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検索対象: 現代日本の文学 28 舟橋 聖一 集

現代日本の文学 28 舟橋 聖一 集から 443件ヒットしました。

現代日本の文学 28 舟橋 聖一 集


れ 、 取 締 役 と な る 。 同 社 か ら 「 白 い 蛇 赤 い 蛇 」 刊 行 。 九 月 、 「 浮 寝 」 昭 和 十 四 年 ( 一 九 三 九 ) 三 十 五 歳 を 「 新 潮 。 に 発 表 。 十 月 、 「 行 動 、 が 紀 伊 国 屋 よ り 創 刊 さ れ 、 阿 部 一 月 、 「 楊 柳 」 を 「 文 学 界 」 に 、 「 す が た 見 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 一 一 知 二 と と も に 同 人 と な る 。 編 集 長 に は 豊 田 三 郎 。 月 、 菊 池 寛 賞 審 査 委 員 と な る 。 谷 崎 潤 一 郎 訳 「 源 氏 物 語 」 刊 行 記 念 昭 和 九 年 ( 一 九 三 四 ) 三 十 歳 講 演 会 に 出 席 し 、 谷 崎 潤 一 郎 の 知 遇 を 得 る 。 九 月 、 「 母 代 , を 、 十 九 月 、 「 自 由 主 義 文 学 の 提 唱 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 、 能 動 精 神 を 唱 え 月 、 「 谷 間 の 宿 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 「 木 石 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 て 作 家 の 積 極 的 活 動 を 主 張 。 十 月 、 「 ダ イ ヴ ィ ン グ 」 を 「 行 動 」 に 昭 和 十 五 年 ( 一 九 四 〇 ) 一 一 一 十 六 歳 発 表 、 同 号 の 小 松 清 の 評 論 「 行 動 主 義 文 学 」 と 共 に 注 目 を 集 め る 。 一 月 、 「 川 音 」 を 「 新 潮 , に 発 表 。 評 伝 「 歴 史 の 一 枚 ー 北 村 透 谷 」 昭 和 十 年 ( 一 九 三 五 ) 三 十 一 歳 を 「 文 学 界 , に 連 載 ( 十 六 年 六 月 ま で ) 。 四 月 、 「 愛 児 煩 悩 」 を 「 文 一 月 、 「 濃 淡 ー ( 「 新 胎 」 ) を 「 行 動 ー に 九 月 ま で 連 載 。 九 月 、 紀 伊 国 芸 」 に 発 表 。 六 月 、 「 川 音 」 を 実 業 之 日 本 社 よ り 刊 行 。 八 月 、 「 姫 鱒 ー 屋 出 版 部 は 解 散 。 「 行 動 ー は 満 一 一 年 二 十 四 号 を 以 て 廃 刊 と な り 、 能 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 五 所 平 之 助 監 督 で 「 木 石 」 映 画 化 さ れ る 。 十 一 一 月 、 「 氷 動 精 神 、 行 動 主 義 の 主 張 も 下 火 と な る 。 「 あ ら く れ 」 休 刊 。 小 林 秀 雪 」 ( 「 り つ 女 年 巴 ) を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 文 芸 家 協 会 理 事 と な る 。 雄 に す す め ら れ て 「 文 学 界 」 に 島 木 健 作 、 阿 部 知 一 一 等 と 参 加 。 十 一 昭 和 十 六 年 ( 一 九 四 一 ) 三 十 七 歳 月 、 ペ ン ク ラ ・ フ 会 員 と な る 。 一 一 月 、 「 篠 笛 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 三 月 、 祖 母 近 藤 広 子 の 喜 寿 を 祝 昭 和 十 一 年 ( 一 九 三 六 ) 三 十 二 歳 う 。 四 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 巻 の 壱 を 「 公 論 」 に 発 表 。 八 月 、 「 相 撲 記 」 一 一 月 、 一 一 ・ 二 六 事 件 起 る 。 四 月 、 「 日 日 の 危 機 」 を 、 五 月 、 「 行 動 主 を 「 文 学 界 ー に ( 十 八 年 三 月 完 結 ) 、 「 女 の 手 , を 「 婦 人 倶 楽 部 」 に 義 文 学 再 建 ー を 文 学 界 に 発 表 。 そ の 後 行 動 主 義 に 行 き 詰 り 、 ス ラ ン 連 載 ( 十 一 一 月 完 結 ) 。 九 月 、 「 夏 痩 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 浅 黄 幕 」 を 「 オ ー ル 読 物 」 に 発 表 。 十 一 月 、 「 篠 笛 」 を 博 文 館 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 プ に 陥 る 。 七 月 、 文 藝 春 秋 社 に よ り 「 文 学 界 」 が 発 行 さ れ る よ う に な る 。 卒 論 に 手 を 入 れ て 「 岩 野 泡 鳴 伝 」 を 六 月 か ら 「 文 学 界 」 に 連 「 男 」 を 「 東 京 日 日 新 聞 , に 連 載 。 載 し 、 十 三 年 十 一 一 月 ま で 続 け る 。 同 月 、 「 行 動 文 学 」 を 創 刊 。 ( 約 一 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 一 l) 三 十 八 歳 年 続 く ) 。 こ の こ ろ よ り 競 馬 に 親 し む 。 一 月 、 「 紅 梅 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 北 村 透 谷 」 を 中 央 公 論 社 よ り 刊 と ん ば や あ き 昭 和 十 ニ 年 ( 一 九 三 七 ) 三 十 三 歳 行 。 三 月 、 厚 生 省 人 口 問 題 研 究 所 嘱 託 と な る 。 四 月 、 「 蜻 蛉 屋 安 芸 一 月 、 「 藍 色 の 道 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 四 月 、 東 京 家 政 学 院 講 師 子 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 発 表 。 五 月 、 文 芸 家 協 会 解 散 、 日 本 文 学 報 国 と な る 。 六 月 、 「 岩 野 泡 鳴 伝 」 ( 上 巻 ) を 青 木 書 店 よ り 刊 行 。 菊 池 寛 会 と な り 、 常 任 幹 事 に 就 任 。 七 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の 巻 の 弐 「 葦 舟 」 を 識 る 。 九 月 、 「 新 風 源 氏 物 語 」 を 「 婦 人 公 論 」 に 十 二 月 ま で 連 載 。 を 「 改 造 」 に 発 表 。 十 一 一 月 、 「 り つ 女 年 譜 」 を 中 央 公 論 社 よ り 刊 行 。 十 月 、 「 木 石 」 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 前 年 よ り 続 い た ス ラ ン プ を 脱 水 谷 八 重 子 等 の 劇 団 芸 術 座 が 「 女 の 手 」 を 上 演 。 す る 。 十 一 一 月 、 「 新 胎 ・ 木 石 」 及 び 「 岩 野 泡 鳴 伝 」 ( 下 巻 ) を 青 木 書 昭 和 十 八 年 ( 一 九 四 三 ) 三 十 九 歳 店 よ り 刊 行 。 一 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の 巻 の 参 「 向 ひ 鶴 」 を 「 文 芸 」 に 発 表 。 「 川 音 」

