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検索対象: 人民の敵 第37号

人民の敵 第37号から 41件ヒットしました。

人民の敵 第37号


人 民 の 敵 第 37 号 外 山 恒 ー 活 動 報 告 誌 2017 年 10 月 1 日 今 号 の 内 容 〈 単 行 本 用 未 発 表 原 稿 〉 『 全 共 闘 以 後 』 第 三 章 ( 1 ) 02 頒 価 1000 円

人民の敵 第37号


人 民 の 敵 外 山 恒 ー 活 動 報 告 誌 頒 価 1000 円 〈 単 行 本 用 未 発 表 原 稿 〉 『 全 共 闘 以 後 』 第 三 章 ( 1 ) 今 号 の 内 容 2017 年 10 月 1 日 第 37 号 02

人民の敵 第37号


人 民 の 敵 外 山 恒 ー 活 動 報 告 誌 頒 価 1000 円 〈 単 行 本 用 未 発 表 原 稿 〉 『 全 共 闘 以 後 』 第 三 章 ( 1 ) 今 号 の 内 容 2017 年 10 月 1 日 第 37 号 02

人民の敵 第37号


を ツ 七 九 年 十 月 に 朴 正 煕 が 側 近 に よ っ て 暗 殺 さ れ る と 、 民 か っ た が 、 八 0 年 代 の 第 ニ 次 テ ン ト 芝 居 ム ー プ メ ン ト に お い て も 、 " 全 こ う し て 韓 国 で も 民 主 化 運 動 は 勝 利 し た わ け で あ る 。 主 化 の 機 運 も 広 が っ た が 、 暗 殺 か ら ニ ケ 月 を 経 ず し て ま 斗 煥 政 権 糾 は " 反 天 皇 。 や " 寄 せ 場 支 異 な ど と 並 ぶ メ イ ン テ ー た も や ク ー デ タ が 起 き 、 翌 八 0 年 五 月 ま で 約 半 年 を か マ の 一 つ で あ る ) 。 翌 八 八 年 に は ビ ル マ で も 民 主 化 運 動 に 火 が つ く 。 ぜ ん と か ん け て 、 全 斗 煥 が 実 権 を 掌 握 す る に 至 る 。 つ い に 勝 利 し た 八 七 年 は 、 一 応 は 憲 法 の 規 定 に 基 づ く 大 統 領 の 地 位 に ビ ル マ で は ネ ・ ウ イ ン 将 軍 の 率 い る ビ ル マ 社 会 主 義 計 八 七 年 の 民 主 化 運 動 は 、 こ の 全 斗 煥 政 権 の 打 倒 を 目 指 し あ っ た 全 斗 煥 の 、 実 質 的 に 任 期 最 後 の 一 年 で あ り ( 任 期 は 画 党 に よ る 独 裁 体 制 が 続 い て い た 。 ネ ・ ウ イ ン は 、 ビ ル た も の で あ る 。 八 八 年 ニ 月 ま で ) 、 民 主 化 を 要 求 す る 人 々 は 、 大 統 領 を 間 接 マ 独 立 運 動 の 指 導 者 で 四 八 年 の 独 立 達 成 の 直 前 に 暗 殺 さ 全 斗 煥 は 完 全 に 実 権 を 掌 握 す る と す ぐ に 、 朴 正 煕 政 権 選 挙 で は な く 直 接 選 挙 で 選 べ る よ う 、 憲 法 改 正 を 求 め る れ た ″ 建 国 の 父 ア ウ ン サ ン の 有 力 な 配 下 の 一 人 で 、 独 下 で 有 力 な 野 党 政 治 家 と し て 警 戒 さ れ す で に ニ 度 も 暗 殺 運 動 を 開 始 し た 。 四 月 に 全 斗 煥 政 権 が こ の 要 求 の 拒 否 を 立 後 は 国 防 相 と な っ た が 、 六 ニ 年 に ク ー デ タ に 成 功 、 ビ き ん だ い ち ゅ う さ れ か け て い た 金 大 中 を 逮 捕 す る 。 金 大 中 の 出 身 地 で あ 意 味 す る 決 定 を 発 表 す る と 、 そ れ に 反 発 し て 民 主 化 運 動 ル マ 社 会 主 義 計 画 党 を 創 設 し て ( も と も と ア ウ ン サ ン に 社 会 を ん ら な ん ど う こ う し ゅ う 主 義 へ の 傾 き が あ り 、 独 立 後 の ウ ー ・ ヌ 政 権 も 穏 健 な 社 会 主 義 政 策 る 韓 国 南 部 の 全 羅 南 道 の 中 心 市 ・ 光 州 で こ れ に 抗 議 す る は 却 っ て 勢 い づ く 。 民 衆 が 蜂 起 し 、 軍 の 武 器 庫 も 襲 わ れ 市 街 戦 に ま で 発 展 す 六 月 、 政 権 与 党 で あ る 民 主 正 義 党 が 次 期 大 統 領 候 補 に 、 を 採 っ て い た ) 自 ら 議 長 に 就 任 し 、 そ の 一 党 独 裁 体 制 を 指 る が 、 や が て 蜂 起 は 鎮 圧 さ れ た 。 鎮 圧 の 過 程 で は 数 百 か そ も そ も 七 九 年 の ク ー デ タ で 全 斗 煥 と 並 ぶ 指 導 的 軍 人 の 導 し た ( た だ し 社 会 主 義 と い っ て も 単 に 計 画 経 済 へ の 強 い 傾 き が あ る た い ぐ ら ニ 千 人 以 上 が 虐 殺 さ れ た と さ れ る が 、 全 斗 煥 政 権 下 で 一 人 だ っ た 盧 泰 愚 を 指 名 す る と ( 、 . 