大林寺桃花 ) 。あとの記述によ うち 五 四 ると、三月に七月の詩を吟じたの まことにをかし。内なる人も、外なる人も、心得ずと思ひたるそ、ことわりな で今度は逆を答えた。 四男性なのに宰相中将は。 るや。 五なぜ四月の詩なのかわからず。 六 ほそどのいち てんじゃうびと 六というのは今年の三月晦日の この三月つごもり、細殿の一のロに殿上人あまた立てりしを、やうやうすべ ことなのだが。 とうの ほそどの つばね り失せなどして、ただ頭中将、中将、六位一人残りて、よろづの事一『〔ひ、経、登華殿 0 細殿。女房 0 局など がある。 一一わか よみ歌うたひなどするに、「明け果てぬなり。帰りなむ」とて、「露は別れの涙 ^ 斉信。 九宣方。 一 0 一種の娯楽としたもの。 なるべし」といふ事を、頭中将うち出だしたまへれば、源中将もろともに、し = 「露ハマサニ別ノ涙ナルペシ たなばた ず ・ : 」 ( 和漢朗詠集・七夕道真 ) 。露 いそぎたる七夕かな」と言ふを、いみじうねたが とをかしう誦んじたるに、 きめめ は織女星が牽牛星と別れる後朝の あかっき すぢ 涙であろう、という趣の詩。 りて、「暁の別れの筋の、ふとおばえつるままに言ひて、わびしうもあるわざ 三三月末なのに七夕の詩を吟じ かな」と、「すべてこのわたりにては、かかる事思ひまはさす言ふは、くちをた季節ちがいをからかった。 一三暁の別れという点でこの詩は あ かづらき しきぞかし」など言ひて、あまり明かくなりにしかば、「葛城の神、今ぞずちまさにふさわしいので、ふと思い をとこ ひとり

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 原文一六六 つらゆき が更けて、子の時など、どうしておいであそばすかとふと 「秋にはあへず」と、貫之の歌が思い出されて、しみじみ くろうど と自然長い間車がそこに立ちどまっていたことだった。みお思い申しあげている折に、ちょうど蔵人の男たちをお呼 び寄せになるのこそ、たいへんおもしろい夜中のころに、 こもりの神は、とてもおもしろい また、御笛が聞えているのは、とてもすばらしい 二六七崎は 一き からさき 二七一成信中将は、入道兵部卿宮の御子にて 崎は唐崎。いかが崎。みほが崎がおもしろい ようばう なりのぶ 成信の中将は、入道兵部卿の宮の御子で、容貌がとても うつくしく見えて、気性もとてもおもしろくていらっしゃ かみかねすけ る。伊予の守兼資の娘が、この中将に忘れられて、伊予へ 建物はまろ屋。あずま屋がおもしろい 親が連れくだった折、どんなにしみじみとした感じだった あかっき 二六九時奏するいみじうをかし ろうとこそ思われたことだ。暁に京を立って伊予に行くと ありあけ いうことで、その前の晩、お別れにおいでになって、有明 時を奏するのは、たいへんおもしろい。ひどく寒い折に のうしすがた くっす 夜中のころなどに、こほこほと音を立てて、沓を摺って歩の月の中をお帰りになったであろう中将の直衣姿などこそ ときうしみ つるう いて来て、弦打ちなどして、「何家のだれそれ。時、丑三 おと 当時はいつもこちらの御所に座り込んで、話をし、人の 段つ、子四つ」などと、時の杭をさす音など、たいへんおも ねここの ことなど、劣っているのは劣っているなどと、はっきりお しろい。「子九つ、丑八つ」などとこそ、民間の人は言う っしやったのに : けれど、すべて杭をさすのは四つだけだったのだ。 ものいみ 第 物忌などを神妙にする者で、名前を姓として持っている たいら 二七〇日のうらうらとある昼つかた 女房がいる。その女房がほかの人の養子になって、「平」 日ざしがうらうらと照っている昼ごろ、またたいへん夜などというけれど、ただそのもとの姓を、若い女房たちは や うしゃ や ふ 0

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

73 第 166 段 ( 現代語訳二七一一ハー ) 見に出で来て、たはぶれさわぎ笑ふもあンめりしを、「かうはせぬ事なり。上月華門。三巻本「・左衛門の陣」。 ニ 0 一九 一九公卿が着座する腰掛 じゃうくわん しゃうじ だちめ じようかん 達部のつきたまふ倚子などに、女房どものばり、上官などのゐる床子を、みなニ 0 政官の借字。太政官。 ニ一机に似た背もたれのない腰掛 一三底本原本「うちとをし」。 うち倒しそこなひたり」など、苦しがる者どもあれど、聞きも入れず。 ニ三出典不詳。直訳すれば「秋ぐ かはらぶき 屋のいと古くて、瓦葺なればにゃあらむ、暑さの世に知らねば、御簾の外に、らいなものだろうか、太政官の地 が今やかゐになろうことを」とな むかで ひひとひ 夜も臥したるに、古き所なれば、蜈蚣といふ物の、日一日落ちかかり、蜂の巣る。「かゐ」は不明。三巻本「・あに はかりきや、太政官の地のいまや てんじゃうびと かう ( 夜行 ) の庭とならむ事を」。 の大きにて、つきあつまりたるなど、 いとおそろしき。殿上人日ごとにまゐり、 ニ四「夏と秋とゆきかふ空のかよ よる だいじゃうくわん ひちはかたへすすしき風や吹くら 夜もゐ明かし、物言ふを聞きて、「秋ばかりにや、大政官の地の、今やかゐに む」 ( 古今・夏躬恒 ) による。 ず ニ五「七月八日今暁中宮太政官ョ ならむ事を」と誦し出でたりし人こそをかしかりしか。 リ禁中ニ還入」と、三巻本勘物に 秋になりたれど、かたへ涼しからぬ風の所がらなンめり。さすがに虫の声なある。 きこうでん ニ六乞巧奠の祭。還御の前日七月 ニ五 たなばたまつり どは聞えたり。八日そ帰らせたまへば、七夕祭などにて、例よりは近う見ゆる七日に太政官で行われた。 毛庭の祭場が。一説、星が。 夭太政大臣藤原為光の次男。参 は、ほどのせばければ、なンめり。 議 ( 宰相 ) になったのは長徳一一年四 月。一六六段は前段と一続きのも のなので一段にまとめる説もある。 一六六宰相中将斉信、宣方の中将と ニ九左大臣源重信の息。正暦五年 ニ九 ( 究四 ) 八月右中将。 ただのぶのぶかた 三 0 後文からみて七月七日のこと。 宰相中将斉信、宣方の中将とまゐりたまへるに、人々出でて物など言ふに、 よるふ ニニたふ ニ八 さいしゃうの きこ し 三 0 みすと かん