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検索対象: 増補改訂版 写楽は歌麿である

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増補改訂版 写楽は歌麿である


増 補 改 訂 版 写 楽 は 歌 麿 で あ る 目 次

増補改訂版 写楽は歌麿である


増 補 改 訂 版 写 楽 は 歌 麿 で あ る

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写 楽 絵 と 京 伝 絵 写 楽 絵 と 歌 麿 絵 第 十 章 写 楽 Ⅱ 歌 麿 説 の 六 要 件 諏 訪 氏 の 七 項 目 私 の 六 要 件 の 証 明 : 東 洲 斎 写 楽 の い わ れ ・ : 写 楽 が 十 カ 月 で 消 え た 理 由 : 第 十 一 章 写 楽 絵 の 命 運 写 楽 絵 へ の 注 目 と 忘 却 仮 面 の 効 果 と 忘 却 歌 麿 の 死 と 写 楽 の 命 運 〈 追 記 〉 渡 辺 保 氏 の 『 東 洲 斎 写 楽 』 に つ い て 写 楽 探 究 の 要 諦 ー ー 世 阿 弥 の 芸 能 論 に 学 ぶ 〈 補 論 一 〉 「 写 楽 は 歌 麿 で あ る , の 新 証 拠 0 2 9 2 9 ・ 3 2 2 3 2 9 2 -4- 2 2 ヨ 6 2 丿 3 2 0 22 ) 22 )

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歌 麿 芸 術 の 修 業 と 達 成 ・ 歌 麿 の 役 者 絵 : 歌 麿 絵 と 写 楽 絵 と の 類 似 性 第 八 章 梅 原 氏 の 写 楽 Ⅱ 豊 国 説 梅 原 氏 の 五 つ の 証 明 要 件 ・ 東 洲 斎 写 楽 の い わ れ ・ 写 楽 絵 と 豊 国 絵 の 類 似 性 写 楽 ・ 豊 国 、 同 一 人 説 写 楽 、 豊 国 絵 の 芸 術 性 と 作 品 量 ・ 写 楽 は な ぜ 十 カ 月 で 消 え た の か 写 楽 が 豊 国 だ と わ か ら な か っ た 理 由 : ・ 第 九 章 写 楽 絵 と 三 人 の 絵 の 比 較 「 画 の 六 法 」 と 顧 愷 之 の 説 写 楽 絵 と 豊 国 絵 ・ : 0 2 2 3 ・ イ 9 工 9 ) ~ 89 ー 82 ェ ア 9 ェ 68 ー 6 ア ェ 6 イ ー 6 イ 200

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は じ め に 第 一 章 写 楽 論 の 原 点 百 家 争 鳴 の 写 楽 探 し : 写 楽 ⅱ >< 説 の 六 要 件 「 写 楽 は 写 楽 」 説 は 論 外 歌 麿 は 六 要 件 に 叶 う 第 二 章 既 往 の 写 楽 説 能 役 者 説 能 役 者 ・ 絵 師 以 外 の 説 ・ : 第 三 章 歌 舞 伎 役 者 説 池 田 満 寿 夫 氏 の 中 村 此 蔵 説 : 梅 原 猛 氏 に よ る 池 田 説 批 判 谷 峯 蔵 氏 の 池 田 説 批 判 私 の 池 田 説 批 判 と 歌 麿 、 蔦 屋 「 と び 出 し 」 説 ・ : 6 イ ) 9 4 イ 4 4 2 プ 24 2 ー 9 2 3 ) 29

