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日本会議の正体


第 1 章 日 本 会 議 の 現 在 【 東 海 プ ロ ッ ク 】 長 野 ( 支 部 数 4 Ⅱ 中 信 、 北 信 、 南 信 、 東 信 ) 岐 阜 ( 支 部 数 5 Ⅱ 中 濃 、 飛 騨 、 羽 島 市 、 可 茂 、 東 濃 ) 静 岡 ( 支 部 数 1 Ⅱ 浜 松 ) 愛 知 ( 支 部 数 Ⅱ Ⅱ 西 三 河 、 尾 張 北 、 一 宮 、 名 古 屋 、 春 日 井 、 西 春 日 井 、 名 古 屋 東 、 名 古 屋 中 央 、 名 古 屋 北 部 、 名 古 屋 西 部 、 知 多 ) 三 重 ( 支 部 数 6 Ⅱ 四 日 市 、 鈴 亀 、 名 張 、 伊 勢 、 津 、 伊 賀 ) 【 近 畿 プ ロ ッ ク 】 滋 賀 ( 支 部 数 4 Ⅱ 1 区 、 2 区 、 3 区 、 4 区 ) 京 都 ( 支 部 数 2 Ⅱ 北 部 、 洛 南 ) 大 阪 ( 支 部 数 7 Ⅱ 泉 州 、 北 摂 津 、 北 河 内 、 中 河 内 、 南 河 内 、 堺 部 会 、 大 阪 市 ) 兵 庫 ( 支 部 数 7 Ⅱ 中 ・ 西 播 磨 、 摂 丹 、 阪 神 北 、 西 宮 芦 屋 、 東 播 磨 、 淡 路 島 、 北 播 ) 奈 良 ( 支 部 数 2 Ⅱ 奈 良 北 、 大 和 ) 和 歌 山 ( 支 部 数 2 Ⅱ 紀 南 、 和 歌 山 ) 【 中 国 プ ロ ッ ク 】 鳥 取 ( 支 部 数 4 Ⅱ 中 部 、 境 港 、 東 部 、 西 部 )

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島 根 ( 支 部 数 0 ) 岡 山 ( 支 部 数 Ⅱ Ⅱ 児 島 、 津 山 、 岡 山 北 、 玉 島 、 倉 敷 、 真 庭 、 旭 、 総 社 、 井 原 、 岡 山 東 、 浅 ロ ) 広 島 ( 支 部 数 川 Ⅱ 三 原 、 呉 ・ 江 田 島 、 廿 日 市 、 福 山 、 世 羅 、 東 広 島 、 尾 道 、 広 島 中 央 、 広 島 西 、 広 島 安 佐 ) 山 口 ( 支 部 数 7 Ⅱ 宇 部 、 萩 、 下 関 、 岩 柳 、 周 南 、 防 府 、 長 門 ) 【 四 国 。 フ ロ ッ ク 】 ま っ し げ あ な ん な か 徳 島 ( 支 部 数 7 Ⅱ 日 和 佐 、 鳴 門 、 松 茂 、 板 野 、 北 島 、 徳 島 第 一 、 阿 南 那 賀 ) 香 川 ( 支 部 数 2 Ⅱ 丸 亀 、 高 松 ) 愛 媛 ( 支 部 数 8 Ⅱ 宇 和 島 、 四 国 中 央 、 今 治 、 松 山 、 八 幡 浜 、 大 洲 、 新 居 浜 、 東 温 ) 高 知 ( 支 部 数 3 Ⅱ 四 万 十 、 安 芸 、 高 知 ) 【 九 州 プ ロ ッ ク 】 福 岡 ( 支 部 数 川 Ⅱ 中 央 ・ 東 部 、 中 央 ・ 西 部 、 中 央 ・ 南 部 、 北 九 州 ・ 東 部 、 北 九 州 ・ 西 部 、 県 や め ち く し 南 ・ 北 部 、 県 南 ・ 八 女 筑 紫 、 県 南 ・ 柳 川 、 県 南 ・ 大 牟 田 、 筑 豊 ) 佐 賀 ( 支 部 数 5 Ⅱ 武 雄 、 佐 賀 、 佐 賀 東 、 唐 津 、 伊 万 里 ) 長 崎 ( 支 部 数 5 Ⅱ 西 そ の ぎ 、 対 馬 、 平 戸 、 佐 世 保 地 区 、 長 崎 地 区 ) 熊 本 ( 支 部 数 Ⅱ 玉 名 第 一 、 玉 名 中 央 、 阿 蘇 北 、 阿 蘇 中 、 菊 池 、 合 志 、 菊 陽 大 津 、 中 部 下 益 城 、 と う お ん