翌 日 か ら 韓 国 全 土 に デ る だ け で 、 ソ 連 や 中 国 と は 距 離 を お き ア メ リ カ と も 敵 対 し な か っ た ) 。 は こ の 晃 州 事 件 に つ い て は 報 道 さ れ る こ と さ え な く モ が 拡 が っ た 。 日 本 の 六 0 年 代 末 と ま る で 同 じ よ う な 光 権 力 を 濫 用 し て の 腐 敗 な ど は ほ と ん ど 見 ら れ ず 、 そ も 情 報 は 厳 し く 統 制 さ れ て い た の で 、 現 在 に 至 る も 犠 牲 者 景 、 す な わ ち デ モ 隊 を 放 水 や 催 涙 ガ ス で 鎮 圧 し よ う と す そ も 豊 か な 農 業 国 な の で 食 糧 不 足 な ど も 生 じ な か っ た の お お よ そ の 人 数 す ら 確 定 し て い な い 。 ま た 蜂 起 鎮 圧 か る 機 動 隊 と 、 投 石 さ ら に は 火 炎 瓶 の 投 擲 で こ れ に 立 ち 向 が 、 経 済 は 低 迷 し 、 医 療 な ど も 立 ち 遅 れ 、 娯 楽 も 規 制 さ ら 四 ヶ 月 後 、 金 大 中 が 民 衆 を 煽 動 し た 首 謀 者 と さ れ 死 刑 か う 学 生 た ち と の 攻 防 が 、 連 日 の よ う に 展 開 さ れ た 。 れ て お り 、 政 権 の 基 盤 で あ る 軍 が こ と さ ら に 権 威 を 持 っ 判 決 を 受 け る が 、 全 斗 煥 政 権 は こ れ に よ っ て 国 際 的 な 非 攻 防 は ニ 週 間 以 上 に 及 び 、 む ろ ん 多 数 の 逮 捕 者 を 出 し て い る な ど 、 さ す が に ニ 十 年 以 上 も 続 く 独 裁 政 権 に は 反 難 に さ ら さ れ る こ と に な る 。 も ち ろ ん 光 州 事 件 の 鎮 圧 後 た が 、 六 月 末 、 つ い に 盧 泰 愚 は 、 大 統 領 選 で の 直 接 選 挙 感 が 広 が っ て い た 。 の 全 斗 煥 政 権 下 で も 、 反 体 制 派 は 徹 底 的 に 弾 圧 さ れ た 。 の 実 施 や 、 八 五 年 に 帰 国 し て い た も の の 公 民 権 を 停 止 八 八 年 三 月 、 市 中 で の 学 生 と 有 力 者 の 息 子 と の 口 論 が ち な み に ″ 金 大 中 死 刑 阻 止 は 八 〇 年 代 初 頭 の 日 本 の さ れ た ま ま だ っ た 金 大 中 の 公 民 権 復 活 な ど を 骨 子 と す る 発 端 と な っ て 、 学 生 デ モ 隊 と 治 安 部 隊 と の 衝 突 に 発 展 、 新 左 翼 ノ ン セ ク ト 学 生 運 動 で も 、 全 国 的 に 共 有 さ れ た 主 " 民 主 化 宣 言 , を 発 表 し て 、 全 斗 煥 も こ れ を 受 け 入 れ た 学 生 側 に 死 者 が 出 る と 、 一 気 に 独 裁 政 権 を 批 判 す る 民 要 テ ー マ の 一 つ で あ り 、 八 ニ 年 に 全 斗 煥 政 権 が 死 刑 執 行 ( も っ と も 、 年 末 に 実 施 さ れ た 大 統 領 選 挙 は 、 約 東 ど お り 憲 法 改 正 を 主 化 要 求 の デ モ が ビ ル マ 全 土 に 拡 大 す る 。 八 月 に は 学 生 を あ き ら め 金 大 中 を ア メ リ カ に 追 放 し て 以 降 も 、 八 七 年 経 た 直 接 選 挙 と な っ た も の の 、 野 党 の 分 裂 に 助 け ら れ る 形 で 慮 泰 愚 の み な ら ず 市 民 各 層 が 民 主 化 運 動 に 加 わ り 、 ″ 建 国 の 父 に つ い に 民 主 化 が 達 成 さ れ る ま で 、 韓 国 の 軍 事 独 裁 政 権 が 当 選 し た 。 次 の 九 ニ 年 の 選 挙 で よ う や く 、 朴 正 熙 時 代 ・ 全 斗 煥 時 ア ウ ン サ ン の 長 女 で あ る ス ー チ ー が そ の 先 頭 に 立 っ 格 好 の 批 判 と 民 主 化 運 動 支 援 は 、 " 日 韓 連 帯 ″ を ス ロ ー ガ ン 代 を つ う じ て 金 大 中 と 並 ぶ 有 力 な 野 党 政 治 家 ・ 民 主 活 動 家 だ っ た 金 に な っ た 。 え い を に 引 き 続 き 重 要 テ ー マ で あ り 続 け た ( 前 章 で は あ ま り 触 れ な 泳 三 が 当 選 し 、 そ の 次 の 九 七 年 の 選 挙 で つ い に 金 大 中 が 当 選 す る ) 。 ビ ル マ で の 民 主 化 運 動 の 高 揚 は 世 界 的 注 目 を 集 め た