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五 月 、 同 人 誌 「 歩 行 者 」 に 参 加 、 戯 曲 「 支 配 す る 力 」 「 人 間 の 恋 」 を 発 表 。 二 、 梶 井 基 次 郎 、 外 村 繁 、 阿 部 知 一 一 、 徳 田 戯 一 一 等 が 集 ま る 。 三 月 、 む く ろ 清 元 師 匠 延 玉 英 の 門 下 と な る 。 相 弟 子 に 大 震 災 で 罹 災 し 、 水 戸 へ 避 戯 曲 「 骸 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 東 京 帝 国 大 学 卒 業 。 四 月 、 明 治 大 学 難 中 の 小 伝 馬 町 の 染 物 屋 老 田 弥 吉 が い た 。 彼 に よ っ て 大 工 町 花 街 で 予 科 講 師 と な る 。 十 月 、 戯 曲 「 魑 魅 ー を 「 文 芸 都 市 」 に 発 表 ( 十 一 の 遊 興 を 知 る 。 こ の 老 田 弥 吉 は 後 の 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の モ デ ル で あ る 。 月 、 心 座 第 九 回 公 演 で 上 演 ) 。 文 芸 家 協 会 会 員 と な る 。 一 一 十 五 歳 昭 和 四 年 ( 一 九 二 九 ) 一 一 十 歳 大 正 十 三 年 ( 一 九 二 四 ) 一 一 月 、 戯 曲 「 佝 僂 の 乞 食 」 を 「 歩 行 者 ー に 発 表 。 こ の 年 築 地 小 劇 場 「 魑 魅 」 新 潮 社 刊 行 の 「 日 本 戯 曲 集 第 五 集 」 に 収 録 さ れ る 。 八 月 、 の 東 屋 三 郎 の 紹 介 で 、 小 山 内 薫 の 門 に 入 っ た 。 父 が 東 京 帝 国 大 学 教 長 男 雄 之 介 誕 生 。 心 座 の 左 翼 化 と 相 容 れ ず 脱 退 す る 。 約 四 ヶ 月 間 、 大 連 、 奉 天 、 京 城 を 旅 行 。 授 を 退 官 。 一 一 十 六 歳 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) 二 十 一 歳 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 三 月 、 水 戸 高 等 学 校 を 卒 業 。 四 月 、 東 京 帝 国 大 学 文 学 部 国 文 科 に 入 一 一 月 、 今 日 出 海 等 と 蝙 蝠 座 結 成 。 四 月 、 拓 殖 大 学 講 師 を 兼 任 。 新 興 学 。 九 月 、 池 谷 信 三 郎 、 村 山 知 義 等 と 河 原 崎 長 十 郎 を 中 心 に 新 劇 団 芸 術 派 ク ラ ブ に 参 加 。 戯 曲 「 ・ ハ ン ガ ロ オ の 秘 密 」 を 「 新 潮 」 に 発 「 心 座 」 を 結 成 。 十 月 、 阿 部 知 一 一 、 古 沢 安 一 一 郎 等 と 帝 大 文 芸 部 雑 誌 表 。 処 女 出 版 「 愛 慾 の 匙 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 、 印 税 百 九 十 五 円 を 得 る 。 十 月 、 小 説 「 海 の ほ く ろ 」 を 文 学 時 代 に 発 表 、 川 端 康 成 の 賛 辞 「 朱 門 , を 創 刊 、 小 説 「 信 吉 の 幻 覚 」 を 発 表 。 一 一 十 一 一 歳 を う け る 。 十 一 月 、 コ ク ト ー の 「 声 」 を 今 日 出 海 と 共 同 演 出 。 十 二 大 正 十 五 年 ・ 昭 和 元 年 ( 一 九 一 一 六 ) 月 、 戯 曲 集 「 、 ハ ン ガ ロ オ の 秘 密 」 を 赤 炉 閣 よ り 刊 行 。 五 月 、 「 骨 」 が 牛 込 会 館 に お い て 、 研 劇 協 会 に よ っ て 上 演 さ れ た 。 昭 和 六 年 ( 一 九 三 一 ) 一 一 十 七 歳 同 月 一 一 十 七 、 八 の 両 日 「 痼 疾 者 」 が 新 橋 演 舞 場 の 心 座 第 三 回 公 演 で 初 演 さ れ 、 上 司 小 剣 、 秋 田 雨 雀 等 に 認 め ら れ た 。 七 月 十 一 日 、 父 方 六 月 、 文 芸 家 協 会 評 議 員 と な る 。 九 月 、 「 近 代 生 活 」 同 人 と な る 。 の 伯 父 佐 藤 一 一 郎 の 四 女 佐 藤 百 寿 と 結 婚 。 九 月 、 心 座 第 四 回 公 演 に 築 こ の 年 、 吉 行 ェ イ ス ケ 、 楢 崎 勤 等 と 遊 び 、 竜 胆 寺 雄 と 交 友 を 結 ぶ 。 地 小 劇 場 で 上 演 さ れ た 戯 曲 「 白 い 腕 」 が 、 十 月 、 今 東 光 の 推 薦 に よ 昭 和 七 年 ( 一 九 三 一 l) 一 一 十 八 歳 っ て 「 新 潮 」 新 人 号 に 掲 載 さ れ 、 は じ め て 原 稿 料 八 十 八 円 余 を 得 る 。 一 月 、 「 士 官 夫 人 」 を 「 報 知 新 聞 」 に 連 載 。 間 も な く 掲 載 禁 止 を う け 一 一 十 三 歳 て 中 絶 。 六 月 、 長 男 雄 之 介 急 死 。 七 月 、 あ ら く れ 会 の 同 人 と な り 、 昭 和 ニ 年 ( 一 九 二 七 ) こ の 年 、 今 東 光 を 通 じ て 今 日 出 海 を 知 り 、 交 友 今 日 に 及 ぶ 。 十 一 徳 田 秋 声 門 下 に 列 な る 。 「 あ ら く れ 」 を 創 刊 。 十 一 月 、 「 白 い 蛇 赤 い 月 、 長 女 美 香 子 誕 生 。 東 京 帝 国 大 学 文 芸 部 委 員 長 と な る 。 十 二 月 、 蛇 」 を 「 都 新 聞 」 に 連 載 ( 百 一 一 十 回 完 結 ) 。 明 治 大 学 文 芸 科 講 師 と な る 。 生 活 を 緊 縮 す る た め 、 土 地 一 一 百 坪 を 売 却 、 家 屋 も 三 つ に 分 け て 年 卒 業 論 文 「 岩 野 泡 鳴 の 小 説 及 び 小 説 論 ー を 脱 稿 。 一 一 十 四 歳 そ の 一 部 に 住 む 。 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 昭 和 八 年 ( 一 九 三 = l) 一 月 、 心 座 の 執 行 委 員 長 と な り 、 富 田 常 雄 を 知 る 。 二 月 、 田 辺 茂 一 一 一 十 九 歳 主 宰 の 「 文 芸 都 市 」 に 参 加 。 戯 曲 「 襤 褸 」 を 発 表 。 同 人 に 井 伏 鱒 四 月 、 明 治 大 学 予 科 教 授 と な る 。 六 月 、 紀 伊 国 屋 出 版 部 が 設 立 さ