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戸 川 猪 佐 武 「 新 興 宗 教 の 内 幕 ④ 生 長 の 家 ー ー ・ 雑 然 た る 宗 教 の 百 貨 店 」 『 宝 石 』 一 九 七 六 年 五 月 号 林 雅 行 「 草 の 根 運 動 め ざ す 『 改 憲 軍 団 』 日 本 を 守 る 国 民 会 議 の 野 望 」 『 創 』 一 九 八 七 年 六 月 号 林 雅 行 「 『 自 由 主 義 史 観 』 登 場 の 背 景 と そ の 系 譜 」 『 創 』 一 九 九 七 年 三 月 号 日 隈 威 徳 「 生 長 の 家 の 『 教 義 』 と 運 動 、 ー ー 復 活 す る " 戦 犯 宗 教 。 の 素 顔 」 『 前 衛 』 一 九 八 三 年 六 月 号 溝 ロ 敦 「 理 事 長 退 任 劇 で 激 震 ! 『 生 長 の 家 内 紛 は 参 院 選 に 重 大 影 響 を 与 え る 』 」 『 週 刊 ポ ス ト 』 一 九 八 二 年 九 月 一 七 日 号 山 田 直 樹 「 宗 教 と カ ネ 『 生 長 の 家 』 ① — ② 」 『 週 刊 実 話 』 二 〇 一 一 年 一 月 二 〇 ・ 二 七 日 号 「 改 憲 へ の 三 段 跳 び ー ー ー ・ は か ら す も 日 米 コ ー ラ ス と な っ た 国 民 運 動 の タ イ ミ ン グ 」 『 0 』 一 九 八 一 年 一 一 月 六 日 号 「 現 代 宗 教 者 に 問 う ⑦ 生 長 の 家 副 総 裁 谷 口 清 超 」 『 中 央 公 論 』 一 九 八 三 年 八 月 号 「 驕 れ る 自 民 党 に 三 下 り 半 を つ き つ け た 『 生 長 の 家 』 の 深 謀 」 『 週 刊 サ ン ケ イ 』 一 九 八 三 年 八 月 二 五 日 号 「 『 中 共 侵 攻 』 に 抗 し て 九 州 に 築 い た 谷 口 雅 春 の 砦 」 『 週 刊 文 春 』 一 九 八 五 年 七 月 四 日 号 「 ″ 光 ″ 落 っ ! 生 長 の 家 創 設 者 谷 口 雅 春 氏 の 一 世 紀 」 『 週 刊 現 代 』 一 九 八 五 年 七 月 六 日 号 「 日 本 を 守 る 国 民 会 議 が 打 ち 出 し た 改 憲 運 動 の 中 身 」 『 創 』 一 九 八 七 年 五 月 号 「 コ ッ 然 と 『 2 2 0 万 人 』 が 消 え た ミ ス テ リ ー 『 生 長 の 家 』 信 者 が 1 年 で 『 300 万 』 ↓ 『 万 』 へ 」 『 — < >- 』 一 九 八 八 年 五 月 二 〇 日 号 「 教 祖 以 来 の ″ 聖 戦 論 ″ を 否 定 し た 『 生 長 の 家 』 副 総 裁 の 真 意 」 『 サ ン デ ー 毎 日 』 一 九 九 二 年 八 月 一 六 三 日 号 「 生 長 の 家 ・ 元 本 部 講 師 が 綴 る こ れ が 『 生 長 の 家 』 の 真 相 か ! ① — ③ 」 『 ゼ ン ボ ウ 』 一 九 九 二 年 九 — 一 一 月 256

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事 務 総 長 ・ 椛 島 有 三 の 原 点 国 会 周 辺 な ど を 大 規 模 な デ モ 隊 が 埋 め つ く し た 年 安 保 闘 争 に 続 き 、 い わ ゆ る 全 共 闘 運 は ざ か い き 動 へ と つ ら な っ て い く 端 境 期 の 19 6 6 年 。 国 公 立 、 あ る い は 私 学 を 問 わ ぬ 全 国 の 大 学 の キ ャ ン パ ス は 新 左 翼 系 セ ク ト の 学 生 た ち に 席 巻 さ れ 、 各 校 の 学 生 自 治 会 は 、 彼 ら 、 彼 女 ら が 主 導 権 を 握 る 運 動 の 拠 点 と 化 し て い た 。 と こ ろ が 、 九 州 の 長 崎 大 学 で こ の 年 の 川 月 、 小 さ い な が ら も 現 在 に つ な が る 重 要 な 異 変 が 起 き た 。 