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写楽 仮名の悲劇


新 潮 文 庫 写 楽 仮 名 の 悲 劇 梅 新 原 猛 著 0 0 潮 社 46 の 版

写楽 仮名の悲劇


写 楽 仮 名 の 悲 劇 「 按 記 」 よ り 以 前 、 つ ま り 写 楽 に よ り 近 い 時 期 に 書 か れ た 、 そ し て 他 の 浮 世 絵 師 に 対 し て も か な り 正 確 な 図 で あ る 「 倭 画 巧 名 尽 」 の 方 を 重 視 す べ き で は な い か と 思 う 。 三 馬 は 、 南 畝 や 京 伝 の よ う に 写 楽 が 誰 で あ る か 、 は っ き り 知 っ て い た か ど う か は 分 か ら な し か し 、 彼 は 写 楽 の 絵 の 性 質 と い う も の を 、 し つ か り 認 識 し て い た よ う に 田 5 わ れ る 。

写楽 よみがえる素顔


主 な 参 考 文 献 野 口 米 次 郎 『 写 楽 』 ( 一 九 三 一 一 年 、 誠 文 堂 ) 吉 田 暎 一 一 『 写 楽 』 ( 一 九 五 七 年 、 美 術 出 版 社 ) 吉 田 暎 一 一 『 浮 世 絵 師 と 作 品 Ⅲ 』 ( 一 九 六 四 年 、 緑 園 書 房 ) 鈴 木 重 三 『 写 楽 』 浮 世 絵 美 人 画 ・ 役 者 絵 六 ( 一 九 六 六 年 、 講 談 社 ) 榎 本 雄 斎 『 写 楽 ー ー ・ ま ば ろ し の 天 才 』 ( 一 九 六 九 年 、 新 人 物 往 来 社 ) 谷 峯 蔵 『 写 楽 新 考 』 ( 一 九 八 一 年 、 文 藝 春 秋 ) 浮 世 絵 八 華 4 『 写 楽 』 ( 一 九 八 五 年 、 平 凡 社 ) 瀬 木 慎 一 『 写 楽 実 像 』 ( 一 九 八 五 年 、 美 術 公 論 社 ) 宗 谷 真 爾 『 写 楽 絵 考 』 ( 一 九 八 五 年 、 大 和 書 房 ) 中 右 瑛 『 写 楽 は 十 八 歳 だ っ た ! 』 ( 一 九 八 五 年 、 里 文 出 版 ) 渡 辺 保 「 東 洲 斎 写 楽 』 ( 一 九 八 七 年 、 講 談 社 ) 梅 原 猛 『 写 楽 仮 名 の 悲 劇 』 ( 一 九 八 七 年 、 新 潮 社 ) 松 木 寛 『 蔦 屋 重 三 郎 』 ( 一 九 八 八 年 、 日 本 経 済 新 聞 社 ) 田 村 善 昭 『 写 楽 と 相 撲 絵 』 ( 一 九 八 八 年 、 徳 島 県 出 版 文 化 協 会 ) 定 村 忠 士 『 写 楽 が 現 れ た 』 ( 一 九 八 九 年 、 一 一 見 書 房 ) 明 石 散 人 ・ 佐 々 木 幹 雄 『 東 洲 斎 写 楽 は も う い な い 』 ( 一 九 九 〇 年 、 講 談 社 ) 218

増補改訂版 写楽は歌麿である


第 八 章 梅 原 氏 の 写 楽 Ⅱ 豊 国 説 梅 原 氏 の 五 つ の 証 明 要 件 梅 原 氏 の 『 写 楽 仮 名 の 悲 劇 』 は 、 「 写 楽 が み つ か 0 た 4 」 の 第 二 章 以 下 と ほ ぼ 同 じ だ が 、 第 一 章 は 全 部 書 き か え ら れ た 、 と い う こ と は さ き に の べ た 。 そ の 新 し い 第 一 章 に は 、 「 写 楽 」 の た る 条 件 が 、 次 の 如 く 示 さ れ て い る 。 一 、 作 品 の 類 似 性 一 一 、 写 楽 絵 の 出 現 と 消 減 に 関 す る 謎 三 、 仮 名 の 謎 四 、 同 時 代 者 の 沈 黙 と 若 干 の 言 及 の 謎 五 、 写 楽 を 覆 い 隠 し て い た も の は 何 か こ の 説 明 は 、 多 岐 に 亘 り 、 煩 雑 で あ る 。 む し ろ 『 毎 日 新 聞 』 昭 和 五 十 九 年 三 月 十 九 日 、 二 十 日 の タ 刊 の = ッ セ ー 「 写 楽 が 豊 国 で あ る 理 由 、 国 」 の 方 が わ か り 易 い 。 そ れ で 、 こ れ を 紹 介 し 、 必 要 に 応 じ 、 『 写 楽 仮 名 の 悲 劇 』 を 参 照 、 考 察 す る こ と に し た 。 ま ず 、 そ の 田 で は 、 「 説 明 不 完 全 な 従 来 の 学 説 」 と 題 し て 、 従 来 の 研 究 の 成 果 の 不 備 を の べ て 、 次 の 五 要 件 を 説 く 。 「 多 少 の 自 信 が 私 に あ る の は 、 今 ま で の 試 み は 、 写 楽 が 誰 々 で あ る と い う こ と を 議 論 す る に 必 要 な 次 ー 64