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文 の 電 話 を か け た り 、 御 愛 想 笑 い を し た り し な け れ ば な ら 野 公 園 へ 遊 び に つ れ て っ て 貰 っ た 。 ル ナ バ ー ク や 、 江 川 の ま れ な か っ た 。 大 正 十 一 年 の 夏 場 所 と い え ば 、 出 羽 の 海 一 門 の 玉 の り や 、 水 族 館 や 、 花 屋 敷 や 、 稀 に は 電 気 館 や 、 三 友 館 も ら ろ ん ほ と ん 全 盛 時 代 で 、 東 の 横 綱 、 大 関 以 下 三 役 は 勿 論 、 殆 ど 幕 内 の な ど へ も 入 っ た 。 背 丈 は 人 並 で も 、 肩 幅 や 胸 幅 は 、 馬 鹿 に 全 部 を 一 門 で 占 め る 程 の 豪 勢 で あ っ た 。 東 西 の 均 衡 が と れ 広 く 、 体 重 も 一 一 十 四 貫 は あ っ た か ら 、 背 中 へ 背 負 さ っ た 感 な い と こ ろ か ら 、 井 筒 部 屋 が 西 へ 廻 っ た り し て い た が 、 」 引 じ は 、 却 っ て 丈 が 低 い だ け に 安 全 感 が 多 か っ た 。 柔 順 な 男 底 歯 の 立 っ 筈 は な か っ た 。 し か し 判 官 贔 屓 の 人 気 は 、 自 で 、 雷 お こ し が 食 べ た い と い え ば 買 っ て く れ た し 、 お 土 産 然 、 弱 い 西 方 に 多 く 弓 し 、 弓 、 う ち に 、 機 敏 な 極 め 手 を も っ て に は 、 き ま っ て 仲 見 世 の ガ ラ ガ ラ を ぶ ら さ げ て 帰 っ た 。 そ い る 手 取 力 士 が も て は や さ れ た 。 今 は 親 方 で 、 監 事 だ っ た の 代 り 、 新 七 か ら 、 そ れ に 該 当 す る 以 上 の 小 遣 銭 を ね だ る り 検 査 役 だ っ た り し て い る 連 中 が 、 西 の 前 頭 一 「 三 枚 目 に こ と を 忘 れ な い で 、 そ ろ そ ろ 小 遣 が ほ し く な る 頃 を 見 は か え び た い ず ら り と 並 ん で い た 。 ら っ て は 、 市 子 を 誘 い 出 す が 、 ま る で 、 海 老 鯛 だ よ と 、 み 網 打 の 新 七 が 子 供 の と き か ら 可 愛 が っ て い た 力 士 で 、 そ ん な は 笑 話 に し て い た 。 よ う や し よ く の こ ろ 、 新 十 両 に な り 、 漸 く 未 来 を 嘱 さ れ て い る 者 が あ っ ど う も 伊 賀 響 の 成 績 は 、 ・ ハ ッ と し な か っ た 。 序 二 段 あ た た 。 伊 賀 の 国 の 男 で 、 は じ め は 伊 賀 響 と い う 偉 そ う な 名 が り で 、 大 分 う ろ う ろ し て い る う ち に 、 後 輩 に 抜 か れ て い っ つ い て い た が 、 大 体 が 小 柄 の 男 で 、 身 長 も 五 尺 四 寸 七 分 と た 。 三 段 目 で も 、 四 年 程 か か っ た 。 同 じ 場 所 の 初 土 俵 の 同 い う の に 、 些 か 名 前 負 け が す る の で は な い か と い う よ う な 輩 が 、 も う 、 飯 の 時 、 う す べ り が 貰 え た り 、 羽 織 を 着 た り た ま つ ば 、 う す あ か 駄 目 も 出 て 、 十 両 に な る と 改 名 し た 。 名 力 士 の 玉 椿 が 、 五 し て い る の に 、 彼 は い つ ま で も 、 板 の 間 の 長 膳 で 、 薄 垢 に こ ひ ょ う ど て ら 尺 三 寸 一 一 分 で あ っ た 。 今 の 立 浪 、 当 時 の 緑 島 が 、 随 分 小 兵 よ ご れ た 褞 袍 を 着 て い た 。 の よ う で い て 、 あ れ で 五 尺 四 寸 九 分 は あ っ た 。 し か し 、 新 「 駄 目 じ ゃ ね え か 。 あ す こ で お め え 、 捲 返 さ れ ち ゃ っ た ん 七 は じ め お 半 や 市 子 ま で 、 改 名 し た あ と の 名 前 よ り 、 昔 の じ ゃ 、 折 角 の 立 合 が 、 ふ い に な っ ち ま う じ ゃ な い か 、 ふ と 音 ま ま の 伊 賀 響 の 方 が 親 し み や す く 、 つ い そ れ な り に 、 新 七 こ ろ が 甘 え よ 、 ま だ 、 ま だ 」 こ 0 と は 伊 賀 、 伊 賀 と 呼 捨 て に し て い た し 、 お 半 た ち も 、 伊 賀 さ と 、 よ く 新 七 に 叱 言 を い わ れ て い た 。 新 七 は 一 杯 機 嫌 ん と い っ た り 伊 賀 関 と い っ た り し た 。 何 し ろ ほ ん と う の べ で 、 伊 賀 響 を 前 に お い て 相 撲 の 講 釈 を い う の が 好 き だ っ 9 イ ベ イ か ら 新 七 が 目 を か け て い た の で 、 市 子 が 七 つ 八 つ の た 。 相 撲 の 手 が 、 投 網 の 手 に な っ た り し た 。 う ま い 相 撲 を 頃 は 、 本 中 時 代 の 伊 賀 響 に 背 負 さ っ て は 、 よ く 、 浅 草 や 上 と る の も 、 う ま い 網 を 打 つ の も 同 じ 理 屈 だ よ と い う の が 、 か え と あ み

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426 校 に 転 校 、 ほ と ん ど 病 気 欠 席 す る ・ 大 正 ニ 年 ( 一 九 一 一 一 l) 九 歳 八 月 、 東 京 府 豊 多 摩 郡 落 合 村 大 字 下 落 合 四 百 三 十 五 番 地 ( 現 新 宿 区 下 落 合 一 ノ 四 三 五 ) に 転 居 、 今 日 に 至 る 。 父 、 工 学 博 士 と な る 。 母 方 の 祖 父 近 藤 陸 三 郎 、 古 河 合 名 会 社 理 事 長 と な る 。 九 月 、 私 立 高 千 穂 小 学 校 に 転 校 。 田 辺 茂 一 と 級 友 に な る 。 大 正 四 年 ( 一 九 一 五 ) 十 一 歳 明 治 三 十 七 年 ( 一 九 〇 四 ) 十 二 月 一 一 十 五 日 、 父 了 助 ( 明 治 十 年 生 、 仙 台 藩 儒 者 元 一 の 四 男 。 東 「 代 表 的 名 作 選 集 」 ( 新 潮 社 刊 ) に よ っ て 小 説 を 読 み は じ め る 。 四 京 帝 国 大 学 工 科 助 教 授 、 採 鉱 冶 金 教 室 ) 、 母 さ わ 子 ( 明 治 十 九 年 生 、 迷 の 「 平 凡 」 、 独 歩 の 「 牛 肉 と 馬 鈴 薯 」 、 泡 鳴 の 「 耽 溺 」 、 風 葉 の 「 恋 古 河 合 名 会 社 理 事 近 藤 陸 三 郎 の 長 女 。 実 家 は 本 所 番 場 町 に あ っ た ) ざ め 」 等 に 心 を 惹 か れ た 。 十 三 歳 の 長 男 と し て 、 東 京 市 本 所 区 横 網 町 一 一 丁 目 一 一 番 地 に 生 れ る 。 ク リ ス 大 正 六 年 ( 一 九 一 七 ) マ ス に ち な ん で 聖 一 と 命 名 。 母 方 の 祖 母 近 藤 広 子 に 寵 愛 さ れ 、 祖 母 高 千 穂 中 学 校 に 進 学 。 十 一 月 、 祖 父 陸 三 郎 死 去 ・ 十 四 歳 の 影 響 を 多 く 受 け る 。 生 後 間 も な く 百 日 咳 に か か り 、 以 後 喘 息 性 ア 大 正 七 年 ( 一 九 一 八 ) レ ル ギ ー 疾 患 が 持 病 と な る 。 生 家 の 筋 向 う に 相 撲 の 友 綱 部 屋 が あ 四 月 、 新 任 の 教 諭 高 田 真 治 が 国 語 の 時 間 に 漱 石 の 「 硝 子 戸 の 中 」 を 講 義 し 、 文 学 へ の 目 を 開 か れ る 。 り 、 幼 少 よ り 相 撲 に 親 し む 。 十 五 歳 大 正 八 年 ( 一 九 一 九 ) 四 歳 明 治 四 十 一 年 ( 一 九 〇 八 ) 本 郷 西 片 町 十 番 地 に 転 居 。 祖 母 を 慕 っ て 番 場 町 に 泊 る 日 が 多 か っ た 。 