同 大 教 養 学 部 の 自 治 会 選 挙 で 、 左 派 学 生 主 導 の ス ト ラ イ キ に 反 対 を 唱 え る 右 派 学 生 の 「 有 志 会 」 が 一 般 学 生 の 説 得 に 成 功 し 、 委 員 長 の 座 を 獲 得 す る 勝 利 を 収 め た の で あ る 。 右 派 学 生 が 自 治 会 ト ツ 。 フ の 座 を 奪 取 す る の は 主 要 大 学 で 初 め て の 出 来 事 で あ り 、 こ れ を あ ん ど う い わ お 主 導 し た の が 同 大 2 年 生 の 椛 島 有 三 、 1 年 生 の 安 東 巌 と い っ た 面 々 だ っ た 。 い す れ も 生 長 の 家 系 の サ ー ク ル 「 精 神 科 学 研 究 会 」 の メ ン バ ] で あ り 、 両 親 や 本 人 が 生 長 の 家 の 熱 心 な 信 者 で あ る と い う 共 通 点 が あ っ た 。 椛 島 ら の 活 動 が 特 異 だ っ た の は 、 新 左 翼 セ ク ト に 席 巻 さ れ た 大 学 キ ャ ン パ ス で 地 道 に 、 そ し て 執 念 深 い ほ ど 熱 心 に 、 " 活 動 理 論 の 構 築 。 と " 組 織 力 の 強 化 。 に 取 り 組 ん だ 点 に あ 2

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元 号 ( 年 ) 西 暦 ( 年 ) 事 項 和 3 1964 8 月 日 生 長 の 家 政 治 連 盟 ( 生 政 連 ) 結 成 昭 1966 5 月 1 日 生 長 の 家 学 生 会 全 国 総 連 合 ( 生 学 連 ) 結 成 2 月 日 長 崎 大 学 で 生 学 連 が 教 養 部 自 治 会 を 手 中 に 収 め る ⅱ 月 日 早 稲 田 大 学 を 中 心 に 日 本 学 生 同 盟 ( 日 学 同 ) 結 成 1967 7 月 5 日 長 崎 大 学 学 生 協 議 会 結 成 材 月 日 総 選 挙 で の 自 民 党 支 援 を め ぐ っ て 日 学 同 が 分 裂 。 自 民 党 系 の 反 主 流 派 は 後 に 消 減 月 生 学 連 、 日 学 同 が 提 携 し て 原 子 力 空 母 エ ン タ ー 。 フ ラ イ ズ の 佐 世 保 入 港 賛 成 の 統 一 行 動 3 月 日 九 州 学 生 自 治 体 連 絡 協 議 会 ( 九 州 学 協 、 安 東 巌 委 員 長 ) 結 成 。 同 年 中 に 全 国 9 プ ロ ッ ク に 地 域 学 協 を 順 次 結 成 。 5 月 日 日 学 同 、 生 学 連 な ど が 参 加 し て 全 国 学 生 団 体 協 議 会 ( 全 学 協 ) を 結 成 月 5 日 作 家 ・ 三 島 由 紀 夫 が 民 間 防 衛 組 織 「 楯 の 会 」 を 結 成 関 連 年 表 4 ー CI'08 ー 258

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的 自 由 に 対 す る 制 限 除 去 」 の 覚 書 を 発 し 、 治 安 維 持 法 な ど と と も に 戦 前 の 宗 教 団 体 法 も 廃 止 さ れ る こ と に な っ た 。 ま た 同 年 月 に は 、 い わ ゆ る 「 神 道 指 令 」 を 発 し た 。 計 4 項 か ら 成 る 同 指 令 は 、 国 家 神 道 が 「 国 民 を 欺 い て 侵 略 戦 争 に 誘 導 す る た め に 意 図 」 さ れ た も の で 「 軍 国 主 義 や 過 激 な 国 家 主 義 の 宣 伝 に 利 用 」 さ れ た と 断 し 、 「 国 家 神 道 、 神 社 神 道 に 対 す る 政 府 の 保 証 、 支 援 、 保 全 、 監 督 な ら び に 弘 布 の 廃 止 、 な ど を 命 し て 国 家 と 神 社 神 道 の 完 全 分 離 が 目 指 さ れ た 。 