写楽 仮名の悲劇


写 楽 仮 名 の 悲 劇 し 写 楽 が 豊 国 で あ っ た と す れ ば 、 豊 国 が 寛 政 六 年 の 五 月 か ら 翌 年 の 一 月 に か け て 、 果 た し て か め い こ の よ う な 絵 を 描 く こ と が 出 来 た の か ど う か 。 そ し て な ぜ 彼 は そ の よ う な 仮 名 を 名 乗 っ て 絵 を 描 か な け れ ば な ら な か っ た の か 。 な ぜ 写 楽 絵 は 急 激 に そ の 形 式 を 変 え て 、 わ ず か 十 カ 月 で と ・ つ し ゅ ・ つ さ い 消 滅 し た の か 。 東 洲 斎 写 楽 と い う 名 は い か な る 意 味 を 秘 め て い る の か 。 そ し て 写 楽 が 豊 国 で あ っ た と す れ ば 、 い か に 見 事 に 今 ま で の 写 楽 に 関 す る 謎 が 解 明 さ れ る の か 。 そ し て 写 楽 が 豊 国 な ら ば 、 江 戸 の 浮 世 絵 史 、 ひ い て は 江 戸 の 文 化 史 が い か に 一 貫 し て 説 明 さ れ る の か 。 も し も そ の 説 が 可 能 で あ る と す れ ば 、 こ の 説 を お お っ て い た も の は 何 で あ ろ う か 。 こ れ ら の 問 い め い せ き を 明 晰 に 一 点 の 疑 点 も な い よ う 説 明 し な く て は な ら な い

写楽 仮名の悲劇


写 楽 仮 名 の 悲 劇 248 之 の 世 舞 広 者 谷 嵶 ~ 役 大 国 代 姿 平 谷 之 又 大 又 台 世 目 佐 役 の 楽 次 国 亠 ~ , 写 広 朝 ぎ 、 第 豊 嵐 中 低 の 曲 が っ た 鼻 は 、 豊 国 絵 に も 一 一 点 の 写 楽 絵 に も 共 通 で あ る 。 写 楽 絵 の 右 手 と 豊 国 絵 の 左 手 も よ く 似 て い て 、 例 の 感 情 が 高 ぶ り 緊 張 し て 震 え て い る 様 子 を 示 し て い る 。 写 楽 絵 の 竜 蔵 の 着 物 は 、 彼 の 定 紋 ( 子 持 ち 分 銅 ) を 簡 略 に し た 分 銅 文 様 が 全 体 に 施 さ れ て い る が 、 同 じ 文 様 が 豊 国 絵 の 着 物 に も 現 れ て い る 。 大 谷 広 次 の 奴 土 佐 乂 平 も 、 と も に 左 向 き で 、 や は り 同 じ よ う な 表 情 を 見 せ る 。 ど こ と な く