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こ の 「 写 楽 は 写 楽 」 説 を 唱 え る の は 、 著 名 な 美 術 評 論 家 の 瀬 木 慎 一 氏 で あ る 。 昭 和 六 十 年 四 月 に 刊 行 し た 『 写 楽 実 像 』 に お い て で 、 そ の 要 約 は 新 人 物 往 来 社 発 行 『 歴 史 読 本 』 の 同 年 十 二 月 号 「 謎 の 浮 世 絵 師 写 楽 を 探 せ 」 に の っ て い る 。 要 約 に は 次 の 二 つ の 間 題 点 が あ る と 考 え ら れ る 。 第 一 は 、 歌 麿 、 蔦 屋 「 と び 出 し 」 説 で あ る 。 「 売 れ 行 き の よ か っ た 美 人 画 の 歌 麿 が 、 な ん ら か の こ と が あ っ て 」 蔦 屋 を 「 去 っ て い っ た 」 。 歌 麿 は 「 以 来 」 「 二 十 余 の 店 か ら 作 品 を 出 す が 、 蔦 屋 の も の は 皆 無 で あ る 」 と い う 。 だ が 、 こ の 意 見 が 誤 り で あ る こ と は 、 の ち に 述 べ る 。 第 二 は 、 写 楽 の 正 体 に つ い て 何 も 実 証 し て い な い こ と で あ る 。 蔦 屋 は 「 歌 麿 に 代 わ る も の と し て 写 楽 を 押 し 出 し た 」 と し 、 写 楽 絵 に つ い て の す ぐ れ た 分 析 を 行 な い な が ら も 、 「 近 年 発 見 さ れ た 瀬 川 富 三 郎 撰 著 『 諸 家 人 名 江 戸 方 角 分 』 写 本 に よ る と 、 写 楽 の 八 丁 堀 住 い は 地 蔵 橋 で あ っ た 。 そ し て 、 お そ く と も 文 政 元 年 ま で に は 、 故 人 と な っ て い た 」 と の べ る の み で 、 写 楽 本 人 の 正 体 に つ い て は 、 資 料 的 ・ 論 理 的 な 実 証 を し て い な い 。 の ち に 第 七 章 で み る よ う に 写 楽 の 落 款 は 左 手 で 書 い た も の で あ ろ う 。 こ の こ と は 写 楽 の 仮 面 を か ぶ っ た >< が 、 そ の 正 体 を カ モ フ ラ ー ジ ュ す る た め に 、 わ ざ と 、 不 器 用 な 左 手 で 書 い た こ と を 示 す 。 こ の 一 事 で も 「 写 楽 は 写 楽 」 説 は 成 り 立 た な い と 思 わ れ る 。 こ の よ う な わ け で 、 今 後 「 写 楽 は 写 楽 」 説 は 、 本 書 の 考 察 外 に お く こ と に す る 。 歌 麿 は 六 要 件 に 叶 う さ き に 「 は じ め に 」 で の べ た よ う に 、 歌 麿 こ そ 、 写 楽 の 正 体 で あ る と い う の が 、 私 の 見 解 で あ る 。 そ の 理 由 は 、 写 楽 >< の >< で あ る た め の 六 要 件 の す べ て に 叶 い 、 他 の 候 補 者 は 、 誰 も が 六 要 件 の ほ と 2 ) 第 一 章 写 楽 論 の 原 点

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か に 知 的 で あ り 、 厖 大 な 資 料 の 解 明 を 不 可 欠 と す る 精 密 な 頭 脳 作 業 で あ る 。 し か も 、 そ の 謎 の 発 見 解 明 に は 、 日 本 と 世 界 の 文 化 へ の 絶 大 な 貢 献 と い う 実 益 と 名 誉 が 約 東 さ れ て 自 信 あ る 文 化 人 や 研 究 家 達 が 、 「 ひ と っ 俺 も 」 と 竸 い 合 う の は 当 然 の こ と で あ る 。 こ う し て 、 百 家 争 鳴 、 甲 論 乙 馭 、 侃 々 が く が く の 写 楽 説 が 続 出 し た わ け で あ る 。 既 往 の 写 楽 説 一 覧 表 『 写 楽 , ー ー ま ぼ ろ し の 天 才 』 ( 昭 和 四 十 四 年 、 新 人 物 往 来 社 刊 ) の 中 で 、 著 者 榎 本 雄 斎 氏 は 、 こ れ ま で に 発 表 さ れ た 写 楽 に つ い て の 提 論 を 、 一 表 に ま と め た 。 極 め て 貴 重 な 労 作 で あ り 、 既 発 表 写 楽 説 の 全 貌 を 概 観 す る の に 重 宝 な の で 、 こ れ を 拝 借 し て 次 に 掲 げ る 。 東 洲 斎 写 楽 ・ 既 説 一 覧 表 議 論 者 発 表 年 月 日 順 分 類 職 種 提 ( 寛 政 七 年 春 以 = リ ウ ス ・ 明 治 年 ( ド イ ツ ) ① 研 究 浮 世 絵 師 降 ) ク ル ト レ ク ス 社 発 行 『 』 歌 舞 伎 堂 艶 鏡 説 春 藤 次 左 衛 門 説 大 正 Ⅱ 年 6 月 日 『 時 事 新 報 』 ② 研 究 能 役 者 ( 斎 藤 十 郎 兵 衛 鳥 居 竜 蔵 大 正 Ⅱ 年 6 月 幻 日 『 東 京 朝 日 』 に 復 帰 ) 昭 和 4 年 2 月 博 文 館 ③ 小 説 能 役 者 春 藤 次 良 兵 衛 邦 枝 完 二 『 東 洲 斎 写 楽 』 昭 和 5 年 月 ④ 研 究 ア マ 絵 師 某 野 口 米 次 郎 限 定 私 家 版 『 東 洲 斎 写 楽 』 論 点 「 写 楽 論 」 原 の 「 発 見 さ れ た 墓 論 所 と 東 洲 斎 写 楽 楽 の 一 生 」 章 「 写 楽 」 第 「 写 楽 論 」 題