ち よ く し ょ さ ら に 翌 19 4 6 年 の 元 日 、 天 皇 が 年 頭 に あ た っ て の 勅 書 ー ー ー 俗 に 「 人 間 宣 一 一 一 口 」 と 呼 あ き つ み か み ば れ る 勅 書 を 発 し 、 「 天 皇 を 以 て 現 御 神 と し 、 且 日 本 国 民 を 以 て 他 の 民 族 に 優 越 せ る 民 族 に し て 、 延 て 世 界 を 支 配 す べ き 運 命 を 有 す 」 と い う の は 「 架 空 な る 観 念 」 な ど と 自 ら 断 し た 。 そ し て 同 年 Ⅱ 月 3 日 、 信 教 の 自 由 や 政 教 分 離 の 原 則 が 明 確 に う た わ れ た 現 行 憲 法 が 公 布 さ れ 、 天 皇 を 求 心 点 と し て 国 教 化 さ れ て い た 戦 前 の 国 家 神 道 は 葬 り 去 ら れ た の で あ る 。 だ が 、 日 本 の 右 派 勢 力 や 神 道 神 社 界 の 中 に は 、 戦 後 体 制 へ の 憤 懣 と 戦 前 体 制 へ の 憧 憬 、 回 帰 願 望 が く す ぶ り つ づ け た 。 英 語 圏 に お け る 現 代 天 皇 制 研 究 の 第 一 人 者 と し て 知 ら れ る ケ ネ ス ・ ル オ フ ( 米 ボ ー ト ラ ン ド 州 立 大 教 授 、 同 日 本 セ ン タ ー 所 長 ) は 、 2 0 0 3 年 に 発 表 あ ざ む か っ ふ ん ま ん 124

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の 一 方 、 「 候 補 を 女 性 に し た の が 失 敗 だ っ た 」 と い っ た 内 部 批 判 の 声 ま で 出 て 生 長 の 家 は 混 乱 し た と も い わ れ る 。 こ う か ん 以 上 2 つ が 巻 間 伝 え ら れ て い る 「 政 治 と の 断 絶 宣 言 」 の 理 由 な の だ が 、 こ の ほ か に 宗 教 団 体 と し て の 生 長 の 家 の " 代 替 わ り 。 な ど も 微 妙 な 影 響 を 及 ぼ し て い た よ う で あ る 。 生 長 の 家 の 創 始 者 と し て 君 臨 し て い た 谷 口 雅 春 だ が 、 19 7 5 年 に は 長 崎 県 に 「 九 州 別 し よ せ い 格 本 山 総 裁 公 邸 」 を 建 設 し て 居 を 移 し て い た 。 一 方 、 東 京 で は 谷 口 雅 春 の 女 婿 ・ 谷 口 清 ち ょ う 超 が 副 総 裁 と し て 実 務 を 取 り 仕 切 り 、 の ち に 谷 口 雅 春 が 死 去 す る と 第 2 代 総 裁 の 座 を 継 家 の ぐ こ と に な る の た が 、 生 長 の 家 が 政 治 と の 決 別 宣 一 言 を 発 し た の は 、 ち ょ う ど 谷 口 清 超 が 東 長 鉎 京 で 実 務 を 取 り 仕 切 っ て い る 時 期 に あ た る 。 動 ふ た た び 元 参 院 議 員 の 村 上 正 邦 に 話 を 聞 く と 、 当 時 の 教 団 内 部 で 巻 き 起 こ っ て い た さ ま あ つ れ き 生 ざ ま な 軋 轢 の 実 態 を 明 か し て く れ た 。 村 上 の 話 で あ る 。 の っ 「 あ の 時 、 玉 置 和 郎 が 参 院 か ら 衆 院 へ の く ら 替 え を 表 明 し た の は 、 生 長 の 家 と の 関 係 を 断 2 絶 す る こ と を 意 味 し た ん で す 。 玉 置 は 生 長 の 家 の 組 織 票 で 過 去 3 回 の 参 院 全 国 区 で 当 選 し て き た 男 で す か ら ね 」 な ぜ 玉 置 氏 は そ う い う 決 断 を し た ん で す か 。 第 「 つ ま り は 玉 置 と 生 長 の 家 の 間 の 溝 が 埋 め が た い ほ ど 大 き く な っ て し ま っ た と い う こ と で