人民の敵 第37号


ー 引 も ケ イ ン ズ 流 の 福 祉 国 家 路 線 が 民 主 党 ・ 共 和 党 の 別 を が 、 本 選 で あ る 大 統 領 選 挙 で は ゴ ー ル ド ウ ォ ー タ ー は 民 約 を 実 行 す べ く 、 軍 人 と 警 察 官 の 給 与 だ け は 大 幅 こ き 上 げ ら れ た 。 問 わ ず 当 然 視 さ れ て き た が 、 そ の ケ イ ン ズ 主 義 を 批 判 し 主 党 の 現 職 大 統 領 ジ ョ ン ソ ン に 惨 敗 す る 。 こ の ゴ ー ル ド さ ら に 所 得 減 税 も 実 施 す る 一 方 、 一 五 % も の て 六 0 年 代 に フ リ ー ド マ ン 理 論 が 登 場 し て く る わ け で あ ウ ォ ー タ ー の 予 備 選 勝 利 の 際 に 巧 み な テ レ ビ 演 説 で 一 役 ( 付 加 価 値 税 日 の 消 費 税 に 当 た る ) が 導 人 さ れ た 。 る 。 フ リ ー ド マ ン に 先 行 し て 、 ナ チ ス ・ ド イ ツ か ら 亡 命 買 っ て 、 全 国 的 な 注 目 を 浴 び た の が 人 気 俳 優 の ロ ナ ル ド ・ ( 略 ) し て き た と い う 共 通 の 経 歴 を 持 ち 、 ケ イ ン ズ 流 の 福 祉 国 し ー ガ ン で あ る 。 レ ー ガ ン は 六 七 年 に カ リ フ ォ ル ニ ア 州 知 事 選 挙 に 出 馬 八 0 年 に は い る と 、 肝 心 の イ ン フ レ 退 治 の 効 果 は す 家 路 線 の 担 い 手 で あ る ″ 大 き な 政 を 全 体 主 義 的 な も ぐ に は 現 れ ず 、 二 一 % も の 高 率 の ま ま で 、 緊 縮 財 政 の の と し て 批 判 し た 八 イ エ ク お よ び ミ ー ゼ ス と い う 一 一 人 の し て 勝 利 し 、 ニ 期 を 務 め る 。 新 保 守 主 義 者 た ち は 六 九 年 に 政 権 に 返 り 咲 い た 共 和 党 の ニ ク ソ ン や そ の 後 継 者 煽 り で 中 小 企 業 の 倒 産 が 続 発 。 失 業 者 数 は 戦 後 初 め て 経 済 学 者 も 存 在 す る 。 二 〇 〇 万 人 の 大 台 に 乗 っ て し ま っ た 。 ビ ー ク と な っ た こ れ と は 別 に 、 ア メ リ カ に は 例 え ば 学 校 で 進 化 論 を 教 フ ォ ー ド を リ べ ラ ル 派 と み な し て 支 持 せ ず 、 も ち ろ ん 八 二 年 五 月 に は 、 三 0 年 代 の 大 恐 慌 以 来 と 言 わ れ る 、 え る こ と に 反 対 す る よ う な 頑 迷 な 伝 統 主 義 、 い わ ゆ る キ 七 七 年 か ら の 民 主 党 カ ー タ ー 政 権 も 支 持 せ ず 、 " レ ー ガ 三 三 四 万 人 ( 一 四 % ) を 記 録 す る リ ス ト 教 原 理 主 義 の 潮 流 が あ る 。 ン 大 統 領 の 誕 生 に 期 待 を か け て い た 。 レ ー ガ ン は 六 八 年 、 七 六 年 と 大 統 領 選 挙 に 出 馬 し 続 け ( 林 信 吾 三 れ が 英 国 労 働 党 だ 」 新 潮 社 ・ 的 年 ) 同 じ 保 守 主 義 甜 と は い え 、 そ う し た 伝 統 主 義 者 た ち と 自 由 主 義 的 な 経 済 思 想 の 支 持 者 た ち と で は メ ン タ リ て 、 八 0 年 の 選 挙 で つ い に 圧 倒 的 な 勝 利 を 収 め 、 八 一 年 サ ッ チ ャ ー 政 権 は 当 然 な が ら 国 民 の 不 興 を 買 う が ( と テ イ か ら し て 水 と 油 の よ う に 違 う し 、 対 立 し て い た が 、 一 月 、 第 三 十 九 代 ア メ リ カ 大 統 領 に 就 任 す る 。 く に し わ 寄 せ を 受 け た 移 民 労 働 者 た ち の 暴 動 が 続 発 し 、 メ ジ ャ ー な 両 者 の 間 を と り も っ て 調 停 し 、 保 守 派 の 一 大 勢 力 に ま と ロ ッ ク ・ ミ ュ ー ジ シ ャ ン た ち も サ ッ チ ャ ー を 目 の 敵 に し た 怒 り の メ ッ め あ げ て い く の が 、 そ も そ も は 新 左 翼 的 な ″ 反 ス タ ー リ 一 九 七 〇 年 代 は ア メ リ カ に と っ て 最 悪 の 一 0 年 で あ っ た 。 深 刻 な 不 況 に 加 え 、 日 本 や ド イ ツ な ど 海 外 企 セ ー ジ ・ ソ ン グ を 次 々 と 発 表 す る な ど 、 サ ッ チ ャ ー 政 権 下 で は 反 体 ン 主 義 か ら 出 発 し て 、 や が て 反 ソ 連 の 反 共 主 義 を 純 化 制 運 動 は も ち ろ ん 大 い に 盛 り 上 が る ) 、 イ ギ リ ス に 続 い て ア メ さ せ る に 至 る 一 群 の 転 向 者 た ち で 、 そ も そ も 狭 義 に は 薪 業 の ア メ リ カ 市 場 へ の 進 出 が 急 速 に 進 み 、 ア メ リ カ 企 リ カ で も " 新 保 守 主 義 の レ ー ガ ン 政 権 が 誕 生 し 、 ″ レ ー 保 守 主 義 者 帳 略 し て ″ ネ オ コ ン み と は 彼 ら を 指 し て 一 = ロ 業 の 国 際 競 争 力 が 失 わ れ た 時 代 で あ っ た 。 戦 後 の 繁 栄 は す っ か り 姿 を 消 し 、 国 内 で は 伝 統 的 な ア メ リ カ 文 化 ガ ノ ミ ク ス と 呼 ば れ る や は り 新 自 由 主 義 の 経 済 政 策 を う 言 葉 で あ る 。 に 対 抗 す る " カ ウ ン タ ー カ ル チ ャ ー み が 吹 き 荒 れ 、 セ ッ 統 一 戦 線 を 築 い た ( 広 義 の ) 新 保 守 主 義 者 た ち は 依 然 と 採 用 し て 、 こ れ は サ ッ チ ャ ー 政 権 へ の 追 い 風 と な る 。 し て 少 数 派 で あ り 、 初 期 の 思 想 運 動 か ら 政 治 運 動 に 転 じ ク ス 革 命 が 進 行 し 、 学 生 と 少 数 民 族 の 過 激 派 と 女 性 解 そ も そ も 思 想 的 に は 、 引 用 中 に 名 前 の 出 た フ リ ー ド マ て 共 和 党 の 諸 々 の 選 挙 運 動 に 介 入 す る も 、 一 進 一 退 を 繰 放 主 義 者 が 街 頭 を 占 拠 し て い た 。 生 活 水 準 は 低 下 し 、 一 般 の 人 々 に と っ て ″ ア メ リ カ ン ・ ド リ ー ム ″ は 手 の ン を は じ め 、 ″ 新 保 守 主 義 は ア メ リ カ に 発 祥 し た も の り 返 し た 。 で あ る 。 六 四 年 の 共 和 党 予 備 選 挙 で の バ ー リ ー ・ ゴ ー ル ド 届 か な い 夢 に な り つ つ あ っ た 。 ウ ォ ー タ ー 上 院 議 員 の 勝 利 は 、 共 和 党 内 の 主 導 権 争 い に 三 0 年 代 に 大 恐 慌 か ら ア メ リ カ 国 民 を 救 い 出 し た ル ー さ ら に 、 ベ ト ナ ム 戦 争 の 敗 北 は 単 に ア メ リ カ 国 民 の ズ ベ ル ト 大 統 領 の ニ ュ ー デ ィ ー ル 政 策 以 来 、 ア メ リ カ で お け る 新 保 守 主 義 者 た ち の 早 く も 最 初 の 勝 利 で も あ っ た 自 信 を 喪 失 さ せ た だ け で な く 、 深 刻 な 心 理 的 ト ラ ウ マ

