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検索対象: 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡
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1. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

枕草子 258 ひょうし 前の儀といったところであろうか。試楽もとてもおもしろ陪従が笛を吹き立て、拍子を打って楽を奏するのを、「早 うどはま くれ く出て来てほしい」と待っと、「有度浜」をうたって、呉 、。春は、空の様子がのどやかで、うららかであるのに、 たけ うすべり ませがき み、一と つまにわ かもんづかさ せいりようでん 清涼殿の御前の庭に、庭も、掃部司が、薄縁を何枚か敷竹の台をかこった籬垣のもとに歩いて出て来て、御琴を打 ちよくし まいびとしゅじよう つような調子でいているころなど、ただもうすばらしく いて、勅使は北を向いて、舞人は主上の御前の方を向いて まいびと て、どうしようかと思うほどであるよ。第一番の舞人がた 着座する。これらのことはわたしの記憶がまちがっている そで ふたり かもしれない いへんきちんと袖を合せて、二人走り出て、西の玉座の方 くろうどどころしゅう に向って立った。舞人が次々と出て来るのに、足踏みを拍 蔵人所の衆たちが、衝重ねを取って、席の前ごとにずつ はんびお かんむりほうえり ぺいじゅう と置き並べ、陪従も、その日は主上の御前に出たり入った子に合せて、半臂の緒の形を直し、冠、袍の襟などを直し さかずき てんじようびと て、「あやまもなきみも」などとうたって、立って舞って りするのは恐れ多いことだ。殿上人は、かわるがわる杯を やくがい いるのは、何から何まで非常にすばらしい。大ひれなど舞 取って、終りには、屋久貝という物で飲んで座を立つ、そ うにぎやかなざわめきは、一日中見るとしても飽きそうに のとたんに取り食みというもの、それは下衆の男などがし ようのでさえいやな感じであるのを、主上の御前に女が出もないのを、終ってしまうのこそたいへん残念だけれど、 また次の舞があるはずだと思うのは頼もしい気分であるの て取ったのだったのだ。思いもかけず、そこに人がいよう みことばちか ひたきや 冫、御琴を撥で掻き返して、今度は、そのまま、呉竹の台 とも知らなかったのに、火焼屋から人たちがすっと出て来 もとめご た て、たくさん取ろうと騒ぐ者は、かえって扱いそこねて取の後ろから求子の舞を舞って出て来て、袍の片方を脱ぎ垂 かい、ねり てがる りこばしてしまううちに、手軽にひょいと出て取ってしまれた様子の優雅さは、すばらしいものであることだ。掻練 したがさねきょ の下襲の裾などが舞につれて乱れ合って、あちらこちらに う者には、負けてしまう。うまいしまい場所に、火焼屋を 使って、運び入れるのこそおもしろいものだ。掃部司の者交差して動きなどしているのは、いやもう、これ以上一言う とのも。り一かさ と、世間ありきたりなことになってしまう。 たちが、薄縁を取り払うやいなや、主殿司の官人たちが、 まうき しようきようでん すなごな 今度は、これ以上はもうあるはずがないからだろうか、 手に手にを取って庭の砂子を平らす。承香殿の前の所で、 ついがさ しがく がく

2. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

たまへるなど、絵にかきたるをこそは、かかる事は見るに、うつつにはまだ知 らぬを、夢の心地そする。 女房と物言ひ、たはぶれなどしたまふを、いらへいささかはづかしとも思ひ一 = 大納言伊周は。 一四「あらがひ返し」を名詞の形と たらず、聞え返し、そら言などのたまひかかるを、あらがひ返しなど聞ゆるは、みて「聞ゆる」の目的語と解する。 三「まゐる」は「食う」の尊敬語。 目もあやに、あさましきまで、あいなく面そ赤むや。御くだ物まゐりなどして、召しあがりなどして。 一六「うしろよりなる」不審。仮に 御前にもまゐらせたまふ。 あうよ このままで「奥寄る」などと同様の 一七 「御几帳のうしろよりなるは、たれそ」と問ひたまふなるべし、「さそ」と申語とみる。後ろ近くにいるのは。 三巻本「うしろなる」。 しと近 , っ宅これこれでございます。 すにこそはあらめ、立ちておはするを、ほかへにゃあらむと思ふに、、 一 ^ 大納言様が、見物しているこ ゐたまひて、物などのたまふ。まだまゐらざりし時、聞きおきたまひける事なちらの車の方に、すこし目をお向 けになる時は。 ど、「まことにさやありし」などのたまふに、御几帳へだてて、よそに見やり一九牛車の前後の簾の内側に掛け る長い布。簾の下から外に出す。 たてまつるだにはづかしかりつるを、いとあさましう、さし向ひきこえたる心 = 0 こちらの人影が透いて見える 段 かもしれないと。 ぎゃうかう 地うつつともおばえず。行幸など見るに、車の方にいささか見おこせたまふは、ニ一分不相応に。 ニ 0 一九 一三「あゆ」は、乳や汗がにじみ出 あふぎ すきかげ 第したすだれ てこばれる意。 下簾引きつくろひ、透影もやと扇をさし隠す、なほいとわれながらもおほけな ニ三いったい何を御応答申しあげ く、いかで立ち出でにしそと、汗あえて、いみじきに、何事をかいらへも聞えようか。 きこ ここち おもて 一八かた なに ) ) と

3. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

119 第 219 ~ 221 段 ( 現代語訳一一九九ハー ) 三青磁製の水入れ。「かめ」は瓶 かめ であろう。一説、亀形のロ。 一三〇人の硯を引き寄せて 一六体裁の悪いのなども、平気で 人の前に差し出すことよ ふみ 宅誰かの硯を自分が引き寄せて。 人の硯を引き寄せて、手習ひをも文をも書くに、「その筆な使ひたまひそ」 この段自分の硯や筆を無神経に扱 と言はれたらむこそ、いとわびしかるべけれ。うち置かむも、人わろし、なほわれる不快さを述べる。中宮が見 事な硯を作者に使わせられる折の 作者の感激も理解できよう。 使ふもあやにくなり。さおばゆる事も知りたれば、人のするも言はで見るに、 一 ^ 自分が言われたらそう憾じる とよノ、使こともわかっているので。 ことに手などよくもあらぬ人の、さすがに物書かまほしうするが、い 一九人が私の筆を使うのも。 ニ 0 自分の手のくせのように使い ひかためたる筆を、あやしのやうに、水がちにさし濡らして、「こは物ややり」 ならしてある筆。 かしら とかなにぞ、細櫃の蓋などに書き散らして、横ざまに投げ置きたれば、水に頭ニ一根元の方まで筆をおろして墨 を含ませることであろう。 ニ四 はさし入れて伏せるも、にくき事そかし。されど、さ言はむやは。人の前にゐ一三不審。歌の。一節が誤写された ため意不明となったものとみる。 くらあうよ たるに、「あな暗。奥寄りたまへ」と言ひたるこそ、またわびしけれ。さしのニ三「とか何そ」とみる。「と仮名 にぞ」とも読める。 ニセ そきたるを見つけては、おどろき言はれたるも。思ふ人のことにはあらずかし。ニ四角が立つからそうも言えない。 一宝物を書く人の前のことか。 兵驚いて文句を言われたのも、 またみじめな感じがするものだ。 二二一めづらしと言ふべき事にはあらねど、文こそなほ 毛愛する人から言われたのはま た別だ、という気持か めづらしと言ふべき事にはあらねど、文こそなほめでたきものには。はるかニ ^ 下に「あれ」が略されている。 ニ三 ほそびつ ニ六 ふみ ニ 0

4. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

すきかげ の透影や妻戸をあけ格子を上げな をかしう見ゅ。 どしてーー・それでも他の舟と同じ ほど重そうでもないので・ーーまる はし舟とつけていみじう小さきに乗りて漕ぎありく、つとめてなど、いとあ で家の小さいのといったふうなも ゅ しらなみ はれなり。「あとの白波」はまことにこそ消えもて行け。よろしき人は乗りてのだ」のようにみる。 一四笹舟。 ありくまじき事とこそ、なほおばゆれ。かちもまたいとおそろし。されど、そ一五現在のはしけ。『和名抄』に 「艇 [ を「波師不禰」と読む。 っち 一六「世の中を何にたとへむ朝ば 。いとたのもしと田 5 ふに。 れは、いかにもいかにも土に着きたれ、 ニ 0 らけ漕ぎ行く舟のあとの白波」 ( 拾 た 。しかかせ遺・哀傷 ) による。 あまのかづきしたるは、憂きわざなり。腰につきたる物堪へね、 宅漁師。ここは海女のこと。 一 ^ 海に潜水しているのは。 むとなむ。をのこだにせば、さてもありぬべきを、女はおばろけの心ならじ。 一九下文に見える「栲縄」。海女の とあやふ腰につけて一方は舟に結び付ける。 男は乗りて、歌などうちうたひて、この栲縄を海に浮けてありく。い ニ 0 こらえぎれずに切れる時には。 く、うしろめたくはあらぬにや。あまものばらむとては、その縄をなむ引くと三楮の皮で作った縄。歌語。前 文の「腰につきたる物」と同じ。 か。まどひ繰り入るるさまそことわりなるや。舟のはたをおさへて放ちたる息一三男が女に対して。 ニ三長い間ためていた息を吐くの ニ四 段などこそ、まことにただ見る人だに、しほたるるに、落とし入れてただよひあで鋭い笛のような音がする。 一西水に濡れて滴が垂れることか 2 りくをのこは、目もあやにあさましかし。さらに人の思ひかくべきわギ、にもあら、涙で袖が濡れる意にかける。 第 一宝「目もあやに」は多くすばらし さの形容であるが、ここは意外な らぬ事にこそあンめれ。 ことに対して用いられている。 一セ たくなは 一九 たくなは

5. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

47 第 141 段 み かんだちめそうがう あさてる るが、朝光か 「さは、こはたれがしわざにか。好き好きしき上達部、僧綱などは、たれかは 九円融院の御所の長官。 ある。それにやかれにや」などおばめきゅかしがりたまふに、うへ、「このわ一 0 わけがわからないままに儀礼 上の返歌をした。 = 「これをだに」の歌とこの返歌。 たりに見えしにこそは、、 しとよく似たンめれ」と、うちほほゑませたまひて、 三そ知らぬ様子で、とばけて。 一五ひとすぢみづし いま一筋御厨子のもとなりけるを、取り出でさせたまひつれば、「いであな心一三僧官の僧正・僧都・律師、僧 位の法印・法眼・法橋の総称。 かしら 憂。これ仰せられよ。頭いたや。いかで聞きはべらむ」と、ただ責めに責め申一四不審がって知りたく思われる。 一五下書などか。いずれにせよ主 して、うらみきこえて笑ひたまふに、やうやう仰せられ出でて、「御使に行き上のいたすらだったのである。 一六まあ、なんと情けないこと。 おにわらは ニ 0 こひやうゑニニ たりける鬼童は、たてま所の刀自といふ者のともなりけるを、小兵衛が語らひこのわけをおっしやってください。 宅「蓑虫のやうなる童」をさす。 いだしたるにゃありけむ」など仰せらるれば、宮も笑はせたまふを、引きゅる大柄な童を「鬼童」といったもの。 だいばんどころ 一 ^ 不審。三巻本「台盤所」。 がしたてまつりて、「などかくはからせおはします。なほ疑ひもなく、手をう一九雑役をつとめる女官。 ニ 0 供の者。三巻本「もと」。 をが いとほ三中宮付きの女房の名。 ち洗ひて、伏し拝みはべりし事よ」。笑ひねたがりゐたまへるさまも、 一三話をつけて誘い出す。 ニ三藤三位が中宮を。主上の乳母 こりかに、愛敬づきてをかし。 としてまた大叔母としての遠慮の だいばんどころ わらは つばね さて、うへの台盤所にも笑ひののしりて、局におりて、この童たづねいでて、なさ。 文取り入れし人に見すれば、「それにこそははべるめれ」と言ふ。「たれが文をニ四主語は藤三位か。 ニ五藤三位は。 たれが取らせしぞ」と言へば、しれじれとうちゑみて、ともかくも言はで走りニ六痴れ痴れととばけて。 あら あいぎゃう 一九 ニ六 すず せ つかひ

6. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

いかならむと、夢を見て、おそろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合はせ一「合はす」は、見た夢の吉凶を 占って判断すること。夢が予兆と 考えられていたので、それを解い などしたる、いとうれし。 て示すことが行われた。夢解きを 子 さぶら おまへ よき人の御前に人々あまた候ふをりに、昔ありける事にもあれ、今聞しめし、業とするものが「合はすあである。 草 ニ自分に目をお合せになって。 枕世に言ひける事にもあれ、語らせたまふを、われに御覧じ合はせて、のたまは三「やむことなし」で、やめられ よ、、ほうっておけない、 ; カ原義 捨てておけないほど大切に思う人、 せ、言ひ聞かせたまへる、いとうれし。 の意。 遠き所はさらなり、同じ都のうちながら、身にゃんごとなく思ふ人のなやむ四様子がはっきりしないために 不安な感じを持っこと。 せうそこえ 聞きて、い力にいかにとおばっかなく嘆くに、おこたりたる消急得たるもうれ五それほど期待はずれではない 人物、といった表現。 六耳に聞いたままを記す覚え書。 セ古い歌、故事などでわからな いものを他の人から聞き出したの。 思ふ人の、人にもほめられ、やんごとなき人などの、くちをしからぬものに ^ 楮・檀の樹皮から作った厚手 の紙。古くなると黄ばんでくる。 おばしのたまふ。 九歌文や手紙などを書くために うちぎき 物のをり、もしは、人と言ひかはしたる歌の、聞えてほめられ、打聞などに用いる紙。現在のものとは異なる。 一 0 こちらが恥ずかしさを感じる ほどすぐれた人。 ほめらるる、みづからの上にはまだ知らぬ事なれど、なほ思ひやらるるによ。 = キトれ - いき、つ・ばい , ン JO いたううちとけたらぬ人の言ひたる古き事の、知らぬを、聞き出でたるもう三急に物を探し求める時に、誰 かがそのあり場所を口に出して教 のち えてくれたの、の意とみる。 れし。後に、物の中などに見つけたるはをかしう、「ただかうこそありけれ」 うへ 四 五 きこ こうぞまゆみ

7. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

いたじき 一ひどい目にあったことでござ ある、板敷のもと近く寄り来て、「からい目を見さぶらひつる。たれにかはう いますよ。 一一「うれふ」は、自分の嘆きを人 れへ申しさぶらはむとてなむ」と泣きぬばかりのけしきにて言ふ。「何事ぞ」 に訴えること。以下、男のばか丁 子 ま はペ と問へば、「あからさまに物へまかりたりし間に、きたなき、侍る所の焼けは寧でこつけいな表現を写している。 けんそん 草 三自分の家を謙遜したつもり。 しり 四やどかりの古名。 枕べりにしかば、日ごろはがうなのやうに、人の家どもに尻をさし入れてなむさ 五宮中の馬の飼育、調教、献納 むまづかさ六 つかさど ぶらふ。馬寮のみくさ積みて侍りける家よりなむ出でまうで来て侍るなり。たする馬のことを司る役所。 六かいば。飼料の草。 わらは かき よどのね セ「まうで来」は、あらたまった だ垣をへだてて侍れば、夜殿に寝て侍りける童べの、ほとほと焼けはべりぬべ 気持の会話において、自己側のも みくしげどの くてなむ。いささか物も取うではべらず」など言ひをる、御匣殿聞きたまひて、のの「来る」動作を謙譲していう。 「火」について用いるところにおか しみがあるか。 いみじう笑ひたまふ。 ^ 寝所とする殿舎。歌語的表現、 あるいは身分不相応な表現。 みまくさをもやすばかりの春のひによどのさへなど残らざるらむ 九妻の謙称。『大鏡』にも用例が 見られる。この気の毒な話を女房 と書きて、「これを取らせたまへ」とて、投げやりたれば、笑ひののしりて、 たちがおもしろがったのは、臆面 「そこらおはする人の、家の焼けたりとて、いとほしがりて給ふめる」とて取もなく妻や寝所のことを言い出し たからであろう。 一 0 「みまくさ」に「草」を、「燃や らせたれば、「何の御たんじゃうにかはべらむ。物いくらばかりにかーと言へ す」に「萌やす」を、「火」に「日」を、 かため ば、「まづよめかし」と言ふ。「いかでか、片目もあきっかうまつらでは」と言「夜殿」に地名の「淀野」をそれぞれ かける。 へば、「人にも見せよ。ただいま召せば、とみにてうへへまゐるぞ。さばかり = こんなにたくさんおいでにな と っ と

8. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

二八三宮仕へする人々の出であつまりて 子 みやづか 宮仕へする人々の出であつまりて、おのが君々、その家あるじにて聞くこそ一主君の家から退出して来て同 草 じ所に集って。 ニ不審。おのが君々のことを言 枕をかしけれ。 うのを、の意と仮に解する。 二八四家ひろく清げにて、親族はさらなり 三前段に続く一段ともみられる しんぞく 家ひろく清げにて、親族はさらなり、ただうち語らひなどする人々は、宮仕が「校本」の段分けに従う。自分の 理想を言えば、次のような宮仕え ひとところ へ人、片っ方にすゑてあらまほしけれ。さるべきをりは、一所にあつまりゐて、人の合宿所を作りたいといった趣。 四「人々は」は主語とみなす。 六ふみ 物語し、人のよみたる歌、なにくれと語り合はせ、人の文など持て来る、もろ五三巻本「宮仕へ人を方々にす ゑて」。 ともに見、返事書き、またむつましう来る人もあるは、清げにうちしつらひて六「宮仕へ人」の相手の人。 セ訪れて来る男性、とみる。 入れ、雨など降りてえ帰らぬも、をかしう。まゐらむをりは、その事見入れて、 ^ 「をかしう」の下に「もてなす」 の意があるものとみなす。 思はむさまにして、出だしたてなどせばや。よき人のおはします御ありさまな九主君のもとに出仕する時。 一 0 「思ふ」のは主人であろう。 = この表現から作者が宮仕えを ど、いとゆかしきそ。けしからぬにゃあらむ。 退いてのちの感想とみる考えもあ る。 かへりごと

9. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

し . しし唸っ・ すもう せちえ はいぜんうねめ と感じられる。自分が気分など悪くして臥せっている時に、 節会の御陪膳の采女。大饗の日の史生。七月の相撲。雨の せんどう くったく いちめがさ 2 降る日の市女笠。川渡りする折の船頭。 笑って何か言い、なんの屈託もなさそうな様子で歩きまわ る人こそは、ひどくうらやましい 子 いなりやしろ さんけい なかみやしろ ハ一苦しげなるもの 稲荷の社に思い立って参詣している時に、中の御社にさ 草 めのと よな がまん 苦しそうなもの夜泣きというものをする幼児の乳母。 しかかるあたりで、むやみに苦しいのを我慢して坂を登る 枕 ふたり 愛する女性を二人持って、両方から恨まれ、やきもちを焼ころに、少しも苦しそうな様子もなく、あとから来ると見 ものけ ちょうぶく さんけい かれている男。手ごわい物の怪の調伏にかかわっている験られた人たちが、どんどん行って先に立って参詣するのは、 じやきとう - 」うけん あかっき 者。祈疇の効験だけでも早くあるのならよいはずだが、そ とてもうらやましい。二月の午の日の暁に家を出て、急い うでもないのを、そうはいうもののやはり人の笑い者にな だけれど、坂の半分くらい歩いたところが、そこで巳の時 ぐらいになってしまったのだった。だんだんと暑くまでな るまいと一生懸命祈っているのは、ひどく苦しそうだ。 って、ほんとうにやりきれない感じがして、「こんな苦労 むやみに物を疑う男に、ひどく愛されている女。摂政・ やしき はぶり をしない人も世の中にもいようものなのに、なんだってこ 関白のお邸にいて羽振をきかせている人も、気楽ではあり えないけれど、それはよいだろう。気がいらいらしている うして参詣してしまっているのだろう」とまで、涙がこば れて、そこで一息入れているのに、三十歳余りぐらいであ 人。 すそ つばしようぞく る女で、壺装束などではなくて、ただ着物の裾をたくし上 ななたびもう げただけのかっこうなのが、「わたしは七度詣でをいたし ますのですよ。三度はもう参詣してしまった。もうあと四 ひつじ げざん 度は、なんでもない。未の時にはきっと下山するでしょ う」と、道で出会った人に言って、坂をおりて行ったのこ そは、普通の所では、目にもとまるはずのない些細なこと 一六二うらやましきもの うらやましいもの経などを習って、ひどくたどたどし くてとかく忘れつばくて、何度も何度も同じ所を読むのに、 法師は当然のこととして、男も女も、すらすらと楽に読ん ししオいいつになったら でいるのこそ、あの人のようこ、 げん ふ ささい み

10. 完訳 日本の古典 第十三巻 枕草子 ㈡

( 現代語訳三一一一 なほいかでかかる御前になれつかうまつらむと、わが身もかしこうおばゆれば、御綱の助がその端をとって供奉す る。 しぢ 御輿過ぎさせたまふほど、車どもの、榻人だまひにかきおろしたりつる、また、一 = 感動で髪が逆立っということ。 一六作者自身のことをさす。 きよう ここち 牛どもかけて、御輿のしりにつづきたる心地のめでたう興あるありさま、言ふ宅感動のあまり髪が乱れたなど とかこつける、の意とみる。 天この一文整わない。「人だま 方なし。 ひ」は、お供の者に賜る牛車。仮 もろこしがく しぢ おはしまし着きたれば、大門のもとに、唐土の楽して、獅子、狛犬をどり舞に「榻にひとたびにかきおろした りつる、また、牛どもかけて」の さうおとつづみ ひ、笙の音、鼓の声に、物もおばえず。こはいづくの仏の御国などに来にけるように考える。 うちい そらニ 、い日」 0 にかあらむと、空にひびきのばるやうにおばゅ。内に入りぬれば、色々の錦の一九総「 ・一うらい ニ 0 獅子舞・狛犬舞。高麗の舞 へいまん あげばりに、御簾いと青くてかけわたし、屏幔など引きたるほど、なべてただ = 一楽の音が空に。 一三参列の人を入れるために庭に ニ四 にこの世とおばえず。御桟敷にさし寄せたれば、またこの殿ばら立ちたまひて、設けた仮屋。 ニ三幔幕。 「とくおりよーとのたまふ。乗りつる所だにありつるを、いますこし明かう顕 = 四伊周と隆家。 ニ五乗る時でさえ明るくまるみえ したがさねしり せう だったのに、まして今は 段証なるに、大納言殿、いと物々しく清げにて、御下襲の尻いと長く所せげにて、 からぎめ すだれ 簾うち上げて、「はやとのたまふ。つくろひ添へたる髪も、唐衣の中にてふ = 六ふくらんで。ぶくぶくになっ て。 第 くみ、あやしうなりにたらむ、色の黒さ赤ささへ見わかれぬべきほどなるが、 毛先に、後ろに乗っている人か らこそお降りなさい いとわびしければ、ふともえおりず。「まづしりなるこそは」など言ふほどに、 かた さじき だいもん ニ七 、 ) ま・いめ にしき ニ六 みつなすけ ・一まいめ ぐぶ