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【 著 者 】 : 青 爿 0 哩 ( あ お き お さ む ) 1966 年 長 野 県 生 ま れ 。 ジ ャ ー ナ リ ス ト 。 90 年 に 慶 応 義 塾 大 学 卒 業 後 、 共 同 通 信 社 入 社 。 社 会 部 、 外 信 部 、 ソ ウ ル 特 派 員 な ど を 経 て 、 2006 年 に フ リ ー と な る 。 主 な 著 作 に 『 日 本 の 公 安 警 察 』 『 絞 首 刑 』 『 誘 蛾 灯 二 つ の 連 続 不 審 死 事 件 』 『 抵 抗 の 拠 点 か ら 一 一 朝 日 新 聞 「 慰 安 婦 報 道 」 の 核 心 』 ( い す れ も 講 談 社 ) 、 『 ル ポ 拉 致 と 人 々 - ー ー 救 う 会 ・ 公 安 警 察 ・ 朝 鮮 総 聯 』 ( 岩 波 書 店 ) 、 『 ト ラ オ 徳 田 虎 雄 不 随 の 病 院 王 』 ( 小 学 館 ) 、 『 青 木 理 の 抵 抗 の 視 線 』 『 ル ポ 国 家 権 力 』 ( い す れ も ト ラ ン ス ビ ュ ー ) な ど が あ る 。 平 凡 社 新 書 8 1 日 本 会 議 の 正 体 8 初 版 第 1 刷 初 版 第 3 刷 発 行 日 著 者 発 行 者 発 行 所 2016 年 7 月 8 日 2016 年 8 月 2 日 青 木 理 西 田 裕 一 株 式 会 社 平 凡 社 東 京 都 千 代 田 区 神 田 神 保 町 3 ー 29 〒 101 ー 0051 電 話 東 京 ( 03 ) 3230 ー 6580 〔 編 集 ] 東 京 ( 03 ) 3230-6573 [ 営 業 ] 振 替 00180 ー 0 ー 29639 印 刷 ・ 製 本 一 株 式 会 社 東 京 印 書 館 装 幀 菊 地 信 義 0 A()KI ()samu 2016 printed in Japan ISBN978-4-582 ー 8581 & 1 NDC 分 類 番 号 310 新 書 判 ( 17.2cm ) 総 ペ ー ジ 264 平 凡 社 ホ ー ム ペ ー ジ http://www.heibonsha.co.jp/ 落 丁 ・ 乱 丁 本 の お 取 り 替 え は 小 社 読 者 サ ー ビ ス 係 ま で 直 接 お 送 り く だ さ い ( 送 料 は 小 社 で 負 担 い た し ま す ) 。

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で す 。 日 学 同 は 初 代 委 員 長 が 斉 藤 英 俊 、 2 代 目 が フ ジ テ レ ビ の 政 治 部 長 や 解 説 委 員 長 も 務 め た 山 本 之 聞 、 そ し て 僕 が 3 代 目 で し た 。 卒 業 後 は 就 職 し た か ら 、 職 業 右 翼 と は 違 い ま す け れ ど 、 学 生 時 代 は 生 長 の 家 ( の 活 動 家 ) と は 仲 が 良 か っ た で す よ 」 そ ん な 玉 川 さ ん か ら 見 て 、 椛 島 氏 の よ う な 生 長 の 家 の 出 身 者 は ど の よ う に 映 る ん で 「 椛 島 さ ん は 『 三 島 由 紀 夫 研 究 会 』 の 会 員 で も あ る か ら よ く 知 っ て い ま す し 、 い ま も 親 し い 人 は た く さ ん い ま す け れ ど 、 や つ ば り 真 面 目 で す よ 」 ほ と ん ど が 親 の 勧 め で 生 長 の 家 に 人 る く ら い だ か ら 、 や つ ば り 親 孝 行 で 真 面 目 な ん だ と い う 話 を さ れ る 方 が い ま し た 。 