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写 楽 の 謎 の 物 的 証 拠 写 楽 の 謎 は 「 論 よ り 証 拠 」 で 写 楽 が 消 え て か ら 二 百 年 。 世 界 三 大 肖 像 画 家 の 一 人 だ け に 、 そ の 正 体 の 謎 へ の 関 心 は 、 ま す ま す 高 ま っ て い る 。 ど う 推 測 し よ う と も 各 人 の 自 由 だ が 、 謎 解 き は 、 「 論 よ り 証 拠 」 と い う 諺 の 通 り 、 万 人 納 得 の 証 拠 が 不 可 欠 で あ る 。 単 に 「 俺 は こ う 考 え る 」 で は 証 拠 に な ら な い 。 証 拠 は 「 伝 聞 」 で な く 「 物 証 」 写 楽 に 限 ら す 、 世 の 中 の 証 拠 に は 、 「 ま た 聞 き 」 即 ち 「 伝 聞 」 と い う 不 確 か な 証 拠 と 、 動 か ぬ 「 物 的 証 拠 」 と が あ る 。 現 行 の 「 刑 事 訴 訟 法 」 に は 「 伝 聞 」 に は 証 拠 能 力 を 認 め ぬ 旨 が 明 記 さ れ て い る 。 こ れ は 娑 婆 の 世 界 の み で な く 、 写 楽 に も 当 て は ま る 。 写 楽 の 謎 の 正 解 も 「 物 証 」 か ら テ レ ビ の ク イ ズ で は 、 予 め 用 意 の 正 解 が 、 裁 判 で は 証 拠 に 基 づ く 判 決 が 決 定 的 役 割 を 果 す 。 誰 も が 証 拠 に は 勝 て な い 。 と こ ろ で 写 楽 の 謎 に は 用 意 さ れ た 正 解 も 、 裁 判 官 も な い 。 と は い え 物 的 証 拠 は た の の く さ ん 残 っ て い る 。 そ れ は 、 写 楽 の 絵 と そ の 絵 を 描 い た 画 家 及 び 刊 行 し た 蔦 屋 に 関 す る 事 実 で あ る 。 楽 写 楽 の 「 物 証 」 の 五 要 件 写 9 そ の 写 楽 画 か ら 導 き 出 さ れ る 物 的 証 拠 は 、 次 の 五 つ で あ る 。 こ の 条 件 を 満 足 さ せ る 人 物 が 写 楽 に 間 7 2 違 い な 、 。 〈 補 論 一 一 〉