人民の敵 第37号


世 論 は " 自 民 党 政 治 。 に い い 加 減 ウ ン ザ リ し 、 土 井 社 と い っ た " 評 論 家 的 な 色 彩 の 強 い 文 化 人 が 目 立 っ て お 会 党 へ の 期 待 を 高 め て い た し 、 「 ニ ュ ー ス ・ ス テ ー シ ョ ン 」 り 、 そ し て 問 題 の こ の 八 0 年 代 後 半 と な る と 、 " 活 動 家 。 同 じ よ う な 変 化 は 、 若 者 向 け の サ プ カ ル チ ャ ー の 世 界 の 姿 勢 に 喝 采 を 送 っ た 。 も ち ろ ん こ の 期 に 及 ん で 自 民 党 や 元 " 活 動 家 帳 あ る い は そ う い っ た 背 景 を 濃 厚 に 持 つ に も 表 れ る 。 先 駆 的 な 例 と し て 、 音 楽 シ ー ン に お け る 尾 崎 豊 の 登 場 寄 り の 保 守 的 な 少 数 派 も 存 在 し 、 彼 ら は 「 ニ ュ ー ス ・ ス 文 化 人 た ち が 朝 ナ マ の 常 連 だ っ た 。 具 体 的 に は 、 " 左 が あ る 。 で あ れ ば 小 田 実 や ( 議 員 に 転 身 す る 以 前 の ) 辻 元 清 美 、 ウ ー テ ー シ ョ ン 」 そ し て 久 米 を 目 の 敵 に し た 。 り よ ラ こ し 挙 う す け マ ン リ ブ 系 の 小 沢 遼 子 ら 、 " 右 。 な ら 野 村 秋 介 や 鈴 木 邦 六 五 年 生 ま れ の 尾 崎 は 、 青 山 学 院 高 等 部 に 在 学 中 の 八 七 年 四 月 に は 同 じ く テ レ ビ 朝 日 で 、 毎 月 一 回 の 深 夜 男 ら 、 そ し て " 運 動 的 な 背 景 の あ る 文 化 人 と し て は 大 八 三 年 十 ニ 月 に 、 シ ン グ ル 「 の 夜 」 と ア ル バ ム 「 十 七 あ き 物 を に し べ す す む の 生 放 送 の 長 時 間 討 論 番 組 「 朝 ま で 生 テ レ ビ 」 が 始 ま る 。 島 渚 、 野 坂 昭 如 、 西 部 邁 ( 六 0 年 安 保 闘 争 時 の 東 大 駒 場 ・ 自 治 歳 の 地 図 」 で メ ジ ャ ー ・ デ ビ ュ ー し た 。 当 初 あ ま り バ ッ 第 一 回 の 討 論 テ ー マ は 「 激 論 ! 中 曽 根 政 治 の 功 罪 」 と 会 委 員 長 ) 、 栗 本 慎 一 郎 ( " プ レ 全 共 期 の 慶 応 大 ・ 自 治 会 委 員 長 ) と し な か っ た が 、 翌 八 四 年 八 月 の <OLL で の パ フ ォ ー マ ン ス に よ っ て 一 気 に 若 者 た ち の カ リ ス マ と 化 す 経 緯 な っ て い る 。 放 送 日 の 四 月 ニ 十 六 日 は 実 は 前 年 の チ ェ ル ら で あ る 。 ノ ブ イ リ 原 発 事 故 の 一 周 年 に あ た る が 、 お そ ら く こ れ は 九 0 年 代 以 降 の ク ー ル な 朝 ナ マ と は 違 っ て 、 八 0 年 代 は 前 章 で 述 べ た と お り だ 。 偶 然 だ ろ う 。 反 原 発 運 動 が 高 揚 し 始 め る の は も う 少 し 後 の 朝 ナ マ で は ま さ に " 激 論 ~ が お こ な わ れ て い た 。 も ち デ ビ ュ ー 当 時 の 尾 崎 は 、 明 ら か に 時 代 と ズ レ て い た 。 の こ と で あ り 、 " 毎 月 最 終 金 曜 ~ と さ れ た 放 送 日 が た ま ろ ん 司 会 の 田 原 総 一 朗 の 強 引 な 采 配 に よ っ て テ レ ビ 的 に な に し ろ " 八 0 チ の 若 者 た ち の カ リ ス マ だ っ た >->O た ま " 八 七 年 四 月 ~ の 場 合 は " ニ 十 六 日 ~ だ っ た の だ と 加 工 さ れ エ ン タ テ ィ ン メ ン ト 化 さ れ た 、 し よ せ ん 見 世 物 が 、 尾 崎 が デ ビ ュ ー し た 八 三 年 の " 十 ニ 月 一 日 ~ 時 点 で 的 な " 激 論 に す ぎ な い の だ が 、 生 放 送 で あ る し 、 出 演 は ま だ " い る 物 の で あ る 。 ″ 散 開 と 称 す る >->O の 解 思 わ れ る 。 当 初 は 関 東 の み で の 放 送 だ っ た が 、 次 節 で 詳 細 に 述 べ 者 の 多 く は 本 気 で イ デ オ ロ ギ ッ シ ュ な 人 々 な の だ か ら 、 散 は 同 月 ニ 十 一 一 日 で 、 つ ま り 尾 崎 と は ほ ん の 三 週 る 反 原 発 運 動 の 突 然 の 高 揚 の 真 っ 最 中 で あ る 八 八 年 七 月 往 々 に し て 予 定 調 和 を は み 出 し た り も す る 。 視 聴 者 は 、 間 ほ ど 、 日 本 の メ ジ ャ ー 音 楽 シ ー ン に " 同 居 。 し て い た の 第 十 六 回 「 徹 底 討 論 ・ 原 発 」 が 高 視 聴 率 を 記 録 し た こ 右 ・ 左 、 保 守 ・ 革 新 と 見 事 に 分 か れ て 向 か い 合 い 喧 々 囂 々 こ と に な る 。 と も あ り 、 同 年 十 月 の 放 送 分 か ら 全 国 ネ ッ ト 化 が 急 速 に の 議 論 が 続 け ら れ る さ ま を 、 た い て い は ど ち ら か の 陣 営 も ち ろ ん の 解 散 は そ の 人 気 の 絶 頂 期 で の こ と で 進 む 。 そ の 全 国 ネ ッ ト 化 の 第 一 弾 の テ ー マ も 「 徹 底 討 論 ・ に 肩 入 れ し な が ら 、 手 に 汗 に ぎ っ て 朝 ま で 観 戦 し 、 や は あ る 。 " 軽 薄 短 小 。 で " ク ー ル ~ な こ と が カ ッ コ よ か っ り た い て い は 、 結 局 の と こ ろ テ レ ビ 的 な 不 毛 さ に 時 間 を た 時 代 に 、 " 愛 と 自 由 を 叫 ぶ 若 き 反 逆 の ロ ッ カ ー み な ど 原 発 第 2 弾 」 で あ る 。 と い う 存 在 が 時 代 錯 誤 も は な は だ し い 不 粋 き わ ま る も の 現 在 の " 朝 ナ マ 。 は 深 夜 一 時 す ぎ か ら 四 時 す ぎ ま で の 無 駄 に し た こ と を 悔 い な が ら 眠 り に つ く も の だ っ た 。 三 時 間 番 組 だ が 、 当 時 は ( 九 三 年 三 月 ま で ) 朝 六 時 ま で 五 と は い え 、 水 準 の 問 題 は さ て 措 い て も 、 " 政 治 ~ や " 社 で あ っ た ろ う こ と は 、 容 易 に 想 像 で き よ う 。 デ ビ ュ ー 後 時 間 近 い 超 長 時 間 番 組 だ っ た 。 ま た 、 ( 00 年 代 末 の " ロ ス 会 。 を 熱 く 語 る の が " ダ サ い ~ こ と だ っ た 時 代 は と う に ま も な く 尾 崎 は 高 校 を 中 退 し 、 キ ャ ッ チ コ ピ ー に は " ド ジ ェ ネ 論 壇 。 の 成 立 以 降 は 少 し 変 わ っ て き た が ) 今 世 紀 に 入 っ て 過 去 の も の と な り 、 八 0 年 代 後 半 は 、 そ う い っ た 議 論 が ロ ッ プ ア ウ ト し た 反 逆 の : : と オ マ ケ が つ く 。 か ら の 朝 ナ マ の 出 演 者 は 学 者 や 政 治 家 、 官 僚 が メ イ ン だ 一 種 の エ ン タ テ ィ ン メ ン ト と し て 高 視 聴 率 番 組 化 し 始 め と こ ろ が 時 代 は 変 わ り つ つ あ っ た の だ 。 ″ 愛 と 自 由 を み や だ い し ん じ 叫 ぶ 高 校 中 退 の 若 き 反 逆 の ロ ッ カ ー ″ は 、 売 れ て し ま う 。 が 、 そ の 少 し 前 の 九 0 年 代 に は 宮 台 真 司 や 小 林 よ し の り た よ う な 時 代 な の で あ る 。