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ら だ 』 と 言 う の で 、 歌 麿 は 『 い や 俺 の 絵 の お 蔭 だ 』 と 譲 ら ず 、 取 り 合 い に な 0 た と い う 。 こ れ で 察 す る に 、 歌 麿 は 極 め て 誇 り 高 い 人 物 と 思 わ れ る 」 こ れ は 文 化 元 年 ( 一 八 〇 四 ) の こ と で 、 そ の 直 後 に 歌 麿 は 思 い も か け ぬ 投 獄 の 屈 辱 を う け る こ と は 後 述 す る 。 蜀 山 人 の 『 浮 世 絵 類 考 』 屡 々 引 用 し た 、 蜀 山 人 の 写 楽 評 は 、 写 楽 の 真 髄 を 喝 破 し た 至 言 で あ る 。 そ れ は ど う し て 生 れ た の か 。 蜀 山 人 は 第 二 章 で 既 述 の 如 く 自 撰 の 文 に 笹 屋 邦 教 の 「 始 系 」 と 京 伝 の 「 追 考 」 を 添 加 し て 『 類 考 』 の 原 典 を つ く 0 た 。 蔦 屋 の 親 友 で 、 歌 麿 、 笹 屋 、 京 伝 と も 眤 懇 だ 0 た 蜀 山 人 な れ ば こ そ 、 写 楽 の 正 体 と 、 折 角 の 名 画 が 、 世 に 入 れ ら れ な か っ た 事 情 を 穿 ち 得 た 、 と 考 え ら れ る 。 笹 屋 邦 教 は 、 歌 麿 が 愛 妻 お り よ の 死 に 際 し 、 そ の 墓 地 を 世 話 し た 笹 屋 五 兵 衛 の 親 戚 と 思 わ れ 、 大 名 、 富 豪 、 芝 居 、 吉 原 等 に 出 入 す る 富 裕 な 家 紋 の 専 門 家 で 、 歌 麿 と は 狂 歌 の 友 だ 0 た 。 し か し 、 蔦 屋 や 歌 麿 の 意 向 を 熟 知 す る 蜀 山 人 が 、 数 多 の 随 筆 、 日 記 を 書 き な が ら 、 写 楽 の 正 体 に は 、 一 言 も ふ れ な か っ た の は 、 理 解 で き る 。 「 あ ま り に 真 を 画 ん と て あ ら ぬ さ ま に 書 き な せ し か ば 長 く 世 に 行 わ れ ず 一 両 年 に し て 止 む 」 ま さ に 、 「 写 楽 の 悲 劇 」 の 真 髄 を 喝 破 し て い る 。 こ の 名 言 と 関 連 し て 、 一 つ 不 可 解 な こ と が あ る 。 些 か 脱 線 す る が 、 大 事 な こ と な の で ふ れ て お き た い 。 梅 原 氏 の 『 写 楽 仮 名 の 悲 劇 』 は 、 そ の 内 容 と 書 名 が 一 致 し な い の で は な い か 、 と い う こ と で あ る 。 ー 」 ( 第 九 章 ) の 主 人 公 で あ り 、 蔦 屋 と 泉 市 の 「 板 氏 が 写 楽 で あ る と 説 く 豊 国 は 、 「 サ ク セ ス ・ ス ト ー リ キ リ シ ャ 劇 、 シ ェ ー ク 挟 み 」 ( 第 十 章 ) で 苦 し ん で も 、 少 し も 「 悲 劇 」 で は な い の で あ る 。 悲 劇 と は 、 ・ ス ビ ア 劇 、 近 松 物 に 共 通 な 如 く 「 幸 福 よ り 不 幸 に 移 る 変 化 」 ( ア リ ス ト テ レ ス ) で あ る 。 し か も そ れ が 242

写楽 仮名の悲劇


写 楽 仮 名 の 悲 劇 272 知 し て い た の で あ ろ う 。 何 度 も 一 言 う が 、 写 楽 別 人 説 は 、 ま す 二 人 の 描 い た 役 者 絵 の 強 い 酷 似 を 前 提 に し て し か 成 り 立 た な い の で あ る 。 き よ な が 鳥 居 清 長 が 天 明 四 年 に 描 い た 宗 十 郎 の 絵 を 見 る と 、 そ の 宗 十 郎 は 春 章 の 描 い た 宗 十 郎 と も 写 楽 の 描 い た 宗 十 郎 と も か な り 違 う 。 顔 は 写 楽 や 春 章 よ り は る か に 面 長 に な り 、 目 も 細 く 鼻 も ス ラ リ と 通 り 、 背 も 高 く な り 、 い わ ゆ る 清 長 が 描 く 美 人 画 に 似 て く る 。 清 長 は 誰 よ り も 江 沢 村 宗 十 郎 ( 春 章 画 ) 沢 村 宗 十 郎 ( 春 英 画 ) お も な が 沢 村 宗 十 郎 ( 清 長 画 )