「 お っ し や る と お り だ と 思 う 。 彼 ら は 大 半 が ( 生 長 の 家 の 信 徒 の ) 2 世 な ん で す 。 ほ と ん ど み ん な お 父 さ ん や お 母 さ ん が 信 者 だ っ た 。 そ れ が 学 生 の 時 に 学 園 紛 争 が 起 き た か ら 、 そ う い う 政 治 連 動 に の め り 込 ん で い っ た わ け で す 」 つ ま り 、 全 共 闘 運 動 が あ っ た か ら こ そ の 右 派 運 動 た っ た と 。 し か し 、 長 く 運 動 を 続 け 、 日 本 会 議 の 結 成 に ま で こ ぎ つ け る に あ た っ て の 財 政 的 な 基 盤 は ど こ に あ っ た ん で し ょ 「 神 社 本 庁 も ( 資 金 を ) 出 し て る だ ろ う け ど 、 財 政 的 に は そ ん な に 豊 か で は な い と 思 い ま 、 0 1 10

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し た 名 著 『 国 民 の 天 皇 ー ・ ー ー 戦 後 日 本 の 民 主 主 義 と 天 皇 制 』 ( 共 同 通 信 社 ) の 中 で 、 戦 後 に お け る 神 社 本 庁 な ど の 動 向 を 次 の よ う に 分 析 し て い る 。 〈 日 本 が 独 立 を 回 復 し て か ら 数 十 年 の 間 、 神 社 本 庁 は 明 治 の 政 治 体 制 と イ デ オ ロ ギ ー を 復 活 さ せ る 足 が か り と な る 施 策 を 強 く 支 援 し て き た 。 米 国 製 の 憲 法 に 象 徴 さ れ る 戦 後 体 制 を 拒 否 し な が ら 、 戦 後 、 主 と し て ( 1 ) 政 教 分 離 を 定 め た 憲 法 第 二 〇 条 の 廃 止 も し く は 別 の 解 釈 の 確 立 、 ( 2 ) 皇 室 崇 敬 の 強 化 ー ー ー を 目 標 に 掲 げ て き た 。 そ し て 日 本 の 四 七 都 道 府 県 に ま た が る 支 部 を 通 し て 、 8 万 以 上 に の ぼ る 神 社 の 活 動 を 統 合 し て い る 。 神 社 本 庁 は ま た い く つ か の 関 連 団 体 を 支 援 し て い る が 、 そ の 中 に は 神 道 青 年 全 国 協 議 会 や 全 国 敬 神 婦 人 連 合 会 な ど も 含 ま れ て お り 、 こ れ ら の 団 体 は 紀 元 節 復 活 運 動 と 、 そ れ 以 降 の 政 治 運 動 で 大 き 題 な 役 割 を 果 た し た 〉 回 の へ 日 本 会 議 内 部 で の 神 社 本 庁 の 役 割 明 治 の 政 治 体 制 と イ デ オ ロ ギ ー を 復 活 さ せ る ー ー ー そ う 願 っ て い る と ケ ネ ス ・ オ ル フ が 指 す 摘 す る 神 社 本 庁 は 日 本 会 議 に も 参 加 し て お り 、 繰 り 返 す が 、 そ の 巨 大 な 主 柱 の ひ と っ と な っ て い る 。 ま た 、 神 社 神 道 の 頂 点 に 君 臨 す る 神 社 本 庁 は 自 ら も 神 道 政 治 連 盟 ( 神 政 連 ) を 第 結 成 し て 保 守 政 界 を 支 援 し て い て 、 神 政 連 の 訴 え に 呼 応 す る 国 会 議 員 懇 談 会 も 置 か れ て い 125