人民の敵 第37号


本 誌 は 、 外 山 恒 ー の 活 動 に 毎 月 508 円 の 資 金 カ ン バ を し て く れ る 方 に 第 活 動 報 告 “ を 兼 ね て 送 付 し て い る も の で す 。 送 付 を 希 望 さ れ る 方 は 、 [email protected]、jp ま で 、 あ る い は 外 山 に 直 接 、 送 付 先 住 所 ・ 氏 名 を お 知 ら せ く だ さ い 。 毎 月 末 に 「 福 岡 銀 行 春 日 原 支 店 普 通 1167080 ト ヤ マ コ ウ イ チ 」 へ の カ ン バ の 振 込 を 確 認 し 、 翌 月 は じ め に 最 新 号 を 送 付 し ま す 。 本 誌 が 一 方 的 に 送 り つ け て ら れ て く る 全 国 各 地 の 主 だ っ た 友 人 知 人 の 皆 様 も 、 た ま に は 労 を ね ぎ ら っ て カ ン パ い た だ け れ ば と 。 〈 発 行 シ ス テ ム 変 更 の お 知 ら せ 〉 2015 年 1 1 月 発 行 の 第 14 号 ま で 5000 円 を カ ン バ す る と 最 新 号 が 主 皿 送 付 さ れ る “ と い う シ ス テ ム で し た が 、 現 在 は 駅 5000 円 を カ ン パ す る と 最 新 号 が 送 付 さ れ る “ シ ス テ ム と な っ て い ま す 。 ま た 第 14 号 ま で は 表 紙 に 「 非 売 品 」 と 記 載 し て い ま し た が 、 現 在 は 「 頒 価 1000 円 」 と 記 載 さ れ て い ま す 。 つ ま り 、 外 山 か ら の 直 接 の 購 読 者 は 、 手 元 に 1 冊 残 す と し て 、 他 の 4 冊 を 周 囲 の 友 人 知 人 に 転 売 す る こ と に よ っ て 、 実 質 的 に 180 円 ま で 自 己 負 担 額 を 下 げ る こ と が 可 能 で す 。 も ち ろ ん 、 500 円 と か で 廉 価 販 売 し た り 、 あ る い は “ 布 教 、 と 割 り 切 っ て 無 料 配 布 し て も か ま い ま せ ん 。 外 山 恒 ー の 活 動 を 、 金 銭 的 に 支 え る か 、 具 体 的 活 動 で 支 援 し て く だ さ い 、 と い う こ と で 、 周 囲 の 直 接 の 友 人 知 人 に 外 山 の 言 動 を 広 め る 活 動 を 担 う と 先 行 し た 金 銭 負 担 が 相 殺 さ れ る 、 と い う シ ス テ ム な わ け で す 。 ま た こ の 変 更 は 、 第 14 号 ま で コ ン ビ ニ の コ ピ ー 機 で 印 刷 し て い た の が 、 自 前 の 印 刷 機 を 入 手 す る こ と に よ っ て 可 能 と な っ た も の で す 。 入 手 し た 印 刷 機 の 仕 様 の 事 情 で 、 版 型 が A4 か ら B 5 に 変 更 さ れ て い ま す 。 バ ッ ク ナ ン バ ー の 購 入 も 、 第 14 号 ま で は 、 、 1 冊 5000 円 、 、 、 第 15 号 か ら は “ 5 冊 セ ッ ト 5000 円 、 、 で す 。 な お 、 外 山 か ら の 郵 送 購 読 で は “ バ ラ 亠 り は お こ な い ま せ ん ( 1000 円 で 入 手 し た け れ ば 、 1000 円 ず つ 出 し て く れ る 人 を 周 囲 に 4 人 探 し て く だ さ い ) 。