田 辺 茂 一 と 回 覧 雑 誌 「 揺 籃 , を 創 刊 、 小 説 「 ク レ オ ・ ( ト ラ と 楊 貴 妃 」 五 歳 を 発 表 。 明 治 四 十 ニ 年 ( 一 九 〇 九 ) 十 七 歳 父 、 文 部 省 か ら 三 年 間 の ド イ ツ 留 学 を 命 ・ せ ら れ 、 そ の 間 、 転 地 療 養 大 正 十 年 ( 一 九 二 一 ) 静 岡 県 興 津 ( 祖 母 広 子 の 郷 里 ) の 竜 華 寺 に 高 山 樗 牛 の 墓 を 詣 で 、 ひ を か ね て 、 母 と 神 奈 川 県 腰 越 長 山 の 近 藤 家 別 荘 に 移 り 住 む 。 七 歳 そ か に 文 学 へ の 意 志 を か た め る 。 高 田 教 論 の 水 戸 高 等 学 校 転 校 に よ 明 治 四 十 四 年 ( 一 九 一 一 ) り 、 同 校 進 学 を 志 望 。 花 袋 、 秋 声 、 泡 鳴 を 愛 読 す る 。 四 月 、 腰 越 小 学 校 に 入 学 。 脆 弱 な 体 質 は 漁 村 の 小 学 校 に な じ め ず 、 十 八 歳 大 半 を 欠 席 す る 。 上 京 の 折 、 祖 母 に つ れ ら れ て 一 一 長 町 市 村 座 の 歌 舞 大 正 十 一 年 ( 一 九 二 一 l) 四 月 、 旧 制 水 戸 高 等 学 校 に 入 学 。 高 田 真 治 、 相 良 守 峯 教 授 に つ く 。 学 伎 を 見 物 、 尾 上 菊 五 郎 の 舞 台 姿 に 強 く 印 象 づ け ら れ る 。 八 歳 友 に 土 方 定 一 、 片 柳 真 吉 、 早 崎 文 雄 を 得 る 。 イ ・ フ セ ン 、 チ ェ ホ フ の 戯 曲 明 治 四 十 五 年 ・ 大 正 元 年 ( 一 九 一 一 l) 八 月 、 父 、 ド イ ツ 、 プ ロ イ セ ン の 鉱 山 大 学 留 学 か ら 帰 朝 し 、 東 京 帝 に 興 味 を 抱 き 、 校 友 会 雑 誌 に 短 歌 「 金 蘭 集 」 を 発 表 ( 筆 名 舟 津 慶 之 輔 ) ・ 十 九 歳 大 工 学 部 教 授 と な る 。 一 家 は 本 郷 区 弥 生 町 三 番 地 に 移 り 、 誠 之 小 学 大 正 十 一 一 年 ( 一 九 一 llll)

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顧 問 当 時 、 対 日 講 和 を 担 当 、 条 約 の 事 実 上 の 起 草 者 。 国 務 長 官 ・ た 。 代 表 作 と 監 督 は 「 い と こ 同 士 , ( ク ロ ー ド ・ シ ャ プ ロ ー ル ) = 一 0 ド ッ ジ Joseph M. D0dge0890 ー ) デ ト ロ イ ト 銀 行 頭 取 。 「 大 人 は 分 っ て く れ な い ー ( フ ラ ン ソ ア ・ ト リ ュ フ ォ ) 「 今 晩 お ひ ま 」 ( ジ ャ ン ・ ビ エ ー ル ・ モ キ ー ) コ 一 十 四 時 間 の 情 事 ー ( ア 昭 和 一 一 十 四 年 二 月 、 マ ッ カ ー サ ー 元 帥 の 経 済 顧 問 と し て 来 日 、 わ が 国 の 経 済 安 定 の 基 本 方 式 と し て 超 均 衡 予 算 を 中 心 に 経 済 安 定 ラ ン ・ レ ネ ー ) な ど 。 日 本 で は 松 竹 映 画 「 青 春 残 酷 物 語 」 ( 大 島 渚 ) が 第 一 号 と し て 注 目 を あ び た 。 九 原 則 、 一 ド ル 三 六 〇 円 の 単 一 為 替 レ ー ト の 設 定 、 補 給 金 の 整 理 、 税 制 の 強 化 な ど 一 連 の 計 画 を 発 表 し た 。 こ れ を ド ッ ジ ・ ラ 一 三 0 宮 本 で も 蔵 原 で も 宮 本 顕 治 ( 1908 ー ) は 共 産 党 書 記 長 。 イ ン と い し こ れ に よ っ て 戦 後 日 本 の イ ン フ レ は 終 っ た 。 主 著 に 「 レ ー ニ ン 主 義 文 学 闘 争 へ の 道 」 「 敗 北 の 文 学 」 「 批 判 者 三 0 シ ャ ー ・ フ CarJ S. Shoup ( 1902 ー ー ー ) コ ロ ン ビ ア 大 学 教 授 。 の 批 判 」 ら が あ る 。 蔵 原 惟 人 ( 1902 ー ) は 戦 前 ナ ツ 。 フ の 指 導 的 財 務 省 調 査 顧 問 。 税 制 使 節 団 長 と し て 昭 和 一 一 十 四 年 五 月 に 来 理 論 家 と し て 活 躍 、 戦 後 共 産 党 中 央 委 員 な ど 歴 任 し た 。 主 著 に 日 。 八 月 に 税 制 改 革 勧 告 案 を 発 表 し た 。 税 制 の 近 代 化 、 徴 税 の 「 芸 術 論 」 が あ る 。 改 善 を 名 目 に 税 収 の 増 加 を は か っ た が 、 結 果 は 、 源 泉 徴 収 の 強 一 三 一 一 河 野 一 郎 元 自 民 党 代 議 士 。 舟 橋 聖 一 と は 親 交 深 く 、 永 田 雅 化 、 住 民 税 の 一 一 倍 増 と 、 取 り 易 い 大 衆 課 税 を 優 先 し 、 逆 に 法 人 一 な ど と と も に 「 タ キ シ ー ド 会 」 の メ ン ・ ハ ー 。 後 出 の 「 春 秋 会 」 の 超 過 利 得 税 、 高 額 所 得 の 累 進 課 税 の 廃 止 な ど 独 占 資 本 擁 護 の は 河 野 派 の 親 睦 会 名 。 傾 向 が あ っ た 。 一 三 三 型 機 一 九 六 〇 年 五 月 一 日 、 ソ 連 領 に 入 っ た ス パ イ 活 動 三 一 勤 評 公 務 員 法 に 基 づ く 教 員 の 人 事 管 理 の た め に 勤 務 評 定 を の 米 国 機 型 機 が ロ ケ ッ ト で 撃 墜 さ れ る と い う 事 件 が 起 っ 校 長 が 実 施 し よ う と す る も の で 、 愛 媛 県 で は 昭 和 三 十 一 年 既 に た 。 直 後 の 米 英 仏 ソ 首 脳 会 議 も う ま く い か ず 、 米 ソ 間 が 険 悪 に 実 施 、 翌 年 全 国 に 適 用 し よ う と し た た め 、 文 部 省 と 教 員 組 合 と な っ た 。 日 本 で も 国 会 の 安 保 委 で い わ ゆ る 「 黒 い ジ ェ ッ ト 機 」 の 対 立 は 深 刻 に な っ た 。 が 問 題 と な り 、 地 元 の 厚 木 基 地 住 民 の 反 対 運 動 が 起 っ た 。 一 三 砂 川 伊 達 判 決 都 下 砂 川 基 地 拡 張 の た め の 測 量 作 業 で の 衝 突 一 三 四 岸 へ の 友 情 昭 和 一 一 十 九 年 十 一 月 、 鳩 山 一 郎 を 中 心 と す る 岸 事 件 に 関 し て 、 東 京 地 裁 刑 事 部 の 伊 達 秋 雄 裁 判 長 は 、 米 軍 駐 留 信 介 や 河 野 一 郎 ら の 反 吉 田 派 は 自 由 党 を 脱 党 、 改 進 党 と 合 同 し は 違 憲 、 従 っ て 刑 事 特 別 法 は 無 効 、 デ モ 指 導 者 に 全 員 無 罪 の 判 て 日 本 民 主 党 を 結 成 、 吉 田 の 後 を 受 け て 鳩 山 民 主 党 内 閣 が 成 立 決 を 昭 和 三 十 四 年 三 月 に 出 し た 。 検 察 側 が 最 高 裁 に 飛 躍 上 告 、 し た が 、 立 役 者 の 岸 は 幹 事 長 、 河 野 は 農 相 を つ と め た 。 最 高 裁 は 安 保 条 約 は 違 憲 と は い え す 、 原 判 決 は 失 当 と し て 地 裁 一 一 三 一 一 安 保 批 判 の 会 昭 和 三 十 四 年 十 一 月 に 石 川 達 三 や 中 島 健 蔵 、 に 差 し 戻 し た 。 伊 達 氏 は 裁 判 官 を 辞 し 、 教 壇 の 人 と な っ た 。 青 野 秀 吉 、 松 岡 洋 子 、 滝 沢 修 ら が 中 心 と な っ て 結 成 さ れ た 文 化 ー グ nouvelles vagues ( 仏 ) 新 し い 波 の 意 。 人 、 芸 術 家 、 宗 教 家 な ど の 会 。 を す め に 一 九 五 八 年 頃 か ら フ ラ ン ス 映 画 界 に 登 場 し た 一 種 の ア ・ ハ ン ギ ャ 一 一 三 一 一 狭 衣 物 語 四 巻 ・ 作 者 は 紫 式 部 の 女 大 弐 三 位 と も 楳 子 内 親 王 ル ド 映 画 運 動 で 、 映 画 の 本 質 に つ い て の 鋭 い 反 省 か ら 生 ま れ 宣 旨 と も い わ れ る 。 承 暦 の 頃 成 る 。 狭 衣 の 大 将 と 源 氏 の 宮 と を