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め に は 、 音 を 音 に し な く て は な ら な い が 、 そ の 音 と 音 の 貸 借 関 係 は Toyokuni を Tohokuni と す る こ と に よ っ て 解 消 さ れ る 」 ( 『 毎 日 』 の エ ッ セ ー 国 ) ま た 「 『 と う く に 』 は 『 と よ く に 』 を も じ っ た も の と み ら れ る 」 ( 『 写 楽 仮 名 の 悲 劇 』 第 十 章 ) 梅 原 説 批 判 大 判 全 身 図 で の 都 座 頭 取 篠 塚 浦 右 衛 門 の 「 こ れ か ら 一 一 番 目 新 版 似 顔 絵 を ご ら ん に 入 れ ま す 」 と の 口 上 は 、 そ の ま ま 素 直 に と る べ き で あ る 。 第 一 期 の 大 首 絵 か ら 、 第 二 期 の 大 判 二 人 全 身 図 、 細 判 一 人 全 身 図 へ の 転 換 を 宣 言 し た も の で 、 気 迫 に 満 ち 、 蔦 屋 と 写 楽 の 二 期 絵 へ の 自 信 を 示 し て い る 。 口 上 書 の 裏 返 し の 字 を 梅 原 説 の 如 く 、 こ じ つ け る の は 不 合 理 で あ る 。 こ の 梅 原 説 は 言 語 学 上 の 科 学 的 証 明 の 全 く 欠 け た 単 な る 語 呂 合 わ せ で あ る 。 江 戸 時 代 に 、 こ の よ う な 音 と 音 と の 貸 借 関 係 が 行 な わ れ た と い う の で あ れ ば 、 そ の 言 語 学 的 法 則 の 提 示 を お 願 い し た い 。 な お 、 東 洲 が 豊 国 を も じ っ た の で あ れ ば 、 写 楽 第 三 期 以 降 、 東 洲 斎 を 削 っ た の は 、 豊 国 の 自 己 否 定 と な る 。 写 楽 絵 と 豊 国 絵 の 類 似 性 梅 原 氏 が 、 写 楽 日 豊 国 説 の 証 明 の た め に 最 も 力 を 入 れ て い る の は 、 『 毎 日 』 の エ ッ セ ー の 1 の 要 件 、 す な わ ち 両 者 の 絵 の 類 似 性 で あ る 。 『 写 楽 仮 名 の 悲 劇 』 の 全 頁 の 中 で 、 半 分 近 く を こ れ に あ て 、 カ ラ ー 写 真 入 り の 説 明 を し て い る こ と で そ れ が 窺 え る 。 本 書 で は こ れ に あ ま り 多 く の 紙 幅 を 充 て る こ と は で き な い が 、 さ り と て 『 毎 日 』 の エ ッ セ ー だ け で は 、 証 明 の 結 論 を 知 る だ け で 、 そ の 理 由 に つ い て は よ く わ か ら な い 。 そ こ で 『 写 楽 仮 名 の 悲 劇 』 か ら も 梅 原 説 の 要 点 を 紹 介 し 、 そ の 後 で 卑 見 を の べ る こ と に す る 。 梅 原 説 梅 原 氏 は の べ る 。 ー 68

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① 研 究 版 元 蔦 屋 重 三 郎 阿 部 清 昭 和 浦 年 3 月 3 日 『 読 売 新 聞 』 秋 田 蘭 画 の 昭 和 田 年 小 説 近 松 昌 栄 高 橋 克 彦 絵 師 『 写 楽 殺 人 事 件 』 ( 講 談 社 ) 昭 和 田 年 劇 画 浮 世 絵 師 喜 多 川 歌 麿 石 森 章 太 郎 『 死 や ら く 生 』 ( 中 央 公 論 社 ) 昭 和 年 ① 研 究 戯 作 者 十 返 舎 一 九 宗 谷 真 爾 『 季 刊 浮 世 絵 』 ・ 号 ⑩ テ レ ビ 歌 舞 伎 役 者 中 村 此 蔵 池 田 満 寿 夫 昭 和 年 7 月 1 日 特 集 私 は 、 さ ら に こ の あ と に 次 の 六 点 を 追 加 し た い 。 昭 和 2 年 2 月 里 文 出 版 ⑨ 研 究 浮 世 絵 師 鳥 居 清 政 説 中 右 瑛 『 写 楽 は 十 八 歳 だ っ た ! 』 の 研 究 浮 世 絵 師 写 楽 は 写 楽 説 瀬 木 慎 一 昭 和 年 4 月 美 術 公 論 社 『 新 説 ・ 写 楽 実 像 』 昭 和 年 9 月 ~ 昭 和 8 年 川 月 の 研 究 浮 世 絵 師 歌 川 豊 国 説 梅 原 猛 『 芸 術 新 潮 』 「 写 楽 が み つ か っ た " こ @ 研 究 戯 作 者 山 東 京 伝 説 谷 峯 蔵 昭 和 年 川 月 毎 日 新 聞 社 『 写 楽 は や つ ば り 京 伝 だ 』 ① 研 究 浮 世 絵 師 歌 川 豊 国 説 梅 原 猛 昭 和 年 5 月 新 潮 社 『 写 楽 仮 名 の 悲 劇 』 ⑩ 研 究 狂 言 作 者 篠 田 金 治 説 渡 辺 保 昭 和 年 5 月 講 談 社 『 東 洲 斎 写 楽 』 工 9 第 一 章 写 楽 論 の 原 点