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検索対象: アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1
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1. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

丿ー作家アガサ日クリスティは、〈ミステリ ーの女王〉ともよばれた、すぐれた作家です。 きゅうでん ぎじどう 「クリスティは、バッキンガム宮殿や議事堂やロンドン塔と同じくらい、イギリスらしさをそな じんぶつ えんげきせいさくしゃ ついとうぶん えた人物だった」と、『ねずみとり』の演劇制作者ソーンダースは追悼文でのべています。〈死の こうしやくふじん さんじ 公爵夫人〉ともよばれたクリスティにとって、これほどの賛辞はないでしよう。 クリスティのミステリー世界には、古きよき時代のイギリスが、あざやかにえがかれています。 ちゅうりゅう かんけつぶんしよう 中流イギリス人の考え方、生活ぶりが、簡潔な文章によって浮き彫りになっています。 こせい はっき と、つじよ、つ たしかにクリスティ作品には、きわだった個性を発揮する人物はあまり登場してきませんが、 とくちょう えいごふくどくほん それだけに、イギリス人の特徴が強くあらわれます。日本の高校や大学の英語副読本にクリス りゆ、つ ティ作品がしばしば使用されている理由も、そのためでしよう。 しよじよさく そうかいじけん 一九二〇年、三十歳のときに、処女作『スタイルズ荘の怪事件』を発表、そして、一九七六年 に八十五歳でなくなるまで、クリスティはミステリー界の第 いっせんかつやく じよおう テ一線で活躍しました。ミステリーの女王とよばれたのは、 ちょうへん ス さっ さくひんすう ステリー長編だけで六十六冊にの・ほる作品数のためではあ ク ほんやくしゆっぱん どくしゃ りません。百三か国で翻訳出版されて、多くの読者がクリス サ ちゃくそう たく こうせい ガティ作品を読みつづけてきたのは、作品の着想・構成・巧み ものがたり な物語などのためです。 さつか じよおう はっぴょう 243

2. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

し力いせ ものがたり れる最後の十人目まで殺されてしまうという、意外性にとむ物語で、クリスティ自身、いちばん 好きな自作のトップにあげている作品です。 しよう クリスティは、カーやロースンのように機械的なトリックをあまり使用しません。密室のドア し たねあ どくしゃ あ こうか きかいそうさ を機械操作で開け閉めしても、その効果は、マジックの種明かしがすめば、読者の心に余韻をの こしてくれません。それをクリスティはさけたかったのでしよう。 ものがたり クリスティがくりかえし読まれるのは、物語をものがたるうまさがあるからでしよう。また、 すいりしようせつろん アンド ボワロー & ナルスジャック ( フランスの二人のミステリー作家 ) は、『推理小説論』のなかで、こう 書いています。 「筋の展開の緊密さと、今日でもなお手本となりうるような構成の簡潔さがある。クリスティ作 じようとうしゆだん ーのりつばな常套手段があかされるだろう。 品のレントゲン写真を撮れば、ミステリ ものがたりじ こうせい ボワロー & ナルスジャックは、クリスティ作品の構成のみごとさを指摘していますが、物語自 ひょうか この みりよく 体の株カ ( なぜ多くの人たちが好んで読みつづけるか ? ) については、さほど評価していませ ほんらい ーの大きな魅力なのです。 ん。しかし、本来は、それがミステリ ホームズ物語にも、彼らの指摘がびったりあてはまります。つまり、ホームズ物語が読まれる ようにクリスティ作品も読まれていることを、わたしたちはわすれてはならないと思います。 す すじてんかい じさく アンド きんみつ と こんにち きかいてき こ、っせい かんけっ してき じしん みつしつ よいん 247

3. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

いじゅう のうじようけいえい ちょうさ じけんきろく の調査する事件を記録するのですが、のちに南米のアルゼンチンに移住して農場経営をするよう しよじよさく エービーシーさつじんじけん そうかいじけん になります。処女作『スタイルズ荘の怪事件』 ( 一九二〇年 ) 、『 0 殺人事件』 ( 一九三三年 ) な とうじよ、つ どに登場。 ーテイ』 ( 一九 アリアドネⅡオリヴァー夫人は、この本にはでてきませんが、『ハロウィーン たいい 、」、つき ぞうわす 六九年 ) 、『象は忘れない』 ( 一九七二年 ) など後期の作品で、ヘイスティングズ大尉のようにボワロ じよしゅ じよせい さつか の助手をつとめる女性ミステリー作家で、はじめて登場するのは、『ひらいたトランプ』 ( 一九三六 はいいろかみとくちょう ーのプロットを考えるとき 年 ) です。ゆたかな灰色の髪が特徴のリンゴ好きな女性で、ミステリ には、リンゴなしではいられません。 ボワロは、『カーテン』 ( 一九七五年 ) で、病気のために死にました。『カーテン』は第二次大戦 びよういん しがんかんごふ 中、クリスティがロンドンの病院で志願看護婦をしながら書いた作品です。また、クリスティ リー。ヒング・マーダー』 ( 一九七六年 ) も書いていま は、同じ時代に最後のミス・マープルもの『ス たんてい すが、作者みずからが、シリ ーズとなった探偵を殺すのは異例のことです。ドイルは、ホームズ たき にうんざりして、ライへン、、ハッハの滝に落として、いちじ殺してしまったことがありますが、結 きよくどくしやしゆっぱんしゃようせい ふつかっ 局、読者や出版社の要請によって復活させました。 クリステイも、ボワ口にうんざりしている、と別の作家に話したことがありますが、ほんとう に殺してしまったときには、世界じゅうのミステリー読者がおどろきました。ある新聞では、一 ちゅう ふじん びようき なんべい ころ れい しんぶん だい じたいせん 237

4. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

じよおう 日セイヤーズ、ナイ ーの女王とよばれた人物には、ドロシー イギリスの女流作家で、ミステリ ねんだいいこう ちゅうせいぶんがくけんきゅうしんきよく オマーシュなどがいます。しかし、一九五〇年代以降、セイヤーズは、中世文学研究 ( 『神曲』 さくひんすう ほんやく けんきゅう で知られるダンテの翻訳・研究 ) にもどりました。マーシは、ニ = ージーランドに住み、作品数 ビーディー しにん ゾアⅱモイーズ ( 「死人はスキーをしない』 ) 、・・ジェーム も多くありません。その後も。ハトリ、 こうけいしやもく あくま とう・ ズ ( 『黒い塔』 ) 、ルース日レンデル ( 『わが目の悪魔』 ) などが、クリスティの後継者と目されてきま したが、まだミステリーの女王とよばれるまでにはなっていません。 「わたしが死んで十年もすれば、だれもわたしの名前を耳にすることもなくなるでしよう」と、 けんそん せいぞうき ばんねん 晩年のクリスティはのべています。今年で死後十年になりますが、〈ソーセージ製造機〉と謙遜し せいぜん たクリスティの作品は、すこしも色あせていません。生前とかわらす読まれています。 さつじんげんば さつじんじけん クリスティの作品には、もちろん殺人事件が起きますが、その殺人現場は、すこしもおどろお じしんしがんかんごふ さつじん どくやく どろしていません。毒薬による殺人が多いのは、クリスティ自身、志願看護婦として病院につと け・いけーん めた経験を生かしているのですが、なによりも〈きれいな殺人〉を心がけたためなのです。 は ひはん もちろん、クリステイへの批判も多くあります。現実性をだいじにするハードボイルド派のチャ げんじっかん - ウアン日ダインは、・目へ刀、も。ハズ ンドラーは、現実感に欠けているといって非難しました。また、。 じんこうてき とうじよう ものがたり しようせつ ル小説の書ぎ手でありながら、「ボワ口が登場する物語は、しばしば人工的で、あっかう謎もこ じつけがあり、現実感がなくなっている : : : 」とのべています。 じよりゅうさつか か ひなん げんじっせい じんぶつ びよういん なぞ 244

5. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

しんぶんこうこく しりったんてい 日パインが掲載する新聞広告です。 これが、私立探偵パーカー し ふこう げんいん やくしよとうけい 三十五年のあいだ役所で統計の仕事をしてきた。ハイン氏は、不幸の原因は五つしかないことを けっしん たいしよくご しりったんていじむしょ さとりました。それで退職後、私立探偵事務所をひらいて、世の中の不幸な人を助けようと決心 じけん しよろうだんせい しました。はげ頭にめがねをかけた、この初老の男性がひきうける事件は、かならずしも犯罪が らみのものとはかぎりません。 短編集『パーカー パインの事件簿』 ( 一九三四年 ) に登場する依頼人たちは、さまざまです。 ふじん たいえきぐんじん よっきゅうふまん ある退役軍人は、刺激がほしくて欲求不満になっていますし、ある金持ちの婦人は、金はあって きようみ じんせい : つまり、人生への興味をうしないかけた人びともいます。 も生活が楽しくない : ふじん ひしょ すいりさつか パインは、秘書のレモンや推理作家オリヴァー夫人 : : : などの力をかりながら、依頼人たちを こうふく 幸福にしてしまうのです。ミス・レモンは、探偵ボワロの秘書もしています。またオリヴァー夫 ししゃ ちょうへん 人は、長編の『マギンティ夫人は死んだ』 ( 一九五二年 ) 、『死者のあやまち』 ( 一九五六年 ) 、『ハロ じゅうようじんぶつ ウィーン ーテイ』 ( 一九六九年 ) などに登場し、ボワ口につぐ重要な人物です。アリアドネ じしん してき オリヴァー夫人はクリスティ自身だ、という指摘もあるほどです。 しゅうろく * この本に収録した作品について 「すずめばちの巣」 (Wasps'Nest) 短編集『二重の罪』 ( 一九六一年 ) に収録された作品ですが、 たんべんしゅう す じけんぽ たんべんしゅう たんてい にじゅうつみ らいにん しゅうろく らいにん はんざい 239

6. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

れんあい きかいぶんめい ものがたりはいけい クリスティのミステリーには、恋愛が多く物語の背景に使われます。現代の機械文明は、わた しんば したちをとまどわせるほど進歩していきますが、人間の心やものの考え方は、それほど進歩でき にんげんせい ません。むしろ、過去の時代のほうが、より人間性がゆたかではなかったか、と、うたがいたく なるくらいです。 れんあいしようせつ 人間の心がかわらないあかしとして、恋愛小説は人びとの心をひきつけます。ドイルのホーム はんざいじけん ものがたり ズ物語にしても、恋愛からひきおこされる犯罪事件が多くみられます。 どくしゃ また、ホームズ物語には、意外性 ( 読者のおどろき ) が、物語・謎にあらわれています。クリ じゅうようし スティの作品も、意外性が重要視されています。 はんにん さつじんじけん 『アクロイド殺人事件』 ( 一九二六年 ) で、クリスティの名が高まったのも、犯人の意外性のためで ぎろん ふこうへい どくしゃ こうへい した。読者にとって、この物語が公平だったか、不公平だったかという問題で、多くの議論がた とうじようじんぶつ たかわされました。ドロシー セイヤーズは、「読者はすべての登場人物をうたがってみるべき ぎわく じしん こうどうびようしゃ ですーと弁護しました。クリスティ自身は、「犯人の疑惑の行動を描写しておいたから、読者をだ ましたわけではない」といいきっています。 ( わたし自身は、クリスティのことばはこじつけで、 ゅうめい 作品そのものも、有名なだけで、けっしてすぐれているとは思えません。 ) くろば、つ だいざい ものがたりふうどうよう 『そして誰もいなくなった』 ( 一九三九年 ) は、古い物語風の童謡「十人の小さな黒ん坊」を題材 としたミステリーで、はなれ小島にあつまった十人の男女が一人ずつ殺されていき、犯人と思わ だれ なぞ ころ いがいせい 246

7. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

そうじようさつじんじけん ヴァンⅡダインの作品 ( 『べンスン殺人事件』、『僧正殺人事件』 ) そのものが、現代のわたしの目 げんじっせい ものがたりじたい からみても、探偵や物語自体に現実性がないと思えます。ですから、ヴァン日ダインの批判は、 じさく 自作を批判しているように思えます。 せいりつ げんじっ しようせつなぞと しようせつ もともと、パズル小説 ( 謎解き小説 ) の世界は、現実ばなれしているから成立しているのです。 しんわでんせつ さくしやけんきゅうしやどくしゃ ものがたり このことがわからない作者・研究者・読者は、ずいぶんいます。物語は、神話伝説のむかしか ら、そうしたものとして語りつがれてきました。 こん ) 」う しゅじんこう 現代は、小説と物語が混合している時代です。主人公がいかに生きるべきか ? なぜそのよう しゆたい な生き方を選んだのかを主体にして書くのが小説とすれば、物語は、筋のおもしろさを主体にえ は チャンドラー ロス日マクドナルドなどの がくものです。 ードボイルド派の作ロ ( ハメット、 と 作品 ) が、探偵の生き方を問う小説とすれば、クリスティの小説は、筋のおもしろさをねらって おと います。小説も物語も、どちらがすぐれているか、劣っているかというものではありません。 さいぶびようしゃ さきに書いたように、クリスティのミステリーは、細部の描写がいきいきとしています。イギ ちゅうりゅうかてい リス中流家庭の生活ぶり ( 庭づくり・食事・ものの考え方 ) が、クリスティのミステリーからよ どくしゃ じゅうだい くわかります。読者は、そうした平凡な生活のなかに重大な危機がひそんでいることを知って、 じようりゅうかいきゅう びじゅっひん おどろきます。また上流階級が金と時間をかけてつくりだした美しい庭や、美術品とも思える かぐしよっき 家具、食器のたぐいを、うらやみながらも楽しむことができるのです。 えら ノ たんてい たんてい へいばん さつじんじけん すじ ひはん 245

8. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

せんそうげんいん スパルタの戦争の原因となった美女ヘレンに似た若い女性の命をすくうのです。もちろん、彼女 ちゅうもく じけん に注目し、事件が起きそうなムードを知らせるのはクインです。クインは、サタースウ = イト老 じん だいこうしゃ 人を自分の代行者のように動かす力があるようです。 きようめい 歌手のカルーソーがうたうとき、ワイングラスが共鳴でこわれたというエ。ヒソードをふまえた はんざいじけん 犯罪事件ですが、こうしたトリックものは、クイン・ゾ 、リーズではめずらしい作品でしよう。 あ みようじようしようしつじけん ほんべん 「明けの明星消失事件」 (TheRegattaMystery) 本編は、アメリカで出版された短編集『ョッ しゅうろく ひょうだいさく ト・レース事件』 ( 一九三九年 ) に、表題作として収録されたものですが、事件そのものは、ヨッ かんけい あ みようじようしようしつじけん ト・レースには関係がないので、「明けの明星消失事件」のほうがよりふさわしいと思います。 じつぎようかはだみ あ みようじよう 実業家が肌身はなさずもちあるいている大きなダイヤ〈明けの明星〉が、おおぜいの人たちの目 ようぎ せいねん けいか の前で消えうせる。容疑をかけられた青年の依頼をうけて、。ハインが、事件の経過をきいただけ で、真相を見ぬいてしまいます。 この場合、。ハインは安楽椅子探偵 ( 探偵が事件の話をきくだけで解決する ) の役をはたしたことに なりますね。 * アガサクリスティ (Agatha Christie) の作品について めいたんてい そうぞう エルキュールボワロ、ジェーンⅱマープルなどの名探偵を創造したイギリスの女流ミステ かしゅ しんそう き じけん あんらくいすたんてい びじよ わかじよせい いのち かいけっ しゆっぱん やく たんべんしゅう じよりゅう ろ う 242

9. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

さいのう 本編では、ボワロは自分の才能を誇らしげに語ります。ロぐせの「わたしは偉大なる男だ」と はくしゅ いうせりふもみられます。また、ボワロは、「自分に匹敵する才能のぬしに出会ったら拍手しよう はんにんこうしゆだい かんぜんはんざい ともいいます。そして最後に、完全犯罪にやぶれた犯人を絞首台に送らねばならないことを嘆い てみせます。 どくしゃ しんし そっちよく このようなイギリス紳士らしからぬ率直さが、つつしみが美徳のイギリス読者に、かえって受 けたのでしよう。 と、つじよ、つ “クイン登場」 (The Comming of Mr. Quin) 十二月三十一日の夜のパーティの席上 ろうじん きみようちゅうねんふうふ のドラマです。サタースウェイト老人は、奇妙な中年夫婦に惹きつけられます。深く愛しあって なぞ みようあいて いる彼らなのに、妙に相手の心をさぐっているようすなのです : : : その謎を、だしぬけにあらわ やみき と はめつ れたクインが解いて、夫婦を破減からすくいだし、ふたたび夜の闇に消えていぎます。 ばうかんしゃ ものがたり じんせい 人生の傍観者であるサタースウェイト老人は、この物語ではじめて、芝居の観客の立場をすて なぞと えんぎしゃ て、演技者のようにふるまうことになりますーーーっまり、謎を解いたクインにかわって事件の真 しせん 相を語り、人びとの視線をあびる立場にたつのです。 ほんべん クイン登場ーと同じように、短編集 「ヘレンの顔」 (The Face of Helen) 本編も「ハ じけんば しゅうろく 『クイン氏の事件簿』に収録された作品です。 たんていやく かつやく この物語では、サタースウ = イト老人が探偵役として活躍します。古代ギリシアの国トロイと そう ほんべん し ひってき ひ びとく かんきやくたちば じけんしん たんべんしゅう せきじよう なげ 241

10. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

偕成社文庫発刊に際して 今村廣 文化は人類存在の唯一の証しであり、その根源はわたしたちひとりひとりの心の深奥に発する。本 を通しての心の営みが文化を支える重要な柱であるとの認識は、児童出版をもって文化の進展に寄与 しようとするわが社出版理念の原点である。 第二次大戦後三十年、わたしたちの生活はいちおうの向上を見た。テレビ、新聞、雑誌等のマスメ ディアは盛況をきわめ、教育の普及も世界の最先端にある。だが一歩内実に立ちいったとき、わたし たちはそこに真の精神の躍動と豊かな実りの芽を見いだすことがでぎるであろうか。子どもたちも、 テレビ、雑誌、マンガの氾濫と、受験競争との両極にはさまれて、たくましい知的好奇心をのばし豊 かな心を育てる人間形成の基本に欠けるところが大きい。わたしたちは読書万能をとなえるものでは ないが、いまこそ声を大にして、本を通しての知的触発と精神錬磨の重要性を強調したいと思う。 こうした見地からわたしたちは良書を入手しやすい形で常時提供するという出版社本来の義務をは たすため、偕成社文庫の発刊に踏みきった。すなわち戦後発表された日本の児童文学を主体に、ノン フィクション、外国乍ロロこ イロ冫いたるまで現在および将来に読みつがるべき秀作を幅ひろく刊行すること を本旨とする。具体的には第一に埋もれた良書の再発掘をふくめて一定水準以上の作品を継続的に供 給し、第二に印刷造本の簡素化により低廉な価格の実現をはかろうとするものである。とくに収録作 品の質を高くたもっことによって本文庫の声価を維持し読者に適書選択の手がかりを供することも本 文庫の大きなねらいである。わたしたちは偕成社文庫を一時的脚光をあびる出版でなく、地味ながら 永遠に子どもたちとともにある事業として維持推進することをここに誓う。 一九七五年十一月