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ア を 除 い て 、 の ち の 中 国 や ベ ト ナ ム や キ ュ ー バ な ど の よ う に 内 部 か た 西 ド イ ツ の 地 を 踏 ん だ 。 い わ ゆ る " 汎 ヨ ー ロ ッ パ ・ ピ 党 政 権 は 崩 壊 、 ニ 十 五 日 に 独 裁 者 ・ チ ャ ウ シ ェ ス ク 夫 妻 ら 革 命 に よ っ て 社 会 主 義 政 権 を 樹 立 し た の で は な く 、 単 に 第 ニ 次 大 ク ニ ッ ク ″ で あ る 。 は 銃 殺 さ れ る 。 戦 終 盤 の ど さ く さ に ソ 連 に 占 領 さ れ て 共 産 圏 に 組 み 入 れ ら れ た だ け こ う な る と も う ホ ー ネ ッ カ ー は 東 ド イ ツ の 独 裁 体 制 を 前 後 し て 十 ニ 月 ニ 日 に は 地 中 海 ・ マ ル タ 島 で 米 ソ 首 脳 で あ る ) に 根 強 く 存 在 し 続 け て い た 改 革 派 ・ 民 主 派 が 、 仮 維 持 で き な い 。 国 民 が ど ん ど ん 逃 げ 出 し て い る の で あ 会 談 が 始 ま り 、 翌 三 日 、 ゴ ル バ チ ョ フ と ブ ッ シ ュ の 共 同 に " ソ 連 離 れ , の よ う な 展 開 に 帰 結 す る と し て も 、 ゴ ル る 。 い さ と な れ ば 逃 げ れ ば い い の だ か ら 、 民 主 化 を 求 め 記 者 会 見 で " 冷 戦 の 終 結 。 が 宣 言 さ れ た 。 バ チ ョ フ の ソ 連 は も う 、 か っ て の 八 ン ガ リ ー 事 件 ( 五 六 年 ) る デ モ や 集 会 も 堂 々 と お こ な わ れ る よ う に な る 。 十 月 に や " プ ラ 八 の 春 ″ ( 六 八 年 ) の 時 の よ う に 軍 事 介 入 し て く は ホ ー ネ ッ カ ー は 辞 任 、 あ と を 継 い だ 新 政 権 が 十 一 月 九 " ゴ ル バ チ ョ フ の ソ 連 。 の 存 在 を 背 景 に こ の 年 、 激 動 る よ う な こ と は な い だ ろ う と 、 三 年 、 四 年 と 慎 重 に ″ 様 日 に 西 ド イ ツ へ の 移 動 制 限 を 緩 和 す る 考 え を 発 表 す る に 見 舞 わ れ た の は 東 欧 諸 国 だ け で は な い 。 民 主 化 運 動 の 子 見 。 を し た 上 で 確 信 し た の だ ろ う 。 そ う し た 動 き の 中 や 、 ベ ル リ ン の 壁 の 検 問 所 に 大 勢 の 人 々 が 殺 到 す る 事 態 巨 大 な 高 揚 は 、 中 国 で も 起 き た 。 で 最 大 の も の は 、 ハ ン ガ リ ー 政 府 に よ る 西 側 ( オ ー ス ト リ ア ) と な り 、 国 境 警 備 隊 の 現 場 指 揮 官 は 対 応 に 苦 慮 し て 独 断 も と も と 中 国 で は 、 ソ 連 で ゴ ル バ チ ョ フ が ペ レ ス ト ロ と の 国 境 の 開 放 で あ る 。 で ゲ ー ト を 開 放 し て し ま っ た 。 壁 の 両 側 は 熱 狂 し た 人 々 イ カ 政 策 を 本 格 的 に 開 始 し た の と 同 じ 八 六 年 、 形 式 上 は 八 八 年 後 半 に 改 革 派 が ハ ン ガ リ ー で 実 権 を 握 り 、 八 九 で お 祭 り 騒 ぎ と な り 、 そ の 十 一 月 九 日 の 夜 の う ち に 八 ン 中 国 共 産 党 の 最 高 指 導 者 で あ っ た 党 中 央 委 員 会 総 書 記 ・ こ よ う ぼ う と ラ し よ う 、 、 年 に 入 る や 共 産 党 ( 社 会 主 義 労 働 者 党 ) に よ る 一 党 独 裁 を 放 マ ー や 、 つ い に は 重 機 も 出 現 し て 、 壁 は 人 々 に よ っ て 実 胡 耀 邦 が ( 実 質 的 な 最 高 指 導 者 は 、 当 時 は 鄧 小 平 ) 、 言 論 の 自 棄 し て 複 数 政 党 制 に 移 行 、 同 五 月 に は オ ー ス ト リ ア と の カ で 叩 き 壊 さ れ 始 め る 。 東 ド イ ツ 政 府 は も う 手 も 足 も 出 由 化 を 推 進 し よ う と し て 人 々 に 期 待 さ れ た が 、 八 七 年 に 入 っ て ま も な く 失 脚 し て い た 。 そ の 胡 耀 邦 が 八 九 年 四 月 間 に 設 置 さ れ て い た 鉄 条 網 の 撤 去 を 始 め た 。 こ れ は 引 き す 、 そ の 様 子 を 傍 観 し て い る し か な か っ た 。 続 き 圧 政 に 苦 し む 東 ド イ ツ の 人 々 に と っ て 信 じ が た い ぐ 未 来 永 劫 そ こ に 聳 え 立 っ て い る か に 思 わ れ た ベ ル リ ン 十 五 日 に 死 去 し た こ と が 、 中 国 の 民 主 化 運 動 高 揚 の 引 き ら い 喜 ば し い 朗 報 だ っ た 。 八 ン ガ リ ー と 同 様 の 改 革 ・ 民 の 壁 が あ ま り に も 呆 気 な く 崩 壊 し 、 ″ 東 欧 革 命 等 は 一 気 金 と な る 。 主 化 は ポ ー ラ ン ド な ど で は 進 ん で い た が 、 東 ド イ ツ で は に 加 速 し た 。 事 態 の 急 激 な 展 開 に 動 揺 し な が ら も 共 産 党 死 去 の 翌 日 、 こ の 亡 き 改 革 派 の 指 導 者 を 偲 ぶ 追 悼 集 会 パ が 、 民 主 化 を 求 め る 学 生 た ち に よ っ て 北 京 市 内 で 開 催 さ 依 然 、 共 産 党 ( ド イ ツ 社 会 主 義 統 一 党 ) の 最 高 指 導 者 ・ ホ ッ 独 裁 体 制 の 維 持 を 図 っ て い た プ ル ガ リ ア と チ ェ コ ス ロ ネ ッ カ ー に よ る " プ チ ・ ス タ ー リ ン 体 製 が 続 い て い た 。 キ ア の 政 府 も 、 壁 の 崩 壊 か ら わ ず か 数 日 で 倒 れ た 。 民 主 れ る 。 そ れ を 機 に 民 主 化 の 機 運 が 急 速 に 高 ま っ て 、 十 八 と こ ろ が 、 東 ド イ ツ の 人 々 は イ チ か バ チ か の 決 死 の 覚 悟 化 の 動 き を 徹 底 的 に 抑 え 込 み 、 少 な く と も し ば ら く は 盤 日 に は " 胡 耀 邦 追 悼 の 建 前 を 離 れ て ス ト レ ー ト に 民 主 な し に は 西 ド イ ツ へ の 逃 亡 を 試 み る こ と さ え も で き な い 石 で あ る か に 思 わ れ た ル ー マ ニ ア の 独 裁 体 制 も 、 十 ニ 月 化 を 要 求 す る 一 万 人 規 模 の デ モ が お こ な わ れ 、 参 加 者 の が 、 同 じ 東 側 ・ 共 産 圏 に 属 す る 八 ン ガ リ ー に な ら 比 較 的 ニ 十 一 日 、 政 府 お 仕 着 せ の 官 製 集 会 に 動 員 さ れ て 集 ま っ 一 部 は 、 国 会 議 事 堂 に あ た る 人 民 大 会 堂 前 で 座 り 込 み を 自 由 に 移 動 で き る の で あ る 。 ハ ン ガ リ ー 国 内 は あ っ と い た 群 衆 の 中 か ら 「 チ ャ ウ シ ェ ス ク 打 倒 ! 」 の 叫 び 声 が 上 始 め た 。 ニ 十 一 日 に は 天 安 門 広 場 で お こ な わ れ た デ モ に う ま に 東 ド イ ツ か ら の ″ 旅 行 煮 で あ ふ れ 、 や が て 彼 ら が る や 、 氷 が 融 け る よ う に 一 気 に 民 主 化 運 動 が 高 揚 、 政 十 万 人 以 上 が 集 ま っ た 。 広 場 に は 民 主 化 要 求 の プ ラ カ ー は 続 々 と ハ ン ガ リ ー ・ オ ー ス ト リ ア 国 境 を 超 え 、 オ ー ス 府 も 軍 を 出 動 さ せ て こ れ を 鎮 圧 し よ う と し 、 一 連 の 東 欧 ド が 林 立 し 、 あ ち こ ち で 「 官 僚 打 倒 ! 」 の シ ュ プ レ ヒ コ ー ト リ ア 経 由 で 、 そ れ ま で は 決 し て 行 く こ と が で き な か っ 革 命 の 中 で 唯 一 、 流 血 の 市 街 戦 を 経 て 翌 ニ 十 ニ 日 に 共 産 ル が 湧 き 上 が っ た 。 運 動 は 地 方 に も 波 及 し 、 中 国 全 土 の