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〈 補 論 一 〉 「 写 楽 は 歌 麿 で あ る 」 の 新 証 拠 は じ め に 写 楽 の 板 木 の 発 見 が 、 大 新 聞 や テ レ ビ で 大 き く 報 道 さ れ た の は 、 十 年 前 の 昭 和 六 十 一 一 年 だ っ た 。 そ の 写 楽 ブ ー ム は 今 も 続 い て い る 。 ・ フ ー ム は 、 写 楽 が 世 界 三 大 肖 像 画 家 の 一 人 で あ る の に 、 そ の 正 体 が ま っ た く 謎 と い う 特 別 の 事 情 か ら 起 こ っ て い る 。 従 来 、 外 国 か ら の 受 容 だ け だ っ た 日 本 文 化 が 、 は じ め て 海 外 に 大 衝 撃 を 与 え た 浮 世 絵 。 そ の 中 で も 超 一 流 の 写 楽 が 、 ド イ ツ 人 ク ル ト に よ っ て 発 掘 さ れ た の は 、 明 治 四 十 三 年 ( 一 九 一 〇 ) の こ と で あ る 。 爾 来 八 十 年 。 大 正 を 経 た 昭 和 の 後 半 は 、 文 化 国 家 を 国 是 と す る 戦 後 で あ る 。 だ が 、 写 楽 の 正 体 は 暗 中 模 索 、 百 家 争 鳴 。 い ま だ に 決 着 を 見 て い な い 。 最 近 、 「 写 楽 は 永 遠 に 見 つ か ら ぬ 」 と つ ぶ や く 、 写 楽 愛 好 の 有 名 大 学 美 術 史 教 授 さ え 現 れ た 。 こ れ は 、 ま る で 重 大 事 件 の 確 証 を つ か め ぬ 捜 査 当 局 の 姿 を 想 起 さ せ る 。 写 楽 は 本 当 に 確 証 を つ か め ぬ の で あ ろ う か 。 私 は さ き の 本 論 『 写 楽 は 歌 麿 で あ る 』 の 中 で 、 写 楽 絵 百 四 十 余 点 か ら 、 写 楽 の 「 人 相 ・ 特 徴 」 を 次 20 ィ

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昭 和 Ⅱ 年 Ⅱ 月 1 巻 9 号 ⑤ 研 究 貴 人 某 森 清 太 郎 「 写 楽 に 就 い て 」 『 浮 世 絵 界 』 所 載 昭 和 貶 年 4 月 2 巻 4 号 ⑥ 研 究 能 役 者 関 西 絵 師 説 三 谷 松 悦 「 写 楽 に 就 て 」 『 浮 世 絵 芸 術 』 所 載 ⑦ 研 究 浮 世 絵 師 三 派 師 系 説 三 隅 貞 吉 昭 和 年 3 月 号 「 写 楽 の 新 研 究 」 『 日 本 美 術 ・ 工 芸 』 誌 所 載 蔦 屋 重 三 郎 説 昭 和 引 年 2 月 川 日 発 行 ⑧ 研 究 版 元 ( 葛 飾 北 斎 説 に 横 山 隆 一 「 珍 ・ 写 楽 考 」 『 週 刊 朝 日 』 特 別 号 所 載 転 向 ) 昭 和 年 Ⅱ 月 よ り 「 日 本 名 匠 伝 ロ ⑨ 小 説 能 役 者 斎 藤 十 郎 兵 衛 横 川 毅 一 郎 『 萠 春 』 釀 ・ 犯 ・ 号 連 載 東 洲 斎 写 楽 」 「 写 楽 は だ れ か 」 昭 和 年 7 月 5 日 ・ 8 月 4 日 ⑩ 研 究 本 派 絵 師 円 山 応 挙 説 田 口 迎 二 郎 『 神 戸 新 聞 』 ( 正 ) ( 続 ) 「 写 楽 昭 和 年 8 月 幻 日 『 朝 日 新 聞 』 と 応 挙 は 同 一 人 物 か 」 昭 和 年 度 『 芸 術 新 潮 』 連 載 「 小 説 日 本 芸 譚 ・ @ 小 説 能 役 者 斎 藤 十 郎 兵 衛 松 本 清 張 昭 和 年 6 月 新 潮 文 庫 本 写 楽 」 牟 礼 俊 十 昭 和 年 川 月 Ⅱ 日 よ り @ 小 説 武 家 ( 蜂 須 賀 家 々 老 小 島 政 一 一 郎 「 葛 飾 北 斎 」 『 日 本 経 済 新 聞 』 夕 刊 連 載 の 伜 ) ラ ジ オ 最 上 三 郎 昭 和 年 2 月 % 日 浮 世 絵 師 中 島 鉄 蔵 「 写 楽 は 俺 だ 」 浪 曲 ( 後 の 北 斎 ) ・ ロ 演 放 送 昭 和 年 Ⅱ 月 号 ⑩ 研 究 本 派 絵 師 谷 文 晁 説 池 上 浩 山 人 「 写 楽 の 臆 説 」 『 萠 春 』 所 載 昭 和 年 月 平 凡 社 版 ⑩ 研 究 浮 世 絵 師 葛 飾 北 斎 説 横 山 隆 一 「 写 楽 」 の 解 説 世 界 名 著 全 集 『 浮 世 絵 の 世 界 』