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っ た こ ろ 家 の 金 品 を 盗 ん で 逃 亡 す る 泥 棒 。 岩 五 雌 黄 を 施 し 雌 黄 は 砒 素 と 硫 黄 の 化 合 物 。 昔 中 国 で 誤 字 訂 正 三 九 一 ポ テ レ ン 妊 娠 し て 腹 の ふ く れ て い る こ と 。 の た め に こ れ を 塗 っ た 。 詩 文 の 添 削 の 書 。 た ら ば な や 岩 五 柳 宗 元 ( 773 ー 819 ) 唐 の 文 人 、 唐 宋 八 大 家 の ひ と り 。 韓 態 三 九 一 一 円 太 郎 馬 車 橘 家 円 太 郎 と い う 落 語 家 が そ の 御 者 の 真 似 を と と も に 古 文 復 興 運 動 を 提 唱 。 し て 喝 を 博 し た と こ ろ か ら 乗 合 の 鉄 道 馬 車 の こ と を い う 。 三 経 済 国 を 治 め 、 人 民 を 救 う こ と 。 経 国 済 民 。 政 治 ・ 三 九 一 一 ボ ギ ー 車 鉄 道 車 輪 の 取 付 方 で 一 一 軸 四 輪 ま た は 三 軸 六 輪 の 三 契 春 季 皇 霊 祭 現 在 の 春 分 の 日 ・ 旧 制 大 祭 の 一 。 宮 中 皇 霊 殿 で 車 台 一 一 組 の 上 に 車 体 を の せ 、 車 体 を 自 由 に 回 転 し 得 る 構 造 を 天 皇 が 歴 代 の 天 皇 、 皇 后 、 皇 親 を 祭 る 皇 霊 祭 。 も っ た 客 車 ま た は 電 車 の こ と 。 一 実 一 籌 を 輸 す 籌 は 勝 負 を 争 う 時 の 数 取 り の 道 具 ・ 輸 は 負 け 善 意 る ・ や や 劣 る 。 ひ け を と る 。 三 名 陶 淵 明 ( 365 ー 4 ) 六 朝 時 代 の 晋 の 詩 人 。 名 は 潜 、 五 柳 先 四 0 一 一 グ レ ナ ー デ ン grenadine ( 仏 ) ザ ク ロ の 果 汁 。 生 と 称 し た 。 官 吏 生 活 を き ら っ て 辞 し 、 「 帰 去 来 辞 」 を 賦 し た 。 夏 痩 三 伽 羅 先 代 萩 歌 舞 伎 脚 本 。 奈 河 作 。 安 永 六 年 大 坂 中 の 芝 居 初 演 。 仙 台 の 城 主 伊 達 家 に 起 っ た 家 督 相 続 の 内 紛 に 関 す る 事 四 0 六 宗 祗 法 師 ( 1421 ー 1502 ) 室 町 後 期 の 連 歌 師 。 公 家 武 家 に 古 件 を も と に し て 脚 色 し た も の 。 今 伝 授 を し 、 ま た 諸 国 を 遍 歴 し て 連 歌 、 文 化 の 普 及 に つ と め く ら ペ お く に か ぶ 、 岩 〈 仁 木 弾 正 仁 木 弾 正 左 衛 門 。 「 伊 達 競 阿 国 戯 場 , に 登 場 し 、 た 。 連 歌 論 書 「 吾 妻 問 答 」 は 一 名 「 隅 田 川 」 と も い い 連 歌 の そ う せ 、 主 家 の 幼 君 を 殺 し て 、 お 家 乗 取 り を 謀 る が 露 見 し て 滅 び る 。 作 法 書 と し て 有 名 。 「 老 の す さ み 」 は 宗 礰 、 心 敬 、 七 賢 ら の 三 〈 一 本 草 綱 目 本 草 学 の 研 究 書 。 明 の 李 時 珍 の 著 。 五 十 一 一 巻 。 句 を 中 心 に 鑑 賞 、 批 評 し た も の で あ る 。 六 一 伊 達 貞 山 初 代 藩 主 伊 達 政 宗 の こ と 。 四 冥 四 書 「 大 学 」 「 中 庸 」 「 論 語 」 「 孟 子 」 の 総 称 。 四 2 水 魚 の 交 り 魚 と 水 と は 離 れ る こ と が で き な い よ う に 、 ご 百 七 号 具 さ き の こ と く 親 し い 交 際 の た と え 。 三 〈 = 松 旭 斎 天 勝 ( ? ー 】 設 4 ) 奇 術 師 。 本 名 は 野 呂 か つ 。 十 一 歳 四 水 無 瀬 三 吟 百 韻 室 町 後 期 の 連 歌 集 。 長 享 一 一 年 04 ) 後 鳥 解 の 時 初 代 松 旭 斎 天 一 の 門 を 腓 き 、 西 洋 手 品 を 極 め て 大 規 模 な 羽 院 一 一 百 五 十 周 忌 に 宗 祇 が 弟 子 肖 柏 、 宗 長 と 三 人 で 賦 し た 百 魔 術 に ま で 発 展 さ せ 、 全 国 の 大 劇 場 に 進 出 し て 活 躍 し た 。 韻 連 歌 。 名 句 が 多 く 古 来 百 韻 連 歌 の 典 型 と さ れ て い る 。 か よ 、 注 夭 三 箱 師 汽 車 や 電 車 な ど の 乗 物 の 中 で ス リ を 常 習 す る も の 。 巴 六 だ ん ま り 歌 舞 伎 で 、 登 場 人 物 が せ り ふ 無 し で 闇 中 に さ ぐ 三 公 一 廃 刀 令 大 礼 服 や 正 規 の 服 装 以 外 に 帯 刀 を 禁 止 し た 法 令 。 り あ う 動 作 を 誇 示 す る 演 出 方 法 。 紅 野 敏 郎 明 治 九 年 三 月 公 布 。 小 野 寺 几 三 尖 お 目 見 得 ド ロ 新 た に 人 の 家 に 奉 公 し て 住 み 込 み 、 勝 手 知 か っ 、 い ど ろ ぼ う あ ん

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430 根 」 を 「 群 像 」 に 発 表 。 「 高 持 家 の 姦 淫 」 を 「 改 造 ー に 連 載 。 歌 舞 昭 和 三 十 年 ( 一 九 五 五 ) 五 十 一 歳 伎 座 復 興 の こ け ら 落 し に 「 箕 輪 の 雪 ー が 猿 之 助 ・ 時 蔵 に よ っ て 上 演 一 一 月 、 『 寝 も や ら ぬ 夏 子 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 四 月 、 「 善 意 」 を 「 新 さ れ る 。 三 月 、 谷 崎 潤 一 郎 監 修 ・ 舟 橋 聖 一 脚 色 ・ 久 保 田 万 太 郎 演 出 潮 」 、 「 鴛 鴦 の 間 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 連 載 ( 三 十 一 年 十 二 月 完 「 源 氏 物 語 」 ( 第 一 部 ) が 菊 五 郎 ・ 猿 之 助 両 劇 団 に よ っ て 初 演 さ れ る 結 。 三 十 一 一 年 七 月 文 藝 春 秋 新 社 刊 ) 。 六 月 、 「 白 い 魔 魚 」 を 「 朝 日 新 ( 歌 舞 使 座 ) 。 六 月 、 「 墨 田 川 物 狂 ひ 」 が 新 生 新 派 に よ っ て 上 演 さ れ 聞 」 に 連 載 ( 二 百 八 十 回 完 結 。 