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本 誌 は 、 外 山 恒 ー の 活 動 に 毎 月 508 円 の 資 金 カ ン バ を し て く れ る 方 に 第 活 動 報 告 “ を 兼 ね て 送 付 し て い る も の で す 。 送 付 を 希 望 さ れ る 方 は 、 [email protected] ま で 、 あ る い は 外 山 に 直 接 、 送 付 先 住 所 ・ 氏 名 を お 知 ら せ く だ さ い 。 毎 月 末 に 「 福 岡 銀 行 春 日 原 支 店 普 通 1167080 ト ヤ マ コ ウ イ チ 」 へ の カ ン バ の 振 込 を 確 認 し 、 翌 月 は じ め に 最 新 号 を 送 付 し ま す 。 本 誌 が 一 方 的 に 送 り つ け て ら れ て く る 全 国 各 地 の 主 だ っ た 友 人 知 人 の 皆 様 も 、 た ま に は 労 を ね ぎ ら っ て カ ン パ い た だ け れ ば と 。 〈 発 行 シ ス テ ム 変 更 の お 知 ら せ 〉 2015 年 1 1 月 発 行 の 第 14 号 ま で 、 。 5000 円 を カ ン バ す る と 最 新 号 が 主 皿 送 付 さ れ る “ と い う シ ス テ ム で し た が 、 現 在 は 000 円 を カ ン パ す る と 最 新 号 が 豆 皿 送 付 さ れ る “ シ ス テ ム と な っ て い ま す 。 ま た 第 14 号 ま で は 表 紙 に 「 非 売 品 」 と 記 載 し て い ま し た が 、 現 在 は 「 頒 価 1000 円 」 と 記 載 さ れ て い ま す 。 つ ま り 、 外 山 か ら の 直 接 の 購 読 者 は 、 手 元 に 1 冊 残 す と し て 、 他 の 4 冊 を 周 囲 の 友 人 知 人 に 転 売 す る こ と に よ っ て 、 実 質 的 に 180 円 ま で 自 己 負 担 額 を 下 げ る こ と が 可 能 で す 。 も ち ろ ん 、 500 円 と か で 廉 価 販 売 し た り 、 あ る い は “ 布 教 、 と 割 り 切 っ て 無 料 配 布 し て も か ま い ま せ ん 。 外 山 恒 ー の 活 動 を 、 金 銭 的 に 支 え る か 、 具 体 的 活 動 で 支 援 し て く だ さ い 、 と い う こ と で 、 周 囲 の 直 接 の 友 人 知 人 に 外 山 の 言 動 を 広 め る 活 動 を 担 う と 先 行 し た 金 銭 負 担 が 相 殺 さ れ る 、 と い う シ ス テ ム な わ け で す 。 ま た こ の 変 更 は 、 第 14 号 ま で コ ン ビ ニ の コ ピ ー 機 で 印 刷 し て い た の が 、 自 前 の 印 刷 機 を 入 手 す る こ と に よ っ て 可 能 と な っ た も の で す 。 入 手 し た 印 刷 機 の 仕 様 の 事 情 で 、 版 型 が A4 か ら B 5 に 変 更 さ れ て い ま す 。 バ ッ ク ナ ン バ ー の 購 入 も 、 第 14 号 ま で は 、 、 1 冊 5000 円 、 、 、 第 15 号 か ら は “ 5 冊 セ ッ ト 5000 円 、 、 で す 。 な お 、 外 山 か ら の 郵 送 購 読 で は 二 バ ラ 売 り 亠 ー は お こ な い . ま せ ん ( 1000 円 で 入 手 し た け れ ば 、 1000 円 ず つ 出 し て く れ る 人 を 周 囲 に 4 人 探 し て く だ さ い ) 。