三 十 一 年 三 月 、 四 月 〔 完 結 篇 〕 新 潮 る ( 歌 舞 使 座 ) 。 十 月 、 「 源 氏 物 語 」 が 歌 舞 伎 座 で 再 演 さ れ 、 十 一 月 社 刊 ) 。 「 春 色 梅 暦 」 を 「 文 芸 」 に 連 載 ( 三 十 一 年 八 月 完 結 ) 。 十 一 に は 大 阪 で 三 演 さ れ る 。 月 、 「 秋 の 月 の 虚 像 」 を 「 中 央 公 論 」 に 発 表 。 昭 和 ニ 十 七 年 ( 一 九 五 一 l) 四 十 八 歳 昭 和 三 十 一 年 ( 一 九 五 六 ) 五 十 一 一 歳 一 月 、 「 力 士 と 双 生 児 」 を 「 文 藝 春 秋 」 、 「 似 顔 の キ リ ス ト 」 を 「 中 一 月 、 「 白 薊 」 を 「 新 潮 」 に 、 「 も て 遊 び 草 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 央 公 論 . 文 芸 特 集 号 に 発 表 。 「 芸 者 小 夏 」 を 「 小 説 新 潮 ー に 発 表 、 四 月 、 「 新 ・ 忠 臣 蔵 」 を 「 毎 日 新 聞 」 に 連 載 。 六 月 、 「 黒 い 花 粉 ー を 以 後 「 夏 子 も の 」 は 、 三 十 六 年 十 一 一 月 ま で 満 十 年 間 連 載 さ れ る 。 四 「 週 刊 読 売 」 に 連 載 。 七 月 、 「 荒 ら う み 」 を 「 別 冊 小 説 新 潮 」 に 断 続 連 載 。 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 理 事 長 を 辞 任 。 六 月 、 「 不 肖 の 子 」 を 「 群 像 」 昭 和 三 十 ニ 年 ( 一 九 五 七 ) 五 十 三 歳 に 発 表 。 七 月 、 「 花 の 生 涯 」 を 「 毎 日 新 聞 - 夕 刊 に 連 載 ( 四 百 八 回 完 一 月 、 「 顔 師 」 を 「 中 央 公 論 」 に 、 「 紅 葉 の 湯 」 を 「 文 藝 眷 秋 」 に 発 結 ) 。 十 月 、 「 夜 の 蝶 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 表 。 「 新 ・ 忠 臣 蔵 」 ( 全 十 一 一 巻 ) を 毎 日 新 聞 社 よ り 刊 行 し は じ め る ( 三 昭 和 ニ 十 八 年 ( 一 九 五 三 ) 四 十 九 歳 十 六 年 九 月 完 了 ) 。 三 月 、 随 筆 集 「 み ち づ れ 」 を 宝 文 館 よ り 刊 行 ・ 一 月 、 「 紅 顔 白 髪 」 を 「 新 潮 」 、 「 あ る 黄 昏 . を 「 改 造 ー に 発 表 。 二 四 月 、 来 日 し た イ リ ヤ ・ エ レ ン ・ フ ル グ を 自 宅 に 招 き 歓 談 、 一 タ を と 月 、 著 作 権 問 題 に つ ぎ 大 蔵 委 員 会 公 聴 会 に 出 席 。 三 月 、 「 夜 の リ ポ も に し た 。 六 月 、 「 顔 師 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 「 白 い 魔 魚 」 の モ デ ル ン 」 を 「 産 業 経 済 新 聞 ー に 連 載 ( 二 百 六 十 回 完 結 ) 。 四 月 、 「 山 雪 抄 」 問 題 で 突 然 民 事 訴 訟 を 起 さ れ 、 夏 、 そ の 公 判 傍 聴 の た め 岐 阜 に 滞 を 「 中 央 公 論 ー に 発 表 。 「 花 の 生 涯 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 ( 続 篇 を 十 在 、 帰 途 、 尾 崎 士 郎 の 案 内 で 三 州 吉 良 へ 赴 き 、 「 新 ・ 忠 臣 蔵 」 の 資 一 月 に 刊 行 ) 。 九 月 、 「 絵 島 生 島 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 連 載 。 野 間 賞 が 料 調 査 を す る 。 十 月 、 「 若 い 果 実 し を 芸 術 座 ( 東 宝 現 代 劇 ) で 上 演 、 復 活 、 そ の 選 考 委 員 と な る 。 十 月 、 「 た か 女 覚 書 」 を 「 文 藝 眷 秋 」 に 発 表 。 演 出 も 担 当 し た ( 脚 本 は 十 一 一 月 「 婦 人 画 報 」 に 掲 載 ) 。 五 十 四 歳 昭 和 三 十 三 年 ( 一 九 五 八 ) 昭 和 ニ 十 九 年 ( 一 九 五 四 ) 五 十 歳 一 月 、 「 ツ ン ・ ( 売 り の お 鈴 」 を 「 文 藝 春 秋 」 、 「 過 去 の タ 景 色 , を 「 群 一 月 、 「 春 怨 」 を 「 別 冊 小 説 新 潮 ー に 発 表 。 「 花 実 」 を 「 中 央 公 論 」 像 ー に 発 表 。 「 若 い セ ー ル ス マ ン の 恋 ー を 「 中 央 公 論 」 に 連 載 ( 九 月 に 連 載 ( 十 二 月 完 結 ) 。 武 智 鉄 一 一 、 川 口 秀 子 の 結 婚 の 媒 酌 人 を つ と め 完 結 ) 。 「 海 の 百 万 石 」 を 「 東 京 新 聞 」 に 連 載 ( 三 百 八 十 回 完 結 。 三 る 。 三 月 、 東 京 馬 主 協 会 副 会 長 と な る 。 五 月 、 「 朱 の 花 粉 ー を 「 週 間 読 売 」 に 連 載 。 七 月 、 「 青 麦 の 頃 」 十 月 、 「 青 稲 の 頃 ー を 「 別 冊 小 十 年 十 二 月 〔 上 ・ 中 巻 〕 、 三 十 一 年 一 月 〔 下 巻 〕 講 談 社 刊 ) 。 十 二 月 、 「 風 流 抄 」 を 文 藝 春 秋 新 社 よ り 刊 行 。 説 新 潮 」 に 発 表 。

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お お い こ れ す え 序 の ロ に 入 る も の ・ 昊 三 大 神 惟 季 ( 10 ー 184 ) 平 安 朝 時 代 の 伶 人 ( 笛 師 ) 、 の ち 左 近 衛 将 監 に 進 む 。 「 一 咒 羽 織 を 着 た り 十 両 力 士 以 上 が 着 る 。 三 五 一 テ ケ ッ チ ケ ッ ト の 訛 。 切 符 売 子 。 り つ 女 年 譜 三 五 一 一 ヶ レ ン 外 連 。 正 法 を 破 り 、 専 ら 俗 受 け を 旨 と し て ご ま か し の き く あ り さ ま 。 一 一 石 0 神 嘗 祭 天 皇 が 新 穀 を 伊 勢 神 宮 に 奉 る 祭 。 宮 中 で 遙 拝 の 式 及 の さ ) 三 五 四 三 河 島 事 件 大 正 十 一 一 年 一 月 、 東 京 相 撲 力 士 会 は 協 会 に 対 び 賢 所 の 親 祭 を 行 い 、 皇 大 神 宮 並 び に 豊 受 大 神 に 、 幣 及 び 荷 前 つ 、 の き ぬ し 、 養 老 年 金 倍 額 増 な ど 三 項 目 の 待 遇 改 善 要 求 を 提 出 し た 。 協 の 調 絹 な ど 奉 る 。 会 が 初 場 所 後 検 討 と い う 妥 協 案 を 示 し た の に 対 し 、 誠 意 な し と 三 七 一 一 源 氏 名 「 源 氏 物 語 」 五 十 四 帖 の 帖 名 に ち な ん で つ け ら れ た し て 逆 に 十 一 項 目 の 新 要 求 を つ き つ け た こ と で 双 方 が 一 層 硬 名 。 後 、 遊 女 の 呼 び 名 、 タ 霧 、 若 紫 な ど に 用 い た 。 さ ら に 転 じ 化 。 横 綱 、 大 関 、 立 行 司 の 調 停 工 作 も 不 成 功 に 終 り 、 幕 内 力 士 て 、 帖 名 と は か か わ り な く 娼 妓 の 妓 名 と な る 。 三 十 六 名 、 十 両 力 士 一 一 十 九 名 、 行 司 十 四 名 が 三 河 島 の 日 本 電 解 三 七 三 村 田 春 海 0746 ー 】 811 ) 江 一 尸 中 期 の 国 学 者 。 歌 人 。 号 は 琴 会 社 工 場 に 陣 取 り 、 土 俵 を 構 え た が 、 警 視 総 監 ら の 調 停 で ど う 後 翁 。 真 淵 門 下 で 仮 名 遣 の 研 究 に 造 詣 深 く 、 和 歌 、 雅 文 な ど に に か 本 場 所 を 消 化 し た と い う 事 件 も 長 じ た 。 「 琴 後 集 , 「 和 学 大 概 」 な ど の 著 書 が あ る 。 三 五 四 横 綱 大 錦 卯 一 郎 。 相 撲 界 最 高 位 の 横 綱 と し て 、 調 停 に 乗 り 三 七 四 惟 光 が お 「 源 氏 物 語 」 の 主 人 公 光 源 氏 の 腹 心 の 従 者 。 光 源 出 し た が 不 成 功 に 終 り 引 退 し た 。 氏 よ り や や 年 長 で 、 世 故 に も た け 、 色 好 み に か け て は 、 し た た か な 先 達 だ が 、 主 君 の た め に は 骨 身 を 惜 し ま な い 。 し か も 主 従 間 に 自 由 な 感 情 の 交 流 が み ら れ た 。 ・ 、 こ し 」 ー 0 た ま も の ま え あ さ ひ の た も と 1 五 七 玉 藻 前 「 玉 藻 前 曦 袂 」 。 浄 瑠 璃 。 浪 岡 橘 平 、 浅 田 一 鳥 ら 合 三 七 四 平 賀 源 内 ( 一 728 ー 1779 ) 本 名 風 倫 。 元 讃 岐 高 松 藩 士 。 国 学 、 ら し ゃ 作 。 鳥 羽 帝 の 兄 薄 雲 皇 子 が 天 下 を 望 み 、 右 大 臣 藤 原 道 春 の 守 護 儒 学 、 本 草 学 に 通 じ 、 寒 暖 計 、 羅 紗 、 エ レ キ テ ル 、 砂 糖 栽 培 な す る 宝 剣 獅 子 王 を 盗 ま せ 、 道 春 の 姉 娘 桂 姫 を 殺 す 。 妹 娘 初 花 姫 ど の 普 及 発 明 を し た 科 学 者 と し て も 知 ら れ て い る 。 代 表 作 は は 玉 藻 の 前 と し て 后 に 上 る が 、 妖 狐 が の り 移 り 、 薄 雲 皇 子 と 結 「 風 流 志 道 軒 」 ん で 天 下 を 覆 そ う と し て 討 た れ 、 悪 霊 が 殺 生 石 と な る 。 三 七 四 南 畝 ( 17 お ー 1823 ) 本 名 大 田 覃 。 号 は 、 他 に 、 四 方 赤 良 、 蜀 山 三 合 成 駒 や 歌 舞 伐 俳 優 の 屋 号 。 東 京 で は 中 村 歌 右 衛 門 、 芝 翫 、 人 な ど 。 狂 詩 、 洒 落 本 、 滑 稽 本 の 作 者 。 平 賀 源 内 に 認 め ら れ 、 福 助 な ど 。 関 西 で は 中 村 鴈 治 郎 、 扇 雀 な ど 。 そ の 序 文 を 得 て 「 寝 惚 先 生 文 集 」 を 出 版 、 代 表 的 狂 詩 作 者 と な る 。 昊 一 萬 朝 報 日 刊 新 聞 。 明 治 二 十 五 年 、 黒 岩 周 六 ( 涙 香 ) に よ り 三 羹 に 懲 り て 膾 を 吹 く 羹 の 熱 い の に こ り て 冷 た い 膾 を も 吹 い て 食 う 。 転 じ て 一 度 の 失 敗 に こ り て 用 心 し す ぎ る こ と 。 懲 / 羹 創 刊 。 翻 訳 小 説 を は じ め 文 芸 欄 に 特 に 力 を 注 い だ 。 大 正 九 年 、 あ え も の 涙 香 の 死 に よ り 刊 。 吹 ク レ 韲 プ 〈 辞 ・ 九 章 〉 じ り の 紀 き な

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( 二 十 四 年 十 一 一 月 完 結 ) ・ の 劇 化 上 演 ( 明 治 座 ) 。 六 月 、 「 相 撲 記 」 を 創 元 社 よ り 刊 行 。 四 十 四 歳 昭 和 ニ 十 三 年 ( 一 九 四 八 ) 四 十 歳 昭 和 十 九 年 ( 一 九 四 四 ) 一 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の 巻 の 四 を 「 文 学 界 」 に 発 表 。 十 二 月 、 空 襲 一 月 、 「 伽 羅 焚 き 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 雪 夫 人 絵 図 」 を 「 小 説 新 潮 」 に 連 載 ( 一 一 十 五 年 十 一 一 月 完 結 ) 。 六 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 初 代 理 事 長 と 下 の 東 京 を の が れ て 熱 海 に 疎 開 。 四 十 一 歳 な る 。 八 月 、 後 楽 園 に お け る 里 見 弴 還 暦 記 念 試 合 に 、 遊 撃 手 と し て 昭 和 ニ 十 年 ( 一 九 四 五 ) 一 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 の 巻 の 八 を 書 き 上 げ る 。 同 じ 頃 熱 海 に 居 た 谷 出 場 。 九 月 、 「 無 風 」 を 改 造 社 よ り 刊 行 。 四 十 五 歳 崎 潤 一 郎 と 往 き 来 し て い た 。 三 月 、 両 親 は 仙 台 へ 、 妻 子 は 一 ノ 関 郊 昭 和 ニ 十 四 年 ( 一 九 四 九 ) 外 の 萩 荘 村 へ 疎 開 。 五 月 、 「 悉 皆 屋 康 吉 」 を 創 元 社 よ り 刊 行 。 初 版 一 月 、 芥 川 賞 が 復 活 し 、 そ の 選 考 委 員 に な る 。 「 サ ン タ ・ キ ア ラ の 三 千 部 の う ち 一 一 千 部 が 空 襲 の た め 焼 失 。 七 月 、 志 賀 高 原 ホ テ ル に て 御 顔 」 を 「 新 潮 」 に 発 表 。 「 花 の 素 顔 」 を 「 朝 日 新 聞 」 に 連 載 ( 百 七 「 散 り 散 ら ず 」 を 書 く 。 八 月 、 萩 荘 村 で 終 戦 を 迎 え る 。 た だ ち に 上 十 二 回 完 結 。 九 月 、 朝 日 新 聞 社 刊 ) 。 三 月 、 「 ひ る 顔 、 夜 顔 , を 「 文 京 。 九 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 設 立 代 表 委 員 と し て 再 建 の た め に 動 く 。 藝 春 秋 」 に 連 載 。 キ ア ラ の 会 誕 生 ( 現 在 の 会 員 は 、 有 馬 頼 義 、 有 吉 十 一 一 月 、 日 本 文 芸 家 協 会 書 記 局 長 と な る 。 会 長 菊 池 寛 。 佐 和 子 、 井 上 靖 、 遠 藤 周 作 、 北 杜 夫 、 源 氏 鶏 太 、 沢 野 久 雄 、 芝 木 好 四 十 一 一 歳 子 、 日 下 令 光 、 野 口 冨 士 男 、 舟 橋 聖 一 、 船 山 馨 、 北 条 誠 、 三 浦 朱 門 昭 和 ニ 十 一 年 ( 一 九 四 六 ) 一 月 、 「 毒 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 「 横 に な っ た 令 嬢 」 を 「 キ 水 上 勉 、 八 木 義 徳 、 吉 行 淳 之 介 の 十 七 名 ) 。 十 月 、 「 落 月 」 を 「 群 像 」 に ン グ ー に 連 載 ( 十 一 一 月 完 結 ) 、 は げ し い 非 難 を 受 け る 。 一 一 月 。 戯 曲 発 表 。 