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辞 、 混 迷 劇 の 続 く な か で 五 月 一 一 十 五 日 に は 中 曽 根 元 総 期 間 限 定 で 目 黒 区 内 に 開 設 さ れ 、 青 生 舎 や <OLL の 若 者 的 に エ ン タ テ ィ ン メ ン ト 化 し よ う と し て い る 様 子 が 窺 え 理 の 国 会 喚 問 。 た ち ( 責 任 者 は 森 ロ 秀 志 ) が 運 営 し た フ リ ー ス ペ ー ス 「 追 い る 。 さ ら に 六 月 三 日 か ら 四 日 未 明 に か け て 、 中 国 の 天 安 風 堂 」 の 、 保 坂 の 表 現 に よ れ ば 「 社 会 党 が 高 齢 者 や 党 支 今 で 言 う " フ リ マ 。 を 路 上 開 催 し て 、 そ こ に ラ イ ト バ ぞ う は ん ゅ う り 門 広 場 で 民 主 化 を 求 め て 座 り こ ん で い た 学 生 、 市 民 に 持 者 を 手 が た く ま と め 、 「 パ ワ フ ル 市 民 連 合 」 が ( 略 ) 無 ン で 乗 り つ け た 伊 藤 書 佳 の バ ン ド 「 造 反 有 理 」 が ゲ リ ラ ・ 向 け て 人 民 解 放 軍 が 銃 撃 の 血 の 雨 を 降 ら せ る と い う 衝 党 派 女 性 票 を ま と め 、 「 追 い 風 堂 」 が 若 者 層 を 掘 り 起 こ ラ イ プ を お こ な う 、 と い う こ と も あ っ た 。 商 店 街 か ら 苦 情 が 出 て 、 古 く か ら の 社 会 党 員 は 「 こ れ じ ゃ 票 を 減 ら し 撃 的 な 事 件 も 起 き た 。 す ー ー こ ん な 三 極 ピ ラ ミ ッ ド 」 で 支 え ら れ た 。 ( 略 ) 「 社 会 党 の 側 と 、 「 パ ワ フ ル 市 民 連 合 」 の 側 で 選 挙 準 備 て る よ う な も ん だ 」 と 顔 を し か め た が 、 保 坂 は 「 内 心 、 日 本 で は 、 よ う や く 宇 野 新 総 理 が 誕 生 し た 。 タ ナ ポ は 別 々 に 進 ん だ 。 と く に 市 民 の 側 は 、 「 型 ど お り 」 で は シ メ シ メ と ほ く そ 笑 ん で い た 。 黄 色 地 に 「 つ ぶ せ ! 消 タ 式 に 総 理 の 席 が 転 が り こ ん で き た 宇 野 氏 は 、 機 嫌 な く て 、 「 型 破 り 」 を 考 え た か っ た の だ が 、 次 々 と 仕 事 費 税 」 と い う 赤 い 文 字 の ノ ボ リ を 林 立 さ せ て 、 十 数 人 の で 「 ヤ ル 気 」 を 能 に 語 っ て い た の だ が ー ー わ ず か 、 を こ な し て い く の が 精 一 杯 と い う 状 態 で あ っ た 」 た め に 、 若 者 が チ ラ シ を ま く 。 ま る で ロ ッ ク コ ン サ ー ト の 会 場 の 数 日 に し て そ の 表 情 は く も ら な く て は な ら な か っ た 。 そ の " 型 破 り の 部 分 を 、 ゴ ー ル デ ン ・ ウ ィ ー ク 中 に オ ー 入 口 の よ う な ノ リ で ー ー 。 音 楽 が あ っ て 、 演 説 が あ る 。 / 古 い 十 票 が 死 ん だ と し て も 、 百 票 を 得 た と い う こ と に 「 サ ン デ ー 毎 日 」 が 首 相 の 女 性 ス キ ャ ン ダ ル を 報 じ た プ ン し た 追 い 風 堂 が 担 う こ と に な る 。 か ら で あ る 。 毎 週 末 に ト ー ク ・ イ ベ ン ト を 開 催 し ( 日 本 ロ ッ ク 史 上 最 私 た ち は 自 信 を 持 っ て い た 」 と い う 。 ( 保 坂 「 あ た た か い 人 間 の こ と ば で 伝 え た い し も 極 左 的 な 政 治 系 バ ン ド で あ る 頭 脳 第 察 の パ ン タ も 登 場 し た と い 六 月 ニ 十 三 日 に 告 示 さ れ た 都 知 事 選 本 番 の 期 間 中 は 、 ー の 前 で 、 女 性 の 支 持 者 を 集 め て リ し ー 式 に 大 う ) 、 六 月 に 入 る と 大 久 保 の 音 楽 シ ー ン の 人 脈 を 活 か し 、 「 ス ー し ゃ ん し ゃ ん た い ふ : ・ ん く だ ん の " 八 九 年 夏 の 参 院 選 。 は こ の 宇 野 内 閣 の も と 目 黒 公 会 堂 を 借 り て 遠 藤 賢 司 、 上 々 颱 風 、 平 山 み き 、 久 保 の 「 素 人 応 援 演 説 大 会 」 を や 」 る な ど し て 、 「 若 者 、 ゅ う か だ ん で お こ な わ れ る 。 参 院 で 少 数 与 党 に 追 い 込 ま れ る ほ ど の 憂 歌 団 、 近 田 晴 夫 、 内 田 裕 也 ら 豪 華 な メ ン ツ に よ る ラ イ 高 齢 者 、 そ し て 女 性 ー ー こ れ ま で の 利 権 政 治 、 ボ ス 政 治 か ら も っ と も 遠 い 位 置 に い た 人 々 の 支 持 を 得 る こ と 」 に 大 敗 の 責 任 を と っ て 辞 任 し た 宇 野 は 、 在 任 わ ず か 六 十 九 プ も 企 画 さ れ 、 九 百 人 を 集 め た 。 生 真 面 目 で 喋 り が 苦 手 の 大 久 保 を 街 頭 に 立 た せ 、 「 「 魔 努 め た よ う だ 。 日 間 と い う 短 命 の 首 相 と な る 。 大 久 保 の 都 議 選 出 馬 も 保 坂 は 当 然 な が ら そ れ ま で 以 上 の ス パ ー リ ン グ 」 と 題 し て 、 公 開 演 説 特 訓 を 課 し た 」 こ 投 票 日 が 近 づ く に つ れ 、 大 久 保 の ポ ス タ ー が 明 ら か に と も あ る と い う 。 「 た と え ば 「 消 費 税 廃 止 」 に 対 し て は 組 織 的 に 破 ら れ た り 目 の 部 分 を 抉 ら れ て い た り す る 被 害 に 本 格 的 に 支 援 す る 。 大 久 保 の 都 議 選 は 、 最 終 的 に は 、 社 会 党 ・ 目 黒 支 部 と 、 誰 か が 大 蔵 官 僚 に な り す ま し て 、 わ ざ と 意 地 悪 な 質 問 を が 多 発 し 、 保 坂 ら は 逆 に 当 選 を 確 信 す る 。 七 月 ニ 日 の 投 票 日 が 来 て 、 翌 日 の 朝 十 時 前 ( 当 時 は 投 票 元 は 社 会 党 だ っ た が 新 左 翼 に 近 い 立 場 で 脱 党 し て 以 降 は す る 。 大 久 保 が 答 え 、 み ん な で 採 点 す る 。 ま た 喜 田 ( 引 無 所 属 の " 市 民 派 ~ で 通 し て い る 目 黒 の べ テ ラ ン の 女 性 用 者 註 ・ 八 0 年 前 後 の 学 生 時 代 に 反 原 発 運 動 に 参 加 し 、 卒 業 後 す ぐ の 翌 日 に 開 票 し て い た と い う こ と だ ろ う ) 、 他 の 陣 営 に 先 が け て 区 議 ( 九 一 年 ま で 五 期 ニ 十 年 ) で 、 大 久 保 も <OLL 以 前 か ら 社 会 党 に 入 党 し た 、 こ の 時 三 十 歳 の 党 機 関 紙 記 者 だ と い う ) が 若 手 大 久 保 に 当 確 が 出 る 。 む ろ ん 、 ニ 位 の 自 民 党 候 補 に 大 差 そ の 選 挙 運 動 な ど に 関 わ っ て い た と い う 、 宮 本 な お み の の 共 産 党 員 に な り す ま し て 大 久 保 に 議 論 を ぶ つ か け る 」 を つ け て の ト ッ プ 当 選 で あ っ た 。 こ の 都 議 選 で 社 会 党 は 支 持 者 た ち か ら 成 る 「 パ ワ フ ル 市 民 連 合 」 と 、 選 挙 戦 の と い う も の で 、 一 定 の 真 面 目 さ を 保 ち つ つ 選 挙 戦 を 徹 底 議 席 を 三 倍 に 増 や し 、 三 十 九 選 挙 区 で 三 十 四 人 が ト ッ プ