「 六 代 菊 五 」 を 「 文 学 界 」 に 断 続 連 載 ( 一 一 十 七 年 七 月 ま で 、 未 完 ) 。 四 十 六 歳 「 滝 ロ 入 道 の 恋 」 が 猿 之 助 ・ 八 重 子 に よ っ て 東 京 劇 場 で 上 演 さ れ 、 四 昭 和 ニ 十 五 年 ( 一 九 五 〇 ) ヶ 月 の ロ ン グ ラ ン だ っ た が 、 劇 評 家 か ら は 総 攻 撃 を 受 け た 。 四 月 、 一 月 、 「 山 山 の 色 」 を 「 文 藝 春 秋 」 、 「 こ こ ろ 変 り 」 を 「 中 央 公 論 」 「 満 月 」 を 「 月 刊 読 売 」 に 連 載 ( 二 十 一 一 年 五 月 完 結 ) 。 新 生 新 派 で に 発 表 。 「 光 君 草 子 」 ( 「 源 氏 物 語 草 子 」 ) を 「 新 潮 」 「 文 芸 」 に 断 続 連 「 団 之 助 紅 」 上 演 。 九 月 、 「 団 之 助 紅 . を 「 京 都 新 聞 」 に 連 載 。 競 馬 載 ( 未 完 ) 。 作 家 の 税 金 問 題 で 、 大 蔵 大 臣 池 田 勇 人 と 面 談 。 四 月 、 日 が 復 活 。 同 好 の 士 、 永 田 雅 一 、 吉 川 英 治 と 交 友 を 深 め る 。 本 文 芸 家 協 会 理 事 長 に 再 選 さ れ る 。 六 月 、 横 綱 審 議 会 委 員 と な る 。 四 十 三 歳 十 一 月 、 「 山 芸 者 」 を 「 中 央 公 論 」 文 芸 特 集 号 に 、 「 落 ち 渋 柿 , を 譜 昭 和 ニ 十 ニ 年 ( 一 九 四 七 ) 四 月 、 「 老 茄 子 」 を 「 文 藝 春 秋 」 に 発 表 。 五 月 、 「 団 之 助 紅 」 映 画 化 。 「 改 造 ー に 発 表 。 谷 崎 潤 一 郎 作 「 少 将 滋 幹 の 母 」 を 東 を ど り の た め 原 作 料 に 菊 池 覚 の 愛 用 車 を 贈 ら れ る 。 六 月 、 今 日 出 海 、 林 房 雄 、 河 に 脚 色 し 、 新 橋 演 舞 場 で 演 出 。 「 続 雪 夫 人 絵 図 」 を 新 潮 社 よ り 刊 行 。 年 上 徹 太 郎 と 復 刊 さ れ た 「 文 学 界 」 の 編 集 に あ た る 。 七 月 、 「 鵞 毛 」 文 部 省 国 語 審 議 会 委 員 、 東 京 馬 主 協 会 理 事 と な る 。 十 二 月 、 「 女 め を 「 文 学 界 」 に 連 載 ( 十 月 完 結 ) 。 祖 母 近 藤 広 子 死 去 。 九 月 、 「 冬 夏 く ら 双 紙 」 を 「 別 冊 文 藝 春 秋 」 に 連 載 。 四 十 七 歳 堂 御 占 ー ( 「 老 茄 子 続 稿 」 ) を 「 群 像 ー に 発 表 。 「 左 ま ん じ 」 を 文 藝 春 昭 和 ニ 十 六 年 ( 一 九 五 一 ) 4 秋 新 社 よ り 刊 行 。 十 二 月 、 「 裾 野 ー を 「 別 冊 文 藝 眷 秋 」 に 断 続 連 載 一 月 、 「 華 燭 」 を 「 新 潮 」 、 「 お げ ん の 恋 」 を 「 文 藝 春 秋 」 、 「 青 首 大

現代日本の文学 28 舟橋 聖一 集


に 引 込 ん だ が 、 や が て 、 盆 に の せ て 、 康 吉 の 前 に 茶 碗 を 出 だ 」 し た と き 、 康 吉 は お 喜 多 の 、 な め ら か な 白 魚 の よ う な 指 先 伊 助 は ( タ と 当 惑 し た 風 で あ っ た 。 笄 町 の 田 沼 と い う の を 、 目 に 沁 み る よ う な 思 い で 、 ジ ッ と 見 た 。 は 、 そ の 頃 、 売 出 し の 金 融 界 の 一 人 者 で あ り 、 ど ん な 無 理 「 そ れ じ や ア 、 あ ん た の 気 持 も よ く わ か っ た か ら 、 一 つ 、 を い わ れ て も 、 要 求 に 応 じ な け れ ば な ら ぬ 礙 目 に あ っ た 。 考 え て お き ま し よ う 。 何 し ろ 、 こ の 頃 は 、 店 の こ と は 、 伊 「 だ っ て お こ と わ り す る わ け こ ま 、 冫 を し 力 な い ん で し よ 」 助 に ま か し て あ る も ん だ か ら 、 あ れ に 訊 か ん こ と に は 、 仕 「 そ う ー ー 困 っ た ね ー ー と も か く 、 誰 か 取 り に 上 ら し て 事 の 手 順 も 何 も わ か ら ん の だ か ら 。 そ の 上 で 、 な る べ く 、 は か 稲 川 さ ん の 都 合 の い い よ う に 、 計 ら い ま し よ う 。 又 、 四 、 「 じ ゃ 、 お 引 受 け し て い い の ね ー 五 日 し た ら 、 来 て 見 て ご ら ん な さ い 」 「 困 る こ と は 困 る が 、 ま あ 、 仕 方 が な い で し よ う 」 と 、 最 後 に 市 五 郎 は 、 わ け の わ か っ た 挨 拶 を し た 。 し か 「 で も 、 見 込 が 立 た な い な ら 、 お こ と わ り し た 方 が い い わ し 、 そ れ か ら も 、 伊 助 爺 さ ん に は な か な か 話 が 通 じ な い の よ 」 で 、 康 吉 も 、 な る べ く 、 伊 助 爺 さ ん の い な い 折 を 見 る よ う 「 そ う で す ね ェ 」 の れ ん に し て 、 梅 村 の 暖 簾 を く ぐ っ た 。 と こ ろ が 、 或 る 日 、 例 の と 、 眉 を よ せ て 、 今 ま で 、 康 吉 を つ か ま え て 、 勝 手 な 御 ご と た く 如 く 、 伊 助 に と つ つ か ま っ て 、 長 々 と お 説 教 を 聞 い て い る 託 を な ら べ て い た 伊 助 爺 も 、 俄 か に 、 青 菜 に 塩 の て い た ら く で あ っ た 。 と 、 ガ ラ ッ と 障 子 を あ け て 、 お 喜 多 が 出 て 来 て 、 こ う が い は な は 「 伊 助 さ ん 、 今 、 笄 町 の 田 沼 さ ん か ら お 電 話 で ね 、 こ の 「 甚 だ 差 出 が ま し い よ う で す が 、 そ れ じ ゃ 、 私 ん と こ で 、 よ な ペ 間 、 み せ て 貰 っ た 帯 を あ と 二 つ 三 つ 花 模 様 を や か に し て 何 と か い た し ま し よ う か 。 今 す ぐ 衄 げ ば 、 今 夜 、 夜 業 で 染 お っ し ゃ 急 に 明 日 の 晩 ま で に 、 仕 立 て て 貰 い た い っ て 仰 有 る ん だ け め さ せ て 大 丈 夫 、 明 晩 の 九 時 ま で に 仕 立 て さ せ ま す 」 れ ど と 、 康 吉 が 、 こ の と き と ば か り 、 買 っ て 出 た 。 と 、 立 っ た ま ま で い い 、 「 ほ ん と で す か い 」 そ う ご う 「 あ ら 、 康 吉 さ ん 、 い ら っ し ゃ い 」 と 、 見 る 見 る 、 伊 助 の 相 好 は く ず れ た 。 と 、 首 を 下 げ た 。 康 吉 と い う 名 前 ま で 、 い っ 知 っ た か 、 「 き っ と お 役 に 立 ち ま し よ う 。 そ の 代 り 、 出 来 ま し た ら 、 お 喜 多 は 知 っ て い た 。 昔 を 忘 れ て 、 稲 川 の 店 も 、 目 を か け て 下 さ い ま し 」 や し き 「 そ い つ は 困 る ね 。 明 日 な ん て い っ た っ て 、 そ り や 無 理 「 そ れ じ や ア 、 康 吉 さ ん に た の も う 。 二 郎 ー ー ー 笄 町 の お 邸 に わ あ お な